幸せになる番(ごちうさ×Charlotte)   作:森永文太郎

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第36話、騒がし乙女の憂愁(後編)

 三枝葉留佳がメンバーに加わった翌日の朝のことだった。有宇は自分の教室へ向かう途中で理樹からの連絡を受けて、理樹のクラスである二年E組の教室へと赴いた。

 教室に着くと、有宇は近くにいる二年に声を掛けて理樹を呼んでもらう。それからすぐに理樹が教室から出てきた。

 

「あ、有宇。ごめん朝早くに」

 

「いえ、別にいいですけどなんのようですか?」

 

 有宇がそう聞くと、理樹は言い辛そうに苦笑いを浮かべる。

 

「その……気を悪くしないで聞いてほしいんだけど、朝うちの教室に黒板消し仕掛けたりしてないよね?」

 

「はぁ?」

 

 黒板消し?なんの事だ?

 

「今朝、うちの教室のドアに黒板消しが挟まってて。しかもドアの近くに水の入ったバケツも置いてあったんだ」

 

「それが僕のせいだと?」

 

「違う……よね?」

 

「んなことするわけ無いだろ……」

 

「だよね……」

 

 僕がそんな陳腐なイタズラするわけ無いだろ。ていうかそういう事する奴だって思われてたのか?地味にショックなんだが……。

 

「で、それで誰か引っかかったんですか?」

 

「あーうん、えっと……」

 

 そう言って理樹が教室の方へと視線を移す。視線の方向には誰かと何か言い争いをしている真人の姿があった。

 

「なんだ、またあのバカか」

 

「ううん、そっちじゃなくて……」

 

 そう言って理樹が指を指す。指を指した方向にいたのは、真人と何か言い争っている宮沢謙吾であった。

 その姿は珍しく、普段の道着姿ではなく、学校指定の制服姿だ。いつもと違う格好をしていたものだから気付かなかった。

 するとこちらに気付いたのか、謙吾が真人と共に有宇達のもとに近づいてきた。

 そして有宇を一瞥すると、謙吾は理樹に声をかける。

 

「どうだった、理樹」

 

「違うよ謙吾。今聞いてみたけどやってないって。やっぱ昨日の喧嘩ぐらいでそんなことしないって」

 

 理樹がそう答えると、未だに信用していないのか、謙吾は有宇を睨みつける。

 どうやら僕を疑っていたのは直枝さんじゃなくて謙吾の方みたいだな。昨日のことで僕が逆恨みしてやったと思われたようだ。

 疑われたままなのも癪だし、誤解は解いておくか。

 

「あのなぁ、僕がやるわけ無いだろ。仮に僕がお前に仕返ししようと考えていたとしても、教室に一番でお前が来るって保証もないのにそんなもん仕掛ける意味ないだろうが」

 

 有宇がそう言うと、謙吾もようやく疑いを解いたのか、有宇を睨むのをやめた。

 すると一緒にやって来た真人が、一連の様子を見て愚痴を漏らす。

 

「全くよぉ、謙吾ちんは疑い深くて困っちまうぜ」

 

「なんだ、お前も疑われたのか」

 

「ああ、それで道着の洗濯手伝わされたから、ムカついて頭から洗剤ぶっかけてやったけどな」

 

「そのせいでジャージも洗う羽目になったんだろうがっ!!」

 

 謙吾が突然激昂する。なんかさっきからこいつやけに機嫌悪いな。いつもクールぶってるくせに、今は体裁とかお構いなしにキレ散らかしてやがる。

 そんなに水に濡れたのが嫌だったのか?いやまぁ僕も同じことやられたらたぶんかなり苛つくだろうけどさ。

 なんかよくわからんが関係も少しは改善したいところだし、フォローしておくか。

 

「まぁ、でも制服姿も似合うんじゃないか、うん。……どことなくなんかホモ臭いけど」

 

 つい思ったことを最後にボソリと呟いてしまう。

 それを聞いてしまった謙吾は体をワナワナと震わせ、拳を固めている。

 

「貴様ぁ……人が気にしていることを……!」

 

「えっ、気にしてたのか?」

 

「ああ、俺が制服を着ると違う気がある男に見られるんだ……クソッ」

 

 ああ、制服を着るのが嫌だったからそんなにキレてたのか……。そういえばどうしていつも剣道着姿なのかと疑問に思っていたが、そういう理由からだったんだな。

 そしてよく見ると、教室の一角で数名の女子生徒が謙吾を遠目に見つめながら色めき立っている。「宮沢くん×直枝くん」「いえ、宮沢くん×あの一年生くんも捨てがたい」「棗先輩もいいよね」などと微かに聞こえるところから考えるに、制服の謙吾はそういう目で見られてしまうということなんだろう。

 どうやらフォローしようとして逆に墓穴を掘ってしまったらしい。まぁ、もう面倒なのでどうでもいいか。次に活かそう、うん。

 謙吾をフォローすることを諦めた有宇は、いたずらを仕掛けた犯人のことに頭を切り替える。

 にしても誰がこんな陳腐なイタズラを仕掛けたんだ?仕掛けは教室に一番に入った奴しか引っ掛からないものだし、謙吾が今日早くに教室に来たのも偶然だしな。とするとおそらくは謙吾を狙ったものではなく、無差別犯である可能性が高い。こんな意味のないこと、一体誰が……。

