銀河英雄伝説 サンフォード炉辺談話   作:mosamosa

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第3話 軍事対応(1)

 ラインハルトの前には、彼の元帥府に所属する若い提督たちが居並んでいた。

 キルヒアイス、ミッターマイヤー、ロイエンタール、ビッテンフェルト、ルッツ、ワーレン、ケンプ、そしてオーベルシュタイン。

 帝国軍における人的資源の精粋であるとラインハルトは信じている。

 いずれさらに質と量をそろえ、この元帥府に登用されることすなわち有用な人材たる評価をうけることだと言われるようになるであろう。

 

「帝国軍情報部からつぎのような報告があった」

 ラインハルトは一同を見渡し、提督たちは背筋を伸ばした。

「自由惑星同盟を僭称する辺境の叛徒どもは、帝国の前哨基地たるイゼルローン要塞を強奪することに成功した。

 これは卿らも承知のことだが、その後、叛徒どもは動員準備を開始しつつある。

 推定によれば、艦艇4万隻程度がイゼルローン要塞に集結するとのことだ」

 得心のつぶやきが提督たちの間に流れた。

 

「この意味するところは明白である。

 あきらかに叛徒どもは、わが帝国への侵攻をかけてくるつもりだ。

 国務尚書よりの内命があり、この軍事的脅威にたいし、私が防御と迎撃の任にあたることになった。

 両日中に勅命がくだるであろう」

 そこまでは固い口調であったが、ふいに笑顔になる。

「要するに他の部隊、さらには存在しているはずの縦深防衛体制がすべて飾り人形、まるでたよりにならないからだ」

 提督たちも笑った。

 地位と特権をむさぼるだけの門閥貴族にたいしては、共通した反感がある。

 ラインハルトが彼らを登用したのは才幹の面だけではない。

 

「では次に卿らと協議したい。吾々はどのようにして帝国を防衛してゆくべきか」

 この問いにミッターマイヤーとビッテンフェルトが、共通の意見をだした。

 叛乱軍がイゼルローン回廊をとおって侵攻してくることは間違いない。

 叛乱軍が回廊を抜けて帝国領へ入り込んできたところを叩くべきであろう。

 ただし叛徒どもの本拠地からイゼルローン回廊までの距離はここ帝都オーディンから同じく回廊までの距離に比して短く、先んじて回廊の帝国側出口を封鎖することは時間的に無理がある。

 それを試みる場合、わが方は急行軍による消耗を甘受せねばならない。

 その一方で叛徒どもは帝国領内においていかなる航法支援も得られない。

 したがってイゼルローン回廊を出た敵艦隊の歩みは遅々たるものにならざるを得ない。

 

 吾々がただちに艦隊を連ねて迎撃に出撃した場合、その先鋒となるもっとも高速の部隊すなわちミッターマイヤー提督の艦隊がアムリッツァ星系付近で会敵することになろう。

 ミッターマイヤー提督は戦闘を避けつつ敵にその存在を誇示することで敵の進軍を足止めする。

 数日を経ずして後続の艦隊が合流し叛徒どもを一戦して破る。

 もし叛徒どもの侵攻部隊指揮官がミッターマイヤー艦隊を放置して進軍するほどの無能者であるならばイゼルローン回廊との連絡線を断ち切り敵を我が領内に孤立させる。

 この場合、やはり後続の艦隊が到着するのをまって包囲殲滅するだけである。

 幸いにしてアムリッツァ星系は無人であり、重要な資源も存在しない。

 

「いちばん最初に敵に接触する部隊をもって足止めし、主力をもって撃つ。

 典型的な時間差防御だ。

 本来ならば我々がここで論じる必要もないことなのだがな。

 もっとも、その場合には卿らに昇進と勲章を手に入れる機会を与えられないことになるが」

 両提督の提示した構想を論評したラインハルトが嘲りを込めて笑い、諸提督もやや苦い笑みでこたえた。

 むろん嘲りは居並ぶ提督たちや今示された迎撃案へ向けてのものではない。

 

