幸せになる番(ごちうさ×Charlotte)   作:森永文太郎

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第27話、 arbitration of sister

 木組みの家と石畳の街───この平和な街で一人、血相を変え、ある場所を目指す女性がいた。

 

「前回来たときは寄り道しちゃったけど、今日はそんな事してる場合じゃないもんね」

 

 そんなことを言いながらも、道を歩くうさぎに思わず手が伸びる。

 

「わぁ!うさぎだ〜!もふもふ〜」

 

 そして目的も忘れてうさぎを小一時間モフり続ける。

 

「はっ!しまった!ついつい寄り道を……急がないと!」

 

 再び気を取り直して歩き続けて、目的の場所までたどり着く。

 そこはうさぎの看板がトレードマークの喫茶店、ラビットハウス。彼女はその店の前に立っていた。

 

「あれからまだ四ヶ月ぐらいしか経ってないんだよね……でも、あんな手紙が来たら、流石に行かずにはいられないもの。ココアに男の子なんて絶対まだ早いんだから」

 

 そしてバッグからココアからの手紙、そしてそれに同封された写真を取り出す。その写真には一人の少年が写っている。

 

「さぁ、ココアに相応しい男の子か確かめさせてもらうわ。乙坂有宇くん」

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 事の発端は数日前の事だった。

 ここニヶ月、遠い街の学校に通うため家を出て別の街に住んでいる妹、ココアからの手紙が全く来ていないため、実家のパン屋で働く姉、モカは不安でいっぱいだった。向こうで何かあったんじゃないかと気が気でなく、不安な日々が続いた。

 そして数日前、待ち焦がれたココアからの手紙が届いたときは本当に心の底から安心し、大いに喜んだ。そしてモカは届いた手紙を早速読むことにした。

 

 

 

 ────

 

 お姉ちゃんへ

 

 お姉ちゃん、元気にやっていますか。

 私はチノちゃんと元気にやってます。

 このニヶ月、色々忙しくて手紙を書く暇がなくて、遅くなっちゃった。

 心配かけちゃったらゴメンね。

 

 ────

 

 

 

 もう、別にいいのに〜。ココアが元気にやってるならお姉ちゃん、いくらでも待つよ〜。

 デレデレにやけながら、モカはすっかり機嫌を良くする。

 しかし手紙はまだ続いている。

 

 

 

 ────

 

 そうそう、お姉ちゃん聞いて!

 なんとね、うちに新しい家族が増えました!

 

 ────

 

 

 

 新しい家族?

 ペットとかかな?とするとやっぱりうさぎ?

 それとも新しいお友達が増えたってことかな?

 でもホームステイの子が増えるなんてタカヒロさんから聞いてないけどなぁ……。

 モカは手紙の続きに目を通す。

 

 

 

 ────

 

 その子の名前はね、乙坂有宇くん。

 ちょっと色々事情があって、私と同じくラビットハウスで住み込みで働くことになったの。

 時々意地悪なところはあるけどすっごく優しい男の子で、ちょっぴり手のかかる弟みたいな感じかな?

 私、弟なんてできるの初めてで、すっごく嬉しいんだ!

 チノちゃんと有宇くんの二人のお姉ちゃんになれるよう、私も頑張っていこうかなって思ってます。

 それじゃまた次の手紙でね。バイバイお姉ちゃん。

 

 ココアより

 

 あとPS、強盗に入られたけどなんとかなったよ〜

 

 ────

 

 

 

 ピシッ

 

 モカの心の中で何かが崩れそうな音がした。

 

 えっ?男の子?ココアに?

 嘘でしょ!?ていうか強盗ってどういうこと!?

 我が妹ながらツッコみどころが多すぎて……ていうか男の子と同棲!?

 そりゃ一応タカヒロさんもいるけど、でもだからって男の子と同棲なんて……。

 それにココアって姉の私が言うのもあれだけど結構可愛いし……もしその男の子になんかされたりしたら……。

 だがモカはそこで一度冷静になる。

 でも待って、この男の子が同年代の子とは限らないわ。

 弟なんていうぐらいだし、きっとチノちゃんの親戚とかの幼い男の子を預かってるとかそういうのに決まってる!

 モカがそう自分に言い聞かせて納得することにすると、手紙からヒラヒラと写真が落ちる。

 それを拾い上げて見てみると、凄い顔立ちの整った少年の横顔が写っていた。

 あら、カッコイイ男の子。雑誌の写真と同封する写真を間違えたのかしらあの子?

 しかしその男の子の写真の裏にこう書いてあった。

 

 

 

 ────

 

 この子が有宇くんだよ。中々写真撮らせて貰えなくて撮るの大変だったよ。

 

 ────

 

 

 

 ガラガラドッシャーン!

 

 モカの心の中で今、完璧に何かが崩れ落ちた。

 

 えっ……この子が有宇くんなの!?

 もっとこう……幼い感じの男の子じゃなくて???

 

 モカの不安はより一層強くなった。

 弟なんていってるけど、もしかしたらココア、この有宇くんって子を好きになっちゃったりして……。少なくとも外見はカッコイイしあり得なくはないよね……。それとも、もう付き合っちゃってたりとかしてるのかな……。

 お姉ちゃんが妹の恋路をどうこう言うのは野暮かもしれないけど、でもこの手紙からじゃ有宇くんがどんな子かわからないし……。

 それ抜きにしても男の子と一緒なのは、やっぱりお姉ちゃんとしても不安が残るし……。

 

 そしてモカは決めた───もう一度ラビットハウスに行こうと。

 それで有宇くん、君がココアに相応しい男の子かどうか確かめないと……!

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 そういう経緯があって、ココアの姉、モカは数カ月ぶりにラビットハウスにやって来たのだ。

 それじゃあ早速お手並み拝見!

 そしてラビットハウスに入っていった。

 

「いらっしゃいませ、一名様でよろしいでしょうか?」

 

「は、はい……」

 

「畏まりました。お席へご案内します」

 

 入って早々、例の少年、乙坂有宇が出迎えてくれた。

 この子が有宇くんね。うん、中々礼儀正しいていい子そうじゃない。だけど、まだ決断には早いわ。

 そしてモカは有宇に案内されるがまま席に座る。

 それから辺りを見回してみるが、ココア達はいないようだった。

 

(チノちゃんもリゼちゃんもいない……まだみんな学校かな?)

 

 時間は11時ちょっと過ぎ、もうすぐ夏休みだろうから授業はないと思うけど、まだ帰ってくる時間じゃないか。

 それからメニューを眺めると、前回来たときよりメニューが増えてることに気が付く。

 フロートなんて始めたんだ。そっか、もう夏だもんね。でもこの抹茶ラテはなに?甘兎庵とコラボって書いてあるけど、甘兎庵って千夜ちゃんのところのお店だよね?いつの間に?

 取り敢えず以前同様オリジナルブレンドとココア特性厚切りトーストを頼もうとモカは有宇を呼んだ。

 

「すみません、このココア特製厚切りトーストとオリジナルブレンド下さい」

 

「畏まりました」

 

 そして有宇くんはキッチンへ行くと、無駄のない動きでサイフォンの準備に取り掛かる。

 チノちゃんのコーヒーは美味しかったけど、彼のコーヒーはどうなのかな?

 そして数分後、コーヒーとトーストが出来上がる。

 

「お待たせいたしました。ココア特製厚切りトーストとオリジナルブレンドです」

 

 机にトーストを乗せた皿とコーヒーをモカの前に置くと、「ごゆっくりどうぞ」と言い残し、有宇はキッチンへと戻っていく。

 まずはコーヒーに口をつける。

 うん、美味しい!彼もなかなかのバリスタだね〜。

 私もコーヒー淹れる練習してるけど、全然上手くいかないからなんか羨ましいな〜。

 そしてトーストの方も、前よりモチモチしてて美味しかった。ココアの方も成長してるようで関心関心。

 それからしばらくして、杖を持ち、弱々しく歩く一人のお婆さんが入店して来た。

 

「いらっしゃいませ……あっ中村さん、今日もいらしてくれたんですね」

 

「ええ、この時間は空いてるし、それに有宇くんの淹れるコーヒーは美味しいからねぇ」

 

「ありがとうございます。それではお席にご案内します。お手をどうぞ」

 

「いつもありがとね」

 

 そしてさり気なく有宇くんはお婆さんの手を引いて席まで案内してあげていた。

 

(おお、結構ジェントルマンなんだね……!)

