幸せになる番(ごちうさ×Charlotte)   作:森永文太郎

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※お知らせ
気づいた方もおられると思いますが、書き方を少し変えました。それに合わせて一話から書き直しをしております(現在1〜4話まで書き直しました)。内容に関しては多少のプラスアルファを加えた話もありますが、わざわざ読み返して頂くほどの変更は加えておりませんのでどうかご了承下さい。


第31話、あたたかい場所

 目が覚める。

 視界は薄暗いが、窓から差す微かな月明かりでここがコテージの部屋の一室だというのはわかる。

 

「……あ……えっと確か試合が終わってリトルバスターズの連中と別れた後、疲れたから少し木陰で横になっていた筈……だよな?」

 

 有宇は取り敢えずベッドから体を起こし、明かりをつけようと部屋の壁にあるスイッチを押す。しかし明かりはつかない。

 

「あれ、電気通ってないのか?」

 

 そういえば昼間は明るかったから、電気がつくか確認しなかったな。ていうかここ電気も止められてるのか……。

 すると外から微かに女子達の談笑する声が聞こえる。

 どうやら全員外にいるようだな。

 ここにいても仕方ないので、取り敢えず外に出ることにした。

 

 

 

 コテージから出て声のする方へ歩いていくと、ココア達がバーベキューコンロの火を囲んで集まっているのが見えた。

 有宇が近づいていくと、ココアが有宇に気づき声をかける。

 

「あ、有宇くん起きたんだ」

 

 ココアがそう言うと、他のメンバー達も有宇に気づき声をかける。

 

「あら、有宇くんお目覚めかしら」

 

「やっと起きて来たか」

 

「ぐっすりだったものね」

 

 有宇は眠ってしまったために、夕食の準備やその他諸々の仕事を任せてしまったことを皆に謝罪する。

 

「夕飯手伝えなかったな。悪い」

 

「ううん、気にしないで。有宇くんは今日のMVPなんだから。ほら、ここ座って座って」

 

 ココアにそう促されて、側にあるアウトドアチェアに腰を掛ける。

 

「ささ、どうぞどうぞ」

 

 そしてココアに肉の刺さった串を手渡される。

 

「あぁ、サンキュ……」

 

 ココアから串を受け取ると、それにかぶりつく。

 

「うん……普通に美味い」

 

「えへへ、でしょでしょ。マシュマロとかも焼いてあるからどんどん食べてね」

 

「あ、あぁ……」

 

 なんかやけに気を使ってくれているような……。いや、こいつはいつもこんな感じか。

 それから有宇はココアからシャロに視線を移す。

 

「そういえばお前も起きてたんだな」

 

 有宇が寝る前、カフェインで泥酔していたシャロにそう声をかけた。

 この様子だと、どうやら酔いからは覚めたようだが……。

 

「ええ……お陰様でね」

 

 そう答えるシャロはあからさまに不機嫌そうだった。

 まぁ、僕が無理やりコーヒー飲ませたせいで、酔っぱらって恥ずかしい姿を晒したのだ。シャロの怒りは当然といえば当然か。

 取り敢えず軽く謝っておくか。

 

「悪かったよ。まさか本当に酔っ払うなんて思わなかったんだ」

 

「あんたがフェイン入ってないって言うから飲んだんでしょうが!!」

 

「普通のコーヒーよりは入ってないとは言ったが、カフェインが全く入ってないとは言ってなーい」

 

 シャロから目を逸らしながら言う。

 そんな有宇の態度にシャロが憤慨する。

 

「なぁっ!?あんたのせいでリゼ先輩に恥ずかしいところ見られたのに、あんたって奴は……!」

 

 するとリゼが二人を見かねてフォローに入る。

 

「まぁ落ち着けよシャロ」

 

「でもリゼ先輩!」

 

「結果的に試合にも勝てたし、有宇も体張って頑張ってたしさ。許してやれよ。それに……シャロが頑張って投げてくれたから私も最後頑張れたわけだしさ」

 

「リゼ先輩……!」

 

 リゼが褒めてくれたのが嬉しかったのか、シャロは頬を赤らめながらも、恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうな顔をしていた。どうやらいきなりリゼに褒められた驚きと嬉しさの間で混乱しているようだ。

 ともかく僕への怒りは収まめてくれたようで何よりだ。

 そして有宇は、さっきから見えてはいたが、特に触れずにいた物について女子達に聞いてみた。

 

「なぁ、そういえば何でお前らテントなんか建ててるんだ?コテージあるだろ?」

 

 有宇の疑問に千夜が答える。

 

「それが……有宇くんも気づいたと思うけど電気がつかなくて……。その上ベッドも足りないの……」

 

 千夜がそう言いかけると、続きをシャロが話す。

 

「それでテントと寝袋があったから、もうこっちでいいやってなったのよ」

 

「なるほど……ってそれならなんで僕はコテージに?」

 

 有宇がそう言うと、みんなが、それ聞いちゃうか〜と言わんばかりの気まずそうな顔を一斉に浮かべた。

 

「なんだその反応は」

 

 一同の突然の表情に、有宇が苦言を呈する。

 するとココアが慌てて答える。

 

「ううん!なんでも……ないよ?」

 

 明らかに何かありそうな態度なんだが……。

 そしてココアが続ける。

 

「えっとね、テントの数もどう詰めても女の子の分しかなくて、有宇くんにはコテージの方で寝てもらおうかなって」

 

「あぁ、そういうことか。けど、それならそうと言えばいいだけだろ」

 

 別に女子達と一緒に寝るなんて事は端から考えていないし、僕の分のテントがないといえば別にそれで納得するというのに、何をこいつらは気まずそうにしているんだ?

 しかしココアは「なんでもないよ」の一点張りで、答えようとしない。

 するとマヤが我慢できなかったかのように、突然吹き出すように笑い出した。

 

「ププ……アハハハハ!!」

 

「マヤちゃん!笑っちゃだめだよ!」

 

 メグが笑うマヤを(いさ)めようとする。しかしマヤは笑うのをやめない。

 

「アハハ、ごめんごめん。だって思い出しちゃったんだもん。有宇にぃがお姫様抱っこされてるの」

 

 ……ん?今なんて言った?

 

 ココアの方を向く。しかしココアはサッと有宇から顔を逸した。

 しかしそんなのお構いなしにマヤはそのまま続ける。

 

「いや〜本当面白かったよね、リゼが寝てる有宇にぃをお姫様抱っこしてさ。シャロは有宇にぃのこと羨ましがっちゃってるし、ココアなんか『チノちゃんのパジャマ着せたら本物のお姫様みたいになるかも!』とか言っちゃっててさ。本当面白かったな〜」

 

 マヤが喋るたびに周りの空気が重くなっていくが、マヤはお構いなしに喋り続ける。そしてそれを聞いて有宇の顔がどんどん赤くなっていく。

 

(この僕が……お姫様抱っこだと……!? )

 

 有宇は自分こそが王子様たらん存在だと思い込んでいる。

 そんな自分がお姫様抱っこを、しかも女子にされ、尚且つ可愛いなどと言われたことにえらくショックを覚えたのだ。

 正直恥ずかしくて今すぐにでもこの場を離れたいところだが、ここで逃げればそれはそれで負けた気がするし、かと言ってこの場にいたら恥ずかしさを紛らわせるために何を言うか自分でもわかったもんじゃない。

 それにリゼは寝てしまった僕を運んでくれただけに過ぎない。悪魔で親切でやってくれたことに対して文句を言うわけにはいかない。

 結局有宇はその場でぐぬぬと歯を噛み締めて、顔を真っ赤にしながら座っていることしかできなかった。

 すると空気を読んだのか、ココアが「まぁまぁ」と言いながら僕にカップを差し出す。

 

「なんだこれ……コーヒー?」

 

「うん、これ飲んで落ち着きなよ」

 

「誰のせいだ誰の……ったく」

 

 そう言いながらもカップに口をつける。

 

「……美味い」

 

