幸せになる番(ごちうさ×Charlotte)   作:森永文太郎

38 / 49
第32話、Alicemagic

「つまり、君は友達とここに遊びに来ていて、たまたま僕らを見かけて、不審に思って後をつけてきたってことでいいのかな」

 

「はい、そうです」

 

 謎の二人組に気づかれてしまった後、僕は何をされるでもなく、二人組の内の男の方に自分達をつけてきた事情を聞かれ、僕はそれに答えている。

 男は人の良さそうな雰囲気で、童顔で女に見えなくもないような幼い容姿の若い男性……おそらく大学生ぐらいだろうか?

 もう一人の女の方はその男の隣でもじもじと顔を赤らめていた。人見知りか?まぁいい。おそらくは男の彼女だろう。茶髪のポニーテールの美人なのだが……どこかで見覚えのある顔だ。

 そしてこちらの事情をあらかた話すと、有宇は今度は彼らの事を聞き出すことにする。

 

「それでえっと……」

 

「ああ、そうだったね。僕は直枝理樹、そして彼女は、僕の彼女の棗鈴。ほら、鈴」

 

 直枝さんが声をかけると、鈴と呼ばれた彼女が有宇に恥ずかしそうにしつつも、挨拶をする。

 

「な、棗鈴だ。よ、よろしく……」

 

「はい、こちらこそ……」

 

 有宇はペコリと頭を下げる。

 人見知りなようだが、こちらを拒絶する様子はない。本人なりに頑張っていると見受けられる。というか理樹に棗……どっかで聞き覚えが。

 すると直枝さんが話を続ける。

 

「僕らは普段は東京の大学に通ってるんだけど、夏休みだから二人で日程を合わせてここに来たんだ。本当は昼過ぎには着く予定だったんだけど、列車で寝過ごして街の方まで行っちゃってね。バスも全然出てないし、なんとかレンタカーを借りて来たんだけど、道に迷ったりして結局着くのがこんな遅くになっちゃったんだ」

 

 だからこんな夜遅くに来たのか。いや、それで結局この二人はここに何しに来たんだ?

 有宇はここに来た理由を二人に尋ねた。

 

「それで、直枝さんと鈴さんはここへは何しに来られたんですか?一応ここ友人の家の私有地なんですが……」

 

「うん、それは知ってる。立ち入りの許可はちゃんと貰ってるよ。毎年のことだしね」

 

 毎年のこと?というかわざわざ許可まで貰ってこんな田舎町の森に来たっていうのか?

 すると直枝さんは突然僕に背を向け、後ろにそびえ立つ崖の方を向く。それからまた僕の方を振り返る。

 

「これは君達が?」

 

 これ……というのは、おそらく僕らが肝試しで添えた花束のことを言ってるのだろう。

 

「はい、そうですが……」

 

 僕がそう答えると、直枝さんは「そっか……」と呟き、また崖の方を向いてしまった。

 それからしばらく沈黙して、その後崖の方を向いたまま有宇に向け言う。

 

「ありがとう」

 

「え?」

 

「僕達以外に花を添えに来てくれた人なんて、土地が買われたこともあって、事故が起きた三年前以来いなかったから」

 

「それって……」

 

 どういう意味なんだ。

 有宇がそう言おうとする前に、直枝さんは思いも寄らない事を打ち明かした。

 

「僕達はね、ここで起きた三年前のバス事故の生き残りなんだ」

 

 「えっ……!?」

 

 その事実に有宇は驚きを隠せなかった。

 三年前のバス事故、あの事故に男女二人の生存者がいたというのは知っていたが、まさか目の前にいるこの人達だったとは思ってもみなかった。

 それから直枝さんは語り始めた。

 