 帝国はその領内に4000以上もの防御拠点を配置している。

 それぞれの兵力は辺境ほど少なく、配置密度が低い。

 逆に帝都オーディンに近づくほど個々の兵力は分厚く、配置密度は高くなってゆく。

 典型的かつ模範的な縦深配備であり、しかも個々の拠点には有人惑星がありその経済力で兵力を支える能力までも備えている。

 これらの拠点の指揮官はたいていの場合は行政官を兼務しており、その地位は世襲である。

 一般的には諸侯と呼ばれるその数は、イゼルローン回廊の帝国側出口から500光年以内に配置されているものだけでも30以上にも達している。

 この500光年圏の兵力を合計しても侵攻してくる叛徒の部隊には及ばないが、辺境諸侯はただそこに存在し兵力を遊弋させるだけで敵の進軍を遅らせることが出来る。

 もちろんこれは辺境諸侯を使い捨てにすることを意味しない。

 帝都オーディンから6000光年の距離を越えて援軍を送るまでもなく、配置の上では隣接する諸侯の軍がただちに駆けつけることが出来る。

 わずか数百光年を超えるだけであるから、帝都からミッターマイヤー提督を走らせるよりも遥かに早く到達する。

 

 一見すればこれは敵に各個撃破の好機を与えているように見える。

 しかし辺境宙域にあってなんらの航法支援を受けられない叛徒と、数百年に渡って辺境に住み宙域を知り尽くした諸侯軍と、高速で機動できるのはどちらか。

 本来ならば諸侯軍であって当然である。

 叛徒どもは逃げ回る辺境諸侯軍を撃つこともならず、むろんこれを放置して補給線を脅かすに任せるわけにもゆかない。

 対処を強いられた叛徒どもは一度も砲火を交わさずとも疲弊あるいは分散してゆく。

 しかも進軍するにつれて叛徒どもの前途にはより強力な諸侯の軍勢がより高い密度で出現することになり、ほどなくして撤退するか帝国軍主力に討たれるかの二者択一を強いられることになる。

 否、本来ならば帝国軍主力を動かすまでもないことだ。

 大貴族、たとえばブラウンシュバイク公とその一門が保有する軍勢などであれば数的にも今回の叛徒による侵攻軍を上回り、もちろん辺境への移動距離もオーディンから走るよりは短い。

 辺境諸侯軍によって疲弊し分断させられた叛徒どもの軍勢を打ち破るには十分なはずである。

 

 しかし事実はことなる。

 もし諸侯による縦深防御が成立しているのであれば、帝国はイゼルローン回廊に膨大な経費と人命を費やして大要塞を築く必要さえなかった。

 単なる前哨拠点で十分であったはずなのだが、事実は異なる。

 実際には戦略規模の縦深防御を機能させて守りに万全を期すなど出来たことがない。

 回廊のどこか一点で敵軍を押しとどめる単線防御、否、単点防御しか行えなかった歴史が長い。

 イゼルローン要塞の建設によっていくらかマシになってはいる。

 それ以前はイゼルローン回廊とその周辺で、帝国の存亡を賭けた会戦を幾度と無く行ってきたのだから。

 諸侯軍が機能しているならそんなリスクとコストを投じる必要はなかったはずだ。

 しかし事実は異なる。

 辺境と中央を問わず諸侯軍には個々の指揮官の軍事的能力と戦意、部隊の訓練、諸侯間の統一された指揮系統、そして帝国への忠誠心、その他必要な全てが欠けている。

 これに叛徒どもを迎撃するように命じてもなんら意味をもたない。

 だからこそ国務尚書たるリヒテンラーデ侯はラインハルトに迎撃の内命を示したのだ。

 ラインハルトの嘲りも諸提督の苦い笑みもそこに向けられている。

 なんのために諸侯はその領地に対する徴税権を持ち、自前の兵力保有まで認められているのか。帝国の藩屏たるためではないのか。

 

「さて、今回の叛徒の企てに対しては両提督の示した方針を採用したいと考える。

 キルヒアイス、ミッターマイヤー、ビッテンフェルト、ロイエンタールはただちに艦隊出撃準備を開始し、勅命が下され次第にオーディンを進発せよ。

 ルッツ、ワーレン、ケンプは今回はオーディンにあって訓練を続行するものとする」

 ラインハルトは表情を改めると決断を告げた。

 

 