 するとその瞬間、不意にそいつは現れた。

 

「やーやー皆さん、おはようさん。およっ、有宇くんもいるじゃん。おはよーおはよー」

 

 いつの間にか僕らの背後に三枝葉留佳が立っていた。

 そして一番に直枝さんが声をかける。

 

「三枝さん、もうすぐ授業始まるけど教室行かなくていいの?」

 

「休みだからいいのいいの」

 

「休み?先生お休みなの?」

 

「んーつまりなんだ、ぶっちゃけ自主休校?」

 

「ちゃんと授業出なよ……」

 

 こいつ、風紀員へのちょっかいだけじゃなく、サボりとかもやってんのか。本当に如何しようも無い女だな。

 すると今の会話を聞いていたのか、教室の中から男子生徒達が口々に「相変わらず成績のことを考えない恐ろしい女だせ、三枝」「井ノ原並みだな……」などと言う。

 それを聞くと、当の二人は笑みを綻ばせた。

 

「あ、私褒められた?褒められた?」

 

「マジかよ、へっ、照れるな」

 

 二人揃ってアホ丸出しだな。時々こいつらと仲間という事実を頭から消したくなる。

 ていうか、そもそもこの女は何しに来たんだ?どうやら今の話の流れからしてこいつ、直枝さん達とはクラス違うようだし、授業もサボる気でいたならなんでわざわざ登校してまでこの教室にやって来たんだ。

 

「で、結局お前は何しに来たんだよ」

 

 理由を聞くべく、有宇は三枝を問い質す。すると三枝は胸を張ってふんぞり返る。

 

「うむ、よくぞ聞いてくれました。実はここの今朝の様子はどうだったかなーって」

 

 んっ?今朝の様子?

 おいっ、それってまさか……。

 

「お前かぁ!!あのような下らぬ真似をしたのは!!おかげで朝から剣道着を選択する羽目になっただろうが!!」

 

 三枝の発言を聞いて、謙吾が激昂する。しかし三枝に動じる様子は見られない。

 

「およっ、謙吾くん。なんか珍しい格好してるね」

 

「ああ、お前のせいでこの様だ……何だこの格好は、わけがわからん」

 

「いや、普段の道着姿の方がわけわからねえよ」

 

 思わずツッコミを入れてしまう。

 というかいつも道着でいて誰も注意しないのだろうか。謙吾に限らず真人も上は赤シャツに学ランを改造した短ラン、下はジーパンという格好だし、来ヶ谷も制服こそ着てるが胸のリボンを外して胸の谷間を露出させているし、風紀員なり教師なりもう少し生徒の格好注意しろよ……。

 そしてキレたのは何も謙吾だけじゃない。

 

「謙吾だけじゃないぜ。俺も、そしてそこの乙坂も、こいつに濡れ衣かけられて迷惑したんだぞ三枝っ!!」

 

 真人がそう言うと、大男二人は三枝に詰め寄った。普通こいつら二人に詰め寄られたら大概の奴はビビるとおもうんだが、この女に関しては全くもってビビる様子がなかった。

 

「いやー実は昨日仕掛けの実験をしようと思って設置したんだけど、誰も来ないから飽きちゃってさ〜。放置して帰っちゃったのですヨ。にゃはは、メンゴメンゴ」

 

「メンゴメンゴじゃねぇよっ!」

 

「見ろっこの無様な姿を!どうだ、そんなに滑稽か、楽しいか!」

 

 三枝の反省の色ゼロの謝罪を受けて二人が再びブチ切れる。

 

「ぶー冷たいぞーガイズー」

 

「冷たいのはバケツに足突っ込んだこっちのセリフだ!」

 

「やはは、これが本当のク〜ルガイってやつだね。良かったね謙吾くん」

 

 しかし三枝の態度には全くもって反省の色は見られなかった。こいつのメンタルどうなってんだよ。

 しかしその時だった。

 

 ピー!

 

 笛の音が廊下に鳴り響き、その音に背後を振り向くと、ニ・三メートル先にいつの間にか女子の風紀員二名がそこに立っていた。

 

「三枝葉留佳!寮長室からバケツを持ち出したままなの貴方でしょ!」

 

「ヤバッ」

 

 風紀員に気付くと三枝はそそくさと有宇の背後に身を縮めて隠れた。

 

「おい」

 

「しーっ、ちょっと隠してよ有宇くん。バレちゃうじゃん」

 

 いや、もうバレてるだろ。

 

「いませーん、三枝葉留佳はここにいませーん」

 

 三枝が意味の無い抵抗をしている一方で、理樹のクラスの男子達が「あぁ、また三枝が追われてるのか」「いつものことだな」などと話しているのが有宇の耳にも入る。

 ここではいつもの事なんだろうか。僕もこの状況に慣れるときが来るのだろうか……いや、慣れたくはないな。

 

「お下げ見えてるじゃないですか。ほらっ、行きますよ。今朝も清掃のペナルティを受けていたはずじゃないですか」

 

 そう言って二人の内の一人、一年の方の風紀員が僕の背後に隠れる三枝を引きずり出す。三枝も「仕方ないな、可愛い後輩が頼むから行ってあげるよ」と減らず口をたたきながらも大人しく連行される。

