銀河英雄伝説 サンフォード炉辺談話   作:mosamosa

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本作では銀河帝国と自由惑星同盟はともにフェザーン商人の好き勝手を許していると解釈しています。

それは何故なのか。

帝国側から描いてみました。


第13話 帝国を守るもの

帝国暦488年3月。

 

 銀河帝国マリーンドルフ伯爵領、伯爵家本館

 

 マリーンドルフ伯フランツは家令頭を除く使用人を下がらせ、執務机の引き出しを開いてホームコンピューターの端末を取り出した。

 滑らかな指さばきで報告書を次々にスクリーンに呼び出しては目を走らせ、決済し、時に家令頭に質問と確認を行い、また指示を出してゆく。

 

 帝国において諸侯の当主であることは、なんとも不便なことだ。

 このような便利な機械も、貴族わけても爵位の持ち主がその手を動かして使うことは「下品」と評されるかあるいは「貧窮、弱体化」とみなされてしまうのだから。

 極端な例を挙げれば帝都オーディンにおわす銀河帝国皇帝エルウィン・ヨーゼフ2世陛下の宮殿には五万人を超す侍従や女官が働いている。

 機械力ですむところに人間を使うのが、地位の高さと権力の強大さを証明する。

 調理、清掃、客人の案内、庭園の管理、機械にやらせれば済むようなことにわざわざ人を割り当て得ることが帝国において有力者であることの証明である。

 

 非能率だとは思う。しかしフランツも帝国貴族であるから、唯一の家族と家令頭以外の視線がある場所では機械類は操作せず、わざわざ使用人に命じて操作させるようにしている。

 ……それも振り返ってみれば誤りであったかもしれない。

 彼の唯一の家族、今は帝都オーディンにあって大学生活を送っている跡取り娘は何度叱っても貴族にあるまじき下品な行動--人目がある場所で各種の機械を自ら操作したり、昼食のバスケットを自分の手で運んだり--を止めないように育ってしまった。

 若いころ、故カストロプ公オイゲンを含むカストロプ=マリーンドルフ門閥の当主たちが集う席での言葉を思い出す。

「平民どもに身の回りの事を人手で賄う贅沢など許してはならぬ。平民どもには機械を自らの手で動かす程度の教育を与え、必要に応じてそれらの機械を買い与えよう。農民ひとりが農業機械の扱いを覚えるごとに、その農民が耕せる農地は百倍にも増えるのだ。教育費や機械の購入費など安いものではないか」

 そう語り、フランツの営む事業の重要性を強調してみせたオイゲンの目に輝く光は、まぎれもなく金銭欲だった。

 いかにも。家臣と領民こそ宝であり、帝国貴族の富の源泉である。

 そして領民に少しでも良い暮らしをさせてやることは、我々帝国諸侯にとって神聖な義務である。そうフランツは返し、付け加えた。

 であるから自らの屋敷に必要以上の人手を拘束すべきではない。ドアの開け閉めに領民を充てるよりも、荘園で働かせる方が利にもかなう。

 そう主張したところ、オイゲンは眉をしかめたものだった。

「だからと言って名門マリーンドルフの当主にして我が一門の縁戚たる卿がその手でドアの開け閉めなどするものではない。そもそも、下品ではないか」

 オイゲンはそう言ったものだった。

 フランツはドアの開け閉めどころか書類の決裁まで自らの手を動かすのだが、それをオイゲンに教えようとはしなかった。

 

「……やはり、厳しいか」

 彼フランツは目下の現実へ立ち戻り、呟いた。家令頭のハンスが無言で頷く。

 マリーンドルフ伯爵領には直営事業体である「荘園」がいくつもある。造船業もあれば自動車製造業もあり、気圏内航空機の製造業もある。家電製品も作れば農業機械も鉱山機械も作っている。