「さて、元帥閣下はひとつ重大な問題について触れなかったな。避けたのか、それともすでに解決策をお持ちなのか」

 元帥府から宇宙港へ向かう地上車の中でロイエンタールが切り出した。

「いささか不遜な言い方をすれば、俺は一人しか居ないということか?」

 ミッターマイヤーが応える。

「そうだ。未だ叛徒どもの本拠地ハイネセンを出撃していない敵艦隊に対するに、卿の俊足をもってしてもイゼルローン回廊出口での阻止は間に合わぬ。

 叛徒どもが今回のような企てを繰り返す場合どうするか。

 その都度、卿の艦隊を走らせるわけにも行かぬ」

「俺は構わん……と言いたいところだが将兵を働きづめにするわけには行かぬな。

 根本対策は、回廊に近い場所に艦隊を前進配備することだ」

「近くから走る方が早いのは当然だな。だがそれは政治的問題を含む。

 強大な武力を持つ新興貴族たるローエングラム伯が辺境に艦隊を配置する。

 それがどの星系であれ、諸侯の反発は避けられぬ」

「まあ、俺や卿が考えるべきことでも、考えてどうなることでもないさ。

 それに元帥閣下はおっしゃったではないか。『今回は』とな」

「……そうだったな」

 問題を棚上げするように見えて本質を指摘した言葉にロイエンタールは同意した。

 

 

 

 宇宙暦796年標準暦8月12日。

 自由惑星同盟の首都星ハイネセンにおいて、政府の指示に基づく戦略検討会議が開かれた。

 統合作戦本部地下の会議室に集まったのは、本部長シトレ元帥以下36名の兵科将官で、そのなかには中将に昇進したばかりの第13艦隊司令官ヤン・ウェンリーもいる。 

 ヤンは当惑していた。

 かつてシェーンコップ大佐に言ったように、イゼルローンを陥落させれば戦争の危機は遠のくと彼は考えていたのだ。

 その望みは叶ったはずなのだが、すでに数個艦隊の動員準備が開始されている。

 より正確には数個艦隊の動員に足る補給物資の移動が開始されている。

 それが意味することは、これから開始される戦略検討会議なるものはすでに決定された大方針の実施細目を論じるものだということだ。

 そもそも同盟軍の軍事戦略は政府が示す国家戦略の軍事面を具体化するものだ。

 それを論じるために大将級以上の軍人によって構成される最高幕僚会議というものがある。

 それはヤンも承知しているから異存はない。

 

 問題はどんな大方針が決まっているのかにある。

 まさかこの時期に出兵論、戦争拡大論が通るとも思えない。

 つい先週に大規模出兵案が否決されたばかりだ。

 イゼルローンの勝利はたんにヤンの個人プレイが帝国軍の油断と不和に助けられて成功したにすぎず、それにふさわしい実力を同盟軍がそなえていたわけではない。

 軍隊は疲れはて、それを支える国力も下降線をたどっているのが実状だ。

 しかし、ヤン自身が承知しているその事実を、政府と軍の首脳部はわきまえているのかどうか。

 

 ヤンは会議室を見渡し、上座近くに座っている准将に目を留めた。

 たしか、宇宙艦隊司令部作戦参謀のアンドリュー・フォーク准将。

 現在はたぶん26才のはずだが、年齢より老けて見える。

 ヤンとフォークは士官学校の先輩後輩として同時期に在学していた時期もあるはずだが、とくに記憶には残っていない。

 平凡な成績で卒業したヤンと違ってフォークは主席卒業と聞くから印象に残っていても良さそうなものだが、覚えていないものは仕方がない。

 そのフォークは疲労しているのか、あきらかに血色が悪くときおり頬が小刻みに震えている。

 

 午前9時45分、統合作戦本部長シトレ元帥が主席副官マリネスク少将をともなって入室すると、すぐに会議は開始された。

「今回の会議の目的は政府が内示した新国家戦略に軍事面での具体性を与えることにある。

 新しい国家戦略とは帝国を打倒し専制政治の威圧と圧政から全人類を解放するために、単に軍事力のみならず国力の増勢を図るものである。

 同盟軍が自由の国の、自由の軍隊であることは、いまさら言うまでもない。

 その精神にもとづいて活発な提案と討論をおこなってくれるよう希望する」

 シトレ元帥の口調はどこか教育者めいていた。

 

「まず議論のベースとして、……宇宙艦隊司令部にて作成した軍事戦略案を説明させていただきます」

 それが最初の発言だった。

 抑揚に乏しい、原稿を棒読みするような声の主はフォーク准将で、ヤンが想像していたのに近い陰気な声だった。

「理論上とりうる戦略を二つに分けて、それぞれを用いるリソース量でさらに分類したものをまず示します」

 そう言うとフォーク准将は説明を開始した。

 まず示されたのは可動全力による大侵攻で、すでに政府によって否決されている。

 しかし後段の議論に用いる資料として説明するとのことだったが、ヤンは聞き流した。ひとつには、フォーク准将が頻繁に口ごもっては歯軋りするために非常に聞きづらかったためだ。