「今でもあの日のことは覚えているよ。三年前のあの日、修学旅行に向かう僕らを乗せたバスの目の前に突然、大量の土砂が落ちてきたんだ。前日の大雨で地盤が緩んでいたらしいく、そして僕らを乗せたバスはそれを避けようとした。けど、結局避けきれずにそのまま土砂とともにこの目の前の崖から落ちていったんだ。本当に酷い事故だったよ。バスの運転手さんも、先生も、友達やクラスメイト達も、みんな酷い怪我を負って、全員意識も失っていた。あれは本当に……この世の地獄だった」

 

「二人は……その、どうやって……」

 

「仲間がいたんだ。幼い頃からずっと仲良くしていた幼馴染の友達が。バスが落ちる瞬間、彼らは僕達を庇ってくれたんだ。そのおかげで僕らは少しの間意識を失っただけで、大した怪我をすることはなかった。ただ、そのせいで二人は他のみんなのように……」

 

 そこで直枝さんが言葉を切ると、直枝さんの声が震えるのを感じた。

 

「助けようと思ったさ。でもバスは燃料が漏れ出して、いつ引火してもおかしくない状況だった。みんなを助ける前に僕らもその爆発に巻き込まれる可能性があったんだ……」

 

 震える声で直枝さんは続ける。

 

「それに僕には生まれついての持病がある。ナルコレプシー……眠り病。僕は突然自分の意志じゃどうにもならない程の眠気に襲われるんだ……」

 

 眠り病……僕も自分の能力を誤魔化す際の言い訳に使えると思って、一応の知識として知っている。

 日中に突然耐え難い眠気に襲われたり、感情が昂る際に突然体の自由が効かなくなったり、症状は人によって様々だが、主に情動刺激により引き起こされるケースが多いのだという。

 直枝さんがどんな症状を持ってるかは知らないが、感情が極限に昂るであろう事故現場において、命をかけて救出活動なんて行えば、いつバスが爆発するかもしれない緊張感により感情を昂らせて、ナルコレプシーを引き起こしてもおかしくないだろう。

 

「みんなを助けている最中に突然眠ってしまう可能性が十分にあった。そうなれば鈴を巻き込んでしまう。だから僕達は……」

 

 逃げるしかなかった。

 状況からして救出活動は一人じゃできない。鈴さんの力を借りる必要があるだろう。そしてその状況で突然直枝さんが動けなくなれば鈴さんもパニックに陥るだろうし、そうなれば間違いなく逃げ遅れて二人とも死ぬ可能性があった。

 だから二人は互いの命を優先して、仲のよかったクラスメイトも、幼馴染の友達も、何もかもを捨てて逃げた。そしてバスは爆発し、結局二人を残して他全員が死亡した……というわけか。

 そのまま直枝さんは黙り込んでしまった。

 不謹慎……とも思ったが、僕はチノが話していた噂話のこともあり、その先が気になり聞いてしまう。

 

「……それから、その後どうされたんですか?」

 

「……学校に戻った僕達を迎えたのは、友達を見捨てた僕達への軽蔑の眼差しだったよ。『どうして助けようとしなかったのか』とか『どうしてお前等だけ逃げてきたんだ』とかね。実際その通りだったから何も反論できなかった」

 

 負傷したクラスメイトを見捨てて逃げた二人への糾弾……まさにチノの話していた噂通りってことか。

 確かにその批難は間違っちゃいない。間違っちゃいないが、それはその場にいなかった何も知らない奴の一方的な主観の押し付けに過ぎない。

 こうして直接話を聞いている僕にだって直枝さんと鈴さんが味わった恐怖の全てを理解することはできない。だというのに、なにも知らない外野が正論振りかざして二人を批難するなんていうのはもってのほかだろう。正直そんな身勝手な連中に怒りすら湧いてくる。

 更に直枝さんは続ける。

 

「僕らはその後別々のクラスに割り当てられたんだけど……それから僕らに対するいじめが始まったよ。僕は耐えようと思えば耐えられた。けど、鈴の方は限界だった。元々鈴は人と接することをあまり得意じゃない。そんな鈴が人の悪意に晒されて、耐えられるはずなかった……」

