幸せになる番(ごちうさ×Charlotte)   作:森永文太郎

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第11話、突撃!?天々座さんち

「これが……リゼの家か……?」

 

 乙坂有宇は今、馬鹿でかい屋敷の門の前に立っていた。彼が何故そんなところにいるかというと、それは前日のことであった───

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「リゼちゃん足早くて結局追いつかなかったね」

 

「リゼさん大丈夫でしょうか?」

 

「知らん」

 

 昨日のパン祭りの後のこと、不幸な事故によって有宇の手がリゼの胸に触れてしまった。そしたらリゼが顔を真っ赤にして店を飛び出して行ってしまったのだ。

 その後、ココア達がリゼの後を追ったのだが、どうやら二人とも追いつかなかったようだ。

 

「もう有宇くん、他人事じゃないんだよ!」

 

 冷淡な態度をとる有宇に、ココアが叱責する。

 しかしそれを聞いた有宇はイラッときたのか、ココアの両方の頬を思いっきり引っ張る。

 

「元々誰のせいだ誰のっ!!」

 

「いひゃいいひゃいごめんなひゃい!(痛い痛いごめんなさい!)」

 

 そもそも今回の事態、原因はココアがすっ転んで有宇にぶつかったことにある。その勢いで有宇も前のめりにバランスを崩してしまい、更に有宇の髪についたゴミを取ろうと、有宇の前に立っていたリゼを押し倒す形で三人は倒れ込んだのだ。

 そして、倒れた拍子に有宇の手がリゼの胸部に触れてしまい、何故かリゼが飛び出していったというわけだ。つまり、元々の原因はココアにあるということだ。

 くそっ、リゼからの信頼を取り戻したいと思った矢先にこんなことが起きるとは。ったく、本当ただでさえ疲れてるってのに余計な面倒増やしやがって……。

 だがそもそもこれってこんな問題にすることなのか?

 

「大体ほっとけばいいだろ。明日には落ち着いてるだろ」

 

 リゼだってまさか僕が意図的にしたとは思っていないだろう……多分。それにリゼだって高三だろ?たかだか胸を触られた程度だ。そんな(うぶ)な年齢でもないんだし、すぐに落ち着いて顔を見せるだろう。

 しかしそんな楽観的なことを言う有宇に対し、チノがこんなことを言う。

 

「でもリゼさん、あれで繊細な方ですから」

 

 確かに……チノの言う通りではあるな。女らしいだとかなんだとか、あれで結構色々気にする奴だからな……。

 

「じゃあどうしろってんだよ」

 

「取り敢えずシャロさんのところにパンを届けに行きませんか?シャロさん待ってるでしょうし」

 

 取り敢えず今すぐ解決できるものでもないし、やるべきことをやろうと、チノはそう言ってるのだろう。しかしそれならもう……。

 

「パンならお前らが飛び出していった後に僕一人で届けに行ったぞ」

 

「あれ?有宇くん、シャロちゃんち知ってたっけ?」

 

「あぁ、前に千夜んちの隣っていうのは聞いてたからな」

 

 ココアとチノの二人がリゼを追っていった後、一人店に取り残された有宇はやることもなかったので、シャロにパンを届けに行ったのだ。

 まぁ、それはそれで面倒だったけどな────

 

 

 

「確かここだよな?」

 

 シャロにパンを届けに来た有宇は、千夜の家の左隣の家の前に立っていた。

 以前千夜の家の隣にあるってことを聞いた気がするので来てみたが、まぁこの街にはよくある感じの洋風な普通の家だな。

 お嬢様学校なんて通ってるぐらいだからもっと大きい家かと思ったけど、こうしてみると普通の一軒家と大差ないな。けどココアも確かシャロの家はそんなに裕福じゃないとか前に言ってた気がするし、ここでいいのだろう。

 にしても以前、シャロが裕福でないということを聞いて、シャロを貧乏お嬢様とバカにしたことがあったが、なんだかんだ綺麗な家に住んでるよな。僕が住んでたボロアパートと比べたら全然綺麗だ。お嬢様学校の生徒の中では裕福でないかもしれないが、僕に言わせれば充分裕福だ。

 

 取り敢えずその家の呼び鈴を鳴らしてみる。

 

 ピンポーン

 

「はいよ」

 

 呼び鈴を鳴らすと、一人の老婆が出てきた……シャロの婆さんか?

 

「どちらさんかね?」

 

「あの、自分シャロさんの友達でして。シャロさんにパンをお裾分けに来たんですが」

 

「シャロ……?あぁ、シャロちゃんね。シャロちゃん家はこっちじゃなくてあっちよ」

 

「え?」

 

 それで家の表札をよく見ると、確かにシャロの名字である桐間ではなかった。そして老婆の指差す方向は、甘兎の右隣の家だった。どうやらこっちじゃなくて、逆隣(ぎゃくとなり)だったようだ。

 老婆にお礼を言うと、早速逆隣の家に行く。

 千夜の家の物置の隣にあるその家も、まぁ今の老婆の家と大差ない普通の家だった。

 そして呼び鈴を鳴らす前に一応また間違いがないか表札を確認する。すると、なんとそこも桐間ではなかった。

 あれ?でもさっき婆さんがここだと……。

 

「何してんのよあんた」

 

 声がして背後を振り向く。するとすぐそこにシャロがいた。

 

「いや、お前の家を探してたんだよ。ほら、これ」

 

 持って来たパンの入った袋をシャロに渡す。

 

「あぁ、そういえば今日だったわね。ありがと」

 

 そう言ってシャロは有宇から袋を受け取る。これで目的は果たしたからいいけど、結局こいつの家ってどこにあるんだ?