 その代わりに自分でも考えてみる。

 どのみち、説明の詳細はいっしょに出席している副司令官と参謀長が聞いているだろう。

 とりうる方針は、荒っぽく言うならまず二通り。そしてそれぞれがさらに二通りに分かれるから、合計四通りの方針がありうることになる。

 

 近いうちに侵攻するかしないか。

 

 侵攻する場合には

  可動全力をもってするか

  この5月まで帝国が行ってきたように長期消耗戦略を採用するか

 

 年単位の未来まで侵攻を行わない場合、イゼルローン回廊の帝国側出口をどのように扱うか。

  確保するか

  帝国によって封鎖されるに任せるか

 

 ヤンとしてはイゼルローン攻略作戦の前にシェーンコップに語ったように少なくとも数年は平和を維持して欲しいものだが、動員準備をすでに開始している以上は回廊の帝国側出口を放置することはないだろう。

 もちろん大侵攻もない。

 よって考察を進めるべきは長期消耗戦略か、回廊出口の確保となる。

 この二つは当面の所要兵力はあまり変わらないが結果は大違いとなるだろう。

 長期消耗戦略をこの5月まで帝国が行ってきた実績から、国力に大差の無い同盟にも同じ事が行えると考えたくなる。

 しかしながら、帝国と同盟では労働人口に大差がある。

 もちろん帝国の方が多い。

 楽観的に見ても倍は違う。

 あるいはもっと差があるかもしれない。

 それにも関わらず国力比では帝国48に対して同盟40、6対5に収まっているのは、同盟の労働生産性が帝国のそれより遥かに高いことを意味している。

 悲観的に見ても倍以上あることは間違いない。

 逆につぎのことが言える。

 

 同盟が労働年齢にある成人をひとり失うことによるダメージは、帝国が同じくひとり失う場合に蒙るダメージの倍以上あると言うことだ。

 したがって、同盟が帝国に対して長期消耗戦略をしかけるならば人員損失比をそれ以上に有利に保たなくてはならない。

 同数を失い続けるようなら自滅だし、同盟将兵を1名死なせるごとに帝国将兵を2名以上殺すペースを維持してようやく互角の可能性が出てくるということだ。

 

 もし、労働人口の差が3倍も4倍もあるようならそれ以上の損失比を帝国に対して強いる必要がある。

 もちろんそんなことは実現不能で、だからこそこの戦争は150年も続いているのだ。

 また他方、同盟が守勢を続けることで双方の戦死者が減る場合には同盟にとって有利、帝国にとっての不利となる。

 ひとりを戦死させることなく兵役を無事終えさせることが出来たときの同盟の国力増大率は、帝国のそれより倍以上も高い。

 そういえば史書で似たような事例をいくつか見たことがあるな、労働生産性の高い国と低い国の軍拡競争だ。

 ただし古代地球の国家の場合、労働生産性が高い国では出生率が低く、労働生産性が低い国では出生率が高いと言う傾向が見られた。

 このために人口増加率の差が労働生産性の差をある程度まで埋め合わせていた。

 しかし幸いなことに、これは現状には適用されない。

 

 帝国も同盟もここ数十年にわたり、人口は微減微増を繰り返して平均すると同数維持の状態だからだ。

 であれば、戦死者の減少は確実に同盟の有利に働く。

 よって長期消耗戦略などとるべきではない。

 それが理解できない最高幕僚会議の面々ではあるまい、そう信じたい。

 だがもし最高幕僚会議の結論が長期消耗戦略であったならばどうするか?

 ヤンに出来ることは限られる。

 許容される損失比を実現するために効率よく敵を殺し続けることしかない。

 そこまでする義理があるのか、そこまでする給料を貰っているのかと考え始めたヤンの前にメモが差し入れられた。

 

 ふと注意を会議室に戻すと、フォーク准将が説明を終えたところだった。

 メモはムライ参謀長からのもので、いましがた行われた説明を箇条書きで記載している。

 艦隊司令官が上の空と気づいてのことらしかった。

 頭を掻きながらメモを確認すると、ヤンが考えていたのとほぼ同じことが書かれていた。

 驚きと共にフォーク准将を見るとまたもや歯軋りしつつ薄い頬肉をぴくぴくと震わせている。

 ヤンの位置からは見えないがうつむき加減の姿勢と小刻みに震える肩から見て、会議机の下では拳を握り締めていることが容易に想像された。

 