 

 そしてお婆さんが席につくと、笑顔を絶やさず声をかける。

 

「ご注文はいつものでしょうか?最近うち、フロートとかも始めてみたんですが、試しにどうでしょうか?」

 

 おおっ、さり気なく新商品を勧めてる。なかなか手慣れてるね。

 

「そうねぇ、うーんでも冷たいものは歯にしみるしね……ごめんなさい、いつものでお願いするわ」

 

「畏まりました」

 

 勧めた新商品を断られたものの、彼はニコッとお婆さんに再び笑いかけるとキッチンへ戻り、私に淹れた時同様、無駄のない動きでコーヒーを淹れ始める。

 そして出来たコーヒーをお婆さんの元まで運ぶ。

 

「お待たせしました。オリジナルブレンドです」

 

「まぁ、いつもありがとね」

 

「どういたしまして」

 

 そしてそのまま、キッチンに戻るのかと思ったら、お婆さんと談笑をし始める。

 お婆さんは有宇くんと楽しそうに喋っていた。話の内容自体は聞いてる感じ、他愛無い世間話やお婆さんの息子や孫のこと、最近はまってることとかみたい。

 そして有宇くんの方はというと嫌な顔一つせず、上手く相槌を打ちながらお婆さんの話を聞いてあげていた。

 やっぱり私が気にし過ぎただけかな……。

 

 

 

 それからもモカは有宇をしばらく観察していた。

 さっきのお婆さんみたいに話したがりの人には話し相手になってあげたり、逆にサラリーマン風の寡黙そうな人が来たときには静かに対応したり、子連れのお客さんにはお客さんに言われる前に哺乳瓶を煮沸消毒し、更に人肌の温度のお湯を入れてあげるなど、有宇くんはお客さん一人一人の身になった接客をしていた。

 きっと彼はお客さんがどうしたら快適に楽しめるか、それを知っているんだと思う。だからこそ一人一人のお客さんに最善の対応ができるのかもしれない。

 でも実際、方法を知っていてもそれを実際に現場で使うのは簡単じゃない。私も今でこそお客さんの対応は慣れてるけど、昔は失敗も多かった。でも彼は、ここに来て僅かニヶ月程の期間でお客さん一人一人に対応した接客を修得している。

 それというのも多分、お客さんを大事にしようとする彼の思いやりが成せることなんだろうな。

 ここまで見せつけられちゃったらもう認めるしかないよね……。

 こんな完璧な接客ができる子なんだもん。彼ならきっとココアのことも……。

 

「たっだいま〜」

 

「ただいまです」

 

 モカがそう思い始めたその時、ココアとチノが帰ってきた。

 

「お帰り。二人一緒だったんだな」

 

「うん、帰りにチノちゃん達と会ったから一緒に帰ってきたの」

 

「はい。まぁココアさんの方も終業式でしたし、帰る時間が丁度重なりました」

 

 そっか、ココア達は今日終業式なんだ。

 じゃあ明日から夏休みか〜楽しそうでいいね〜。

 

「まぁいいや、それよりさっさと着替えてきてくれ。僕はまだ昼も食べてないんだ」

 

 そういえばもう一時になるけど、有宇くんお昼休憩してなかったね。

 あれ?ていうか口調がさっきと違うような……。

 

「はーい……ってお姉ちゃん!?」

 

「モカさん!?いらしてたんですか!?」

 

 すると、ようやく二人が私に気づいたみたい。

 

「やっほ〜ココア、チノちゃん、久しぶりだね」

 

「お姉ちゃん?」

 

 有宇はそう言って首を傾げる。

 そんな有宇に、ココアがモカの事を紹介する。

 

「うん、前に話したでしょ?うちの実家のパン屋で働いてる私のお姉ちゃん」

 

「あぁ、そういや言ってたな。そうか、さっきからやけに見られてたと思ったが、この人がココアの姉か……」

 

 有宇がそう言ってモカの方を見る。

 私もちゃんと挨拶しないとね。

 

「初めまして。確か乙坂有宇くんだったよね。ココアから聞いてるよ。ココアの姉のモカです。よろしくね」

 

「いえ、こちらこそよろしくお願いします。えっと……」

 

「モカでいいよ。あ、モカお姉ちゃんでもいいからね」

 

「それじゃあモカさんで」

 

 ありゃ、お姉ちゃん呼びは恥ずかしいのかな?結構シャイなのかも。

 

「それよりお姉ちゃん、今日はどうして突然来たの?」

 

「だってあんたの手紙に男の子と一緒に暮らすって書いてあったから、心配になっちゃって。でも今日見た感じだと一安心かな?有宇くん良い子そうだし」

 

「もう、心配ないのに〜」

 

 ほんと、来る前はどんな子なのか不安だったけど、あんな完璧な接客が出来る子だもん。

 今だって礼儀正しいし、私の杞憂だったかな。

 

「それよりココア、姉との再会を喜ぶのもいいがさっさと着替えて来てくれ」

 

「あ、ゴメンね。すぐ着替えてくるよ。いこ、チノちゃん」

 

 そう言うとココアはチノちゃんを連れて着替えに行ってしまった。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 ココアの姉……か。

 ココア達が着替えに行った後、有宇とモカの二人が店に残された。

 姉と呼ばせたがるところとかはココアっぽいが、雰囲気とかはココアと違って頼りがいがありそうだ。

 以前から聞いてた限りでも、ココアよりしっかり者らしいしが……。

 

「ねぇ有宇くん?」

 

「はい、何でしょうか」

 

 取り敢えずココアの姉とはいえ一応歳上だし、素は隠しておくか。

 

「その……さっきはココアがいて聞きづらかったんだけど、実際ココアとどういう関係だったり……?」

 

「は?」

 

「えっとその……ほら、有宇くん男の子だから一応……ね?」

 

 どういう関係って……もしかしてだが、僕とココアがデキてるとか勘違いしてるのか?

 成る程、僕が妹に相応しい男か客のふりして見定めていたってわけか。なんとまぁ姉バカなこった。本当そういうところはココアそっくりだな。

 

「別にそんなんじゃないですよ。ココアとはなんにもありません」

 

「本当に?」

 

「ええ」

 

「あんなに可愛いのに?」

 

「え、ええ……」

 

 よく普通に自分の妹を可愛いだなんて言えるな。シスコンにも程があるぞ。

 全く。ココアといい、こうはなりたくないもんだ。

 

「そっか、それはそれで腑に落ちない気もするけど、取り敢えず安心したよ。あの子、しばらく手紙全然よこさなくて、それでしばらくぶりに来たな〜と思ったら男の子と一緒に暮らすことになったとしか書いてないんだもん。心配になって思わず来ちゃったよ」

 

「そうでしたか」

 

 まぁ、僕が来た頃、リゼなんかも同じような心配してたし、わからなくはないが。

 にしてもわざわざ電車に乗って遠くから来るとは……ココアの姉根性はこの人譲りか。

 

「でも有宇くん、とってもいい子みたいだし安心したよ。あんな完璧な接客ができるんだもん。お客さんを大事にする心がなきゃ出来ない事だよね〜」

 

「えっと、それは……」

 

 あれは僕なりの処世術みたいなもので、普段から周りからいい目で見られるよう猫被ってたから、相手にどうしたら好感を持ってもらえるかなんとなくマスターしてるだけなんだが……。

 その時、店の扉が開き学校の制服姿のリゼが入って来た。

 

「すまない遅くなった」

 

「お、リゼちゃんだ。久しぶり〜」

 

「モカさん!?なんでここに!?」

 

 するとリゼは素早い動きで有宇の後ろに姿を隠す。

 

「どうしたリゼ?お前らしくもない」

 

「いいから隠れさせてくれ!こうでもしないと命までモフられる!」

 

「は?」

 

 モフられる?何を言ってんだお前は?

 するとモカは席を立ち、怪しげな手つきで有宇の後ろにいるリゼに迫る。その姿は傍目から見たら変態のようにも見える。

 

「もう、リゼちゃんはテレ屋なんだから。隠れてないで、おいで〜!」

 

 そしてモカさんがリゼに襲いかかる。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 

 しかしリゼの前には有宇がいる……が、有宇はモカをさらりと避ける。そして有宇が避けたということは、当然リゼが無防備な状態となる。

 おかげで見事、リゼはモカに捕まり、そのままモカの腕の中でモフられることとなった。

 

「有宇〜!この裏切り者〜!」

 

「女同士のスキンシップを邪魔する程、僕は野暮な男じゃないんでな。僕に構わず好きにすればいい」

 

 まぁ単にモカさんの相手をするのが面倒なだけだったのだが。要は貴様らの茶番に僕を巻き込むなという話だ。

 有宇はリゼのことなど放って置いて、自分の昼食の用意を一人淡々と始めていた。

 

 

 

 数分後、ようやくリゼはモカさんから解放された。その間リゼは顔を真っ赤にして、呻き声を上げていた。……そんなに嫌だったのか?

 そしてモカから解放されたリゼは生気を吸い取られたような顔でフラフラと店の奥へと歩いていく。

 

「……それじゃあ私は着替えてくるから」

 

「お、おう……」

 

 そのままリゼは廊下の奥へと姿を消してしまった。

 やはり止めた方がよかったか。少し悪い事したか……?

