銀河英雄伝説 サンフォード炉辺談話   作:mosamosa

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連載開始からずいぶん長いこと掛かりましたが、ようやくタイトルを回収できます。

次の話から第3章となります。

※読者の方々へのお願い
作中人物が古代地球の経済史を振り返る視点において、どうしても高橋是清氏の名前を外すことが出来ませんでした。
本作は日本語で書かれていますので、読者の方々の大半は日本人だと思います。
比較的近い時代の日本の政治家の名前を出しましたが、これは読者の方々に「近代および現代の日本政治論を語ってほしい」と言う意味では全くありません。

感想と批判はお待ちしています。
しかし床屋政談は望みません。
もちろん、かつて「アルカディア」に投稿したときに浴びせられたような現在の日本政府の経済政策と混同しての罵倒誹謗はゴメン被ります。


第14話 「炉辺談話」の開始

宇宙暦798年3月。

 

 閣議室にて。『私』は閣僚たちが参集してくるのを待ちながら考え込んでいた。

 

 自由惑星同盟の経済状況は軍縮によって改善しつつある。

 

 軍縮によって民生に戻った人数は直接には数百万人。

 軍需産業が民需転換された分を踏まえても、最大限に見ても1億人に満たない。

 

 スケールを100分の1にして考えると、『私』が前世で暮らしていたあの国で1万人の自衛官が退官して民間で働くようになり、防衛産業の従事者数十万人が民需の仕事を受けるようになったようなものだ。

 総労働人口の1パーセントにも満たない。

 

 ただし、状況が全く異なる。

 同盟においては軍縮を実施するまではほとんど全ての産業で「稼動率100パーセントあるいはそれ以上」だったのだ。

 稼動率100パーセントとはつまり余裕率ゼロを意味し、100パーセント超えの稼動率は余裕率がマイナスを意味する。

 この状況では、たとえば流通網のどこかで遅滞が生じればただちにそれが波及してしまう。

 

 前世の思い出に合わせて極端に単純化すれば、たとえば東名高速道路の東京から名古屋までの全区間全車線にトラックが車間距離不十分なままでびっしりと並んで走っている状況だ。

 この状況ではどこかで1台が事故を起こすだけで東名高速全体が止まる。

 だがここで、余裕率がいくらかでも生じればどうか。

 たとえば車間距離を取れるようになり、あるいは事故車を迂回する余地が生じる。

 

 一箇所の停止が全ての停止を意味する「稼動率100パーセント」あるいは「余裕率ゼロないしマイナス」と言う状態と、現状の余裕率1パーセント強と言う状態には非常に大きな差があるのだ。

 

 それは劇的な改善を意味する。

 

 それが昨年8月から同盟で生じていることだ。

 情報交通委員会に言わせれば本来守るべき航路管理の余裕率はまだ達成されておらず、相変わらず「国家の非常時であるから、安全上のリスクを見込んでの航路管理」を実施しているという。

 

 しかし情報交通委員会が要求する人数の航路管制オペレーターや航路保安庁の巡視船乗組員、そして各港湾の支援艇を捻出する余地は同盟軍にはない。

 これは先日の閣議で国防委員長が淡々と説明したことだ。

 

 ともあれ今の同盟は余裕率マイナスやゼロが常態化していた昨年8月までに比して、1パーセント強の余裕率が確保できるようになっただけでしかない。

 未だに恒星間航行どころか、各惑星上の地上交通さえも時刻表どおりに動かすことが出来ていない。

 

 これは『私』が前世を過ごしていた国とは大きく違う。

 あの国でもブラック労働なる言葉が広く使われていたが、それは自由惑星同盟のそれとは事情と背景が違う。

 

 あの国の場合には余裕率を作り出すに足る中堅労働者が国内に十分ありながらそれを雇用しないと言う不可思議なことが横行していたのだが、自由惑星同盟にはそれが無い。

 

 あの国の歴史上に似た状況を探すならば戦時中のそれだ。

 社会のどこにも余剰労働力が存在しなくなっていた、太平洋戦争当時の日本帝国がそれだ。

 