 もちろん農業や漁業もあるが、惑星マリーンドルフにおいてはその比率は小さい。

 どの荘園も銀河連邦時代からのものである。

 銀河帝国の開闢のしばらく後、当時の星系首相だった人物が大帝ルドルフより爵位を与えられ以降は世襲でその地位を守ってきた。

 同時に工業惑星、工業星系たるマリーンドルフ星系の産業を代々受け継ぎ、成長させようと務めてきた。

 だがこの100年と言うもの、マリーンドルフ家もまたその領地も慢性的な危機にある。

 フェザーンを経由して輸入され販売される、自由惑星同盟を僭称する叛徒の製品に圧倒されているのだ。

 大帝ルドルフ陛下が定められた帝国の根本方針は彼ら諸侯の暮らしぶりだけではなく、各種工業の水準までも縛っている。

 銀河帝国の工業体系には自動化と省力化、そして扱う人間の習熟所要期間の短さと言う点に大きな欠陥があるのだ。

 操作が複雑であること、操作に人手が掛かることを尊ぶ文化さえもある。

 異なる文化、異なる工業体系の社会からフェザーン経由で届いた機械の方が安価で高性能であり、そして扱いやすい。

 自動車も、農業機械も鉱山機械も、あるいは帝国では本来歓迎されないことになっている「無人健康診断システム」といったもの、全てにおいて。

 さすがに船舶や気圏内航空機、交通管制システムといったものは単価が高く買い替えのサイクルも長く、買い手も他家の貴族や帝国政府とあってなんとかその事業は黒字を計上し続けている。

 これはマリーンドルフ家だけではなく、他の工業を「荘園」の主力としている諸侯家でも同様だ。

 また、そうでなければ今頃は皇帝陛下の御座船さえも同盟製品、その他あらゆる工業製品が同盟製品となりはてているだろう。……いや、そもそも銀河帝国が存続できていたかどうか。

 

 各家の領民が苦労して稼いだ富がフェザーン経由で自由惑星同盟を僭称する叛徒の手へと流出してゆくこと、そして銀河帝国のありとあらゆる社会インフラが同盟製品に置き換わってゆくことは大問題である。

 フランツは軍役についたことは無いが、この家を受け継ぐ前から銀河帝国を守る戦いの一部を受け持ち、指揮を執り続けてきたのだ。

 

 だが「リップシュタット盟約」なるものが結ばれ不平貴族が帝都オーディンを脱出してからと言うもの、その戦いはいっそう厳しいものになっている。

 彼ら不平貴族は来るべき戦いの準備として同盟の工作機械を輸入し、領地の荘園の生産力を増強しつつある。

 理屈としては理解できる。

 弾薬の製造であれ火器の製造であれ、同盟の工作機械の方が遥かに省力化と高速化が進んでおり、何を作るにも必要な人手もエネルギーも時間も少ない。

 製品の操作に習熟するのに必要な時間も短い。彼らとしてはまずローエングラム候との軍事的対決に勝たねば未来そのものを得られないのだから、その軍隊に十分な質と量が整った武器を出来るだけ速やかに用意したいと言うのは当然だろう。

 

 前例もある。

 

 カストロプ家の最後の当主マクシミリアンはまさにそれを実施し、討伐に赴いた帝国正規軍を一度は撃退した。

 当時、フランツはマクシミリアンを説得するつもりで惑星カストロプに赴いてそのまま虜囚の身になっていた。

 マクシミリアン・フォン・カスロトプが同盟から技術導入した兵器とそれを装備したカストロプ家の私兵が帝国正規軍を撃退する恐ろしい光景をフランツは惑星カストロプの地表から見上げたのだ。

