銀河英雄伝説 サンフォード炉辺談話   作:mosamosa

35 / 39
本作として最多の場面転換があります。

ので。特に読みづらい箇所についてご批判をお待ちしています。




第6話 火種

 惑星ヴェスターラント、シャイド男爵領、荘園管理棟。

 

 シャイド男爵は、自ら現場に立っていた。

 

 急ぎ習得したばかりの端末操作を、いまはよどみなく指先で辿っていた。

 生産統計、稼働率、労働配置ーー数字が並ぶ画面を次々に呼び出しては、自分の目で領地の現状を読み取る。

 記述のない箇所だけ、傍らの家令に口頭で問うた。

 

 貴族が己の手を動かすことを「下品」とする帝国の作法など、今の彼にはどうでもよいことだった。

 伯父上が。ブラウンシュヴァイク公爵が盟主を務める正義派諸侯軍のために、少しでも早く、少しでも多くの武器弾薬を送り出さねばならない。

 

 作れるのは人力で扱う軽火器でしかないが、しかし重要だ。

 最終的には奸臣の首魁、リヒテンラーデ公に銃を突きつけ降伏あるいは死を強要することでこの正義はなされるのだから。

 宇宙最強の兵士と名高い装甲擲弾兵総監オフレッサー上級大将が正義派諸侯軍にあることは心強いが、しかしオフレッサーと言えども同時に複数の場所で戦うことは出来ない。

 そしていかに奸臣の一味であるとは言え。ローエングラム侯とその部下が、帝国政府軍が弱敵であるなどありえない。

 先帝フリードリヒ4世陛下の時代において、その陛下の寵姫の弟。

 それがローエングラム侯である。だからと言って自由惑星同盟を僭称する叛徒どもがローエングラム侯に故意に負ける理由など全くない。

 その逆なら無限にあるだろう。なにしろ叛徒どもから見れば「皇帝のお気に入り」なのだから!

 

 であるから。

 伯父上の直衛兵までも、さらには帝位継承権者であるお二人の貴婦人を守る「近衛に限りなく近い兵」までも地上戦に投入せねばならないことがありうる。

 軽火器は、弾薬はどれほど在っても足りない。

 

「新規に同盟製の農業機械に習熟した者の数は」

 

「現在、3247名を確認しております。うち即座に工場労働へ転用可能なのは2163名かと」

 

 家令の報告に、シャイド男爵は頷いた。

 

「農業従事者は、どこまで減らせる」

 

「領民の健康を保つに足る農業生産を維持する限界まで、という御指示でしたので……最大で4割の削減が可能です。残る従事者は、機械の扱いに最も長けた者を優先的に残しました」

 

「よろしい。空いた人員はすべて工場へ回せ」

 

 命令はよどみなく出た。惑星ヴェスターラントの乾いた大地に、新しい火器弾薬の製造ラインが、また一つ稼働を始めようとしていた。

 

「もう一点、検討していることがある」

 

 シャイド男爵は続けた。

 

「同盟製の組み立て式建屋を、追加で購入したい。それとーーいささか高くつくが、自動診断システムを内蔵した住宅も、必要な分は買い与えよう」

 

 家令が、わずかに驚いた顔をした。

 

「領民向けにでございますか?」

 

「無論だ。健康な労働力なくして、生産は続かぬ」

 

 その言葉に嘘はなかった。ただ伏せたことがあるだけだ。

 

 

        *        *

 

 

 オアシスの一つ、集落の井戸端。

 

「聞いたか。また新しい住宅が配られるらしいぞ」

 

「自動で診断までしてくれるやつだろう。うちの婆さんの喘息も、すぐに見つけてもらえるかもしれん」

 歓声が上がる。

 

「優しいお館さまだ、いつにもまして」

 

 そこまでは、いつもの調子だった。シャイド男爵は彼らにとって誇りである。

 彼らの領主様以上にお優しい方など、銀河のどこにもいるまい!

