第3章第2話は地球教幹部の視点で退屈かつ重大な話を書く予定です。
読者の方々へのお願い:お読みの方々の大半は日本人だと思います。今回、比較的近い時代の実在の政治家の名前を作中に出しました。これは読者の方々に感想欄で日本の政治について論じて欲しいと言う意味ではありません。
第1話 ある現状認識
宇宙暦797年3月、自由惑星同盟 首都星ハイネセン 経済開発委員会オフィス
経済開発委員長は執務の手を止め、山積する問題から少し離れてみることにした。
議長から与えられたさまざまな課題に答えを出すには、それが必要に思われた。
まず現状を見てみる。
自由惑星同盟は極めて高度に工業化された国家だ。
同時に、歴史を二千年ほどさかのぼった古代地球における人類社会と同じ問題を抱えている。
失業率がほとんどゼロであるにも関わらず、多くの消費財やサービスの供給が需要に追いついていないのだ。
多くの農業惑星と鉱業惑星を抱える恒星間国家だけあって飢餓や1次資源の不足こそ生じていないが、輸送や加工の能力は足りているとは言いがたい。
サービス供給の不足は目を覆わんばかりで、このハイネセンポリスでさえ高速地下鉄道が時刻表どおりに運用できていないありさまだ。
昨年からの軍縮によってそれがいくらか緩和されてはいる。
たとえば国防委員長から「流通がいくらか安定するようになったこと」の効果が報告された。
ここ数ヶ月は、軍艦の食堂で将兵にグルテンではなく本物の肉を出せていると言う。
ただし本物の肉とは言ってもほとんどは魚肉や鶏肉で、豚肉や羊肉はまだ滅多に出せず、牛肉を安定して出せるようになるのは早くても来年。
軍縮によって流通が改善したといっても、まだその程度のレベルでしかない。
多くの農業惑星を抱えるこの恒星間国家においてそんな有様であるのは、輸送と加工がまだ正常稼動には程遠いためである。
当たり前のことだがどの農業惑星のどの農家もあるいは農業企業も、消費者に製品が届くと見込める量しか生産しない。
それ以上生産しても手元で腐らせるだけになるからである。
生産物が無駄になるだけでなく、生産に投じた人手も無駄になる。
さらに腐った生産物を処理するために無駄な人手まで費やしてしまう。
輸送が正常化してゆけばこの状況は改善されるだろう。
そして別の問題もやがては生じる。
農業惑星に生まれ育った若者が出稼ぎ先から故郷に戻ると言う現象が始まりつつある。
そればかりか、いくつかの農業惑星は目下の流通の改善が続くことを前提とし、アスターテやエル・ファシルといった新興農業惑星との対決を回避して工業化を図る動きをすでに始めている。
これもまた重大な危機である。
工業を支える各種企業が新たな工場をそれらの惑星に開き、同盟全体の工業生産高が増えるならそれは結構なことだ。
だが、その中途の過程で再び流通の麻痺が頻繁に起きるようになったらどうなるか?