 

「ふ〜、やっぱりリゼちゃんはモフり甲斐があるな〜」

 

 そしてこの人はというと、リゼに悪い事をしたという自覚すらないようだな。ある意味ココアより厄介かもしれないなこの人……。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 リゼちゃん変わってないな〜。

 でももうちょっとモフモフさせてくれてもいいんだけどな〜。

 そしてリゼが消えた後、入れ替わりで奥からココアとチノが制服に着替えて戻ってきた。

 

「お待たせ有宇くん。……なんかリゼちゃん元気なかったけど何かあった?」

 

「さぁな、それより僕はもう上がる。後は頼んだ」

 

「うん、お疲れ〜」

 

「お疲れ様です」

 

 すると有宇はモカの方を向く。

 

「それじゃあモカさん、僕は上がるのでこれで」

 

 そう言うと有宇は軽くお辞儀をする。

 

「うん、お疲れ様」

 

 やっぱり礼儀正しい子だね〜。

 心なしか接客の時と違ってココア達には砕けた口調だけど、やっぱりいい子だね。

 そしてそのまま有宇は背を向けて自分の昼食を持って廊下へと姿を消して行く。

 有宇が出ていった後、ココアがモカの机にあるカップとお皿をお盆に乗せる。

 

「お姉ちゃん、お皿とカップ下げちゃうね」

 

「ありがとっ♪」

 

 しかしその時、ココアの持つお盆がぐらりと揺れ、お盆に乗ったカップとお皿が落ちる。

 

「あ」

 

 そしてそのままガシャーン!と音を立てて、落としたカップとお皿はバラバラに割れてしまった。

 

「ココアさん……」

 

「デヘヘ、やっちゃった」

 

「ココアー!デヘヘじゃないでしょ!」

 

 すると音を聞きつけてか、廊下から有宇が戻ってきた。

 

「どうした!何があった!」

 

「ココアさんがまたやらかしました」

 

 チノがさらっと容赦なく有宇に告げ口する。

 するとその時、さっきまでの優しそうな雰囲気の彼からは考えられないような鋭い目つきでココアを睨みつけた。そしてズカズカと足音を立ててココアに迫る。次の瞬間───

 

 ポコッ

 

 思いっきりココアの頭を小突いた。

 

(ええぇぇぇぇぇ!?)

 

 あれ!?今叩いたよね!?

 私の見間違い?でも実際ココアが頭を抑えて痛そうにしてるし……。

 さっきまでの優しそうな男の子は何処へ!?

 

「割ったカップと皿は自腹で補填するように」

 

「うぅ……叩かなくたっていいのに……」

 

「アホ、この一ヶ月で何枚割ったと思ってんだ。少しは気をつけろ」

 

「はい……」

 

 どうしよ……これが今のここの日常なのかな……。

 すると奥から着替え終わったリゼが帰ってくる。

 

「なんだ、またココアが皿でも割ったのか?」

 

 丁度いいのでモカはリゼに尋ねる。

 

「リゼちゃん……あの、有宇くんがココアの頭を叩いたんだけど……?」

 

「あぁ、やっぱココアがやらかしたのか。有宇の奴、次割ったらぶん殴るって言ってたからなぁ……」

 

 さも有宇くんならやるだろうなといった風に言う。もしかして私はとんでもない勘違いをしてる……?

 モカは改めておそるおそるリゼに再び尋ねる。

 

「あのーリゼちゃん、有宇くんってもっとこう礼儀正しいくて優しい男の子だと思ってたんだけど……」

 

「あぁ、確かに接客してる時はそんなだけど、素のあいつは紳士でも何でもないからな」

 

 ええ!?じゃあ今までの全部演技だったってこと!?

 

「じゃああの完璧な接客は……?あれは演技でどうにかなるものじゃ……」

 

 すると有宇がモカ達に気付き、近づいてくる。

 

「どうしたリゼ?」

 

「あ、有宇。なんかモカさんがお前の接客の時とのギャップに混乱してるみたいでさ。お前から説明してやれよ」

 

「説明って……んなの僕の知ったことではないんだが……はぁ、仕方ない」

 

 すると仕方無さそうに有宇がモカの方を見る。しかし、そこにはさっきまでモカが抱いていたイメージの紳士な態度の彼はいなかった。

 だって私を見る目がなんていうか……ゴミでも見るかのような目なんだもん!!

 

「で、なにか?」

 

 怖い!怖いからその目やめて!

 取り敢えず改めて本人に尋ねてみよう……。

 

「えっと……有宇くん?さっきまでの紳士な対応はどこへ……?」

 

 すると有宇は「はぁ……」と溜め息を吐いてから答える。

 

「そんなもん接客スマイルに決まってるだろ。大体接客なんてみんなそんなもんだろ?シャロでもやってることだぞ」

 

「それはそうかもだけど落差が……心なしか口調変わってるし……。そ、それにあの完璧な接客対応は?あれは演技でどうにか出来るはずは……」

 

「そりゃ昔から人に良く見られる為に工夫はしてるからな。僕は顔は良いから他を良くすれば完璧だし、その為に自分をよく見せる努力ぐらいはしてるさ。ぶっちゃけ、僕に長時間話しかけてくるババアとか、五月蝿い赤ん坊やガキ連れのババアとかマジでムカつくんだよな」

 

 ええぇぇぇぇぇ!!

 じゃああれは……あの完璧な接客対応はお客様の為にじゃなくて、全部自分のため!?

 ていうか今さらっと自分のことカッコイイみたいなこと言ってなかった?ナルシストなの?

 それにお客さんのことをババアって……まさかあんな笑顔で完璧な接客をしてる裏でそんな事思ってるなんて思ってもみなかった……。

 

「あんなの接客じゃなきゃやってられないし、やる気もない。まぁ、これも僕の完璧なイメージを保つため。ついでに居候してる身だし、一応この店の為にこの僕が一肌脱いでやってるって感じだな」

 

 こ……この子……凄い悪い子だ!!

 なんていうか、まるで自分のことしか考えてない。今までココアの周りにいた子はみんな良い子だったのに、なんでまた急にこんな子が……。

 うちにも二人男の子いたけど、普通にいい子だったけどなぁ……。

 ただでさえ男の子がいることに若干の不安があったのに、なんか今その不安が現実の物になっちゃったんだけど……。

 ていうかタカヒロさん!!有宇くんには言っちゃ悪いけど、なんでこんな子を住み込みで働かせることを許したんですか!?普通こういうのってホームステイしてる子供の家族に教えるものじゃないんですか!?

 モカがそんな事を思ったその直後、タイミングよくマスターが帰ってきた。

 

「ただいま。おやモカ君、もう来ていたのかい?」

 

 するとモカは有無も言わさずマスターに詰め寄る。

 そしてその場で有宇について問い詰めた。

 

「マスター!男の子が一緒に暮らすなんて聞いてないんですけど!」

 

「おや、君達のお母さんには許可は貰ったのだが、聞いてないかい?」

 

「お母さぁぁぁん!!」

 

 知ってたなら私にも教えてよ!

 ああもう!きっとお母さん、変なところ抜けてるから言い忘れてたんだ。それに大抵のことは一秒で了承する人だしなぁ……。

 

「で、ですけど!正直有宇くん見てて私、ココアと一緒に暮らしていけると思えません!有宇くん、なんか全然良い子じゃないみたいだし、ココアのこと平気で叩いたりするみたいだし……」

 

「お姉ちゃん何言ってるの!?」

 

 するとモカの訴えを聞いて、ココアが驚く。

 これ言ったらココア怒るかもしれないけど、でもここはビシッと言わないと!

 

「ココア、これは姉として……家族として心配してるの。元々男の子と一緒に暮らすこともあまり賛成できることじゃないのに、今の有宇くんを見て、ココアと一緒に暮らしていくのは私としては賛成できないの。これは姉として黙って見過ごせません!」

 

 そう言うとココアは顔を俯かせた。それからココアの体がプルプルと震え出す。

 

「お……」

 

「お?」

 

「お姉ちゃんのバカァァァァァ!!」

 

 そう言うとココアは店を飛び出して行ってしまった。

 

「ええっ!?ちょっ、ココア!?」

 

「ココアさん待ってください!」

 

 そしてチノが飛び出したココアの跡を追って行った。

 ちょっと言い過ぎたかな……でも。

 ちらりとモカは横目で有宇の方を見る。

 

「全く騒騒しい。チノまで出ていきやがって。ったく、またあいつらの代わりにシフトに入るなんて御免だぞ」

 

 私に悪く言われてることに関しては全く気にしてないみたい。

 ていうかココアは君の心配をしてくれていたのに、君は自分の心配しかしてないんだね……。

 そしてそんな彼を見て改めて、モカはマスターに言う。

 

「とにかく、私はココアと有宇くんが一緒に住むことには反対です。バイトとして雇うだけならまだしも、住み込みで彼と一緒に住むのには納得できません!」

 

 モカがそう言うと、マスターは少し間をおいてから、こう提案する。

 

「モカ君の気持ちはよくわかったよ。ならこういうのはどうだろう?彼を今日一日観察してみるのは」

 

「え?」

 

「確か今日はうちで泊まっていくということだっただろう。なら今日一日君が彼をしっかり見定めるというのはどうだろうか」

 