 流石にちょっと気になったので、本人に聞いてみることにする。

 

「なあ、お前の家どこにあるんだ?甘兎の隣って聞いたのにないんだが」

 

 両隣はどちらもシャロの家ではなかった。シャロの家が甘兎庵の隣という情報そのものが間違っているというならまだ納得できる。だが、左隣の家の老婆は、シャロの家は右隣にあると言っていた。だというのに、実際にはそこもシャロの家ではなかった。これはどういうことなんだ……?

 すると、家のことを聞かれたシャロは不機嫌そうな顔をした。あれ?別に変なこと言ってないよな……?

 有宇が混乱していると、シャロが一言ボソッと言う。

 

「……ここよ」

 

「え?」

 

 聞こえなかった。なんだって?

 

「だからっ、この物置が私の家よ!!」

 

 そう言ってシャロは甘兎庵の隣にあるみすぼらしい物置のような小屋を指す。

 

「この物置……って、ええっ!?」

 

 ということは、千夜の家の物置だと思っていたこのみすぼらしい小屋がこいつの家だっていうのか!?

 

「えっと、その……悪い……」

 

 流石の有宇も素直に謝罪してしまう程哀れだった。

 お嬢様学校なんて通ってるぐらいだし、裕福ではないとは聞いていたとはいえ、ごく普通な家庭を予想していたのに、まさかこんなところに住んでいたなんて流石に思わなかった。

 

「別に謝んなくていいわよ。ココア達も最初あんたみたいな反応だったし……」

 

 あっ、やっぱそう思うよな。僕だけじゃなくてよかった。にしても本当に貧乏お嬢様だったとは……。

 衝撃の事実に有宇が気圧されていると、話を変えようとしたのか、シャロが有宇に今日のパン祭りのことを聞いてきた。

 

「で、パン祭りはどうだった?」

 

「ん、あぁ成功したぞ。僕が来てから一番の大盛況だ」

 

「そう。で、そういえばなんで今日はあんただけなのよ。ココアとチノちゃんとリゼ先輩は?去年は三人で来てくれたのに」

 

「え!?あ……えっと……」

 

「?」

 

 まずい……さっきあったこと言ったら間違いなくこいつブチギレるよな。リゼの胸を触ったとか言ったら、リゼ大好きのこいつのことだから絶対キレるに決まってる。

 かといって隠したところでココア達を通じてバレそうだしな……。それにこの前のこともある。あまりこいつらには嘘は言いたくないな。

 まぁなに、別に命を取られるわけじゃない。後で報告してギャーギャー言われる方が面倒だから先に言っておくか。

 有宇は覚悟を決めて、シャロにさっき店で起きた出来事を話した。すると────

 

「このおばかぁぁぁぁぁ!!」

 

 もちろん、予想通りブチギレた。まぁそりゃそうなるよな。

 

「リ、リゼ先輩のむ……胸を触るなんて羨ま……恐れ多いことをするなんて!」

 

「おい、本音漏れてるぞ」

 

 百合は他所でやってくれ。僕にそっちの趣味はない。

 

「んんっ!とにかくやっちゃったことは仕方ないし、ちゃんと謝んなさいよ」

 

「え、やだよ面倒くさい。僕別に悪くないし」

 

 そりゃ色々と頑張っていくとはいったが、なぜ僕が頭を下げに行かなきゃならない。別に今回は僕悪くないし、なんでわざわざそんなことしなくちゃならないんだよ。

 

「いいから謝んなさい!今すぐ……は流石にもう遅いからリゼ先輩に悪いし……明日!明日絶対リゼ先輩に謝りに行きなさいよね!絶対よ!」

 

「チッ……面倒くせぇ」

 

 そう愚痴ると聞こえたのか、シャロは顔は笑っているのに何故か雰囲気が怖い。

 

「なんか言った……?」

 

「わかったわかった、行けばいいんだろ行けば!」

 

 ひとまずその場はそう言って引き上げてきた。

 

 

 

「……てことがあった」

 

 シャロの家であったことを一通り話し終える。するとココアが言う。

 

「そっか。じゃあシャロちゃんが言った通り明日リゼちゃんちに行こっか」

 

「えっ、マジで行くの?僕明日休みなんだけど」

 

「有宇くん、シャロちゃんと約束したんでしょ。約束は破っちゃダメだよ。私も明日バイト終わったら行くから」

 

「クソッ、マジかよ面倒くせぇな……」

 

 ココアのこういうところマジで面倒くせぇな。変なところで律儀なんだもんこいつ。

 はぁ、折角の休日が台無しじゃねえか。いや待てよ……?