現状よりも酷いことになると言うだけでは済まない。軍縮前よりもさらに酷いことになることさえありうる。
そしてそれは、議長が再度のアムリッツァ出兵を繰り返すようなら容易に現実になってしまうのだ。
にもかかわらず議長の関心事は「我が共和国にとっての決定的な敗北の回避」にあるようだ。
確かに重大問題だ。自由惑星同盟の存続意義そのものが問われている。
同時に、それは何か魔法のような処方箋で一挙解決できることではない。
まさに今、経済開発委員長が考えているような「より小さな問題」をひとつひとつ解決してゆくことでしか「決定的な敗北」は回避できない。
そして困ったことに、「より小さな問題」と「国是そのもの、同盟の存続意義そのものに関わる大問題」とは密接にリンクしている。
個人に例えるならば、助走をつけて障害を飛び越せるようになるためにはまず歩けるようにならねばならない。
より大きな、あるいはより遠い視点に移してみる。
現状の同盟はトラブル続きと言えども生活必需品の供給が行えているだけ、古代地球における人類社会よりはマシではある。
当時の人類社会が慢性的な供給不足と言う問題を抱えていたのは単に産業全般が未成熟だったからで、同盟の現状にそのまま当てはめることは出来ない。
自由惑星同盟の場合は長年の戦争の間、成年の死亡率トップが「戦死」と言う状況が続いたこと、また多くの働き手が軍需産業に拘束され続けてきた結果として総人口に占める民需労働者の割合が小さすぎるのだ。
古代地球においては消費財の不足=生産に寄与しない過剰人口に対して、ある恐ろしい解消手段が採られたこともあると言う。
さすがに自由惑星同盟においてはそのような手段は考えられもしない。
ただ、次のことが言える。
人類文明のほとんどの時期において、供給すなわち生産は消費に対して不足しつづけてきた。
文字に記された歴史の黎明期からすでに供給不足型インフレーションの記録がある。
その逆の方向、消費財やサービス供給能力が需要を超えて遊休状態に陥る事例が生じ始めるのはかなり年代が進み、各種産業が成長してからのことだ。
極端に遠い視点を選んで考察する場合、ジャン=バティスト・セイの学説が現代の自由惑星同盟に適用できるだろう。
古代地球で産業革命が始まったころの経済学者セイの論考は今日では要約しか伝わっていないが、仕事の息抜きには足りる。
「経済の後退、すなわち不景気は需要の不足や通貨供給の不足によるものではなく、生産の不足による」
一説にはこの「セイの法則」はセイの論説そのものではなく後世の研究者による要約だとも言う。
同盟の現状に当てはめるなら、さらに要約できる。
「全ての働き手が全力で働いても社会を支えるに足りず、暮らしが厳しい」と。
なんのことはない、今日の自由惑星同盟はセイの時代あるいはさらに古い時代の状況まで後退しているのだ。
ありとあらゆる国家が「巨大な限界集落」だった時代と同じ状況へと。
多様な災難、たとえば天災であったり蛮族の襲撃といったものによって青年と壮年の多くを失った共同体が幼年層や老年層を養うことが出来なくなり、そのまま滅亡した事例は歴史書のあちこちに残されている。
文字が発明される前の歴史の黎明期にはさらに多くあったに違いない。
古代地球において人類は条件の良い場所に定住して農業と言う超高度技術を中核とした社会を築き、さらに時代が下がって近代工業を中核としたより生産性の高い社会を築くことで余裕のある生活を現実のものにした。
この時代、一部の特権階級では「働けなくなった後の人生」と言う、それまでは考えられなかった贅沢を享受するようになったと言う。
さらに西暦1800年代ころには産業革命が始まった。
産業革命とは蒸気機関の実用化によって使用可能なエネルギーが劇的に増えた結果だと言う説も、家内制手工業の普及と組織化が推し進められた結果だと言う説もあるが息抜きに考えるには重過ぎるテーマだ。
歴史家に任せるべきだろう。
ともあれこの変革の過程で「供給過剰」そして失業問題が慢性的に生じるようになった。
現在の同盟にあっては信じられないことだが、当時の人類社会では失業率が1割を超えていながら社会の維持を行えた国家の事例さえ記録に残っている。