 

 直枝さんがそう話すと、鈴さんが顔を俯ける。

 僕と普通に挨拶をするだけであれだもんな。そんな鈴さんが、いじめに耐えられるはずはないよな……。

 

「だから僕達はまた逃げることにした。県外の学校に一緒に転校したんだ。僕達のことを知らない、悪意に晒されない場所に。それから僕らは互いに助け合って今に至るまでこうして生きてきた。今は僕は大学で経営の勉強を、鈴は獣医学を学んでいて、いつか二人で猫カフェを開くのが夢なんだ」

 

「猫カフェ?」

 

 突然出てきた可愛らしいワードに思わず聞き返す。

 

「うん、鈴は猫が凄い好きなんだ。だから二人で約束したんだ。いつか二人で猫カフェでもやろうかって。いつか……僕達にも幸せになる番が訪れるように……」

 

「幸せになる番……」

 

 幸せになる番───その言葉が印象的で、有宇は静かにその言葉を口にする。

 するとずっと崖の方を向いていた直枝さんがこちらに振り返る。そして僕に微笑みかけた。

 

「勝手かもしれないけどね、あの時───バス事故で僕と鈴が意識を失っていた時、夢で友達に言われた気がするんだ。強くなれって、そして生きろって。もし、みんながあの時僕らを後押ししてくれていたのだったら、僕らは例えこの先どんな過酷が待ち受けていようが、強く生きていかなきゃって、幸せにならなきゃって、そう思ったんだ」

 

 この人達は……強いな。

 直枝さんの話を聞いて、僕はコテージでの出来事を思い出す。

 僕は未だに自分の犯した事に対する罪悪感とその報復を恐れて前に踏み出せずにいる。怖いんだ……とてつもなく。所詮僕は周りから良く見られたいだけの卑しい人間で、自分が危険な立場に陥ることを一番に怖れる臆病者だ。

 けど直枝さん達は違う。二人は何があっても前を向いている。直枝さんの言う夢が例え、自らを正当化するための幻想や妄想の類いであったとしても、それがなんであれ結果的に彼らは過去の罪悪感を振り払い、周りからの批難を超えて、自分達の手で幸せを掴もうとしている。

 それは到底僕には真似出来そうにない、僕にはない強さだ。そんな二人の強さが、僕には少し羨ましい。

 

「なんて、僕がみんなを見捨てたことを正当化するためだけに見た妄想に過ぎないのかもしれないけどね。ははっ……」

 

 直枝さんは冗談めかしたようにそう言って、遠慮がちに笑いかける。

 

「いえ、そんな事ないと思います。ご友人の方達もきっと、直枝さんと鈴さんには幸せになって欲しいと思っているはずです……その、僕が言うのもあれですが」

 

 普段ならこんなただ相手に気を使ったような、僕らしくもないセリフをわざわざ、それも今会ったばかりの人間に言うようなことはないんだがな。

 でもそうだな……多分、僕自身そうあって欲しいと思ったのだろう。直枝さん達が幸せになろうとする努力が、正しいものであってほしい。報われて欲しいって。

 本当に夢でそんなことがあったかなんて僕にも、それこそ当人である直枝さんにだってわからないのだろう。けど、そう信じることで誰かが迷惑を被るわけでもない。

 寧ろそんな事実はないなんて言うことで、残された彼らに幸せになる番が訪れなくなるのであれば、別にもうそれが真実ってことでいいじゃないか。そんな想いからの言葉だった。

 すると、直枝さんは穏やかな表情で笑みを漏らす。

 

「ありがとう。この話は人にしたことがなかったんだけど、君に話してよかったよ」

 

「いえ、そんな。寧ろすみませんでした……。直枝さんと鈴さんにとっては辛い思い出のあるこの場所で、不謹慎にも肝試しなんかやってしまって……」

 