 

「理樹くん、有宇くん、あでゅー!あっ、あとついでに真人くんと謙吾くんも」

 

 そう言い残して三枝は風紀員に連れられて消えていった。去り際に三枝を連行する一年の方の風紀員が有宇にペコリと頭を下げる。

 よく見たら僕の隣の席の女子だ。眼鏡かけた地味な女で、名前は確か飛鳥馬美咲(あすまみさき)だったっけか。風紀員だったのか……。

 にしても三枝葉留佳、嵐のように突然トラブルを起こして、嵐のように、颯爽と去っていく。あれが仲間だと思うと本当に頭が痛くなるな。

 

「あいつはいつもああなのか……」

 

「うん、まぁそうだね。何故かいつもうちのクラスに遊びに来て、その度に色々イタズラしていくんだよなぁ。真人のプリントにボールペンで落書きしたり、移動教室の合間に黒板に落書きしたり、僕の椅子にブーブークッション置いたり……」

 

 直枝さんが死んだような顔で、三枝の悪行を羅列する。しかもこれでこのクラスでやったことだけなのだから、他でやったイタズラも含めたら相当な数に違いない。

 現に昨日、僕もあいつのイタズラに巻き込まれたばかりだしな。まさに災難を体現したような女だな。

 そして取り敢えずその場は解散し、僕も自分の教室へと戻っていった。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 昼休み、有宇が蒼士とクラスで購買のパンを食べながらダベっていた時だった。

 

「見つけたぞ!」

「捕まえろ捕まえろぉ!」

 

 廊下が何やら騒がしい。数名の男子生徒の怒鳴り声が聞こえる。なんかもう既に嫌な予感しかしない。

 

「なんか廊下うるさいよな。なんかあったのか?」

 

「さあな……」

 

 廊下から微かに聞こえる「待てぇ!三枝ぁ!」の声で大体誰がなにやったかは察したが、関わりたくなかったので黙ることにしたのだが……。

 

「もう、しつこいな……んっ?あれってもしかして……。おーい有宇くーん!ちょっとばかしはるちん先輩を助けておくれ〜!」

 

 廊下から教室にいる有宇に気付いたようで、三枝は教室の外から有宇に助けを求めてきた。

 

「呼ばれてるぞ?あの人お前の知り合いなのか?」

 

「さぁ、人違いだろ」

 

「でもお前の名前、有宇って呼んでたぞ?」

 

「有宇なんて名前の奴珍しくないさ」

 

 とにかく関わりたくなかったので全力で関わり合いになるのを拒む。昨日だってろくな目に合わなかったんだ。絶対行かないぞ。

 すると「捕まえたぞ三枝!」という声とともに二年の男子の一人が三枝の腕を捕まえる。それと同時に他の三枝を追っていた二年男子達も三枝に詰め寄る。

 

「お前のせいで俺の今日の楽しみなくなったじゃねえか!」

「どうしてくれんだ三枝ぁ!」

「俺の怒りはどこへ向ければいい!なぁ三枝ぁ!」

 

 三枝も男子数人に一斉に詰め寄られて、慌てふためいている。何度も教室の中にいる有宇に視線を送ってくるが、それでも有宇は(だんま)りを決め込む。

 すると痺れを切らしたのか、こんな事を喚き散らす。

 

「うわぁん!有宇くんの悪魔!鬼畜外道!足フェチ!」

 

「うぉい!?」

 

 根も葉もない事を言い触らすのはやめてくれ!ああっ、クラスの女子達からの視線が痛い……。

 

「行ってやれよ。あの人、リトルバスターズの先輩だろ?」

 

 蒼士にもそう言われ、このまま無視を決め込むのは無理だと判断し、仕方なく席を立つ。

 廊下に出ると、男子数名に囲まれた三枝のもとに近づく。

 

「で、これはなんの騒ぎだ。先輩方も五月蝿いんで静かにしててください。迷惑なんで」

 

「バカ野郎これが黙ってられるか!?」

「おれ、毎週のあれだけを楽しみにしてたんだぞ!」

 

 取り敢えず有宇は騒ぎを沈めようと、三枝を取り囲む二年男子達を黙らせようと注意を促す。しかし男子達は余計に興奮していきり立つばかりだ。

 これは黙らせるより、さっさと三枝から事情を聞いた方が早そうだ。

 

「本当に何したんだお前……」

 

「えーっ、私が何かしたの前提なのー?まぁ、そうなんだけどさ」

 

 もはやツッコむ気にもならん。

 有宇はただ気の抜けた顔を浮かべるばかりだ。

 

「今日、面白いドラマの最終回がやるんだけど……」

 

「ネタバレしたとかか?」

 

「そんなとこ。さっすが有宇くん、はるちんのことわかってる〜♪」

 

 本当ろくでもない事しないなこの女。ネタバレは余裕で重罪だろ……。

 

「ちっくしょーっ!犯人わかっちまったらもう楽しめねぇよ!」

「おれ、最近はあのドラマが生き甲斐だったのに……」

 

 うわっ、しかもミステリードラマだったのかよ。それなら尚更楽しさ激減だな。ていうかしょうもない生き甲斐だなおい。

 