つまりそれらの国家においてはそれだけの遊休人員を抱える余力があったのだ。
経済開発委員長の立場から見ると贅沢な悩みに見える。
失業問題に頭を痛めていた当時の為政者が聞けば立腹するかもしれないが。
当時の国家は今の自由惑星同盟よりも遥かに工業技術の水準が劣っており、経済規模も桁違いに小さかったにも関わらず、その時代にはそんなことが行えた。
その時代の国家指導者を悩ませたのはインフレーションの脅威ではなく、いかに設備や人員の遊休状態すなわち失業を解消するかという問題だったらしい。
「セイの法則」によっては失業問題を説明できない。むろん解決もできない。
「不景気の原因は生産の不足にある」とするセイの法則は産業革命以前の未成熟な産業を理由とする慢性的な供給不足、あるいは戦争や災害による供給能力の低下が当たり前となっている状況でのみ成立する。
そのように結論し、失業問題の解決策を見出したのはジョン・メイナード・ケインズあるいはタカハシ・コレキヨだと伝わっている。
常時余力を持つほどの生産力を人類社会が部分的にでも持つに至った時代に生きたケインズやタカハシは、セイの時代とは異なる課題に取り組まねばならなかった。
社会に生じた余力が遊休化することを防ぎ、新たな成長へと繋げるという課題に。
この時代にあっては、「全ての労働者が全力で働いてなお需要に追いつかない」状況、セイの時代や今の同盟の現状に見られる状況を「商売繁盛」「盛況で結構」と言った言葉で歓迎したという。
つまりこの時代、社会を支えるのに必要な最低限度の需要は満たせることが常態化しており、また人々の間でもその認識が共有されていたのだ。
もちろん地域差はあっただろうが経済開発委員長はそこまで考察する気分ではなかった。
当時の資料は断片的なものだが、象徴的な事例は伝わっている。
当時の資料を探してみるとテレビジョン(もちろん当時のことだから2次元表示方式)や洗濯機、自家用車(当時のことであるから、全て地上車)の普及率向上を経済成長指標として扱っているものが多く見られる。
社会に生じた余力を活用して生活レベルの向上へと繋げることが重視されていたことがわかる。
経済開発委員長は苦笑せざるをえない。
総人口130億、消費するエネルギーと動かす物資の総量は当時の数億倍を超えている自由惑星同盟の経済実務者が、人類が蒸気機関と内燃機関しか持っていなかった時代の研究者ケインズや実務者タカハシの直面したよりも古い問題にぶつかっているのだ。
1度くらいは失業問題に頭を悩ましてみたいものだ。
もっとも、古代地球のような有限世界のさらに一部を占める国家に属していたケインズや、それとはまた別の国家に属していたタカハシにとっては決して「贅沢な悩み」ではなかっただろう。
経済開発委員長は卓上に視線を走らせた。
いま少し、遠い視点で考えることに費やす時間がありそうだった。
さて、記録に残る限りで最初にこの問題を解消した実務者はタカハシだと言われている。
タカハシが採った施策の全容は伝わっていないが、通貨発行高の増大をはじめとする金融緩和を行い市場への通貨流通を増大し、意図的に物価を上昇させたことは間違いない。
「明日あるいは来年に消費財やサービスの購入を行うと今日あるいは今年買うよりも高くなる」
そう判断すれば市民の中で経済的に余力のあるものたちは消費財やサービスを「今買うほうが安い、今買おう」と考える。
同時に公務員の俸給引き上げや公共事業の増加と減税を同時並行で実施したとする説もある。
これによって定職にあった市民は可処分所得が増える。
彼らは同時に明日や来年を考える余裕のある層でもあったから、消費財やサービスの購入を前倒しあるいは増大する。
それにより企業は売り上げが増し、生産を増やす。
遊休状態にあった生産ラインが稼動を再開し、あるいは稼動していたラインも稼動率を上げる。
やがて企業は新規雇用や設備投資を行ってこれに対応する。
すると失業者が減り、少し前までの失業者は所得を得て購買力を持った存在へと転換する。
低所得層も収入が増える。
そして新たな購買者が市場に参加し、さらに有効需要が増大する。
