宇宙暦797年3月末とも4月の初めとも言われる。
地球。
ペルセウス渦状腕から伸びた枝の中でもとくに目立つ、全長1万光年あまりの長さと豊富な恒星密度を誇るオリオン局所枝=銀河帝国領の片隅にソル(LCC0000)なる恒星があり、その第3惑星がこの名で呼ばれる。
もっとも帝国語においても同盟語においても、「地球」と言う言葉をもっとも高い頻度で用いるのは電気技術者でありこの惑星の名前として呼ぶことは滅多にない。
電気技術者たちが「地球」と言う言葉を発するときには「電気回路の接地側」を指しており、人類発祥の地であるこの惑星を指していることはまず無い。
惑星「地球」とはそれほどまでに忘れられ、見捨てられた惑星であるのだ。
潤いに乏しい声で定例教書を読み上げる総大主教はそのように率直に事実を認めた。
しかし事実として、この惑星は人類発祥の地である。
古代地球政府が犯した過ちに端を発する巨大な悲劇により地球はその正当な地位を喪失し、すでに8世紀が過ぎようとしている。
この8世紀、そしてそれに先立つ宇宙探査と植民の時代において地球が特別な惑星、まさに神の恩寵に恵まれた惑星であること、まさに地球そのものが神であることは実証されている。
人類のみならず地球に先祖を持つ生物が生きてゆける惑星はこの銀河に無数に存在する。
それぞれの惑星の現地で生命が発生した惑星は無数に発見されている。
しかしそれらのどれひとつとして、知的生命を誕生させるという奇跡を起こしたものは無い。
人類は銀河においてただ一種族の知的生命体である。
その事実そのものが地球が特別な惑星であることを示しまた全人類が地球への感謝を捧げる根拠である。
総大主教の定例教書演説は電波を介して地球全土へ放送されており、さらにFTL通信を用いて銀河全域へと放送されてはいる。真面目に聞いているものがどれだけ居るかは定かでない。
大聖堂に列し、電波やFTLを介さずに総大主教の肉声を直に聞くという地球教徒の誰もが望む「はず」の栄誉に預かっているものの一人は内心にそのような嘲笑めいた感慨を抱いた。
30歳をすぎたばかりの、やせた鋭角的な印象の男である。
ヒマラヤ山脈の地下にあるこの大聖堂で総大主教の肉声を聞きうる身分にあるものは地球教における高位幹部のみであるが、この男ド・ヴィリエはその中で最も若い。
そして同時に、地球教におけるナンバー2の地位にある。
だからと言って次代の総大主教の地位が約束されているというわけでもないが。
ド・ヴィリエ大主教は自らの内心に警告を発した。
総大主教はいつものように地球教の教義、すなわち人類史に占める地球の地位を述べ人類は地球に感謝せよと言う無害無益な主張を続けている。
地球がシリウスとの闘争に決定的な敗北を喫してからおよそ100年後、銀河連邦が成立してからしばらく後にこの地球教と言う集団が地球の新たな支配者となり、このような無害無益な主張を行うようになった。
近年の定例教書では滅多にないことだが、初期にはシリウス戦役の犠牲者を悼む言葉さえ含まれた。
当時の銀河連邦政府は別件、すなわち人類社会を銀河に広げることに忙しかったがそれでもしばらくの間は地球の動静を監視した。そして結論した。荒廃した地球が再び単一の勢力によって統一されたが、その支配集団が行うことは「地球が人類発祥の地である」と言う事実を心の支えとして繰り返し呟き続けるだけである・
つまりは無害無益であろう。
この結論には歴史的な、また物質的な根拠もあった。
地球は各種鉱産資源を掘り尽くしてから久しく、人口も1億人にも満たない。どこかから大規模移民でも行わない限り再度の工業化が不可能なこの星系には、過去を懐かしむ以外に出来ることなどない。
かつて膨大な人口を抱えていた時代には、地球にはじつにいろいろなことが出来た。
恒星間植民が始まってからシリウス戦役へと至るまでのおよそ300年に渡り、地球統一政府は植民星系に対して苛烈な統治と分断政策を実施した。