「いや〜本当は宣伝だけに留めておこうと思ってたんだけど、黒板に書いてるうちにノリノリになっちゃって。でもここまで必死になられると困っちゃうな」

 

 困っちゃうなじゃないだろ。

 この学校は生徒の殆どが寮に入寮している。家から通う生徒よりも日々の生活に色々と制限が設けられていることもあり、寮の各階にある娯楽室のテレビなんかは楽しみにしている生徒も多い。

 僕も昨日、蒼士とクラスの男子何人かと一緒にバラエティー番組を見に行ったが、かなりの生徒が狭い娯楽室に集まっていた。ここに入り浸ってる奴もいるぐらいで、そんな彼等にテレビのネタバレなんてして、怒られるのは当然と言えるだろう。

 そして、再び男子達が三枝に迫り寄る。

 

「どうしてくれんだ三枝ぁ!どう落とし前つけんだよ!」

 

「いや〜だってあれ、わたしが考えた結末ですヨ」

 

「えっ!?」

 

 三枝のその一言で男子達の反応が変わっていくのがわかる。

 

「いや〜まさかここまで信じてくれるとは。はるちん、もしかして将来は名探偵か小説家かもしれませんネ」

 

 三枝はすっかり調子をよくする。

 おい、ちょっと待て。それだったら……。有宇は思ったその疑問をおそるおそる口にする。

 

「本当にネタバレしてなかったんなら逃げる必要なかったんじゃないのか……?」

 

 そう、本当にネタバレしたわけじゃなかったなら、最初からそう言えば逃げる必要なんてないじゃないか。

 

「やだな有宇くん、そう簡単にネタばらししたら面白くないじゃないデスか」

 

 イラッ

 

 この野郎、人のこと勝手に巻き込んでおいてよくそんなふざけたこと抜かしやがって……ぶん殴ってやる!

 三枝の態度に苛立った有宇は三枝を一発殴ろうと拳を固める。しかし(すんで)のところで、今いる場所が自分の教室の前であったことを思い出す。

 いかんいかん。落ち着け、流されちゃいけない。ここじゃクラスメイト達の目もあるし、今殴るのはやめておこう。そう思い直すと有宇は拳に込めた力を緩める。

 クソッ、結局なんのために僕は巻き込まれたんだか。無駄にクラス内に根も葉もない噂を流されただけじゃないか。

 その一方でさっきまで三枝に憤慨していたはずの男子生徒たちは、すっかりと怒りも忘れて三枝の考えたドラマの筋書きに耳を傾けている。その男子達の様子を見て、有宇は少し呆れる。

 こいつらもこいつらで無駄に振り回されたことに怒りはないのか?他にも色々イタズラされたりしてるんだろ?だというのに簡単に心許しすぎじゃないか?女だからか?いや、こいつを女扱いするとか女に飢えすぎだろ……。

 

「何やら物憂げな様子だな、少年」

 

「うわっ!?……ってお前かよ、ビックリさせんなよ!」

 

 すると、いつの間にか背後にいた来ヶ谷に突然声をかけられた。ていうかなんで居るんだよ。二階は一年の教室しかないだろうが。

 

「ハッハッハ、すまないすまない。それで、何か悩みごとかね?」

 

「別に、そこのバカ女に振り回されただけだ。ったく、こんなことばっかやってよく嫌われないもんだな」

 

 毎日かは知らんが、いつもこんな事やってたら周りに嫌われてもおかしくない。だというのに見たところ、三枝を本気で嫌っている奴はあまりいないようだ。もっと疎まれてもおかしくないと思うんだがなぁ……。

 

「皆、なんだかんだで葉留佳くんを認めてるのだよ。彼女に悪意がないことを理解しているからね」

 

「はぁ?あれが悪意じゃないなら何なんだよ」

 

 イタズラっていうのは、誰かを困らせたいだとか、笑いたいだとかいう自分勝手な欲求から他人に迷惑をかけることに他ならない。それが悪意でないなら一体何なんだと言う話だ。

 

「彼女はただ構って欲しいだけさ。誰かに自分の存在を認めていて欲しい、それだけなんだ」

 

「自分を認めて欲しい……?」

 

「要は寂しがり屋なのさ。彼女はあれで周りの関心を集めて、楽しく他人とコミュニケーションを取っているつもりなんだろう。人を揶揄(からか)うという行為は相手に自分を強く印象付ける手段だからな。まぁ、彼女がそれを意図してやっているかはわからないがな。しかし、君なら理解できるんじゃないか?」

 

 来ヶ谷が有宇にそう聞き返す。

 そういえば来ヶ谷が以前僕に言ってたっけか、承認欲求が強いと。三枝葉留佳もまた今の話が本当だとすれば承認欲求、取り分け友人という対等な関係を求めることから対等承認の欲求が強いと見える。要は三枝と僕は同類だという意味で聞いてきたんだろう。

 自分を認めて欲しい、その気持ちは確かにわからなくもない。僕自身、来ヶ谷の言うように誰かに認めて欲しいと思う欲求があり、今となってはその自覚もある。その為に自分を偽り、他人を偽り、不正を働き、他人を蹴落としてきてまで、他人からの事故の過大な評価に合うだけの評価を欲してきたのだから。

