幸せになる番(ごちうさ×Charlotte)   作:森永文太郎

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第33話、ミッションスタート

 僕の自己紹介が終わった後は、教師がその他連絡事項をして朝のホームルームが終わり、そのまま通常通り授業に入っていった。

 教科書は教師から渡された物があるからいいが、授業の内容を書き留めるノートや筆記用具の類を一切持ち合わせていなかった僕は、仕方なく隣の席の女子にルーズリーフとシャーペンを借りた。

 授業の内容はまだ一年の五月ということもあり、知ってる内容ではあった。しかし進学校の陽野森と同じぐらい進んでいるということは、この学校も相当な進学校だと思われる。……直枝さんとかはともかく、他のバカ共はよくこの学校に入れたな。

 さて、それよりも……。

 有宇は軽く自分の頬を(つね)る。そして微かな痛みを感じる。

 

(まぁ、夢なわけ……ないよな)

 

 改めてここが現実であることを思い知らされる。本当に僕はタイムスリップしてしまったのだろうか。ああそうだ、仮にここが過去の世界だとしても、こればかりは確かめないとな。

 有宇は板書をノートに必死で書き留める隣の席の女子に目を向ける。そして───

 

(乗り移れた!)

 

 今のこの状況が本当にタイムスリップなのかは実際のところ定かではないが、このわけのわからない状況において、僕の身を守る上で一番頼りになるのがこの能力(ちから)だ。この能力がなければ僕はただの無力な男でしかない。

 そして五秒経ち、意識が自分の体に戻る。取り敢えず能力が使えたことに有宇はひとまず安堵する。

 

(しかし、能力が使えるってことは……)

 

 それと同時に、有宇の中にある一つの疑念が渦巻いた。

 

 

 

 授業が終わり休み時間になると今度はクラスメイト、特に女子達が僕の周りに集まった。色々質問されたりしたが、取り敢えず適当に愛想を振りまいて応対した。なに、陽野森にいた時とやることは変わらん。

 授業はそれなりに真面目に受けて、休み時間はクラスメイト達を適当に()なしていく。そしてそれを繰り返していくと昼になった。

 昼になるとクラスの女子達が僕を学食へと案内すると言ってくれた。知っといて損はないと思い取り敢えず案内してもらうことにする。

 学食へ行くと、そこは特に代わり映えのしない、どこの学校にもあるような普通の学食だった。メニューも普通のものばかりで特に変わったメニューはなく、見た感じ学食だけでいえば陽野森の学食の方が美味しそうだ。

 それから案内してくれた女子達に一緒に食べないかと誘われたが、いきなりこんなところに放り出されて、金の持ち合わせのない僕はそれとなく誘いを断り、一人学食を後にしようとした。すると────

 

「やんのかてめぇ!」

 

「望むところだ!」

 

 突然、男二人の野太い声が学食に響き渡る。声の方をする方を見ると、既に生徒達が集まっており、声の主の姿は見えなかった。

 僕はその声に聞き覚えがあり、なんとか野次馬の間を掻き分けて入り、人の波で出来た即席リングの中の様子を目にする。

 そこにいたのはコテージの近くの森で出会った直枝さん、そして鈴さん。更に昼間僕らが出会ったリトルバスターズの井ノ原真人と宮沢謙吾が睨み合っていた。

 

(間違いない!あいつらだ!ということは、本当に僕はタイムスリップしたってことなのか……)

 

 大学生である筈の直枝さんと鈴さんがこの学校の制服を着ているし、第一死んだ筈のリトルバスターズのメンバーである二人が生きているってことは、もうそういう事だと認めるしかなかった。

 更にその中に、身に覚えのある顔がもう一人いた。

 

「待て待てお前ら、ルールを忘れるな。お前らが暴れると周りにも被害が出るだろうが」

 

 棗恭介だ。鈴さんの兄であり、リトルバスターズをまとめ上げるリーダーである男だ。

 恭介は手に持っていた本を閉じると椅子から立ち上がった。そして周りの野次馬達に振り返ると、少年のような無邪気な笑顔で呼びかける。

 

「というわけでお前ら!いつものように何か武器になる物を投げ入れてやってくれ!」

 

 すると、恭介の呼びかけに応じた野次馬達が一斉に持っている物を対峙する二人に向け投げていく。割り箸、セロテープ、輪ゴム、更にはボクシンググローブや模造刀まで……模造刀!?

 これは一体なんのイベントなんだ。取り敢えず僕も何か投げたほうがいいのか?

