連載再開からいきなりサツバツとした話にするのは私としても辛いので、いくらかホノボノとした要素を入れてみました。
同盟で「亡命農民」たちが農業機械の講習を受けていたのと同時期のある日のことである。
フェザーン自治領主アドリアン・ルビンスキーは、官邸で同盟、帝国両国の情勢に関する補佐官の説明を受けていた。
壁ぎわにたたずみ補佐官およびそのスタッフによる口頭説明を聞く。
ルビンスキーの視界の向こうには執務室の庭園がある。優美に彎曲した特殊ガラスの壁面の彼方に、釣鐘の形をした奇岩が林立している。彼らの太陽、恒星フェザーンが中天から強烈な陽射しを降り注ぎ、奇岩からは熱気が立ち上り遠景を無形のレンズで歪ませている。
だがルビンスキーの目にそれらはただ映っているのみ。ルビンスキーが見ている世界は数千光年に広がる人類社会そのものである。
「……ここまで説明のとおり同盟政府はアムリッツァ出兵の成果たる『亡命者』を社会に組み入れ、人的資源の不足をいくらかなりと緩和させる意図を示しております」
「3つの可住惑星の農地を活用しての大規模機械化農業か。古代地球がただひとつの惑星で100億人を超える人間の食料を賄っていた故事に倣えば、同盟が食糧自給体制を復活させることもありうる。しかしその一方、これまで帝国産の格安の農産物との価格競争に苦しんできた農業惑星や農家の反発は避けられない。同盟の現政権はその摩擦をどう解消するつもりなのか、それは見えているかな?」
ルビンスキーの問いに補佐官スタッフの1人、最近になって補佐官室に配属された若者が即答した。
「従来からの同盟における機械化農業とは農業とは言うものの、惑星上の地域気候管理システムのオペレーションが主であり農業が従です。彼らは帝国との再接触前にそうであったように、今後は惑星に工業施設を誘致しそれに適した管理方針を取ることになります」
「つまり従来からの同盟の農家は失業するのではなく、今まで行っていた仕事をそのまま続ける。これまで農作物を育てるために行っていたシステムオペレーションを、近代工業施設の運用に適した方向へと切り替えるだけと言うことか」
「左様で。まず兼業農家となり、やがては工業団地の気候管理者になるでしょう」
「そこに同盟が抱える最大の問題がある。昨年からの軍縮により各産業にベテランが戻りつつあるとは言え、かつてのような急成長は見込めない。また今回のアムリッツァ出兵によって同盟軍は大打撃を被っているが、にも関わらず軍と軍需産業に人手を戻すことは出来ない」
特殊ガラスの壁面に向かい、側近たちに背を向けたままルビンスキーは問いを重ねた。
「さらなる問題が同盟にはあります。今回と同様に帝国の辺境諸侯がハイネセンへの救援要請を行った場合には、可動8個艦隊体制にまで落ち込んだ現状の同盟軍に再度の出兵を命じねばなりません」
若い声でなされた指摘はルビンスキーの問いに直接答えるものではなかった。
ルビンスキーはこれを咎めようとしない自身にわずかに驚きを覚えた。
たった今ズレた答えを返した若者ルパート・ケッセルリンクはルビンスキーの実子である。
ただしルパート本人はルビンスキーにそれを隠しているつもりらしい。
「そうだ。同盟と言う民主共和主義イデオロギーによって自らを拘束している国家においては、よほど強力な指導者が評議会議長の座につかない限り、国力と軍事力の現状を踏まえた現実的な判断を行うことは出来ない。私は『それ』を含めて聞いているのだ」
背を向けたままルビンスキーは自らの問いの意味を補足した。
経済的利益の追求と言う絶対的行動価値を持つフェザーン人から見れば同盟が今後取るべき行動は自明である。あまりにも自らにとっては自明であるが故に、異なる行動原理を持つ同盟市民と同盟政府の行動を読み誤ることがありうる。
そこまで説明せねばならないかとルビンスキーは背後に控える若者について案じた。
案じたが、驚きはもはや感じなかった。彼アドリアンにも親子の情と言うものがある。これは現実として認めねばならない。