 

 だが、一人が声を落とした。

 

「……ただ、さらに良い暮らしを与えてくださるが、人使いがいささか厳しくなったな」

 

「工場の当番が増えたって話か」

 

「ああ。畑仕事より稼ぎはいいが、休みが少ない。毎日毎日、拳銃だとか小銃とか。弾だとかひたすら作る」

 

「先日も放送なさっただろう。帝国の危機なんだそうだ」

 

 その一言で、誰もがそれ以上は詮索しなかった。お館さまが「危機」だと言うなら、危機なのだろう。

 

 井戸端の会話は、それだけで終わった。

 

 

           *             *

 

 

 同盟軍情報部所属、特務偵察艦。

 

 書類上および人類の圧倒的多数の認識上には存在しないその艦は、惑星ヴェスターラントよりおよそ150万キロメートル。この艦にとっては至近距離どころか事故そのものの距離まで接近し、詳細偵察を実施していた。

 

 この距離。戦艦や重巡航艦ならばとっくに砲戦開始しており、軽巡航艦が水雷戦隊を率いて突撃を開始している距離である。

 であるから特務偵察艦には事故の距離、宇宙艦隊の戦闘艦基準でも近距離である。

 惑星側に駆逐艦級の索敵機材、あるいは民生天文台の類があれば発見されかねない。

 そしてこの距離では駆逐艦程度の艦砲があれば、見つかれば撃たれる。

 

 だがそのリスクを冒すだけの価値がある情報を今まさに得ていた。

 

 長期偵察航行を支えているのは、艦内に設置されたコールドスリープ装置だった。人間の連続行動限界ーーおよそ90日を超えて任務を続けるための措置である。

 通常の艦艇であれば4直制、すなわち常時は乗組員の4分の1だけが配置につき、残る4分の3が休息や睡眠に充てられる編成でローテーションすれば足りる。

 この艦はその体制では回らない。

 コールドスリープとタンクベッドでの静養を組み込んだローテーションにより、実質2隻分の乗組員が交代で任務にあたっていた。

 今、艦橋に立っている面々も、昨日まで冷たい眠りの中にいた者たちだった。

 

「……前回より増えてるぞ、工場が。かつて同盟にあった旧式装備の生産用工場ばかりだ。軽火器と弾薬」

 

 観測士Aがモニターに映る熱源反応を数え、器用にも熱特性照合を同時に眺めつつ言った。

 

「同盟製品を買ってくれるとは、嬉しいことだ」

 

 次席副長が、皮肉とも本音ともつかない口調で応じた。

 

「が、農業生産の縮小は危険な水準だな」観測士が続けた。

 

「こんな惑星で予定通りの収穫など望むより、いっそ工業化して食料を他星系から買う方が安全だろうに」

 

「星系内に、鉱山にできる小惑星も多数あるしな」

 

「まあ、それはさておき」

 艦長が割って入った。

 

「次の偵察対象に移動準備だ」

 

「同じく、急速工業化中の惑星ですね」

 

「それが終われば、イゼルローン回廊行きだ」

 

 艦長は、そこで一拍置いた。

 

「と言っても、イゼルローン要塞で休むわけじゃない」

 

「わかってます」次席副長が答えた。

 

「味方にも見つかってはならないのは、この艦の決まりです」

 観測士Aが続けた。

 

 数時間後。

 外部観測機器の格納作業を終えたのは、書類の上では同盟の農業惑星アルーシャ--古代地球の歴史資料画像を彷彿させる豊かな緑の陸地と青く豊かな海を持つ--同盟軍リハビリ施設にいる、一人の作業兵だった。

 

 彼女だけではない。

 この艦に乗り組む者は艦長から末端の作業兵に至るまで、誰もが書類の上ではどこか別の場所ーー療養中、僻地勤務中、あるいは隔離病棟ーーにいる。

 そもそもこの艦そのものが存在しない。

 

 艦は、恒星風の揺らぎにしか見えないはずの微弱な噴射で、航行を開始した。

 

 帝国軍が不在と判っているこの星系であってさえも。

 惑星からも、そして存在しうるあらゆる経済航路ーーすなわち商船に発見される可能性のある航路すべてから十分な距離を取るまでは、主推進装置は起動しない。

 

 それがこの艦の決まりだった。

 

 

           *             *

 

 

「余剰があるのは駆逐艦や軽巡航艦だけです。それであれば、なんとか輸送任務に充てられるかと思います」

 

 画面のエドワーズ国防委員長が、資料を片手に言った。

 

「しかし、それで運べる量となりますと……議長のお求めには、正直足りないかと」

 

「ゼロと1の距離は、この場合は無限大に近い」

 

 私は答えた。

 

「余った艦で構わない。転職準備中の将兵に特別手当を出してでも、引き留めて運用してほしい。予算措置は、こちらでなんとかする」

 