 今の同盟は『私』が前世を過ごした日本国に例えるならば毎年のように数十万規模で自衛隊を動員する作戦が生じて毎年のように1万人の自衛官が戦死する状況を数十年続けたと言える。

 ……同盟と言う国がいかに怪物的な国家なのか、前世のあの国に例えることが出来ない存在なのかが改めて判る。

 

『私』が前世を過ごしていた日本国はあの時代の地球において間違いなく大国のひとつだった。

 だが、毎年のように1万人の自衛官が戦死する状況に数十年耐ええたか、そして同時進行で経済戦争に耐ええたかと言えば思考実験するまでもない。

 無理に決まっている。

 

 だが、ここしばらくの……アムリッツァ出兵を行い将兵が凱旋してからの私の悩みはそれらではなかった。

 それらの問題は、閣僚たちがなんとかして解決してくれるだろう。

 私がアムリッツァ出兵を繰り返し、つまるところは「史実」あるいは「原作」(それとも「演義」?)のアムリッツァキャンペーンを時分割でしでかすことがなければ。

 

 それが目下の問題である。

 いかにして、「史実と違う形でのアムリッツァキャンペーンの再現」を避けるか。

 たとえば今回は帝国辺境領主からの救援要請は本物だった。

 それを「集団亡命の申し入れ」と解釈して同盟に数百万人を引越しさせたのはこちらの解釈と都合によるものだが、そう解釈するしかない立場ではある。

 

 帝国の内戦が続く限りにおいては同様の「要請」があってもなんとか対応は出来る。

 まさか同盟軍がフレーゲル男爵やヒルデスハイム伯爵によって痛手を被ることはあるまい。

 しかしそれでもなお、軍隊を動かすことそれ自体が同盟にとっては大きな負担だ。

 余裕率1パーセント強しかない物流網に臨時負荷を掛けるのだから。

 

 物流だけではない。

 今回のアムリッツァ出兵で同盟軍は2個艦隊相当の兵力を喪失した。

 

 これをどうやって補充するかを先日の閣議では国防委員長が問題提起し、閣僚たちが激論を交わした。

「とりあえず主力艦は後回し、当面は駆逐艦と軽巡を補充」とすること、また主力艦を建造していた造船所には当面は大型コンテナ船やバラ積み貨物船を発注する方針が一応の賛同を得るには議長大権の行使を示唆せねばならなかった。

 今の同盟においてはコンテナ船や貨物船の老朽化もまた大問題で、耐用年数を過ぎた大型船を酷使してなんとか物流を支えている状況を先に解決せねばならないと言うのが最終的な結論だった。

 一方、中古品の工作機械をフェザーン商人が買い集めていること、そして恐らくは銀河帝国の不平貴族(帝国政府の命名によると『賊軍』)へと売るらしいことはさほど重視されなかった。

 

 それらがいかにして帝国政府の監視の目を潜り抜けて不平貴族の領地に届くのか。

 

 これを私が問うと、法秩序委員長と情報交通委員長が唖然としてから説明してくれた。

 

 思い出してみる。

「議長、かつて密輸航路フェザーンが発見されたときに同盟政府は『鎖国』を検討しました。必要な人手や艦船の数を試算もしましたし、それは議長であればいつでもお好きなときにお読みいただけます。結論は『不可能』でした。銀河の向こう側でも同じでしょう」

「法秩序委員長の言うとおりで、当時の同盟政府は古代地球のトクガワ・ショーグネート・ジャパンが鎖国に成功した事例まで調査しています。しかし、まさにトクガワ・ショーグネート・ジャパンの成功例が今日の銀河における鎖国の不可能を示しています」

 情報交通委員長がそう付け足した。

 

 閣議室に閣僚が集まってくるのを待ちながら、先日の閣議後に読んだその資料を思い出してみる。

 同時に、ちょっとした悲しみも覚える。

 

