幸せになる番(ごちうさ×Charlotte)   作:森永文太郎

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第28話、ココアとの一日

 モカが帰った日の翌日、この日はココアとチノはシフトを入れておらず、夏休みということもあり丸一日何もない休日である。

 チノも休日ということで、完成させたいとっておきのボトルシップキットの箱を手に持ち、自分なりの休日を謳歌しようとしていた。

 

「今日はこの完成させたいボトルシップを完成させましょう。ふふっ、お休みの今日に相応しい相手です。明日はリゼさんのお誘いもありますし、今日中に完成させたいですね」

 

 すると突然、チノの部屋のドアがバタンという音を立てながら勢い良く開く。

 

「チ〜ノ〜ちゃん!あ〜そ〜ぼ♪」

 

 部屋に入ってきたのは、チノの(自称)姉のココアだった。

 

「いい天気だよ〜♪外に出て遊ぼうよ〜♪虫取りなんてどうかな?折角のお休みに一人じゃ寂しいよ?」

 

 そう言いながらココアはチノの周りをうろうろする。正直うっとおしいとチノは思った。

 チノはココアとは違い、元気よく外で遊びたいというタイプではない。それに、折角学校もお店も休みの日だから自分の時間を謳歌したいと思っていたので、思わぬ邪魔が入ってしまったというのがチノの素直な感想だ。

 でもわざわざ遊びに誘ってくれたココアさんを、ただ一方的に追い出すのも忍びないですし……。

 そう思ったチノは頭の上のティッピーをココアの頭に乗せて、それからココアを体良く部屋から追い出した。

 

『ワシを身代わりに!?』

 

 そしてココアを追い出すと、チノはそのままバタンとドアを閉めた。

 

「チノちゃん!?」

 

 

 

 チノに部屋を追い出されたココアは、仕方なく他のみんなを誘って遊ぼうと思い、外に出かけようとする。

 

「なんだココア、出かけるのか?」

 

 ココアが外に出ようと一階のカフェスペースに姿を見せると、バイト中の有宇に声をかけられる。

 

「うん、他のみんなと遊ぼっかなって。チノちゃん遊んでくれないから……」

 

「チノだって一人でいたい日もあるだろ。構い過ぎなんだよお前は」

 

「でも……」

 

「それに今年の夏はチノにとって受験の夏でもあるわけだし、あまり構ってやるな」

 

「うん……」

 

 有宇の言ってることは正論で、ココアに反論の余地はなかった。

 すると有宇は気を使ったのか、こんなことを言う。

 

「にしてもお前その格好、夏スタイルはまってるな……」

 

「そう?」

 

「ああ、いかにも夏場の田舎娘って感じだぞ」

 

 ココアの格好は水色に白い水玉模様のワンピースに麦わら帽子、手には虫取り網と虫取りカゴと絵に描いたような夏スタイルだった。

 

「えへへ……。因みに有宇くんは遊べ……ないよね」

 

「見ての通り仕事中だ。まっ、お前が変わってくれるというなら遊べるがな」

 

 有宇がそう言ってチラッとココアの方を見ると、もう既にココアはそこにおらず、店を出て行ってしまった後だった。

 

「あのヤロー……まぁ、別にいいけど。つかあいつ、明日の準備はいいのかよ……」

 

 すると奥からマスターが出てくる。

 

「どうかしたかい?」

 

「マスター、いえ、大したことじゃ……。ココアが遊ぶ相手がいないって言ってて。それで他の連中誘いに行ったみたいですけど、多分全員明日の準備とかあるだろうし無理だろうなって」

 

「そうかい」

 

 するとマスターはキッチンの方へと引っ込んでしまった。

 しばらくして出てくると、家庭用エスプレッソメーカー、マキネッタを手に持っており、それを有宇に手渡す。

 

「えっとマスター、これは?」

 

「それをココア君に渡しておいてくれないか?」

 

「別にいいですけど、どうしてこれをあいつに?」

 

「チノを笑顔にさせるのが彼女の仕事だからさ」

 

「は、はぁ……」

 

 正直何言ってるかわからないが、マスターのことだし何かあるのだろう。有宇はそう思うことにした。

 

「わかりました。じゃあ帰ってきたらあいつに渡しておきます」

 

「いや、忘れるといけないから今渡してきてくれないか。君はもう上がってくれていいから」

 

「え?でも……」

 

「ココア君も折角出かけたのにひとりぼっちじゃ寂しいだろ?」

 

 あぁ、要はココアのお()りをしてこいってことか。まぁ、毎日バイトっていうのもなんだし、たまにはいいか。

 

「じゃあその……着替えてきます」

 

「あぁ、行っておいで」

 

 そして有宇はシフトを早めに上がり、着替えに自室へと向かった。

 

 

 

 一方ココアはというと、ラビットハウスを出た後、親友達の自宅を訪れて行っていた。

 しかし皆それぞれ理由があって断られ、一緒に遊べそうにはなかった。

 

「シャロちゃんはよくわからないけどなんか遊べそうになかったし、千夜ちゃんと青山さんはお仕事だし、リゼちゃんはなんか忙しそうだし、みんな忙しいんだね。でもせっかくの夏休みなのにな……」

 

 7月ももうじき終わるという時期、季節はもうすっかり夏真っ盛りで、今も外は真夏の太陽がジリジリと照りつけていた。

 