なんにせよ、ルビンスキーが若者への配慮を口に出す必要は生じなかった。
「まず軍事的な基本状況を示します。近いうちにアムリッツァ出兵が再度生起した場合に同盟軍が動かしうる兵力は3個艦隊。パエッタ中将の第1艦隊、ヤン中将の第13艦隊、そしてルグランジュ中将の第11艦隊です。これに対抗しうる帝国側の兵力はフレーゲル男爵とヒルデスハイム伯爵の合計4個艦隊相当の兵力ですが、これらが会戦に至った場合には同盟軍の損失は僅少、フレーゲルおよびヒルデスハイムの軍隊は消滅となりましょう。同じ分析は同盟軍も得ていると考えます」
若い声には嘲笑めいた成分があった。
「帝国の内戦状況が終結し帝国正規軍が再度辺境の警備に付かない限り、同盟軍が再度の大打撃を受けることは無いと言いたいのかね。確かに正面兵力においては大打撃や損失は無いだろう。だが、軍隊を維持し行動させるというそのこと自体が同盟政府にとっては大きな負担だ」
念のために付け加える。
「まして今の同盟のように軍隊の再建と国家経済の再建を並行して行いつつともなればな」
政府支出による公共事業には景気を改善する作用があり、一般的には乗数効果として数値化される。その数値は公共事業の性質や規模によりさまざまである。
そして軍事支出と言うものはあらゆる公共事業の中でもっとも景気を改善する効果が低い。
古代地球の偉大な経済学者メイナード・ケインズ、あるいは経済と財政の偉大な実務者タカハシ・コレキヨが残したとする言葉によれば「政府が土木建築業界に『どこかに穴を掘って埋める』事業を発注するだけでも景気は改善しうるが、軍事投資の景気乗数効果はこの全く非生産的な事業と同じ程度でしかない」のだ。
しかも現状の同盟はケインズやタカハシの時代に見られた「需要の不足による不景気」にあるわけではない。
より古い時代の経済学者ジャン・バティスト・セイが指摘した「社会を維持するのに必要な生産が行えていない」類の不景気にある。
同盟のある社会科学者の言葉を借りれば「人口130億人の巨大な限界集落」と言うのが同盟の現状である。
であるから、軍隊の維持や再建に割きうるリソースは厳しく制約されるし、また政府支出を軍事部門に充てることには極めて慎重であらねばならない。
……といった基本をルビンスキーが口に出す必要はなかった。
「同盟政府は造船業の一部を軍需から民需に切り替え、民間の老朽貨物船の新造を図る計画を持っているようです。また退役した軍人たちが各地で船舶運用の効率を改善しつつあります」
首席補佐官ボルテックがそう答えたのだ。
古代においてケインズやタカハシも指摘していることだが、「軍隊は何も生まない」と言うわけではない。
軍隊は周辺産業の育成組織でもあり、また職業訓練施設でもあるのだ。とくに今の同盟のような国家においては。
まずよほど特殊な艦の建造ばかり請け負っていた造船所でもない限り、商船を受注し建造できる。
戦艦や重巡のエンジンを生産していた会社は大型商船のエンジンも作れる。
戦艦のブリッジで航法士官を務めていたものは退役すれば直ちに商船のブリッジに迎えられる。機関室勤務だったものは商船の機関室ばかりか地上や軌道上の発電所にも職を得ることが出来る。
もちろん軍用宇宙港で航路管制オペレーターを務めていたものならば退役の翌日からでも民間港での航路管制が務まる。
単座戦闘艇パイロットの類は民間での仕事がないかに思われるがこれも間違いで、彼らには港内パトロール艇やタグボートを始めとする小型船艇の乗り組みと言う仕事が待っており、彼らもまた商船の運用効率を上げることに大きく貢献する。
そしてそれらがどの程度の効果を発揮しているかを調べることはこの執務室に在るフェザーン人たちには極めて容易なことである。フェザーン船籍の商船がどの程度の可航率で航行しているか、あるいは昨年まで頻繁に見られた「沖合いでの港待ち」(古代地球からの慣用語)が減っているかと言う報告を読むだけで良い。