 今やこの耳には「トクガワ・ショーグネート・ジャパン」が「徳川幕府時代の日本」と聞こえないのだ。

 同盟語のまま「トクガワ・ショーグネート・ジャパン」と聞こえる。

 

 自分が21世紀日本人でなくなりつつあることを実感しつつ、せめて心の内だけでも日本人として考えてみる。

 徳川幕府によって日本が鎖国できた最大の理由は、日本列島と言う地理的特異性にある。

『私』もまだ覚えていることだが、山の多い島国だ。

 

 交易あるいは密輸に使えるような都合の良い海岸、外洋を越えてくることが可能な大型船舶が入れるような地形があるところ。

 つまり天然の良港だが、それらの周囲には必ず人が住んでいた。

 徳川幕府の官吏やそれに忠誠を誓うものが必ず住んでいた。

 だからこそ現実的なコストで監視することが出来た。

 

 だが、もし手漕ぎの簡素な船や、あるいは近海用の小型帆船で渡れるような距離に「天然の良港を備えた無人島」が日本列島の周囲に数億もあったらどうだろうか。

 それでもなお、徳川幕府はそれらの無人島を全て監視しようとしただろうか。

 そして、出来ただろうか。

 

 出来たはずがない。

 当時の幕府には日本列島全域の調査さえできなかったのだ。

 

 確か、日本列島にいくつの島があるのか判明したのが20世紀になってからだ。

 そこまで考えて、『私』は21世紀日本人の感覚を失いつつあることを実感した。

 

「天然の良港を持つ無人島が数億も放置されている状況」と言うものを今、ごく自然に考えたのだ。

 同盟人としては、あるいは宇宙暦8世紀の人類としてはごく自然な数だ。

 オリオン局所枝であれサジタリウス渦状腕であれ、安定した恒星を中心とする星系の数は億を軽く超える。

 

 可住惑星を持つ星系だけでも数万だ。

 

 そんな地理的事情が鎖国はもとより関税障壁で自国の産業を守ることさえ不可能にしている。

 仮に同盟政府がフェザーン商船の運んでくる物資に関税を掛けたとしても、同盟側に無数の密輸業者が出現してそれら無人星系で荷物の受け取りを行うだけのことだ。

 当時の報告書は付記している。

「我が共和国は宇宙海賊の根絶さえも出来ていない」と。

 

 それでもなお手段が無くはない。

 

 密輸業者も最終的には消費地に品物を届けるのだ。

 

 最終消費地とはこの場合、多数の同盟人が社会を形成して住んでいる星系であるからその社会に監視機構を組み込むことは不可能ではない。

 通関検査による物資と船の滞留を許容できるならば。

 

 そして、許容できるコストと時間しか要さない方法でたとえば小麦なり鉄鉱石なりが同盟領内のどこの星系の産品でもないことを証明できて密輸業者を逮捕できるなら。

 帝国産の鉱産資源や農産物を同盟産のそれと識別する方法は一応はある。

 そして偽装方法もある。

 

 帝国からの輸出品を締め出すことは、流通体制の余裕率がようやく1パーセントを超えた現状の自由惑星同盟では不可能だ。

 

 銀河の向こう側ではどうなるかを考えてみる。

 まさに内戦状態にあり、末端消費地たる領地を抱える不平貴族たちが銀河帝国政府に協力しない今の状況では同盟製の工作機械を禁輸することは銀河帝国にはとても出来ない。

 

「仮に銀河帝国政府が同盟から不平貴族への貿易を阻止出来るものであれば、帝国内戦はすでに終結しているでしょう。銀河帝国軍が不平貴族の領地惑星を占領すると言う形で」

 これは先日の閣議で国防委員長が付け加えた言葉だ。

 

 フェザーン商人が人類の支配が及ぶ宇宙のいたるところで好き勝手に商売できる事実はつまりそういうものだ。

 末端消費地に取り締まりを行う余裕と意思がない限り、どうしようもないのだ。

 