「でも……見定めるって言っても」

 

 チラッと再びモカは有宇の方を見る。

 正直今更彼を良く見れる自信ないんだけどな……。それに怒って出ていったココアとも早く仲直りしたいし……。

 するとマスターは更にこう続けた。

 

「もし一日彼を見ていても君の意志が変わらないのであれば、私も彼を雇った身として、そしてココア君のホームステイ先の主人としての責任を果たそう」

 

「え?それはどういう……」

 

「彼の解雇も視野に含めて対処するということだ」

 

「ちょっ、マスター!?なに勝手に決めてんですか!!」

 

 解雇と聞いて流石の有宇くんも焦りを感じたようだ。

 

「モカ君は君についてまだ良く知らない。だからモカ君には君を見定めるだけの時間を与える。しかしそれでもモカ君の気持ちが変わらないのであればそれは君の人間性……ひいては君の責任であるということだ。だから君にもそれなりの覚悟をしてもらいたい」

 

「いや、でも急にそんな……!」

 

「なに、私も君がどんな人間なのかはこの二ヶ月近い期間で十分理解してるつもりだ。モカ君もきっと考えを改めてくれるだろうさ」

 

「マジかよクソッ……。あーわかりました。勝手にしてください」

 

 有宇は観念したのか、諦めたかようにそう頷いた。

 それがマスターに言われたから仕方なくなのか、それとも私に認めてもらえる自信があるのか……。

 どの道私が彼を認めるなんてことは今のところ全く無いんだけどな……。

 

「モカ君もそれでいいかな?」

 

「えっと……」

 

 別に解雇までしなくてもいいんだけどな……でも私の言ってる事って結局そういう事になるものね。

 それにこれもココアのため……少しは心を鬼にしないと!

 

「わかりました。それで構いません」

 

 それからモカは有宇をキッと睨む。そして改めて有宇にビシッと指を指し宣戦布告する。

 

「それじゃあ有宇くん、君の事、バッチリ見させてもらうから覚悟して!」

 

「あぁ、勝手にしてくれ」

 

 え、なんか軽い!?一応君の解雇がかかってるのに、それでいいの?

 しかし彼はそのまま廊下の方へ出ていってしまった。

 

「なんなの彼……」

 

 するとさっきからモカ達の様子を見ていたリゼが、モカに声をかける。

 

「まぁモカさん、私達も最初は驚きましたし、気持ちはわからなくはないですが、あいつ、あれでも結構いいとこあるんですよ」

 

「でも……」

 

 今の彼を見ていても、そんな風には見えないんだけどなぁ……。

 

「取り敢えずタカヒロさんが言うように様子を見てみたらどうです?何か他にあいつに関して心配事があれば相談に乗りますから」

 

「リゼちゃん……!もう、本当に良い子なんだから〜!」

 

 思わずリゼちゃんの優しさに感動して、思い切り抱きつく。

 

「うわぁぁぁ!!近づくなぁぁぁ!!」

 

 しかしリゼの抵抗も虚しく、モカの腕の中でモフられることとなった。

 

 

 

「……で、なんで僕の部屋にいるんだ?」

 

 リゼちゃんを一通り堪能した後、私は有宇くんのお部屋にお邪魔していた。

 

「勿論、君を見定めるためだよ。さっきタカヒロさんが言ってたでしょ」

 

「あっそ、別にいいけど妹に男と同居云々言ってたくせに、男の部屋に一人でよくもまぁズカズカ入って来れるな」

 

「わ、私だって仕方なくだもん!もう、君って本当に意地悪だね」

 

「僕は事実を言ったまでだ」

 

「そりゃそうかもしれないけど……一応私、君よりお姉さんなんだし、もうちょっと気を使ってくれたって……」

 

「はっ、何故敵意剥き出しの相手に気を使わなきゃいけないんだ。大体、僕が敬う相手は僕自身をおいて他にいないしな」

 

 う〜ん、やっぱ捻くれてるというか何というか……。

 まぁ、私は歳の差とか気にするタイプじゃないから別にいいんだけどね。

 でもココアやリゼちゃんがああやって言うぐらいだし、彼にも良いところの一つや二つはあるはずだよね……多分。

 とにかく、そこを見ない限りは判断のしようもないんだけど、でも彼、お昼のパン食べながら本読んでるだけで何もしてないし、これじゃあ見定めようにもできないし、それに何より……。

 モカ達は狭い一室で二人でいるわけだが、そこに会話もなく沈黙だけが流れている。

 何というか……気まずい!!

 なんかお話とかできたらいいけど、共通の話題も特にないし、そういうの出来る雰囲気じゃないよね。さっき大分酷いこと言っちゃったし……。

 で、でも一応向き合うと決めたわけだし、諦めちゃダメよ私!

 そう自分に言い聞かせると、改めてモカは思い切って有宇に話しかけてみる。

 

「えっと……ココアの昔話とか聞きたくない?」

 

「いや別に」

 

「そう……」

 

 モカはがっくりと項垂れる。

 ううん、でもここで諦めちゃダメ、まだ何か共通の話題を見つけなきゃ……。

 モカは話題探しに周りを見回す。すると本棚に興味を惹かれる物を見つける。

 

「あ、これ青山先生の本だ!もしかして有宇くんも好きなの?」

 

 見つけたのは青山先生の著書『怪盗ラパン』だ。

 しかもドラマ化決定記念の新装版ってことは、彼もかなりのファンだということだ。

 

「まぁ、それなりには。あんたも好きなのか?」

 

「うん!大好き!この街に以前来たときもココアが知り合いになったって聞いて驚いたよ!私、麺棒にサインしてもらったんだ〜♪」

 

「サインか……そういえば僕はまだそういうのは貰ってないな。今度来るときに貰ってもいいかもな」

 

「有宇くんは青山先生の作品だと何が好き?私はベーカリークイーンかな。やっぱ同じパン屋として通じるものがあるんだよね〜」

 

「僕はそうだな……うさぎになったバリスタかな?うさぎになっても店を続けていこうとする店のマスターの心意気には感動させられたな」

 

 それからしばらく、二人は青山ブルーマウンテンの作品で盛り上がった。

 

 

 

「いや〜それにしても有宇くんが青山先生のファンだったなんて驚きだよ」

 

「別にファンってわけじゃ……まぁ、いいか。それよりもそろそろ洗濯物でも取り込むとするか」

 

 いつの間にかお昼を食べ終えていた有宇くんは、そう言うと席から立ち上がった。

 

「洗濯物って……まさか!!」

 

 もしかしてココア達のも!?

 更にもしかすると、ココア達の洗濯物でその……言えないような何かを!?

 

「……一応言っておくと、僕がやるのは僕とタカヒロさんの分だぞ。ココアとチノはそれぞれ自分達でやってるし、そもそもあいつらの着た物なんぞに興味はない」

 

 あ、そうなの。

 そういえば前回来たときも、ココアとチノちゃんは自分でやってたね。

 

「そうだ、折角ならついでにあいつらの分もやっておいてくれよ。取り込んで洗濯かごに分けるだけでいいから。どうせ暇だろ?」

 

「え?あ……うん」

 

 そして言われるがまま有宇くんの跡をついていき、洗濯物を取り込みに行った。

 

 

 

 それから有宇くんは淡々と洗濯物を取り込み、自分とタカヒロさんの分を手慣れたものかのように分けてかごに入れていく。

 

「随分と手慣れてるね。お家でもやってたの?」

 

「まぁ、服をたたむぐらいは自分でしてたけど、家事は大体妹がやってたかな」

 

「妹さんいるの?」

 

「ああ、ココアなんかよりずっと可愛い奴でさ」

 

「なっ!そんなことないもん!その子も可愛いかもしれないけど、ココアだって可愛いもん!」

 

「ふっ、姉バカもここまで来ると、もはや病気だな」

 

「それ君が言うの!?……もう、そういう事言う子はこうだ〜!」

 

 モカは有宇くんの後ろに回り、脇に素早く手を入れこちょこちょと擽る。

 

「なっ!くそっ、離せ……はっ……ハハ、やめ……ハハハッ!」

 

 よしよし、効いてる効いてる。

 懐かしいな〜。ココアの上二人に怒る時とかもよくこうしたっけ。あの子達、東京で元気にやってるかな〜。

 東京にいる二人の男兄弟達にモカが思いを馳せている間、有宇はモカのくすぐり地獄を嫌というほど味わわされた。

 

「はぁ……はぁ……くそっ、なんなんだよ……」

 

 しばらくしてようやくモカから解放されると、有宇は膝と手を地面につき、息を整える。

 対するモカというと……。

 

「う〜んよし!スッキリスッキリ!うぉー!」

 

 有宇から1本取った気になって、すっかり機嫌よくしていた。

 にしても有宇くん、結構妹思いなんだね。意外だな〜。

 それにちゃんと話してみると結構話しやすいっていうかなんていうか、もしかしたら思ったより悪い子じゃないのかもしれない。話してみないとやっぱわからないことってあるな……って、駄目よモカ!さっき予想を裏切られたばっかなんだから!まだまだ様子を見ないと!