「そうだ。そしてそれもまた同盟政府の選択肢を縛る。軍縮が同盟の経済状況を改善し、地域によっては経済的不満による社会不安さえも緩和に向かわせている。まして次回の出兵が今回とは異なり楽勝となった場合には同盟市民のさらに多くが軍縮による配当と、またさらなる帝国民衆の解放を求めることになろう。しかし……」
ここに若い声が割り込んだ。
「仮に同盟が過度の軍縮と出兵を実施し、その軍隊を縮小疲弊させれば帝国の内戦終結後にはローエングラム侯が率いる質的に大幅な改善を見た軍隊との対決に直面し、著しい不利に陥ります」
ルビンスキーもボルテックも若者を咎めはしなかった。
「そしてイゼルローン要塞といえども不落ではないことは昨年に証明されている。結局のところ、同盟政府が取りうる選択肢は多くはない。イゼルローン要塞を手中としたことで崩壊の危険を遠ざけたように見えるが、根本的な脆弱性は変わらない。さて、この同盟政府の脆弱性は根本的には何に由来するか」
フェザーン人としての常識だけでは答えを得られない問い、同盟と言う国家への分析と理解なしには答えを得られない問いをルビンスキーは発した。特殊ガラスの壁面への僅かな映りこみを通してボルテックに視線で命じる。若者に答えさせよと。
「根本的にはその脆弱性は同盟が民主主義国家であることによる、ある方向への『意思決定と行動の迅速性』に起因します」
若者の回答にルビンスキーは僅かに笑った。
「確かに。しかしその一方、その同盟においても民主主義は意思の決定と行動に時間が掛かる迂遠なシステムであるという主張があるが、どう解釈するかね」
若い声が即座に答えた。
「民主主義政体と言うものがある方向、たとえば今回のアムリッツァ出兵のような行動には極めて迅速であり、その逆方向には極めて迂遠かつ鈍重であることは民主主義であることそれ自体に起因しています。たとえば銀河帝国においては『痴愚帝』ジギスムント2世を玉座から追うために15年を要し、また『流血帝』アウグスト2世を現世から追放するのに2年もの時間を要しました。しかし同盟で『痴愚帝』や『流血帝』に類する指導者が現われた場合、職を追われるにはリコール発議から投票集計までの数時間でしょう。より小さな失点であっても同盟においては指導者はその職を追われえます。これが、民主主義国家がある方向には極めて迂遠かつ鈍重である根本理由、根本的脆弱性の理由です」
もう少し手短にまとめうる内容だ。自分の才気を示そうという意欲が先走っている。ルビンスキーは内心でそう評したが、口には出さなかった。
「その通り。したがって、たとえばサンフォードのような支持率の低い指導者が政権にある場合には、国是や民意に部分的にでも背くような決断はできない。ドラスティックな国政改革や、国是や民意に一時的に反するような合理的な選択ができないというわけだ」
ルビンスキーは一端言葉を切り、若者の反応を待つことにした。
「要するに自分がその地位を追われることを恐れて原則論あるいは国家理念のみに単純に従う行動しかとれないわけです。これでは人間を指導者としている意味がありません。現在の同盟はスイッチひとつで動く単純機械、あるいは条件文ひとつで動く原始的なソフトウェアとなんら違いが無いと評せます」
若い声には己の才気を誇る響きがあり、また自由惑星同盟の現政権に対する軽侮が滲んでいた。
「たとえば君がハイネセンのあの椅子の主であるならどうかね?当面は銀河帝国は内戦状態が続く。長引けば帝国辺境諸侯領は困窮し、今回のような『救援要請』が再び同盟に対して為されることがありうる。また、早期にローエングラム候が勝利を収めた後にも同じ事態が生じうる。すなわち『救援を求める民衆からの通信文』が届くたびに同盟政府が条件反射による出兵を行い、仮にその都度今回のような勝利を繰り返したとしても遠からずその軍隊は瓦解し、同盟を守る能力を喪失する」