 エドワーズは、少し考えてから頷いた。

 

「情報交通委員会が航路保安庁の巡視船に転用できないと判定した水準の艦ですが、その用途かつ短期運用であれば50隻程度はなんとかなります」

 

 そこで、彼女は資料から顔を上げた。

 

「……議長。お求めは、帝国の民衆に医療を提供することだけなのですか?」

 

「いや」

 

 私は正直に答えた。

 

「できることなら、言論の自由も提供したい。しかし、恒星間放送の……超光速通信機や、その運用スタッフとなると、さすがに余りはないだろう」

 このガタガタの国にそんなものがあるとは思えない。

 

「あります」

 

 エドワーズは間を置かずに答えた。

 

「機能としては最小限度の、単純機能無人衛星です。超光速通信を受信してそのまま電波放送する。電波放送を受信して、超光速通信で送信する。その機能しかない通信中継衛星が、解体・売却予定のリストに載っています」

 

「……!あるだけ、提供してくれ。直ちに」

 

 私は、身を乗り出していたことに気づいた。

 

 

           *             *

 

 

 エドワーズとの回線を切るなり、私は財政委員長レベロへの回線を開かせた。

 

「レベロ委員長。緊急に頼みたいことがある」

 

「伺いましょう」

 

「先ほど、国防委員会に指示を出した。軍縮で余剰となる艦艇と将兵の一部を、緊急プロジェクトに転用する。輸送転用する旧式艦、そして処分予定だった通信衛星だ」

 

「予算規模はどれほどになりますか」

 

「まだ決まっていない」

 

 レベロの表情が、わずかに動いた。

 

「国防委員会から具体的な数字が上がり次第、財政委員長の判断で即座に承認してほしい。議長権限による緊急プロジェクト執行予算として」

 

「……議長」

 

 レベロは、一拍置いてから言った。

 

「額を確認せずに、事前承認しろと。それも私の判断で」

 

「そうだ」

 

「異例です。前例がないとは申しませんが、少なくとも私の在任中にはありません」

 

「分かっている」

 

 私は、それだけ答えた。

 

 沈黙が、回線に降りた。レベロは何かを計算している。それは読める。金額のことではなく別の何かを計算している。

 

「……承知しました」

 

 レベロは、静かに答えた。

 

「国防委員会から数字が届き次第、財政委員長権限で即座に承認いたします。ただし」

 

「なんだ」

 

「この決定の経緯については、議長ご自身の口から最高評議会にて、ご説明いただきます。私の一存で通したでは済みません」

 

「もちろんだ。約束する」

 

 回線が切れた。

 

 異例づくめの承認だった。だが、レベロはそれを、ほとんど躊躇なく通した。

 

 その理由は、後日聞くことにした。まあ、おおよそ読めたが。

 

 

 

 次は……法秩序委員長だ。これが。同盟政府の財産を無料あるいは格安で帝国人に提供することが違法でないか。

 仮に違法であるとしても、なんとか法解釈をひねり出してもらわねばならない。

 行政側における法と秩序の番人であり、元警察官でもある彼にそれを頼むのは、心苦しいが。

 

 

           *             *

 

 

 法秩序委員長は、実にあっさりと答えた。

 

「まったく違法性はありません」

 

「……いや、待ってくれ」

 

 私は、思わず遮った。

 

「これから頼もうとしていることを、まだ何も説明していないのだが」

 

「承知です。ですが、議長のご用件がどのようなものであれ、前提が変わりません」

 

 法秩序委員長は続けた。

 

「現在の銀河帝国は、違法政体です。帝国臣民とは、現在も続行中の犯罪の被害者です。救済措置に違法性はありません。さらに正確に申し上げれば、銀河帝国皇帝から貴族、裕福な平民に至るまで、すべて被害者ということになります」

 

「……待ってくれ。銀河帝国に、合法な時期があったのか?」

 

「もちろんあります」

 

 法秩序委員長は、まるで天候の話でもするような調子で言った。

 

「いかなる資料をどう解釈しようとも、ルドルフは銀河連邦の有権者の圧倒的多数の支持を受け、銀河連邦として最後の議会の了承決議をもって銀河帝国初代皇帝に即位しております。そして即位と同時に、第一回の帝国議会が招集されました。ここまでは、正当な手続きです」

 

「その後は」

 

「その9年後、ルドルフの勅令により帝国議会が永久解散されました。以降、銀河帝国は違法政体です。議会解散勅令の施行の瞬間が境目です」

 