 少し心を許し始めてはきたものの、改めてモカは自分にそう言い聞かせた。

 

 

 

「で、まだ付いて来るのか……」

 

「うん、だってまだまだ君のことよくわからないし。ココアのためにもちゃんと見定めないと」

 

「あっそ……」

 

 洗濯物を取り込んでたたみ終わると、有宇は休憩がてら千夜の働いている店、甘兎庵に行くことにしたらしい。そしてそこにモカも付いていくことにしたのだ。

 にしてもココア、まだ怒ってたな……。

 モカは甘兎に出かける前、店を出る時の事を思い出していた───

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 甘兎に出かける前、当然外に出るには店の戸口から出るわけだが、そのためには店に顔を出す必要があるわけで、店にはバイト中のココア達がいる。

 因みにココアはあれからすぐにチノに連れ戻されて戻って来ていた。

 

「少し出る」

 

「あぁ、いってらっしゃい」

 

「いってらっしゃいです、お兄さん、モカさん」

 

 有宇が出かけることを言うと、リゼもチノも快く見送ってくれる。

 しかしココアはというと……。

 

「……いってらっしゃい」

 

 一応見送りの挨拶をしてはくれたが、いつものような元気な声ではなかった。

 そんなココアに何か言おうとモカは声をかけようとする。

 

「あの……ココア……」

 

 しかしモカが声をかけようとすると、すぐにそっぽ向かれてしまった。

 

「ゔゔ……」

 

 あまりのショックに、モカは思わずその場で座りこんで泣いてしまう。

 

「えっと……おい、付いて来るならさっさと来てほしいんだが……はぁ、仕方ない。ほら、行くぞ」

 

 このままじゃ埒が明かないと思い、仕方なく有宇はモカの手を強引に引いて店を後にした───

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 ココア、もし有宇くんが、私が認めなかったせいで出ていくことになっちゃったら絶対許してくれなくなっちゃうよね……。

 でもまだ有宇くんを信頼できるかっていったらそうじゃないし……どうしよう。

 甘兎への道中、ココアの気持ちを尊重して有宇くんを認めるべきか、それともココアのためにも有宇くんを認めないべきか、モカはそんな二つの感情の間で板挟みになっていた。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 有宇とモカが出掛けた後、ラビットハウスの方はというと───

 

「なぁココア、モカさんの事許してやったらどうだ?モカさんだって姉としてお前のこと心配してるだけだろうしさ」

 

「でもお姉ちゃん、有宇くんの事まだよく知らないのに、あんな風に言うなんて酷いよ……」

 

 リゼがココアにモカを許すように言うが、ココアの方はまだモカの有宇に対する態度を気にしていた。

 

「お兄さん、色々と誤解されやすい人ですからね」

 

 チノがモカに同情するようにそう言う。そしてリゼはココアにモカを許してもらえるよう、モカの擁護を続ける。

 

「まぁ、そこも含めてあいつらしさではあるけど、モカさんが誤解する気持ちもわからないではないしな。それにモカさんだって、きっと有宇の事認めてくれるさ」

 

「うん……でも……」

 

 しかしココアはまだどこか不安そうな声でそう答える。

 

「ならさ、モカさんが帰ってきたらちゃんと話してみろよ。ココアがモカさんに伝えたいこと、ちゃんと伝えてみたらどうだ。モカさんならココアの言いたいこと、ちゃんと聞いてくれるだろ?」

 

「それがいいと思います。モカさん、ちゃんとわかってくれると思います。私からもモカさんにお願いしてみますから」

 

「リゼちゃん……!チノちゃん……!」

 

 リゼとチノに、自分達もモカに有宇のことを頼んでみるから、モカとちゃんと話し合うように促されると、ココアも少し元気を取り戻した。

 

「わかった。お姉ちゃんが帰ってきたらちゃんと話してみるよ」

 

「あぁ、頑張れ」

 

「頑張ってください」

 

「うん!よ〜し、それじゃあそれまでお仕事頑張ろ〜!」

 

「「おぉー!」」

 

 モカとちゃんと話し合うことを決めると、ココアはいつもの調子を取り戻した。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 ラビットハウスを出てからしばらく歩くと、有宇とモカの二人は千夜の働く店、甘兎庵に着く。

 中に入ると千夜が笑顔で二人を出迎えてくれる。

 

「あら有宇くん、いらっしゃい。あら、モカさん?いらしてたんですか?」

 

「千夜ちゃん久しぶり。ちょっと用があって……」

 

「千夜、いつもの二人分頼む」

 

 すると有宇くんが何かを注文する。

 いつもの?もしかして結構ここに来てたりするのかな?

 

「はいよ、琥珀色の三宝珠二人分ね。にしても有宇くん本当に好きなのね」

 

「まぁ……それなりにな。ほら、こっち空いてるから座ろう」

 

「う、うん」

 

 そう言うと昼間、老婆の客にしてみせたように、有宇は自然な振る舞いでモカの手を引く。

 お客さんにもやってたけど、演技と言いつつなんだかんだで自然にやってるような……。

 でもさっき、自分に敵意を向けてる私には敬う必要はないとか言ってたのに……一体どういうつもりなんだろう。

 そして席につくと、有宇くんは机にノートと教科書みたいな物を広げる。

 

「あれ?息抜きに来たんじゃないの?」

 

「家にいると本とか読んで集中できないしな。ここでやった方が集中できるし、わからなければ千夜にも教えてもらえる。それにあいつらといるより気は休まるし」

 

「そ、そうなんだ」

 

 そして千夜が来るまでの間、有宇は黙々とノートに向かい合っていた。

 見たところ、使ってる教材は学校の教科書ではないみたい。教材のところに高卒認定って書いてあるし。

 そういえば有宇くんってなんでラビットハウスで住み込みで働いてるのかな?ココアの弟って言ってたし、ココアより歳下……高校一年生ぐらいだよね。普通は学校に通ってる歳の筈だけど、学校に行ってる様子は見えないしな……。ココアの手紙にもその辺の事は書いてなかったし、一体どういう事情なんだろう?

 すると、千夜が団子の乗ったお皿を二つ、二人の席に置いた。

 

「お待たせしました。琥珀色の三宝珠二人前です」

 

 団子には醤油色のタレがかかっている。よくある普通のみたらし団子だ。

 いつものってみたらし団子だったんだ。へぇ〜団子が好きなんて有宇くん渋いね。二人分食べるぐらいだし、凄い好きなんだろうな。

 すると有んは皿の一つをモカの前に置いた。

 

「え?これ有宇くんの分じゃなかったの?」

 

「僕はそこまでごうつくばりじゃない……まぁいい、僕の奢りだ。一応ココアを怒らせたのは僕にも原因があるし、その……詫びというかなんというか……これで元気出してくれ」

 

「えっ……!えっと……うん、ありがとう。それじゃあ頂くね」

 

 さっきは気にしてなさそうだったのに、なんだかんだ気にかけてくれてたのかな……?あ、団子美味しい〜。

 有宇の優しさを感じながら、モカは団子を頬張った。そして団子を食べながら目の前にいる彼の事を考える。

 にしても彼、悪い子なのかなって思ってたけど優しいところもあるし……う〜ん、なんだかわからなくなってきたような……。

 

「モカさん、どうかされましたか?お団子美味しくありませんでした?」

 

 すると千夜がモカの様子を気にかけて声をかける。

 

「ううん、そんなこと無いよ!とっても美味しいよ」

 

「そうですか?それならいいですけど、何かあれば遠慮なく聞いてくださいね!」

 

 何かあれば……そうだ、折角なら千夜ちゃんに聞いてみようかな。

 

「それじゃあ千夜ちゃん。千夜ちゃんから見て有宇くんってどんな子かな?」

 

 今日会ったばかりの私より、千夜ちゃんの方が有宇くんについて色々知ってるはずだしね。聞いてみて損はないはず。

 

「有宇くんですか?そうですね……有宇くんはすごく頑張り屋さんだと思いますよ。ラビットハウスさんを盛り上げるためにも一生懸命でしたし、それにうちとのコラボを実現する時も凄い頑張ってくれたんです」

 

「コラボ……?」

 

 それを聞いてモカは、ラビットハウスのメニュー表に書いてあった抹茶を使ったメニューを思い出す。

 そういえばラビットハウスのメニューのところにも書いてあったけど、あれ有宇くんが企画してたんだ。

 

「うちのおばあちゃん、昔ラビットハウスさんと喧嘩しちゃってて、コラボはもう無理だと思ってたんです。実際おばあちゃんがなかなか許してくれなくて大変だったんですけど、有宇くんが新しいコラボメニューを考えたり、チノちゃんのお祖父さんが街のどこかに隠した昔のコラボメニューの作り方が書かれたレシピノートを、街中から探して来てくれたりしたおかげで実現できたんです。あ、そうだ!モカさん試食してみますか?有宇くんの作ったメニュー」