 だって惨めじゃないか。誰にも思われず、意識されない、そんな存在になるのは。母さん───あの人に捨てられた時に感じた他人から見捨てられる絶望感、喪失感、孤独感、劣等感、今でもそれだけは忘れたりはしない。もう、あんな惨めな思いをするのはゴメンだった。

 三枝葉留佳もそうなのだろうか。僕と同じ、あの感覚を知っているからこそ、やり方は違えど他人からの関心を引いているのだろうか。

 

「……承認欲求が強い者は総じて幼い頃、自分の親に褒めてもらった経験がないことが多いと聞くが……」

 

 来ヶ谷が何かをボソリと呟く。

 

「あっ、なんか言ったか」

 

「いや、何でもないさ。君達は似た者同士ということだよ」

 

「冗談でもあの女と似た者同士ってのはやめてくれ。多少重なる部分はあるのかもしれんが、僕はあの女のように道化に走ったりはしない」

 

「そうかね。しかし、そうやって憎まれ口を叩く割には、初対面の葉留佳くんを助けたと聞いたのだが?」

 

「誰があんな女助けるか。あの風紀委員長の女が気に入らなかっただけさ」

 

 来ヶ谷が言ってるのはおそらく昨日のことだろう。

 昨日僕は三枝と初対面し、その後すぐ三枝のイタズラに巻き込まれて一緒に逃げ回っていたところ、風紀委員長───二木佳奈多と出会(でくわ)した。

 出会すなり問題児の三枝葉留佳はその場で二木佳奈多に糾弾され、それがあまりにも気まずくて見ていられなくなり間に入ったのだが、今度は僕と二木が言い合いになり、そして見事二木佳奈多を怒らせてしまったのだ。

 結果的に二木佳奈多を僕が撃退した形にはなるのだが、別に三枝を助けようとしたわけじゃない。

 すると来ヶ谷が少し表情を曇らせる。

 

「風紀委員長……佳奈多くんか」

 

「なんだ、知り合いか?」

 

「彼女は一切手を抜かないことで有名でな。端的に言えば融通が聞かないのだよ。まぁ、彼女を疎ましく思う人間も多いが、その手腕は評価されている」

 

「ふーん」

 

 要は三枝に限らず、誰に対してもあの態度ということか。それで周りからも結構恐れられてたりして疎まれていると。けどまぁ僕も別に風紀を守ろうとするその志は否定するつもりはない。ただあの高圧的な態度は非常に気に入らない。

 にしても、三枝とあの二木って女の関係は問題児と風紀委員長というお互いの立場間の関係だけではない気がするが……。

 

「なぁ、三枝とあの二木って女、なんかあるのか?」

 

「何かとは?」

 

「いや、単に風紀委員長と問題児だから仲悪いって感じには見えなかったからさ。二木の方が一方的に嫌ってるならまだしも、三枝の方も他の風紀委員達には普通だったのに、二木相手には険悪な雰囲気匂わせてたし……。何か知ってるんだろ?」

 

「聞いてどうする。君に関係ないだろ」

 

 来ヶ谷の声が少し厳しくなる。

 

「まぁ、そうなんだが……いや、そうだな」

 

 確かに二人の仲が悪かろうが僕には関係ない。

 僕がすべきなのは未来に帰ること。そしてその為にリトルバスターズの全員に、これから僕が話す事を信じてもらえるだけの信頼関係を築き上げること。それだけだ。

 別に三枝が二木とどうなろうが構わない。ただこの先の修学旅行さえ生き抜いてくれれば、それ以上のことに踏み込んでいく必要はない。来ヶ谷の言う通りだ。

 

「彼女達のことは生半可な気持ちで関わっていいことじゃない。それに、それを知るべき時には君は全てを知ることになるだろう」

 

「なんだよそれ」

 

「ふふっ、その時のお楽しみさ。まぁ、葉留佳くんのことは大目に見てあげたまえ。やり過ぎるようなことがあれば私から灸を据えてやるさ」

 

「いや、もう既にとっちめて欲しいんだが……」

 

「はっはっは」

 

 来ヶ谷は快活に高笑いをしながらその場を去っていた。辺りを見回すと、いつの間にか三枝達も教室の前から姿を消しており、その場には有宇一人残されていた。ったく、人の事巻き込んでおいて身勝手な奴だ。

 そして有宇の中には先程の来ヶ谷の話が少し気がかりであった。

 あの二人……一体何があったんだ?有宇には二人の関係が気になって仕方がなかった。来ヶ谷の話し振りから何かあるのは火を見るより明らかだし、気になって仕方がない。

 しかし、先程の来ヶ谷の言葉が思い起こされる。

 

『彼女達のことは生半可な気持ちで関わっていいことじゃない』

 

 確かに二人の関係は気になるが、この(わだかま)りが好奇心でしかない以上は、それが何であるのかは知る事はできないんだろうな。

 そう考えると有宇は自分の好奇心を押さえ込み、教室へと戻った。しかし、教室に戻ると女子達がまだ有宇を見て何かヒソヒソ話している。

 ……取り敢えず誤解を解いておくか。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 放課後、有宇は野球の練習のために体操服に着替えるため野球部の部室前に向かった。部室前に着くと、既に他のメンバーは殆ど来ていた。女子達は男子より先に着替えるので、鈴さんと来ヶ谷、神北も既に体操服に着換えて部室前で待機していた。三枝だけ来ていなかったが、あいつは……まぁサボりかなんかだろう。