企業の設備遊休率や社会全体の失業率はさらに低下する。
後の時代に言うリフレーション政策の典型例で、一説によるとリフレーションとはタカハシ自身が自らの政策を説明するために創出した言葉ないし概念だと言う。
この過程を促進するためにタカハシは当時出現しつつあった土木機械の輸入および国内製造、使用を禁止したとする説まである。
複数の史料がタカハシの属した政府は民間に対して大量の土木工事を発注したと記している。
土木機械の使用禁止説が正しいとするならば、タカハシは「数台の土木機械購入および数名のオペレータと整備要員の雇用」での対応を禁止して数十人の土木作業員(当時の土木機械であるから、一台あたり数十人分の人力にしか相当しないと見るべきだろう)を雇って人力で作業を行うように強いたことになる。
この説を言い換えるとタカハシはリフレーション政策と、ワークシェアリング政策を同時実施したことになる。
しかし、同時実施説はいささか信憑性に乏しい。
リフレーション政策が効果を発揮しうるのは失業率や遊休率があるライン以下まで低下するまでだ。
それ以降も物価上昇政策を続けた場合、どの企業も「商品を作るだけ売れるが、増産するための人手が足りない」状況へ陥り、やがて「商品を作ろうにも、いくら札束を積み上げても原料を買えない」と言う状況に遭遇することになる。
つまり悪性のインフレーションに陥る。
それは当時もわかっていたはずだ。
しかし、インフレ回避のために物価と賃金の上昇率を押さえ込むことはこの場合には危険が大きい。
たとえば、賃金が年々上がることを前提として長期ローンを組んでいた家庭や企業がその前提を失って返済に苦しむようになる。
放置すれば家庭では消費財やサービスの購入を先送りし、企業は従業員の解雇に踏み切ることになる。
つまり再び有効需要が低下して、リフレーション実施前の状況に陥ることになる。
もしタカハシがリフレーションとワークシェアリングを並行実施したのであれば、失業率と設備遊休率の低下に伴って労働力の移動が促進されるように政策誘導がなされていないとならない。
つまり失業率が低下し都市部の設備遊休率が低下するのに合わせて土木機械の購入制限を緩和し、人力での土木作業に従事していた人々が土木機械のオペレーターになりあるいは都市の工場へ転職してゆくように誘導した記録が残っていないとおかしい。
しかし、信頼のおける史料にはタカハシが属した国家は失業率の低下後にも物価上昇が続いて、やがて空前の悪性インフレーションに陥ったと記されている。
その一方でタカハシの時代とごく近い時代に産児制限と他国への移民奨励が為されたとする記録も残っているのだから、やはりなんらかの史料欠落、あるいは後世の混乱による史料年代の擾乱が生じているのだ。
史料批判も息抜きには重いと気付き、経済開発委員長は思考の方向を切り替えた。
さて、失業者と遊休設備を抱えていた国家における適度な物価上昇は有効需要を増大せしめる。
これによって政府の税収は自然と増大し、政府支出の増大と減税を同時に行っているにも関わらず財政状況が改善する。
改善するまでのタイムラグを国債によって埋めることにも成功する。
そして、失業と設備遊休がゼロに近づくまでは物価上昇率よりも市民の所得増大が勝り続ける。
これがタカハシをはじめとする、リフレーション政策の成功事例であるらしい。
想像するだけで羨ましくなる話だ。
要するにタカハシやケインズの生きた時代のいくつかの国家はそんなことが可能なほどに生産力の余裕を持っていたのだ。
もちろん失敗例も伝わっている。
たとえば高い生活レベルと可処分所得を持つ層がそれ以上の生活レベル向上を求めず、消費財やサービスの購入を控え続けた事例もあると言う。
この場合、企業の売り上げは増えないままとなり新規雇用も設備投資も増大せず、失業者や低所得層は時間と共に困窮を強めてゆく。
社会が持っていた潜在的な生産力の余力たる失業者と遊休設備が経済成長へと繋がらず遊休状態であり続け、やがて社会の負債になり、社会の破壊者となる。
つまり職を得られず日々の糧を得られない状況に陥った人間はおとなしく餓死することを選ばない。