 

「え?えっとそれじゃあ……」

 

 そう言うと千夜は奥へ引っ込んでしまった。

 にしてもラビットハウスを盛り上げる……そんなことしてたんだ。

 モカは団子を片手にノートに向かっている有宇を見つめる。

 ただの意地悪な子だと思ってたけど……でもそういえば私が初めて来たときよりもお客さん来てたような気がするし、それなりに成果も出てるみたいだね。

 まぁ、まだお客様を思いやる気持ちが足りてないけど、でも君も結構頑張ってるんだ。

 すると千夜が何かをお盆に乗せながら奥から出てくる。

 

「お待たせしました。こちらラビットハウスさんとの新コラボメニュー『緑と漆黒の大地にそびえ立つ黄金の塔』です」

 

 そうして出されたのは、カップの下に黒と深緑色のゼリーのような物が敷き詰められ、上にはきな粉と黒蜜がかけられたソフトクリームが乗ったスイーツだった。

 

「おおっ〜!美味しそ〜!」

 

「有宇くんもどうぞ」

 

 そう言うと千夜ちゃんは有宇くんの席にも置く。

 

「いいのか?」

 

「ええ、ちょっと改良してみたから有宇くんにも食べて欲しいの」

 

「そういや餡子と白玉がついてるな。それじゃあ遠慮なく頂こう」

 

 そして有宇と一緒に、モカは有宇が作ったというメニューを試食する。

 

「うん、美味しいね〜。抹茶は合うとは思ってたけど、コーヒーも結構きな粉と黒蜜が合うね」

 

 すると作った張本人である有宇くんも感嘆の声を洩らした。

 

「かける黒蜜の量を増やして、更に粒餡と白玉を追加して餡蜜にしたのか。確かに餡蜜や和風パフェにもやろうと思えばアレンジできるとは僕も思っていたし、うん、いいんじゃないか?」

 

 作った本人も声を唸らせるなんて、千夜ちゃんやるね〜。

 でもすぐ有宇くんは千夜ちゃんのアレンジに対して冷静に批評する。

 

「ただこれだと元々のコラボの趣旨から外れるのと、コストがかかって値段が上がるのが難点だな。やるなら元々のメニューに追加料金を払わせることでトッピング出来るって感じで出してみるのはどうだろう?それなら完全に一新して変えるよりも効果があるし、元々のコラボの趣旨にも反しないと思うのだが」

 

「なるほど、確かにその方がお値段を気にするお客さんも遠慮する必要がなくなるものね。流石は有宇くんね」

 

 おおっ、冷静に分析してる。

 それに適切なアドバイスも入れてくれてるし……なんだかんだでお客さんの気の引き方は心得てるし、この子凄いのかも……。

 これでもうちょっとお客さんを思いやれればなぁ……。

 モカが有宇に感心していると、お店に誰か入って来た。

 

「いらっしゃ……って、あら?シャロちゃん、今日バイトなかったのね」

 

「ええ、リゼ先輩のお誘いの準備もあるし……ってモカさん!?来てたんですか!?」

 

 店にやって来たのは制服姿のシャロだった。そして入ってすぐにモカの存在に気が付く。

 

「シャロちゃん久しぶり。そうそう、丁度いいからシャロちゃんにも聞きたいんだけど、シャロちゃんから見て有宇くんってどんな子かな?」

 

「突然何ですか……有宇?えっと、そうですね……正直口は悪いし、リゼ先輩にもタメ口ですし、金にがめついし、性根も腐ってますし、バカですし……」

 

「いや言いすぎだろ!どんだけ僕のこと嫌いなんだよ!」

 

「うっ、うるさいわね!事実そうなんだから仕方ないでしょ!」

 

「この女ぁ……」

 

 さっきまで黙って黙々と勉強していた有宇がシャロに不満を漏らす。

 まぁ確かに酷い言われようだけど、大体その通りなんだなっていうのは想像つくな……。

 すると「でも……」とシャロは続ける。

 

「でもまぁ、やる時はやる奴だし、偶に優しい時とかはあるし、私が熱出した時もご飯作りに来てくれたりしたし、その……悪い奴じゃないと思います。……まぁ 、別に良い奴でもないですけど」

 

「んだとコラ……」

 

「なによ」

 

「まぁまぁ二人とも、モカさんの前で喧嘩はダメよ」

 

 今にも喧嘩しそうな雰囲気の二人が火花を散らせるものの、千夜が仲裁に入ってひとまず二人とも落ち着く。

 シャロちゃんは有宇くんに対して棘はあるけど、でもなんだかんだ有宇くんのこと認めてるって感じ……かも?

 そしてシャロに続いて、更に二人の客が店にやって来る。

 

「やっほー千夜!遊びに来たよ!それにシャロと有宇にぃと……モカ姉もいる!?」

 

「千夜さんこんにちは〜。あっ!モカさんだ〜!」

 

 やって来たのはチノちゃんのお友達のマヤちゃんとメグちゃん。二人とも相変わらず可愛いな〜。

 

「マヤちゃんメグちゃんこんにちは。久しぶり」

 

「モカ姉、また突然どうしたの?ココアになんかあったの?」

 

「もしかしてココアちゃん、お家に帰っちゃうとかかな?」

 

「ううん、そういうことじゃないの。あ、そうだ。ねぇねぇ、二人から見て有宇くんってどんな子かな?」

 

 折角なのでモカは、二人にも有宇について聞いてみる。するとマヤが答える。

 

「有宇にぃ?う〜ん、そうだな〜有宇にぃはねぇ、ナルシストだし口悪いけどすっごく優しいよ。私、前に有宇にぃに助けられたことあるんだ〜」

 

「助けられた?」

 

「えっとね、前に兄貴に貰った時計が盗まれちゃったんだけど、たまたま街で会った有宇にぃが協力してくれて、探偵みたいな名推理と催眠術で犯人を見つけてやっつけて取り返してくれたんだ〜。なぁメグ」

 

「ウン、あの時お兄さんがいてくれて本当に良かったよ〜」

 

 名推理!?催眠術!?

 えっと……その辺はよくわからないけど、つまりは有宇くんが助けてくれたって事でいいんだよね?

 そして、更にマヤはこう続けた。

 

「そうそう、しかもこの前なんか有宇にぃ、強盗の魔の手からラビットハウスを守ったんだよ」

 

「強盗!?」

 

 そういえばココアの手紙にも書いてあったけど、有宇くんの方に気を取られてまだ聞いてなかったな……。

 

「うん、私その場にいたわけじゃないから詳しくは知らないけど、有宇にぃが捕まえたみたいだよ」

 

「おかげでお店のお金も取られずに済んだみたいですよ。チノちゃん、学校で嬉しそうに話してました」

 

 催眠術っていうのがいまいちわからないけど……でも、有宇くんが強盗を退治したってことでいいのかな?

 本当なのかどうかにわかに信じられず、チラリとモカは千夜とシャロの方を見る。

 するとモカの意図が伝わったのか、二人はモカの疑問に答える。

 

「本当ですよ。有宇くん、警察から感謝状も貰ったんですよ」

 

「まぁ街中で騒ぎになってたものね。なんにせよお手柄よね」

 

 どうやら本当のことみたい……。

 すると有宇くんが突然、クククと笑い声を漏らした。

 

「当然だ!この僕に歯向かう愚か者は容赦なくこの手で潰してやるさ!別に貴様らのためなんぞにやったわけじゃないが、まぁ、好きに感謝すればいい」

 

 そう意気揚々と高らかに言い放った。

 本当になんていうか有宇くんって典型的な俺様くんなんだなぁ……一人称僕だけど。

 そんなことをモカが思っているとマヤとメグが突然笑い出す。

 

「本当有宇にぃはいつも上から目線だよね〜」

 

「お兄さんナルシストだ〜」

 

 そしてシャロも先程のように有宇に毒づく。

 

「本当、あんたって自信過剰よね。ていうか少しは素直に言ったら?褒められて嬉しいって」

 

「ふん、僕はいつだって素直だ」

 

 そしてそんな有宇達の様子を見ているモカに、千夜がそっとモカの耳元に声を落とす。

 

「有宇くん、誤解されがちですけど、根は凄くいい人なんですよ。最初はちょっとしたいざこざとかもありましたけど、今じゃみんな有宇くんともすっかり仲良くなりましたし、有宇くん自身、自覚してるかはわかないけど多分、私達のことを信頼してくれてると思います。勿論、問題が何もないわけじゃないですけど、でもきっと私たち、前よりもっといい友達になれると思います」

 