 ただ、フェザーン回廊に近い末端消費地などと言うものを作らないように歴代の同盟政府も努力してはいる。そんなものがあったら帝国からの経済的侵略が激化し、軍事的侵略の撃退に成功しつづけるかどうかなど瑣末事になってしまう。

 

 フェザーン回廊の同盟側出口には2000光年に渡る無人宙域がある。

 

 この宙域にも入植可能な星系はいくつもあるが、同盟軍の監視基地を置くに留めている。

 

 もったいない話ではある。そしてその程度のことしか同盟政府には出来ない。

 

 思考の流れを元に戻す。

 

 いかにしてアムリッツァ出兵の繰り返しを防ぐか。

 より正確には軍隊の崩壊と国力再建の機会喪失をいかに防ぐか。

 

 いかにして、麻痺からはなんとか免れた……人体に例えるならば頻繁に血行障害を起こしていた状態をようやく脱したこの同盟をいかに立て直してゆくのか。

 

 民主主義とは迂遠なものだ。

 こういう場合には、誰もが正解を理解できる類の施策であっても実施するには大変に面倒な手続きを要する。

 そこまで考えて、ふと「原作」あるいは「史実」における重大な記述が不意に脳裏に蘇った。

 

「民主共和政治とやらの迂遠さは、しばしば民衆をいらだたせる。迅速さという一点で、やつらを満足させれば、民主共和政とやらにこだわることもあるまい……」

民主共和政治に対するロイエンタールの偏見と侮蔑は、行政の末端レベルにおいて、事実として証明されつつあった。

官公庁や公共機関において、いちじるしく劣化しつつあった市民サービスの水準が向上に転じていたのだ。

「地下高速鉄道が時刻表どおりに運行されるようになった。区役所の窓口の係員が、いままで傲然としていたのに、親切になった」

 

 今、脳裏に蘇ったその記述が正確なのか、いまや確認しようもない。だが『私』は呆然とした。

 ここしばらく考え込んでいた「アムリッツァキャンペーンの再現阻止」など、史実におけるこの問題に比べれば枝葉末節でしかない。

 

 これこそが自由惑星同盟の、そして民主共和政治の決定的な敗北だったのだ。

 

 

「おはようございます」

 レベロのその声に現実に引き戻された。

 次々に閣僚たちが入室してくる。

 全員が揃うのを待ち、私は閣議の開始を告げた。

 前回のような激論にならないかぎりは、司会に徹するつもりだ。

 司会以外のことをするような余裕もない。

 

 アムリッツァ出兵の繰り返しを防ぐ方法は、『私』が思いつかないなら閣僚に聞けばなんとかしてくれるだろう。

 

 あるいは『私』、このロイヤル・サンフォードと言う弱い支持基盤しか持たない政治家には出来ない選択であっても、たとえばトリューニヒトならなんとかして市民を説き伏せるだろう。

 

 アムリッツァ出兵の繰り返しとそれによる軍隊の崩壊がトリューニヒト個人の福祉に反するならば、あるいは同盟の存続と繁栄がトリューニヒト個人の福祉と一致するのであれば、トリューニヒトはそれをやってくれるだろう。

 

 そんなことを考えつつ閣僚たちの報告を聞く。

 まず地域社会建設委員長が説明を行う。

 

 アムリッツァ出兵の成果と言うべき「解放された亡命農民たち」によって自由惑星同盟は帝国産に価格競争できる農産物を今年のうちに収穫できる目処がついたそうだ。

 目ざといことに、いくつかの農業惑星では企業団地の誘致が始まっている。

 

 あるいは何十年も前から彼らはそれを続けてきたのであり、それに応える余力のある企業がようやく出てきたとも言える。

 

 廃棄予定の老朽大型船のエンジンを惑星上に降ろす工事の計画もすでにある。

 発電所として使うそうだ。

 ワープ航行の負荷に晒すことが危険な老朽化したエンジンであっても、惑星上で一定安全率で使う分にはまだ使えるらしい。

 

 そしてエンジンを抜き取った船体も軌道上施設としてはしばらくは使える。

 地域社会建設委員長がそう述べるのを聞いて、前世の記憶がいくつか思い出された。

 