 

「そもそも僕アイツんち知らないんだけど?」

 

 ココアとチノは当然ラビットハウスだし、千夜の家、甘兎庵は以前行ったことがある。シャロの家も甘兎庵の隣ということは聞いてたし、今日実際に行ったわけだが、リゼの家はそういえば聞いたこともないし、見たこともない。

 リゼってそういやどこら辺に住んでんだあいつ。あいつ、よく軍用のレーション食べてるとか言ってるし、シャロみたいにあいつの家もそんな裕福ではないんだろうか。

 するとココアがニコッと笑って応える。

 

「後で地図書いてあげるよ。それに一目見たらわかるだろうし」

 

「?」

 

 一目見たらわかる?なんだ、そんな特徴的な家なのか?やっぱりまたシャロみたいに、あいつもなんちゃってお嬢様だったりするのか?

 取り敢えずその場でココアに地図を書いてもらった……のだが。

 

「……なんだこれ?」

 

 チラシの時も思ったんだがまぁ酷い。

 字は決して汚くはないのだが、変な絵をつけたりしてるせいで物凄いわかりづらい。おまけに絵ばっかに力を入れていて、肝心の地図がこれまた抽象的過ぎてわかりづらい。

 一番酷いのは、リゼの家がでっかい丸でこの辺りって示されていることだ。でっかくこの辺りなんて言われても、この丸の中のどの辺りに家があるってんだよ。まさかこの丸の範囲全てリゼの家ってこともないだろう。ったく、やっぱりココアに書かせるんじゃなかった。

 

「やっぱチノに書いてもらうわ」

 

「ええなんで!?」

 

 結局その後チノに綺麗に書いてもらい、明日はその地図を使うことにした。

 

 

 

 次の日、いつもより少し遅くに起きた。

 久しぶりにこんなに寝た気がする。ここんとこずっと、朝早くに起きて、朝から晩まで働いてたしな。休日っていうのはなんと素晴らしいことかっ!!

 着替えて二階のキッチンに行く。既にチノたちは一階のカフェで働いているので、キッチンにラップがけしてあった朝食を一人で食べる。

 食事を終え、皿とかを片付ける。本来なら折角の休日だし、部屋で本読んだり、高卒認定の勉強とかでもやりたいところだが、昨日のリゼとの一件を思い出す。

 ここでボイコットしたところで、どうせ、午前でシフト上がりのココアに連れて行かれるだろうしな。

 勿論、今ここでリゼの家に行くふりしてどっかの喫茶店にでも休んでも行ってふける方法もあるが、そんなことをして約束を破ればココアからも、そしてシャロからも信頼を失うことだろう。

 パン祭り前のあの一件で、僕はシャロとリゼからの信頼を回復すると誓った。正直未だに僕は悪くないと思ってる。押したココアが悪いのだと。

 けど、行くと言ってしまったんだ。面倒ではあるが、やるといったことはやらないとな。

 そうして有宇は重い腰を上げて、リゼの家に出かけるために私服に着替えて、昨日チノが書いてくれた地図とお詫びのパンを持って出かけた。

 地図を頼りに歩いていくと、馬鹿でかいお屋敷が目に入る。日本にこんな屋敷があったのかと思うぐらい馬鹿でかかった。

 ココアに以前案内された時は、この辺は案内されなかったよな。こんなところがあったとは……。

 世の中こんなところに住んでる奴もいるんだなと思うと、ふと疑問に思う。

 

(あれ、地図だとこの辺のはずだが、この辺この屋敷ぐらいしか家がないぞ?)

 

 屋敷の周りにも家はあるが、地図だと確かにここのはずだ。チノが間違えた?いやチノに限ってそんな筈は……。

 すると昨日のココアの言葉を思い出した。

 

『それに一目見たらわかるだろうし』

 

 まさか!?

 有宇は屋敷の門の前までダッシュして表札を見る。するとそこには天々座の文字が刻まれていた。

 そして今に至るわけだ───

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「まさかここがリゼの家とは……」

 

 お嬢様学校なんて通ってるから裕福とは思っていたが、まさかここまで金持ちだったとは……てかシャロの家と両極端すぎだろ!!

 有宇はリゼの家の大きさにただただ驚くばかりであった。

 今にして思えば、ココアの地図も間違いではなかったのか。本当にあの大きな丸の範囲がリゼの家だったんだ。

 にしてもあいつ……本物(ガチモン)のお嬢様だったとは……。まぁ、ここがリゼの家とわかったならさっさと呼び鈴押すか。

 そうして有宇が呼び鈴を押そうとすると後ろから声がかかる。

 

「おい、そこで何をしてる」

 

 振り向くとサングラスをかけた強面の屈強な黒服の男が二人立っていた。なんだこいつら……この家の使用人か?

 男達は絶対「ヤ」がつく仕事やってるだろという感じの雰囲気を漂わせている。取り敢えず質問に答えるか。

 

「えっと……僕はリゼさんのバイト仲間で……」

 

「ほう、てことはお前か。お嬢を傷つけた男ってのは」

 

「ですかいですかい」

 

 え、どういう伝わり方してるの!?ていうか絶対悪く思われてるよな僕!?

