幸せになる番(ごちうさ×Charlotte) 作:森永文太郎
朝、いつものように二階のキッチンで朝食をココアとチノの二人と取る。
こいつらが飯を食い終わったら洗い物をして、洗濯物を干して開店準備をしなくちゃといつものように頭を巡らしていると、下からドアにかけられた鈴の音がした。
まだ開店時間には早いが誰か来たのだろうか。
すると下から階段を上がる音がして、姿を見せたのは千夜だった。
「千夜ちゃん!?どうしたのこんな朝早くに」
ココアがいち早く反応する。
流石親友を名乗るだけある。
「ゼイゼイ……シャ……シャロちゃんが大変なの」
「「「え?」」」
「……それで、シャロが体調崩して倒れてるってわけか」
「ええ、そうなの。シャロちゃん、バイトと試験勉強どっちも頑張ってたから無理が出たみたいで……」
確かに昨日も少し咳してたしな……夏風邪でも引いたか?
ていうかシャロって今までもバイトと試験勉強を両立出来ていたんだよな……だとするとこれって僕のせいだったりするのか?
バイト終わった後は僕に勉強を教えて、さらにその後は自分の勉強もやってたんだろうし、それで睡眠時間が削れて無理が祟ったのかもしれない。
自分の勉強も怠る気はないとか言ってたし間違いないだろう。
向こうからの提案であったとはいえ、シャロには悪いことしたな……。
そして千夜が申し訳なさそうに言う。
「それでね有宇くん、悪いんだけどシャロちゃんの看病お願いできるかしら?」
「え?」
「本当は私も学校休んで看病してあげたいんだけど、今日うちテストでしょ?だから流石に休むわけにはいかなくて……」
確かにココアと千夜の学校は今日から期末テストだ。
ていうかシャロのところも期末だよな確か。
まぁ病欠だし再テストとかはやらしてもらえるだろうけど……。
とにかくシャロの看病をやって欲しいとのことだ。
こっちとしても原因を作った責任もあるし引き受けたいが……。
「う〜ん、この前も勉強のためにシフトなくしてもらったばっかだしな……」
流石に二度も勝手に休みをもらっても大丈夫なのかどうか……。
「そういう事情なら行ってあげなさい」
するといつの間にかマスターがすぐそこにいた。
さっきまで下にいたはずなのにいつの間に……。
「えっと……いいんですか?」
「あぁ、病人が一人きりというのは放っておけないしね。店は私がやっておくから遠慮しないで行ってきたまえ」
「わ、わかりました」
了解を得るまでもなく、マスターの方から先に了承されるとは……。
取り敢えずこれでシャロの看病には行けることになった。
「ということだから千夜、シャロの看病は任せろ」
「ありがとう!あ、そうそう、これ」
そう言うと千夜は紙袋を渡してくる。
「これは?」
「アイスとか風邪薬とかが入ってるわ。シャロちゃんに渡してあげて」
「あぁ、わかった」
こうして仕事は急遽休みとなり、シャロの看病に行くこととなった。
ココア達が家を出た後、有宇もラビットハウスを出た。
歩いていくと時間がかかるので、ココアから自転車を借りた。
借りたといっても鍵は挿しっぱなしなので勝手に使うこともできるが、まぁそこは最低限のマナーということで。
どうでもいいが、この自転車の名前は、色がティラノピンクだから略してティッピーなのだという。
無理矢理すぎるだろと思ったが、どんな名前をつけようが持ち主の自由なので特にはツッコまないでおいた。
シャロの家に行くまでの道中、千夜が用意したもの以外にも看病に使えそうなものを買っておいたりしながら無事シャロの家に着いた。
しかし何度見ても千夜の家の物置にしか見えない場所である。
そして千夜から鍵は渡されているが、一応ドアをノックして声をかける。
「おーいシャロ、看病しに来てやったぞ」
しかし特に返事は返ってこない。
寝ているのだろうか?
仕方ないので鍵を開けて中に入った───
今なんかドアがノックされたような……あとなんか外で声が聞こえたような……。
ベッドで寝ていたら家の戸が叩かれたような音がして目を覚す。
気のせいよね……千夜には看病はいいからって言っておいたから来るわけないし……。
すると鍵がガチャっと開く音がなる。
うそっ、誰か入ってくる……!?