たとえば恒星シリウスを巡る惑星ロンドリーナには工業社会を築くことを認めた。その一方で恒星カーラや恒星スコルピオ18と言った、ソルに似た星系を巡る惑星には農業、それもモノカルチャーしか認めなかった。
青白く輝く恒星シリウスが惑星ロンドリーナに降り注ぐ「陽射し」の過半は紫外線であり、その地表では防護服なしには人間は生存できない。農業や漁業など行いようもない。
膨大なコストを費やして屋内や地下で水耕栽培を行うか、他星系から輸入するかのいずれかによってしかロンドリーナの人々は食料を得ることが出来ない。
一方、カーラの第4惑星などであれば降り注ぐ陽射しの成分と強度はソルが地球に与える陽射しとほぼ等しく、第2の地球たりうる可能性があった。実際に、後にウインスロー・ケネス・タウンゼントと言う政治家がこれらの惑星の生産力を「向上を通り越して跳躍」させることに成功する。
ただし、反地球統一戦線の経済基盤として。
それを予見してのことか地球統一政府はこれらの恵まれた惑星、第2第3の地球たりうる惑星には徹底的なモノカルチャーを強制し工業化を認めなかった。
またソル系にもっとも近い恒星系であるプロキシマには交易拠点を築くことを認めた。
恒星プロキシマがその惑星プロセルピナに降り注ぐ「陽射し」の過半は赤外線であり、しかもプロキシマは不規則に磁気嵐と表面爆発を起こし強烈なX線を発する閃光星である。
ここにも、農林水産業を基礎とするバランスのとれた社会を築くことは不可能である。
交易拠点として栄えることは可能であっても、地球に取って代わるような存在にはなりえない。
もちろん第2第3の地球の出現、地球に取って代わる存在の出現を防ぐには厳重な監視体制が必要である。
であるから、地球は諸星系から収奪した富を用いて大規模な軍隊を編成維持し、また地球の支配から離脱しようと言う試みに対しては苛烈な弾圧を加えた。
これは今日、人類社会のほとんど全ての歴史書に重大な誤りと記されている。
そして他ならぬ地球教の教義も当時の地球統一政府の政策を手厳しく批判している。
全人類の父にして母たる地球に生まれ育ったという立場にありながら、第2第3の地球と言う「子」を育てることを怠りそれどころか搾取の対象としたことは重大な過ちであると。
この教義は当時の銀河連邦政府をして地球人、そして地球教なる集団への警戒を解かせるに足るものだった。
先祖の非を認める程度の殊勝さはあるらしい。そもそも地球にはもはや他の星系に干渉するような力を取り戻す可能性さえ無い。
「地球は人類発祥の地である」ことそれ自体は誰にも否定しようのないことであり、それを宇宙の片隅でぶつぶつと唱え続けるだけなら無害無益であり放置して構うまい。我々は忙しい。
銀河連邦政府がそのように判断して、連邦の一加盟惑星としての地位を認めたのはもっともなことであったろう。
しかし、ド・ヴィリエは大主教の地位にあり地球教の隠された面を知っている。
地球教とは表向きは単なる懐古主義者の集団に過ぎず、唱えていることと言えば古代地球に複数の国家があった時代にもしばしば見られた「古都」を崇める宗教のそれと大差ない。
だが、発足当時……シリウス戦役によって荒廃しきった地球上での貧しく悲惨な戦いに勝ち抜き、人類史上二度目の「地球全土を支配する政府」となった地球教にはその発足時から遠大な計画があった。
大聖堂に列席している主教あるいは大主教たちのどれだけがその計画を知っているのか、それとも見た目と振る舞いどおりに地球教の教義を真面目に信じているのかはド・ヴィリエにもわからない。
ド・ヴィリエは地球において栄達する手段が他に無い、ただそれだけの理由から地球教団に入り聖職者の道を選んだ。
表向きどおりの組織では無いことにすぐに気付いた。ド・ヴィリエにはそれに気付く能力と、それに気づいたと言うことによって処分されないように振舞う才能があった。