 そう思いポケットを弄ると、休み時間の時にクラスメイトから貰ったうなぎパイが出てきた。ポケットに入れていたせいで既にボロボロになっている。

 もう食えそうにないし、これでも投げるか。

 そう思って有宇はうなぎパイを二人に向け放り投げた。すると有宇の放り投げたボロボロのうなぎパイを真人がキャッチした。

 

「う、うなぎパイ……」

 

 ボロボロのうなぎパイを受け取った真人はそれを見て絶望した表情を浮かべる。ただでさえ武器としては使い物にならないというのに、おまけに細切れに砕けちっている。これで一体どうやって戦うというのだろうか。

 

「なぁ恭介……これ投げてもいいのか?」

 

「だめ、本来の使用法で戦うこと」

 

 うなぎパイの使用法ってなんだ?食べるのか?でも食べたら武器がなくなるし……もうこれ積んでね?

 そんな真人に対する謙吾が手にしたのはテニスラケットだ。これはもう勝負は見えたな。

 

「それじゃあバトルスタート!」

 

 恭介の合図でバトルが開始される。うなぎパイを両手で持つ真人は青ざめた表情で左右を交互に見る。明らかに戸惑っている様子だ。

 そしてそんな真人を、謙吾が容赦無く思いっきりラケットでぶっ叩いた。ラケットで殴られた真人は殴られた勢いで後方へとふっ飛んでいき、大の字で仰向けに倒れた。

 

「勝者、謙吾!」

 

 恭介が勝者コールをする。これにより闘いは終わったようだ。コールと共に周りからは歓声が上がる。

 倒れている真人の方を見ると、伸びている様子だが怪我は特になさそうだ。あの勢いで殴られたら普通は怪我してそうなものだが、随分と丈夫なものだ。周りもそれを知ってか、誰も真人のことなど心配していない。

 そして倒れている真人に向け謙吾が言い放つ。

 

「真人、お前に称号をやる」

 

 

 〈真人は”クズ ”の称号を得た〉

 

 

「嫌だぁぁぁぁ!!」

 

 称号を得た真人が絶叫する。なんというか……哀れだ。

 というか、今なんかテロップが流れたような気がするんだが気のせいか?

 そして闘いが終わると、周りの野次馬達が解散する。皆口々に面白かったのなんだの言う。

 ていうか一体、これは何だったんだ。

 目の前で起きた謎のイベントに首を傾げていると、いつの間にか隣に立っていた男子が有宇に声をかける。

 

「おう、乙坂。お前も見に来てたのか」

 

 確かクラスにいた男子だったと思う。名前は……まだ覚えていない。

 

「まぁ……その、これは一体何事なんだ?」

 

「バトルだよ。井ノ原先輩と剣道部のエースの宮沢先輩、あの二人仲悪いからいっつもああやって喧嘩してるんだよ。それで棗先輩がそれをみんなが楽しめる遊びにして、いつの間にかこんな催し物になったってわけだ」

 

 なんともまぁ迷惑な話だな。それを遊びに変えて、周りを巻き込む恭介も恭介だが。

 

「誰も何も言わないのか?」

 

「何って?」

 

「普通に迷惑だろ」

 

 恭介が遊びにしたなんて言うが、それを周りがそのまま受け入れるとは考え難い。そりゃ面白がる奴もいるだろうが、こういうのを迷惑に思う奴だって少なからずいるはずだし、教師だってこんな乱闘騒ぎ黙っちゃいないだろ。

 

「そんなことないさ、それにあの棗先輩に何か言う奴なんていないよ」

 

「そんなに有名なのか、あの男は」

 

「ああ、校内のカリスマといえばあの人だもんな。ルックスも良いし、面白いしなあの人。棗先輩だけじゃないぜ。剣道部のエースの宮沢先輩は勿論、井ノ原先輩も部活にも入らずに鍛え上げたその筋肉で校内で知らない奴はいないし、棗先輩の妹の鈴先輩も美人で有名だしな。あともう一人、あそこの……あれ、名前なんだっけ?まぁいいか」

 

 直枝さん……まぁ、他の面子と比べると影薄そうだもんなあの人。

 

「ともかく、お前もこの学校に入ったからにはリトルバスターズの名前ぐらいは覚えておいた方がいいぜ」

 

「リトルバスターズ……」

 

「ああ、あの五人小さい頃からの幼馴染らしくて、五人でそう名乗ってたらしいぞ」

 

「五人?十人じゃなくてか?」

 

「? いや五人だけど。なんでだ?」

 

