銀河英雄伝説 サンフォード炉辺談話   作:mosamosa

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本作中、視点変更回数が最小タイの話。

かつ、文字数もたぶん最小になるはずの話です。

影響は、もしかしたら最大になるかもしれません。


第7話 「武力戦中断」を問う議事進行次第

 人類史上最大の会議室。

 

 ベースボールのドーム型球場と、ほぼ同じ大きさ、ほぼ同じ席数を持つ円形の議場--自由惑星同盟立法府、下院議場。

 

 ベースボールのスタジアムならセカンドベースの後方あたり。円の中心、すり鉢状に掘り下げられた議場の底に、下院議長席がある。発言者の壇は、その隣に据えられている。

 

 ベースボールのスタジアムなら2階席にあたる層すなわち傍聴席には傍聴人が、報道陣が、ライブ中継映像撮影装置と音声信号検知装置がひしめいている。

 

 自由惑星同盟立法府下院議長(スピーカー・オブ・ザ・ハウス・オブ・フリー・プラネッツ・アライアンス)は、出席議員数の確認を終えた。

 

「出席、49981名。欠席、19名」

 

 すなわち実効欠席8名。この日の出席率は記録的に高かった。

 

 スピーカーは議事の進行を開始した。

 議場の発言許可申請一覧を確認し、もっとも優先度が高いと思われる議題を処理するために発言者を指名した。

 

「発言を許可する。最高評議会議長(チェアマン・オブ・ハイ・カウンシル)」

 

 チェアマンが登壇した。

 

「本日、発議を請求する」

 

 これは先日の「炉辺談話」での概要予告および最高評議会の公式ステートメントで正式予告されていた通りである。

 

「発議請求を表示」

 スピーカーが命じ、全議員席および全傍聴席の端末に発議請求の全文が表示された。

 

 チェアマン--最高評議会議長--は、前文を読み上げた。

 

「同盟の建国者たちは、帝国には無数の民衆が専制政治に苦しめられていることを承知で、国力の養成に専念することを選んだ。今こそ、これを再現すべきである」

 

 続けて、要旨が読み上げられた。

 

「武力戦中断。帝国の民衆から救援要請が相次ぐとしても、十分な国力が養われるまでは、対帝国出兵は行わない」

 

 スピーカーは、質疑を許可した。

 

「タナトス1区選出議員」

 

「本発議は、同盟の建国理念。すなわち専制に苦しむ民衆を救うという原則そのものに反するのではないか。チェアマンの見解を求める」

 

 チェアマンが応じた。

 

「反しない。建国者たちもまた、専制に苦しむ民衆の存在を承知の上で、国力の養成を優先した。これは理念の放棄ではなく、理念を長期にわたって実現可能にするための選択である」

 

「エル・ファシル4区選出議員」

 

「賛成の立場から確認したい。本発議は、帝国民衆への支援そのものを禁じるものではない、との理解でよいか」

 

「その通りである。物資・武器の供与は、可能な範囲で継続する。またいわゆるフェザーン公認議決の根拠たる、交易を通じて帝国民衆を救う行為にはいささかの制限もない。禁じるのは、武力による直接介入、すなわち出兵のみである」

 

「シロン2区選出議員」

 

「反対の立場から問う。本発議が可決された場合、帝国で虐殺等の重大な人道上の危機が生じたとしても、同盟は一切の武力的対応を行わないということか」

 

「原則として、その通りである。ただし、本発議は恒久のものではない。十分な国力が養われた段階で、この方針は見直される」

 

 野次、怒号。スピーカーによる静粛命令。

 

「では、その『十分な国力』の基準は、何によって定めるのか」

 

「現時点では、明確な基準を示すことはできない。今後、最高評議会において策定し、あらためて立法府に諮る」

 

 再び野次、怒号。スピーカーによる静粛命令。

 

「バンプール1区選出議員」

 

「賛成の立場から、もう一点確認したい。本発議は、同盟軍将兵の疲弊、および過去の軍事行動における損耗と、無関係ではないと理解してよいか」

 

「その通りである。同盟軍は過去の一連の出兵により、看過できない消耗を重ねている。さらに同盟そのものが看過できない消耗状態にある。この現実を踏まえない理念の追求は、いずれ同盟そのものの存続を危うくする」

 

「ガンダルヴァ1区選出議員」

 

「この重大な議決について、さらなる議論が必要ではないか」

 

「経済状況については、すでに財政委員会および経済開発委員会にて。人員状況については、すでに人的資源委員会にて。情報交通インフラの現況については、すでに情報交通委員会にて。同盟軍の現況については、すでに国防委員会にて。それぞれ十分に質疑されている。これ以上の詳細を、私がここで述べる必要はないと考える」

 

 さらにスピーカーは、質疑の終了を確認した。

 

「さらに発言を求める者は。発議請求は重大な内容である」

 

 応答なし。

 

「最終確認である。さらなる発議請求者への質問、確認。あるいは反対弁論等、議員の成すべきなんらかの発言を求める者は」

 

 応答なし。

 

「発言要求なしと判断するがその前にひとつだけ確認する。この発議請求の重大さを議員諸君は認識しているか」

 

「理解しすでに投票方針を決意している」がテンポもタイミングも揃わない、あらゆる意味で広くかつ単一内容の大合唱となって響いた。

 

「質疑を終了する」

 

 スピーカーは議槌を打った。

 