「仮に私がハイネセンのあの椅子の主であるならば、閣僚を通すなり自ら同盟市民に状況を説明するなりを行い、同盟市民には自滅を避ける慎重な行動を選ばせます」
若い声には同盟政府に対する明確な軽侮と、そして自負があった。
若いころ、俺もある大口の取り引きを前に当時の協同生活者とまさにこんな口調で話したものだった。この若造はルックスにおいては俺よりも母親に似たようだが、俺のある面を受け継いではいるようだ。恐らくは母親が伝えたものだろう。
ルビンスキーは内心でそう呟き、そして準備していた次の問いを開始することにした。
「今後も同盟政府は原始的なコンピュータと同様の存在であり続けるだろうか。その分析を聞きたい」
「今回のような出兵を繰り返せば自滅してしまう、その程度のことなら平均的な同盟市民や政治家は誰でも理解しているでしょう。しかし民主主義国家はしばしば『このままでは破滅する』と全員が理解していながらその破滅を避ける手段を打てない場合があります。とくに今の同盟のように凡庸な指導者に率いられている場合には。同盟が今後も繰り返し直面するであろう事態には、同盟の国是そのものが合理的な選択肢を取ることの妨害要素となります」
若者の言葉にルビンスキーは軽く苛立ちを表明してみせることに決めた。
「私は君と哲学を語るつもりはない。君の分析を聞きたいのだ。具体的に言おうか。ついさきほど君なら出来ると言ったこと、つまり同盟市民に対して『国是に反することを承知で今は慎重な対応を求める』ことが出来る指導者がこの先において同盟に出現するかどうか。その分析を聞かせてくれ」
「失礼しました。同盟の脆弱性を緩和する、強力な政権を同盟に出現させうる候補を上げるなら3人。ヨブ・トリューニヒト、ジョアン・レベロ、ホワン・ルイ。この3人ならばそれぞれの言葉で同盟市民を説得し、同盟の国是に反して『救援を求める帝国民衆を見捨てる苦渋の決断』を行いさらに政権を保つ能力があると判断します」
若い声からは感情が消されていた。
「その3人全員がサンフォード政権の閣僚だ。サンフォードが彼ら3人を活用して同盟市民を説得する可能性はないのかね?」
「サンフォードにそれが出来るものであれば、すでに実施していることでしょう。しかし実施しておりません。すなわち、サンフォードにはその能力が無いのです」
ルビンスキーは若者に一応の及第点を与えることにした。映りこみを通してボルテックの表情を観察する。ルビンスキーの採点はボルテックに通じたようだ。若者にはそれは伝わるまい。
この執務室でルビンスキーが特殊ガラスに向かっているときにガラスを介してその表情を確認できる位置は限られている。その限られた位置にボルテックが立っており、若者はそれが不可能な位置に立っているのだから。なおかつ、ボルテックの位置は若者の表情仕草を観察しうる位置でもある。
これまでに何人の若者がこの執務室でのテストにこうして掛けられてきたことか、それはルビンスキーさえも知らない。
「視点を転じよう、帝国内戦についてだ。先日、ついに不平貴族はオーディンを脱出したがその後の行動はどうか」
ルビンスキーはテスト項目を移すことにした。
「オーディンを脱出した不平貴族およびこれに同調した一部の帝国正規軍艦隊はガイエスブルグ要塞に集結し、またそれぞれの領地にあった私兵をもガイエスブルグに集結させつつあります。皮肉なことです」
ガイエスブルグ要塞とは銀河帝国領内における最大の宇宙要塞である。
帝国領内の要塞はいずれも貴族反乱を鎮圧あるいは抑止するための根拠地だが、ガイエスブルグ要塞はブラウンシュバイクとリッテンハイムが手を組み反乱を起こす事態を想定して建設されたものである。
そのガイエスブルグ要塞がブラウンシュバイクとリッテンハイムを首謀者とする反乱の根拠地になっている現状は失笑するほかに反応しようもない。
「また不平貴族はガイエスブルグへの集結を図る一方で、オーディンからガイエスブルグに至る航路上にある要塞それぞれにそれなりの兵力を配置しております」