 何ゆえに銀河帝国が自由惑星同盟を軍事力において圧倒できないのか、その答えの一端をフランツはあのとき、惑星カストロプの夜空に見上げた。

 次々に数千の命と共に帝国軍の軍艦が爆発するあの恐るべき光景を見た。

 その前例を急ぎ再現しようと言うリップシュタット盟約貴族の判断そのものは理に適っている。

 だが、この場合の軍事的な勝利はそのまま、同盟に対する敗北でもある。

 リップシュタット盟約貴族たちはどう考えているのだろうか。

 仮に勝利して銀河帝国の支配者と言う地位を得たとして、その後はどうするつもりなのか。

 100年に渡り続けてきた、同盟の各種機械産業から帝国の機械産業を守る戦いに自ら敗北して「銀河帝国の支配権」を手に入れたとしよう。

 その先、どうやって同盟を相手に勝利するというのか。否、いかにして銀河帝国を存続させようと言うのか。

 ブラウンシュバイク公爵を盟主とする「リップシュタット盟約貴族」が銀河帝国の支配者となる未来においては、銀河帝国は形式はどうあれ滅亡してしまう。

 それが自由惑星同盟軍の侵攻と言う形でのわかりやすい敗北なのか、それともあらゆる社会インフラを同盟とフェザーンに抑えられての見た目上の存続と事実上の滅亡なのか。

 それはフランツにはわからない。

 しかし、判っていることもある。

「……ヒルダの進言を容れて正解であった」

 思わずそのように口に出した。

 フランツも、もし娘ヒルデガルドの進言が無ければリップシュタットに赴き盟約に署名していたところであったのだ。

 もしそうなっておれば今ごろは、フランツは代々受け継いできた「銀河帝国の機械産業を同盟のそれから守る」戦いを放棄していたことだろう。

 皮肉なことに、同盟の工作機械を始めとする各種機械製品を徹底的に分解調査しているスタッフを最も多く抱えている諸侯とはフランツである。

 フランツがリップシュタット盟約に署名していたならば、今頃は各荘園のスタッフを盟約貴族領地に派遣して当座の軍事力を増強する戦いに充てさせていたことだろう。

 そしてそれは、帝国の未来を閉ざす作業でもある。

「旦那様、進言なされたのはお嬢様ですが英断をなされたのはあくまで旦那様、伯爵閣下であらせられます」

 家令頭のハンスが即答した。

 その表情も暗い。

 先ほどからハンスと共にフランツが実施している作業は、リップシュタット盟約軍が敗北した後にいかに銀河帝国を立て直すかと言う試算である。

 それは同時に、この内戦が終結するまでに帝国に、不平貴族の領地に導入されるであろう同盟製品にいかに勝つかと言う戦いの試算でもある。

 帝国貴族として原則論を唱えるならば叛徒の手になる工業製品など直ちに破棄すべし、と言うところだがそれは出来まい。

 リップシュタット盟約に署名した各諸侯はそれぞれの領地で徴兵を強化し、また荘園の急速な工業化を図っている。

 

 さすがに艦艇の建造施設までは輸入していないようだが、火器や弾薬といった短期で製造ラインを組めるもの、そして故オイゲン・フォン・カストロプの言葉を借りれば「一台導入するごとに、農民ひとりが耕せる農地が百倍に増える」農業機械といったものは急速導入している。

 リップシュタット盟約貴族の敗北後、それら諸侯領はまず帝室直轄領となり、その後は一部は今回の内戦において帝国政府を支持した良識と判断力を示した諸侯に下賜されるであろう。

 

 同盟製の工作機械や農業機械の入った領地が。

 

 そして自らの手で各種機械を動かし火器弾薬を製造することの出来る領民が。

「ハンス、資料はまとまったかね」

「旦那様の端末へただいま送りました」

 フランツは送られてきた資料の中から一番規模の小さな「具体例」を開いた。

 リップシュタット盟約貴族の盟主、ブラウンシュバイク公爵の甥であるシャイド男爵の領地資料である。

 シャイド男爵はその領地である惑星ヴェスターラントにおいてまずまずの名君とされている。

 身の回りには自動化機械など置かないと言う模範的な帝国貴族の暮らしを守りつつ、その荘園はそれなりに機械化を進めて領民にも比較的良い暮らしをさせてきた。

 惑星ヴェスターラントはその地表のほとんどが砂漠であり点在するオアシスの周囲にのみ人間社会がある、典型的な乾燥惑星のひとつである。

 

