幸せになる番(ごちうさ×Charlotte)   作:森永文太郎

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今回のお話はRewriteのネタバレが含まれる内容となってます。
予めご了承下さい。


第25話、疑心の芽生え

木組みの街、とある喫茶店にて────

 

「金を出せ!早くしろ!」

 

そう言ってナイフをレジの店員に突きつけているのは、おそらくまだ高校生ぐらいの少年だ。

マスクとサングラスで顔を隠してはいるが、声や雰囲気などからまだそこまでの年齢ではないだろう。

レジにいたバイトは慌ててレジから金を出し、そしてその間に奥にいた店主が強盗に入られていると警察に電話をかける。

そして金を受け取ると、少年は何もせずそのまま店を出た。

幸い誰も怪我することなく済んだ。

 

 

 

通報から十分程で警察が店にやって来た。

警察は早速店主に話を聞こうとするのだが、ここでおかしなことが起きる。

 

「強盗?うちが?いえ、普通に営業していましたが……何かの間違いでは?」

 

強盗に入られたはずの店主は強盗に入られた事実を一切記憶していなかった。

店主に限らず、ナイフを突きつけられたという店員も全く見に覚えがないのだと言う。

更に言えば、強盗が入った時に現場にいた客すら覚えてないのだという。

新手のいたずらかと思った警察は取り敢えずレジの中を確認するよう店主に言う。

店主は警察に言われた通りレジを確認した。

するとレジには金がなく、ようやく店主も強盗に入られた事実を認識する。

強盗事件は警察の言うとおり、確かにここで起きていたのだ。

しかしその事実を、当事者である彼らは何一つ覚えていなかった────

 

 

 

 

 

7月も中頃、ココア達はテスト返却も終わって終業式まで休みということもあって、みんなして午前中からバイトに励んでいた。

有宇はこの日は別にシフトを入れていたわけではないのだが、甘兎とのコラボや夏メニューの試作品を作るため、彼もまた皆と一緒に一階カウンターにいた。

 

「よし、出来た」

 

そう言う有宇の前には、甘兎コラボに乗じて出す新メニュー、抹茶ラテがある。

 

「お〜美味しそうだね〜」

 

「まさかうちで抹茶ラテなんか出す日が来るとはな」

 

「でも最近のカフェには結構あるみたいですし、いい機会かもしれませんね」

 

「じゃあ早速飲んでみよ〜」

 

そして各々が有宇が作った抹茶ラテを飲む。

するとすぐに皆静かにカップを置いた。

 

「うん、上手くできたな。流石は僕が手ずから作っただけあるな」

 

作った本人である有宇は満足気だが、皆は少し微妙な顔をしていた。

 

「どうしたんだお前ら。感動して声も出ないってか」

 

「有宇くん……これ……」

 

「はい、苦いです……」

 

「これ……もしかして抹茶とミルクだけか?」

 

「? そうだけど、それがどうした?」

 

有宇の作った抹茶ラテには、一切の甘味料が使用されておらず、抹茶の苦味が直で味わえる物であった。

 

「どうしてお砂糖とかシロップとか入れないの!?飲めなくはないけどこれじゃあ苦いよ〜!甘兎庵のはちゃんと甘かったのに……」

 

「僕はいつも砂糖抜きで頼んでるし。大体抹茶ラテなんてコーヒー程苦くもないし、そのままでも十分美味しいだろ。甘くしたきゃテーブルの角砂糖を自分の好みで入れればいいじゃないか」

 

有宇は甘い物が苦手だ。

和菓子は好きなようだが、それでも基本的に甘い物は口にしない。

そんな有宇だからこそ、甘い砂糖や、ス○バにあるようなシロップも何も入れなかったのだ。

 

「まぁ、確かにベ○ーチェとかタ○ーズとかの抹茶ラテも甘くないし、この抹茶ラテがだめというわけではないけどな。けど有宇、お前学生を対象にしたサービスとか言ってたのに、これだと若いお客さん呼べないんじゃないか?」

 

「はい、私もリゼさんの意見に賛成です」

 

「はいはーい、私も!」

 

「ぐぬぅ……」

 

確かにリゼの言うことはもっともだ。

若い客が行くカフェといえば、シアトル系の甘い飲み物の多いス○バとかだ。

だから学生にこの抹茶ラテが受けるかと言われればそうではない。

それに甘い物が苦手というのは僕個人の好みの問題であって、客を呼ぶための理由があるわけではない。

今回はリゼ達の意見が正しいと言えるだろう。

 

「……クソッ、仕方ないな」

 

渋々有宇は抹茶ラテを作り直した。

しばらくしてキッチンから出てきた。

 

「ほら、作り直してやったぞ」

 

そして皆の前にカップを置く。

 

「おお、なんかさっきと雰囲気違うね」

 

「これ何かけたんだ?」

 

「黄色いソースがかかってますね」

 

先程までと違い、ミルク上部分に黄色いソースがおしゃれな感じにかかっており、黄色いパウダーがかけられていた。

 

「きな粉のカラメルソースだ。粉はゼリーの時同様に追いきな粉したんだ。まぁ飲んでみてくれ」

 

「それじゃあいただきます……」

 

そして三人ともカップに口をつける。

 

「うん、今度は甘くて美味しい〜」

 

「あぁ、これなら大丈夫だな」

 

「はい。ですがお兄さん、甘味料はなにを使ったんですか?」

 

「黒糖を使ってみた。その方が和風の風味が出せると思ってな」

 

まぁ実際飲んでみた感じ、砂糖とそんな大差はないな。

でも話題作りにはなるだろうし別にいいだろう。こいつらからも好評みたいだし。

すると店のドアが開く。

 

「有宇にぃ来たよ〜」

 