「ふぅ、それにしても暑いね。ちょっとベンチで休もっかティッピー」

 

 虫取りカゴの中のティッピーにそう話しかけると、ココアは近くにあったベンチに腰を下ろした。

 そしてカゴからティッピーを取り出し、腕に抱きかかえる。因みに何故ティッピーをカゴの中に入れていたのかというと、別に特に意味はなく、単に夏っぽいからとかそんな理由である。ティッピーも特に嫌がることなく、寧ろ嬉しそうにしていたのでずっとカゴに入れっぱなしにしていたのだ。

 ベンチに腰を落ち着けると、ココアはティッピーに語りかける。

 

「ねぇティッピー、私もう疲れたよ……。私はただこの街の夏をみんなと満喫したかっただけなのに……」

 

 そしてココアはあまりの夏の暑さに、心なしか耳まで遠くなっていき、うさぎの天使がラッパを吹きながらお迎えに来る幻覚まで見え始め、その場で横になった。

 

「あぁ、暑くて耳が遠くなってきた……お迎えが見えるよ……」

 

 するとその時、突然謎の影がココアを覆った。そしてココアの目の前に現れた影がココアに話しかけてくる。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「有宇……くん?」

 

 よく目を凝らしてみると、そこにはまだラビットハウスでバイト中のはずの有宇が立っていた。

 

「幻覚かな?有宇くんがいるはずないよね……やっぱり神様のお迎えかな?」

 

「いやいや、幻覚じゃないから!」

 

「……本物の有宇くん?」

 

「本物だ本物。それより大丈夫かよ。ほら、水飲め」

 

 そう言って有宇はカバンから水の入った水筒をココアに渡した。

 ココアは体をお越し有宇から水筒を受け取ると、ティッピーにも分け与えながら水筒の中の水を飲む。

 水はキンキンに冷えており、ココアの喉はすっかり潤った。

 

「ぷはー!すっかり生き返ったよ。ありがと有宇くん」

 

「ったく、外暑いんだから水くらい用意しておけよ。ほら、汗もこれで拭け」

 

 更に有宇はココアにタオルを手渡す。

 

「おおっ、至れり尽くせりだね。にしても有宇くん、どうしてここに?バイト中じゃないの?」

 

「マスターにもう上がっていいって言われたから上がった。あと、お前にこれ渡せってさ」

 

 そう言うと有宇は、カバンからマキネッタを取り出しココアに渡す。

 

「これを私に?」

 

「あぁ、よくわからんがお前にということだ。あと渡すついでにお前の相手もしてやれってさ」

 

「ということは一緒に遊んでくれるってこと?」

 

「まぁ、そういうことになる」

 

 それを聞くとココアは、その場で飛び跳ねるほど大はしゃぎしながら喜んだ。

 

「やったぁ!さっすが有宇くん!それでこそ私の弟だよ!」

 

「弟じゃない」

 

「それでそれで!何して遊ぶ?虫捕りとかどうかな?」

 

「虫捕りだと?なんでこんなクソ暑い日に、わざわざ気持ち悪い虫なんぞ捕まえなきゃならんのだ。却下だ却下!」

 

「え〜虫捕りいいと思うのに……。じゃあ有宇くんのやりたい事でいいからさ〜。ほらほら〜なんかないの?」

 

「そうだな……取り敢えず何か食べないか?お前も昼まだだろ?」

 

 時間は昼を過ぎた頃、有宇もココアも昼食はまだだった。

 

「いいね。まずは腹ごしらえってことだね。どこ行く?あ、コーヒーメーカー邪魔だから有宇くんカバン入れといて。あとタオルありがと」

 

 そう言うとココアは、マキネッタとタオルを有宇に返す。

 ココアからマキネッタとタオルを受け取りカバンにしまいながら、有宇はココアの質問に答える。

 

「そうだな、どこに行くか……。あ、そうだ、行ってみたい店があるんだが、そこでいいか?」

 

「うん、いいよ。で、どこに行くの?」

 

「行けばわかる」

 

 そして二人は、その有宇の行ってみたい店とやらに行くことにした。

 

 

 

 

 

 十分程歩くと、その目的の店の前に着いた。

 

「有宇くん……ここって……」

 

「あぁ、まさかこの街にラーメン屋があったとはな。前から行ってみたかったんだよ。この街に来てから洋食ばっかでラーメンなんて全然食べてなかったからさ」

 

 有宇に連れられてやって来た店というのはラーメン屋。しかもこってり系の。

 ラーメン屋を前にして、ココアは少し苦い顔をしていた。

 

「なんだ、ラーメン嫌いか?」

 

「嫌いじゃないけど暑くない?それにこれからまだ外で遊ぶのに、ネギとかにんにくの臭いとか付くのはちょっと……」

 

「さっきまで汗まみれだった奴がよく言うな……。まぁ、だが確かに僕も臭いがつくのは嫌だな。二枚目の僕からにんにくの臭いがするなんて事態は僕も避けたい。だが、この僕がなんの準備もなしに来るわけがないだろ」

 

 そう言うと有宇はカバンからブレスケアと携帯用消臭スプレーを取り出して見せた。

 

「おお、有宇くんのカバン本当に色々入ってるね。なんか女の子みたい」

 

「女の子みたいって……。女だけじゃなくて男も体臭や口臭は気を使うんだよ。それに夏は汗もかくし、外に出る用意は万全にしておくべきだ。他にも制汗スプレーにタオル、ウェットティッシュに日焼け止め、備えは万全だ」