 それも歴代のシャイド男爵が領地に善政を施してきた理由のひとつであろう。苛政など行えば数代で領民が死に絶えること確実な惑星なのだ。

 そして領民も今のところはシャイド男爵に忠実である。

 惑星ヴェスターラントにおいては、どのオアシスもシャイド男爵の寛大なる慈悲の心を損ねれば生きてゆけないのだ。

 だがリップシュタット盟約貴族がオーディンを脱出すると共にシャイド男爵は変わった。

 同盟から輸入した工作機械を荘園に配置し、急激に火器弾薬の製造ラインを整えつつある。領民に火器弾薬を作る能力を与えているのだ。

 

 同時に、農業機械を導入してもいる。銀河の向こう側の政治家たちならこれを結構なことと歓迎したかもしれない。

 しかしフランツにはこれは望ましくない将来を意味するとしか思えない。

 中途半端に工業化された惑星と言うだけでも好ましくないが、その工業設備が同盟の製品で構成されていると言うのはさらに好ましくない。

 たとえばマリーンドルフ領で生産製作された工作機械類で置き換えできるかと言えばそれは難しい。

 もっとも重要な機能「使い易さ」において帝国製品は劣る。

 

 まして「自らの手で火器弾薬を製造できるようになった領民」に使いづらい帝国製品を押し付けることは代官なり新領主なりにとって危険でさえもある。

 

 同盟製品の耐用年数はいずれは切れるのだから慎重に進めれば良いのだが、まさに慎重を要する。

 そしてフランツの領地を始めとする帝国の高度工業化惑星の製品は年単位の長きに渡って売れ行きが落ち込む。

 その間、フランツはどうやって荘園群を維持し領民たちを養ってゆけば良いのか?

 そして、シャイド男爵と同じことをより大規模に行っているリップシュタット盟約貴族は他にも多数ある。

 リップシュタット盟約貴族に対して、ローエングラム侯であれば軍事的には楽々と勝利してくれるだろう。その日が一日でも早く訪れて欲しいと願うしか今のフランツには出来ない。

 一日、また一日と同盟の工業製品はリップシュタット盟約貴族の領地に浸透してゆく。

 自分の手で火器弾薬を製造できる領民が増えてゆく。

 そしてローエングラム候の勝利後、それらの領民たちは「お優しい御館様」を失った事実をどう受け止めるだろうか。

 

 非人道的なことだが、リップシュタット盟約貴族から領民の心が離れるような「何か」が起きてくれれば内戦後のエルウィン・ヨーゼフ2世陛下の国内統治は楽なものになろう。

 

 フランツは軽く頭を振ってその恐ろしい考えを振り払う。心の中で大帝ルドルフ陛下に頭を垂れる。

 帝国貴族たるフランツが「領民の心が領主から離れる」ことを願うなど許されないことである。

 

 恐ろしい考えを頭から振り払ったついでに、別資料を開く。

 

 何ゆえに同盟の工業製品の流入を阻止できないのか。宇宙船をことごとく臨検するという手段が不可能に近いのはなぜか。

 

 フェザーン回廊さえも軍事力や警察力を持って封鎖するには広すぎる。いわんや銀河帝国領=オリオン局所枝においては。

 経済的に長距離の恒星間航行が行える大型船舶だけ見張るというそれだけでも大変なことだが、各諸侯の領地にはそれら大型船舶が安全に寄港できる天然の良港が無数と言って良いほど多数ある。

 

 これは銀河の向こう側でも同様であるらしい。

 

 フェザーン商人の跋扈を許している最大の理由でもある。

 

 仮に禁輸令を皇帝陛下が発したとしてもそれをフェザーン商人に守らせ、また「買い手」たるリップシュタット盟約貴族に守らせることは不可能だ。

 

 フェザーン商人から見れば適当な、安定した恒星を持つ無人星系のいずれかで積み換えすれば済むことだ。

 

 数億もある無人星系のいずれかで。

 

 禁輸を実施するには航路の上において輸送途上で抑えるのではなく、最終到着地である各諸侯領の主要惑星を、またその地表にある主要な都市を抑えねばならない。

 それさえも困難で多大な人手を要する。

 フランツはマクシミリアンを説得すべく惑星カストロプへ赴いたときに見た光景を思い出した。

 

 帝都オーディンにさえ存在しない数々のシステムが惑星カストロプには存在していた。

 先代オイゲンのころから内務省と司法省が内偵の対象にしていたカストロプ公爵の領地でさえも、監視は不徹底だったのだ。

 