「コンニチワ〜」

 

来たのは客ではなくマヤ&メグだった。

 

「お〜私の妹たち〜!」

 

マヤメグが来た瞬間、ココアが目を輝かせた。

 

「来たかガキども」

 

「へっへ〜、約束だもんね。なぁ〜メグ」

 

「「「約束?」」」

 

ココア達三人が首を傾げる。

そして有宇がわけを話す。

 

「ほら、例の暗号探しあっただろ。実は一人で探すとなかなか範囲が広くて見つけられなくてな。で、探してる途中でこいつらに会って手伝わせたんだ」

 

「それで手伝う代わりに、ここの新作スイーツ食べさせてくれるって約束したんだ〜」

 

「ウン、甘兎庵とのコラボメニューなんですよね。楽しみだな〜」

 

要は暗号探しを手伝わせる代わりに、例のコーヒー抹茶ゼリー(千夜曰く、緑と漆黒の間にそびえ立つ黄金の塔)を食べさせることを約束したのだ。

 

「ま、約束は約束だしな。ほら、もう準備出来てる。食え」

 

そう言うと、既にゼリーがカウンターに二人分用意されていた。

 

「いつの間に用意してたんだ!?」

 

有宇の早業にリゼが驚きの声を上げる。

するとマヤメグはカウンターに座り、早速ゼリーを食べる。

 

「オイシ〜!」

 

「本当美味しいね。これ有宇にぃ作ったの?」

 

「そうだ、どうだ凄いだろ!」

 

「ウン、スゴイ、スゴーイ」

 

めっちゃ棒読みでマヤが答える。

 

「このガキィ……」

 

有宇は軽く殺意を覚えた。

するとその時、ココアがいないことに気づいた。

 

「あれ、そういやココアは?」

 

すると丁度奥のキッチンから緑色のパンを乗せたトレイを持って、ココアがやって来た。

 

「みんな〜私の新作も食べてみて〜。ほら、マヤちゃんとメグちゃんも」

 

さっきから度々キッチンで何やってんだって思ってたけど、パンを焼いてたのか。

そういや甘兎コラボに合わせて抹茶のパン作りたいって、コラボが決まった後言ってきたっけか。

そしてトレーの上を見ると、パンは全部緑色をしているが、何種類かあるようだ。

そして皆、ココアの持つトレーの上にあるパンを取っていく。

 

「お、これ抹茶だな。うん、美味しい」

 

「ココアチャンオイシー!」

 

「この抹茶のラスクも美味い!」

 

「ココアさん、流石ですね」

 

するとココアは頭を掻きながら「いや〜」と言いながら照れていた。

僕もトレーの上から余ったやつを一つ貰い一口食べる。

 

「ん、美味い」

 

「でしょ〜」

 

有宇が手に取ったのは食パン状の抹茶のマーブルパン。

柔らかくモチモチしていて、抹茶と砂糖のほのかな甘みもマッチしており、とても美味しい。

するとその時、更なる来客がやって来る。

 

「あら、みんな勢揃いね」

 

「本当、大集合ね」

 

やって来たのは千夜とシャロの幼馴染コンビだった。

これでいつもの面子が全員揃ったな。

そしてココアがカウンターから二人を出迎える。

 

「あ、千夜ちゃん、シャロちゃん、いらっしゃ〜い」

 

「ココアちゃん、みんなもこんにちは。なんだか美味しそうなものが並んでるわね」

 

「それになんかいつもと違うっていうか……なんか甘兎みたいな匂いがするような……」

 

「えへへ、今抹茶パーティーしてたんだ。二人も食べて食べて」

 

ココアがそう言うと、二人はマヤメグの隣のカウンター席に並んで座る。

 

「あら、これ抹茶のパンかしら?」

 

「うん、色々焼いてみたんだ。今丁度焼けたばかりなの。まだまだあるから試食してって」

 

「ええ、頂くわ」

 

そして二人ともココアからパンを貰って口をつける。

 

「流石ココアちゃんね。美味しいわ〜」

 

「パンも美味しいけど、このクッキーも美味しいわね。これも売るの?」

 

パンを早々に食べ終えたシャロが今食べているのは、ココアがパンと一緒に焼いたクッキーだった。

こちらは緑色と茶色の二色、それぞれ抹茶とコーヒー味だった。

 

「うん、甘兎コラボ記念だし、一袋100円でお手軽に売ろうかなって有宇くんが」

 

クッキーは僕の提案だ。

ここのメニューはそれなりに値段がかかるやつが多い。

だから安くお手軽なやつが一つあれば、お金を使いたくない客達はコーヒーの付け合せに買ってくれる可能性が高まるので、原価安めで美味しいクッキーを提案した。

一袋6枚入りで透明なラッピング用袋にいれて、針金でとめたものを商品として出そうかなと考えてる。

コラボ用以外にも、普通のやつとココア入りのやつも売ろうと思ってる。

ただラッピング代とか原価がそれなりにかかるので、もうちょっと値段を上げようと思っているのだがな……。

するとシャロが言う。

 

「にしても、まさかあの千夜のお婆さんを説得するなんてね。正直驚きだわ」

 

それを聞いて有宇は機嫌を良くする。

 

「ふっ、まぁな。ま、僕の手にかかればこんなものさ」

 

「本当ブレないわねアンタ……」

 

シャロが呆れた様子で言う。

すると千夜が嬉しそうに話し出す。

 

「でも本当にラビットハウスさんとまたコラボできる日が来るなんて思わなかったわ。本当、わたし……わたし………」

 

「千夜?」

 

なにやら千夜の様子がおかしい。

 

「幸せ〜!」

 

すると千夜が椅子から落ちて、そのままバターンと倒れる。

 

「千夜!?」

 

心配して慌てて駆け寄る。

しかしその顔は幸せそうだった。

どうやらココアの『ヴェアアアア!』の亜種みたいなものだったようだ。

 

「……ったく、心配して損したぞ」

 

「フフッ、ごめんなさい。つい嬉しくて」

 

「本当、千夜は大袈裟ね」

 

流石は幼馴染というだけあって、慣れてるといった感じの対応だ。

しかし千夜って普段は結構普通なのにな……何かおかしくなる原因でもあるのだろうか?