 有宇も着替えるため男子メンバー達と共に部室に入る。すると理樹が体操服を忘れたと言って部室を出て行く。どうせ後ですぐ来るだろうと有宇含め残りのメンバーは着替え終えると、部室にある練習道具をグラウンドに出し練習の準備に取り掛かる。

 しばらくして練習の準備を終えたのだが、体操服を取りに行くと言っていた理樹、そして三枝がまだ来ていなかった。

 

「様子を見てくる」

 

 三枝はサボりの可能性があるからともかく、直枝さんは流石に少し遅すぎるな。何かあったのか?

 帰りの遅い理樹が心配になり、有宇は二人を探しに行くことにした。真人も一緒に探すと言ってきたが、行き違いになると面倒なので真人には残って先に練習を始めるように言い聞かせた。

 直枝さんは思ったより早く見つかった。ついでに三枝も一緒だ。二人は中庭にいたのだが、しかし四人の女子生徒に囲まれていた。何やら険悪な雰囲気だ。

 それもその筈、何せ四人の中の一人があの風紀委員長、二木佳奈多だったのだから。他三人も二木と同様に腕にクリムゾンレッドの腕章をしているところを見ると、風紀委員のメンバーのようだ。

 関わると色々と面倒なことになりそうだったので有宇は出て行かず、その場は理樹に任せようと遠目から様子を見ることにした。すると、何やら直枝さんが風紀委員に金のようなものを渡しているのが見えた。まさか……(たか)られてるのか?

 いや、相手は風紀委員だぞ。そんなわけ……。いや、でも本当にあいつらが正義だけを執行するという保証はない。この学園では風紀委員はかなり立場が強いようだし、立場を利用して……ということも考えられなくはない。

 それに直枝さんは気が弱そうだし、三枝は強請るネタがたんまりありそうだし、強請るには最適な相手だといえる。

 面倒くさそうなのでこの場は直枝さんに任せようと思ったが、流石に助けに行ったほうがよさそうだな。

 そう考えると有宇はその一団にズカズカと歩み寄って行った。

 

「あ、有宇。ゴメン、ちょっとお金……」

 

「金なんか出す必要はない」

 

 理樹の言葉を遮りそう言うと、有宇は風紀委員の手から理樹が出した小銭を奪い取る。

 

「帰りが遅いから来てみれば。にしても一般生徒相手にカツアゲとか、お前らクズだな」

 

 そう言って有宇は風紀委員達を睨みつける。すると二木佳奈多が「はぁ……」と軽くため息を吐く。

 

「また貴方なの。貴方には関係ないわ」

 

「僕は一応二人の関係者だ。関係なくはないだろ」

 

「……そう、貴方もリトルバスターズだったのね」

 

 二木佳奈多は眉を細める。そして有宇に向けるその目付きが鋭くなる。

 この様子を見るに、リトルバスターズは去年から色々とやらかしていたそうだし、前から目を付けられていたのかもしれないな。

 ただでさえ昨日のことで僕に対してあまり良い印象がなかった上に、僕がその一団の一人だと知って、敵意を顕にしたといったところか。

 すると、有宇と二木の険悪な雰囲気を察してか、風紀委員の一人が有宇に声をかける。

 

「あ、あの乙坂くん。違うんです」

 

「君は……美咲さんだっけ」

 

 声をかけてきたその風紀委員は有宇のクラスメイトで、隣の席の女生徒である飛鳥馬美咲であった。そして女生徒は頷くと三枝を指差しながら事情を説明する。

 

「はい。それで聞いて乙坂くん、三枝葉留佳が自販機からジュースを盗んだんです。それでそこの先輩が盗んだ分のお金を返すって言って……」

 

「なにっ!?」

 

 それを聞いて有宇は三枝を睨みつける。

 この女ぁ……盗みまではやらないだろうと思ってたのに……。

 

「……何してんだよ、お前」

 

 三枝に向け冷淡にそう言い放つ。それを聞くと三枝は顔を俯かせた。そして有宇は続いて理樹に向け言う。

 

「直枝さん、金なんて出す必要ないですよ。自分の後始末は自分でつけさせるべきです。退学になろうがどうなろうが自己責任だ」

 

 有宇は三枝を横目にそう吐き捨てた。

 しかし、それを聞くと理樹は必死の形相ですぐさま言い返す。

 

「違うんだ有宇!葉留佳さんはやってないんだ!」

 

「やってないって……やったからこうなってるんじゃないのか?」

 

 どういうことだ。風紀委員と直枝さんの方で言い分が違うようだが……。しかしこのままでは埒が明かない。

 

「……取り敢えず事情を聞かせてください。お互い意見が違うようですし、起こった事実だけを話してください」

 

「うん、実は……」

 

 

 

 直枝さんの話によると、体操服を取りに戻った直枝さんは教室にいた三枝と会い、一緒にグラウンドに行こうとしたのだという。すると風紀委員の連中が突然現れ、三枝の荷物を改めさせろと言ったのだという。