そして敬虔な信者を装いつつ競争に驚異的な早さで勝ち抜いてきた。
そして地球教の暗部を少しずつ知りうる立場となり、先年に総大主教自らの指名をもって歴史上もっとも若い大主教となった。
その総大主教も、もちろん定例教書演説で述べているような無益無害な懐古主義者などではない。ド・ヴィリエのように信仰心を全く持たないのかどうかまでは判らないが。
さて、総大主教とド・ヴィリエにはある一点において共通認識がある。
計画の遂行において狂信者あるいは敬虔な信者たちは道具であってそれ以上であってはならないと言うことである。
人間がもっとも油断し迂闊に振舞うのは、絶対者の加護があると信じ込んで居る場合である。つまりこの大聖堂に列席しているうちの何人かは、本当に地球の加護があると信じ込んで無謀杜撰な行動を取るであろう。
そのようなものたちには、たとえばサイオキシンの「正しい」使い方など教えるわけには行かないし、任せるわけにも行かない。
サイオキシン。人類社会最悪の合成麻薬。……と、ほとんどの人類は認識しているらしい。それは経口摂取や注射摂取によって多幸感と酩酊状態をもたらし、また強い依存性と禁断症状を示し、さらに長期の使用によって遺伝子を傷つけて生殖異常を引き起こす。
だがサイオキシンの正しい用途はそういった粗雑なものではない。そしてこれこそが、地球教がもっとも厳重に守ってきた秘密である。
サイオキシンの正しい用途とは「自分の生命を惜しまない兵士あるいは暗殺者」を作ることにある。これだけなら人類史には他の麻薬を用いて実施した宗教組織や国家の事例があるが、サイオキシンはそれらには無い利点を持っている。
「任務遂行のためには自らの生命を惜しまない」兵士や暗殺者を育てなおかつそのような状態に維持し、戦争やテロに用いた国家や組織の例は古代地球史にもいくつか見られる。
薬物に頼らない事例も歴史には残っている。
また銀河帝国軍や自由惑星同盟軍も、場合によっては生還を期さない作戦を行うだろう。
しかしサイオキシンがそれらと一線を画すのは洗脳教育に要する時間とコストが極めて小さいことと、そして効果が極めて長く続くことである。
他の薬物であれば「生還を期さない任務に就き得る兵士や暗殺者」として保つには定期投与と再洗脳を定期的に要する。
しかしサイオキシンを正しく用いて洗脳すれば本人の意識にある記憶が「若いころに地球と言うところに行ったことがある。とくに見るべきもののない惑星だった」程度に薄れた状態からでも命令ひとつで生還可能性のない行動をとらせることが出来る。
サイオキシンの最終投与と洗脳教育から20年以上を経た人物が命令ひとつで暗殺を行い、しかも完全な形で証拠隠滅に成功した事例さえある。
たとえば「亡命帝」マンフレート2世の暗殺がそれである。
マンフレート2世と共に「暗殺された」人物が真の実行犯であると見抜いた捜査機関はなかった。
ただしサイオキシンを正しく用いることは地球教800年のノウハウを持ってしても難しいものがある。合成薬物サイオキシンは「正しい効き目」を得る範囲の個人差が大きくなるように設計されているのだ。
後遺症や副作用が残らない、洗脳に必要な最小限度の量であったはずが拒絶反応を起こすこともあれば、食事に混入させる分量を上下させて経過観察しているうちに禁断症状を示して暴れだすこともある。
もちろん地球教は無害無益な懐古主義者の集まりであるから、それら失敗事例は地球教や他の星系の人類社会に害を与えないように適切に処分する。
処分方法はさまざまである。
たとえば銀河帝国の内務省警察局に引き渡すこともある。
地球教はただ地球に引きこもって昔を懐かしむだけの無害無益な懐古主義者の集まりであるが、銀河と人類社会の秩序維持には協力するのだ。
実際にそれらの協力によってサイオキシンの密造密売組織が摘発された事例もある。
さてサイオキシンの効き目の個人差の大きさは意図されたものである。