まさかうちに泥棒が入ってくるなんて……なにも熱の時に来なくたって……。
やだやだ、来ないでよ。
大体うちに盗めるものなんかないのに!
そしてガチャリとドアが開いた。
やばい……襲われる!
シャロは咄嗟に悲鳴を上げた。
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁぁぁ!?……っていきなりデカい声出すなよ!!びっくりしただろうが!!」
「……え、有宇?」
家に入ってきたのは泥棒などではなく、ラビットハウスで居候している有宇だった。
「……つまりあんたは千夜に言われて看病しに来たってこと?」
シャロは有宇がここに来た事情を聞いた。
「ああ、そうだよ」
「なんで?ていうか鍵は?」
「鍵は千夜から借りた。理由は……まぁ元々体調崩したのも僕のせいだし罪滅ぼしに来たってわけだ。でもまさかこの僕を変態扱いするとはな」
有宇はしっかりと先程のシャロの態度を根に持っていた。
「し……仕方ないじゃない。声聞こえなかったし……」
恥ずかしそうにシャロがそう言うと、有宇は「はぁ」とため息を吐いた。
ひとまず機嫌を直したようで、調子はどうか聞いてきた。
「それで、具合はどうだ?あとなんか食べたか?」
「熱と咳はあるけど特にこれと言って他には……。ご飯は食欲ないから食べてない」
「そうか、今は大丈夫か?なんならなんか作るが……」
「いい、本当に食欲ないから」
「そうか、取り敢えず冷蔵庫にプリンとかウ○ダーゼリーとか入れておくから食いたくなったら食べてくれ。これぐらいなら食べられるだろうし。あと冷凍庫にアイスも入れておくから。」
そう言うと冷蔵庫を開けて、袋かぶプリンやらアイスやら色々入れていく。
「なにそれ、あんたが買ってきたの?」
「いや、千夜が買ってきたやつ。アイスとかなら冷たくて食欲なくても食えるだろうからって」
「そう……」
千夜のやつ……そんなにお節介かかなくてもいいのに……。
でもまぁ助かるっちゃ助かるけど……。
「ついでに冷蔵庫に冷えピタも入れてあるから」
「ええ、わかったわ」
するとシャロは千夜から預かったという紙袋の他にももう一つ袋があるのを見つける。
袋からはネギがはみ出している。
「それも千夜が?」
「これは僕が途中で買ってきたやつだ。飯作れるように一応な」
ネギを使った食べ物ね……風邪の時って普通お粥だけどネギなんか使うかしら?
「それじゃあ携帯近くに置いとけよ。なんかあったら携帯鳴らしてくれ。僕は奥の部屋にいるから」
「ええ……って近くにいてくれないの!?」
「いや、僕がいたら寝にくいと思ったから。いて欲しいならいるけど」
どうやら有宇なりに気を使ってくれたらしい。
確かに男の子と二人きりになるのは流石にちょっとあれだし……。
でもいつも千夜は側にいてくれたので、千夜との看病の違いに驚いたのだ。
「え!?いやその……別にいい」
「わかった。それじゃ」
そう言って有宇は部屋から出て行った。
有宇が出ていくと部屋は再び静まり返る。
シャロは再び布団をかぶり直してボソリと呟く。
「別に寂しくなんてないんだから……」
シャロの部屋を出た有宇は奥の部屋に入る。
奥の部屋は倉庫みたいなものなのか色々な物が置いてある。
窓際にはシャロが育てていると思われてるハーブティーの生えた鉢植えも置いてある。
そして有宇はもう使われてないと思われる学習机の椅子に座って本を読み始めた。
わざわざ仕事を休んでまで来た割には暇なものである。
まぁ、ちょっとした休暇と思えばいいか。
それからしばらく経った。
目が疲れて本から目を離すと、ハーブティーの植えてある棚の側に何かがいるのが目に入った。
なんだ?ネズミにしてはデカイような……。
よく見えないので棚の側を覗き込む。
するとそこにいたのは
「うさぎ?なんでこんなところに……」
いや、でも確か家の前にダンボールで出来た犬小屋みたいなのがあったけど、あれってもしかしてこいつの小屋たったのか?
シャロの奴、うさぎ嫌いとか言ってたくせに、なんでうさぎなんか飼ってるんだ?