 

「……まぁいいか、それより立てるか?」

 

有宇は床に座り込む千夜に手を差し伸べる。

 

「ありがとう、有宇くん」

 

そして千夜が有宇の手を取り立ち上がる。

すると周りのみんながじーっと二人の様子を見ていた。

すると千夜は顔を少し赤らめ、慌てて有宇の手を放し席に座る。

 

「どうした千夜?」

 

「ううん、なんでもないの」

 

「? そうか」

 

すると周りがニヤニヤと笑みを浮かべているのに、有宇も気づいた。

 

「なんだお前ら、ニヤニヤして気持ちわりぃな」

 

「いや〜なんか今の千夜と有宇にぃ、なんかいい雰囲気だったな〜って」

 

「千夜さん美人さんだし、お兄さんもカッコイイからお似合いだよね〜」

 

「お前らなぁ……」

 

確か前にもリゼの時にこんな展開があったような……。

イケメンな僕に彼女がいてもおかしくないと思うのは自然の摂理ではあるが、だからといってそう身内同士でカップリングするのもどうかと思うぞ。

全く、この前の千夜の婆さんもそうだが、迷惑千万極まりないな。

大体千夜だって、その気もないのにそう思われるのは迷惑だろうに。

 

「はぁ……ココア、お前も千夜の親友ならこのガキ共になんか言ってやってくれ」

 

ココアに助け舟を求めてみることに不安がないわけではないが、千夜も迷惑してるし、なんだかんだ親友のためなら協力してくれるだろ。

 

「えっ、私?うーんでも私から見てもお似合いだと思うよ」

 

「やっぱそうだよね〜」

「おい!」

 

この女ぁ……こいつに頼った僕が馬鹿だった。

そういやリゼの時もこいつ、僕らのこと茶化してたっけ。

軽くリゼに視線で助けを求めてみるが、過去に自分が今の千夜の状況に置かれたことがあるせいで巻き込まれたくないのか、助けてくれる様子はない。

 

「でもいいんじゃないかな?千夜ちゃんって有宇くんの初恋の人に似てるんでしょ?それにリゼちゃんの時と違って千夜ちゃんのお婆ちゃんのお墨付きなんだし、くっついちゃえ〜引っ付いちゃえ〜」

 

「くっついちゃえ〜」

 

「ヒッツイチャエ〜」

 

このガキ共……!

確かにそう聞くと、そんなでもない気がして来たが、だがやはりこっちにその気はない。

そもそも千夜が僕を好きでいる前提でできる話だろそれ。

僕は確かにイケメンで、大抵の女は堕とせる自信はあるが、確実に勝てる勝負にしか基本でない男だ。

白柳弓の時だって、あの娘が僕に少し気があるのを知っていたからそれを前提として、わざわざ能力使ってあいつを惚れさせるための裏工作をして、確実にGet出来る状況を作り出したのだ。

……まぁ、カンニングの方がバレて失敗に終わったが。

千夜と付き合うという事自体はそんな悪い話ではない。

千夜自身、頭おかしいところはあるけど、美人で基本お淑やかで料理もできる。

それに千夜と付き合うということは、甘兎の跡取りになれるかもしれないということで、将来的にも安定を図れる。

しかし、千夜が僕に惚れている確証がないのにも関わらずそんな事はできない。

あと僕自身、千夜自身に好意とかは特に持ってない。

第一、前にも言ったが自分に置かれている状況が状況なので、今は恋愛ごっこをする余裕なんてない。

 

「とにかく、千夜とそんな関係になるつもりはない。ほら、この話はおしまいだ」

 

「え〜有宇くんなら千夜ちゃんを任せてもいいのにな〜。あ、ていうか千夜ちゃんと有宇くんが付き合ったら千夜ちゃんが私の妹に……!」

 

ゴンッ!

 

「うわ〜ん、痛いよ〜!」

いつまでも話を続けようとするココアに腹が立って、その頭に一発げんこつを入れてやった。

 

「やかましい!僕がいつまでも紳士でいられると思ったら大間違いだ」

 

「いや有宇にぃ、私達の前で紳士でいた事なくね?」

 

ゴンッ!

 

マヤにも一発お見舞してやる。

 

「なんで私まで〜!」

 

「ふんっ」

 

余計な事言う奴にも容赦はしない。

ていうかそもそもの原因こいつだしな。

 

「……ったく、とんだ目にあったな……」

 

「あの……お兄さん大丈夫ですか?」

 

すると、ココア達の相手をして疲れ果てている有宇を心配して、チノが声をかけて来た。

 

「あぁ……大丈夫。はぁ、本当お前だけがここの良心だよな……」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

やはり少しでもまともな奴が居てくれると、少しは気持ちも楽になるというもんだ。

チノの優しさを身にしみて感じる有宇であった。

 

 

 

 

 

一方、有宇とココア達が話している間、千夜とシャロはというと、隣で俯きながら顔を赤らめる千夜を見て、シャロは少し驚いていた。

 

「……へぇ、千夜がこんな慌てるなんて……」

 

「シャロちゃん?どうしたの?」

 

幼い頃から一緒に過ごしてるけど、千夜がこういう風に顔に出すのって滅多にないのに……。

するとシャロはハッと気がついた。

 

(そういえばこの状況に……いつもと逆転してる!?)