はるか昔に世を去った開発者たちはそのようにサイオキシンの分子構造を設計した。
開発資料を読むこと無しに、現物および投与者の症状から地球教が行っている「正しい使い方」を割り出すには、まさに開発時に行われたような百年以上を費やしての人体実験を要するであろう。
総大主教の定例教書演説はまだ長々と続いている。例年と同じく表現を変えて同じことを繰り返すだけのもので、ド・ヴィリエはそれを聞き流しつつフードの下で自嘲し、そして総大主教の教書演説に聞き入っているらしき周囲の教団幹部たちを嘲った。
栄達を願って地球教団に入り、テロリストの首魁のひとりとなりおおせたこの自分。
この大聖堂に列席しているものの何割かは自分と同類であるかもしれない。
そして残りはテロリストの道具なのだ。
そして、この銀河にいくつあるのかも定かでないサイオキシン密造工場と密売網が地球教の正体を隠す絶好のダミーとなっている。
この銀河にサイオキシン密造工場がいくつあるかはド・ヴィリエも知らない。
しかしド・ヴィリエの知る限り、そのいずれもサイオキシンを単なる強力な麻薬とみなし、その高い依存性と使用時の強烈な多幸感を用いて中毒者から財産を巻き上げる収入源としているものばかりである。
サイオキシンと言う「麻薬」の密造や密売がいつごろ、人類社会のどこで始まったのかかは諸説あって定かでない。
地球教のナンバー2の地位にあるド・ヴィリエでさえも知りえないことである。
はっきりしていることは銀河連邦時代のいつか、どこかであると言うことまでである。
サイオキシンと言う新商品--小規模な化学プラントで密造可能であり、しかも既存のいかなる麻薬よりも依存性が高いこの向精神薬--は多くの犯罪組織にとり非常に好都合な収入源となった。
以後、銀河連邦はその終焉までサイオキシン密売を根絶することは出来なかった。
銀河帝国も同様であるし、自由惑星同盟との合同捜査によってもやはりそれは出来なかった。
ド・ヴィリエが知るところによれば合同捜査の着手に際しては帝国、同盟ともに人類社会に広く根を張った大規模な密売組織の存在を想定していたようである。
また、だからこそ合同捜査と言うそれぞれの国是上ありえないはずのことを実施したのだが、合同捜査の結果判明したことは「小規模な密造密売組織が多数ある」ことであった。
それがサイオキシンの麻薬としての特性である。戦争や内乱に明け暮れ、農産物や鉱産物、工業製品といった嵩張るものの商取引さえ規制できない帝国と同盟にはこれを撲滅することは出来まいし、そして地球教が静かに着実に広めている「必殺の使い捨て兵器」たる洗脳済み信者の摘発などできようはずもない。
だが、なんたることであろうか。
ド・ヴィリエは義侠心や正義感によってではなく己の立場を軽蔑した。今のド・ヴィリエはテロリストの首魁でしかないのだ。
ド・ヴィリエが聞き流している間に総大主教が定例教書の最後のパラグラフに掛かった。
「異なる太陽の陽射しの下にあろうとも、全ての人類はみな地球の子なり。全ての地球の子らに幸いあれ」
地球教は恐らく人類社会最大のテロ組織である。
そのトップである総大主教は定例教書演説を、全人類への福音を願う言葉で締めくくった。
「全ての地球の子らに幸いあれ」
大聖堂に列席する全員が唱和する。
「幸いあれ」
はるかな昔に地球統一政府の戦時指揮所として建設された広大な地下大聖堂にその声は数秒に渡り木霊した。
厳密に言えば総大主教の締めくくりの言葉、それに唱和した教団幹部らの言葉は銀河帝国においては越権行為である。
ゴールデンバウム朝銀河帝国においては全ての人間の権利は銀河帝国皇帝その人あるいは領地を代理統治している諸侯らによって「人類社会に貢献する人物である」と認めらた場合にのみ生じる。
皇帝が人権を認めない者には、生存の権利や裁判を受ける権利さえ存在しない。