 さっきまで顔が真っ赤になるほど興奮していたのに、コーヒーを飲むと有宇はすっかり落ち着きを取り戻した。

 カフェインは鎮静作用どころか興奮作用があるはずなのに、こう毎日飲んでいると自然とリラックスできてしまうのだから不思議なものだ。

 すると有宇が落ち着きを取り戻している間に、ココアの配ったコーヒーによって落ち着きが無くなったのが一人……。

 

「ヘイカモーン!!みんな、火を囲んで踊るわよ!ほら、マイムマイムしましょう!」

 

 シャロが立ち上がりながら手をパンパン叩きながら叫んでいた。

 どうやらシャロが、ココアが配ったコーヒーを飲んでまたハイテンションになったようだ。

 ていうかシャロにコーヒー渡すなよ……。シャロも飲むなよ……。

 そしてみんなシャロに流される形で立ち上がり、手を繋いで火を囲んだ。

 

「ほら、有宇くん」

 

 すると隣のココアが手を差し出す。

 

「お手をどうぞ、お姫様」

 

「誰が姫だ!……ったく」

 

 仕方なく左隣のココアと手を繋ぐ。

 それから右隣の千夜と手を繋ぎ、皆同じように両隣と手を繋ぐと、一つの和になった。

 するとココアが有宇に尋ねる。

 

「そういえばマイムマイムってどんな風に踊るんだっけ?有宇くん知ってる?」

 

「知らん。僕が知るわけ無いだろ」

 

「適当でいいんじゃね?まわれまわれー!!」

 

 マヤがそう言うと、みんな一斉に手を繋いだまま右向きに回り始めた。

 

「凄くバカみたいです!」

 

 とチノ。

 

「それがいいんだよ!」

 

 とココア。

 

 ただ回ってるだけだというのに、みんな楽しそうにしている。

 しかしその中で一人、死にそうな顔をしているのが一人いた。

 

「おい、千夜がヤバイ!!」

 

 ふと右隣を見てみると、千夜がゼーハーと息を切らして今にもヤバそうだった。

 こいつ、そういや体力ないもんな……。

 

「ダイジョウブ……みんなのためにも、死んでもこの手は離さないから……」

 

 千夜は息絶え絶えにそう答えた。しかし既に死にそうだ。

 そして回っていくうちに、回るスピードも段々速くなっていき、少し気持ち悪くなってきた。

 他のメンバーも目を回してるようで、そろそろ皆の限界が近づいてきたその時だった。

 

「じゃあ一斉に手を離すよ!」

 

「えっ!?」

 

 マヤがこの勢いを保ったまま、一斉に手を離すと言ったのだ。

 その瞬間、隣で千夜の顔が青ざめていくのを感じた。

 

「それじゃあせーのっ!」

 

 マヤの合図で皆一斉にパッと手を離した。

 手を離した瞬間、千夜は遠くに吹き飛ばされ、有宇自身もまた回りすぎた気持ち悪さから膝をつき、他のメンバーもみんな地面に倒れ込んだ。

 

「うっぷ……気持ち悪い……ん?」

 

「くるくるくる〜」

 

 すると皆が倒れ込んだ中、ただ一人地に膝をつかず、今も平気そうにくるくる回っているのがいた。

 皆も顔を上げ、彼女を見上げた。

 

「優勝メグ!!」

 

 そしてマヤが目を回しながら、メグの手を取ってそう宣言した。

 

「そもそもこれ勝負だったのかよ!ていうかメグ凄いな!」

 

 思わずツッコんでしまう。

 するとメグが気恥ずかしそうにしながらも笑顔で答える。

 

「エヘヘ、うちバレエの教室やってるから」

 

「バレエ凄えな……」

 

 よく知らないけど、確かにバレエって回ってるイメージあるしな。まぁそこそこ納得のいく答えだった。

 すると突然、シャロが腹を抱えて笑いだした。

 

「あははっ!!こんなに人気も気にせずはしゃぐなんて久しぶり!みんなでサバイバルしたり、野球したり、踊ったり、この休日すごく楽しかったです!先輩!」

 

 そう言うとシャロはリゼに向かって飛びついた。

 普段なら絶対しないんだろうけど、まぁ酔ってる人間の特権だよな。

 そしてチノ、千夜、ココアも口々にリゼの側に来て言う。

 

「わっ、私もです」

 

「リゼちゃんのおかげね」

 

「リゼちゃんありがとー!」

 

 皆が口々に礼を言うと、リゼの頬を涙がボロポロと伝う。

 

「よ、よかった……ハプニングだらけでみんなのんびりできなかったんじゃないかと……」

 

 どうやら嬉し泣きのようだな。

 リゼも突然のハプニングとかで、みんなが楽しめてるのか不安だったのかもしれないな。

 

「「「もっとハードなの想像してたから大丈夫!」」」

 

 するとリゼの不安に、ココア達が口を揃えてそう答えた。

「そうなのか!?」とリゼ本人も驚いている様子だ。

 ……どうやらこいつらにそんな心配は不要だったみたいだな。

 

「あ!有宇くん笑ってる」

 

「ん?」

 

 すると突然ココアが僕の顔を見るなりそう言った。どうやら無意識のうちに微笑んでいたようだ。

 

「えへへ、有宇くんも楽しかった?」

 

 いつもならここで否定するのだが……。しかし今日はなんだかいつもより気分が良い。

 有宇は微笑んだまま言う。

 

「そうだな……まぁ、それなりに楽しかったかもな」

 

 するとみんな意外そうな顔をする。

 

「おおっ、有宇くんがいつにも増して素直だ……」

 

「僕はいつも素直だ!ま、次はもう少しのんびりできるバカンスを期待したいところだな」

 

 そんな風にキザな態度を取る有宇だったが、彼自身楽しかった事を否定はしなかった。

 知らない誰かと──同年代の人間と遊んだり、ましてやキャンプしたりなんてこと、今までしたことなかったしな……。

 ハプニングこそ多々あったが、その時が過ぎてしまえば名残惜しい郷愁に駆られる。

 

「そうか……これが楽しいってことなのか……」

 

「ん?どうしたの有宇くん?」

 

「いや、何でもない……」

 

「そう?ならいいけど。にしてもリトルバスターズの人達もここに泊まっていけばよかったのにね。そしたら人数も増えてもっと盛り上がれたのに」

 

「あぁ、そうかもな」

 

 ココアのその言葉で、昼間野球をしたリトルバスターズの連中のことを思い出した───

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 リトルバスターズとの試合を終えた後、彼らは出立する準備を整え始めた。

 メンバー全員が身支度を終えると、リーダーの恭介が有宇達に別れの挨拶を告げる。

 

「それじゃあまたな。お前たちのおかげで久しぶりに楽しめた」

 

「本当に行くのか。ここうちの土地だし、別に泊まっても大丈夫だぞ。こっちも人数多い方が楽しいしさ」

 

 リゼはそう言って彼らを引き止めるようとする。

 

「そうだよ、折角知り合えたんだからもっとお喋りとかしたいよ」

 

 ココアもリゼに続いて引き止めようとする。しかし……。

 

「気持ちはありがたいが、俺達にもやることがあるのさ」

 

 恭介はそう言って、リゼの提案を退けた。

 

「やることって?」

 

 リゼが尋ねる。

 

「修学旅行の続きさ!俺達だけの、最高の思い出を作りに行くのさ!」

 

 修学旅行?続き?