 

 有宇のカバンの中は、そういった臭い対策や身だしなみを整える用品やらがずらりと入っていた。

 流石に自ら二枚目を名乗るだけあって、外での身だしなみや臭いなどには人一倍気を使っていた。

 

「臭いが気になるなら、今回は特別にお前にもブレスケアなりなんなり好きなのを恵んでやろう。それに中はクーラー効いてるだろうし、暑さの心配もないだろ」

 

 それを聞くと、ココアも気持ちが傾いたようで納得した。

 

「確かにそれなら安心して食べれそうだね。よし、じゃあここで食べよっか。私もラーメンなんて久しぶりだし、実は食べてみたかったんだ〜」

 

 そして二人はラーメン屋で昼食を取ることを決め、店の中へと入っていった。

 

 

 

「ラーメン美味しかったね」

 

「あぁ、たまにはこういうこってりした物もいいな」

 

 ラーメン屋を出た二人は、宛もなくぶらぶらと街をふらついていた。

 

「なんか遊べるものないかな〜。虫捕りなら森に入ればすぐなんだけど」

 

 ココアはチラッと有宇を見る。

 

「虫捕りなんぞするなら僕は帰るぞ」

 

 しかしすぐに断られてしまう。有宇は断固として虫取りをする気はないようだ。

 

「もう、わがままだな有宇くんは。虫可愛いのに……」

 

「お前、女のくせによく虫なんか触れるよな……」

 

「虫好きに男も女もないよ。それに私は昔からよく虫捕りで遊んでたよ。うち、自然に囲まれていたから、家のすぐ側に虫捕りできる森とかあったんだ。よくお兄ちゃん達と一緒に取りに行ったよ」

 

「そりゃ結構なことで」

 

「有宇くんは虫捕りとかして遊ばなかった?東京にはそういう場所ないの?」

 

「僕は……」

 

 有宇は昔を思い出す。といっても昔の記憶なんてほとんど(おぼろ)げだ。

 昔の記憶にあるのは僕らを置いて出ていった父さんの姿、そして僕らをおじさんに押し付けて姿を消した母さん……いや、あんな人母さんでも何でもない。あんな人……。

 

「有宇くん?」

 

「……いや、何でもない。そういう遊びは特にしなかったな。昔から無趣味なんだ僕は」

 

「そっか、有宇くんも楽しめる物なんか見つかればいいね」

 

「そうだな」

 

 まぁ、でも今の生活はそれなりに気に入ってる。

 ここに来る以前より、バイトやら家事やらで忙しくはなったが、充実感はある。

 ここで得られた物もあるし趣味はないが、それなりに退屈せず過ごせてると思う。

 

 

 

 それからしばらく二人で街をぶらついていると、ココアがある建物に目をつける。

 

「あ、ここ前にみんなで来た映画館だ」

 

「映画か。今面白いのやってたっけ?」

 

「この『Dear My Rabbit』ってやつ面白いってクラスの子が言ってた気がする」

 

「ふーん、じゃあ見てみるか。外で汗だくになって汚い虫なんか捕まえるより、涼しい室内で映画見てる方が快適に過ごせるしな」

 

 それを聞くとココアが顔をムッとさせる。

 

「ムッ、虫捕りだって楽しいもん!」

 

「あーわかったわかった。取り敢えずチケット取れるか聞いてくるか」

 

 そう言うと有宇は、不平を漏らすココアを無視して映画館の中へと入っていった。

 映画館に入ってスタッフに聞いてみると、まだ席はあと僅かではあるが空いていた。しかも丁度、あと十分程で上映開始だという。

 特にやりたい事もないし、丁度いいので二人はここで映画を見ることとなった。

 売店で、ラーメンを食べたせいか甘い物が欲しかったので、ポップコーンのペアセットを買っていき、一時間半程の時間を映画館で二人で過ごした。

 

 

 

 

 

「面白かったね」

 

「そうか?つまらなくはなかったが、そこまで面白くはなかったな」

 

 映画館を出た後、二人は互いに映画の感想を言い合いながら歩いていた。

 

「え〜そうかな?最後妹うさぎがお姉ちゃんうさぎと再会出来たところなんか私、思わず涙が出ちゃったよ」

 

「再会と言っても、単に姉うさぎが実家に帰省してから帰ってきただけじゃないか。うさぎ共のゆるふわの日常ストーリなんて僕の趣味じゃないな」

 

 映画の内容を大まかに言うと、血の繋がらないうさぎの姉妹のうち、姉の方が姉方の実家に帰省し、普段姉に対しツンケンとした態度を取っていた妹うさぎが、姉がいなくなって始めて姉の大切さを知った……みたいな話だ。

 もっとこう僕的にはシリアスにしてくれた方が楽しめた、というのが有宇の率直な感想である。ココアの方は気に入ったようだが、有宇にとっては今回の映画は少し微妙だったようだ。

 そして映画の話をしながらしばらく歩いていくと広場に出る。広場ではクレープなどの出店、更にあちこちで手品や大道芸などが行われていてお祭り騒ぎだった。

 その様子はまるで、東京にいた頃何回か行った上野公園のようだった。

 

「こりゃなんだ?」

 