「あ、いや、何でもない」

 

 そうか、まだこの時はこの五人だけだったのか。ということはこれから他の女子達がメンバーに入るのか。

 にしてもあいつら、この頃から滅茶苦茶な奴らだったんだな。学校で周りの奴ら巻き込んで乱闘騒ぎなんて普通じゃない。直枝さんも大変だろうな……。

 そんな事を思いながら直枝さんの方を見る。しかし、クズの称号を与えられ嘆く真人を慰めている直枝さんの姿は、森で会った時より生き生きしているようにも見えた。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 午後。この日は午前授業の日で、部活に行く生徒たちは部活へと趣き、自宅登校の生徒たちは自宅へと帰る。僕はというと、寮長に男子寮の自室に案内してもらい、そこから自分の住む部屋に案内してもらって寮の説明を受けている。

 帰宅時間になり、帰る家のない僕はどうすればいいか迷っていると、学食で話したクラスの男子に寮長室へと案内されたのだ。

 

「ここが君の部屋だ。学食は九時まで開いてるから食事はその間にな。夜七時以降は外出もできなくなるから、この時間過ぎちゃうともう食事は出来なくなるから注意してくれ。もし部活とかで遅くなるようなら七時までなら取り置きが出来るから学食のおばちゃんに申し出ること。部屋の中は火気厳禁、夜は静かに過ごすこと。あと異性の立ち入りも原則禁止だから気をつけてね」

 

「しませんよ……」

 

「あはは、ごめんごめん。君結構顔立ち良いからさ。一応注意しておこうかと思って。まぁ、棗なんかは妹連れ込んでたりするけど、妹ならセーフってことで許してるけど基本はダメだからな」

 

 あいつは本当とことんルールを守らん奴なのな。まぁ、元カンニング魔の僕が言えたことじゃないが。

 

「部屋の鍵も誰かに貸したりとか、複製したりとかはダメな。失くした場合はちゃんと届け出ること。その際の費用は君が負担することになるから、それが嫌だったらくれぐれも失くさないように。あと細かい事はさっき渡した紙に書いてあるけど、何か質問ある?」

 

 寮長にそう言われ、部屋に案内される前に渡された資料に目を通す。

 今言われた事の他に色々な注意事項とかが色々書いてあるが、特に改めて聞くことは無さそうだ。

 

「いえ、特には」

 

「そうか。あ、そうそう、もしルームメイトが欲しいなら俺に言ってくれ。募集掲示するから」

 

 ルームメイトか。そういうのもあるのか。だが一人の方が色々と都合が良いし、見知らぬ誰かと一緒の部屋で過ごすのはちょっとな……。一人でいる時間も欲しいし要らないな。

 

「いえ、大丈夫です」

 

「そうか。まぁ、気が変わったら遠慮なく言ってくれ。それじゃあ俺はこれで。何かあったらまた寮長室に来てくれれば相談に乗るから」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 そう言って寮長は寮長室へと帰っていった。

 一時はどうなるかと思ったが、ちゃんと住める場所も用意されているようで一安心だ。

 

「さて……」

 

 そして早速自分の部屋の中を見渡す。部屋にはベッドと学習机、そしていくつかダンボールが中に積まれており、おそらく中に必要な物もあると思われる。

 それから実際に荷解きしてみると、やはり着替えやら何やら色々と必要な物が入っていた。だが……

 

「これ、僕の持ってる服だよな。これも……これも」

 

 ダンボールの中に入っていた服も、その他必需品も全部、三年後の今の僕が持っている物だった。ここは過去の世界なんだよな。この三年の間に身長も伸びたし、当然それに合わせて服も三年前の物とは変わっている。なのに何故三年後の服が、三年前の世界であるはずのここにあるんだ。

 荷物も少なかったので、それから一時間弱で荷解きを終えると、今度は部屋の机の中を確かめる。中には通帳と中学の頃に使っていたガラケーが入っていた。

 通帳はこれもまた僕が家出する前、つまり歩未と暮らしていた頃に使っていた通帳だった。おそらくだが、この中にもちゃんと僕がここで生活していく分の生活費が振り込まれているはずだ。おじさんが振り込んだ……なんてことはないよな。

 携帯電話の方はというと、中には歩未とおじさんの電話番号だけが入っている。当然ココア達や友利の電話番号やメアドとかは入っていない。

 おじさんに掛けるのは少し勇気がいったものの、試しに二人に電話をかけてみる。しかしどちらも出ることはなかった。一応メールを送ってみるが、おそらくだが返信は来ないだろう。