 

「シャロちゃん?さっきからどうしたの?」

 

これは……チャンスね!

するとシャロはいつもからかわれてる腹いせと言わんばかりに千夜に言う。

 

「千夜、恋愛は自由だけど、相手は選びなさいよ」

 

「シャロちゃん!?別に有宇くんとはそんなんじゃないのよ!本当よ!」

 

「フフッ、そういうことにしとくわ」

 

「む〜!」

 

すると珍しく千夜がぷく〜っと頬を膨らませてる。

見事してやったと思い、机の下で見えないようにガッツポーズをした。

いつもリゼ先輩のこととかで、色々からかわれてるし……たまには仕返ししたってバチは当たらないわよね……。

千夜をからかうことに多少の罪悪感を感じながらも、ちょっぴりスッキリしたシャロであった。

 

 

 

 

それからしばらくして、皆一通り落ち着いた。

まったく、千夜と僕にとっては実にいい迷惑だったな。

まぁ、女が恋愛脳なのはどこも一緒ってことだ。

 

「パン食べたら喉乾いちゃったわね」

 

「確かにそうね……」

 

千夜がそう言うと、ココアが千夜にカップを差し出す。

 

「なら、有宇くんが作った抹茶ラテ飲んでみて。美味しいんだよ」

 

千夜はカップを受け取ると、口をつける。

 

「まぁ、美味しいわね〜。うちも負けないようにしないと!」

 

「シャロちゃんもどうぞ」

 

そう言ってココアはシャロにもカップを渡すが、シャロは片手を前に突き出し、拒否のポーズを取る。

 

「いいわ、パンも食べちゃったし……これ以上はカフェインが……」

 

そういえばこいつ、カフェイン駄目なんだったな。

抹茶もコーヒー程ではないが、カフェインが含まれてるし、抹茶のパンも食べてるしで、これ以上カフェインを取ったら酔っ払ってしまうのだろう。

 

「そっか、残念だね……。有宇くん、シャロちゃんにも飲めるようにできない?」

 

「なぜ僕に聞く……まぁいいか。けどノンカフェインの抹茶なんて今うちにはないぞ」

 

「え〜そんな〜」

 

そんな〜と言われてもこればかりは仕方ないだろ。

こればかりはシャロの体質の問題だしな……。

するとその時、机に置いてある先程抹茶ラテで使用したきな粉ソースの入ったビンが有宇の目にとまる。

きな粉か……そうか。

 

「……抹茶じゃなければ作れるが」

 

「本当!」

 

「ちょっと待ってろ」

 

すると有宇は計量カップでミルクの量を測り、その後ミルクパンにミルクを注いだ。

しかしすぐには火をつけず、黒糖、そしてきな粉を入れる。

 

「きな粉と黒糖?」

 

「あぁ、それでこのままラテ同様にしばらく弱火で火にかける」

 

そしてミルクからかすかに湯気が上がり始めると、有宇は泡立て器で一気にかき混ぜ始めた。

かき混ぜ終わると、それをカップに注いだ。

そしてそこに軽く黒蜜でおしゃれな感じに模様をつけ、最後に追いきな粉をする。

 

「よし、出来た。これなら大丈夫だろ」

 

「有宇くん、これってきな粉の飲み物?」

 

「あぁ、きな粉ラテだ。コレならシャロも飲めるだろ」

 

きな粉は大豆から作られており、食物繊維豊富で、一時期健康食品としても流行ったことがある。

なによりこの場において一番重要な要素として、カフェインが含まれていないので、シャロみたいなカフェインに敏感な人でも楽しめるのだ。

そしてシャロは有宇からカップを受け取り、口をつける。

 

「あ、これ甘くて美味し〜」

 

「そりゃよかった」

 

どうやらシャロにも気に入ってもらえたようでなによりだ。

 

「有宇くんさっすが〜。うんうん、有宇くんなら立派なバリスタになれるよ」

 

「いや、別になるつもりはないんだが……」

 

別にここに来てから料理だなんだやらされて来たから自然と覚えただけなんだが……。

それに特別コーヒーが好きってわけでもないし、特にそういうのを目指す気は少なくとも今はない。

 

「でも有宇も最初の頃より丸くなったよな。あの時のお前、面倒くさがりで人のために人手間かけるなんてことしなかったのにな」

 

「確かにそうかもしれませんね。でも私達が慣れただけって気もしないでもないですが」

 

リゼとシャロがそんなことを話している。

丸くなった……か、そうなのだろうか。

自分では正直そこまで自覚がないのだが……。

それに今でも面倒くさいと思うことはしたくないし、人のために行動するより自分のために行動したいと思う。

まぁ、良く見られている分には別に構わんが……。

 

「まぁまぁ、それだけ有宇くんも、私達のこと信頼してくれるようになったって事だよね」

 

「……さぁ、どうだろうな」

 

ココアの言葉に違和感を感じる。

素直に受け入れられないというか何というか……。

確かにこいつらを信頼するようになったかどうかでいえば、するようになったかもしれない。

けど僕からこいつらへの信頼というのは、自分を傷つけない味方という意味ではあっても、俗にいう友達のようなものではないと思う。

一緒にいる方が都合がいい、その程度の信頼だ。

……まぁ、楽しく思える時がなかったわけではないがな。

 

 

 

 

 

それからマヤメグが帰って、シャロもバイトがあるからと帰っていった。

そして千夜も席を立つ。

 

「それじゃあ、いつまでもお邪魔しちゃ悪いから、私もそろそろ帰ろうかしら」

 

「え〜、別にまだいいのに〜」

 

「ありがとうココアちゃん、でもお婆ちゃん一人だと心配だから」

 

「まぁ、年寄り一人っていうのは色々と不安だよな」

 