武器を手に取り、富めるものから糧を奪うことを選ぶ。
今の自由惑星同盟と同様にこの時代の国家の多くが生活保護と言う制度を持っていた。
それには、社会の余力たる失業者を「社会の破壊者へと転身させない」意味もあった。
さてケインズやタカハシの時代からおよそ100年後、人類はセイの法則が成り立つ状況へと逆戻りした。
言うまでもなく13日戦争とそれに続く90年の暗黒時代である。
この時代にどのようなことが起きたのかは、それ以前の時代に関するよりも資料に乏しい。
ともあれブリスベインに発足した地球統一政府は暗黒時代の終結を宣言し、そしてセイの法則が成り立たない状況へと回復することに成功した。
セイの法則の不成立、すなわち生産余力が常時生じる社会への復帰である。
この状態で余力が遊休化し失業を生み出し、社会不安の原因となることをいかに防ぐか。
これは以後1000年以上に渡り人類社会の課題となってきた。
ただしここ数十年の自由惑星同盟は例外である。
地球統一政府はこの課題に対し、人類社会の空間的な規模を増やす方針を採った。
太陽系内の諸天体に新たな拠点を築き、都市を建設し暮らしの場を広げてゆく。
新たに開設された都市の住民は地球に多くの消費財供給を頼り、また豊富な天然資源を地球へ送る。
同時に人的資源をも地球に、後には月面都市や早期に建設された宇宙都市に頼る。
安価な天然資源や一次生産品が辺境から安定供給され続けることが統一時代における経済の基本ともなった。
それは基本的に拡大による問題解消であり、かつてタカハシやケインズが行いあるいは提唱したリフレーションは必要なかった。
「辺境を持つ文明は衰退しない」と言う言葉を最初に唱えたものが誰かは伝わっていないが、この時代の誰かだとする説が有力だ。
辺境では常に建設需要があり、それに伴うありとあらゆる消費財の需要があり、そして人的資源の流れも常に生じていた。
要するに、条件の良い職業や地域で就職できず生活の場を得られなかった者でも、フロンティアに移住し数年間の低賃金労働に耐えれば、新しいフロンティアの住民が生産したものを安く購入して豊かな生活を営めるようになる時代だったのだ。
この時代は一種の黄金時代にも例えられる。
むろんこの経済方針は問題を辺境へあるいは将来へと先送りするものに他ならない。この場合「フロンティアに暮らす人々」の生活を追ってみると常に貧窮寸前の生活をしている。
ただし、同じ人物や家庭が常に貧窮寸前と言うわけではない。
たとえばある時代に火星に移住しメリディアニ鉱山でアンチモニーを採掘する、当時の人類社会でもっともキツく貧しい職についた若者たちが10数年後には後のマーズポートに住居を構えるようになったという話が伝わっている。
そしてそれに続くのは木星の衛星でエタンの氷を採掘する職についた若者たちが10数年後にはガニメデに本物の樹木がある家を構えるという話や、さらに土星の衛星でメタンの海に……と続いてゆく。
地球から月へ、月から火星へ、火星から外惑星へと人類社会が拡大しつづけ、地球を頂とし辺境を裾野とする経済的な傾斜が常時存在することが前提となる。
幸いなことに当時の人類にとって太陽系は十分に広く、そして行き詰まる前にワープ航法が実用化された。
しかしながら恒星間文明時代の始まりからおおよそ200年後、このシステムは行き詰まり破綻へと向かう。
恒星間文明時代における最初の停滞時代であり、最終的にはシリウス戦役と言う巨大な悲劇によって停滞は解消される。
100年以上に渡ったシリウス戦役については数多くの資料が残されており、経済史の研究者や実務者による評論も数多い。
それらの多くはシリウス戦役の根本原因を地球と辺境との不均衡に求めている。
地球は植民星系から安価な一次生産品や原材料が流れ込み続けることでしか維持運用できない経済と社会の構造を持ち、いっぽう植民惑星は恒星間船舶を初めとする、恒星間文明として必須の高度技術製品を地球に頼るしかなかった。
もちろん地球が技術移転を厳しく制限し、植民星系が自前の工業社会を築き自立することを抑制し続けた結果でもある。
モノカルチュアを強いられた星系が作物を買い叩かれて飢餓に陥った事例は有名だが、それ以外にも類似の逸話は多い。