「ほう。兵力で勝る側がわざわざその兵力を分散させている。その意図はどこにあるか掴めているかね」
ルビンスキーは問いつつ、大凡の答えはすでに自ら推測していた。
「ガイエイスブルグから各要塞へ向けて、盛んにこのような通信が発せられております。『金髪の孺子がオーディンを出撃すれば直ちにオーディンへと別働隊として向かい、虜囚の身にあるエルウィン・ヨーゼフ2世陛下を奸臣の手から救うべし』と」
「どう評するかね?」
「ローエングラム候に対して兵力分散を強要することに不平貴族軍の意図があります。この状況ではローエングラム侯はある程度の兵力をオーディンに残すか、各要塞を監視あるいは封鎖できる兵力を分散させるかのいずれかが必要となります。いかに各要塞に配置された不平貴族軍が烏合の衆であろうとも」
若い声には戸惑いがあった。
「不平貴族軍のうち、それに同調した帝国正規軍はガイエスブルグに留まっているのかね」
「もちろんです」
「ふむ。不平貴族軍の戦略は最上には程遠いが、総兵力において勝ると言う優位を利用してはいるな。誰の策かは判明しているのかね」
「ブラウンシュバイク公爵本人が提唱し、これに不平貴族軍の軍事指揮官ファーレンハイト、参謀長シュターデンが賛同した……とガイエスブルグからの通信は主張しております。怪しいものです」
ルビンスキーはこれには若者からも動作が見えるように、大きく頷いて見せた。
「いかにも。不平貴族軍のうち、ローエングラム候率いる討伐軍に質的に対抗しうるのは同調した帝国正規軍のみ。他は烏合の衆であり、このような陽動および分散強要のための『捨石』としてしか使えない。その現実を踏まえた策に見える。だが、そんな策をブラウンシュバイク公が思いつくとは思わんな」
ルビンスキーはため息をついてみせ、そして付け加えた。
「各要塞に分散配置された貴族それぞれが自分たちが『捨石』でしかないことに気付かず、本当にオーディンを急襲し皇帝の身柄と国璽を手に入れる好機が来ると信じ込んでいる可能性ならば大いにあるが」
「帝国貴族、とくにこの軽挙に加わった不平貴族の思考をトレースすることはいささか困難があります。『願望と分析の切り分けが出来ない人間』がどのように振舞うものか分析せなばならないのですから」
若い声は当惑もあらわに答えた。
「彼らの内心を推し量ることは困難であるのは私も認めよう。彼らが現実に行っている行動に絞っての観察と考察を聞きたい」
ルビンスキーは若者を叱責しようとは思わなかった。
徹底的なまでの現実主義者ばかりのフェザーンに生まれ育った若者が、帝国貴族の内心を分析することに困難を来すのは当然である。この若者の母親もある面では徹底的な現実主義者だった。若き日のルビンスキーが別の女性を選んだとき「私が貴方でもそうする」と答えたほどに。
「では続けます。不平貴族の多くはその領地において徴兵と、工業生産の増大を図っております。これには同盟から中古の工作機械を輸入することも含み、主に燃料と弾薬の生産を強化している傾向が見られます」
「……『農地から兵士と工員を収穫する』か。この言葉を知っているかね?」
「古代地球の末期において世界を二分した三大陸合州国の盟主、ソビエト連邦が実施した愚策をもう片方すなわち北方連合の盟主アメリカ合衆国の政治家が評した言葉です。ソビエト連邦はその領内に地球における最良の麦作地帯を領有していましたが、この愚策によってその歴史の終焉の日までアメリカ合衆国から小麦を輸入せねばならない状況に自らを陥れました。自らの社会基盤そのもの、国家を支える農業を破壊したのです」
「だが、ソビエト連邦はこの愚策を用いることで古代地球史においてもっとも高速度で工業大国へとのし上がったことも事実だ。北方連合に名を連ねた各国、すなわちアメリカ合衆国やイギリス王国、日本国や大韓民国といった国よりも高速度で工業化を達成し、それによってアメリカ合衆国と対決できるほどの兵力を常備しまたヨーロッパとアフリカ大陸の過半を支配して『三大陸合州国』なるものを成立させた」