「ほら、今夏休みでみんな暇だから、こういう大道芸とかやってる人にとっては稼ぎ時みたいだよ。それにこの時期は観光客もたくさんやって来るしね」

 

「へぇ、やっぱそういうの来るんだな」

 

「うん、特に八月末に行われる花火大会なんかはすごいよ〜。といっても去年は雨で中止になっちゃったから、私もチノちゃん達から聞いた話でしか知らないけど」

 

「そりゃ残念だったな」

 

「うん、だから今年はみんなで行きたいね。今年は有宇くんもいるし」

 

「そうだな」

 

 最も八月末まで僕がこの街にいるとは限らないのだがな。まぁ今のところおじさんから連絡もないし、しばらくは星ノ海学園に行くことはないだろうけどな。

 それから二人で色んな大道芸を見て回った。ジャグリングにパントマイム、アクロバットなやつや風船を使った物、手品やスプレーアートなど色々だ。

 一通り見て回り、そろそろ行こうかと思ったその時だった。

 

「やぁ君達。僕の超不思議術を見ていかないかね」

 

 突然、一人の男に声をかけられた。

 その男はいかにも怪しい風貌をしていた。いや本当に言葉じゃ言い表せないぐらい怪しかった。

 

「おおっ……!なんかすごい格好の人だね」

 

「あぁ……そうだな」

 

 ていうかよくこんな格好して街を歩き回れるな……。

 他にも大道芸人とかはいるが、その格好は目立ち過ぎだろ……。

 

「えっと、何か御用でしょうか……」

 

 思わず有宇も、仕事でもないのに敬語で対応してしまう。

 いや、しつこいかも知れないが本当にそれぐらい怪しい男だったのだ。

 

「いやなに、君達に僕の超不思議術を見てもらいたくてね。どうだい、僕に一万円札を貸してくれないか?」

 

「何に使うんですか?」

 

「僕の超不思議術に必要なんだ。それでどうだい、貸してくれるかな?」

 

 いや……絶対怪しいだろこのおっさん。

 大体紙幣を借りたいなら千円札でいいだろうに、わざわざ一万円札を要求してくるって……貸したら絶対返ってこないだろこれ。

 取り敢えずさっさとこの場を離れようと思い、ココアにその旨を伝えようとすると────

 

「おじさん、一万円札今ないからニ千円札でもいい?」

 

「あぁ、いいとも」

 

 ものの見事に騙されて男に金を差し出していた。

 

「いやお前何出してんだよ!?つか一万円なくて、逆によく二千札あったなッ!?」

 

「え〜だって超不思議術みたいじゃん。有宇くん気にならない?」

 

「そうじゃなくて絶対インチキだろこれ!絶対騙して金取る気だぞこのおっさん!」

 

「え〜そんなことないよ〜。ねぇ、おじさん」

 

「あぁ、お金は超不思議術を見せた後ちゃんと返すとも。約束しよう」

 

「ほら、おじさんも返すって言ってるよ。それに手品ならさっきもお客さんから借りた百円玉で手品してた人いたし大丈夫だよ」

 

 いや額が全然違うだろ……。

 だがココアはどうやらこの見るからに怪しい男を信じきってる様子だ。こうなったらココアは動かないだろうし、仕方なく有宇は男に疑いの眼差しを向けながら見守ることにした。

 

「それじゃあ早速みせてあげよう。ほら、いくよ」

 

 そう言うと男はココアから受け取った二千円札を小さく折って、左手に握りしめた。

 

「今君からもらったお札はご覧の通り左手に握られているはずだ。だが僕の超不思議にかかれば……!」

 

 そして男は左手を開く。

 するとそこにはさっきまで握られているはずの二千円札は無くなっていた。

 

「ええっ!どこいったの?」

 

 すると左手同様握られていた右手を開く。

 そこにはさっきまで左手に握られていたはずの二千札があった。

 

「ええっ!なんで!?すご〜い!」

 

「ただの手品じゃないか……」

 

 これならさっき別の大道芸人がやっていた手のひらに乗せたコインが貫通して地面に落ちたマジックの方が凄かった。

 怪しい風貌の男は更に続ける。

 

「まだまだいくよ。今度は……よっと!」

 

「おおっ!胸ポケットに移動した!」

 

 それもなんかよくある感じの手品だし。

 学生だった頃、よく手品好きのクラスメイトとかがおんなじような事やってた気がするぞ。

 

「では最後だ。今度は今までのとは比べ物にならないぐらい凄いぞ!それじゃあいくぞ、1、2、3、フューチャー!!」

 

 男がそう叫ぶと、胸ポケットに入ってたはずの二千円札が消えていた。

 

「おおっ!?今度はどこにいったの?」

 

「フフッ、超不思議術と言っただろ。お札は君の財布の中さ。それも三日後の君の財布の中にね」

 

「ええっ!?すっご〜い!未来に送っちゃったの!?」

 

「あぁ、そうさ。決して僕がパクったとかじゃないからね。それじゃ、グッバイ!」

 

 男はそのまま立ち去ろうとする。そんな男に、有宇は容赦なく能力を使う。

 男に乗り移り、そのまま体を探りまくると、男の派手な白いスーツの内ポケットの中からココアの二千円札が出てきた。

 

「あれ?どうしておじさんが持ってるの?」

 

 意識が自分の体に戻るとココアに言う。

 

「普通に騙されたんだよお前。このまま姿を消せば、後で金がないって言っても探しようがないだろ?それがこのおっさんの手口だ」

 