 千夜ちゃん、もしかして私がこの街に来た目的わかってたのかな?でもそっか……有宇くん、みんなに信頼されてるんだね。

 千夜の話を聞いて、モカは自分の考えを改め始めた。

 最初は口調も荒くて自分勝手な子なのかと思ったけど、なんだかんだ人の事をちゃんと思いやれるところはあるし、人に手を差し伸べてあげられる子なんだな。

 それから目の前の光景に目を向ける。

 有宇くんの周りで楽しそうに笑うマヤちゃんとメグちゃん、それに何か言い合ってるシャロちゃん、私の横で微笑む千夜ちゃん……みんな楽しそう。

 乙坂有宇くん……君は君のやり方でみんなと仲良くやってるんだね。あぁ、そっか……初めから私が口を挟む余地なんかなかったんだ。

 モカは目の前で楽しげに笑う彼女らを前に、そう考えを改め直した。

 

 

 

 それから暫くして、有宇とモカの二人は甘兎庵を後にした。二人が甘兎を出る時には、空はもうすっかり綺麗な茜色に染まっていた。

 

「もうこんな時間なんだね……ってどこに行くの?」

 

 有宇は何故かラビットハウスとは違う方向に向かっていた。

 

「夕飯の買い物するからスーパーに。あんたも来るか?」

 

「え、うん、別にいいけど……」

 

 それから二人はスーパーに向かった。スーパーに着くと、有宇はカゴを持って早速野菜コーナーに行った。そしてアスパラ、人参、ピーマン、玉ねぎ、トウモロコシとどんどんカゴに入れていった。

 

「おおっ……ココアとチノちゃんが苦手を次々と入れてくね……」

 

「別に嫌がらせとかじゃない。あいつらマジで全然野菜食わないからな。特にチノはあれでココアより好き嫌い多いし、作るこっちも苦労してんだよ……」

 

「あはは、それはわかるかも。ココア、昔から野菜苦手だったから食べさせるの大変だったよ。お母さん、あんまココアに怒んないから私が代わりにココアに野菜食べさせてたな〜」

 

「昔から変わらんのかあいつは」

 

「そうだね。そういうところは成長して欲しいけど、でもいつも笑顔で優しくて自慢の妹だよ。好き嫌いはともかく、そういうところは変わらず成長してくれてお姉ちゃんとしては嬉しいかな」

 

「そんなものか」

 

「うん、お姉ちゃんってそういうものだと思うな。君だってお兄ちゃんなんでしょ?わかんないかな?」

 

 すると有宇は少し暗い顔を浮かべる。

 

「さぁ……僕はいい兄貴じゃなかったから……」

 

 あれっ、なんか地雷踏んじゃったかな……。

 甘兎でも気になったけど、彼はどうしてラビットハウスで働いてるんだろう。学校にも行ってないみたいだし、なんかワケアリなのかな。

 聞いてみたい気持ちもあるけど、この感じだとあまり踏み込んで聞くべきじゃないだろうし、取り敢えず話を変えようかな。

 

「そういえば夕飯っていつも有宇くんが作ってるの?」

 

「あぁ、最初は料理を覚える意味も含めてチノ達の手伝いって形でやってたんだが、出来るようになってからはバイトの時間の都合もあって僕が作ることが多くなったな」

 

 なるほど、ココア達は午後に働いてるから、ココア達が働いてる間に有宇くんが作った方が効率いいんだね。

 

「ていうことは君、結構家事手伝いやってるんだね」

 

 洗濯もしてたし、その上料理もしてるんだもんね。結構有宇くん家庭的だよね。

 

「まぁそうだな、居候の身だし、渋々やってる感じだ。ここに来る前まで家事なんて何一つできなかったのにな」

 

「またまた、冗談言っちゃって」

 

「いや、本当なんだが……」

 

 ここに来る前までのことは知らないけど、でもラビットハウスじゃ渋々って言ってる割には結構しっかり家事仕事やってるように見えたけどな。口ではこう言ってるけど根は真面目なんだね。

 なんだか彼との接し方もわかってきた気がするよ。

 

「因みにシェフ、今日のメニューは?」

 

「シェフって……まぁいい、ハンバーグだ」

 

「ハンバーグか。私の得意料理の一つだね」

 

「知ってる。ココアがいつもよく言ってたからな。『お姉ちゃんのハンバーグは世界一美味しいんだ』って」

 

「そっか……」

 

 そういえばまだココアと喧嘩したままだな……。

 明日には帰らないといけないし、ちゃんと仲直りしないとな……。でもココア、大分怒ってたしな……。

 モカが頭を悩ませていると、有宇が言う。

 

「なに他人事のように言ってる。あんたが作るんだ」

 

「え?」

 

「必要なら僕も手伝いぐらいはするが」

 

「え、でもいいの……?」

 

「いいも何も、あんたが作ってくれるなら僕としてもその方が助かる。あ、ただハンバーグにはピーマンと人参は入れてくれよ。そうでもしないとあいつら野菜食わないからな」

 

 もしかして有宇くん、私とココアが仲直り出来るよう御膳立てしてくれてるのかな……。

 

「……ありがとう、有宇くん」

 

「気にするな。そもそも僕が蒔いた種だ。僕が責任を取るのは当然のことだ」

 

 有宇くん、やっぱり君はいい子だね。

 分かり辛いだけで、チノちゃんやリゼちゃん達に負けないぐらい君は優しいし、困ってる人がいれば積極的に手を差し伸べてくれる。

 タカヒロさんの言う通りだったな……うん、もう彼の事は認めてもいいよね。

 彼ならきっとココアやみんなとも上手くやっていけるはずだから。

 

 

 

 有宇とモカが店に戻ると、丁度閉店作業に入っている三人が二人を迎えてくれる。

 

「ただいま」

 

「お帰り、有宇、モカさん」

 

「お帰りなさい、お兄さん、モカさん」

 

 有宇とモカが声を揃えてただいまと言うと、リゼとチノは二人に挨拶を返す。

 そしてココアはというと、リゼの後ろで何やらもじもじしていた。

 

「ほらココア、ちゃんと話すって決めたんだろ」

 

「う、うん」

 

 リゼに促されると、ココアはそのままおずおずと近づき、モカの前で立ち止まる。すると、ココアは辿々しい口調で言う。

 

「あのね、お姉ちゃん、その……さっきは怒っちゃってごめんね。でもね、有宇くんのことなんだけど、有宇くん確かに口悪いし意地悪なときあるけど、本当はすっごく優しいんだよ。私やみんなも凄く有宇くんに助けられたことあって……だから、有宇くんがここで住むことを許して欲しいの……ダメかな……?」

 

 必死にそう訴えるココアを前に、モカは改めて反省した。

 ココアがここまで必死になってまで守ろうとしていたものを、私は奪おうとしてたんだ……本当、私もお姉ちゃんとしてまだまだだな……。

 そしてモカはそっとココアを抱きしめた。

 

「ううん、ダメじゃないよ。ごめんね、ココアの友達を疑うようなことしちゃって。お姉ちゃん、ちょっとお節介焼き過ぎちゃったみたいだね」

 

「お姉ちゃん……それって……!」

 

「うん、有宇くんと一緒に暮らすことを認めます」

 

 モカがそう言うと、ココアの顔がみるみると笑顔を取り戻していった。

 

「やったぁ〜!お姉ちゃん大好き!」

 

「もう、調子いいんだから。それじゃあ一緒に夕飯作ろっか。今日はお姉ちゃん特製ハンバーグだよ」

 

「お姉ちゃん特製ハンバーグ!!やった〜!!」

 

「ただし、今日のハンバーグはみじん切りにしたピーマンと人参入りです」

 

「えぇ、なんで!?」

 

「ふふっ秘密」

 

「秘密ってなんなの!?ねぇお姉ちゃん〜!」

 

 そして二人はそのまま二階のキッチンへと向かっていった。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 一方そんな姉妹の様子を、残りの三人は遠目から傍観していた。そして姉妹の様子を見届けながら、リゼが有宇に言う。

 

「どうやら無事に解決したようだな」

 

「みたいだな」

 

 有宇はまるで他人事のようにそう返す。

 

「にしてもどうやってモカさんに認めてもらったんだ?お前のことだからなんか策でもあったんだろ?」

 

「いや全く、もう素が知られてるから上辺を繕ったところで意味はないしな。まぁ、強いて言えば僕の日頃の行いだな。甘兎で他の連中が僕を褒め称えたお陰で僕の印象が変わったみたいだな。ま、これも僕の人徳ってやつだ」

 

「調子に乗るな。まぁ、なんにせよ何とかなったならそれでいいよ」

 

「はい、お兄さんがいなくならないでよかったです」

 

 二人がそう言うと、有宇は嬉しさに似た何かが心の内から込み上げてくるのを感じたが、それは表に出さないようにいつものように平然と振る舞った。

 

「ああ、僕もここを追い出されずに済んで何よりだ」

 

 

 

 それから三人で店の片付けを終えるとリゼは帰宅し、残りの四人で夕食を取った。

 夕食を食べ終えるとココア達は風呂に入り、有宇は彼女達が風呂から上がるのを本を読みながら自室で待っていた。

 そしてココア達が風呂に入ってしばらくして、部屋のドアがコンコンとノックされた。

「どうぞ」と有宇が声をかけると、静かにドアが開く。

 大概いつもは風呂が空いたことを知らせに来るのはココアなのだが、部屋に入ってきたのはモカだった。

 