 よくわからんが、大方修学旅行が何かで中止になったから、夏休み使って仲間内で観光に来たってところか。

 しかし……と有宇が口を挟む。

 

「けど街まで結構距離あるぞ。今から歩いていくんじゃ大変じゃないのか?いっとくが途中宿なんて都合のいいもんはないぞ」

 

 車で街を出てここに来るまで外の景色を眺めていたが、宿らしき建物はなかったと思う。それこそ途中に寄った道の駅があったぐらいだろう。

 今から歩いて行くとなるとかなりの時間がかかるし、もう日も沈みかけている。ただでさえ野球で疲労しているはずなのに、その長距離を夜歩いていくなんて無謀と言わざるを得ない。

 しかし有宇の忠告にも関わらず、恭介は答える。

 

「なに、俺達ならイケるさ!なぁみんな!」

 

 すると恭介の呼びかけに、メンバーは笑顔で答える。

 誰一人として嫌な顔一つせず、運動神経があまり良さそうに見えない西園や神北も顔を曇らせることなく、恭介の呼びかけに答えたていた。

 こうしてリトルバスターズは僕らと別れ、街の方へと消えていった───

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「……あいつら、結局大丈夫なのか?来ヶ谷や男連中はともかく、他の女子とか今頃根を上げてそうだが……」

 

 思い出したら改めて心配になってきた……。

 

「大丈夫だよ。野球だって強かったし、リトルバスターズの人達ならどんな困難でも乗り越えられるよ!」

 

 ココアはいつもの如く前向きな意見を述べるが、有宇はココアの言うように楽観的には考えられなかった。

 これであの連中に何かあったら目覚めが悪い……。

 

「みんな、それじゃあそろそろ行きましょうか」

 

 すると、突然千夜がみんなにそう呼びかけた。

 

「行くって?」

 

「やだわシャロちゃん、肝試しに決まってるじゃない♪」

 

「なぁ!?本当にやるの!?」

 

 シャロが驚嘆する。

 マヤは面白そうという感じの表情を浮かべているが、他のメンバーはシャロ同様青ざめた表情を浮かべている。

 昼間、肝試しにはどちらかといえば乗り気でいたチノも、なんだかんだ怖いようだ。

 

「あんま遅くなっても危ないから、ほらみんな準備して」

 

 しかし皆の反応に反して、千夜はいつも以上にノリノリだ。

 

「じょ、冗談じゃないわ!折角楽しい雰囲気で終われそうだったのに、怖くて眠れなくなっちゃうじゃない!」

 

 車にいたときもそうだったが、どうやらシャロは怖いのが苦手なようで、千夜の肝試しに反対した。

 ていうかこいつ、肝試しと聞いてすっかり酔いを覚ましてやがる。そんなに嫌か。

 

「私は行きた〜い!メグも行くでしょ!」

 

「えっ!?うーん、みんなが行くならいいかな……?」

 

 シャロとは反対に、マヤとメグは行く気のようだ。

 

「私は行きたいたいです。怖いですが、怖い話のネタになるかもしれませんし」

 

 怖がってはいるものの、昼間同様チノも肝試しをやる気でいるようだ。

 

「私は……いや、肝試しは別に怖くないが、ほら、シャロが行きたくなさそうだし私は反対かな?」

 

 怖くないとは言っているが、絶対に怖がっているであろうリゼも、シャロが怖がっているのを言い訳にして肝試しに反対した。

 

「チマメちゃん達が賛成でリゼちゃんとシャロちゃんが反対ね。じゃあ有宇くんとココアちゃんはどっちかしら?」

 

 リゼとシャロとチビ達の意見を聞くと千夜は、肝試しに行くかどうかをまだ決めていない、僕とココアに選択を迫ってきた。

 

「有宇!どうせあんたどっちでもいいんでしょ!だったらこっちにつきなさいよ!それでコーヒー飲ませたことはチャラにしてあげるから!」

 

 シャロがそう言って必死に有宇に懇願する。

 僕としては昼に折角森中を歩いて目印をつけたのが無駄になるのは嫌なんだが……。

 けどだからといって肝試しに行きたいわけじゃない。というか行きたくない。正直僕もそんなに耐性あるわけじゃないし……。

 ここは賛成派に行くと反対派の二人に恨まれそうとかそういう体で……。

 

「じゃあまぁ……反対で」

 

 これで主催の千夜を除いて賛成派3人、反対派3人となった。つまり肝試しに行くかどうかはココアの選択に委ねられた。

 

「ココア、反対よね?また前の怪談のときみたいに寝るれなくなるわよ」

 

 僕のときとは違い、強気な感じではなく、強請(ねだ)るように泣きそうな声でシャロはココアに必死に嘆願した。

 

「えっと、そうだな……じゃあ今日はもう遅いしやめとかない?」

 

 どうやらココアもシャロに流され反対派についたようだ。これにより肝試しは中止……かと思いきや。

 

「そんな……!ココアさん、反対なんですか……?」

 

 チノが頬に涙を浮かべ、捨て猫……いや、捨てうさぎのようなつぶらな瞳でココアを見つめた。

 

(これはまさか……)

 

 シャロも僕と同じ事を察したのか、なんとしても阻止しようとココアに小さい声で囁く。

 

(耐えて!耐えるのよココア!)

 

 しかしそこで、チノが再び涙ながらの訴え。

 

「ココアさん、駄目ですか……?」

 

「いっ、いいに決まってるよ!みんな!肝試しにレッツゴーだよ!」

 

 やはりココアがチノの涙ながらの訴えに勝てるはずもなく、ココアは結局賛成派に回った。

 これにより賛成派4人、反対派3人、よってみんな仕方なく、千夜に付き合い肝試しに行くこととなった。

 

「ううっ……何となくそうなるとは思ったけど、結局クリスマスのときの二の舞になっちゃった……」

 

 シャロが静かにそう嘆いていた。

 どうやら前にも同じようなことがあったらしい。

 まぁ、決まった以上諦めて行くしかないけどな……。

 

 

 

「それじゃあみんな、肝試しを始めましょう」

 

 森の入り口に着くと、早速肝試しを開始することとなった。

 

「みんな知ってると思うけど、ここは三年前のバス事故で亡くなった高校生達の幽霊が出るって噂の場所なの」

 

「バス事故?」

 

 ココアが首を傾げる。

 そうか、ココアも僕と同じ余所者だから知らないのか。最も僕も昼にチノから聞いたばっかりだがな。

 そして千夜が何も知らないココアのために、昼間チノから聞いたのとほぼ同じ内容を改めて語り聞かせた。

 

「……それでその事故以来、ここには幽霊が出るっていう噂が流れ始めたの」

 

 千夜が語り終わると、付け加えるようにリゼが言う。

 

「その幽霊騒ぎが跡を絶たなくて、その結果ここのキャンプ場も閉鎖されたんだ。それを親父が買い取ってコテージを建てたんだ」

 

「ここそんな危ないところだったの!?」

 

「心配するな、親父もここの調査は徹底的にやったけど、幽霊なんて出なかったぞ」

 

「それでもなんか怖いよ!」

 

 流石のココアもビビっているようだ。

 

「それじゃあペアを決めましょ♪」

 

「千夜ちゃん躊躇ないね!!」

 

 しかしビビってるココアなどお構いなしに、千夜は肝試しを始めるつもりだ。

 

「八人いるし、二人一組のペアで行きましょ。ペアになったらペアの代表者がじゃんけんをして、負けたペアから森に入って、森の奥の事故現場まで歩いていくの。着いたらそこにこの花束を置いてもらって後続のペアを待ってもらうわ」

 

 そう言うと千夜は袋に入った4本の花束を見せる。

 

「そういえば千夜ちゃん途中で買ってたよね。でもなんで花束?」

 

「さっきも話したけどここは事故現場なの。私達は肝試しを楽しませてもらうわけだから、せめて……ね」

 

 ココアの疑問に、千夜は先程までのテンションとは違う重々しい雰囲気でそう答えた。

 やはり千夜も、昼間の僕とチノと同じ気持ちだったようだ。

 不運な事故により命を落とした挙句、更には幽霊騒ぎが立ったせいで誰も近寄らなり、当然誰も花なんか供えに来てないことだろう。

 もしかしたらこれは千夜なりに亡くなった高校生達を弔いたかったのかもしれないな……。

 

「さて、それじゃあ早速じゃんけんしましょうか!八人でじゃんけんすると決着つかないから、豆ちゃん達と別れてしましょう!」

 

 神妙な顔してると思ったら、一転して千夜はまたすぐテンション高めの声でそう言った。

 ……訂正する。こいつ普通に肝試しやりたいだけだな。

 重苦しい雰囲気からすぐに一転した千夜の態度を見て有宇は認識を改めた。

 

 

 

 そしてそれからチビ達と高校生組のふた手に別れてジャンケンをした。

 その結果───

 

「お、メグと一緒か」

 

「私達いつも一緒だよね」

 

「負けてしまいました……」

 