 終戦後の日本ではいくつかの艦船のエンジンが発電所で使われ、窮乏したいくつかの自治体を救ったと言う。

 また、いくつかの艦船が臨時に廃墟と化した都市住民の住居として使われたとも言う。

 前世で聞いたそんな話が事実なのかはもう確かめる方法がない。

 

 地域社会建設委員長からの報告と、そして他委員会への要請についてはさほどの議論にならなかった。

 主に受け答えをしたのは財政委員長のレベロだ。

 

 ふと、目下の重大問題と関係があるのか無いのか判らないが同盟の政体について、あるいは三権分立について考えが飛んだ。

 

 レベロは「財政委員長」だ。

 最高評議会議長つまり『私』によって任命されてその地位にある。

 

 前世を過ごした国に無理やりに例えるならばジョアン・レベロ財務大臣が衆参両院の予算委員会委員長と決算委員会委員長を兼任しているようなものだ。

 これでは予算案も決算報告も素通りしかねない。

 と、前世で「原作」あるいは「史実」を読んだときには思ったものだった。

 

 だが実際には違う。

 

 最高評議会議長が任命できるのは各委員会の委員長だけで、副委員長以下の委員の大半は上院下院でそれぞれ選ばれる。

 これが議会選出委員であり、議会選出委員たちこそが、前世で言う衆参両院の予算委員長や決算委員長に相当する存在だ。

 そしてこれに官庁側の専門委員が加わる。

 

 たとえば国防委員会ならば制服組の統合作戦本部長や情報部長なども国防委員会のメンバーで、これが前世を過ごした国で言えば各省の次官つまり官僚としての最高位に相当する。

 同盟と言う国家の規模を反映してのことか、次官相当の官庁側専門委員は一人ではない。

 

 同様に議会選出委員たちが持つ権限も前世で見た国会の各種委員会や部会のそれらとは異なる。

 

 別の言い方も出来る。この最高評議会に各委員長が持ってくる案は、すでに議会の一部には示されているのだと。

 

「議長……議長?」

 声を掛けてきたのはトリューニヒトだった。

 

 何かを聞き逃したらしい。

 

「すまん、ちと別件を考えていた。何を聞き逃したのか教えてくれ」

「先ほどからの議題、老朽民間船舶の転用問題は地域社会建設委員長と財務委員長の間で同意しました。次の議題に移るか、議長から注意点があるかをお聞きしたいのです」

 

 手元の端末に目を落とす。

 

「私から言うべき点は先日来と変わらない。民力休養、国力再編が優先されるべきだと言うことだけだ。その点において問題ない様子だから、次の議題に移ろう」

 

 そう『私』が、ロイヤル・サンフォードが答えると、閣僚たちの視線が集中した。

 

「次の議題とは、今お考えだった『別件』でしょうか」

 咳払いしてレベロが尋ねてきた。

 そのつもりは無かった。

 

 しかし、この問題は『私』ひとりで考えるにはあまりにも重い。

 

「いま少し私なりに考えてから諸君の意見を聞こうと考えていたのだが、諸君の意見も聞くべきだな。我が共和国にとって決定的な勝利とはなんだろう」

 

「銀河帝国を打倒する、あるいは銀河帝国においても基本的人権が保障されると銀河帝国皇帝に宣誓させ守らせることです」

 国防委員長ジェシカ・エドワーズが即答した。

 

 彼女は反戦団体を背景として代議員選挙に当選し、そして今年1月の議長選で次点の得票を得て今は閣僚となっている。

 

 議長選において次点の得票を得た人物を閣内に招くことは慣例化しているが、『私』はかなり悩んでからエドワーズを国防委員長に指名した。

 前世を過ごした平和な国での記憶が「反戦政治家」をその地位に付けることを躊躇わせた。

 

 そして同じく前世の記憶が決定を下した。

 前世で見た、しょっちゅう戦争している国家の反戦政治家たちと同じく、エドワーズの背景にある反戦団体とは退役軍人会であり遺族会であり、そして軍隊そのものだ。

 