これは地球政府の根本的な過ちだった。
当時の人類の生存権は半径数十光年でしかなかったが、それでも当時の人類が必要とした資源と居住空間に対して、その数十光年の範囲内にあった資源惑星と居住可能惑星は無限に近かった。
にもかかわらず、地球は技術移転の制限を行った。
「数十光年の宙域には資源が無限にあって居住可能惑星が数百ある」のが当時の人類社会の状況ではあったが、船舶の整備を行うために毎回地球に戻らねばならず、また採掘や開拓に必要な機材を地球から取り寄せねばならないこの状況にあっては、結局は地球から経済的に航行できる範囲しか存在しないのと同じである。
もっともこの状況が続いたがために繁栄した星系もあった。
太陽系に最も近い星系であるプロキシマ星系がそれで、プロキシマ星系の首都惑星プロセルピナの交易拠点としての繁栄ぶりは今日においてはフェザーンのそれに例えられている。
しかしプロセルピナの繁栄、そして地球の繁栄はつまるところは愚策と愚行、不合理の結果に過ぎなかった。
当時から今日に至るまで、辺境の経済成長と技術移転が緩やかに行われていた方が結果として地球経済を利した可能性が指摘されている。
太陽系文明の時代に成立していたことを恒星間文明にも続けたことが誤りであったのだと、それらの論者は主張する。
しかし、歴史はそのような方向へは向かわなかった。
最終的にこの不合理はシリウス戦役と言う巨大な悲劇によって解決され、膨大な戦費と人命が消費された。
その後。
西暦2801年すなわち宇宙暦元年に発足した銀河連邦は歴史上の教訓を踏まえて自らを運営した。
銀河連邦時代における経済政策の根幹は、新規の星系開発を積極的に推し進めることにあった。
「遠く、さらに遠くへ!」と言うスローガンは歴史書の複数のページに記されている。
さらに首都星たるテオリアを凌ぐ経済力を持つ星系が生まれることを抑制せず、むしろ積極的にそれを推し進めた。
そもそも首都星としてテオリアが選ばれたこと自体がそれを象徴したものであったとする説もある。
惑星テオリアは脈動変光星アルデバランを巡っており、恵まれた天体とは言いがたいこと。
そして当時の人類が到達していた半径およそ100光年の圏内にはより恵まれた天体が複数あったことがこの説の根拠となっている。
この説の当否はさておき、人類社会は複数の経済的な中心を持つようになりまた時代とともにそれぞれが移り変わるようになった。
シリウス戦役の前には地球を頂とする巨大な単一ピラミッドであった人類社会が、複数の頂を持つようになったのだともいえる。銀河連邦は文字通り、中央集権とは無縁の連邦国家だったのだ。
地球の再来、人類社会を一元的に支配する星系を出現させないことに連邦の運営理念があった。
複数存在した頂のうちのひとつが後に惑星オーディンと名を改めまたそれが属する星系をヴァルハラと改名することになる。
銀河連邦の拡大と成長の歴史は数百年に渡り続いた。
そして、恒星間文明時代における第2の停滞が始まる。
この停滞と衰亡は未だに続いており、そして原因も未だに判然としない。
単一の中心を持たない銀河連邦時代の人類社会においては、地域ごとの停滞や鈍化は何度もあった。
しかし全体が活力を失い衰亡へと転がり落ち始めたのは何故か、未だに議論が続いている。
局所的な停滞あるいは成長の鈍化については、はっきりと理由が判っている事例もある。
たとえば「資源の呪い」の旧バージョンである。
これは銀河帝国における、今は絶滅した類の諸侯によるものとはいささか事情が異なる。
古代地球の歴史にも類似例がある。
たとえば「13日戦争」以前のオーストラリアがその例である。
この国は鉱産資源と農業資源に恵まれ、また北方連合の盟主国アメリカ合衆国や主要加盟国であるイギリス、日本と友好的な関係にあり技術移転に成功し、一度は工業化に成功している。
造船産業(当時のことであるから地球の海の上を航行する船のことである)、気圏内航空機産業(当時はすべての航空機が気圏内航行しか出来なかったが)、そして地上車産業のいずれもオーストラリア独自のものを築くに至った。