 チビ達はマヤとメグがじゃんけんに勝ったようで、チノが高校生組の負けた誰かと組むことになったようだ。

 そしてこっちはというと──

 

「フフッ、よろしくねシャロちゃん♪」

 

「えぇ、千夜となの……。あんた、怖がらせたりしないでよね」

 

 シャロと千夜の幼馴染コンビが最初に決まった。

 

「お、有宇とか」

 

「そうだな」

 

 それから僕はリゼとペアを組む事になった。となるとココアが必然的に……。

 

「やったー!チノちゃんと一緒だ!」

 

「えっ、ココアさんとですか……」

 

 チノとペアになるということだ。

 

「お前、チマメと組みたくてわざと負けたりとかしてないよな?」

 

「もうやだなリゼちゃん、そんなことしないよ」

 

 ココアの反応にリゼが疑いをかける。

 まあ、後出しとかはしてなかったから不正はしてないと思うが、チビ共と組みたがってるこいつならやりかねないというのはわかる気がする。

 何はともあれ、これでペアがきまった。

 

「じゃあ次は森に入る順番を決めましょ♪」

 

 今度は肝試しの順番決めだ。ペアのどちらかが代表として他ペアの代表とじゃんけんをして、負けたペアから森へ入っていく。

 最初に森に入ると、暗い森の中で後続を二人で待たなくてはならなくなるため、一番最初に森に入るということは、一番恐怖を感じるということになる。

 

「有宇、お前に任せていいか」

 

 するとリゼは何故か僕に行かせようとする。

 

「なんで僕が?」

 

「いや、その……お前、なんか心理戦とか得意そうだし……頼む!」

 

 リゼは必死に懇願する。

 どうやらどうあっても一番最初には行きたくないようだ。

 

「得意ってわけじゃないんだが……まぁ別にいいけど」

 

 僕としても一番最初は嫌だし、まぁいいか。

 というわけで仕方なくじゃんけんに参加する。

 他のペアからはマヤ・ココア・千夜が代表として出てきた。

 

「それじゃあ行くわよ。じゃんけん……」

 

「「「「ポン」」」」

 

 有宇はパーを出した。そして他全員はチョキを出していた。

 

「すまん、負けた」

 

「おい!?」

 

 まさか一発目から負けるとは思わなかったな……。まぁ別にじゃんけん強いわけでもないし、こんなもんだろ。

 当然これにより有宇とリゼのペアが一番最初に森に入ることとなった。その後のじゃんけんで二番目がココアとチノ、三番目がマヤとメグ、最後が千夜とシャロのペアの順番に決まった。

 

 

 

「それじゃあリゼちゃん、有宇くん、いってらっしゃ〜い」

 

「うぅ……私もリゼ先輩とが良かった……」

 

 そして、じゃんけんが終わると早速肝試しは開始され、トップバッターの有宇達が皆に見送られながら森へと入っていった。

 それからしばらく歩いていき、みんなが見えなくなるところまで入っていくと、リゼが珍しく弱々しい声で話しかけてくる。

 

「ゆ、有宇……すまん、ちょっと腕に捕まってもいいか……?」

 

「ああ」

 

 有宇の返事を聞くとリゼは有宇の左腕に両腕を絡ませ、体を寄せ腕に捕まる。

 

「親父は幽霊などいないと言っていたが、やっぱ雰囲気あるよな……」

 

「ああ」

 

「でも有宇と一緒で安心したよ。その……なんていうか有宇はこういうの平気そうだし、私がこういうの苦手だっていうのも知ってるし、一緒にいると心強い」

 

「ああ」

 

 すると、リゼは有宇の様子が何かおかしいことに気づいた。

 

(こいつ……さっきから空返事しかしてないような……?)

 

「おい……有宇?」

 

「ああ」

 

 やはり「ああ」としか返して来なかった。

 よく見てみると有宇の腕が小さく震えている。まさかと思いリゼは有宇の顔を覗き込む。

 

「おい、聞いて……ってお前!顔が青ざめてるじゃないか!!」

 

 有宇の顔を覗き込むと、顔が青ざめており、唇が小刻みに震え、冷や汗も出ているようだ。

 

「べ、別に!何でもない……」

 

「いやいや、その反応は何でもなくないだろ!……まさかだけど、もしかしてお前も怖いのか?」

 

「ははっ……そんなことは決してなーい……」

 

 本人はそう強がっているようだが、怖がってるのバレバレである。

 

「しっかりしろ!大体お前、石の街のときは平気そうだったじゃないか!」

 

 どうやら有宇もこういう系は苦手だったようだった。

 するとその時、突然すぐ側の草むらからガサッと音がなる。

 

「「うわぁ!?」」

 

 驚きのあまり、二人とも思わず声を上げる。

 しかし草むらから出てきたのはただの野良うさぎだった。

 

「なんだうさぎか……ビックリした」

 

「そ、そうだな……」

 

 うさぎだとわかり二人とも冷静さを取り戻した。すると二人とも、驚きのあまりお互いに抱きついていたことに気づいた。有宇ですら、持っていた花束を放り出してリゼに抱きついていたのだ。

 すぐにお互いバッと離れて、それから二人とも顔を赤くした。

 

「すっすまない……」

 

「いや、僕の方こそ……すまん」

 

 二人の間になんとも言えない気まずい空気が流れる。

 

「と、とりあえず歩くか……」

 

「あ、あぁ……」

 

 そして二人、互いに森の奥へと進んで行った。

 

 

 

「にしても有宇も怖いのとか苦手だったんだな」

 

 しばらくすると、リゼがそう口を開いた。

 あれから二人とも、互いに怖いのを紛らわせるために会話を始めた。

 

「いや、あれはその……そう、得体のしれないものを怖がるのは人間の本能だ。だから僕が恐怖を感じるのは至極当然の感情だ」

 

「偉そうに言うことか。でもお前、石の街じゃ普通にしてたじゃないか」

 

「いや、そりゃまぁ、あそこはあそこで人気が全く無くて不気味だったけど、それだけだしな。ガチの心霊スポットなんざ誰が好き好んで行くか。というかお前こそ軍人の娘のくせに幽霊が苦手な方がおかしいだろ」

 

「だって幽霊は銃が効かないじゃないか」

 

「お前の恐怖の基準そこかよ!ていうか、本当に幽霊騒ぎだったのか?また能力者が絡んでるとかじゃ……」

 

「さっき言っただろ、親父もその線を考慮してここをわざわざ買い取って調査したけど、そういうのは一切なかった」

 

「じゃあ、まさか本当に幽霊が?」

 

「どうだろうな、誰かのイタズラだったという線もあるし。少なくともガーディアンにおいて今のところ幽霊の存在は確認されてないけどな」

 

 それってつまり、幽霊ってやつは実在しないってことでいいのか?

 裏社会の組織の首領(ドン)の娘が言ってんだから間違いないだろうけど……。

 

「じゃあなんでお前、幽霊でビビってんだよ」

 

「だって、いたら怖いじゃないか……」

 

 シュンとした様子でリゼがそう答える。

 メンバーの中では一番男勝りな奴だが、こういうところはなんていうか……女らしいな。

 すると顔を真っ赤にしてリゼが言い返す。

 

「だっ……大体お前だってそうじゃないか!?」

 

「ゔっ……まぁそうだが……あっ、ほら着いたみたいだ」

 

 有宇が指差す方向に、昼間来た目的の事故現場が見える。

 ゴールが見えたことにより、取り敢えず二人とも、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「なんだかんだ、普通に来れたな」

 

「そうだな、大したことなかったな」

 

 大したことないといいながらビビっていたのは、二人とも知らん顔である。

 そして二人は当初の予定通り、その場で後続を待つことにした。

 

 

 

 ゴールについたリゼと有宇は他愛ない会話を交わしながら後続を待った。しばらくして、有宇達の次のペア、ココアとチノがやって来た。

 

「とうちゃーく!」

 

「無事つきましたね」

 

 二人とも特に何もなく来れた様子だ。

 そんな二人にリゼが声をかける。

 

「二人ともお疲れ」

 

「リゼちゃんもお疲れ〜。有宇くんもお疲れ様」

 

「リゼさん、お兄さん、お疲れ様です」

 