しかしよく見るとうさぎが何か咥えている。
「なんだ……ってこれハーブか?こいつ……ほら、ペッと吐き出せ」
有宇はうさぎの頭を軽くペシペシと叩いて、うさぎが咥えたハーブティーを吐き出させる。
飼い主が丹精込めて作ったハーブを台無しにしやがって。
随分とまぁ恩知らずな奴だ。
するとうさぎから取り返したハーブから
「ん?なんだこれ。なんのハーブだ一体……」
鉢植えからハーブのなくなってるものを探す。
そして一つだけハーブの生えてない鉢植えを見つけた。
とうやらここから引っこ抜いたようだな……本に集中してて全く気が付かなかった。
えっとこのハーブの名前は……。
すると有宇は鉢植えに書かれていたハーブの名前を見て、ハッとした。
念の為部屋にあったハーブの辞典でそのハーブを調べた。
そして辞典で何かを確かめると、有宇は何かを思いついたのだった。
トントントン
まな板で何かを切るいい音がする。
それに何かいいにおいもするし……
少し目を開けるとキッチンに誰かが立っている。
「……お母さん……」
「悪いがお前の親じゃない。まして母親なんかじゃない」
その声を聞いてシャロはガバッと起き上がる。
キッチンに立ってるのはお母さんなどではなく、自分の看病に来た有宇だった。
「おはよう。と言ってももう一時過ぎだけどな」
時計を見ると、確かに一時を少し超えた辺りだ。
有宇が部屋から出て行った後、何も食べないのは流石にまずいと思い千夜が買ってきたウ○ダーゼリーを一つ飲んで、それからまたすぐ寝たのよね。
もうそんなに経ったんだと思いながら、そういえばと思い有宇に尋ねる。
「そういえば有宇、あんたなに作ってるの?」
「昼飯、流石に何も食べないんじゃまずいから何か食っとけ。僕もお腹空いたし」
「いや、お昼ご飯なのは言われなくてもなんとなくわかるから。そうじゃなくて何を作ってるのって聞いてるの」
「うるせぇな……いいから待ってろ、すぐできるから」
有宇にそう言われ、流石に作ってもらってる立場なので、仕方なくシャロは席について黙りこんだ。
それからしばらくして料理ができ、有宇がお盆に乗せて持ってきた。
「待たせたな」
そう言って有宇はシャロの前に黒いつゆが入った透明なそばちょこと、擦り落とした生姜と千切りされたみょうが、小口切りされたネギ、鴨肉を乗せた薬味皿を置いた。
そしてちゃぶ台の真ん中に、いくつもの巻かれたそうめんが乗った大皿を置いた。
「なんでそうめん?」
「今日は何の日だ」
「今日……?あ、七夕!」
「あぁ、七夕といえばそうめんだからな。そうめんは風邪にもいいし、七夕に備えて昨日から出汁も作っておいたから丁度いいと思ってな」
「わざわざ出汁持ってきたの?」
「あぁ」
じゃあ有宇が持ってきた袋に入ってたのってそうめんの材料だったのね。
ていうかこいつ、いつの間にか女子力上がってない!?
シャロがそんなことを思っていると、有宇が考え込むシャロに言う。
「そういえば七夕といえば彦星と織姫だが、夏風邪引いた織姫様は愛しの彦星様には会えなくて残念だな」
「別にそんなこと思ってないわよ!!」
まったくもう、千夜みたいなからかい方して。
そりゃリゼ先輩が来てくれたらいいけど……でも風邪移したりしたら申し訳ないし……。
「冗談だ。ま、それだけ元気があれば問題ないな」
こいつ……冗談なんか言うキャラだったっけ?