「お待たせ有宇くん、お風呂空いたよ」

 

「ああ、わかった」

 

 本来ならそこで会話は終わり、モカが部屋を出て行くはずなのだが、まるで帰ってきた時のココアみたいにもじもじと何か言いたげな様子である。

 

「えっと……何か?」

 

「その……有宇くん……」

 

 そしてモカは深々と頭を下げた。

 

「ごめんなさい!私、君のこと色々誤解してた。それで君に色々と酷いこと言っちゃって……本当にごめんなさい!」

 

 どうやら今日一日の有宇に対しての色々な非礼の数々を詫びたかったようだった。

 しかし有宇自身、それ程気にしていなかったので、寧ろこんな謝られても……というのが素直な気持ちで、なんて返せばいいか困惑している。

 取り敢えず自分の思うことをそのまま口に出すことにした。

 

「別に謝まらなくていい。普通素の僕を見たらあの反応が普通だろうし、自分の妹のことを考えたらあの反応は僕からしても妥当だと思う。僕だってそれがわかってるから、普段は人に素を隠して生活してたわけだしな」

 

「でも……」

 

「それに、目の前で妹が殴られていたら、僕だってあんたと同じ反応をしただろう。だから気にしなくていい」

 

「有宇くん……」

 

 しかし有宇がそう言ってもなお、モカは申し訳なさそうにしていた。

 ココアの姉というぐらいだし、元々誰かを非難するような人ではないだろうからな。妹可愛さがために勢いで僕を非難したことを後悔しているのだろう。

 有宇はそう考えると、あまり進んで話したいことではなかったが、仕方ないと思いモカに話す。

 

「えっと……モカさん」

 

「は、はい」

 

「僕はここに来る前、カンニング魔だった」

 

「……え?」

 

 有宇の突然の告白に、モカは目を白黒させる。

 しかし有宇は気にぜず話を続ける。

 

「元々僕は東京の高校に通ってたんだ。陽野森高校っていう都内では有名な進学校なんだけど。えっと、それで僕はそこの入試をカンニングで合格して入学した。入試だけじゃない、中学の時もテストは常にカンニングで満点を取ってきて。でも高校に入ってすぐの中間テストの時にカンニングがバレて学校を退学になってさ、それがきっかけで親権者のおじと口論になって家出をしたんだ……一緒に暮らしていた妹を置き去りにして」

 

 有宇が話し終えると、しばらくその場に沈黙が流れる。

 そして暫くしてモカが口を開いた。

 

「そっか……それが君がここに来た理由なんだね」

 

「……ああ。それから色々紆余曲折あってこの街に来て、この店で住み込みで働くことになったんだ。今話した通り、僕はあんたの言う良い子なんかじゃない。だから、あんたは何も間違えてなんかないし、何も気にする必要はない。寧ろ、今の話を聞いて気持ちが変わったとしてと、僕は別に構わない」

 

 それはつまり、有宇の過去を聞いて、またモカが有宇がココア達と暮らしていくことに不安を感じ始めたのなら、有宇はそれを受け入れるということだ。

 するとモカが有宇に尋ねる。

 

「……一つだけ聞いていい?どうして自分に不利になるとわかってるのに話してくれたの?言わなきゃいいのに」

 

 ココア達とは違い、自分に元から敵意を持っているモカの場合、もしかしたら本当にここにきて認めないなんて言うことは十分にありえる。

 だから本当なら黙っておいた方がいいというのは有宇自身わかっているのだが……。

 

「なに、まるで僕の事をわかってるかのように僕を善人扱いするのが嫌だっただけさ。確かにここに来てから考えを少しは改めはしたが、僕は常に自分のために、自分のしたいようにやる。これだけはどうあっても変えるつもりはない。最も、不正を働いてまでやろうとはもう思わないが……まぁ、つまりはそういうことだ」

 

 モカを励ますつもりで……とは照れくさくて言えず、茶化したように有宇はそう答えた。

 

「そっか……ふふっ、君らしい答えだね」

 

 モカは笑みを浮かべてそう答えた。

 

「うん、大丈夫、君ならココアや他のみんなとも上手くやっていける気がするから」

 

「よく今のを聞いてそう思えるな……」

 

「君がツンデレなのは今日一日で理解したから」

 

「デレた覚えなどない!」

 

 有宇がそう言うと、モカはふふっと笑いながら部屋をあとにしようとする。

 

「それじゃあそろそろココアの部屋に戻ろうかな。おやすみ、有宇くん」

 

 そう言い残すとモカは部屋を出ていった。

 なんというか食えない人だ……。僕という人間に慣れたからなのかは知らんが、なんかこうリードを取られてしまってるような気がする。

 ココアとは違ってこう侮れないような感じ……身近で例えるなら千夜に近い感じがするなあの人は……。

 そして、そんなモカの様子を見て、有宇はふと思った。

 にしてもあの人、わざわざ妹を心配してはるばる遠くから来たんだよな……。ああいうのが本来あるべき姉の姿なんだろうな……。

 僕は姉ではなく兄だが、見倣うべきだと思った。

 本当に歩未のことを思うのであれば、さっさと家に帰るべき何だろうけど、おじさんと話さなければならないのがな……。

 カンニングに関しては僕が悪かったとはいえ、今のあの人の態度には正直納得行かない部分がある。僕と直接連絡取ろうとせず、タカヒロさんを通してでしか連絡してこないところ見ると、僕達を軽視してるところは何も変わってなさそうだしな。

 だからまだあの人と和解する気は起きない……かといって歩未には会いたいし……。

 そんな二つの気持ちの間で板挟みになっていると、突然ひらめいた。

 いや、そうか……わざわざ僕が帰らなくても、歩未に会うだけなら方法があるじゃないか!

 何かを思いついた有宇は早速携帯を取り出し、電話をかける。

 

『もしもし、お兄ちゃん?』

 

「あぁ、歩未か。その、突然だけど夏休み何か予定あるか……?」

 

『予定?う〜ん、友達と出かけたりとかはするつもりだけど……どうしてなのです?』

 

「いや、その……空いてる日でいいんだけどさ、うちに来ないか?交通費とかは僕が持つからさ」

 

『うちって……もしかしてラビットハウス!?いいの!?』

 

「あぁ、その……それで、どうだ?」

 

『行きたいのです!ココアさん達にも会いたいし、お兄ちゃんとも会いたいのです!』

 

 よかった……。歩未の方も乗り気でいてくれてるらしい。

 そう、会うだけなら僕から行かなくても、歩未の方に来てもらえばいいのだ。

 幸い今は夏休み、歩未の予定が許す限りはこっちで一緒にいられるはずだ。

 

「じゃあ日程がわかったら教えてくれ。そしたらマスターに話通しておくから」

 

『了解なのです!』

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 そして次の日、有宇とココア、チノの三人は街の駅のホームに来ていた。モカさんが帰るため、見送りに来ていたのだ。

 因みに店はマスターに任せてある。

 

「お姉ちゃんもう帰っちゃうの……?」

 

「元々有宇くんのこと見に来ただけだから。それにお店の方がお母さん一人で大変だろうから早く帰らないと」

 

 それからモカは有宇の方を見る。

 

「有宇くん、ココアのことよろしくね。ココアが色々迷惑かけるだろうから」

 

「その辺はもう慣れたんで大丈夫です」

 

「ちょっとお姉ちゃん!?私の方が有宇くんよりお姉さんなんだから?さ!!」

 

 するとその場にいたココア以外の三人が笑い出す。

 

「もう!なんでみんな笑うの〜!」

 

 それからチノがモカにコーヒー用の紙カップを差し出す。

 

「モカさん、これ電車の中で飲んでください」

 

「ありがとう。この前来たときのコーヒーも美味しかったよ」

 

「今回はお兄さんが淹れてくれたんですよ」

 

「有宇くんが淹れてくれたの?」

 

「ええ。まぁ、ちょっとしたお礼です」

 

「お礼?」

 

 お礼というのは、歩未をこの街に遊びに来るよう誘うきっかけをくれた事だ。

 最もモカさんは身に覚えがないので混乱しているようだが。

 

「まぁ、いっか。ありがとね有宇くん」

 

 そして駅構内にベルが鳴り響く。もうすぐ電車が出るという合図だ。

 

「それじゃあもう行くね。そうそうココア、昨日話した通り夏休み中、一回家に帰ってきなさいよ。お母さんも会いたがってるんだから」

 

「えぇ……」

 

「ええじゃない!それじゃあチノちゃんと有宇くんもまたね」

 

 そう言ってモカさんは僕とチノに手を振ると、電車の中に入っていった。

 それからすぐにドアが閉まり、電車が動き出す。

 電車はそのまま駅を出ていき、有宇達はその電車が見えなくなるまで見送った。




今回はモカ姉の登場回でした。
次回 第一章、木組みの街編(その1)最終話です。
次回以降新章に突入します。お楽しみに。
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