「それもあるけど……ほら、この前強盗事件あったでしょ。それでちょっと心配で」

 

「「「強盗事件?」」」

 

この街でそんな事が起きてたのか。

ココアとチノも知らなかったようで、僕と一緒に首を傾げている。

しかしリゼは知っている様子だった。

 

「あぁ、確かもう既に喫茶店とか雑貨屋とかが数件襲われてるんだよな。特に怪我人とかは出てないみたいだけど、犯人はまだ捕まってないんだよな」

 

「ええ、だから心配で。ココアちゃん達も気をつけてね」

 

「大丈夫!いざとなったらリゼちゃん直伝のCQCで頑張るから!」

 

「いや……別に教えた覚えはないけどな」

 

CQCって確かヨーロッパの近接格闘術だっけか。

まぁ、リゼなら本当に使えそうだし、ていうか不良数人を相手取れるリゼなら強盗ごとき余裕で倒せそうだしな。

 

「まぁ、どうせ強盗なんてすぐ捕まるだろ。そんな逃げ切れんもんでもあるまい」

 

今時強盗なんて、顔隠してもなんだかんだすぐに素性がバレて捕まるのがほとんどだろ。

もう既に数件やられてるってことだが、相当やり慣れていて手慣れているのか、それともただの偶然か……どの道、そう長くは()つまい。

すると千夜が怪談でもするかのように答える。

 

「それがそう上手くいかない理由があるの。でもこれがね、ちょっと不思議な話なの」

 

「どういうことだ?」

 

「通報を受けて警察が被害にあったお店に駆けつけるとね、そこにいた店員さんもお客さんも誰一人として犯人の顔を……ううん、強盗に入られた事実すら覚えてないんですって」

 

「はぁ?」

 

入られた事実すら覚えてないってどういう事だよ。

そんな人生で1度起きるかどうかの出来事を簡単に忘れられるものなのか?

仮に一人ぐらいはショックがでか過ぎて、その時のことを覚えてないなんていう奴がいても、その場にいた全員がそんな事になるなんて普通あり得ないだろ。

 

「なんか怖いねチノちゃん……」

 

「はい……もしうちに来たらどうしましょう……」

 

ココアとチノも先程までCQCでねじ伏せるみたいな事言ってたのに、謎の怪現象が起きることを聞いた途端に恐怖で震え出した。

 

「でも、防犯カメラとかに犯人が写ってたりとか……」

 

「犯人は防犯カメラがないお店をいつも狙っているの。お店の近くの防犯カメラとかは一応調べられてるけど、犯人のような人影はないって話よ」

 

まぁ、捕まってないってことはやっぱりそうなるのか。

もし仮に犯人が被害者達が記憶を忘れることを前提に動いてるとしたら、被害者達の証言以外の証拠は残さないようにするだろうしな。

近くの防犯カメラを見たところで、姿がわからない以上、余程怪しい格好でもしない限り警察の捜査に引っかかることはないだろうしな。

でもそれってつまりは犯人に被害者達の記憶をどうにかできる力があるっていうことだよな……。

するとココアが声を大にして言う。

 

「よし!じゃあうちも防犯カメラつけよう!そしたら犯人もきっとうちには来なくなるよ!」

 

方法としてはそれが一番の対処法だ。

だがそれは簡単なことじゃない。

 

「防犯カメラなんていくらすると思ってんだよ。今月はソフトクリームの機器とかも導入してるし、これ以上マスターにお願いなんてできないぞ」

 

防犯カメラなんておいそれと付けられるもんじゃない。

そりゃあるに超したことはないんだろうけど、うちじゃ無理だ。

犯人もそれがわかって、個人商店とか狙ってるんだろうし。

 

「うぅ〜これじゃあラビットハウスが襲われちゃうよ〜!」

 

「うちも防犯カメラないから心配なのよね。だからココアちゃん達も十分気をつけてね」

 

そう言って、千夜は店を去って行った。

それから僕は千夜の話を聞いて震え上がるココアとチノを放って、リゼに小声でかける。

 

(なぁリゼ……この事件の犯人って……)

 

(待て……!)

 

するとリゼが僕の口を手で塞ぐ。

 

(盗聴の話を忘れたのか?話は外で聞く)

 

(フガフガ(了解)……)

 

そういえばそうだったな。

なんでもこの店には盗聴器が仕込まれているらしい。

何故かというと、以前リゼから聞いた話によると、超能力組織であるガーディアンとやらを抜けたタカヒロさんが組織の秘密をバラさないようにするための監視の意味で付けらているらしい。

それはまぁ別に良いのだが、僕が超能力者であることをガーディアンのお偉いさんであるリゼの親父に知られると、兵士にされるか記憶を消されるか、あるいは数年に渡る監視がつけられるのだという。

だから店の中で僕が超能力に関わる話をするのは非常にまずいのだ。

なので仕方なく、ココア達に強盗対策でリゼに話があると言って、店を二人に任せて外に出た。

 

 

 

 

 

それから二人で一階フロアから廊下に出て、そこから店の裏にあるいつも洗濯物とかを干している庭に出た。

 

「それで、確か強盗の話だったよな」

 

「あぁ、今回の強盗事件の犯人って能力者なんじゃないかって」

 

その場にいた人間全員の記憶を消し去る。

そんな芸当、一個人がおいそれと簡単にできるもんじゃない。

ちょっとした印象操作や記憶操作なら不可能でもないのかもしれないが、今回のは明らかにその域を超えた現象だ。

そんなことが出来るのは、僕の経験則上、超能力を持つ人間しかありえない。

 

「そうだな……その可能性が高い。現に親父もその線で捜査を勧めてる」

 