 そう言って有宇は直枝さんに謝罪する。

 ただでさえ肝試しなんて不謹慎極まりない遊びだというのに、それを実際の事故の被害者であるこの人達を前にして、改めて罪悪感から来る申し訳無さを感じざるを得なかったのだ。

 しかし直枝さんは怒るでもなく、にこやかに答える。

 

「ううん、別に構わないよ。丁寧に花まで添えてくれたんだし。それに僕達も昔は肝試しとかよくやってたしね。みんなだって、自分達の死が君達の笑顔に繋がったのなら、きっと喜んでくれると思うから」

 

 それから直枝さんは、僕自身に興味を掻き立てたのか、僕にこんなことを聞く。

 

「ねぇ、よかったら今度は君たちの事を教えてよ」

 

「僕達の事ですか?」

 

「うん、興味があるんだ。君がどんな仲間達とどんな風に過ごしているのかを。ダメかな?」

 

「いえ、別に構いませんが。えっと……何から話せばいいか」

 

 そして僕は直枝さんに語った。僕達が街の喫茶店で一緒に働いていること。ココア達のこと。パン祭りとかで店を盛りあげたり、その他色んな事を多少掻い摘みながら(主に僕自身の事とか)直枝さんに語り聞かせた。

 

「……それで今日はリゼの家のコテージにみんなで遊びに来たって訳なんですが、食料がなかったり色々トラブルが多発しまして。それでみんなで魚取ったり野草やきのこ取ったりで、もう朝からサバイバルですよ」

 

「はははっ、それは大変だったね。それで今日はずっとそんな感じだったの?」

 

「いえ、昼頃に保存食が倉庫から見つかったんで、ひとまずそれでなんとかなりました。その後は野球やったり、キャンプや肝試し……」

 

「野球?」

 

 直枝さんは何故か野球という言葉に反応を示した。

 

「ええ、なんか関東の方から旅行に来た高校生の野球チームに突然勝負を挑まれまして。それで野球をしたんです」

 

「そうなんだ……」

 

 すると直枝さんが少し暗い表情を浮かべた。

 なんだ、野球になんか嫌な思い出でもあるのか?

 取り敢えず話を続ける。

 

「えっと、それでその……あいつらなんていったかな……そう、リトルバスターズ」

 

「リトルバスターズ!?」

 

 直枝さんがいきなり大声で驚く。さっきまで静かに直枝さんの側で一緒に僕の話を聞いていた鈴さんまでもが、直枝さん同様目を見張らせていた。

 僕は二人の挙動に若干引きながらも答える。

 

「は、はい。それでそいつらと野球することになって……」

 

「名前は!その人達の名前!覚えてる?」

 

 なんだ、やけに食いつくな。さっきまで静かな人だったのに。

 あいつらの知り合い?あいつらになんか恨みでもあるのか?

 

「えっと……確かリーダーっぽい男が……」

 

 あいつ……あいつの名前なんだっけか。

 ふと鈴さんの方に目を向ける。棗鈴……棗……そうだ、あいつの名前は。

 

「棗恭介とかいったかな……」

 

「ありえない!!」

 

 僕が恭介の名前を出すなり、直枝さんは突然声を張り上げた。その声に驚き、思わず体がビクつく。

 一体何をそんなに感情的になっているんだ。わけがわからん。

 

「えっと……ありえないとは?」

 

 わけがわからず、そのまま直枝さんに聞き返す。

 直枝さんの表情は張り詰めた雰囲気で、険しい表情を浮かべている。

 さっきまで穏やかだったこの人を、何がそうさせたのだろう。

 そして直枝さんは思いも寄らない事を言い出した。

 

「だって……あり得ないじゃないか……だって───恭介は三年前の事故で死んだんだから!!」

 

「……え?」

 

 直枝さんのその告白に、背中にヒヤリとしたものを感じた。

 死んだ……何を……言ってる?