「……」

 

「その後に行われてきた銀河帝国のあらゆる立法、行政、司法。そのすべてが、銀河連邦憲章とそれに基づく全ての法令に対し違法です。さらに銀河帝国それ自身の、ルドルフが起案し帝国議会が承認した帝国憲法に対してさえ」

 

 私は、しばらく言葉を失っていた。

 

「……待ってくれ」

 

 ようやく、我に返った。

 

「回線が繋がって、相談があると言った私への答えが『まったく違法性はありません』だったのは、何故かね」

 

 法秩序委員長は、わずかに首を傾げた。

 

「……議長。10分ほど前に、国防委員長から確認がありました。『議長の要望で、同盟政府の財産を帝国人に提供することになった。違法性はないか。仮に違法であっても強行するが』と。その再確認ではなかったのですか?」

 

 

           *             *

 

 

 惑星ヴェスターラントを離れてから、2週間が過ぎていた。

 

 迂回航路を経て、イゼルローン回廊内部でさえ同盟軍艦艇に見つからないよう慎重な航行を重ね、ようやくヴァンフリート星系まで帰り着いた。

 とはいえ全乗組員にとっての主観時間は1週間ほどでしかない。交代でコールドスリープに入りながらの航行なのだから。

 

 結局、もっとも危うかったのは、イゼルローン回廊の航行そのものだった。

 

 複数の軽巡航艦と複数の駆逐艦。しかし水雷戦隊とは思えない、いささか特異な編制の部隊と、回廊内で採りうる最大距離を取ってすれ違った。

 

 もう少しで、発見されるところだった。

 

「こんな手間をかけずに、いっそあらゆる通信機その他、情報発信しうる機材と武装を降ろすのはどうでしょう」

 

 観測員Cが、点検リストを片手に言った。観測士はコールドスリープ中である。

 

「ビーコン装置、電源接続確認済み。次は……ちと調子の怪しい、超光速通信機ですが」

 

「壊れると困るから、工作艦に診てもらうか、交換だ」

 

 次席副長が答え、続けて艦長に向き直った。

 

「さて、艦長。敵地で発見されたり、主機が故障したりしたら、どうします」

 艦長は苦笑のみで応じた。分かり切ったことだ。知らないのはこの艦での勤務歴が浅い観測員Cくらいである。

 

「そりゃまあ」

 

 観測員Cが作業の手を止めずに答えた。

 

「ビーコンその他、あらゆるものを使って帝国軍を呼び集めて、刺し違えて道連れにするか、巻き添えで自爆するか、ですね。そのくらい考えておかないと、この勤務は精神が持ちませんよ」

 

「せめて死ぬときには、一方的に殺されるんじゃなく、道連れが欲しいか」

 副長が念のために確認する。

 

「一緒に地獄に落ちる相手がいないと、寂しすぎる航行ではありますね。毎回のことですが。……まあ、納得しました。こいつも、いざと言うときにないと困る。ついでに」

 

「ついでに?」

 

「地獄ってものも、ないと困りますね」

 

 観測員Cは、彼がこの艦に配属になってから一度も使ったことのない光通信機の電源を繋ぎながら答えた。

 

 なお、この艦には通信科はない。観測科が片手間に電源操作を行うだけだが、そもそも通信機を使ったことがない。

 

 艦長は自ら操舵しての操艦中だった。航行科は航行長以下、コールドスリープあるいは常温睡眠中だ。

 

 今回も、長い航行だった。

 その緊張を、ようやく解ける。疲労も、これ以上はもう蓄積しない。

 

「ドッキング、確認」

 

 小型補給艦との接舷が、静かに完了した。

 

「さて」観測員Cが言った。

 

「『写真』を丸ごと降ろします」

 

「補給艦のほうでやってくれる。今、有線で連絡が来たところだ」

 

 艦長が答えた。

 

 今回の「写真撮影航行」は、それで終わった。

 

 彼らは全員、軍医によって「精神に負傷あり、通常の艦隊勤務には耐えない」と診断されている。

 

 これは所在を偽装するための名目ではない。事実だった。

 

 通常の艦隊勤務に適した者は、この艦の任務には耐えられない。そして、その逆もまた事実だった。

 

 それを彼ら自身だけが知らなかった。

 