 エドワーズはアメリカやロシアの反戦政治家と同じような存在、あるいはさらに極端な存在だ。

 

 エドワーズのこれまでの政治スピーチがそうであるように、また「史書」においてエドワーズがヤン・ウェンリーに向かって私的に語ったように、「無駄でない戦死」ならば、それが勝利に繋がるならばエドワーズは躊躇無く肯定する。

 

 それは今も「読めた」。

 

「うむ。では、国防委員長。決定的敗北とは何だろうか。それを私は諸君ら閣僚たちと話し合い、共有認識を得たいのだ」

 そう問うと、エドワーズの表情に戸惑いがはっきりと見えた。同じ当惑が大半の閣僚に見える。トリューニヒト以外のほぼ全員にそれが見える。

 

「……軍隊が衰亡敗北した結果としてこのハイネセンを含め、同盟が銀河帝国によって占領されることでは?」

 エドワーズはそう言葉に出したが、何かが違うと感じていることは見えた。

 

「違う。確かにその敗北はありうる。たとえば先だってのアムリッツァ出兵のようなことを繰り返せばいずれ同盟軍は衰退し、その敗北すなわち軍事的敗北を免れなくなるだろう。だがそれは、何千万の将兵の屍が積まれようとも、あるいは各惑星が焦土と化し数十億の市民が犠牲になろうとも、軍事的な敗北に過ぎない。そのような状態に陥ったとしても決定的敗北さえ回避できるなら同盟は再起しうる。あるいは別の民主主義政体が発足しうる」

 私がそう言うと、去年のあの8月の会議で「全市民が犠牲になろうとも果たすべき大義がある」と主張した情報交通委員長コーネリア・ウィンザーが険しい表情を見せた。不愉快が「読める」。

 

 そして深く頷いたのは3人だった。

 

 トリューニヒト、レベロ、ホワンである。

 

 3人の政治家は視線を交わし、そしてレベロが口を開いた。

 

「議長が言われる決定的な敗北とは、たとえばその征服者が我々よりも……市民の信託を受けなおかつ市民からの要望を聞いて行政を、国家を動かしている我々よりも上手くこの共和国を動かす、そのような事態だ。たとえばこのハイネセンポリスの地下高速鉄道はここ数十年ほど時刻表どおりに運行できたことが無いが、その征服者がこれを時刻表どおりに動かすことに成功したりとか、その他いろいろ。とにかくこの共和国が抱えている問題をその征服者が解決してしまうことだ」

 

 レベロの言葉に私は深く頷いた。

 トリューニヒトはもちろん、レベロやホワンも私の内心や意図を非常に正確に読めることを確認できた。

 まさに以心伝心。たいへん便利なことである。

 

「つまりルドルフの再来を市民が歓呼の声で迎える状況か。帝国軍の銃口を向けられてではなく、征服者を市民が心から歓迎する状況。それは確かに決定的な敗北だ。そのような敗北からの再起には、新たなハイネセンの出現を待たねばならない」

 法秩序委員長が腕を組みかけ、そして思いなおして解いた。

 

「議長、アムリッツァ出兵の繰り返しの果てにはそれが生じえます。我が共和国を守る軍隊が衰退し、我が共和国の国力が疲弊しきってしまえば。『終身執政官』に成りおおせたころのルドルフのような怪物的指導者の再来ではなくもっと小人物であっても、我が共和国の救世主になりえます」

 先ほど発言してから思案していたエドワーズがそう付け足すと、ウィンザーが見るからに不本意そうに頷いた。

 

 閣議室を見渡してみる。どうやら閣僚たちは皆、その可能性を認めたようだ。

 

「意外だな。『ルドルフ以上の怪物が銀河帝国に出現しない限りそんなことはありえない』くらいのことは誰かが口にすると考えていたが」

 率直に『私』はそう口にした。

 

 まさにルドルフ以上の超人たるラインハルト・フォン・ローエングラムと言う人物の「史実での」業績が頭にあった。

 

