銀河英雄伝説 サンフォード炉辺談話   作:mosamosa

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私が知る限り、銀河英雄伝説の二次創作の中でもっとも退屈な話です。
ですが、省けませんでした。
読み飛ばされても大丈夫です。
今後の話の伏線になる記述もあるのですが、どこが伏線なのかはいずれ連載が進んだら「第11話のこのあたりが伏線」と書きます。

ですから、この話を読むのはそれからで大丈夫です。



第11話 民衆の解放

 アムリッツァ星域会戦戦没者慰霊祭と同日のことである。

 地域社会建設委員長と法秩序委員長がヴィジフォン会談を行っていた。

「帝国から300万人の民衆を救い出した。とはエドワーズ演説の言葉だが、まだ彼らは救われていない。彼らが同盟市民としての権利と義務とそれを果たす能力を備えたとき、彼らは専制政治から救われたことになる。社会教育、法教育が必要だ。まずは法の支配について理解してもらうことが先決だ。彼らがこの国家を支配するものが法であることを理解してもらうこと、彼らを良き市民として専制から解放することはそこにある」

 法秩序委員長がそう指摘した。

 

「法秩序委員長の指摘どおりだが、それには職業訓練が欠かせない。古代地球の言い伝えにあるとおり、人間は衣食足りて礼節を知り、生活に余裕あってこそ法秩序を守るものだ。大部分が農民だから、エル・ファシルあたりに住んでもらって個々の家族に農地の割り当てを行い、農業機械の取り扱いや土壌管理、灌漑システム取扱といった営農指導を行う。同盟の法についての教育はそれと並行で良いだろう」

 地域社会建設委員長が応じた。

 

 これほどの大量「亡命」はおよそ100年ぶりのことだ。

 ふたつの委員会では古い資料を引っ張り出し、また現在有効な亡命者に対する市民権付与手続きについて確認を行っているところである。

 同盟は過去一度として亡命希望者を拒んだことがない。亡命者に市民権を与えなかったことも一度もない。

 ただし、市民権を得て同盟市民となった元亡命者が、直ちに従来からの同盟市民と同じ権利を保障されるわけではない。

 

 基本権、自由権、公益受益権は亡命申請が認められ同盟市民となった瞬間から認められる。兵役または社会奉仕義務や納税といった義務を果たす前から権利が認められるのは、同盟における未成年者の扱いと同様である。古代地球には義務を果たすまでは市民権なしと言う民主主義国家もあったらしいが、同盟ではその方法を採用していない。

 そして同盟に生まれ育ったものと同様に、いくつかの権利と義務については保留期間がある。

 労働権は年齢と健康状態によって判定され、兵役の権利および義務、抵抗権は個々の事情を裁判所が判断して保留期間が設けられる。

 これらの市民権制限の中でもっとも保留期間が長いものは参政権、わけても立候補権である。

「選挙とはそもそも何か」を理解してもらうには時間が掛かるのだ。

 自由惑星同盟に亡命し同盟市民となった者は、一般的には統一選や補選を最低一度見学する機会を経てから投票権が与えられ、投票者として選挙を一度経験してから立候補権が与えられる。

 同盟に生まれ育ち同盟の義務教育を受けた人間であっても義務教育の修了から投票権と立候補権を得るまでには保留期間があるのだから、これは同盟憲章の定める平等の原則に反しない。

 

「あくまで『並行』だな。営農指導が先行するのではなく」

 法秩序委員長が確認した。

「もちろんだ、法秩序委員長。君の言い分を先取りするとだ、たとえば彼らが『自分の土地』と言う概念を持っているかどうか。もし持っていないようなら土地を安く貸与したとしても、彼らは依然として専制国家の農奴のままだ。住む場所と『主人』が変わっただけになってしまう」

「その場合はどうする?義務教育課程を履修させてから農地割り当てか?」

「言ったとおり『並行』だ。暮らし始めた時点での、彼らの精神が農奴のままでも一向に構わんよ。自分で作った作物から収入を得て、自分の欲しいものを手に入れる過程で、所有の概念などは自然と身につくものだろう。第一、未成年者はともかく成人を百万人単位で働かせずにおくことなど、まずホワン・ルイが、人的資源委員会が了承せんよ」