 そしてこれらを通して、有宇はここに来て自分の立てたタイムスリップをしたという推測に疑問を浮かべていた。

 

 

 

 カレンダーの日付、そして何よりリトルバスターズのメンバー全員、おそらく他女子五人も生存している状況から僕は自分が過去にタイムスリップをしたと推測したわけだ。その推測が間違っているというわけではない。ないとは思うがそれはそれで疑問点がいくつか残る。

 

 まず第一に、これが本当にタイムスリップだというなら何故僕は高校に通っている。三年前、僕はまだ中学一年だ。違う誰かとして通っているのならまだわかるが、乙坂有宇として高校に通っているのは不自然だ。そうなると、中学生の乙坂有宇と高校生の乙坂有宇という同じ人間が二人存在することになってしまうからだ。

 

 第二に、何故能力が使える。三年前、中学のこの時期の僕にまだ能力は使えなかったはずだ。僕が能力を使えるようになるのはもう少し先のはずなんだ。

 

 そして第三に、誰が僕の高校入学の手続きをしたんだ。部屋においてあるこの荷物といい、通帳といい、この時中学生であるはずの僕を一体誰がこの三年前のこの高校に入学の手続きをして送り込んだのだろう。誰がこの荷物を用意したのだろう。誰が金を用意したのだろう。

 

 これからを考慮するに、これは単純なタイムスリップではないということだ。

 

 第一、第二の疑問点において考えられるのは、未来の僕がそのまま過去の世界にタイムスリップしたという事態だ。

 しかしそれだと乙坂有宇としてここにいる以上、この時代に当時中学生であるはずの乙坂有宇と、合わせて乙坂有宇が二人いるという矛盾に行き当たる。

 もう一つの可能性として挙げられるのが、過去の僕に自分の意識が乗り移る形によるタイムスリップだ。

 しかしそれだと今度は、当時中学生であるはずの僕が高校にいるという矛盾に行き当たる。それに、それだと第二の疑問である能力が使えることにも疑問が生じる。

 

 第三の疑問に関しては……これにおいては全くわからない。誰がなんのために僕を送り込んだのか。そこにどんな得があるのか。そんなの全く理解できない。

 一つ可能性として挙げるとすれば、過去に飛ばされる前に出会ったあの光る蝶だが……仮に僕を過去に送り込む力があの蝶にあったと仮定しても、必要な荷物やら金を送り込み、あまつさえ高校に通わせるなんてことが出来るのだろうか?

 まぁ、あの蝶自体謎が多いわけだからなんとも言えないが、いくら何でも人を過去に送り付け、更に過去を書き換える程の力を持つ超生命体とは思えなかった。

 

 要は現時点においては、完全に今の状況を正確に判断は出来ないということだ。

 そこで問題になるのはこれからのことだ。当然、最終的には未来に戻ることなのだが、そのためにも未来に戻る手掛かりを探す必要がある。しかし現状を把握しない限り、それも難しいだろう。

 有宇は部屋に置いた時計を見る。時間はもう午後六時近い。

 寮の説明やら荷解きで時間掛かったからな。外出は確か七時までだから今日はもう無理か……。

 それから有宇は一つ決心する。

 今日は取り敢えず普通に過ごそう。そして明日、外に出よう。そして、僕の家がどうなっているか確かめるんだ。チノの話だとこの学校は関東にあると言っていた。なら東京の僕の家に行くのにそれ程時間はかからないだろう。最悪門限の七時までに戻れなくても構わない。

 もしそこに三年前の僕がいれば、今の僕は三年後の世界からそのままタイムスリップしたことになる。

 逆に三年前の僕がいなければ、あるいはいないという確信が持てる何かがあれば、三年前の僕に記憶だけタイムスリップしたか、あるいは別の形によるタイムスリップだと少なくとも確信出来るはずだ。

 それに、歩未に会って話を聞いてもらって、その上でおじさんと連絡を取れば、何か他の解決策も見つかるかもしれない。

 今は何より少しでも手がかりが欲しい。そのためにも少しでも多くの情報を集めるんだ。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 翌日、日曜日。この日は当然授業などなく夜の門限までは自由に行動できる。

 休みということもあり、昼まで寝た後学食へ向かう。休日なのに生徒の姿がちらほらと見える。まぁここは寮制の学校だし、部活の生徒もいるからな。休日でも人がいて当然か。

 昼食を学食でとると、僕がまず最初に向かったのは職員室だ。そこで学校側からおじさんや歩未と連絡が取れないか確かめた。しかし結果はどちらも不在、確かめることは出来なかった。