やはりそうなのか。

リゼの親父はガーディアンでの地位もさることながら、この街での地位もかなり高いらしい。

しかも表向きでは軍人ということになっている事もあって、この街の治安維持に務める活動もしているようだ。

しかしリゼの親父が動いてるとなると、その犯人が捕まるのも時間の問題だな。

だが、リゼはあまりいい顔をしていなかった。

 

「どうした、なんか問題でもあるのか?」

 

「あぁ、今回の犯人の能力なんだが……」

 

「能力?あぁ、そういや今回の事件の犯人もお前の言ってた三つのタイプには属さない能力だよな」

 

以前リゼが言った話によると、能力は大まかに三つのタイプに分けられるらしい。

近接戦闘向きの伐採系、遠距離戦闘向きの狩猟系、自らの体液を使う汚染系、能力者の能力は数あれど、基本この三つに分類される。

しかし僕の憑依能力はこの三つには当てはまらない能力だ。

以前出会った星ノ海学園の友利奈緒もまた、僕と同じこの三つに属さないタイプの能力者であった。

もしかしたらリゼ達ガーディアンが、そして友利達星ノ海学園が知らないだけで、能力者は大きく二つに別れているのかもしれない。

そして今回の事件の犯人もまた、僕や友利と同じタイプの能力者なのかもしれない。

しかしリゼが言いたいのはそういうことではないようだ。

 

「いや、当てはまらないことはないと思う。お前のようなタイプである可能性も否定できないが、汚染系の能力者の可能性もある」

 

「汚染系?」

 

そういや軽く説明されたけど、体液を使う能力って具体的に何なんだ?

 

「汚染系は体液を操る能力者だ。汚染系能力者は他二つと違い、特に決まった特徴がなく、能力そのものに個人差が出る能力だ。体内で様々な物質を作り出し、それを分泌、及び放出したりとか、血液を固めたりスライム状にしたり……とにかく様々だ」

 

「ふーん、けどそんな危険な感じの能力には思えないんだが……」

 

血液を操ったり、なんか変な物質作ったり……それって凄いのか?

他の伐採とか狩猟とかの能力と比べるといまいちインパクトに欠けるような……。

 

「今言った通り、能力によって差が出る。実際大した脅威にならない能力しか持たないのが殆どだ。しかし、中には強力な毒を生成したり、人を一瞬で完治させたりする物質を生成することが出来る凄い能力を持つ汚染系能力者もいるから侮れないぞ」

 

「それは……確かに凄いな……」

 

もっと軽い感じの物を考えていたのだが、そういうこともできる奴がいるのか……。

それにただ物質を生成するだけ……と考えていたけど、よくよく考えたら戦争の時も細菌兵器が使われたりするぐらいだし、物質を生み出せるっていうのも侮れないんだな。

 

「特にガーディアンジャパンには今、『歩く製薬工場』なる能力を持つ凄い能力を持った新人もいるらしいからな」

 

「歩く製薬工場?」

 

「あぁ、なんでも、毒でも治療薬でも、他にも体を麻痺させることのできる物質や、はたまた記憶を消せる物質など、様々な薬品を自己生成し、それを放出及び自己投与することが出来るらしい」

 

「本当に製薬工場って感じだな……」

 

ほんとうに世界は広いというかなんというか……。

他人に五秒しか乗り移れない能力でイキってた自分が恥ずかしくなるな本当に……。

 

「ともかく、例の強盗犯が汚染系能力者であった場合、そいつは記憶を消せる物質を生成出来るということになる。それだけならまだしも、製薬工場に近い能力であった場合、かなり危険だ」

 

リゼはつまり、強盗犯が歩く製薬工場と呼ばれる能力者と同じ能力を持っていたら危険だと言いたいらしい。

今のところ被害者達の記憶がなくなってることしかないが、他の物質を生成できる可能性があるということだ。

そうなれば犯人を捕まえようとした時に、犯人が逆上して毒をばら撒く危険性もあるっていうことか。

……あれ、これ結構ヤバくないか?

 

「万が一の時には風祭の本部からその『歩く製薬工場』の能力者を呼んで対応する必要もあるかもしれないな。だから有宇、間違っても闘おうとなんてするなよ」

 

「しねぇよ、僕がそんなタイプじゃないって知ってるだろ」

 

なんでわざわざ僕が強盗犯と闘わなければならない。

頼まれたってそんなのお断りだ。

強盗犯に多額の懸賞金でもかかっているのなら考えなくもないが、なくなく自分の身を危険に晒すなんて事、この僕がするわけないだろ。

 

「けど……お前、私が不良達に捕まった時、一人で助けに来たから……」

 

自分でも改めて言うのが恥ずかしかったのか、リゼは顔を真っ赤にしてそのまま押し黙ってしまった。

有宇も咄嗟に慌てて言葉を返す。

 

「あ、あれは別に何もしないでお前を見捨てたらお前の親父に殺されそうだったからで……別にお前を助けたいとかじゃねぇよ!」

 

「そ、そうか……そうだよな……」

 

「あ、あぁ、そうだよ……」

 

「「………」」

 

いかん、気不味い!

クソッ、なんかさっきの千夜の時みたいな雰囲気になってしまった。

なんとか話を逸らさねば……!

 

「えっと……そういえば仮にその強盗犯が捕まったらどうなるんだ。やっぱり兵士にされるのか?」

 

「え……?あ、えっとそうだな……おそらくそうなるだろうな。警察に捕まった時点でガーディアンが警察に手を回して接触を図るはずだ。仲間になる気があるなら引き抜かれ、ならないならそのまま牢屋の中……いや、犯罪者であるならそのまま獄中死にみせかけて……なんてこともあるかもな」

 

「待て、殺すのか?」

 

「仲間になる気がないということは組織にとって利にはならない。いや、不利益にすらなることだ。相手がいなくなっても問題ないような犯罪者とかなら、監視に人員を割くぐらいならいっそ……ってことになる可能性はある」

 

怖えぇよ!