「因みに織姫と彦星の星座であるベガもアルタイルも七夕の日は見れないんだけどな」
「そう聞くとロマンもへったくれもないわね……ていうか詳しいわね。星好きなの?」
「別に……星が好きな奴が身近にいただけさ」
「?そう……」
そういう友達でもいたのかしら。
でもこいつ友達位なさそうだし……。
「そうそう、飲み物も作ったんだ」
そう言うと有宇は席を立ち、冷蔵庫から何かを取り出し、それを氷を入れた透明なグラスに注いで入れて持ってきた。
有宇の差し出したグラスからはレモンのいい香りがした。
シャロにはそれが何なのかすぐにわかった。
「この匂い……もしかしてレモンマートル?」
「あぁ、水につけて置いといた。水出しハーブだ。ハーブはお前のうさぎが引っこ抜いたやつを拝借した。捨てるのは勿体無いと思って。あ、勿論ちゃんと洗ってから使ったぞ」
「ワイルドギース……食事調達は各自でって言ったじゃない」
シャロはワイルドギースにハーブを抜かれた事を嘆いていた。
「うさぎにそれを言ってもわからんだろ……。ていうかなんでうさぎなんか飼ってるんだ?うさぎ嫌いじゃなかったか?」
「うん……今でも苦手だけど、リゼ先輩に進められたから……」
「あぁ……」
有宇はその一言だけで納得した。
そして実に説得力があるとも思った。
しかし「でも……」と有宇は付け加える。
「レモンマートルってお前の部屋にあったハーブティー辞典で調べたら風邪にいいらしいな」
「それが何なのよ……」
「偶然だろうが案外飼い主のために取ってきてくれたのかもしれないぞ。ハーブを取り上げた時も、特に取り返してこようとしなかったしな」
「えっ……」
有宇にそう言われ考える。
確かに最近はそんなにハーブを抜くこともなくなったし、それにいつも欲しいものを取り上げるとすぐに取り返してくるし……まさか本当に?
するとひょこっとワイルドギースが奥から姿を表す。
「ワイルドギース……」
ワイルドギースは特に何か鳴くわけでもなく、じっとシャロを見つめている。
「い、一応お礼を言っておくわ、ありがとう。……あとで少しだけ人参あげる、少しだけね」
するとうさぎはそのまま奥へ引っ込んでしまった。
「愛嬌のないうさぎだな、取り敢えずさっさと食べるか。腹減って仕方ない」
「そうね、それじゃあいただきます」
そしてワイルドギースの見せた優しさ?を感じながら、有宇の作った昼食を食べた。
「ご馳走様、美味しかったわ」
「あぁ、僕が作ったんだ。当然だ」
「本当ナルシストなんだから……」
まぁ本当にあっさりしてて美味しかったけど……。
麺と野菜の他に鴨肉もあったのは、おそらくそうめんの栄養素で欠けるタンパク質を補うためだと思う。
栄養のことをしっかりと考えてあって、とてもいい出来だったわ。
しかも麺を巻いておいてあったため、食べれる量を調節出来るようになっていたのもよかった。
「でもダメ出しするわけじゃないけど、レモンマートルは酸味が強いから他のハーブティーと合わせた方が美味しくなるわ」
「ハーブティーはそんなに詳しくないし仕方ないだろ。まぁ今後の参考にさせてもらおう」
てっきりもっと不平を言うかと思ったのに、案外素直に受け止めるのね……。
「さて、それじゃデザートもどうだ」
「デザート?」
すると有宇は冷凍庫からアイスを取り出した。
「あぁ、アイスね」
てっきりまた何か作るのかと思った……。
すると有宇は更に冷蔵庫からも何か黄色いものが入った瓶を取り出した。
そして有宇はそれを混ぜ始め、混ぜ終わるとアイスをガラス製のサンデーカップに移して瓶の中の液体をスプーンですくって少しかける。
その後瓶の中からスライスされたレモンとミントの葉を乗せる。
「ほら」
そう言って有宇はアイスをシャロに手渡す。
「えっと……これは?」
「レモンのはちみつ漬けのシロップをかけたんだ。といってもお前が寝てから漬け始めたから三、四時間程しか漬けてないけどな。でもこれでも十分上手いと思うぞ」
「そうじゃなくてなんでわざわざこれを?」
「レモンのはちみつ漬けって風邪にいいだろ。だから飲み物にして出そうと思ってさ。けどハーブティー作っちゃったからどうしようと思って。それで材料勿体無いからアイスの時にでも出そうと思ったんだ。あ、まだ瓶に全然余ってから食べたいときに食べてくれ」
「そ……そう、わかったわ」
こいつ、こんなに気の回る奴だったかしら?