 そうして互いに軽い挨拶を交わし合うと、肝試しの話になる。

 

「ココアとチノはどうだった?なにかあったか?」

 

「ううん、な〜んも。暗い森をお散歩っていうのもたまにはいいよね」

 

 ココアは普通に楽しそうにしている。やる前は少し怖がっていたのになんだかんだ図太い奴だ。

 するとチノの方は何か不満げな表情をしている。

 

「せっかくの肝試しなのに、ココアさんがお喋りばっかするものでしたから全然怖くありませんでした……」

 

 そういえば怖い話の参考にしたくてやりたがっていたんだっけな。確かにココアと一緒じゃそういう気分にはなりたくてもなれなさそうだ。

 すると今度はココアの方から僕達に聞いてくる。

 

「そういえばリゼちゃん達はどうだった?なんか声上げてたけど?」

 

 ギクッ!!(×2)

 

 ココアの質問に二人とも動揺のあまり体を震わせた。

 まさかうさぎにビビって声を上げたなんて言えないしな……。

 

「えっと……そう、リゼが石に躓いて転んできてな。それでつい声を上げたんだ」

 

「あっ……あぁそんな感じだ!」

 

 少し無理矢理だが、咄嗟にそう嘘をついて誤魔化した。リゼの方も咄嗟に上手く僕に話を合わせた。

 しかしココアは納得の言ってない様子だ。

 

「そうなの?なんか凄い驚いていたように聞こえたけど。ねぇチノちゃん」

 

「はい、まさか本当に幽霊が出たのかと心配しましたよ」

 

 どうやらココア達だけじゃなくて、他全員にも聞かれていたようだな……。まぁ、あの時まだ入り口に入ってそんな時間立ってなかったしな。

 この分だと多分、後から来る二組にも同じようなこと聞かれそうだな。

 更にチノが追い打ちをかける。

 

「それにリゼさん、転んだ割には怪我とかしてませんし、土がついて汚れているような様子もありませんが」

 

 ギクギクッ!!(×2)

 

 くそっ、いつも簡単に騙されるくせに、なんで今に限ってそんな鋭いんだよ。

 二人が言葉をつまらせると、チノが見透かしたかのように言う。

 

「もしかして、お二人とも怖かったんですか?」

 

 ギクギクギクッ!!(×2)

 

 まずい!このままでは情けない奴だと思われる!!

 リゼも僕同様焦っているようだ。ともかくなんとかしなければ!

 有宇は咄嗟に言い返した。

 

「なっ……何言ってんだ、そんなわけ無いだろ?僕とリゼだぞ?僕らがたかが夜の森を歩くぐらいで怖がるわけ無いだろ?なぁリゼ」

 

 リゼに話を振る。ともかく話を合わせろ!

 

「あ、ああ!そんなわけな、ないぞ!よ、夜の森なんて親父の部下達とのサバイバルな訓練でよく来るしな!うん、私達が怖がるはずないじゃないか!」

 

 リゼも年長者としての意地を守るために、僕に話を合わせて必死に誤魔化そうとした。

 

「必死になるところがますます怪しいですが……まぁいいです。お二人がそう言うならそうなんでしょう」

 

 若干歯切れの悪い言い方だが、一応チノはそう言って納得してくれた。

 ココアも「そうなんだ」と言って一応は納得した様子だ。

 その後、残りの二ペアも到着して、その二ペアからも声を上げたことを問い詰められ、それを誤魔化すのにまた一苦労強いられたリゼと有宇であった。

 

 

 

 全員が到着すると、みんな各ペア一束ずつ持っていた花束を事故現場となった崖の下に供えた。そしてみんなで静かに手を合わせその場でお辞儀をする。

 

「それじゃあみんな、帰りましょっか」

 

 こうして肝試しは終わりを迎えた。

 帰り道、マヤが「これ結局墓参りに来ただけじゃね?」とか言っていたが、実際肝試しって感じではなかった。亡くなった高校生の幽霊とやらも出てこなかったしな。結局まともに怖がっていたのは僕とリゼだけだったし……。

 しかしその割には、主催の千夜に不満そうな様子は見られない。

 結局千夜は肝試しがしたかったのか?それとも亡くなった高校生達を弔いたかったのか?

 そんな事を考えてながら、千夜に視線を移す。有宇の目にはココア達と楽しそうに話しながら歩く笑顔の千夜が映っていた。

 いや、おそらくはみんなとただ何かしたかっただけかもしれない。友達と……普段はしない特別なことをしたい、それが真の理由ではないかもしれないが、そんな想いもあったに違いない。なんにせよ、主催の千夜が満足したならそれでいい。

 楽しそうにしている千夜を見ながら、有宇はそんなことを思った。

 

 

 

 キャンプ地に着くと、夕食の片付けをして寝ることとなった。

 片付けを終えた後、女子達はそれぞれ各テントの中に入っていき、有宇は一人コテージへと戻って行った。

 その後自分の部屋に戻ってベッドに横になった有宇だったが、さっき寝てしまったせいか、はたまたコーヒーを飲んだせいか、全然眠くなかった。

 しばらくは眠れそうにないと判断すると、部屋のベランダに出る。そしてベランダの柵に手をつき、一面に広がる満点の星空を眺めた。

 夜の森を歩いていた時は気づかなかったが、雲一つない星空はとても壮観だった。

 歩未が見たら喜ぶに違いない。星に興味のない僕ですら綺麗と思える程なのだから。

 

「おーい、有宇く〜ん!」

 

 すると下の方から突然声をかけられる。下を見下ろすと、キャンプ場のテントで寝ているはずのココアがいた。

 

「どうした?」

 

「そっち行ってもいい?」

 

「別に構わんが……」

 

 そう返すとココアはコテージへと入って行った。階段を駆け上がる音がして、しばらくするとさっきまで外にいたココアがバルコニーに現れた。

 

「おまたせ〜」

 

「別に待ってない。というかどうした?なんかあったのか?」

 

「ううん、別に何も。ただ眠れなくて……」

 

「珍しいな、いつも早くに寝るくせに」

 

 ココアは夜遅く起きてることは珍しく、普段も一番早く寝ていることが多い。その割に朝起きれなかったり昼寝したりと、昼夜問わず何かと寝ていることが多いイメージがある。

 だからココアが夜眠れないなんて珍しいと思ったのだ。

 

「ん〜コーヒー飲んだからかな?わかんないや。有宇くんも眠れなかったの?」

 

「あぁ、僕の場合夕食前に寝たせいだろうけど」

 

「そっか。そういえばぐっすり寝てたもんね」

 

 するとココアは僕の隣に来て、僕と同じようにベランダの柵に手をついた。

 

「綺麗な星空だよね」

 

「そうだな、木組みの街で見る空もきれいだったけど、ここは格別だな」

 

 ここは街よりも標高が高いし、そのせいか街で見るより星がより鮮明に見える。東京にいたときとは比べ物にならない程だ。

 

「そうだね。うーん……」

 

 するとココアが空を見上げながら何やら目を細めながら唸っている。

 

「何してんだ……?」

 

「夏といえば夏の大三角形だなって思って探してたんだけど、見つかんないね」

 

「ああ、夏の大三角がはっきりと見えるのは8月上旬だからな。今だと……ちょっと待ってろ」

 

 そう言うと有宇は部屋に戻った。しばらくして何やら手に持って帰ってきた。

 

「方位磁針?」

 

「ああ、昼間肝試しのコースの目印つけるのに使ったやつだ。えっと……東はあっちか。ならあそこで一番強く光ってるのが夏の大三角の一つ、こと座のベガだ」

 

 有宇はそう言って東の空に一際強く輝く一つの星を指差した。

 

「他の二つは?」

 

「えっと……確かベガの右下にあるあれがわし座のアルタイルだったか?それで左下がはくちょう座のデネブ……でいいはず」

 

 確か僕の記憶が正しければこれで合ってると思う。自信はないが。

 

「おおっ!凄いね有宇くん!どうしてわかったの?」

 

「夏の大三角は7月は確か東の空にあるはずだからな。それにこの時期、ベガより明るい星はないし、ベガを見つけてそこからの方向で他二つも見つけられる。これが8月の上旬なら真上に見えるはずだ」