「正直、最高幕僚会議での決定事項を伝達する会議かと考えておりましたが実際は違うのですな。

 イゼルローン回廊を出てきた帝国軍を叩く以外の行動選択肢を持たなかったわしらはいつの間にか基礎データに基づいて戦略的検討を行う作業から遠ざかっていた。

 とはいえ、あまりに基礎的にすぎる感もあるが」

 皮肉のスパイスをきかせた声が会議室をざわめかせ、上座でシトレ本部長とグリーンヒル次長が苦い顔でうなずく。

 第5艦隊司令官のビュコック中将が声の主だった。

 おもわずヤンは首をすくめた。

 おそらく、いや確実に、フォークではなくヤンが労働生産性云々の比較論を述べていたとしても老提督は容赦しなかったに違いない。

 しかし今しがたの老提督の言葉には皮肉以上の意味がある。

 ビュコック中将がそれを意識しているかどうかは定かではない。

 

 歴史を見ても単一の行動選択肢しか考えられない状況に長年置かれた軍隊が「戦術的には熟練の境地にあり、戦略面ではただ『敵が来たら戦う』以外の見識をもたない」将官で占められた事例は複数あるのだ。

 どうやら同盟軍もそれであるらしい。

 だからこそイゼルローン要塞を手に入れてから3ヶ月もの間、同盟はこの新しい戦略状況をどう活かすべきか決めることができなかったのだ。

 もちろん決めるのは政府中枢たる最高評議会だが、専門家の集団である軍隊には判断材料として案を作成して提出する義務がある。

 

 少なくとも、意見を聞かれたときには回答できるようにしておく義務がある。

 しかしそれはなされなかった。

 この3ヶ月で作成されたもっとも具体的な戦略案がつい先日否決された大規模出兵案だと言う事実に対し、この会議室に居並ぶ人々は批判を免れ得ない。

 

 その批判はたった今ビュコック中将の言葉として、実に痛烈な形で発せられた。

 士官学校を出ていない叩き上げの艦隊指揮官であるビュコック中将が意図して今の発言を行ったのかは判らない。

 しかし事実として、士官学校を主席卒業した俊才であるフォーク准将のみならず居並ぶ将官たちに対する痛烈な批判となっている。

 

 もっとも責任が重い立場のシトレ本部長が口を開いた。

「フォーク准将、ご苦労だった。さて、今聞いてもらったとおりこれからの戦争はこれまでの戦争とは違ったものになる。

 政府が示した方針と、基礎データに基づいて演繹的に考えるならば今後数年はイゼルローン回廊の帝国側出口の確保以上の行動を慎むこととなる。

 具体的には帝国領アムリッツァ星系まで進出し定期哨戒を行うことになるだろう。

 ここまで、質問は?」

 ためらったすえ、ヤンは発言許可をもとめた。

 

「政府と最高幕僚会議の決定に異を唱えるものではありませんが、アムリッツァへの定期哨戒を行う理由そのものをお聞きしたい」

 ヤンの質問に会議室は静まり返り、数瞬の後にいくつかの失笑と多くのたしなめる囁き、そしてひとつのあからさまな嘲笑が生じた。

 嘲笑を収め、こころなしか顔色が少し良くなったフォーク准将が答える。

「今しがた説明した政府方針を聞いていたのならば誰にでも判るとおり、将来に雌雄を決する大攻勢を行う際の進撃路を確保するためです。

 より判りやすく言えば、アムリッツァに要塞を築いて封鎖されることを防ぐためです」

 

 ヤンに言わせれば本末転倒もはなはだしい答えだったが、一応は軍事戦略上の指摘を続ける。

 

「はあ。小官の質問は、将来の大攻勢なるものを実施するのにイゼルローン回廊を使う必然性についてだったのですが」

 ヤンの淡々とした口調をどう解釈したのか、宇宙艦隊司令部作戦参謀の薄い頬肉が震えた。

 

「イゼルローンを通る以外にどうするというのです。第13艦隊司令官は新しい回廊でもご存知だと?」

「まさか。フェザーン回廊を使えば良いではありませんか。フェザーンの同意と協力を得るのは無論ですが」

 ふたたび会議室はざわめいたが、今度は失笑と嘲笑の割合が明らかに増えていた。

 