 次に向かったのは図書館だ。図書館のパソコンを使いここの地理情報、そしてここから家までの電車での行き方を調べる。

 調べた結果、駅は此処からそう遠くない場所にあるようだ。そしてここから家までの所要時間だが、片道一時間二十分程度、門限までには余裕で帰れると思われる。

 それらの情報をメモすると、次に校内のATMで電車賃その他必要なだけの金を下ろした。口座には10万程入っていた。一月(ひとつき)でこれだけと考えれば、普通に生活していく分には多分困らないだろう。しかし来月また振り込まれているという保証はないし、大事に使った方がいいな。

 金を下ろすと早速有宇は駅に向けて出発した。駅につくと、ICカードがないので切符を買い電車に乗る。

 ここから二十分で乗換だったな。そこから更に乗り換えて……。

 電車の中で家までのルートをしっかり確かめながら、しばしの間電車に揺られる。そして最初の乗換えの駅まであと二駅の所に来たときだった。

 

(あれ?なんか眠気が……)

 

 突然、有宇を眠気が襲った。

 そういえば昨日、色々と考えててあんま眠れなかったっけ。まぁ、少しだけ、目を閉じるだけでも……。

 そして、有宇は目を閉じ、そのまま眠りについてしまった───

 

 

 

「……う……ん……」

 

 目を閉じてからどのくらい時間が経っただろうか。ようやく有宇は目を覚した。

 

「やばっ!乗り過ごした!今どこだ!」

 

 慌てて周りを見渡す。そして、今電車が停まっている駅名を見ると有宇は驚いた。

 

「……ばかな、あり得ない」

 

 有宇が今いる駅、そこは彼が最初に電車に乗った学校の最寄り駅だった。

 折り返して戻ってきた?いや、ならどうして行き先が変わっていない。そもそも折り返して戻ってきたにしても、その際の車内点検で駅員に見つかって、そのまま起こされて駅に降ろされるはずだ。なのに……。

 そして駅のホームの発車ベルが鳴る。取り敢えず有宇は一度電車から降りることにした。

 

 

 

 時刻は午後の三時半、一時間半近く眠っていたのか。何が起きたかはわからんがこんなところで諦めてはいられない。門限までまだ時間もあるし、また乗ってみるか。

 有宇はもう一度電車に乗ることにした。そして、しばらくホームで電車を待ち、やってきた電車に乗り込んだ。

 電車に乗っている間、今度は寝ないように目を見開いた。一駅、また一駅と過ぎていき、あと一駅の所まで来る。

 よし、今度はちゃんと来れたな。やはりさっきのは折り返しの電車に乗りっぱなしだっただけだろう。

 そう思い、すっかり気を緩めたその時だった。乗り換えの駅まであと一駅だというのにまた有宇を強烈な眠気が襲った。

 

(あれ……眠い……さっきあれだけ寝たはずなのに、どうして……)

 

 その眠気に逆らえず、有宇は再び眠り込んでしまった。

 

 

 

 目を覚ます。あれからどれだけ時間が経っただろう。電車は停車しており、有宇は眠い目を擦りながら窓の外を見る。そして、そこに書かれていた駅名は……。

 

「やはり、戻されている……」

 

 そこはさっきと同様、学校の最寄り駅だった。取り敢えず有宇は電車を降りた。

 電車を降りると有宇は腕時計を確認する。時刻は午後の五時。

 ここを出発したのが午後の三時半過ぎ。また一時間半程時間が経っている……。

 これはやはり、何らかの力が働いているとしか考えられない。電車に乗って終着駅からここまで折り返してきたとしても、一時間半でここに戻ってくることはまずできない。大体、山手線じゃあるまいし、ぐるりと一周してまた元の駅に戻ってくるなんて普通あり得ないしな。

 つまり、僕は謎の現象によって、この学校から遠くには行けないということだ。これは……いよいよきな臭くなってきたな。

 結局有宇は実家への帰省を諦め、学校周りを軽く散策した後、学校の寮へと帰ることにした。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 寮に帰ってきた有宇は、そのまま学食で夕飯を取り、寮のシャワーで汗を流すと、自分の部屋に戻った。そしてベッドに腰を落ち着けた。

 

「さて……まずは現状を整理するか」

 

 現状、僕がどういった形でタイムスリップをしたのかは不明。更に今日の電車での一件で、この学校から一定の距離以上離れようとすると、睡魔に襲われ学校に連れ戻される謎の現象が起こることが確認された。