向こうだと確か家事仕事全部手伝ってるのよね……。
それで料理が出来るようになったのはわかるけど、でもわざわざこんな手間をかけるような真似をする奴ではなかったはず……。
いや、でも向こうにはチノちゃんがいるとはいえ、ココアもいるものね。
きっとココアに振り回される内に、色々と気を使うようになったのかもしれないわ。
なんにせよこいつ、一ヶ月で変わりすぎでしょ……。
その時シャロはふと半月前にリゼに作ってもらったアイスカフェモカを作ってもらった時のことを思い出す。
あぁ……でもそうね、元々こういう奴だったかもしれないわね。
「どうした、食べないのか?食べないなら僕がもらうけど」
「ううん、大丈夫。頂くわ」
そして二人はアイスに口をつける。
アイスとよく合っていてこれも美味しかった。
有宇はなんか塩ふって食べていたけど……。
有宇曰く「アイスは塩ふって食べると美味い」とのことだ。
有宇なりの食のこだわりがあるみたいね……。
アイスを食べ終わると有宇は皿洗いをし始めた。
いつもラビットハウスでやってる為、そういうのが言われなくても身についてしまった。
家事仕事は別にやれと言われたわけじゃない。
いや、勿論居候身分であることも理由の一つではあるけど。
最初は料理を覚えるために料理の手伝いをした。
そこから少しずつ他の家事も手伝ってるうちに、言われる前にやった方が早いと思い始め、いつの間にかラビットハウスの家事のほぼ全般を担当するようになっていた。
皿洗いを終えると、ちゃぶ台ところで座り込む。
するとシャロが声をかけてくる。
「ねぇ、あんた以前目標がないとか言ってたじゃない」
「何だ突然」
確かにシャロとの勉強会の時にそんなことも洩らしたかもしれないが、それがなんだというのだ?
「あんたさ、料理とか結構向いてるんじゃない?そういう方面に進めば?」
「料理?僕が?はっ、僕のやってるのなんかちょっとした家庭料理レベルだ。仕事に出来る程のもんじゃない」
「そりゃプロの料理人とかは難しいだろうけど。でも栄養士とかはどう?今日のそうめんだって私の体調をよく考えて作ってあるなって思ったし」
「栄養士ね……。ふん、僕にそんな仕事向いてないさ」
「じゃあ喫茶店はどう?ラビットハウスでそれなりにノウハウを学んだんじゃない」
「バイトはバイトだ。別にやりたくてやってるわけじゃないし、これからやろうとも思わん」
「じゃあ逆に聞くけど、あんたには何が向いてるの?」
「そりゃ……」
あれ、僕には何が向いてるんだ?
ここに来る前まではカンニングで有名大に入って大企業にでも就職してやるつもりだった。
それが完璧な自分に相応しいのだと思いこんでいたからだ。
でも今は?
今の僕はエリートでも何でもない。
なら、今の僕には何が向いてるんだ?
戸惑う有宇の様子を見て、シャロが申し訳なさそうに言う。
「変なこと言っちゃったわね……。ごめんなさい、今のは忘れて」
「あ、あぁ……」
二人の間に微妙な雰囲気が流れる。
なんか気まずいな……。
気まずさにそわそわしながら辺りをキョロキョロすると、アルバムらしきものを発見する。
話を変えるのに丁度いいか。
「なぁシャロ、あれ見ていいか」
「あれ?あぁ、アルバムね。別にいいわよ」
シャロの許可が下りると、アルバムを早速開いた。
アルバムには幼いシャロの写真がいくつかある。
その殆どが千夜と一緒の写真だ。
「本当千夜と仲いいな」
「そうね、家も隣だから昔からよく一緒にいたし……まぁ、振り回されることの方が多いけど」
あぁ、そういえばよくイジられてるよなこいつ。
しかも今はココアもいるし、振り回す奴が増えて苦労してるだろうな……。
「でも……」とシャロは続ける。
「なんだかんだいつも一番に助けてくれるし……その……感謝もしてるわ」
それを聞いて、今朝ラビットハウスに駆け込んできた時の千夜を思い出す。
シャロのために、体力もないくせして片道30分の道をアイスとかが入った袋を持って必死に走って来たんだよな……。
多分いつもシャロに何かあった時、一番にああやって千夜が助けてくれたに違いない。
「僕には幼なじみなんかいないからよくわからんが……でもいい友達だな」
「そうね……うん、千夜は大事な友達よ」
友達のいない有宇には、友人関係というのはよくわからない。
けど、この二人がいい関係なのは言われなくてもわかった。