 

「へぇ、前も思ったけど有宇くん星に詳しいよね。好きなの?」

 

 ココアにそう聞かれて有宇は少し戸惑った。

 有宇に星の知識があるのは、他でもない妹の歩未からいつも星の話をされていたからである。しかしココアにはまだ歩未のことは言っていない。

 今まで言う必要のない事だとして特に話したりはしなかったが、そろそろ話しておくべきではないのかと、有宇はそう思った。

 夏にまだ計画の段階だが、歩未を木組みの街に招待したいと考えている。だからココア達にも、そろそろ歩未のことを話しておくべきなのではと考えたのだ。

 元々隠すようなことでもない。なら……。

 そして、有宇は静かに口を開いた。

 

「妹に教わったんだ」

 

「へぇ、そうなん……だ……」

 

 するとココアはその場で思考停止してしまったかのように黙ってしまい、そのまま数秒間無言になる。そしていきなり大声を上げる。

 

「うぇぇぇ!?妹!?有宇くん妹いるの!?」

 

「ああ、星が好きな奴でな。いつも星の話ばかりしてる変わった奴だ」

 

「そうじゃなくて!どうして話してくれなかったの!?」

 

「どうしてって、別に話すことでもないだろ」

 

「そんなことないよ!」

 

 ココアが大きい声で怒鳴るものだから、有宇も思わず面食らう。

 なんだ?歩未のことを話さなかったことがそんなにまずいことだったか?

 有宇がココアの予想以上の過剰な反応に戸惑っていると、ココアが言う。

 

「有宇くんの妹なら私の妹でもあるんだから、ちゃんと話してくれなきゃだめだよ!」

 

「いや、お前の妹にはならねぇよ!」

 

 なんかやけに過剰に反応すると思ったらそういうことかよ。無駄に心配して損した。

 

「それで、有宇くんの妹さん、名前なんて言うの?」

 

「歩未だ。歩くっていう字に未来の未で歩未だ」

 

「歩未ちゃんか〜。うん、いい名前だね。私も会ってみたいな」

 

 ココアと歩未か……。ココアは普通の人間とどこかずれているというか何というか……。ともかくあいつのバカさ加減が歩未に移らないか心配だが、歩未も歩未で色々と変わってる奴だからな。変わってるもの同士、なんだかんだ上手くやっていけるだろう。

 有宇がそんな事を考えていると、ココアが尋ねる。

 

「そういえば歩未ちゃんどうしてるの?有宇くんがこの街にいるってことは歩未ちゃんひとりぼっちじゃないの?」

 

 ココアが当然のように疑問に思う。

 答えづらい……といっても答えないわけにもいかないか……。

 有宇は言い辛そうに口を開く。

 

「……ここに来る前に置き手紙でおじさんの家に戻るようには言ったんだが、まだ僕と二人で暮らしていたアパートにいるみたいだ」

 

 話していて正直自分が情けなくなる話だ。

 本当に歩未のことを考えているならさっさと帰ればいい話だというのに、未だに僕はこの街で燻っている。

 何故か……と言われれば、おじさんへの一種の反抗でしかないというところだろうか。

 カンニングして、折角入った高校を退学になった僕へのおじさんの怒りは最もだが、あの人の僕らと関わろうとしないその態度が気に入らない。

 僕と話そうと思えばそれこそ友利が持ってきた携帯にかけてくればいいんだ。あの日みたいに。

 ここで僕が頭下げて帰ったところで何も変わらないんじゃないか。ただまた学校に通って歩未と二人きりの生活。それが悪いってわけじゃない……いや違う、本当は……。

 有宇はそのまま黙り込んだ。そんな有宇に対しココアが優しく諭すように言う。

 

「……帰ってあげないの?」

 

「……お前は、僕に帰って欲しいか?」

 

 ココアの問いかけに、何故かそう無意識に返してしまった。何故か……何故だろう。

 そしてココアが答える。

 

「ううん、私は有宇くんと一緒にいたいよ。せっかくこの街で出会って、仲良くなれたんだもの。お別れなんかしたくないよ。でも、有宇くんはそれでいいの?」

 

「いいって……何がだよ」

 

「歩未ちゃんのこと、心配じゃない?」

 

「……連絡は携帯でほぼ毎日交わしてる。それに、友利……向こうにいる知り合いが歩未の様子は見てくれてるみたいだし、別に僕が心配するほどじゃない。歩未だってもう中学生なんだ。一人でいるぐらい……」

 

「そうじゃないよ。君が……有宇くんが、歩未ちゃんのことは心配じゃないのかって話だよ」

 

「……!だから!」

 

 思わず血が登り声を荒らげる。だがココアは怯むことなく、いつにも増して真剣な眼差しで僕を見つめる。

 

「どうなの」

 

 ココアのいつになく真面目な声色で、血が登った頭を冷やす。

 それから有宇は今にも消えそうな、自信のない力ない声で答える。

 

「……心配だよ」

 

「うん、それで有宇くんはどうしたい?」

 

「出来ることなら帰ってやりたい……けど」

 

 そこで再び黙り込む。

 するとココアが有宇の気持ちを察したかのように言う。

 

「おじさんのことまだ怒ってる?」

 

 有宇は何も答えない。

 

「正直私、有宇くんのところの事情はあんまりよくわからないけど、おじさんと仲直りできないのかな?おじさんにも悪いところはあったのかもしれないけど、でも有宇くんのこと本当に心配してるから、有宇くんに携帯届けたりタカヒロさんと連絡取ったりしたんじゃない?」

 

 そんな事言われなくたってわかってる!

 おじさんへの怒りなんて本当は言い訳で、ただ逃げているだけだってのはわかってる。あぁ、わかってんだよ!けど……!!

 

「……わかってるよ。カンニングしたのは僕が悪くて、おじさんだって心配してることぐらい……でも!」

 

 そこで有宇の声に力が篭もる。

 

「このままのこのこ帰ったって、陽野森の同級生だって近所にいるだろうし、それでそいつらに歩未と一緒にいるとこでも見られてみろ!歩未に変な噂が立つかもしれない!それに帰ったところで僕の居場所がどこにある!星ノ海学園に編入したって、きっとどっかしらから僕がカンニング魔だってことがバレるかもしれない!帰ったところで以前と何も変わらない!そしたら僕は……!」

 

 いつの間にか僕の頬を涙が伝っていた。思いの丈を伝えるその声も、涙で湿っていた。

 わかっていた。おじさんへの反抗なんて家を出た最初のときだけで、本当は言い訳に過ぎないと。ここに来て色々と考え直してから、もうとっくにおじさんの事なんてどうでも良かったんだと思う。ただおじさんの態度を理由に、自分を納得させていただけに過ぎないんだ。

 タカヒロさんに怒られたあの日から考えていた。自分がどうすべきかを。タカヒロさんは自分の犯した罪と全力で向き合えといった。向き合わなきゃいけない。そんなことわかっている。けど僕は……怖いんだ。おじさんなんかどうでもいい。本当は自分が咎められるのが怖い。自分のせいで歩未が傷つくのも怖い。そしてなにより……。

 

「一人になるのが怖い?」

 

「……!」

 

 ココアが僕の心を見透かしたかのようにそう言った。

 図星をつかれ、思わずココアから目を逸らす。

 すると、ココアはそんな僕にニコッと笑いかける。

 

「ありがとね、有宇くん」

 

「ありがとうって……何がだよ」

 

「この場所を好きになってくれて」

 

 どこか温かさを感じるような、そんな優しい声でココアはそう答えた。

 

「有宇くん、最初来た頃と比べると本当に変わったよね。最初の頃は私達と距離取ってたし、みんなにも冷たかったし、それにいつもつまらなさそうにしてた」

 

 そうだな、最初ここに来たときは自分の生活のことで精一杯だった。家を出て、警察の目も掻い潜って、そしてこの街に来て、バイト先も見つけて、住む場所も見つけて、安定した生活を手に入れるのに必死で、ただただ自分のことしか考えられなかった。