ていうかいなくなっても不利益にならないって……それって僕もじゃないか?

僕も一応家出人ってことになってるし、いなくなってもそのまま処理とかされるんじゃ……。

 

「まぁ、お前に関してはタカヒロさんの保護下にあるし、ココアから聞いたけど、お前、もうおじさんにも居場所が割れてるんだろ?なら万が一親父にバレても殺されるようなことにはならないはずだから安心しろ」

 

だったらいいのだが……。

しかしそう考えると、改めてバイト先にラビットハウスを選んだのは正解だったと思えるな。

他の店で働いている途中で能力者だとバレて捕まったら、入隊か殺されるかの二択になるところだった……。

にしてもあれだな……警察に手を回して……か。

 

『その警察もグルなんすよ』

 

友利の言葉を思い出す。

友利の言っていた科学者とやらも警察に手を回せるだけの力があるようだ。

ガーディアンに科学者……やはり、この二つは同一の組織なのだろうか。

友利はガーディアンについては知らなかったようだが、もしかしたら友利が知らないだけで、真実はそうなのかもしれない。

そして有宇は唾をごくりと飲み込むと、意を決してリゼに尋ねてみる。

 

「なぁ、リゼ……その……ガーディアンは人体実験とかやってたりするのか?」

 

「なんだ突然?急にどうしたんだよ」

 

「いや……その……」

 

因みにまだ友利たち星ノ海学園のことはリゼには話していない。というか話せない。

どちらが本当に僕の味方なのか、まだ見極める必要があるからだ。

別にリゼが信用ならないわけじゃない。

なんせ自分から組織のことを色々と教えてくれるくらいだ、僕をどうにかするつもりがリゼにあるならとっくにそうしてるだろうし……。

だからリゼが僕から得た情報を横流しするとは思えない。

しかしやはり万が一ということがある。

リゼが意図していなくても、何かしらボロを出して組織のトップのこいつの親父に知られたりなんかして、それで星ノ海学園が危機的状況になってしまったら、情報を密告した僕を星ノ海学園はもう助けてはくれなくなってしまうだろう。

だから慎重に行動する必要がある。

とにかく星ノ海学園のことは喋らない方がいいだろう。

 

「……単なる興味本位だ」

 

「そうか?まぁいいけど……」

 

するとリゼの顔が少し強張ったような表情になる。

 

「結論から言うとガーディアンも人体実験をやっていた時もあった」

 

「なっ……!」

 

その言葉に衝撃を受ける。

それだけのでかい組織で闇も深そうだし、ありえそうではあったがまさか本当にやっていたとは……しかしこれで友利の言う科学者がガーディアンである可能性が高まったぞ。

 

「けど本当に昔の話だ。昔はガーディアンの同士である科学者によって人類反映のための数々の実験が、非人道的なものであっても行われていた。組織もそこで起きた事件などから反省し、今は組織内であっても人体実験を行うことは禁じられている……はずだ」

 

禁じられていると言われてもなぁ……。

正直いって信用ならん。

それに『はず』ということは、そのルールも表向きの話で済まされているんじゃないのか?

何よりそこで実際何が起きたんだ?

裏の世界で生きる者達がこぞって禁止を促すほどの何かが起きたんだよな。

それって絶対ヤバイ実験だよな……一応聞いてみよう。

 

「……で、実際どんな事が起きたんだ?」

 

「そうだな……一番新しいのだと、やっぱり『次世代人類プロジェクト』かな……?」

 

「次世代人類プロジェクト?」

 

何だそれは?

なんかネカフェ時代に見た某アニメの人類補完計画みたいな名前で、なんか怖いな……。

 

「有宇は千年後、人類は生きていると思うか」

 

「何だ突然……えっとそうだな……生きてないんじゃないか?」

 

地球温暖化とか今進んでるらしいし、エコとか今色々やってるけど、流石に千年も先の未来に、もう人は生きてないんじゃないか?

 

「ガーディアンの研究によると、お前の言う通り、千年後の地球は人類が生きていける環境ではないそうだ」

 

やっぱそうなのか……。

そう考えると悲しい気もしないではないが、千年も先の未来には僕は生きてないし、正直どうでもいい。

 

「次世代人類プロジェクトっていうのは、簡単に言えばその千年後の未来に人類を残そうっていう研究だ。まぁ、狂った科学者達が始めた研究だよ」

 

人類を……未来にか……。

確か以前、リゼはガーディアンを正義の味方と言っていた。

人類を存続させるための守護者……なるほど、そう考えると正義の味方なのかもしれないな。

だが、正義の味方にあるまじき行為が行われたってことなんだろうな。

 

「それで、プロジェクトはその想定した未来の過酷な環境に耐え得る人間を作り出し、冷凍睡眠装置で眠らせ未来に残そうとしたんだ」

 

「そいつは……なんとも壮大な話だな」

 

理には適っている。

もし本当に千年後の未来がそうなる運命で、その千年後の未来に人類を残そうとするなら、それが適切なのだろう。

だがそれが人道的かと言われれば、そうではない。

 

「プロジェクトは被験者になり得る孤児を世界中から集め実験を行った。そして、結果として集められた孤児の殆どが実験による影響で死亡した。ガーディアン上層部はこれを危険と判断しプロジェクトは凍結された。……だが、この実験の悲劇はこれに留まらなかった」

 

「どういうことだ?」

 

話しぶりからして、被験者になった人間が死ぬ展開は読めていた。

だけど、まだ終わらないというのは一体……。

 

「実験には実は一人、成功し生きて研究室を出れた少女が一人いたんだ。生きて出た彼女は日本のとある孤児院に預けられた。だが、問題が発生した」

 

「問題……?」

 

「プロジェクトは千年後の地球が生物にとって毒となる瘴気が覆われているという前提で行われていた。だから連中は被験者を、毒を当たり前のものとして受け入れられる体にしようとした。たけどそれは逆に、千年後の未来の環境が当たり前になり、今の地球の環境が被験者達によって毒となるということだ」

 

だから被験者となった孤児達は全員死んだということか。

勿論それだけじゃないんだろうけど、今聞いた話からするとそんな感じだよな。

でもだったら生きて生還した少女はどうして生還できたんだ?