しかし、オーストラリアはあまりにも鉱産資源と農業資源に恵まれ過ぎていた。
鉱山や農場で働く方が、工場や造船所で地上車や船舶や航空機を作るよりも稼げるほどに。
労働者だけでなく工場経営者たちまでも工場経営で築いた富を鉱山や農場に投資し、自らの工場を売りに出すようになった。
かくして一度は工業化に成功していながら、オーストラリアはそれを失った。
オーストラリアでの地上車生産が終了したのは西暦21世紀の初め頃のことと言われている。
皮肉なことに、これこそが後の13日戦争においてオーストラリアが受けた被害が比較的小さく抑えられた理由となった。
北米連合も三大陸合衆国もお互いだけでなく中立国にまで核ミサイルを撃ち込んだ。
単に「中立国が相手陣営に付く前に焼き払う」と言う愚かしい判断によって。
しかし農業国、鉱業国へと逆戻りしてから1世代を経ていたオーストラリアは「優先順位の低い目標」に過ぎなかったのだ。
とは言うものの近代工業を自ら捨て去ったオーストラリアやその周辺国家(ニュージーランド、ソロモン諸島、ニューギニア等の名が伝わっている)にとっては、半壊した地球に統一政権を打ち立てブリスベインを全地球の首都とするための戦いは長く困難なものだった。
史書が伝えるようにその戦いには90年を要した。
さて、この「資源の呪い」旧バージョンは銀河連邦においてもいくつかの星系で生じた。
自由惑星同盟の黄金期においてさえも生じた例がある。
だが、銀河連邦全体が停滞した理由にはなりえない。
「資源の呪い」旧バージョンがいくつかの星系を工業化する妨げとなっている場合、それは同時に別の星系が工業化に成功してその星系から資源を購入していることを意味する。
そして、農業惑星や鉱山惑星も一次資源や農産物の輸出代価を用いて近代工業製品を輸入できるということでもある。
古代地球において、近代工業を捨ててから13日戦争に至るまでのオーストラリアではありとあらゆる社会インフラも民生品もアメリカ、日本、イギリスからの輸入品ばかりだったがそれなりに緩やかに繁栄していたとされる。
銀河連邦や自由惑星同盟における「資源の呪い」旧バージョンに陥った星系も同様で、工業化に成功した星系には及ばないものの一応は経済成長を実現してはいたのだ。
今日の銀河帝国や自由惑星同盟のような極端な状況に陥ったわけではない。
だが、現実に末期の銀河連邦はその全域で停滞と衰退に陥った。何がその原因なのかは未だに判然としない。
歴史家と言うわけでもない経済開発委員長に判ることは、「資源の呪い」旧バージョンはその原因たりえないことくらいである。
確かなことは、当時の人類はこれを問題視し、解決策として極めて劇的、かつ誤った手段を選んだと言うことだ。
その結果として作り上げられたシステム、銀河帝国は銀河連邦の遺産を食い潰しながら衰亡を続けている。
その衰亡は約500年の間に総人口3000億人から250億人へと縮小するものであり、今日もなお進行中である。
もし銀河帝国が成立しなかった場合にはこの衰亡はよりハイペースのものとなったのか、それとも人類領域のどこかで地域的な再成長が始まったのかを論じることは息抜きのテーマとしては重すぎ、また政治的には危険でもある。
地域的な再成長は実際に生じたとも言える。
言うまでもなく、我が自由惑星同盟の建国と急激な成長がそれである。
同盟と帝国との接触がもう少し、せめて数十年遅ければ今日の苦境はなかったかもしれない。
もう少し同盟の国力が増大した状況からの開戦であったならば、長期消耗を仕掛けるのはこちらであったかもしれないのだ。
これも息抜きのテーマには重い。
事実としては、同盟は帝国による軍事的な長期消耗、そしてフェザーン回廊経由での「資源の呪い」新バージョンに引きずり込まれることになった。
いまや、セイの法則が再び成り立つ状況へと追い詰められている。
昨年5月に軍部はイゼルローン要塞の攻略に成功し、軍事的な長期消耗は「こちらから攻勢を繰り返して軍隊を損耗させる」愚策さえ避けられるなら、避けうる状況になった。
「資源の呪い」新バージョンについても農産物に限っては3つの可住惑星を用いての大規模農業を開始したことで離脱できる見込みが一応は生じた。