 有宇はただただ困惑した。

 だって確かに僕らは昼間、あの野原で一緒に野球の試合をした。試合の後だって、互いに交した握手でその体の熱だって感じた。なのに……死んでいる?わけがわからない。

 そして僕がそれを聞き返すより先に、直枝さんが鬼気迫った表情で、僕の両腕を掴み、僕に問いかける。

 

「おかしいよ!だってあの事故の被害者の名前は一般には公開されてないんだ!ねぇ、君はどこで恭介の名前を知ったの?」

 

「いや、僕は……」

 

 痛い。この人、細い身体してるのに結構力あるな……。

 直枝さんは冷静さを失っているせいか、僕のことなんてお構い無しに、僕の腕を掴む力を強めていく。僕もそんな直枝さんの様子と、衝撃の事実にただただ困惑するしかなかった。

 その時───

 

「理樹!」

 

 鈴さんが直枝さんに声をかける。

 その声に、直枝さんが鈴さんの方を振り返る。

 

「そいつ、痛がってる」

 

 鈴さんがそう指摘すると、直枝さんは冷静さを取り戻したのか、僕の腕から手を離す。

 

「ご、ごめん。つい……」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 それから直枝さんは落ち着きを取り戻すと、改めて僕に尋ねた。

 

「……ねぇ、他にどんな子がいたか覚えてる?」

 

「他……えっと、確か他に男が二人いて……そう、どっちも筋肉質の奴らでした。あと女子が五人いて……」

 

 それから僕は答えた。

 リーダーの棗恭介は僕に負けず劣らずの二枚目だったこと。あとどことなく鈴さんと雰囲気が似ていたこと。

 そしてその他二人の男の内一人、確か真人とか呼ばれていた学ランに赤シャツの筋肉バカがいたこと。もう一人は剣道着着て、「マーン」とか言うおかしな男であったこと。

 女子の方は、来ヶ谷とかいう頭も切れ、運動神経も抜群だが、頭が少しおかしい女がいたこと。

 他にも葉留佳という変則ツインテの騒がしい女がいたこと。

 星の髪飾りをしたゆるふわな女子がいたこと。

 ロシア系っぽい外人の小さい女の子がいたこと。

 物静かな、そして時々おかしな事を呟くカチューシャの女子がいたこと。

 有宇はリトルバスターズに関する覚えているだけのことを全て話した。

 全て話し終えると、直枝さんは僕の話に驚きを隠せないでいるのか、呆然とただ脱力したまま立ち尽くしていた。

 鈴さんの方はといえば、「小毬ちゃん……みんな……」と涙を止めどなく流しながら、嗚咽を漏らした。

 僕が話を終えてから暫くして、直枝さんは静かに口を開いた。

 

「……そっか、まだみんな、ここにいたんだ」

 

「信じるんですか……?」

 

「ここで幽霊騒ぎがあったことは知ってるし、それに……君が嘘をついているとは思えないから」

 

 そう言うと、直枝さんの頬を一雫の涙が伝う。

 

「あぁ……恭介の言う通りだ。リトルバスターズは、永遠に不滅だったんだ」

 

 正直一番信じられていなかったのは、彼らに会った僕自身だ。

 肝試しなんかするまでもなく、僕らは遭遇していたんだ。

 リトルバスターズ───昼間僕らが出会った彼等こそ、この辺りを騒がしていた亡くなった高校生の亡霊だったんだ。

 信じられないことだが、しかし今にして思えば心当たりはある。

 恭介は確か言っていた。ライジングニャットボールなる豪速球を編み出した妹がいること。そしてそれをキャッチできる理樹と呼ばれるキャッチャーがメンバーにいること。

 てっきりここに来れなかったメンバーの話だと思っていたが、そうか、直枝さんと鈴さんのことだったのか。

 そして顔を俯かせながら、直枝さんは僕に尋ねる。

 

「ねぇ……みんなは何か言ってたかな……」

 

 何か……彼らが言っていたこと……。

 大したことは言い残してはいなかったはずだが……いや、そうだ。直枝さん達に伝えないといけないことが一つあったな。

 