 有宇がそう言うと、男は白々しくもこんなことを言う。

 

「ハッハッハ、どうやら少し失敗してしまったようだね。やっぱり一万円札の方が成功しやすいみたいだ。というわけで今度はそこの男の子、君は一万円札を持ってないか?」

 

「……」

 

 

 

 それから有宇は男をその場で取り押さえ、他の大道芸人に縄を借りて男を縛り上げた。

 警察に引き渡す際、『この粋な見物料の貰い方が理解できんとはな!』などとほざいていたが、気にも止めず二人は広場を立ち去った。

 しかもこの男、警察の話だとこの手の詐欺紛いの手品の常習犯だったらしく、前に風祭市という所でも一度捕まっていたという。

 

「ああいう人もいるもんだね……」

 

「全くだ。しかもあのおっさん、バレた後も懲りずに僕からも金を騙し取ろうとしてたぞ。どんな図太い神経してんだよ……」

 

「まぁまぁ、お金は返ってきたからいいじゃん。ありがとね有宇くん、私だけだったら絶対騙されてたよ」

 

「別にいいけど、お前はもう少し人を疑え。マヤとメグといい、お前たちは人を疑わなさ過ぎる。こんなんじゃまた騙されるぞ」

 

「はぁ〜い。でもまた有宇くんに守ってもらうから大丈夫だも〜ん」

 

 それを聞いて有宇の胸が一瞬高鳴る。

 あれ?なんかそれ、なんとなくプロポーズっぽくないか?いや、こいつの言葉を深く考えるな。どうせ思ったことそのまま口にしてるだけだろ。

 一瞬ドキッとした有宇だったが、すぐに冷静になった。

 

「……次は助けないからな」

 

「ええ〜」

 

「ほら、さっさと行くぞ」

 

「うん!」

 

 そして二人はまた次の遊べる場所を探しに、再び街をぶらつき始めた。

 

 

 

 時刻はすっかり夕暮れ、二人は(いかだ)で川下りをしていた。

 以前から川の方を覗くと、川下りしている筏をよく見かけていたので、せっかくの機会だし乗ってみようとココアに提案してみたのだ。

 

「楽しいね、有宇くん」

 

「そうだな。なんかここに来て始めてこの街を観光した気分だ」

 

 ここに来てから、毎日毎日バイトしかやってなかったからな。街をぶらつくぐらいはするけど、観光とはなんか違うし……。

 さっきの大道芸も東京で見ようと思えば見れるし、詐欺にあったしで、これが一番まともな観光らしいことかもしれない。

 

 するとココアが改まってこんなことを言う。

 

「今日はありがとね有宇くん、付き合ってくれて。有宇くんいなかったら私、今日ひとりぼっちだったから嬉しかったよ」

 

 そういえば今日は他の連中が明日の準備に追われてて、こいつの相手をしてくれなかったんだっけか。すっかり忘れてた。

 

「何を今更。それに僕もそれなりに楽しめたしな。……まぁ最後、詐欺野郎に会ったのはあれだか……」

 

 そう返すとココアはニコッと笑みを浮かべる。

 すると急に、ココアは僕がこの街に来た頃の思い出話をしみじみと語り始めた。

 

「思えばこうやって有宇くんと二人でお出かけするのも、有宇くんに街案内した時以来だね」

 

「あー、そういえばそうかもな」

 

「あれからもうそろ二ヶ月ぐらい経つんだね。あの時の有宇くんはまだ私達と距離置いてたよね」

 

「そうだな。まっ、今でも距離置きたいと思うときはあるけどな」

 

「えっ、そうなの!?」

 

 主に朝起こしても起きない時とか、野菜残しまくる時とか、勝手に尾行して来た時とかな。

 

「あの時は確か、お互いに拳を交えて、互いの信頼関係を築き上げたんだよね」

 

「んな青春漫画みたいなことしてねぇよ!」

 

 一方的に僕がお前にチョップされただけだっつうの。いや、でも言葉のキャッチポールならぬ、言葉の殴り合いとも言えなくはないか……?

 

「まぁまぁ、過程はともかく、あれから私達いい姉弟になれたよね。有宇くんもみんなと仲良くなったし、有宇くんもあれから少しは私達のこと信じてくれるようになったよね」

 

「信じるって、別にそんなんじゃ……」

 

 有宇はそう返すも、ココアはただニコッと笑っているだけだった。

 まるで全部わかってますとでも言うように。

 

「はぁ……まぁ、お前たちとの生活に慣れたのは確かだけどな」

 

 以前も同じように聞かれたが、以前と思うことはそう大して変化はない。

 確かにこいつらと共に過ごしていく内に、悪さして東京から逃げてきた僕なんかを認めてしまう程、お人好しな連中なんだなというのは理解できた。

 最も、それが信頼と呼べるものなのかまでは僕自身にもわからんがな。

 

「それは何よりだよ。私やみんなも有宇くんとこうして一緒に過ごすのにも慣れてきたし、私達、これからもっと仲良しになれたらいいね」

 

 仲良し……か。

 僕にとっては縁遠い言葉だとずっと思っていたが、こんな風に誰かに言われる日が来るとはな……。

 僕自身、こいつらとの日々は退屈しないし、それなりに充実したものだと思ってる。しかしそれが友達……なんて呼んでいいものかまだ迷いがある。

 そして僕は、ココアの問いかけに建前だけの空返事で返した。

 

「あぁ……そうだな」

 

 僕の空返事にニコッと笑うココアの顔を見て、少し罪悪感を覚える。

 前まで自分を繕うことなんかに罪悪感など感じなかったのに、何故だろうか……。

 有宇がそんなことを思っていると、ココアがこんなことを言う。

 

「にしても今日はどうしてみんなダメだったんだろ?一人ぐらい暇しててもいいのに……」

 

「え?」

 

 あれ?……もしかしてこいつ、明日のこと知らないのか?