 地域社会建設委員長が説いた。

「確かに、社会教育とはまず社会にあることによって身につくことが大半だ。学校で学ぶことはほんの一部だな。君が言いたいのは、成人の亡命者には『習うより慣れろ』を実践してもらうと言うことだな」

 法秩序委員長は頷いた。

「短くまとめるとそうだ」

「そこに問題がある。『慣れて』もらうためには、その周囲にすでに同盟社会に慣れ親しんでいる人間による地域社会が必要なはずだろう。ここ数十年間、散発的な亡命者にはそういう形でこの社会に溶け込んでもらったのだ」

「ふむ。法秩序委員長、君の指摘は、亡命者だけが集まっている共同体が成立してはいけないと言うことかね?」

「そうだ。これは君が率いる地域社会建設委員会の課題でもあるし、私の、法秩序委員会の課題でもある。単純に治安面だけ見ても『亡命者ばかりが固まって暮らしている共同体』など形成されては困るのだ」

 これに地域社会建設委員長が意外な顔で応じた。

「君は確か『治安問題は短期的には、機関砲を備えた検問所と、特定地域を囲んだ鉄条網で解決できる』と発言したことがあったが……」

「その言葉に続けて『人の心はそうはいかない。また、人心を無視したそのやり方ではコストが掛かり過ぎる』と指摘したことも忘れてほしくないね。治安維持に最良の状況とは、市民がどんな些細な問題でも気兼ねなく警察官や法律家に相談できて、たいていの争いごとやトラブルが些細なうちに解決できる、そんな社会だよ。武装警察官を装甲車に乗せて鉄条網を点検させて回るよりも、ずっと安く上がる」

「それは厳重な監視社会や密告社会ではないのかね?」

 指摘しつつ、地域社会建設委員長は対話の相手とはそもそも党派も出身母体も違うことを思い出していた。だから、返される言葉も予測できた。

「市民が助け合う社会だよ」

 法秩序委員長は当然とばかりに、そう答えた。

 

「……同じ国家に生まれ育った私と君の間にさえこんな認識の違いがある」

 地域社会建設委員長は吐息した。

 

「認識や思想は多様で構わない。ただ一定の教育レベルが必要だ」

 民主主義の前提として有権者の教育レベルと言うものがある。

 この場合、教育レベルとは相対性理論の理解程度などを示すのではない。

 投票によって選択すべき事柄について有権者と、有権者の意思を問う側の間で「共有認識」を持つか否かである。

 

「教育レベル。確かにそうだな。今さら君にこんな話をするのは失礼かもしれないが……こんな想定をしてみよう。現代の自由惑星同盟のどこかの小学校で昼食のメニューを投票で決めるとする。さらに話をシンプルにするために、生徒の何割かは『カレーライスを食べたい』と考えているクラスがあるとしようか」

 地域社会建設委員長がそう切り出した。

「そこで、クラス担任が『今日の給食は日本料理かインド料理を選べる』と言う選択肢を示せば、カレーライスを食べたいと思っている生徒は日本料理に票を投じる。小学生でもカレーライスは日本料理だと知っているからだ」

 法秩序委員長が応じた。

「そうだ。だが、カレーライスが日本料理なのかインド料理なのか共有認識が無い場合にはどうなる?カレーライスを食べたいと考えている生徒がインド料理に投票してしまい、ナンを千切ってカレールーに浸して食べることになる可能性がある。理想論としては全員に何を食べたいかをアンケート調査すべきだが、それは時間が掛かりすぎるし、アンケートが給食の調理開始に間に合ったとしてもすでに遅すぎる。仮に間に合うように数日前にアンケートを取っていたとしても、その日には各生徒の体調その他が変化していることもありうる」

 地域社会建設委員長が続ける。

 

「いささかスケールギャップが大きいが、君の例えは選挙に置き換えできる。個々の有権者が政府に望む項目は膨大で、その全てをアンケート調査して行政や立法を行い、また司法改革を行うことは不可能だ。有権者に対して現実的な数の選択肢を、多忙な有権者が目を通せる長さにまとめて提示する必要がある。君の表現を借りれば『日本料理かインド料理か』くらいに。この雑な方法で、有権者の望みを反映した選択を実施しなくてはならない。それに欠かせないものは、有権者の共有認識、一定の教育レベルだ。君の例えを借りるとカレーライスを日本料理だと理解し、ナンとスープカレーのセットが食べたいならインド料理をリクエストする、そういう有権者が居なくては、有権者も政治家も行政スタッフも困る」