 

「生還した少女は体内で千年後の環境と同じ毒物を体内で生成し、自分で投与することの出来る能力を得ることで生還することが出来たんだ。だが、彼女が預けられた孤児院で……」

 

「……その毒が彼女の体内から漏れ出してしまったってことか?」

 

毒を体内で作り出す。

それが出来るなら、先程の製薬工場の能力者同様、体の外に放出することもできるのだろう。

歩く製薬工場の真逆……まさに歩く汚染物質だ。

 

「……そうだ。お前ももしかしたら聞いたことがあるんじゃないか?……アサヒハルカの名を」

 

「アサヒハルカ……!あの有名な都市伝説のか!?」

 

アサヒハルカ……有名な都市伝説だ。

それは呪われた少女、彼女の姿を見ただけで死んでしまう。そして彼女の事を知るだけでその身に災いが降り掛かる……というメリーさんとかと同じ部類のよくある感じの都市伝説だ。

僕が中学の時にクラスの連中がよく話していたのを聞いたことがある。

しかし実在していたとは……しかも今リゼが話してる少女があのアサヒハルカだとは……。

 

「アサヒハルカは体内で自己投与していた毒が漏れ出していると知らず、孤児院中に意図せず毒をバラ撒いてしまった。その結果、孤児院にいた人間はほぼ全員死亡した。唯一生き残って孤児院を出た少年も、転校先の学校で毒に体中を侵され亡くなったそうだ」

 

それは……流石の僕でも同情したくなるぐらい可哀想な話だ。

身勝手な連中の研究のせいで、人を無意識に殺す殺人マシーンにされてしまったのだ。

余りにも理不尽というものだ。

そしておそらく、その生き残って孤児院を出た少年がアサヒハルカの事をクラスメイトとかに話したのだろう。

それで見事、アサヒハルカの都市伝説の完成ってことか。

なんとも皮肉な運命なのだろう。

本人の望まぬ力が引き起こした事件が、更に人を恐怖に陥れる恐怖譚にまでなっているのだから……。

 

「それで、アサヒハルカは今どうしてるんだ?」

 

「ガーディアンジャパンで保護されてるって話だ。孤児院での事件後、毒の抑制剤が作られ、今はそれで抑えられているらしい。ただ、本人の心の傷は相当な物だと思う……」

 

……そりゃそうだろうな。

友達、先生、自分の身の周りの大切な人を自分の手で殺してしまったのだ。

もし僕が大切な人を……歩未を自分の手で殺してしまい、その十字架を背負うことになるなんてことになったら、自殺すら考えてしまいそうだ……。

最も彼女の苦しみなど、僕程度には完全に理解することなど出来ないのかもしれないが……。

 

「まぁ、色々話したが、もう終わった話だ。この事件だってプロジェクトの主任であったバーソロミューと副主任であったブレンダ・マクファーデン司祭は暗殺され、他メンバーも逮捕されてる。今はもうそういった非人道的な実験は行われてないはずだ」

 

そんな事いってるが、昔っていっても、アサヒハルカの話だって確かまだほんの数年前の話じゃないか。

これは……正直友利の言う科学者もガーディアンが絡んでいる可能性は極めて高いかもしれないな……。

できればそうでない事を願いたいがな……。

世界中に同士を持つそんなでかい組織、友利達星ノ海学園なんかじゃ絶対敵いっこない。

こりゃ本当に能力を使わずに大人しくしていた方がいいかもしれないな……。

 

「じゃあ私は戻るぞ、お前と違って私はまだバイト中だしな」

 

そう言うとリゼはリセの方に戻ろうとする。

しかしすぐに振り返り有宇に言う。

 

「あ、そうだ、強盗の話だけどさ、私から親父に頼んでラビットハウスに防犯カメラを付けて貰えるよう頼んでみるよ」

 

「あ、あぁ、それは助かる。色々とありがとな、リゼ」

 

するとリゼはフッと笑う。

 

「気にするな。私達だってこの店のために手は惜しむつもりはない。だからいつでも頼ってくれ」

 

そう言うと今度こそ、リゼは店の方に戻って行った。

あいつのあんな顔を見てると、やばい組織のお嬢様なんて風には見えねぇな……。

今回聞いた話を受けて、ガーディアンに関しては、今後も正直信頼する気は全く無い。

例えリゼの親父だろうと何だろうと信頼なんかするものか。

けど、リゼだけは信じようと改めて思った。

 

 

 

 

 

 

───その次の日のことであった。

 

この日、有宇、ココア、チノ、リゼ、四人とも店に出ていた。

客入りもそこそこで、それなりに店内は賑わっていた。

そんな時だった。

店のドアが鈴の音と共に開き、サングラスにマスクの黒いパーカーを着た男が入店する。

 

「いらっしゃいませ」

 

この時ココアは午後の分のパンの焼き上げの為、奥のキッチンにいて、有宇が代わりにホールをやっていたので、有宇がその客を出迎えた。

すると男は突然、有宇に向かってナイフを突きつける。

 

「金を出せ。俺は強盗だ」


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