 しかも、この過去の世界においては、直接歩未やおじさんと連絡を取ることなどは、携帯があるにも関わらず一切することが出来ない。まだ三年前の時点では出会ってもいないが、ココア達の携帯などにもあれからかけてみたりはしたものの誰一人として出ることはなかった。

 

 僕の元にある確かな情報は、今現在のカレンダーの日付、そしてこれから起こるであろう修学旅行のバス事故により死亡するリトルバスターズの面々が生存しているという事実だけであり、未来に戻る確実な手がかりは一切ないと見える。

 電車での一件もそうだが、行動が制限されており、更には未知の現象が他にもこれから起こると予想される以上、完全に現状を把握することは不可能と推測される。

 しかし、だからといって何もしないわけにはいかない。何もしなければ、このまま三年前の世界に閉じ込められるだけである。この先無事過ごせる保証が確実にあるわけでもない。何かしら手は打たねばならんのだ!

 

 それから有宇は更に今ある情報を整理し考えた。そして、有宇はある事柄に着目した。

 

 昨日提起した三つの疑問、その三番目、僕をこの学校に送り込んだ奴についてだ。当然それが誰かなんてことは今はわからない。

 その時、僕の目の前に現れたあの蝶のことが頭に思い浮かんだ。

 

(まさか……()()()か?確かにあいつに出会った直後にこちらに飛ばされてきた。それに頭に響いたあの声……もし、あいつに何らかの意図があったとしたら……)

 

 あの蝶が僕をこの世界に送り込んだ可能性は十分考えられられる。今のところそれが一番有力だが、この際そいつ(以下X)が誰であろうとどうでもいいのだ。

 問題なのはXが何の意図があって僕をタイムスリップまでさせ、この学校に連れてきたのか。それが分かり、Xの意図に則った行動を取れば、もしかしたら三年後に帰れるかもしれない。有宇はそう推察した。

 ではXの目的とは何なのか。それはもう言われるまでもなくあれだろう。

 何故Xは僕を三年前のこの世界に連れてきたのか、何故この学校に僕を通わせたのか、何故この学校から逃げられないようにしたのか。そこから推測されるのはやはり彼等だろう。

 リトルバスターズだ。謎の現象の中心にはやはりいつも彼等が関わっている。そもそも僕が彼等の亡霊やあの光る蝶に出会ったことだって、今のこの状況と何か関わりがあると考えるのが妥当だろう。

 つまり謎の存在Xは、僕とリトルバスターズを関わらせることによって何かを成したいというわけだ。ではその何かとは何か。

 飽くまで推測の域を出ないが、僕が考えるにXは、僕にリトルバスターズを助けてほしいのではないのだろうか。

 光る蝶に触れ、あいつの記憶を覗き見たとき声が聞こえた。『お前ならどうする』と。僕なら、あの凄惨な状況をどうやって乗り越えさせるのか。もしXがあの光る蝶であるとするならば、Xはそう問いたのではないだろうか。

 つまり、存在Xの目的は───

 

「リトルバスターズを……バスの事故から救い出すこと」

 

 これから修学旅行での悲劇に遭うであろうあいつらを救い出すこと。それがXの狙い……なのか。

 

「いや、無理だろ。これから事故が起きるから修学旅行へ行くのはやめろとでも言うのか?信じてもらえるはずがない」

 

 リトルバスターズの仲間でもない、あいつらと友達ですらない僕の言葉にあいつらが耳を貸すはずがない。

 修学旅行なんて学生の一大イベントだ。行くなと言われてはいそうですかなんてことになるのはまず考えられない。

 そもそもそれが本当にXの狙いなのかすら確証出来るものはない。飽くまで僕の推測でしかないのだから。なのに、そんな無茶なことできるはずが……。

 しかし現状、他にXの狙いがあるとは思えない。つまり未来に帰る手立ては他にないと思われる。無茶ではあるがやらないわけにはいかない。

 まぁいい、取り敢えずこれで事は決まった。まずはあいつら、つまりリトルバスターズと信頼関係を築き上げる。何をするにしても、あいつらと何かしらコンタクトをとらないことには始まらない。

 そして、信頼関係を築いた上であいつらに修学旅行へ行かないよう忠告し、最終的にはあいつらを修学旅行のの悲劇から救う。そして未来に帰るんだ!

 リトルバスターズを救う。ここに今、有宇の一人だけのミッションが密かにスタートした。


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