 法秩序委員長がラフに話をまとめた。

 

「で、どうするというんだ。社会教育について君は繰り返しているが、人的資源委員会に話を持ってゆくつもりか?」

 地域社会建設委員長が尋ねた。

「君の、地域社会建設委員長の意見を確認したいのだ。今回の大量亡命者に、どのような形で同盟社会に溶け込んでもらうつもりなのか」

「法秩序委員長、君は大量亡命者を小さな単位に分割して同盟社会に広く分散させることを望んでいるようだね」

「そうだ。治安上も社会教育上も、それが望ましい」

「労働効率としても、単に農業としてもそれは非能率だ。これはまだ私見で委員会には諮っていないが、彼らは先日までクラインゲルト星系を始めとして、故郷の惑星上である程度の大きさの地域社会、まあ農村を形勢して生活していたと国防委員会報告にある。これを同盟のどこか適当な惑星上に移転させる。常駐の営農指導員と警察官、それに電力公社や水道公社の巡回スタッフ、巡回判事も割り当てて」

「……彼らの形成していた地域社会を移転させて、そこに我々の社会システムを押し込む方式か?」

 法秩序委員長は腕を組んだ。

 

「そうだ。同盟のどの惑星で農業を行うのであれ、どんな作物を育ててそれを売って暮らすのであれ、いいかい。労働の成果を受け取る、ただそれだけのことを繰り返すだけで彼らは同盟社会の一員になる。作物の収穫を待つまでもなく、蒔いた種が芽吹けば食品会社がその収穫に対して契約を申し入れに行くさ。彼ら亡命者は驚くだろうが、そうやってこの社会に馴染んでもらう」

「農村の数だけ大きな摩擦とトラブルが生じるぞ。たとえば電力や水道、灌漑。そういったものに関する要望権を彼らはすでに得ているが、参政権を得るのは数年後だ。『この農村の村長を挿げ替える』ことさえ、彼らにはそれまでは出来ない。『農村の村長』は君のところから出す営農指導員か、その星系政府の公務員にやらせるのだろう?」

 法秩序委員長が問題を指摘した。

 

「法秩序委員長、だからこそ君とこうして相談しているんだ。一時的とは言え、また参政権を持たない集団に対してのこととは言え、民意を反映していない官選の首長が率いる地域社会の出現が法的に許されるかどうか。また、警察官をどれくらい割り当ててもらえるのか」

「……弁護士も割り当てないといかん。巡回判事をどれだけ割り当ててもらえるかは、裁判所に相談するしかない。なあ、どうしても彼らの農村単位でないといけないのか?もっと小さな集団に切り分けて同盟全土に振り分けるなら、参政権を得る前から近隣住民に頼むという形で彼らは要望を自治体や政府に伝えられる。同時に、周囲にある旧来からの同盟市民が監視者となる」

「私の案でも法的な問題はないわけか?」

 地域社会建設委員長は法秩序委員長の言葉の後半を聞き流し、質問を発した。

 

「理屈としては。参政権を得るまでは近隣の、あるいは生計を共にする同盟市民の中で参政権を持つものを代理人として間接的に政治に参加する。未成年者と同じ扱いだ。君の案では、地域社会建設委員会や星系政府が割りあてる『村長』が保護者や近隣住民の役目だな」

「なら、私案を地域社会建設委員会に掛けたい。農業と言うものは典型的なスケールメリット産業なんだ。君の言う、無数の小集団に切り分けるやり方では帝国の農奴が作る作物に対抗しようがない。同盟の地域格差解消、緩和のためにも今回の大量亡命は活かさねばならない」

「……『農村』を鉄条網で囲んで武装警察官を巡回させる必要が生じるような事態を起こさないように、注意してくれよ。そんなことになれば予算も人手も足りなくなる」

 法秩序委員長が消極的に賛成した。

「もちろん注意するさ。農村の数だけ摩擦が起きることは避けられない。だが摩擦を通して彼らは同盟社会を学ぶことが出来る。たとえば作物が芽吹いた畑を前に食品会社の仕入れ担当者が値段を提示しに行けば、それだけでも亡命者たちは違う社会に来たことを学ぶ。もし彼らに所有や商取引の概念がないとしても、そこで彼らは学ぶことが出来る。参政権を得るまでに、彼らは同盟社会の一員となれるはずだ」