辺境の一惑星、銀河帝国の一自治区に過ぎない地球に逼塞する懐古主義者が全人類の幸福を願う言葉を発することは皇帝の権限に口を出す越権行為そのものである。
が、銀河連邦時代から慣例となっている。あの傲岸不遜なルドルフでさえも地球教総大主教の定例教書がこの言葉で結ばれることを無視した。そもそも地球それ自体を無視した。
無益無害な存在として無視されること。無視されていることの確認。
それは地球教の本来の目的において重要事項である。
さて枯れ木のような老人、総大主教がスタッフに向かって尊大に頷いてみせ、大聖堂は電波とFTLの双方から遮断された。
大聖堂に響く総大主教の言葉を耳にするのは、列席する教団幹部のみ。
「全ての地球の子らに幸いあれ。全ての人類の親たる地球の恩寵があまねく人類全てにあれ。……さて。今年に入り歴史の流れは加速しつつある。銀河帝国においては近く内戦が武力戦の段階へと進み、その結果権力と武力の収斂が著しく進むであろう。自由惑星同盟においては軽挙を慎み国力の涵養に務める意図を指導者が示したが、それはならぬ。地球回帰の精神運動が数年内に現世に、民衆の意思として現われる」
ド・ヴィリエは宗教なるものを信じない。彼の執務室はシリウス戦役時の亡霊が出ると言う話が定着している場所だが気にしてもいない。
だが総大主教のこの言葉に、ド・ヴィリエの背筋に寒気が走った。
「猊下、同盟における布教活動の積極化を指向されると言うことでありましょうか」
主教のひとり、デグスビイと言う人物がそのように尋ねた。
「いかにも。デグスビイよ、お主をフェザーン支部へ配する。同盟へ向かうフェザーン商船に一人でも多くの巡礼経験者を送り込むことがお主の使命である」
「承りました。全ての地球の子らに幸いあれ」
ド・ヴィリエの観察したところ、デグスビイはこの指示になんら疑問を感じていないようである。
総大主教やド・ヴィリエの同類でありそれを隠すことに熟達しているのか、それとも単に高位にある敬虔な信徒なのかは判らない。
総大主教の傲然たる眼差しを向けられ、ド・ヴィリエはデグスビイがその役割をどの程度まで理解しているのか審問するという己の役割を素早く読みとった。
「デグスビイ主教。帝国人と、同盟人には決定的な違いがある」
「我ら地球教の信者が根本的に少ないことであれば承知しております」
答えは期待したものではなかった。
「そうではない。同盟人は、人権を自分自身のものだと信じ込んでいるのだ。皇帝や領主に認めてもらうものではないと信じている」
ド・ヴィリエのこの言葉は「だから有力者への布教に努めるだけでは効果が薄い」と言う意味では「ない」。
「なるほど。古い言葉を用いるならば『天賦人権説』を採っているわけですな」
デグスビイはそれなりに宗教史、あるいは民主主義史を学んでいることがこれで判った。
「はるか昔、この地球においては王権神授説なるものがあり、王や諸侯は民衆の生殺与奪の権利を神なるものから与えられていると主張しておった。また民衆が王なり諸侯なりに叛旗を翻せば神なるものから罰が下るものなりと言う説を唱えて自らの支配権を正当化しておった」
人類社会最大のテロ集団にして宗教組織のトップたる総大主教は「神なるもの」と平然と言い放った。
「猊下おん自らの仰せのごとく、それらの『神』なるものは偽りに過ぎませぬ。人が人として生きる権利は地球の恩寵そのものにあれば」
デグスビイの言葉に総大主教は静かに頷いてみせ、そして教団幹部らを大聖堂から下がらせた。
ド・ヴィリエは自らの執務室に下がり、隠し持っている酒瓶を取り出した。
総大主教の言葉は同盟における多発的なテロ活動の準備と、数年以内にそれらを実施に移す意思を示したものであろう。
テロの犠牲者を前もって悼むような心などド・ヴィリエは持ち合わせていないが、自らの立場がいかに不本意なものかを再認識することは出来た。
人は自らが生まれる場所と時代を選べない。