「第13艦隊司令官はフェザーン商人が自らの存在意義を捨てて自滅を選ぶとお考えのようだ」

「宇宙艦隊司令部作戦参謀には違う意見がおありのようだが、フェザーンの存在意義とは何か。それは人類領域の二大重要経済圏であるバーラト星域とヴァルハラ星域とを結ぶ、もっとも経済的な航路を独占していることにあります」

 

 むろんバーラト星域とは自由惑星同盟の首都をとりまく、大きな人口と工業力、経済力を備えた星域である。

 同様にヴァルハラ星域とは銀河帝国首都とその周辺を意味する。

 銀河帝国と自由惑星同盟との間には航行不可能に近い渦状腕空隙が広がっており、両者を結ぶ航路はイゼルローンとフェザーンの2本の回廊しかない。

 

「フェザーン回廊の重要性は銀河の地理そのものに起因しています。

 その価値は大侵攻に成功し同盟が帝国を併呑した後も向上こそすれいささかも損なわれることはありません。

 作戦が十分な成算を持って行われると示したときに、フェザーン人の協力を得られない理由をむしろ教えていただきたい。

 それとも作戦参謀は我々の後輩たちが、それを成算が定かでない投機的な作戦として行うと考えておいでか?」

 三度会議室はざわめいたが、今回は出席者一同が息を飲む音が大多数を占めた。

 

「……第13艦隊司令官のご質問は理解しました。

 しかしながら、イゼルローン回廊からの攻勢と言う選択肢があることは、後輩たちにとってひいては自由惑星同盟にとって損とはなりません。

 その選択肢をむざむざ放棄することは利敵行為にさえつながると考えます」

 いったん怯んだかに見えたフォークが立ち直って言い放つと、会議机の表面が激しい音をたてた。

 ビュコック中将が掌をたたきつけたのである。

 

「フォーク准将、貴官のいまの発言は礼を失しているのではないか」

 一般論であって一個人への誹謗ではないとフォークが老提督に応える。

 

「では帝国がイゼルローン回廊の出口封鎖を図る場合、そして吾々がこれを阻止せんとする場合。

 数次にわたって『アムリッツァ会戦』が繰り返され、結局は長期消耗戦略をとるのと同じことになるでしょう」

 今度こそ会議室は静まり返った。

「たしかにティアマトをアムリッツァに置き換えただけに思われるが、主導権は我々にある。

 艦隊根拠地から現地までの距離が近いのも、現地近くに大きな拠点を持っているのも我々のほうだ。

 アムリッツァへの定期哨戒が定期的な会戦に発展すると決まったわけでもない。

 数回の艦隊規模哨戒を実施後に判断して良いのではないか」

 沈黙していた宇宙艦隊司令長官ロボス元帥が眠たげな目と口調で言うと、ヤンも口を閉ざさざるを得なかった。

 

 結局、戦略検討会議は最高幕僚会議の定めた大方針の細目を決めるだけの会議となった。

 当面は積極的な攻勢を控えてイゼルローン回廊の帝国側出口を確保するのみとする。

 このために宇宙艦隊は定数12個艦隊体制への復帰を延期し、当面は10個艦隊体制で運用する。

 新造艦の建造は引き続き行い、老朽艦の退役ペースを上げることで対応する。

 10個艦隊のうち2個艦隊を国内警備とイゼルローン要塞の駐留に充て、残り8個艦隊は4単位のローテーション運用により回廊の帝国側出口に存在するアムリッツァ星系までの哨戒を行う。

 ただし、初回のみは帝国側の哨戒兵力の排除を要すると想定されるため、3個艦隊にて実施する。

 初回に動員される艦隊はルフェーブル中将の第3艦隊、ホーウッド中将の第7艦隊、そしてヤン中将の第13艦隊とする。

 第13艦隊は先のイゼルローン要塞攻略で損耗が無かったこと、将兵の疲労度が低いことから引き続きの動員となるが、本作戦の終了後にはバーラト星系周辺まで帰還しローテーションの整備休養段階に入る。

 第3、第7艦隊はシヴァ星系またはエルゴン星系での待機状態を経た後に帰還する。

 第1陣と入れ替わりにアムリッツァ哨戒の第2陣としてウランフ中将の第10艦隊とボロディン中将の第12艦隊を動員し、これも一定期間の哨戒と待機を経て帰還する。

 イゼルローンが敵手にあった時代には各艦隊は2度の会戦を続けて戦った後に帰還するローテーションであったことと比べると、新しい戦略下での運用は一巡ごとの戦闘行動が1度ずつに抑えられていることが特徴と言えた。

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