 これは銀河の向こう側でも同様であるらしく、帝国産の安価な鉱産資源や農産物は同盟の産業にダメージを与えていると言う。

 

 そしてもちろん、リップシュタット盟約貴族領においてそれを、すなわち惑星規模での厳重な監視を行うことは今のところ全くの不可能だ。

 ローエングラム候が率いる帝国正規軍によってリップシュタット盟約貴族の私兵が撃ち滅ぼされるまでは社会秩序維持局であれ警察局であれ、手出しのしようもない。

 

 連想が脳裏を閃き、フランツは家令頭に確かめてみることにした。

「ヒルダが高等文官試験に合格したと言うのは間違いないかね」

「はい。お嬢様は首席合格なされております」

 本来ならば、帝国が政変の真っ最中でないならばフランツ自らが確認して祝いの席を設けるべきことであったろう。

 この快挙も後回しにせねばならないのがフランツ・フォン・マリーンドルフ伯爵の置かれた現状である。

「帝都より祝電も多数届いております」

 祝電とは古代地球時代からの慣用語である。多くの場合はソリビジョン映像情報を圧縮した超光速通信メッセージである。

 そう告げたハンスの表情に陰があることに気付き、フランツは発言を促した。

「筆頭は帝国宰相リヒテンラーデ公爵閣下であります。……なお、お嬢様は国務省への任官願いを取り消したとのこと。公爵閣下自らの勧誘を断ってのこととあります」

 ハンスが告げた言葉はフランツが抱える問題がさらに増えたことを意味し、ハンスがそれを手元に留め置いていた理由として十分であった。

 

「困った娘だ。……ハンス、とりあえずヒルダに関わることを先に処置しよう。不平貴族……否、『賊軍』とその領地がどうなるかは当面は帝国軍に……メルカッツ軍務尚書とローエングラム宇宙艦隊司令長官にお任せするしかないのだから」

 フランツがそう命じると、ハンスは表情を消して大量の文書をフランツの端末に送ってきた。

 一通り眺めてから、まず娘ヒルダ自身によるメッセージを開く。

 しばし無言で眺め、フランツはため息をついてから端末に目を落とした。最初にヒルダからのメッセージを開いたことが正解だったことがわかった。

 ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ伯爵令嬢はマリーンドルフ伯爵家の当主フランツにとり唯一の子である。

 女性ながら跡継ぎでありいずれはマリーンドルフ伯爵となる立場である。本来は。

 しかしそのマリーンドルフ伯爵令嬢がローエングラム元帥府の秘書官として就職を決めたと言うニュースは、リップシュタット盟約に署名せず帝都に残留した賢明な貴族たちにとってかなり大きなニュースであったようだ。

 フランツは自身がこのニュースにさほど驚いていないこと、このニュースを手元に止めていたハンスを叱責しようと言う考えが浮かばないことに気づいた。

「ハンス」

「はい、伯爵閣下」

「手元に止めてくれたことを感謝する。それに、関連情報も整理してくれたようだね。私には過ぎた家臣だ。これからも、補佐のほどよろしく頼む」

 ハンスが関連ありとして注記をつけた情報は複数あった。

 まずマリーンドルフ家への養子縁組を打診する、いくつかの諸侯家からの非公式なメッセージ。それぞれの諸侯家当主や跡継ぎの署名はいずれにも無いことをハンスがすでに確認している。

「……はは、諸侯家は私の『狙い』を推し量っているのか。領地で領民を養うことと、領地にあって銀河の向こう側を相手に戦うこと以外に関心など無いと言ってもいまや信じてもらえないのだろうな」

「身分を超えた発言をお許しいただけますでしょうか」

 ハンスの言葉にフランツは頷いた。内容はすでに予想できている。

「誰が見ても、伯爵閣下がローエングラム候に取り入るためにお嬢様を接近させたとしか見えないでしょう。そして、ローエングラム侯がマリーンドルフ伯爵家へ婿入りすると考える諸侯は無いものと思量する次第で」

「まあ、それはそうだが。私としてはヒルダにはこの領地をまずまず安定して運営してゆけるような、ごく平凡な婿が望ましいと思っている。しかし、事態がこうあっては誰もそれを信じないだろうな」

 フランツはそこで言葉を切り、ふと考えてみた。

 外見だけを見れば似合いの二人である。しかし彼の娘ヒルダにせよ、そしてローエングラム候ラインハルトと言うあの美青年にせよ、果たしてそういった要素を気にかけているのだろうか?