この時代の地球に生まれた以上は選択肢は地球教の平信者として何も知らずに生き、知らぬ間にテロの道具とされるか、それとも教団内部で出世して他人をテロの道具に使うかのどちらかだけである。
「俺ほどの才気の持ち主がテロ活動などと言う小事に人生を費やさねばならぬとはな」
彼がどこでも良い、地球以外の場所に生まれ育っていたならばどうか。より大きな何ごとかを為しえたのではないか。
考えつつグラスを口元に運びかけ、そして手が止まった。
同盟への布教は銀河帝国やフェザーンに対するそれに比して歴史が浅い。帝国に対しては銀河連邦時代からの蓄積があり、皇帝や宰相の傍にさえ「道具」を配置してある。
フェザーンに至っては初代の自治領主が地球出身者であり、フェザーン自治政府そのものにいくつもの「道具」を組み込んである。
先代の自治領主を誰にも疑問を持たせぬ形で急死させうるほどに。
しかし同盟においては浸透と布教の度合いが小さい。フェザーン人は建前の上では帝国臣民でありこの地球へ巡礼に来ることも出来るし、また巡礼を運んでくるフェザーン商人もある。
これがフェザーンにおける「道具」の維持手段となっているのだが、同盟に対して同じ方法は使えない。
ダゴン以降の大量亡命の時代には膨大な数の帝国人が同盟に流れ込んだ。その中には洗脳済みの「道具」も含まれていたのだが、さすがにサイオキシンによる洗脳も世代を超えて遺伝するものではない。
先日のアムリッツァ出兵によって久々にまとまった数の亡命者が同盟に流れたが、帝国辺境の弱小諸侯の領民ばかりで地球教による洗脳済みの「道具」はごく少ない。
同盟の有力者の近くに地球教徒を送り込めている事例を探すならばヨブ・トリューニヒトなる人物の周囲くらいしかド・ヴィリエには思いつかない。
総大主教の言葉は同盟の指導者が意図する国力涵養をなさせず、帝国相手の泥沼の戦争を続けさせる。
またそのために同盟に居る地球教徒を活用するという意味に聞こえたが、トリューニヒトは同盟においては有力者の一人に過ぎない。そして誰か特定人物を動かすなり害するなりと言った手段で同盟の国政を操ることは、帝国のそれに比して難しい。
そこまで考えたところでグラスを口元に運び、そして吐息しながらド・ヴィリエは別の方向へ考えを切り替えた。彼自身がデグスビイに注意を促したことでもある。
さきほど総大主教が、そしてド・ヴィリエ自身がデグスビイに示した言葉。
古代地球における王権神授説と天賦人権説。
天賦人権説は古代地球において一時期、民主主義革命において使われた概念だが同盟はそれを採っていない。
天賦人権説は結局のところ神なる概念を信じる当時の民衆が「神が我ら民衆に人権を与えている。王に逆らっても天罰など受けない」と自らを勇気付けるために唱えられたものだが、同盟人はある意味ではより過激な「人権の根拠」を信じている。
さきほどデグスビイに対して示した言葉だが「同盟人は、人権を自分自身のものだと信じ込んでいる」のだ。これは同盟憲章にも明記されている。人権を互いに認め守る市民の集合、共同体が自由惑星同盟である。仮に同盟政府が市民の人権を侵害するならこれに取って代るための「抵抗権」まで明記されている。
このような集団や社会をテロ活動によって操ることはかなり難しい。それは歴史にも前例が複数存在している。
さて、さきほどの総大主教の言葉、デグスビイの発した「天賦人権論」についてその対立概念をわざわざ解説した言葉は、同盟に対してはテロとは別方向のアプローチを行うと言う意味ではないか?
ド・ヴィリエ大主教のファンの方々、デグスビイ主教のファンの方々、申し訳ありません。
原作において銀河帝国皇帝や閣僚、帝国軍将官の傍にまで暗殺者を配置できる地球教と言う集団が、なぜそれほどの浸透力を持っているのか。
そしてヒマラヤの本部を埋められて以降は場当たり的なテロを繰り返すだけのお粗末な行動に終始したのは何故か。
そんなことを考えて見ました。