 いや、まさかな。だが、一応聞いておくか……。

 

「なぁ、ココア。そういやお前、明日の準備とかは大丈夫なのか?」

 

「えっ……明日?なんのこと?」

 

 ……やっぱりか。

 思えば明日の準備とかしてる様子なかったし、何よりそういうイベンド事と聞けば誰よりもはしゃぎそうなこいつが、その前日にいつも通りでいるはずがないよな……。

 にしてもちゃんとリゼがメールを全員に送ったはずなのにな……。

 

「リゼがメールで言ってたろ。明日から泊まりがけでリゼん家の別荘に遊びに行くって」

 

「リゼちゃんが……?」

 

 するとココアはその場で思考停止してしまう。

 そしてしばらくしてから口を開く。

 

「私……聞いてない……」

 

「一応聞くが、携帯はどうした?」

 

「携帯……」

 

 ココアはその場でカバンの中をゴソゴソと探し出す。しかし携帯は出てこない。

 

「ない……そういえば最近携帯見てないかも……。お店の制服のポケットかな……?」

 

 そりゃ道理で見てないはずだ。つか仕事中に携帯弄るな。

 

「お前がガラケーだからリゼもわざわざL○NEじゃなくてメールで回してるっていうのに、お前って奴は……」

 

「えへへ、ごめんごめん……あ!」

 

 するとココアがハッとする。

 

「そうだよ!それじゃあすぐに明日の準備しないといけないじゃん!必要なものとか足りないのとかあったら色々買わないと……。うわーん!有宇くん手伝って〜!」

 

「知るか、自業自得だろ」

 

「お買い物付き合うだけでいいから〜!」

 

 ココアが有宇に泣きつく。

 すると橋の上とかから人が、ココアの泣き声を聞いてこちらをみんな見てくる。

 まずい、いつぞやの甘兎の時みたいに変な誤解をされたら……。

 

「だぁもう、わかった!付き合ってやるから離れろ!」

 

 そして筏を降りた後、ココアの明日必要な物なんかを買いに行くのに付き合わされる羽目になった。

 しかも買い終わった頃には外は暗くなっており、帰ったら帰ったらで、帰りが遅いとチノに怒られた。……理不尽だろ。

 

 

 

 次の日、空は昨日同様見事な快晴だった。

 ココアとチノは、店の外で待ってるみんなの元へ向かうため、家の階段を降りながら外へ向かう。

 

「まさか今日のこと知らなかったとは思いませんでしたよ」

 

「えへへ、でも有宇くんがいてくれてよかったよ。携帯もお店の制服のポケットにちゃんと入ってたし」

 

「ほんと、しょうがないココアさんです」

 

 そして一階に降り、二人がそのまま店の玄関から外に出ようとした時だった。

 

「おっそうか、もう出発の時間か。気をつけて行ってこいよ」

 

「うん、行ってくる……よ……」

 

 一瞬流されかけたが、ココアがそこであることに気付いた。

 

「……って有宇くん!?なんでお店の制服に着替えてるの!?」

 

「お兄さん!?今日はみんなでお出かけの日ですよ!?」

 

 有宇がココア達に声を掛けてきたのだが、何故か出かける準備など一切していない様子で、しかも制服に着替えていたのだった。

 そしてココアとチノの二人の声を聞いて、外にいたみんなも店に入ってくる。

 

「おい、どうしたんだ……って有宇!?お前なんで制服なんか着てるんだ!!」

 

「今日はみんなで出かける日でしょ!」

 

「あらあら、今日のこと忘れちゃってたのかしら?」

 

 リゼとシャロと千夜も二人と同様に驚きの声を上げる。

 

「あれ?有宇にぃ来ないの?」

 

「エー!お兄さん来ないの!?」

 

 そしてマヤとメグもまた同じような反応を示す。

 しかし有宇の方は素知らぬ顔で当たり前のようにこう返す。

 

「えっ、僕も頭数に入ってたのか?」

 

「当たり前だ!お前だけ仲間はずれになんかするわけ無いだろ!」

 

 それを聞くと、それは予想だにしてなかったと有宇はポカンとした表情を浮かべた。

 

「そうか、てっきりお前らだけで行くものかと……」

 

「逆になんでそう思ったのよ……」

 

「いや、泊りがけで出かけるわけだから、男の僕は誘わないものかと……」

 

「もう、私達そんなこと気にしないのに〜」

 

 どうやら有宇は、女子達の泊まりがけの遊びに男である自分が呼ばれるはずがないと思っていたようだった。

 しかしこれで一件落着かと思われたが……。

 

「まぁいいや、さっさと準備してこいよ。みんな待ってるから」

 

 リゼがそう言うと、有宇はプイと顔をそらし言う。

 

「僕は行かない」

 

「あぁ……ってはぁ!?なんてそうなるんだよ!」

 