そしてページをめくっていくと、ある写真が目に入る。
それはシャロとシャロの両親が写っている写真だ。
そういえばシャロの両親って今どうしてるんだ?と疑問に思った。
家族なら一緒に暮らすのが普通だ。
最も僕のようにそうでない家庭も一部あるわけだが……。
それをシャロに聞いていいのかどうか迷ってると、シャロがアルバムをのぞき込んでくる。
「なにをそんな注視してるのよ」
「あ……」
そして有宇が家族写真を見ていたことにシャロも気づいた。
だが特に暗い表情を浮かべたりとかの反応はしなかった。
「あぁ、お父さんとお母さんの写真ね」
「えっと……それって聞いたりしても……」
「別に大したことじゃないわ。単に出稼ぎに出てるだけよ」
「出稼ぎ?」
「そう、ほらこの辺って田舎でしょ?だから仕事がこの辺ってあんまないの。だから二人とも街の外で働いてるってわけ」
なんだ、てっきり死別したとかもっと重いものを考えていたのだが、変に気を使ったのがバカだった。
でも、だとするなら疑問が一つ残る。
「なら仕送りとか貰ってるんだろ?お前がそんな働く必要ないんじゃないか?」
今までは両親がいないから、シャロが自分の生活のために働いているのだと思っていたのだが、両親という経済的支えとなる人間がいるのに、何故こんな貧しい暮らしをしているのだろう。
「仕送りは家賃の分だけしか貰ってないわ。それ以外の生活費は自分で稼いでるの」
「家賃の分だけ?そんなに稼げてないとか?」
「それもなくはないけど、元々ここに残りたいっていうのは私のわがままだから」
「わがまま……?」
「ええ、元々両親と一緒に街の郊外に住むはずだったんだけど、私この街のこと案外気に入ってるの。だからわがまま言ってこの街に残らせてもらったの」
街のことを気に入ってる……か。
普段察しの悪い有宇でもわかった。本当はそれが理由じゃないことを。
この街に限らず、ここら一体はそんなに景色が変わるものじゃない。
少し遠くに移り住む程度であれば景色や街並みもそんな大差はないはずだ。
何よりそんな街への拘りを、両親と住むことより優先するとは考えづらい。
ならその本当の理由とは、やはり千夜なのだろう。
千夜と離れたくないから、友達と離れたくないから……おそらくそれが本当の理由に違いない。
現に普段の生活でも風呂を千夜の家で借りたりと、千夜の家の援助を受けている。
シャロがひとり暮らしをする際、もしかしたら千夜の家の口添えがあったのかもしれない。
「……何よ、急に静かになっちゃって」
「いや、何でもない」
全てお見通しとでも言うようにニヤッと笑ってみせる。
「本当に何よもう!ニヤニヤして気持ち悪いわね……」
有宇は敢えて口を挟まなかった。
二人の友情に口を挟む程野暮な男では無いからな……。
しかしそうなると結局こいつは経済的理由もあるっちゃあるが、進んで貧乏やってるってことになるのか。
そして興味本位で聞いてみる。
「なぁ」
「何よ」
「……止めたいとか思わなかったのか?」
「どうしたの急に?」
「だって毎日バイトなんかして大変だろ。おまけに特待生として勉強も疎かにできない。投げ出したいって思わないのか?」
僕だったら堪らず投げ出してしまいそうだ。
勉強だけでもいっぱいいっぱいになりそうなのに、その上生活費も稼がなきゃならないなんて、たまったもんじゃない。
だがシャロは毅然としてはっきりと言う。
「思わないわ。だって自分のやりたいことやれてるんだもん。勿論生活は苦しいし、辛いときもあるけど自分の選んだことだから。だから後悔なんてないわ」
シャロのその言葉は、有宇とって衝撃的だった。
有宇の家もまたそんなに裕福ではなく、多少の違いはあれどシャロの境遇とどことなく近しいものだった。
いや、僕は学費と生活費を援助して貰えていたから、シャロの方が過酷な状況であるともいえる。
それにも関わらず、有宇といえば努力を怠り、不正を働き、援助してもらった学費をドブに捨てた挙句家出……。
対するシャロは努力して優秀な成績を収めて優良校の特待生に選ばれ学費を免除され、更に生活費も自分で稼いで暮らしている。
有宇はシャロの言葉を聞いて自分が恥ずかしかったのだ。
なぜ自分は努力をしようとしなかったのか。
なぜ自分はシャロみたいになれなかったのだろうか……と。
「どうしたの?急に黙りこんじゃって」