ただしこれは、同時にそれらの惑星の経済成長は緩やかなものになることでもある。
地域格差の緩和を職務としている地域社会建設委員長がこの案を推したことは一見すると奇妙なことに思われるが、「作物こそ異なるが新しいシロン、新しいアルーシャを作るだけのこと」とは地域社会建設委員長の言葉である。
シロンとアルーシャは同盟の黄金期において自ら工業惑星への道を捨て、農業惑星として確固たる立場を確保することを選んだ。
以来200年、両惑星は茶やコーヒー、ハーブなどにおいては圧倒的な地位を占めている。
本当にそう上手く行くものか経済開発委員長としては疑問がある。
ここで思いつく限りの疑問をリストアップし、経済開発委員会と各官庁にそれを示し、単なる考え過ぎなのかそれとも事前に対策を用意すべき問題なのかを切り分けし、優先順位をつけてゆく作業に戻らねばならない。
であるから、議長が先週の閣議で示した重大な問いへの対応は後回しせねばなるまい。
そして昨日から、その重大な問いは閣僚たちだけに示されるものではなくなった。
議長は昨日開始した政見演説番組で同盟市民にその問いを示した。
短い演説で、しかもいつもの議長の演説がそうであるように棒読みかつ、自分自身の意見は明瞭には示さず問いかけるのみだった。
そして昨日の番組終了後から各種メディアではその解釈を巡って議論が沸騰しているらしい。
「らしい」と言うのは、経済開発委員長はそれらの議論がまとまりを見せるまでは読んだり聞いたりする気にもならないからである。
もっと小さな仕事を無数にこなさねばならないのが彼の立場なのだ。
「炉辺談話」なるタイトルのその政見演説において、サンフォード議長は同盟全市民に加えて「友人たち」へと呼びかけた。
これはまあ、帝国内に潜伏している共和主義者のことだろう。
そして要点はごく短い。演説自体も5分と掛からなかった。
だが、極めて重大な示唆を示した。
しかも同盟市民なら知らぬものの無い史実を引いてそれを示した。
議長はこう述べたのだ。
同盟にとって銀河帝国の打倒は手段である。たとえば銀河帝国が立憲君主国となり民衆の人権を尊重する国家になるのであれば我々の目的は達成される。それは民主主義の勝利でもある。
また同盟市民とその友人たちには次の事実を改めて思い出すことを求める。
アルタイル第7惑星を脱出したハイネセンとその同志たちは、帝国の民衆を解放すべく帝国首都星オーディンを攻略しようとはしなかった。
ハイネセンが選んだことは、渦状椀間隙を越えてこのサジタリウス腕へと苦難に満ちた航行を続け、そしてこの地で銀河帝国を打倒するための実力を養うことだった。
と言う、義務教育を受けた同盟市民なら誰知っていることを淡々と述べるだけのものでしかなかった。
そしてこれには重大な意味がある。
去年8月の閣議で財政委員長と人的資源委員長が口にした「民力休養の時期である」と言う認識を市民と「友人たち」に向かって示したに過ぎないが、目下の情勢でこれを示すことには重大な意味がある。
経済開発委員長はふと同僚のひとりの言葉を思い出した。
あれはいつのことだったろうか?
確か、第一次サンフォード政権のいずれかの閣議で法秩序委員長か評議会書記かどちらかが呟いた言葉だ。
「人権は守るべきものだ。そして人権を守るものは人の力、社会の力、国家の力だ。それらが及ぶ範囲でしか守れない。残念ながら」
サンフォード議長もこれを覚えているだろう。
そう踏まえて考えるならば、つまりは「同盟が帝国を打倒する力を蓄えるまでは軍事行動を慎み、銀河帝国において圧政に苦しむ民衆を救うことを先送りする」と言う意思表明とも解釈できる。
ただし議長は例によって明言を避けた。別の解釈が出来ないでもない。
「資源の呪い」旧バージョンにはいくつかあります。アフリカのいくつかの国家ではもっと酷いものがありますが、とりあえずオーストラリアが一度は工業国になりながら農業国、鉱業国に戻った事例を挙げることにしました。
本作では西暦の20世紀ごろから我々の歴史とは異なるということにしていますが、オーストラリアが自動車製造業を廃止してしまう時期は我々の歴史とおおよそ同じ時期に設定しました。