 

「おい、ボスのところへ連れてくぞ」

 

「あぁ」

 

「てことでちょっと来てもらおうか」

 

 黒服二人に詰め寄られる。

 これは……思った以上にまずいかもしれない。何やらヤバそうだと感じる有宇であった。

 

 

 

 それから男達に連れられリゼ邸に入る。

 中もやはりシャンデリアなんかがあったりとまぁ豪華な造りとなっていた。やっぱり金持ちなんだなあいつ……。

 家の内装の豪華さに目を奪われる有宇だったが、すぐに自分の今置かれている状況を思い出す。

 いや、そんなことよりこの状況かなりまずいよな!?さっきの話しぶりから絶対僕に対して好意的に思っていないだろうし、リゼに会わせて欲しいと言ってみたが拒否されたし、どうやってこの誤解を解けばいいんだ……。

 万が一のときは能力を使ってでも……と思ったところで、ある一室の前で黒服二人が立ち止まる。

 

「入れ」

 

 黒服の一人が有宇に命令する。

 

「……ここは?」

 

「応接間だ。中でボスがお待ちだ」

 

 ボス───ということは多分、リゼの父親だよな。

 そうだ、そもそも相手はリゼの父親なんだ。何を緊張する必要がある。曲った伝わり方のせいで怒ってはいるだろうが、流石に娘のバイト仲間をいきなりどうこうしたりはしないだろう。ちゃんと事情を説明すれば分かってもらえる筈だ。

 まぁわかってもらうためにも最初の印象は大事だな。有宇はドアを開けると元気よく挨拶する。

 

「失礼します!」

 

「来たか、小僧」

 

 中に入ると数人の黒服の男達、そして明らかに雰囲気の違う眼帯の男が一人、中央のソファーに座している。

 ソファーに座るこの男が間違いなくリゼの父親だろう。

 眼帯のその男はじっとこちらを睨んでいる。

 怖え……けど、まるで目が離せない……!まるで僕を逃さないとでも言うような目だ。

 

「さて、何故ここに呼ばれたかはわかるな」

 

 物凄い殺気を漂わせながら、リゼの父親と思しき男が聞いてくる。

 

「リゼ……さんのことですね」

 

「そうだ、まぁ座れ」

 

 そう言われ、男の向かいのソファーに座る。

 話せばわかる───なんて思ってたが、思ってた以上にキレてるぞこれ。周りの黒服達も、もの凄い睨みつけてくる。

 ヤバイな……とにかくこのままじゃ殺されかねない雰囲気だし、早く誤解を解かねば!

 

「あの!昨日のことなんですが、確かにその……お宅のリゼさんを押し倒して胸を触ってしまったのは事実ですが、決してわざとじゃないんです!」

 

「ほう、男のくせに言い訳か」

 

「いえ……言い訳という訳では……」

 

 駄目だ、全く取り合ってもらえない。

 しかし、険しかったリゼの父親の顔が少し緩む。

 

「なに、別に怒ってるわけじゃない。ただこちらとしても大事な一人娘を傷物にされたわけだしな。このままただでお前を許すわけにはいかない」

 

「傷物って……んな大袈裟な」

 

「あ゛っ!?」

 

 黒服たちとリゼの父親の視線が途端に厳しくなる。

 

「ひっ……!す、すみません……」

 

 怖えっ!!多分、また失言しようものなら今度こそ殺される!!一体どうすれば僕は許されるんだ。

 

「そ、それであの……僕はどうしたら……?」

 

 有宇がそう聞くと、リゼの父親は険しい表情のままこう言う。

 

「その話をする前に、小僧、お前に聞きたいことがある」

 

 聞きたいこと?一体何聞かれんだよ。とにかくここで答えを間違えれば、かなりヤバイことになるかもしれない。真面目に答えなくては……。

 すると、黒服から一枚のA4サイズの紙とペンを渡される。

 

「……なんですかこれ?」

 

「見ての通り、アンケート用紙だ」

 

 黒服から渡された紙には、質問が三十問あり、全部二択で答えられるようになっていた。何故こんなのを書かなきゃならないんだ……。

 

「えっと、聞きたいことって……」

 

「そのアンケートを見てから聞く。いいから書け」

 

 なんだよそれ、本当になんの意味があんだよこのやり取り。

 けど抵抗すると殺されそうだし、取り敢えず書くか。

 アンケートは、最初は本当に極普通なものだった。『去年と生活が楽になりましたか?』とか『今月清涼飲料水をどのくらい飲みましたか?』といった感じだ。この質問から何聞くつもりだよ。有宇は呆れながらもアンケートに答えていく。

 だが十五問目の質問、これは『今まで体に異変を感じたことはありますか?但し、病気等の体の不調は除く』という質問だった。

 病気以外で体の異変なんて、普通に考えたらあるわけ無いだろ。最初はそう思った有宇だったが、あるものに思い至る。

 僕に宿る特殊な力……あれは確かに体の異変といえるよな。いや、まさかな……。

 有宇は"いいえ"に丸をした。

 それからはまた特に意味のない質問が続き、遂に最後の質問までくる。その質問というのが───

 

『あなたには力があり、世界に不服があります。あなたはその力で世界を変えるか。それとも自分を変えるか』

 

 なんだこれ、急に哲学っぽい質問が来たな。で、なんだって?世界を変えるか自分を変えるか、だと?そうだな……。

 すると、再び有宇は自分に宿る特殊な力を思い出す。

 そうだ、僕はあの力で自分を変えてきた。あの力で完璧な自分を作り上げてきたんだ。最も、結局悪い方向に変わったけどな……。

 有宇はその最後の質問に"自分"と答えた。そして黒服にアンケート用紙を渡す。それから黒服はアンケート用紙をリゼの父親に渡す。

 リゼの父親はアンケート用紙に目を通す。しばらくしてようやく口を開いた。

 

「これは全部正直に答えたんだろうな」

 