 それに、僕は元々人当たりがいい性格というわけでもない。このままの自分では折角手に入れた居場所から受け入れてもらえないかもしれない。そんな不安が渦巻いた。

 だから人当たりのいい自分を演じた。今までしていたように。でも人当たりのいい自分を演じる裏では、こいつらが距離を縮めてくるのが煩わしかった。ここに来てからの日々も学生だった頃と変わらず、ただ本当の自分を偽り続け、自分を抑圧する日々、それは僕にとって苦痛でしかなかった。

 だけど……。

 

「でも、最近の有宇くんは、心なしか毎日楽しそうだよね。なんか前より生き生きしてる」

 

 お前が、ココアが言ってくれた。信じてくれていいと。

 僕がお前達との間にどんなに壁を作ろうとも、お前はその壁をぶち壊して僕にそう言ったんだ。お世辞にも良い性格してるとは言えない本当の僕を知ってもお前は……。

 けど最初からその言葉を信じたわけじゃなかった。ココアの言ってるようなことは綺麗事で、素の僕を晒せばみんな僕を軽蔑するだろうと思ったに過ぎなかった。

 でもいつまで経っても、ここにいる奴等は誰も僕を軽蔑なんかしなかった。素の僕を目にしても、こいつ等は普通に僕と接してくれた。

 ココアの言うような信頼と呼べるようなものなのかはわからない。けど、少なくともこいつ等と過ごす日々は、僕自身を抑圧していた今までの窮屈な日々と比べ居心地が良かったんだ。

 そして有宇は静かに口を開いた。

 

「そうだな……。お前等と一緒に過ごした日々は、そう悪いもんじゃなかった。居心地良かったよ。お前の言うとおりだった」

 

「私の……?」

 

「あぁ、お前僕に言ったじゃないか。素を隠すのは辛くないかって。その通りだったよ。お前達と会うまでの日々はとても窮屈で、周りの理想に振る舞わされるだけのつまらない日々だったさ。でもお前達との日々は何か特別なことがあったわけじゃない……わけじゃないのに素の自分でいられる。それだけだったのに、僕が今まで過ごした時間の中で一番、そう、楽しいって思えたんだ」

 

 言葉にすることで改めて自覚できる。ここが僕の居場所になっていたことを。だけど……。

 

「……だから僕は怖い。またあそこに戻っても今のままでいられるのか。居場所を失って、そしてまた自分を抑圧し続ける日々に戻ってしまうんじゃないかって。それで、また僕は何か過ちを犯してしまうんじゃないか……」

 

 震える声で、有宇は自分の気持ちを告白した。

 あそこに戻ることで歩未を傷つけてるかもしれないのが怖い。僕の犯した罪を咎められるのが怖い。また自分を抑圧する日々が始まるかもしれないのが怖い。居場所を失うのが怖い……。

 結局のところ、僕は相も変わらず自分のことしか考えていないのだ。歩未のところへ帰ることによって、今の自分の平穏を壊してしまうかもしれないことが怖いのだ。おじさんへの怒りを言い訳にして、自分の平穏を守っていたに過ぎないのだ。

 すると、そんな自己嫌悪に苛まれる有宇にココアが言う。

 

「そっか。有宇くんがそんな風に思ってくれてて良かったよ。もしかしたら一緒にいて楽しいと思ってるのは私達だけで、有宇くんはそう思ってないのかな?って心配だったの。だから有宇くんがそう言ってくれて嬉しいよ」

 

 そう言うココアは本当に嬉しそうだった。そしてココアは空を見上げながらまた僕を諭すように言う。

 

「ねぇ有宇くん、有宇くんはこれからどうしていくつもりなのかな。このままずっとこの街で暮らしていくの?」

 

「それは……」

 

 わからない。これからの事なんて、まだ全然考えていない。

 けど多分、ずっとこの街にいるということはないんだと思う。いつかはきっとこの街を離れるときがやってくる筈だ。

 僕が精算しなければならない過去、そしておじさんや歩未のことは勿論、星ノ海学園のことや僕に宿った不思議な力、きっと僕はこれからこれらの問題に直面することだろう。そしてこれらの問題を解決するときには、きっと僕はこの街にはいないはずだ。

 でも、今はそれらの問題から目を背けてこの街に留まっている。いつ向き合うのか……わからない、今の僕にそんな覚悟なんてないから。

 

「この街で有宇くんがやりたいことや、やらなくちゃならないことがあって、それでこの街に留まるのなら、それはいいと思うんだ。でももしそうじゃないなら、有宇くんは決めなきゃならないんじゃないかな」

 

「何を……?」

 

 有宇は恐る恐る聞いた。

 

「木組みの街を出るかどうかだよ」

 

「……!」

 

 ココアははっきりとそう言った。僕が避けていたその選択を、ココアははっきりと僕に突きつけてきたのだ。

 僕はそれに動揺して、咄嗟に言い返した。

 

「出るって……なんで」

 

「わかんない。でも、このままじゃだめなんだって思う。このままこの街にいても、有宇くんは前に進めない。そんな気がする」

 

「そんなことない!僕はこの街で十分変われたさ!前に進めた!きっとこれからだって……!」

 

「タカヒロさん言ってたっけ。逃げた先でも得られる物はあるって。でもね有宇くん、逃げ続けても前には進めないんだよ。いつかは、向き合わなきゃいけないことだってあるんだよ」

 

 ココアは僕の言葉を遮って、そう言い放った。

 タカヒロさん……そういえばあの時、お前も扉越しに聞いていたんだっけな。

 

『逃げた先からすら逃げて、君は何を得るつもりだ』

 

 タカヒロさんの重いあの一言が思い起こされる。そう、僕は辛い現実から逃げてこの街にやって来た。そしてまた、僕は逃げようとしているのかもしれない。けど……。

 

「でも、時間はあるって言った!タカヒロさんもお前も!僕にはまだ時間があるって……」

 

「そうだね。でも時間があることと停滞することは違うよ有宇くん。どんなに時間があったって、何もしなかったらあっという間に時間なんて過ぎていっちゃうよ」

 

「けど……!」

 

「だから今なんだと思う。有宇くんが歩未ちゃんのこと、ちゃんと話してくれたのはきっと、有宇くんが変わろうとする兆しなんだと思う」

 

「兆し……?」

 

「うん、きっと有宇くんの中で、歩未ちゃんのことを思うだけの心の整理が出来たから、だからきっと今になって私に話してくれたんだと私は思うな。だからこそ今、有宇くんは考えるべきなんだと思う。これから君がどうするべきかを」

 

 これからどうするか……。頭で必死に考える。

 でも考えれば考えるほど、そこから目に見えない不安や恐怖が足をのぞかせて、僕の思考を遮ってしまう。

 

「わかんない……わかんねぇよ……僕は……」

 

 僕の声は嗚咽が混じり、涙で湿った濁声はきっとみっともないものだっただろう。涙で崩れた僕の顔はきっと、鏡で見れないぐらい恥ずかしいものだっただろう。

 けど、目の前にいる彼女はそんな僕を優しく抱きしめた。

 

「大丈夫、大丈夫だよ有宇くん」

 

 僕を包むココアの体は温かく、その温かさは先の見えない未来に対する僕の不安や恐怖を包み込み、僕に安らぎを与えた。

 

「きっと君の先には辛い過酷な現実が待ち受けているんだよね。それはとても不安だし怖いよね。でもね、たとえ君が行く先に何があっても私達がいるよ」

 

「……街を出ていくんだぞ。そしたらもうお前等とも……」

 

「そんなこと無いよ。例えどんなに遠く離れたって、私達は友達で、私は有宇くんのお姉ちゃんだよ。辛くなったらまたいつでもこの街に帰ってくればいいんだよ。だから何度逃げたっていい。でも有宇くんも、勇気を出して決断して欲しい。君が後悔しないための決断を」

 

 ココアは優しく、自らの胸に抱かれる僕に向けそう諭した。

 不安を拭い捨てた僕は考える。歩未のこと、これからの僕の事……。

 友利達は僕の力を必要といった。あいつらはきっと今も能力者のために戦っていて、そしてそれは僕にとっても無関係ではいられないんだろう。最も友利達と共に行動することが僕のこれからするべきことかと言われれば違う気もするが。

 歩未の方はどうだろう。やっぱ僕に帰ってきて欲しいんだろうか。

 よくよく考えてみれば、歩未は僕の事を許してくれたが、帰ってきて欲しいとは一言も言わなかったな。

 電話で聞いてみるか、いや、電話口で済ませていい話ではない気がする。なら……。

 そして僕は鼻を(すす)り、ココアの胸から顔を上げ答える。

 

「歩未が夏休み、木組みの街にくる」

 

「そっか…………えっ!?歩未ちゃん来るの!?いつ!?」

 

 ココアはさっきまでのシリアスな雰囲気をぶち壊して、鬼気迫る顔で僕の顔に迫る。そんなココアの様子に思わずたじろぐ。

 

「あ、あぁ……まだ具体的な日取りは決めてないけど……」

 

「決まったら教えて!あ、あとできれば私が実家帰るときには入れないでね!」

 

「わっ……わかった」

 

 なんて必死さだ!というか、いつもながらなんという変わりようだ!