 地域社会建設委員長は楽天的だった。

 同盟における地域格差の解消あるいは緩和が彼の受け持つ職務だが、この難題をいくらかでも楽にする材料が突如として与えられたのだ。

 

「念のために聞くが、彼らは参政権を与えられる前から政治主張の権利を得るはずだな。自由権の一部として」

「もちろんだ」

「対帝国強硬派と言うメニューを彼らが選び集い、自分たちが住んでいた惑星を同盟領土にせよ、故郷を取り戻せと彼らが叫ぶことは禁止できないぞ」

「その程度の主張、禁止する理由もない。現職の代議員の中には『清廉優秀な政治家に独裁権を与えよ』なんて主張を掲げて当選している人物だっているんだ」

 二人の政治家は苦笑を交わして通話を終了した。

 

 

 ここで少しばかり未来の事象を述べる。

 この数日後の閣議では地域社会建設委員長がほぼ原案のまま提出した。

 

 サンフォード議長はしばし沈黙し、考え込んだ。

 議長がこの閣議に関して記した不可思議なメモとされるものが現存している。

「アムリッツァ・キャンペーンで実施された、当座の食料の供与は民衆解放ではない。民衆に自らの暮らしを支える能力、同盟社会の一員として暮らしてゆく基盤を与えることにある」

 

「アムリッツァ・キャンペーン」とは何を意味するのかは今日の歴史家の間では「サンフォード議長なりに、もし796年8月の大規模出兵案が通っていたらどうなっていたかの想定だろう」とする説がもっぱらである。

 

 現実には議長は十数秒の沈黙の後に発言した。議事録にはこう書かれている。

「民衆に自らの暮らしを支える能力、同盟社会の一員として暮らしてゆく基盤を与えることこそが民衆の解放である。私は地域社会建設委員会の案を全面的に支持する」

 閣僚全員がこれに同調し、地域社会建設委員会の案がそのまま可決されて大量亡命者の処遇が定まった。

 

 

 そして多くの亡命者たちはもっともイゼルローン回廊に近い、というよりは彼らの故郷に近い星系への入植を希望した。

 これまで軍事施設が最大の産業だったエル・ファシル星系、そしてアスターテ星系の首都惑星には突如として100万人以上の農民が入植することになった。

 

 どちらの惑星も半径はおよそ6500km、表面積は約5億平方キロメートル。

 そのうち陸地が約3割を占め、農耕に適した土地の面積は1600万平方キロメートルに及ぶ。

 仮に均等配分するなら農民ひとりに対して16平方キロメートル。

 実際には農業適地の中でもとくに条件が良い場所が入植地として推奨されたため、ひとりあたり3から4平方キロメートル、別の単位を使えば300から400ヘクタールが与えられた。

 家族あたりでは20平方キロメートル前後である。

 古い古い資料によると、古代地球における大規模農業国家としても知られたアメリカ合衆国の農家一軒あたり面積の約10倍。オーストラリアやモンゴルといった放牧主体の農業を行っていた国の数値にほぼ等しい。

 これだけの面積が「穀物その他」の農地として与えられた。

 

 地域社会建設委員会の構想どおり、亡命者が元の惑星上で形成していた農村ごとに農地を割り当ててゆく。

 そんなわけで、まず居住ユニットが運び込まれて新しい農村が惑星上に一挙に数千誕生した。

「居住ユニット」とは言うものの、要するに同盟軍で使われていた中古の野営機材でしかない。

 遠からず耐用年数に到達するのだが、それまでに入植者がちゃんとした住宅に買い換えること、買い換えるだけの稼ぎを得てもらうことが前提である。

 要するに今の同盟ではそのようなものしか入植者に供与できないのだ。

 

 どの農村から見ても、隣の農村は地平線の向こうだった。

 そしてどの農村にも営農指導事務所があり、法秩序委員会の下部組織の住み込み型オフィスがある。すでに滅びた言葉を使うならば「駐在所」と言うものだ。ただし同盟の昨今の事情から、複数の警察官を配置できた農村は少数派だった。