「彼等と試合をしたんです。結果は接戦だったんですが、なんとか僕らが勝ちました。それで、試合の後恭介が言ってました。俺達はまだ本気じゃない。俺達にはあと二人の仲間がいて、二人はここにいる誰よりも強いって。そう言ってました」

 

 それを聞くと、直枝さんは涙に濡らした顔をハッとした様子で上げ、僕の顔を見つめた。それから少しだけ表情を緩ませ、依然涙をしたまま嗚咽を漏らした。

 

「そっか……そうだね恭介、僕達は、これからもリトルバスターズだ」

 

 彼等は決して、自分達を置いて逃げた二人を決して恨んでなんかいなかった。彼等にとって今でも二人は大切な仲間なんだ。

 寧ろ、改めて考えると直枝さんの話も、あながち間違いなんかじゃないのかもしれない。彼等は、今でも二人のことを思っていて、そしてあの事故が起きたとき、確かに二人を後押ししていたのかもしれない。そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 それから暫くして、二人とも落ち着きを取り戻した。そして二人は持ってきていた花束を崖の下にある僕等の花の隣に添え、黙祷した。僕も二人に倣って花に向け手を合わせる。

 それが終わると、二人は荷物を背負った。

 

「もう行かれるんですか?一応コテージの部屋は空いてるのでよろしかったら……」

 

「ありがとう。でも明日の朝に出る列車に乗らないと明後日までに帰れないから。僕も鈴もバイトがあるしね」

 

 腕時計を見ると、時間はもう夜の十二時、今から街に戻るのは無理があるんじゃないのかと思ったが、二人は行く気のようだ。

 

「大丈夫、来るときは道に迷ったりして大変だったけど、もう道も覚えたし、一時間ぐらいで街に戻れるはずだから」

 

 そして直枝さんは改めて、僕に向け言う。

 

「今日は、君に会えて本当によかった。ありがとう有宇くん」

 

 そう言って直枝さん達は森を出て行った。

 僕も一緒に森を出て二人を見送ろうと思ったのだが、まだここに残っていたかった。何故か……と言われればわからないのだが、なんとなくそう思ったのだ。

 直枝さん達が立ち去った後、それを見送ると僕は崖の下に添えられた沢山の花束の前に立つ。

 彼等は───リトルバスターズは何故、僕達の前に現れたのだろうか。

 直枝さんと鈴さんに言伝をしたかったから?それとも単に野球がしたかったから?

 わからない。何か意味があったかのようにも思えるし、そうではないのかもしれない。有宇がそんな事を考えている時だった。

 ひらりと目の前を光る蝶が通り過ぎる。

 

「お前は……」

 

 あの蝶だ。僕をここに導き、直枝さん達と引き合わせて姿を消したさっきの蝶だった。

 蝶はそのまま有宇の目の前を右から左へと通り過ぎ、そしてそのまま空中で羽を揺らしながら停止した。空中で羽ばたく羽がゆらゆらと虹色に瞬く。

 この蝶は一体何なのか。そうさっきまで不思議に思っていた僕だったが、今はなんとなく、この蝶が何なのかわかる気がした。

 

「いいのかよ会わなくて。直枝さん達もう行っちゃったぞ」

 

 蝶に向け僕は言う。しかし蝶は静かに空中で光を瞬かせるだけだ。

 

「お前……一体何なんだよ。なんのために僕達の前に現れたんだ。なぁ!」

 

 何も言わぬ蝶に我慢できず、有宇は蝶に向け手を伸ばす。しかし蝶は自らに伸ばされたその手を拒みはしなかった。

 有宇はそのまま蝶に触れた。何か感触があったわけじゃない。触れても空気のように透けてしまい、その実体に触れることはなかった。

 しかし────

 

「な゙っ……」

 

 蝶に触れた瞬間、頭に何かが止めどなく流れ込んでくる。目の前の景色は視界から失われ、流れ込む情景に頭の中を埋め尽くされる。

 これは……記憶?