 ギクッ

 

 やばい、十五問目で嘘をついたことがバレたか。超能力なんて信じないだろうが、万が一があるしな……。

 それに今更訂正したところで、その異変とはなんだって聞かれると答えられないし……ここは嘘を貫き通すしかない。

 

「はい、嘘は書いていません」

 

 有宇はそう答えた。

 リゼの父親は「そうか」と素っ気無く答えると、再び有宇に問い質す。

 

「最後の質問……これはどういう意図の元で答えた」

 

 最後の質問?あの哲学っぽい質問のことか。

 あの質問……一体なんの意味があるんだ。なんの意図があってあんなこと聞いてきたんだ。

 だが答えないわけにはいかない。有宇は自分の能力については触れないように答える。

 

「大した意味はありません。ただ世界に不服があろうと、自分をその世界に身を置く上で都合の良い方に、その力を自分に使えば世界への不服も消え、またその世界においての自分の立場を高めることができると、そう考えたからです」

 

 嘘ではない。結局のところ、特殊な能力を持たなくても僕はそうしただろう。そう考えただろう。そう思っての解答だ。

 有宇の答えを聞くと、またリゼの父親は「そうか」と答える。そして、ようやく本題に入ってくれる。

 

「さて、じゃあお待ちかねのお前にやってもらうことだが……」

 

 一体何をやらされるんだ。犯罪まがいなことをやれとか言われなきゃいいんだが……。

 有宇はビクビクと、どんなことをやらされるんだと怯えていた。するとリゼの父親はニヤッと微笑む。

 

「なに、そう怯えるな。簡単な話だ、うちのリゼを貰ってくれればそれでいい」

 

「……へ?」

 

 貰う?どういう事だ。

 

「あの……それはどういうことでしょう……?」

 

「そのまんまの意味だ。リゼと結婚しろということだ」

 

「結婚…………はぁぁぁぁぁ!?」

 

 結婚!?どういう事だ!? ていうか一体何がどうなってそうなる!?

 混乱する有宇とは逆に、リゼの父親は先程までとは打って変わって、明るい調子で話す。

 

「悪い話じゃないだろ?我が娘ながら、見てくれは母親譲りでかなりいいはずだ」

 

 いや、確かにそうだけどそういう話じゃない!!

 

「いやでも本人の意思とか……」

 

「リゼはお前以外に同年代の男の知り合いはいない。問題はないだろ」

 

「いやでも……」

 

「なんだ、そんなにうちの娘が気に食わないか」

 

 ギロッ

 

「ひっ……!」

 

 クソッ駄目だ、全く口を挟み込む余地がない。このまんまじゃマジでリゼと結婚するハメになる。

 有宇が頭を悩ませて黙りを決め込むと、リゼの父親は黒服から紙を受取り、それを読み始める。

 

「乙坂有宇、十五歳。東京都中野区在住。両親は離婚し、その後は叔父が親権を担っており妹と二人ぐらし……だったが高校の退学を巡って叔父と口論になり家出をし、今現在はタカヒロの店で居候……か」

 

 なに!?何故それを!?

 

「何故それを、とでも言いたげな顔だな。悪いがこちらで勝手に調べさせてもらった」

 

 マジかよ……。ていうかさっきから思ってたんだが、このおっさん、本当に軍人なんだよな?有宇の中にそんな疑問が浮かぶ。

 このおっさんが軍のお偉いさんだったとして、こんなに権力を持ってるものだろうか?他人の個人情報を容易に入手し、更に周りにいる黒服たち。明らかに堅気じゃない気がする。このおっさん、本当にただの軍人なのか……?

 そしてリゼの父親は続ける。

 

「でだ、これを聞く限りこの話、お前にとっては悪い話じゃないはずだが」

 

「どういう事だ!?」

 

 つい声を荒らげてしまう。

 

「それがお前の本性か。まぁいい、それでだ。お前は今、学校を辞めさせられ、家族も頼れず一人で生きていかなきゃないない状況なわけだ。今はタカヒロの店で居候してなんとかやっているようだが、いつまでもそのままって訳にはいかないだろう?ならいっそ、うちに婿入りした方がいいんじゃないか?お前はリゼと結婚するだけでこの家の跡取りになって晴れて社会復帰できる。それにうちの莫大な資産も手に入れることができる。どうだ、悪い話じゃないだろ?」

 

 確かに一理あるかもしれない。金もない、頼れる者もいないこの今の状況においてそう悪い話じゃない。いや、寧ろいい話とも言える。

 見てきた通り、この家は超がつくほどの金持ちだ。 リゼの婿になるということは、いずれはこの家の全てを継ぐことのできる立場になるということだ。

 そうだ、いい話じゃないか。リゼだって銃やナイフを常備する危ない奴ではあるが、それ以外はまともだし美人だし、いずれ舞い込んでくる地位と大金に比べたらそんなこと些細なことじゃないか。

 これは……底辺に落ちた僕に与えられた最後のチャンスに違いない!そうだ、そうに決まってる!よし、この話受けよう!