 これをもってチェアマンの発議請求に対する最終質疑者はガンダルヴァ1区選出議員となった。

 

 同盟加盟惑星における最小有権者数の星系、ガンダルヴァ星系。その有人惑星は、有権者数10万に届かない惑星ウルヴァシーのみ。

 この星系には1区しかない。系内のいずれかの軌道上あるいは非可住天体生活者、いわゆる在住船乗りたちを含めて辛うじて10万人を超えている。

 ゆえにガンダルヴァ1区でありウルヴァシー1区は存在しない。

 自由惑星同盟でもっとも小さな選挙区。

「一票の格差」の片端でもあるこの選挙区から選出された議員が、この議決に先立つ最終質疑者となった。

 

「これより、議決に入る。議場を閉鎖する」

 

 議場の扉が、すべて閉じられた。下院衛視が、それぞれの扉の前に立った。

 

 音波、電波、ニュートリノ、重力波--あらゆる伝達手段が内から外への一方通行の状態にあることが、スピーカーに報告された。

 

 いかなる個人も、法人も政党も団体も、今や議決に影響できない。

 前もって与えられた作用と環境のみが、議員それぞれの立場だけが影響する。

 

 スピーカーは議場の空間双方向閉鎖、情報の単方向閉鎖を確認、宣言した。

 

「議員各位に告げる。以降、外部からのいかなる情報も遮断される。各員は、自身の知見と使命、同盟憲章とそれに基づく法令、および過去の議決前例のみを参考に、投票を行うこと。他議員に相談することも従うことも可能であるが、外部からは常時見られ聞かれていることに注意されたい」

 

 誰も外から影響することはできない。かつ、各議員の投票行動はリアルタイムで同盟全領域に中継配信されている。

 

 そのいつもの状況下で投票が実施された。

 

 文字通り「紙」の投票用紙がスピーカーの睥睨する箱に次々と投入されてゆく。

 

 紙。

 

 これが古代中国人の手で発明されてから四千年ちかく経過しているが、人類は文字を記述するのにこれ以上のものをついに発明できなかった。

 それが賛否を示すただ一文字の記号であっても。

 

 

            *            *

 

 

 集計結果が、スピーカーに手渡された。

 

「投票結果を報告する」

 

 スピーカーが、結果を読み上げた。

 

「賛成、25187。反対、24793。棄権、1」制度上いかなる決議にも賛否を示せないスピーカーを除く実効棄権、無効票、ゼロ。

 

「よってチェアマン提出の発議請求は、可決された」

 

 議場に野次と怒号が渦巻いた。スピーカーによる静粛命令2回。

 

 極めて僅差の可決だった。

 

 自由惑星同盟立法府下院議長の命令により議場の閉鎖は解除された。

 

「武力戦中断」は下院を可決通過し、ただちに上院へ送致された。

 

 実体としては下院議場にいたが制度上の欠席者であるチェアマンと閣僚たち合計11名もただちに下院議場から上院議場へと移動した。

 

 彼らの移動終了と共に上院においても本発議が審議された。

 

 上院は自由惑星同盟の加盟各惑星から2名ずつ。

 

 定数4012人。欠席者ゼロ。

 

 賛成2257。反対1754。棄権、1(自由惑星同盟立法府、上院議長)。

 

 可決された。

 

「上下両院とも実効棄権ゼロ」という議決は、実に宇宙歴682年の「フェザーン公認議決」--フェザーンを通じて銀河帝国と貿易を行うことを認める決議--以来のことだった。

 

 また「下院における質疑者5人」「上院における質疑者2人」による質疑応答の終了、投票への議事進行はかなり珍しい高速審議であった。

 

 しかし「憲章擁護局」廃止議決における「合計3人」よりは遥かに遅い。

 

 両院がいずれも可決したことにより、同盟憲章の定める下院優越による再決議かつ最終決議は実施されなかった。

 

 チェアマン、すなわち最高評議会議長が発議請求した「武力戦中断」は即日施行された。

 

 この日の下院議員実体欠席者8名中7名は翌日に議員辞職しそれぞれの選挙区で補選布告がなされた。

 

 1名は選挙区におけるリコール発議により議席を失い、そのリコール投票集計発表と共に補選布告がなされた。

 

 これは銀河の向こう側、銀河帝国の惑星ヴェスターラントで平民による反乱が始まる7日前のことだった。

 

 




「憲章擁護局」とは原作8巻で言及される、同盟に一時期あった官庁です。
 言及箇所と内容を原作(徳間新書版)から引用します。

>自由惑星同盟においてさえ、一時は「憲章擁護局」なる機関が反共和思想をとりしまっていたというではないか。(第8巻「乱離篇」第八章の1)

 この官庁の設置法はそもそも同盟憲章に反する違憲立法だったのでは?と言う気もしますが同盟憲章の実文は未公開ですからなんとも言えない気がします。

「フェザーン公認議決」は本作オリジナルですが、名目として「帝国民衆を救うために交易をおこなう」はありそうだと思っています。

同盟に立法府があることは原作に明記がありますが、あると言うこと以外にはほぼ情報がないので「現代英語として読むと不自然」を含めて下院議長の名称、権限、職務は本作の独自設定です。
下院議長のカナ表記が英語として読むと不自然であること、特にレプレゼンティブが抜けていて構造が非対称であるのは故意の設定です。
「スピーカー・オブ・ザ・ハウス・オブ・フリー・プラネッツ・アライアンス」で本作設定上は欠落ありません。
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