シャロが急に黙りこんだ有宇に心配そうに声をかける。
「……お前はすごいな」
「はぁ!?なによ急に!あんたいきなりどうしたの!?私の熱でも移ったんじゃないの!?」
「僕は十分元気だ!!……ただ、僕はお前のようには出来ないから、少し羨ましく思えただけだ」
有宇が悄然とした声でそう言うとシャロが言う。
「それはそれでいいんじゃない」
「え?」
「誰だって出来ないことぐらいあるわよ。それこそ私だって出来ないことはあるしね。だからあんたは自分の出来ることをやればいいじゃない。それこそ出来ないことを出来るようにしたいと思うなら、それに熱を出すのもいいと思う。でも私が思うに、今のあんたに足りないのは、何か一つのことを成し遂げたいっていうやる気よ」
「やる気……」
そういえばココアにもそんなことを言われたっけか。
何か一つのことを成し遂げる……か。
「目標を
「余計なお世話だ!」
ったく、まるで人をナルシストのように言いやがって……。
でもそうか……目標か……。
有宇がそんな風に考えていると、いきなり背後にある玄関のドアが開いた。
何かと思って振り返ると、ココアと千夜がそこにいた。
「シャロちゃ〜ん、お見舞いに来たよ!」
「シャロちゃん、具合どう?」
「あんた達!ビックリするからノックぐらいしなさいよ!」
「ごめんごめん。あ、有宇くんやっほー」
「やっほーじゃねぇよ。四時間で終わりだろ?何やってたんだよ」
「えっとね、千夜ちゃんとお見舞いの品買ってきたの」
そう言いながらココアが袋から取り出したのはミニサイズの笹だった。
「短冊に願い事書いてこれに吊して元気出して貰おうと思って」
「あと他にも色々買ってきたわ」
そう言うと二人して袋の中の物を見せてくる。
本人達曰く笹につける飾りらしいが、こいつらクリスマスツリーと勘違いしてないか?
すると千夜が言う。
「そうそう有宇くん、今日はありがとね。シャロちゃんの看病してもらって」
「別に構わん。ま、ともかくこれで僕はお役御免だな。後は任せた」
そう言うと有宇は持ってたアルバムを棚にしまって立ち上がった。
「え〜まだ一緒にいようよ〜」
「店手伝わないといけないだろ。午前中休んだ分午後働かないと悪いし」
「そっか……」
そして荷物をまとめて玄関のドアを開ける。
「有宇!」
すると突然シャロが有宇を呼び止める。
「ん?なんだ、まだ何かあるのか?」
「その……今日はありがと。来てくれて助かったわ」
「あ、あぁ……」
シャロの素直な感謝の言葉に少しドキッとする。
いつも自分に対してツンケンした態度を取っているシャロに急に優しくされたからだろうか。
そして有宇はシャロの家を出た。
シャロの家からの帰り道、有宇はあることを考えていた。
自分は何をすべきなのかと。
シャロの話を聞いて、自分も何か頑張らなきゃいけないと焦りを感じていたからだ。
何か一つのことを成し遂げたいと思うこと……か。
そんなことを頭の中で巡らしていると、シャロに言われたことを思い出す。
『あんた料理とか結構向いてるんじゃない?そういう方面に進めば?』
『喫茶店はどう?』
喫茶店か……。
ラビットハウスで働き始めてから一ヶ月ぐらい経つが、確かにそれなりに充実感を得ては来ているが……。
『ひとまずのところでこういうのはどうだろう。この店を盛り上げてみるというのは』
マスターのあの謎の提案を思い出す。
ひとまず……ね。
そうだな、そんな重く考えなくてもいいのかもしれない。
いきなり人生の目標を決める必要はないよな。
取り敢えず……そう、取り敢えずの目標だ。
まだ模索していたっていいはずだ。
でもシャロの言ったとおり模索する努力を怠ってはならない。
だから取り敢えずの目標として、店を盛り上げてみるのもいいのかもしれない。
商売なんて今までやったことないし、僕に本当に店を盛り上げられることができるのかどうかはわからないが、きっとそこから得られるものがあるはずだ。
それこそ、本当に僕が飲食業に向いているかどうかだってわかるだろう。
そうだ……もうただ漫然と日々を過ごしていくのはやめにしよう。
この時有宇の中に、取り敢えずではあるが店を盛り上げるという目標が芽生えたのであった。
昨日はバレンタインでしたね。
私はアニメイトで「Dear My Sister イェ〜イ」と店員さんに言って恥と引き換えに手にいれたチョコを噛み締めるバレンタインでした。