 そんな「史実」など知らない閣僚たちがほんの数分の対話で『私』と同じ結論を認めることが本当に意外だった。

 

「議長。我が同盟、我が共和国を守るものが軍隊を措いて他にないこと。そして軍隊を支えることが共和国にとって極めて大きな負担であることは私も同僚諸氏も承知しております」

 不機嫌を隠そうともせずにウィンザーが答え、そして閣議室は静まり返った。

 

 誰も口にしないが、「軍隊を維持することも出来ないほど疲弊しきった国家に乗り込んで『それまでよりはマシな暮らし』を提供する」程度のことならルドルフのような超人でなくても出来る。

 そのように閣僚たちは考えているらしい。

 

 閣僚たちの表情を観察し彼らの内心を読んでいたこのとき、昨年8月に議長私室で目覚めて以来はじめてのことが起きた。

 

 トリューニヒトまでもが「この議題は重大に過ぎる」と考えているらしい。それが見えたのだ。

 

「……この議題はこのメンバーだけで語るには重大に過ぎるようだ」

 

 そう『私』が、ロイヤル・サンフォード最高評議会議長が呟くと閣僚たち全員が実に重々しく頷いた。

 

 閣僚たちはしばらく視線を交わし、そしてトリューニヒトが口を開いた。

 

「議長、閣議はもとより上下両院のどちらにとっても、さらには両院議員総会にとってさえもこの議題は重大に過ぎます」

 

 そう口にしたトリューニヒトの考えは読めなかった。見えなかった。

 

「市民に直接問うべき重大事と言うことかね」

「はい」

「ではこの議題を公開討論に掛け、議長公選を再度行うのはどうだろうか。この政権を支える諸君には申し訳ないが、私がこの椅子に再度座ったのは先のアムリッツァ出兵が失敗した際の責任を取るためだ。それ以上の選択を市民に示すならば、新しい議長を選ぶべきと思うが」

 そのように『私』は提案してみた。

 

「それには反対です、我らがチェアマン。議長が同盟市民の信託を受けてその椅子にあることは事実です。議長ご自身の言葉よりも、民意はさらに重い」

 トリューニヒトが即座に答えた。その内心は読めない。

 

「知人の、アマチュア歴史家に聞いた話があるのですが」

 そしてエドワーズが提案した。

 

           *                   *

 

 

 そのアマチュア歴史家は艦隊の部署訓練の合間にハイネセンに降り立ち、今は官舎で養子の決断に異を唱えようとしていた。

 ヤン・ウェンリー中将の養子であるユリアン・ミンツが自由惑星同盟軍士官学校を受験すると告げたのだ。

 それを聞いたヤンは彼の旗艦『ヒューベリオン』の士官食堂の食事の味を思い出してみた。

 彼の養子は実にいろんな才能に恵まれている。

 たとえば料理の腕においてもプロである『ヒューベリオン』司厨長に近い腕をすでに備えている。

 説得材料としてそんなところから話を始めようかと考えたのだが、このところ『ヒューベリオン』士官食堂の食事は以前の「栄養価とそのバランスだけは考慮してある」と言うものではなくなっていることを思い出して取りやめにした。

 同盟軍後方勤務本部が買い上げて部隊に支給しうる食材の質が改善しつつあること、そして軍艦の食堂でどのような料理が出せるのかは料理人の技量ではなく食材に主要因があると気付いてのことである。

 

 別方向から、あるいは正面から説得することにした。

「ユリアン、ユリアンの人生はユリアンが決めて良いんだ。トラバース法など気にすることはない。私はこれでも高給取りだし、お前の養育費など大した額じゃあない。それにお前ならハイネセン中央大学に楽に受かれるし、その後の針路も選び放題だ。もしお金を気にしているのだとしても、お前なら楽々と養育費の数倍を稼げるさ」