 そして全ての農村には行き渡らなかったが、児童のための学校、そして消防署と水道局が配置された。ただし水道局と消防署は、当面は水道管によってではなく地上車や航空機を用いて配水や消火活動、そして回収を行う。

 電力公社は手が足りず、当面は居住ユニットとセットの発電装置で賄うことになった。これも同盟軍で使われていた中古の野営機材である。

 いずれ、上下水道工事と共に送電網が展開されることになろう。

 

「……どうやってこんな広さを耕して、種を蒔いて、そして毎日見回って水をやって、病気に掛かった株と雑草を引き抜いて……そして刈入れをすれば良いのか……」

 地平線の向こうまで広がる土地を「あなた方の農地です」と示された亡命者たちはただ呆然とするしかなかった。

「まず、みなさんには自動車の運転を覚えてもらいます」

 営農指導員が声を張り上げた。

 そうして始まった各種の研修は、ほんの先月までは夢にも見ないようなものばかりだった。

 

 水耕栽培と言う技術もこの宇宙には存在する。耕地面積が限られる事情が無い限り、まず使われない。

 逆に限られた耕地面積から大量の収穫を得る必要がある場合には確実に使われる。

 作物を培養する水に病原菌やウイルスが入り込んだ場合の被害拡大が極めて早いため、厳重な環境管理を要する。つまりはコストが掛かる。

 人工的に管理された、また農作物の輸送が自由でない環境--たとえばイオン・ファゼカス号や脱出船団や、今日のイゼルローン要塞--においては水耕栽培に勝るものはないが、そうでない惑星上で水耕栽培を行うのは小学生が生物の授業の一環として球根の水栽培を経験する程度である。

 だから、亡命者たちに対する営農指導では水耕栽培については全く説明されなかった。

 

 

「自動車?あれは領主様が見回りするときに使うものではないかね」

 その言葉に、営農指導員はやってみせることにした。

 彼が手を振ると列を成していた耕運機が順番に動きだし、驚愕に目を開く亡命者たちの前で1ヘクタールを数分で耕してしまった。

 人力と畜力に頼るなら、数百人が掛かっても一日は掛かる作業だった。

「これらの機械は基本的には自動車です。自動車よりはやや複雑ですから、まずは自動車の運転を覚えていただきます」

 同盟には農業従事者が屋内にいながらにして無線操縦で農地を耕せる無人の耕運機もあるのだが、まず乗用タイプの扱いから覚えてもらうことになっていた。

 連日数時間も乗用耕運機を動かすことを「楽な仕事」だと思うであろうこれら亡命者たちは、今後数年はより高価な無人機を買おうとか借りようなどとは思わないだろう。

 

「こ、こ、この機械も貰えるのかね」

「今のところは貸与、貸し出しです。順調に行けば今年と来年の収穫で、皆さんがこの機材を買い取れるはずです」

 営農指導員の説明を聞きながら、警察官や弁護士たちが「亡命者」たちの反応を見ていた。

 もっとも農村によっては弁護士ではなく司法研修生をインターンシップとして配置している事例も見られたが。

 さてそれら、法秩序委員会に属する、あるいはその側にあるスタッフはある一点に着目して亡命者たちの反応、言動を観察していた。

 今回の大量亡命者たちには私有財産や商業取引の概念があるのだろうか?

「買い取った途端に動かなくなるちゅうことは無いかね」

 年長の亡命農民が尋ねた。

 彼は若い頃、領主様が他所の領主から似たような機械を買ってきて、農作業を劇的に楽にしてくれたことを覚えていた。

 機械は数年で動かなくなった。

 見回りに訪れたクラインゲルト子爵は「代わりの機械を買ってくる」と言ったが、若き日の彼は同じ農村の仲間といっしょにそれを押しとどめた。

 買うのにいくら掛かったか聞いていたからだ。

「きちんと整備し消耗部品を交換すれば、20年くらいは使えます」

 説明する営農指導員も知らないことだが、農業機械の平均寿命を人間の世代交代に要する時間とほぼ等しい数値に設定するのは古代地球のころから培われた、農機メーカーと農家が共有する知恵である。