 風紀委員が言うには、三枝葉留佳がちょうどすぐそこにある自販機からジュースを盗むところを見たという生徒の証言を聞いてここに駆けつけてきたらしい。そして実際に三枝の鞄を開けると、缶ジュースが四本入っていたのだ。

 それに対して三枝は自販機でジュースを買ったら三回連続ルーレットで当たりが出て、追加で三本手に入れたと言う。

 しかし風紀委員は三枝の普段の素行もあってかそれを信じず、委員会室に無理やり連行しようとした。そこで見兼ねた直枝さんが、三枝が手に入れた分の缶ジュース代を払おうとしてこの場を収めようとしたのだという。そこに僕が現れて、今に至るというわけだ。

 

「信じられません!三枝葉留佳がやったに決まってます!」

 

 風紀委員の一人が直枝さんの説明を聞いて、再び三枝を糾弾し始めた。

 

「何故?」

 

 僕は聞き返す。

 

「だって……あの三枝葉留佳ですよ?やったに決まってます」

 

 まぁ、普段の素行が素行だしな。疑う気持ちもわからなくはない。

 それから有宇は三枝に視線を移す。三枝の表情は昨日二木とあった時のような暗い表情を浮かべていた。

 

「三枝、本当にやってないんだな」

 

 改めて有宇は三枝に問い掛ける。

 

「……やってないよ」

 

 三枝は蚊の鳴くような声で一言そう返す。

 こいつは確かに校内を騒がせる問題児だし、信用ならない奴だ。だが───

 

『彼女はただ構って欲しいだけさ。誰かに自分の存在を認めて欲しい、それだけなんだ』

 

 有宇はその時、来ヶ谷が昼休みに言った言葉を思い出した。あれが本当であるならば───

 

「よし、わかった」

 

「えっ……?」

 

 そこから有宇は再び風紀委員達に対面する。

 

「確認したいことがいくつかある。まずお前らの言う目撃者の証言とやらを詳しく聞かせろ」

 

「乙坂くん。なんかいつもと様子が……」

 

 飛鳥馬美咲が普段の有宇との様子の違いに困惑する。しかし有宇の態度は依然変わらない。

 二木佳奈多は二年の風紀委員に視線を送る。そして二木からの指示を受けたその風紀委員が有宇の質問に答える。

 

「三枝葉留佳がさっき自販機から何本もジュースを取っていったのよ。それを見たって人が居て、こうして私達が駆けつけてきたのよ」

 

「はぁ?それが証拠かよ。僕が聞きたいのはこいつがどう不正を働いて自販機からジュースを盗み出したかって聞いてんだよ。証言があんだろ?それを聞かせろよ」

 

「貴方……それが目上の物に対する口の聞き方……」

 

「あーうるせえうるせえ、いいから答えろよ」

 

 有宇の態度は依然強気で無遠慮であった。風紀委員の方はそれが気に入らない様子であったが、ボスである二木が何も言わなかったせいか、特にそれ以上は言ってこなかった。

 

「それは……あれよ、自販機を叩いたとかしたに決まってるわ」

 

「そうか。で、証拠は?」

 

「だって、あの三枝葉留佳よ。やったに決まって……!」

 

「だから証拠出せって言ってんだよ!僕が聞いてんのはお前の推測じゃなくて、三枝を犯人足らしめる決定的な証拠はあるのかって聞いてんだよ!」

 

 有宇にそう詰問されると、二年の風紀委員は黙り込んでしまう。

 

「んだよ、ろくに証拠も揃えずにそんなこと言ってたのかよ……」

 

 この時点で有宇は風紀委員達が正しいという可能性を頭の中から切り捨てた。証拠があると言い、強気な態度をとっていたから自信があるのかと思いきや、どうやらただのこじつけでしかなかったようだ。

 それから有宇は近くにある例の自販機の前に近づく。すると有宇は自販機全体を万遍なくその目で見て確かめてる。

 

「自販機を叩いたって言ったな。それらしき跡は全く見えないんだが」

 

 例の自販機は外に設置してあることもあり多少汚れや細かな傷くらいはついているが、破損している様子はない。

 

「そもそも、自販機を殴ったくらいでジュースが出てくるわけ無いだろ。頭使えよ」

 

「たっ、叩いてなくたって他の方法で取った可能性だって……!」

 

「自販機からそんな簡単にジュースが盗れるわけないだろ。業者もそんな馬鹿じゃねえよ。業者の鍵を盗み出して使えば、破損させずに盗み出すこともあり得なくはないが、鍵なんてそんなおいそれと簡単に盗み出せるわけないし、そんな派手なことしてたらお前らの言う目撃者の証言とも合わない。鍵開けて盗っていったのならその目撃者から一発で目に見えてわかるし、お前らもそれを証拠として突き出してくる筈だしな」

 

 大体、鍵なんてあったら鞄を改めた時に出てきてそこで終わりだしな。鍵の可能性はこれで完全に否定された。

 

「そ、それ以外の方法で……」

 

「この自販機は校舎の壁に密着して設置されてるから裏から工具も入らない」

 

「そ、それなら前から盗んだのよ」

 