「いえ、ちょっと稼ぎにくい針路を考えています。そのためには出来るだけ学費が安上がりな学校を選びたいんです。ですから同盟軍士官学校の戦史研究科を受けます」

「……?!」

「ご存知なかったんですか、提督?次の年次から戦史研究科が再度……提督、提督?」

 ユリアンはヤン家に養子に来てから初めて見る表情を養父の顔に見出した。

 茫然自失している。

 

 翌日、ヤン・ウェンリー中将(第13艦隊司令官)は地上オフィスに出勤すると同時に転属願いを提出し、即座に却下された。

 宇宙艦隊司令部によって却下されただけではない。

 ヤンは諦め悪く同盟軍士官学校校長と、戦史編纂室にまで連絡したが返事は全く正当かつ簡潔なものだった。

 まず士官学校校長の言葉は「史学論文の一編も提出していない人物を戦史研究科教官として受け入れることは出来ない」と言うもので、そして戦史編纂室室長の言葉はさらにそっけないものだった。

 

 確かにヤンは歴史学者としてはアマチュアでさえない。

 単に戦史にある程度詳しい軍人のひとりでしかないのだ。

 

 宇宙艦隊司令部ビルの第13艦隊に割り当てられているフロアに連れ戻されたヤンはしばらく私物の書籍ファイルを検索していたがやがて諦め、呟いた。

「まあ、戦時下の軍隊のそれも士官学校が戦史を研究しないと言う、ここ10年ばかりが異常だったんだ。正常化に向かいつつあると言う証拠だな」

 同盟の正常化はそれだけではない。

 ヤン自身も幕僚たちも、たとえば今朝の出勤に際して交通管制システムのトラブルに巻き込まれたものはなかったのだ。

「提督、こちらを確認願います」

 ヤンの副官が書類を端末へ送ってくる。

 紙に出力して積み重ねればヤンの背丈ほどにもなろう分量であることをまず見る。

 そして表題と作成者と中間承認者の名前を確認する。

 作戦参謀のブラッドジョー大佐が作成した各艦の部署訓練成績と今後の訓練メニューで、すでにムライ参謀長のサインが入っている。

 となればヤンとしては精読する必要もない。

 即座にサインして副官の端末に送り返す。

 

 ヤンはこの日の地上オフィスでの執務をそのように実施した。

 従って、昼休みに士官食堂掲示板に流れた小さなニュースを見落とすことも無かった。

 

「新番組の案内。次の日曜日から隔週にて、最高評議会議長が全国民向けに所見等を述べる短い番組が開始される。番組タイトルは『炉辺談話』、公共ソリビジョン放送および2Dテレビジョン放送、音声信号放送にて行われる」

 それを見てヤンは小さく笑った。

 まさかタイトルまでそのままとは。

 議長は気にしないのかあるいは単に知らないのかもしれないが、あまり縁起の良いタイトルではない。

 そういえばジェシカ、もといエドワーズ閣下にもその話はしなかったな。

 このタイトルで国民への所見演説を行った政治家が任期を全うした例は無いらしいのだ。




 同盟語と英語は似ているようで違う言葉のようなので、日本語での定訳「炉辺談話」としました。
なお日本の政界では「炉辺談話」を「非公式見解」の意味で用いますが、この作中では英語圏での意味を取ります。

 この言葉を用いて定期的な政見放送を行ったアメリカ合衆国大統領は、我々の歴史線上では過去に二人。
 一人は在職中に病死し、もう一人は事実上失脚しています。
 二人目が非常に人気の無い大統領であったこともあり、以降はアメリカの政治家は別のタイトルで所見表明を行うようになりました。

 ただしそんな古代地球史を知っている人間は宇宙暦8世紀末には少数派だろうと思います。


追記:今回の話には同盟における立法府と行政府の役割分担について、大雑把ですが独自に設定してみました。

また「議長公選で次点になった候補者を閣内に招く」と言う「ダゴン星域会戦」で触れられている仕組みは慣例と言うことにしました。

オマケ:本作中の議長公選ではサンフォードとエドワーズ以外にも何人か泡沫候補が居たことにしています。作中に登場させるかどうかは未定です。
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