ルビンスキーは意図的に話を脱線させてみた。
「不平貴族軍がソビエトを再現できる可能性はありません。宇宙のどこからも食糧援助は得られないのですから。不平貴族は単にローエングラム候の討伐軍との対決に備えて自らの拠って立つ基盤を食いつぶす愚行を実施しているに過ぎません」
若者は目下問われている課題に立ち戻って見解を示した。
「うむ。さて、その愚行は帝国政府から見てどう見えるだろうか」
「この状況が続けば不平貴族の領地は荒れ果て、平民や奴隷と言う貴族財産が燃料弾薬へと変化して宇宙に霧散してしまう。従って一日も早く内戦を終結させねばならない。言い換えますと、その意図はどうあれ不平貴族は自らの領地領民を人質として帝国政府に早期決戦を強要していることになります」
そう答えた若い声が大きく嘆息するのが聞こえた。
「愚かにもほどがあります。愚かに過ぎて分析が困難です」
「全く同感だな。さてローエングラム候、そしてその背後にあるリヒテンラーデ公と帝国政府はどう動くか、またその結果はどうか」
ルビンスキーは答えがある程度判っている問いを投げかけた。
「むろん、早期決戦を行います。詳細な経緯は分析しようもありませんが、ローエングラム候が討伐に成功することだけは間違いありません」
「所要期間はどうか?」
「先日に同盟軍が行った分析を入手しておりますが、『シトレ・レポート』のケース2にある『今年9月から10月』が大凡当てはまると考えます」
「私も『シトレ・レポート』には目を通しているが、ケース2は『帝国軍アムリッツァ方面軍が健在でかつ動けない』場合を想定したものだったはずだ。しかし現実には帝国軍アムリッツァ方面軍は消滅している。すなわち現状は『シトレ・レポート』のケース3に当てはまるはずだが、君がケース2の所要期間を見込むと判断する根拠は?」
ルビンスキーはすでに聞いている答えを重ねて聞いた。
「不平貴族が『農地から兵士と工員を収穫する』愚策を採り、自らの活動限界期間を減らしているが故です。彼らが『農地からの兵士と工員の収穫』をより強めるようであれば、『シトレ・レポート』のケース1にあるように今年6月あるいはさらに早期に内戦が終結することさえありえます」
「ふむ」
若者の答えにルビンスキーは腕組みしてみせた。これなら背後からでも見えるだろう。
「ブラウンシュバイクやリッテンハイム当人はともかく、その家臣は愚かではない。またファーレンハイトもシュターデンも愚物には程遠い。彼らがローエングラム侯を戦場で打ち倒す可能性も考慮して分析を頼む」
「了解いたしました」
「下がってよろしい」
若者が退出するとルビンスキーは腕組みを解き、振り返るとボルテック補佐官に苦笑を見せた。
「甘すぎると思うかね?」
ボルテック補佐官は無言で肩を竦めて見せた。
ブラウンシュバイク公爵ファンの方、リッテンハイム侯爵ファンの方には申し訳ありません。
「メルカッツ抜きでのリップシュタット盟約軍の軍議」を描いてみようと試みたのですが、自分の精神に変調を来しそうなので大幅カットとしました。
一応、ファーレンハイトやシュターデンは優位を得るあるいは優位を活用するための工夫をしてはいます。今回描いた部分のいくつかがそれです。
同盟は同盟で重大な脆弱性を抱えたままです。今後の伏線でもあります。
あまりにサツバツになるのは作者としても耐え難いので、ルビンスキーの親バカぶり、息子ルパートへの甘さを描くことにして雰囲気を和ませて見ました。
原作から考えるといささか甘すぎる気もします。
ルパートには政治的策謀の才能があまり無いこと、にも関わらずルビンスキーはルパートを(自らと対立するまでは)助けていることは原作にもありますが、本作のこの段階ではそれをさらに甘くしました。
同盟を「巨大な限界集落」と例えるのは「アルカディア」に投稿していたころに感想をいただいた読者の方の明瞭簡潔な評です。
今ここをお読みかどうかは判りませんが、改めてお礼申し上げます。