 そう決意すると、有宇は早速リゼの父親の気が変わらないうちに話を受けようとする。

 

「わかりました、この話受けま……」

 

 しかし、有宇がそう言いかけたとき、リゼの父親がこう続けた。

 

「因みにリゼの婿になるのなら、明日から早速訓練に参加してもらう」

 

「……え?訓練?」

 

「ああそうだ、貴様はまだ十五だ。結婚できるまであと三年ある。その間にリゼの婿に相応しい立派な軍人に鍛え上げてやる」

 

「はぁ!?軍人!?ちょっと待て、リゼが後を継ぐんじゃないのか!?」

 

「何を言ってる、可愛い一人娘を戦場に送り出す親がどこにいる」

 

「義理の息子ならいいのかよ!?」

 

 なんてこった……てっきりリゼが軍事方面を継ぐものばかりと……。ていうかそうか、そういうことか。

 

「端から僕に家業を継がせるのが目的ってことか……」

 

「そうだ、貴様のような碌でなしに大事な一人娘をやるんだ。それ以外になんの理由がある?」

 

 クソッ、んだよ折角いい話だと思ったのによ!

 つまりこいつは初めから僕を、軍人としての自分の後継者にしようと思っていたんだ。リゼが軍人にならない以上、リゼと結婚するであろう婿にやらせるしかないからな。

 冗談じゃない!軍人なんかになったら命がいくつあっても足りないぞ!トレーニングとかだって厳しいだろうし、命の危険も伴うだろうし、軍人なんぞになってたまるかっ!!

 つかこいつ、娘が大事と言いつつ、その娘を利用するのかこの男は。仮にリゼに他に好きな男がいたときは、そのときはどうするつもりだったのか。

 リゼの父親の真意に気付き、有宇の中で、先程まで前向きに考えようとしていた気持ちが失せていく。しかし、すぐにその考えを改めた。

 しかし待てよ、でも軍人になるっていっても要は自衛隊に入るってことだろ?いくら軍人といえども何も今の法律的に戦地に駆り出されるわけじゃない。

 法律はよく知らんからあれだが、確か憲法九条とかどうとかで、自衛隊は戦闘行為はできない筈だ。仮に戦地に赴くにしても炊き出しとかその程度で、命かけて戦ったりはしないだろ。

 それでも命の危険が伴わないわけじゃないが、数年後にこの屋敷のすべてを手に入れることができるというのなら、訓練ぐらい、少しは我慢してもいいのかもしれない。何事もリスクはあるものだ。

 何年かしてリゼと結婚できれば金持ちになれるわけだし、これも一つの試練と思って……。

 そう思い直し始めたとき、リゼの父親が再びこう付け足した。

 

「あと当然だが婿だからといって容赦する気はない。一通り訓練が済んだら戦地にも送り出すつもりだ」

 

「は……?いや、そんなことできないだろ!憲法九条とかなんとかで自衛隊は国の自衛以外で戦ったりできないはずだ!僕でもそれぐらい知ってるぞ!」

 

「なんだ知らんのか。駆けつけ警護といって、国連やPKOが他国の武装集団に襲われた場合、自衛隊も武器を行使して戦い、これに応戦することができる。他にも宿営地の警護など、今の日本は自衛隊とて武器を持って戦うことができるしな。戦うリスクなくして軍人になれるはずがないだろ」

 

 マジか……。

 じゃあ何か?下手したら死ぬ可能性があるってことか?冗談じゃない!死んだら元も子もないじゃないか!

 しかも僕なんか運動神経だって常人並だ。悪くはないと思うが、かといって優れてるわけじゃない。そんな僕が軍隊なんか入って、ちょっとやそっと訓練を積んだだけで生きていけるはずがない!

 

「で、貴様、さっき話を受けると言ったよな?」

 

 聞いてたのかよ。クソッ、ふざけやがって……!

 

「バカバカしい、なんで命かけて戦場なんか行かなきゃならないんだ!そんな話無しだ!」

 

「ほう……そうか、ならただで返すわけにはいかないな……」

 

 すると背後の扉に黒服達がいつの間にか立っていた。

 クソッ、最初から僕に選択肢なんかなかったってことか。

 

「まさかリゼを傷つけておいてただで帰れると思ってたのか。婿になる気がないならいいだろう──ならその責任、命を持って償え」

 

 リゼの父親が銃を取り出した。

 

「本物……じゃないよな?」

 

「偽物を出す必要がどこにある」

 

 マジで僕を殺すつもりなのか!?まさか……本当に本物の銃だっていうのか?

 そんなことで人を殺すのかとか、人を殺してただで済むと思っているのかとか、色々言いたいことはあったが、今の有宇にそれを口にする余裕はなかった。

 本当に殺される!?もはや能力を出し惜しみをしてる状況じゃない!?

 有宇はこの危機を脱するために、自らの持つ他人に乗り移る特殊能力を発動する。そして早速その力でリゼの父親乗り移ろうとする。しかし……。

 

(乗り移れない……だとッ!?)

 

 何故か能力を使ったにも関わらず、リゼの父親には乗り移ることが出来なかった。

 なんで!?どうして!?

 ていうかまずい、このままじゃマジで殺される!?

 

「死ね」

 

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 

 もう駄目だ……そう思った時だった。

 

 バタン!