「また、ローエングラム元帥府には他にも秘書官が採用されるとのこと。すでにお手元に」

「いま読んでいるところだ。エルフリーデ・フォン・コールラウシュ……はて、どこかで聞いた名前だが」

「帝国宰相リヒテンラーデ閣下の縁戚のおひとりにて。その事情もお手元に」

「ほう。そのような令嬢をローエングラム元帥府に。なるほど」

 手元の文書によれば宰相閣下自らの推薦によって採用されたとある。

 フランツは微笑んだ。

 

 リップシュタット盟約貴族が何を考えているのか、そしてその敗北と滅亡後に銀河帝国がどうなるかと言う問題に比べると、遥かにわかり易く、そして心が楽になる話題であった。

 

 銀河帝国最強の軍人貴族すなわち帝国軍元帥ラインハルト・フォン・ローエングラム侯爵をいかに自分の閥に取り込むかと言う争いが自分、フランツ・フォン・マリーンドルフ伯爵と帝国宰相クラウス・フォン・リヒテンラーデ公爵との間に始まっている。

 ただし帝国宰相の一方的な主観によって。

 

 それは本来ならばマリーンドルフ伯爵家の存亡を揺るがす大事件であるはずだが、非常に明るい話題に思えた。

 フランツにはこの問題の解決策もすでにある。

 適当なところでヒルダを辞職させて領地へ戻らせ、この家の家督を継がせればそれで良い。

 同時に、マリーンドルフ家への養子縁組を打診してきた諸侯家への回答にもなる。

 

 ハンスの手元にも届いておらず、もちろんフランツも知る由もなかったある事実、すなわちローエングラム候ラインハルトがエルフリーデ・フォン・コールラウシュ嬢との縁談を申し入れられてそれを断り、その上で帝国宰相の推挙によってローエングラム元帥府にエルフリーデ嬢が秘書官として採用されたと言う経緯を知ればフランツもハンスもこの時点で何らかの対応策を案じたであろう。

 もっとも現実にはこのときすでにローエングラム侯ラインハルトは帝国正規軍を率いて『賊軍』を討伐すべくオーディンを進発しており、すでに後に生じる問題に対処するには遅かったとも言えよう。

 

 

 




エルフリーデ・フォン・コールラウシュと言う人物は原作によると流刑先から脱出し、ローエングラム新王朝の要人(ロイエンタール)の暗殺を図るまで捕らえられることが無かった人物なので、なんらかの才能なり幸運なりがあるのでしょう。

ただ、今のところは帝国宰相の権力闘争ネタのひとつです。

銀河帝国と自由惑星同盟が何ゆえにフェザーン経由での交易に関税を掛ける等の防衛手段を採れないのかは、次の投稿で21世紀日本人視点を交えて書くつもりです。


この回までにも何度か「帝国は非能率な人的資源の使い方をしている」設定を盛り込んできました。

これは原作の「黎明篇」にある新無憂宮に関する記述の拡大解釈です。
>宮殿には五万人を超す侍従や女官が働いている。
>機械力ですむところに人間を使うのが、地位の高さと権力の強大さを証明する時代なのだ。
>調理、清掃、客人の案内、庭園の管理、放し飼いにされた鹿の世話、すべてが人力によってなされる。
>それこそが王者の贅沢なのだ。

本作ではこの「王者の贅沢」を銀河帝国貴族たちが程度の差はあれ見習っていることにしています。
もちろん原作読者の数だけ解釈はありえますが、本作の作者は「ゴールデンバウム王朝では『王者の贅沢』が社会に蔓延している」と解釈しています。
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