 チマメといい、こいつ、年下には本当見境なくなるな。さっきまで僕に説教垂れてたとは到底思えない変わりようだ。

 しかしすぐに本当に言いたかったことを思い出し、ココアに向け言う。

 

「それでさ、その……そこで歩未とちゃんと話そうと思う。そしたら何か見えてくると思うから。もちろん、それまでにも自分で考えてみる。だから……」

 

 結局のところ、また答えを先延ばしにしたに過ぎない。けど、どの道今すぐにはちゃんとした答えは出せないと思う。後悔しない選択、それを取るというのなら尚更だ。

 僕がその選択をする上で何が最善なのか。何が僕にとっての幸せなのか僕は考えた。

 この街に残りココア達とこうして日々を過ごしていくことか?歩未の元に戻り、僕自身の過去を精算することか?

 どの選択をするべきなのか、歩未と直接面と向き合って話すことで、それが見えてくると思う。だから、まだもう少しだけ時間が欲しいんだ。

 すると、ココアはニコッと微笑み、答える。

 

「うん、いいと思うよ。焦ったって良い答えは出ないもんね」

 

 ココアはそう言って納得した様子を見せた。それから僕の背中をバシッと叩く。

 

「頑張れ、お兄ちゃん」

 

 そう言ってココアは悪戯に微笑みかける。その微笑みに、内心ドキッとさせられる。

 普段のこいつはアホなことばっかしてて、ドジだし能天気だし、こいつの女としての魅力なんて精々外見ぐらいとしか思っていなかったのに、何故かこういう時のこいつの笑顔はその……魅せられるものがある。

 それからココアは「う〜ん」と言いながら肩を伸ばした。

 

「それじゃあ私はそろそろ戻ろっかな。ごめんねお邪魔して。ちょっとお節介だったかな」

 

「いや、そんなこと無い。ありがとうな、ココア」

 

「えへへ、そっか。有宇くんの役に立てたならよかったよ。じゃあお休み」

 

 そう言ってココアはコテージのベランダを出ていった。その後下に降りたココアが上にいる僕に無邪気な笑顔で手を振る。そこにいるのはさっきまでのあいつとは違う、いつもの明るいココアだった。

 僕もココアに手を振り返す。そしてココアはテントの方へと消えて行った。

 

 

 

 ココアがいなくなった後、僕もそろそろ寝ようと思い、部屋に戻ろうとした。その時だった。

 ふわっと目の前を何かが通り過ぎた。部屋に戻ろうとした僕は足を止め、それを目で追う。

 そいつはこの夜の闇の中、ゆらゆらと空中を揺らめきながら小さく光を放っていた。

 

「これは……蝶か?」

 

 その光の正体は光る蝶だ。光る蝶なんて聞いたことないが、木組みの街も含めて、この辺りには日本の他の場所では見ることのできない珍しい動植物がいることでも有名だ。だから僕の知らないような蝶がいてもおかしくない。

 

「これ……もし新種とかだったら高く売り飛ばせるんだろうか?」

 

 ふとそんなエゴ剥き出しの欲が湧き上がる。こればかりは性分だ。仕方がない。

 するとその光り輝く蝶はそのまま僕の元を離れ、コテージの外へと飛んでいく。僕は慌てて部屋を出てコテージの階段を駆け下り外に出る。

 急いで周りを見渡し蝶の姿を探す。すると森の方に微かな光が見える。おそらくあの蝶のものだ。そして僕は懐中電灯片手に森へと向かった。

 

 

 

 光を追って森の入り口に着く。それからまた周りを見渡す。しかしさっきの蝶の姿はない。だが、蝶とは違う別のものを見つけた。

 僕は即座にライトの光を落とし、すぐ側の草かげに隠れてそれを観察する。

 人だ。二人組で、暗くてよく見えないが、一人は髪が短いしおそらく男だろう。とすれば当然ココア達ではない。

 リゼはここら辺はリゼの家の私有地だと言っていた。じゃああいつらは一体なんなんだ?何故こんな時間に森に入る?もしかして幽霊騒ぎと何か関係あるのか?だとしたら危険かもしれない。

 有宇はリゼが昼間言っていたことを思い出す。

 リゼの親父は能力者が関わってるかもしれないと思いここを調査したと言っていた。ならもしかしたらその能力者っていうのが奴らかもしれない。そうなれば万が一のとき、僕一人では立ち回れない。

 そんな事を考えてる内に二人組は森へと入っていった。ここは何かあってもあれだし見逃すか?明日リゼに報告すればいいだろうし……。

 そう思って有宇が引き返そうとした時だった。

 さっきの蝶だ。さっきの蝶がまた僕の目の前に現れた。それから二人組が入っていった森の入り口へと向かって、またひらひらとその淡い光を放ちながら飛んで行った。

 

「……ついてこいってことか?」

 

 蝶の様子から直感的にそう感じられた。

 蝶に意志力などない!と普段なら言うところなんだろう。けど、この怪しげな、それでいてどこか神秘的な蝶なら……と、この時僕は無意識にそう思ったのだった。

 そして僕は蝶を、二人を追って森へと入っていった。

 

 

 

 二人を追っていくのは容易いことだった。彼らの持つライトの光が目印になったし、蝶が僕を二人の後を僕に見えるようひらひらと飛んでいくからだ。

 そして僕はこの二人の行く道に覚えがあった。この二人が通ってる道は僕らがさっきまで肝試しで通った道なのだ。その証拠に昼間僕が目印として木に結びつけた赤い布が歩いていくと時折確認できる。

 つまり、この二人組はあの三年前の事故現場へと向かっているということだ。

 一体なんの目的で?幽霊騒ぎと何か関係が?わからない、だがここまで来た以上はその目的だけでもこの目で確かめないとな。

 そして有宇はそのまま二人を追っていく。

 しばらくして、ようやく事故現場に辿り着いた。するといつの間にか蝶の姿が消えていることに気づく。

 結局あの蝶は一体何だったんだ?

 そんな疑問が残ったものの、今はそれを頭の片隅に置いておき、謎の二人組の動向を見張ることに専念する。

 有宇は二人から少し離れた木の裏に身を隠し、そこから二人を観察する。

 二人は事故現場の目の前に立っている。そこにはさっきの肝試しで供えた僕らの花束が置いてある。それを見て二人は何か話している。

 なんだ……ここからじゃ聞こえん。もう少し近づいてみるか。

 有宇は音を立てないようにゆっくりと二人に近づこうとする。するとその時───

 

 バキッ

 

 運悪く足元の枝を踏んでしまったのだった。

 

「誰!?」

 

 そしてその音に気づき、二人が有宇の方へと振り返る。それから両者は互いに視線を交わす。

 

「君は……一体」

 

 夜の静寂の中、僕らは出会う。そして僕はこれから体験することとなる。

 ────彼らの物語に込められた青春の一ページを。




次話以降、ごちうさキャラがしばらく登場しなくなります。ごちうさキャラの登場はリトバス編終了までしばらくありません。
それに合わせて次のお話から本格的にリトルバスターズ編がスタートしますが、楽しんで読んでいただけたらと思います。
これからもよろしくお願いします。
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