 

「親父!有宇がここに来たって聞いたぞ!」

 

 そう言って勢い良くリゼが部屋に入ってきた。

 リゼの眼前には必死の形相の有宇と、有宇に銃口を向ける父親の姿があった。

 

「何やってるんだ親父!?おい有宇大丈夫か!?おい有宇!?」

 

 この時、既に有宇はあまりの恐怖に失神していた。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「……ん、ここは」

 

 目覚めるとベッドの上にいた。

 辺りを見回すと中々に広い部屋のようだ。そしてベッドのすぐ近くには眼帯をつけた兎の人形がある。

 なんとなく、有宇は起き上がりそのぬいぐるみを手にとる。よく見てみると、なんか既視感がある。

 このぬいぐるみ、なんか似たようなのどっかで見たことあるような?いや、それよりもなんだここは?ていうか僕はなにをして……。

 

『ならその責任、命を持って償え』

 

 そうだ、僕はあの時リゼの父親に殺され……いや、こうして生きてるということはとりあえず助かったのか?

 すると、この部屋のドアが開いて誰かが部屋に入ってきた。驚いてそちらの方を見ると、そこにはリゼが立っていた。

 

「お、目が冷めたか……って、なんでワイルドギースなんか持ってるんだ?」

 

「ワイルドギース……?」

 

「そのぬいぐるみの名前だ」

 

「あ、ああ。えっといや、その……どっかで見たことあるような気がして」

 

「あぁ、チノの部屋に片割れがいるから多分それだろ。昔チノにあげたんだ」

 

「そ、そうか」

 

「それよりコーヒー淹れてきたんだ。お前も飲むか?」

 

「え?あ、あぁ」

 

 先程までの非現実な状況から、穏やかないつもの日常に戻ったそのギャップについてこれないのか、有宇は少し呆けた様子であった。そして有宇は人形をベッドに置き、リゼからカップを受け取る。そこでお互いソファーに座りコーヒーで一息入れる。

 それから少し落ち着いてきたのか、ここに来た目的を思い出して、有宇は傍らに置いてあったパンの入った紙袋をリゼに差し出す。

 

「そうだ、これ昨日のパン。詫びも兼ねて持ってきてやったぞ」

 

「あぁ、ありがとう。折角だから今一緒に食べちゃうか」

 

 そう言うとリゼはパンの袋を持って部屋から出ていき、数分後、皿にパンを乗せて持ってきた。

 それをテーブルに置くと、リゼが口を開く。

 

「悪かったな、親父が色々と」

 

「全くだ。危うく殺されるところだったぞ」

 

 ていうか流石に今回は死を覚悟した。

 能力を使えばなんとかなると思っていただけに、流石に今回はもう駄目かと思った。

 

「私もまさか親父があんなこと考えてただなんて思わなかったよ。本当にすまない……」

 

 どうやらリゼに内密にやろうとしていたようだな。いや、そもそもあんな話リゼが望むわけもないか。

 

「別に謝らんでいい、お前が悪いわけでもないし。それに謝られたところで僕には何の特もないしな」

 

「そう言ってもらえると助かる。親父のやつ、結構前から自分の跡を継ぐ人材を探してたみたいだからさ」

 

 あぁ、その話自体はリゼも知ってたのか。

 

「そんなもん自分の部下から選べばいいじゃないか。こっちはいい迷惑だ」

 

 わざわざ他所から引っ張って来なくても、自分の屈強な部下達がいるだろうに。それに自分の隊を継ぐ人間が欲しいだけなら、別にリゼと結婚させて息子にする必要だってないはずだ。

 

「私もそう思ったんだけど、親父的にはもっと若い男がいいみたいでな。でも軍人って職業なだけあって中々なろうとしてくれる人がいなくて……それで今回お前に白羽の矢がたってしまったらしい。家族と縁を切ったお前だったら扱いやすいってさ。それでうちの資産をちらつかせて、部隊を任せられるぐらいの軍人にお前を仕立て上げようとしたみたいだ」

 

 あの眼帯クソ親父め……舐めた真似しやがって。まぁ、引っかかった僕も僕だが。ていうか、大体よぉ……。

 そして有宇は思っていたことをリゼに聞く。

 

「ていうかそもそもお前が継げばそれで話は解決するんじゃないのか?お前だっていつも武器持ってたりして、結構そういうの好きなんじゃないのか?お前の父親は反対してるみたいだが、お前がなりたいっていえばわかってくれるんじゃないのか?」

 

 そう、そもそもリゼが親父の後を継ぐのが一番平和的にこの問題を解決できる。別に女だからって軍人になれないわけじゃないだろ?ならリゼがなればいいじゃないか。

 リゼだってミリタリー趣味があるんだし、軍人になることにだってそう抵抗はないんじゃないか?親父の方はリゼには軍人になって欲しくはないようだが、リゼの方がなりたいといえばそもそもの利害も一致するし、悪いことではないと思うのだが。

 有宇がそう言うと、リゼは何やら言い難そうに、モジモジした様子を見せる。

 

「ああ……うん、確かに銃とかそういうのは好きだけど……他になりたい職業があるんだ」

 

 どこか自信なさげに言う。

 

「何になりたいんだ?」

 

「……言ってもいいけど……笑うなよ?」

 

「あ、あぁ」

 

 なんだ?何になりたいんだこいつ。

 そんななるのが恥ずかしい職業になるつもりなのか?それともあれか、お嫁さん、とか痛いことでも言うつもりか?