 リゼが驚嘆する。

 何故か有宇は誤解も解けたというのに、この期に及んで頑なにみんなと一緒に行くことを拒んだのだ。

 するとシャロが有宇に食って掛かるように問い詰める。

 

「ちょっとあんたどういうつもりよ!」

 

 シャロが有宇に突っかかると、興奮気味のシャロを落ち着けるかのように、間にココアが割って入る。

 

「まぁまぁシャロちゃん落ち着いて。でも有宇くんどういうこと?行かないって。みんな待ってるよ?」

 

「そのまんまの意味だ。リゼ、確か行き先は近くの山だったよな」

 

「あぁ、けど親父の都合でそっちのコテージは使えなくなったから、街の境にある森のキャンプ場跡にある別荘に行く予定だが……」

 

 それを聞くと、有宇はあからさまに嫌そうな顔をする。

 

「こんなくそ暑い日に、しかも虫が(たか)る森なんぞにわざわざ行きたくない」

 

「お前なぁ……相変わらず自分勝手だな」

 

「ほんと、こういうところは相変わらずねあんた……」

 

「あらあら……」

 

 リゼとシャロと千夜が、有宇の自分勝手な言動に呆れる。

 しかしココアは諦めず粘り強く有宇を誘う。

 

「む、虫なら昨日一緒に買った虫よけスプレーとかあるし大丈夫だよ!それにリゼちゃんちのコテージならきっと有宇くんも快適に過ごせるよ!」

 

 しかし有宇は毅然と聞く耳を持たない。

 

「どうだかな。第一、ラビットハウスはマスターがいるから僕もココア達と一緒に暮らせてるが、泊まりがけで出かけるとなると、マスターもいないし男が僕一人になる。ただでさえ保護者同伴ってわけでもないのに、女子の中に同年代の男が一人って状況で一緒に外泊っていうのは普通に考えてアウトだろ」

 

「ゔっ……それは……」

 

 有宇の言ってることは正論で、然しものココアも口を濁す。

 そして他のみんなもまた同様の反応を示す。

 

「お前、そういうところは真面目なのな……」

 

「僕はいつだって真面目だ。ま、僕のことは気にせずよろしくやってくれ。僕は僕でお前等がいないここでの生活を楽しませてもらうさ。帰って来たら土産話でも聞かせてくれ」

 

 有宇が笑いながらそんなことを言うと、突然シャロが激昂する。

 

「そ……そういう問題じゃないでしょ!このおバカ!」

 

「なっ!お前この僕をバカだと?人が折角気を使ってやってるっていうのにこのアマ……」

 

「あぁ、お前はバカだ。有宇」

 

 するとシャロに続きリゼまでそんなことを言う。

 

「なっ……!」

 

「お前が私達を本気で傷つけるようなことをする奴じゃないっていうことぐらい、この二ヶ月で十分理解してる。そんなこと今更問題にするまでもないだろ」

 

 いや、そこまで無条件に信頼されても困るんだが……まぁ、悪い気はしないが。

 するとリゼに続いてシャロも言う。

 

「それにあんた、私達のことそういう目で見てないでしょ。なら、そもそもそんなこと問題にする必要なんてないじゃない。寧ろ、みんなあんたとも一緒に遊びたいって言ってるのに、それをそんな簡単に断らないでよ!」

 

 それを聞いた有宇は少し驚いた。まさかシャロからそんな事を言われるとは……。

 するとシャロのその言葉に釣られたのか、マヤメグも言う。

 

「そうだー!私も有宇にぃと遊びたーい!」

 

「ワタシモー!」

 

 そして極めつけにチノが言う。

 

「私も……その……お兄さんと遊びたいです」

 

 そして皆ジッと有宇を見つめる。

 何をどう返せばいいかと有宇が困惑してるとココアが言う。

 

「ほら、みんな有宇くんと遊びたいって。有宇くんもこまかいことは気にしないで一緒に遊ぼうよ」

 

 ココアにそう諭されると、有宇も少し気持ちが傾いた。

 正直こいつらと外で泊まりがけで遊ぶとか、何か問題が起こる気しかしないし、クソ暑い中外出たくないし、虫いるし行きたくない。

 が、ここで下手に行くことを拒むほうが後々こいつらとの関係が面倒くさくなりそうだ。そう考えると、なんだか行ってもいい気がしてきた。

 有宇がそう思い直し、キャンプに行くことを了承しようとすると千夜が口を挟む。

 

「それに有宇くん、そういうとこヘタレそうだし大丈夫よね」

 

「確かに!有宇にぃ、結構ヘタレだもんね」

 

「……やっぱ行かない」

 

 千夜とマヤの一言で、一気に有宇は機嫌を悪くしてしまったのであった。

 

『マヤぁぁぁ!!(ちゃん)(さん)』

『千夜ぁぁぁ!!(ちゃん)(さん)』

 

「あらあら♪」

 

「ごめんごめん、つい」

 

 千夜とマヤの余計な一言により、有宇はすっかりへそを曲げてしまった。その場にいた全員がツッコむも、千夜とマヤは悪びれる様子もなく、二人ともいつもみたくニコニコ笑っていた。

 そしてすっかり不貞腐れてしまった有宇は、再びキャンプに行かない姿勢を取り始めた。

 流石にこれはもうダメかとみんなが思ったとき、店の奥からマスターが現れた。

 