 工作艦とのドッキングが完了し、外部との回線制限がようやく解除されると、乗組員たちは久しぶりに同盟の最新ニュースへ端末を向けた。

 

「……『特別プロジェクト予算、承認』と」

 

 観測員が、見出しを読み上げた。

 

「なんだそりゃ」

 

「帝国の辺境に医療と、他所の星系と通信する自由を。同盟や帝国の全国放送を好きに見聞きしリモートインタビューに答える自由も、提供するそうですよ」

 

 記事を読み進めていた次席副長の手が、途中で止まった。

 

「……あの、おかしな編制の部隊が運んでいたブツは、それか!」

 

 水雷戦隊とは思えない軽巡と駆逐艦の一群……回廊内で採りうる最大距離を取ってすれ違った、あの部隊の正体がようやく繋がった。

 

 艦長がニュース画面を見つめたまま低く呟いた。

 

「……帝国のあちこちで平民反乱が起きるぞ」

 

 

           *             *

 

 

 惑星ヴェスターラント、シャイド男爵領。

 

 誰にも知る由もないことだったが。

 

 ガイエスブルグ要塞周辺で戦闘が始まったという報せは、銀河の向こう側で存在しない艦が帰り着いたのと同日に、この惑星に届いた。

 

 続いて届いた報せにシャイド男爵は一瞬だが、言葉を失った。

 

 敬愛する伯父、ブラウンシュヴァイク公爵は、戦端が開かれる前にレンテンベルグ要塞へと逃れ、今はそこで震え上がっているという。

 

「……震え上がっている、だと」

 

 家令が持ってきた報告書を、シャイド男爵はもう一度読み返した。にわかには信じがたい話だった。あの伯父上が、いくさを前にして怯む姿など、想像もできない。

 

 だが、読み返すうちに、別の可能性が浮かび上がってきた。

 

「……そうか」

 

 シャイド男爵は、思わず声に出していた。

 

「伯父上は、それを装っておられるのだ」

 

 金髪の孺子をガイエスブルグに引きつけておき、その隙にオーディンを急襲し、奸臣どもの手からエルウィン・ヨーゼフ陛下をお救いする--その機会を、静かに窺っておられるのだ。

 震え上がっているように見せかけているのは、敵の目を欺くための演技に過ぎない。

 

 そう考えれば、すべてに筋が通った。

 

「であれば」

 

 シャイド男爵は、家令に向き直った。

 

「我が領地で生産した火器弾薬を送るべき先は、レンテンベルグ要塞だ。急ぎ、フェザーン商船を手配せねばならぬ」

 

「フェザーンに、でございますか」

 

「他に。例えば我が家。あるいは近隣の諸侯領に、この距離を短期間で運べる船があるか。ローエングラム候が伯父上の籠る要塞を監視中と言う危険な条件で」

 

 家令は、しばし言葉に詰まった。

 

「船賃は、通常の数倍に跳ね上がるかと」

 

「構わぬ」

 

 シャイド男爵は、即座に答えた。

 

「この際、我が家の財産が目減りしても構わぬ。高くとも、速く。確実な船を手配しろ」

 

 命令は、迷いなく下された。

 

 見積もりは即時と言って良いほど速やかになされた。

 南北いずれかの半球で、惑星の気象が平年から乱れたとき。この砂漠惑星ヴェスターラントでは作物の収穫は絶望となる。

 そのときに食料を緊急に買い付け、領民の命を守るための蓄え。

 代々の当主が手をつけてはならぬと伝えてきた、その蓄えにまで手をつけることになる。

 

 それほどの額だった。

 

 だがシャイド男爵は、躊躇わなかった。

 

 帝国貴族である以上。

 

 帝国を守ることは領民の命よりも、もちろん自身の命よりもなお重い神聖なる義務である。

 それを彼は疑ったことはない。




 特務偵察艦には女性の将兵も乗り組みしていますが、乗組員の総称は「彼ら」としました。

 特にジェンダー差別するものではありません。
「彼ら彼女ら」と書くのは、原作においてもその必要が特にある場合に限られています。

 さて同盟軍の特務偵察艦は石黒番OVA資料ではバグダッシュが乗っていたものが最後の1隻であると明記があります。

 本作世界のこの時点では、まだ他にも残っていることにしています。

 ですからこの話で描いた艦がバグダッシュの艦かどうかは分かりません。運用体系も搭載機材も本作独自解釈です。
 OVAの描写とOVA資料から推測したものばかりです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。