 そして少し間を開けてからリゼはボソッと言う。

 

「……の先生」

 

「え?」

 

「小学校の先生だ!!おかしいか!?」

 

「いや、もっとヤバイやつかと思った」

 

「ヤバいやつってなんだよ!?」

 

「もういい!」と言うと、茶化されたと思ったのか、リゼは不機嫌そうにプイッと顔を反らした。

 

「怒んなよ。別に合ってるんじゃないか?小学校の先生。向いてると思うぞ」

 

「……本当にそう思うか?」

 

「銃の携帯とかはともかく、周りを統率する力はあると思うし、いいんじゃないか?」

 

 実際これまで何回かこいつらと働いてきたが、その中でリゼは周りより年上ということもあるのか、チノとココアをよく引っ張っていたというのがわかる仕事振りだった。

 他にもココア達からも今まであったことは色々聞いてるし、その情報を含めても、指導者という立場になる教師という職業はリゼに向いてると思う。最も軍人の方が向いてるとは思うが、それは言わないでおこう。

 するとリゼは安堵の表情を浮かべる。

 

「そうか……向いてるか。お前は人に気を使うやつでもないし、素直にそう言ってもらえるとこっちも自信がつくな。ありがとな有宇」

 

「人を褒めるか貶すかどっちかにしろ」

 

 まったく……好き勝手言いやがって。ていうかそうだ、肝心なこと聞き忘れてた。

 

「ていうかお前、なんで昨日いきなり逃げたりしたんだよ。たかが胸を触られたぐらいで」

 

「なっ……!? お、お前にとってはたかがと思うかも知れないけど、私は物凄く恥ずかしかったんだぞ!!」

 

 昨日のことを思い出したのか、リゼの顔はまた赤くなっていく。

 

「それに男にむ……胸を触られるなんてことなかったし……それでパニックになって……」

 

 言ってるそばからまたパニックになりそうなぐらい動揺しているのが見て取れる。

 こいつがそんなに乙女な奴だったとは。チノの言う通りだったな。流石になんか悪いことした気がしてくるし、軽く謝っておくか。

 

「あぁわかった、悪かったよ。でも怒るならココアの方にしてくれよ。元々あいつが元凶なんだし」

 

「それぐらいわかってる!というよりわざとやってたらお前を蜂の巣にしてやるところだ」

 

「怖えよ!」

 

 全く、親子揃って物騒な奴等め。

 にしてもこいつも乙女なとこあったんだな。この前のことといい、このベッドの上の人形もそうだが、なんだかんだで本人が思ってる以上に女らしいところはあるじゃないか。

 ん?そういやここってこいつの部屋だよな。こいつの好きなあれが見当たらないが……。

 

「そういえばこの部屋には銃とかはないんだな」

 

 そう、こいつといえば銃だ。それがこの部屋には一つもない。なんか女らしい部屋過ぎて、らしくないよな。

 するとリゼは嬉しそうに答える。

 

「ん?あぁそれか。別の部屋にコレクションルームがあるんだ。見たいなら見せてやるぞ」

 

 リゼは目をキラキラさせながら言う。

 

「ああいや、いい。気になっただけだ」

 

 そう答えると「そうか……」とリゼは残念そうに言う。見せたかったんだろうか……。でも流石に今日はもう銃は懲り懲りだ。

 にしても流石金持ちだな。コレクションルームなんてもん持ってるのか。いや、まぁこれだけ広い家だったらそれぐらいあってもおかしくないか。

 そして有宇は、コーヒーを一気に飲み干すと立ち上がる。

 

「さて、そろそろ僕は帰るよ。いつまでもここにいたら殺されそうだしな」

 

「もう大丈夫だって言ったろ。それより有宇、これから暇か?」

 

 リゼがそんなことを聞いてくる。

 

「特に用事はないけど……それがどうした?」

 

「ならこれから一緒に出かけないか?私も暇でさ」

 

「暇ってお前受験生だろ。勉強しなくていいのか」

 

「息抜きも大事だろ。それよりどうだ?」

 

 久しぶりに家でゆっくりしようかと思ったけど、特別やることもないしな。

 かといってココアみたいにあちこち振り回したりはしないだろうけど、歩き回ったりするのはどの道疲れるし、面倒だし断るか。

 

「いや、えん……」

 

 遠慮すると答えようと思ったが、ドアの先に誰かの視線を感じた。

 まさか……見張られてるのか?

 そう思うと、有宇は再び先程の応接間での出来事を思い出し戦慄する。

 僕を跡取りにするのは恐らくリゼに言われて諦めたのだろうが、まだ昨日の僕がやったことが許されたわけじゃないのか?恐らくまた僕がリゼに対して何かやろうものなら、今度は跡取りだなんだの話無しでいきなり問答無用で殺しにかかる……ってことなのか?

 どうやらまだこの家にいる間は、リゼに対しては従順でいた方が良さそうだな……。

 そう考えると、有宇はリゼの誘いを受けることにする。

 

「……そうだな。僕も暇だし別に構わないぞ」

 

「そうか、じゃあちょっと着替えるから部屋の外で待っててくれ」

 

 そう言われたので、有宇は部屋の外に出る。出た後辺りを見回してみたが誰もいない。

 気のせいか。いや、だが油断禁物だ。隠れてどこからか見張っているのかもしれない。奴等はプロだろうしな。油断できない。

 もしかしたら外に出てからも見張られる可能性がある。外に出てからも、下手なことはしないようにしよう……。

 こうして有宇とリゼのドキドキ?デートが始まろうとしていた。


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