「おや、どうしたんだい?もう行く時間だろう」

 

「それが有宇くんが行かないって……」

 

 ココアがそうマスターに告げ口すると、マスターが有宇の方を向く。

 有宇もそれに気付き、マスターに怒られないように言い訳を並べ、自らの正当性を証明しようとする。

 

「いや、シフト表がら空きだったから、てっきり僕が入るものかと思って……。そ、それに、女の中に男が僕一人というのも、やっぱ良くないかなって……」

 

「君に関しては私も信頼している。だから安心して行ってきなさい」

 

「いや、確かに今はそんな気はないですけど、万が一にも……」

 

「それは問題ないだろう。君は自らの保身を第一に考える人間だ。自分の立場を脅かすような真似をするような人間じゃない。それに君はそういうところは結構ヘタレそうだしね」

 

「ゔっ……」

 

 まさかマスターにも言われるとは……。

 正直イラッとしたが、しかし有宇はマスターに対しては何も言い返せなかった。単にマスターの言ってる事は間違いではないというのもそうだが、マスターに反論できる程の威勢を持ち合わせてないからだ。

 最もそういうところが、みんなからヘタレと言われる要因なのだろうが、有宇自身にその自覚はない。

 

「まぁ、ともかく行ってきたまえ。きっと君にとっても、いい経験になる」

 

 それを聞くと、有宇は「はぁ……」とため息を吐いてからみんなの方をチラッと見る。みんなもまた有宇に視線を集める。

 そして、有宇は少し照れくさそうに顔を逸らしながらみんなに言う。

 

「えっとそれじゃあ……準備するから待っててくれ」

 

 それを聞くと、皆表情を和らげ笑顔になる。

 

「有宇くん……!」

 

「はい!お待ちしてます!」

 

「あぁ、待っててやるから行ってこい」

 

「ほんと、手間がかかるんだから」

 

「ふふっ、待ってるわ」

 

「ほんと、有宇にぃってツンデレだよね〜」

 

「お兄さん照れてる〜」

 

 皆に見送られながら、有宇は廊下を出て階段を駆け上がり、自分の部屋に向かった。

 そして結局、有宇も一緒にリゼの家の別荘に行くこととなった。

 

 

 

「……まさか本当に行くことになるとは」

 

 コテージへ向かう車の中で、有宇はそう愚痴を漏らした。

 

「まぁまぁ、きっと有宇くんも楽しめるはずよ」

 

 隣に座る千夜がそう言って有宇を宥める。

 車は人数の関係上二台で行くことになり、ココア・チノ・マヤ・メグと有宇・リゼ・千夜・シャロに別れた。

 そして前の座席にリゼとシャロ、後ろに有宇と千夜が座っている。

 

「楽しめるって何を?クソ暑い炎天下の中、そして虫の蔓延る森の中で何を楽しめと?」

 

 有宇が若干キレ気味でそう言うと、千夜が「ふふっ」と笑いながら答える。

 

「実はね、リゼちゃんの別荘の近くに、有名な心霊スポットがあるの」

 

「心霊スポット?」

 

「ええ、そこにはバスの事故で……ってそれは後のお楽しみね。だから夜、みんなで肝試ししましょ♪」

 

 するとそれを聞いて、前の席に座るシャロが異論を唱える。

 

「ちょっと千夜!私そういうの苦手って知ってるでしょ!」

 

「いいじゃない、みんなでやればきっと怖くないわ」

 

「全く、あんたはそういうの好きだからいいでしょうけど……」

 

 反対するシャロとは正反対に千夜の方は生き生きしているように見える。

 そういえば強盗犯の話をする時も少しイキイキしていたような……怪談とか、そういう怖い系の話が好きなんだろうか?

 因みに僕はそういうの大丈夫かというと……まぁ、ノーコメントで。

 そんな話をしながら、有宇達一行を乗せた車はリゼの別荘へと向かって行った。

 しかし、この時の有宇は知らなかった。

 ───これが新たな冒険への幕開けだと。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 一方、有宇達が向かうキャンプ場跡。そこに一人佇む男がニヤリと笑みを浮かべる。

 そんな彼に、黒い長髪をたなびかせ、どこか大人っぽい雰囲気を漂わせる長身美麗な少女───来ヶ谷唯湖が尋ねる。

 

「恭介氏、何をそんなに楽しそうに笑っているのかね」

 

 来ヶ谷にそう尋ねられると、何か楽しそうに無邪気に笑みを浮かべる中性的な顔立ちの美少年───棗恭介は答える。

 

「なに、今日はいい野球日和だなって」




今回のお話はごちうさ原作4巻11話が元になっています。
因みに話の中で出てきたインチキおじさんは、Rewriteの10月25日に小鳥に付いていくと会えるあの人と同一人物です。
ついでにいうと、以前登場したちゃっきーさんもRewriteにおいて、あの鍵っ子なら誰でも知ってる有名な吉野応援歌を作ったその人だったりします。
さて、次回から新章、リトルバスターズ編がスタートします。
リトバスを知らなくても見れるとは思いますが、初っ端から物語に関わる重要なネタバレを飛ばしていくつもりなので、リトバス知らない方でネタバレが嫌な方は、事前に世界の秘密を知ることをお勧めします。
あと、話の途中からごちうさキャラが登場しなくなりますが、ご理解頂けたらと思います。
新章もよろしくお願いします!
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