 そう、これは記憶だ。僕のじゃない誰かの記憶だ。有宇は漠然とそう理解した。

 どこかの学校の食堂、渡り廊下、教室、校庭、僕の見たことのない学校の風景が頭の中に映し出される。

 だが、どの場面にも共通することがいえた。

 直枝さんだ。さっきまで一緒にいた直枝さんがいる。しかし、さっきまでの彼とは違いまだ学生服を着ている。直枝さんだけじゃない。鈴さん、そして昼間出会った井ノ原真人、宮沢謙吾、棗恭介の姿もそこにあった。

 これは……昔のリトルバスターズの記憶なのだろうか。

 しかし、映し出される記憶は何も、喜びや楽しさだけに満ちたものだけではなかった。

 やがて楽しい日常の情景は黒い(モヤ)がかかったかのようになり、しまいに全てが闇に包まれる。そして段々とそれらを凌駕する程の激しい後悔と悲しみの念が有宇の頭の中に渦巻いていく。

 

 ───ずっと側にいたかった

 

 ───なんで俺達がこんな理不尽な目に

 

 ───どうして俺達があいつらを置いていかなければならない

 

 ───もう……俺達は助からない

 

 ───なら……せめて二人だけでも

 

 頭の中に声が流れる。誰かの心からの嘆き、悲痛なまでの悲しみの声が。

 これは……お前の記憶なのか。

 闇の中でそこにはいない彼に問いかける。

 

 ───お前ならどうする?

 

 すると闇の中から声が返ってくる。

 お前ならどうするだって?そんなの僕が知るわけがない。それを僕に問いかけてどうするつもりだ。

 再び闇の中に問いかける。だがもう返事は返ってこない。その時だった。

 ぐらりと体が揺れる感覚を覚える。そして、僕はそれと同時に現実へと引き戻される。

 

「……へ?」

 

 僕の体は前のめりに倒れようとしている。どうやら頭がごちゃごちゃしている間に、無意識に歩を進めていたみたいだが、石に躓いて転んだようだ。

 意識を取り戻したところでもう遅い。既に体はバランスを崩し、そのまま頭から地面に倒れ込んだ。

 

(痛え……)

 

 頭をぶつけ、激しい痛みが有宇を襲う。痛みが酷くまともに声すら出なかった。そして、そのまま妙な脱力感に駆られて有宇は意識を失った。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

「……ん、いて……ここは」

 

 目を覚ます。視界はぼやけてよく見えない。

 なんでこんなところで寝て……そうだ、確か森で石に躓いて転んで……それから……。

 すると手の感触に違和感を覚える。

 あれ?森の砂利道で倒れたはずだよな。なのに、石や土の感触がない……。

 取り敢えず硬い地面から体を起こす。それから辺りを見回す。すると、次第にぼやけた視界が晴れていく。

 

「なっ……どこだここ!?」

 

 有宇がいた場所はどこかの施設の長い廊下、そして目の前には……。

 

「職員室……?」

 

 職員室ってことはここ学校か?おかしい、確かに僕はリゼの家のコテージに来ていて……!

 そこである事に気づいた。制服だ。赤いラインの入った黒い長袖の制服に緑色のネクタイと、僕の着ている服がコテージにいた時と明らかに変わっている。

 

「なんだこれ……こんな服持ってないぞ」

 

 すると職員室の扉が開いた。中から眼鏡でスーツの、黒髪七三分けの中年の男が現れた。

 

「待たせたな乙坂。それじゃあ教室に行こうか」

 

「えっ……いや、僕は」

 

 ここの生徒じゃない。そう言おうとした。しかし戸惑う有宇の反応などお構い無しに、教師らしきその男は歩いて行ってしまう。何がなんだかわからなかったが、取り敢えず有宇はその男の後に付いて行く。

 

 

 

 それから階段を上っていき、しばらく歩いていくと、ある教室の前に着く。教室の看板には1─Bと書いてある。

 やはりここは学校のようで、この目の前の男は教師で間違いないようだ。

 そして男はそのまま教室に入っていった。

 

「おい、静かにしろ。ほら、そこ席につけ」

 

 教師が未だ席についていない生徒達を席に座らせる。生徒達もみんな僕と同じ制服とネクタイをしている。

 そして生徒達が全員席につくのを確認すると教師が言う。

 

「早速だが転校生を紹介するぞ」

 

 転校生?