 この会話を聞いた警察官や弁護士、あるいは司法研修生たちはささやきを交わした。

「私有財産、商業取引の概念は持っているようだな」

「だが『領主さまに買っていただく』程度のものらしいぞ」

「それでもゼロから教えるより遥かにマシだ」

 

「耕すのはこの機械でやるとして、種蒔きと見回り、水遣りはどうするんかね」

「種蒔きと見回りはそれぞれ別の機械で行います。水ですが、この土地は毎年程よい時期に程よい雨が降りますからまず心配ありません。もし日照りがあったら、要望してくだされば『ちょっと』大きな機械を使って雨を降らせます」

「それにもお金が掛かるんかね」

「もちろんです」

「私らは1マルクも……いや、1ディナールも持っておらんのだが。収穫までどうすれば良いんかね」

「やはり領主様にそれまでお借りするしかあるまい」

「やはりそれが一番だ」

 亡命者たちの意見はそれで一致しているようだった。

 

「やはり彼らはまだ同盟市民ではなく、元子爵の領民だな」

「無理もないさ」

 亡命者たちの言葉を警察官や弁護士たちがそう評した。

 

「当面の収入は心配要りません。同盟政府から低利の貸し付けを行います。また収穫前でもある程度はみなさんは収入を得られます」

 麦が芽吹いたとたんに食品会社が収穫を予約に来ることの説明は後日に行うことにして、初日は同盟の機械化農業に関する説明で終わった。

 

 彼らが同盟領で新たに農村を拓き、従来とは比較にならない面積の土地を耕す光景はそれなりの頻度で取材対象となり、FTL(超光速通信)を用いた対帝国領放送にも用いられることになった。

 

 もちろん彼らが直面する無数の摩擦や困難は……少なくとも、サンフォード政権下ではカットされなかった。

 それらが帝国領でどの程度視聴されたものかは、歴史家を今でも悩ませている。

 

 

 これは後の話となるが、彼らの多くは法秩序委員長の予想どおり、選挙権を得てからは対帝国強硬派を支持するようになった。

 またこの時点で未成年だったものの多くは軍に志願し、対帝国戦争にその命を散らすものもあった。

 

 しかしそれは次の政権下での話である。




あとがき:なぜ宇宙暦8世紀にもなって農業は農地を用いて行われるのか。土耕栽培と言う超高度技術に取って代わる技術の出現は「まずありえない」と本作では解釈しています。もちろん水耕栽培の技術は今日とは比較にならないほど進歩しているでしょう。
 しかし宇宙暦8世紀というのはワープ技術が実用化されてから1000年以上が過ぎた時代です。
 私はこの話のように「どこの農家でも、今の地球で言えばアメリカやアルゼンチンの農家よりも広大で条件の良い土地を使える」だろうと解釈しているので、こんな描写になりました。

 銀河英雄伝説の二次創作ではあまり触れない、率直に言って退屈な話だと思います。
 しかしこの作品では今のところ、サンフォード政権は「民衆の解放」を建前ではなく本当に行うつもりなので、省けませんでした。


追記:作中で言う「カレーライス」とは炊いた米(ライス)の上にとろみのあるカレールーを掛けて供する料理で、本来はイギリス発祥の料理です。
 あるインド料理がイギリスに伝わって、ナンを焼く習慣のないイギリス人が発明したものだといわれています。
 ただし21世紀イギリスではインド料理店の増加に伴い、カレーライスは廃れつつあります。
 日本および、昔日本だったことのある地域や国では廃れる様子が今のところありません。
 なんと北朝鮮でも家庭料理として存続しているそうです。

 そういった事に言及しようかと思いましたが、よりシンプルに「作中の二人の政治家がカレーライスを日本料理だと理解している」ことにしました。

追記の追記:作中でも少しだけ触れましたが、銀河帝国にも機械化農業はあることにしています。普及度が大違いですが。

さらに追記:(2017/07/17)「首都惑星」原作にもあった言葉かもしれませんが、たぶん私の造語です。最初は「主惑星」と書いていたのですが、「その星系にもっと質量の大きな惑星」がある場合に紛らわしいので、改訂しました。

単一星系に複数の有人惑星があってそれぞれに政府がある場合はどうなのか?
は、もしそういう星系を扱う話が出てきたら考えます。
原作でも「星系政府」「惑星政府」と言う言葉が使い分けされていた気もします。
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