 すると、転校生と聞いて再び教室がざわつく。更に教師が、教室の外で立ち止まる僕の方を見る。

 えっ……もしかして転校生って僕か!?

 状況が全く理解できない。森にいたはずなのに、いきなり見知らぬ学校に連れてこられ、そこの転校生になっている。一体どうなっている!?

 だが、取り敢えずこの場は転校生として振る舞うのが正しい選択でいいはずだ。

 有宇は戸惑いながらも教室へと入っていく。

 教壇の前に立つと、クラス中から「ちっ……男かよ」「しかも美形とか……」「ねぇ、あの人凄い格好良くない?」「はぁ〜イケメン……//」とかちらほら声が上がる。

 そして、教師からチョークを手渡される。名前を書けってことだろう。

 チョークを受け取ると、有宇は黒板に〈乙坂有宇〉と綺麗に書いていく。

 書き終えると、生徒達のいる方に振り返る。

 ここがどこであれ、最初の自己紹介は大事だ。最初の印象というのは、後々まで付いてまわるものだからな。よくわからん状況だが、印象を良くしておくに超したことはないだろう。

 

「初めまして、乙坂有宇といいます。これから三年間よろしくお願いします」

 

 無難ではあるが、失敗のない挨拶をしておく。経験則、僕みたいに見た目で好印象を持って貰える人間は、変に奇を(てら)った挨拶をするようなリスクなど負わずとも、なんとかなるものである。

 それから教師は一番後ろの窓際の一つ空いた席に座るよう言う。

 席につくと、早速隣の席の女子に挨拶する。

 

「よろしく」

 

 印象良く見せるため、最高の笑顔で微笑む。

 名も知らぬ隣の席の女子は顔を赤らめ、恥ずかしそうに「こ、こちらこそよろしくお願いします……//」と返した。

 最初のファーストコンタクトに成功して、机の下でガッツポーズをする。

 ココア達は僕のことなど、まるで男として見ていないからな。久しぶりに僕と接した女子の素直な反応が見れて嬉しかった。

 すると、それから席についた有宇に、ある物が目に止まった。黒板のすぐ横に黒板の横に掛けられているカレンダーだ。それはなんの変哲もないごく普通のカレンダー。だが、それを見て有宇は驚愕した。

 

「なに……!?」

 

 壁に掛けられたカレンダーの日付は、三年前の五月を示していた。

 それを見て、有宇は自分の置かれた状況をようやく理解した。

 もしかして僕は────三年前にタイムスリップしている!?

 タイムスリップなどあり得るはずがない!

 即座にそう思い直した有宇だったが、現にこの状況からしてあり得ないことであり、現時点では今のところ他に説明のしようがなかった。流石の有宇も、もはやこの状況をタイムスリップで起きたことと信じるしかなかった。

 それに、有宇にはこの状況をそう判断したもう一つの理由があるのだ。

 有宇も含めて、ここの生徒達が着ている制服。ネクタイの色は違えど、棗恭介達リトルバスターズが着ていた制服と全く同じだった。

 僕とこの制服の学校との繋がりがあるとするなら、彼等を置いて他にはいない。勿論まだ断定できないが、この学校にリトルバスターズのメンバーがいれば、それももう疑う余地は無くなるだろう。

 

 こうして有宇は、光る蝶を追っている内に三年前の世界へと迷い込んでしまった。

 それは(さなが)ら───うさぎを追って不思議の国へと迷い込んだアリスのように。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。