「この自販機はドアヒンジ部分にはカバーもしてあるし、コーナーロックもかけられてるからチェーンによる切断も、工具による抉じ開けも無理だ。それにさっきも言ったが破損がない。あとは自販機の内側の蓋を抉じ開ける手もあるが、それも工具や鉄の棒とかで破損させて内側の蓋を抉じ開ける必要がある。そんなことしたら破損するだけじゃなく警報装置が作動してすぐに警察が駆けつけてくる。大体、これら全てを目撃者の目に止まらないように行うのは無理があるしな。つまり、現状どうあっても三枝がジュースを盗み出すことは不可能だ」

 

 有宇は自販機からジュースを盗み出せる方法を一つずつ列挙し、それらの可能性を全て一つずつ丁寧に潰していき、三枝が自販機からジュースを盗み出した可能性を完全に否定し論破した。

 しかし、それを聞いても風紀委員は必死に反論する。

 

「でも!ルーレットで三回連続なんてあり得ないじゃない!」

 

「確かに確率はかなり低い。が、可能性はゼロじゃない。対してお前らの話には根拠がなく証拠もない。可能性以前の問題だ」

 

 それを聞くと、風紀委員は押し黙ってしまった。

 完全に論破してやった。二木佳奈多も険しい顔を浮かべるものの、何も言ってこない。何も言えないのだ。いくらこいつの頭が回ろうと、事実を曲げることはできないのだから。

 反論できると言うならやってみろってんだ。

 すると暫くして、風紀委員の下っ端三人が声を詰まらせながら有宇に反論を試みた。

 

「で、でも乙坂くん、三枝葉留佳はサボりと遅刻の常習犯なんだよ!」

「仮にルーレットが当たったとして、自販機に当たりを出すなんてちゃんとお金を出してる人に対して失礼よ!」

「そうよ!お金も払わないでこんな娘が手に入れるなんて許せないわ!」

 

 もはや反論とも言えないただの言い掛かりだ。そしてそれを聞いて有宇の背後にいる三枝がギリッと歯を食いしばるのに有宇は気付く。

 無実の罪を着せられて、更に言い掛かりをつけられて苛立っているのだろう。そして、僕にもその気持ちが痛いほどわかる。

 僕も陽野森高校にいた時、僕を疎ましく思う連中に嵌められ、カンニング魔の噂を立てられ学校を辞めさせられたからだ。まぁ、僕の場合は実際にカンニングを働いていたんだ。自業自得だ。

 だが、それは僕がたまたま本当にカンニング魔だから結果的にそうなったに過ぎない。カンニングは僕の持つ特殊能力でやったことだし、噂を流した奴が僕のカンニングを認知して噂を流したとは考えられない。

 あいつらはきっと、成功を収める僕の事を妬ましいだの気に入らないだの、そんな自分勝手な考えから僕を嵌めようとして愉悦に浸ろうとした。それが今でも僕は堪らなく悔しいし、憎くて堪らない。

 こいつらも僕を陥れた奴等と同じだ。自分の思い通りにならないからと自分勝手な都合で他人を陥れ悦に浸り、更にこいつらの場合、自分達こそが正しいと自分を正当化して他人を陥れることに対して躊躇することもなく、なんの罪悪感も感じていない。

 僕にはそれが堪らなく────不愉快であった。

 

「見苦しいな」

 

 有宇は小馬鹿にするように風紀委員達に一言そう言い放つ。すると文句を垂れていた風紀委員達が一斉に黙る。

 

「ルーレットは不公平だぁ?いやそれ三枝と関係ないよな。話逸らすんじゃねぇよ。文句あるなら自販機設置を許可した学校か、設置会社に文句垂れろよ」

 

 それを聞くと風紀委員達は一斉に口籠る。

 

「確かに、三枝は校内で問題ばかり起こす問題児だ。それを疎ましく思い、かつ疑いたくなるお前らの気持ちも理解できなくはない。だが、風紀のためとかほざいて、結局自分達の権威を振りかざして証拠もなく自分達の気に入らない奴を陥れ、(あまつさ)えそれで金受け取ろうとしてたんだもんな。ほんと、風紀とか笑わせんなよ。初めに言った通りだ、お前ら揃いも揃ってクズばかりだな!」

 

 風紀委員達の顔が歪む。二木佳奈多も歯を食いしばって悔しそうにしている。だが同情はしない。三枝もこいつらと同じくらい悔しかったんだ。自業自得だ。

 

「乙坂くん、聞いて!あの……」

 

 すると風紀委員の一人、飛鳥馬美咲が口を開く。しかし考えがまとまっていないのか、すぐに口籠ってしまう。

 そういやこの女、僕に惚れてたっけ。なら、もうちょっと畳み掛けてみるか。

 そして有宇は美咲の元へと歩み寄る。いつものように自分を繕うための女子向けの仮面を被り、まるで本当に落胆しているかのように、悲哀の表情を作る。それから一言こう言ってやる。

 

「美咲さん、正直幻滅したよ」

 

 それを聞くと美咲は悲しみ、そして絶望に顔を歪める。

 

「違うの!?聞いて、乙坂くん!私……ただ」

 

「この期に及んでまだ言い訳するんだ。へぇ、そうなんだ。つまり君はそういう奴なんだね」

 

「違うの……!!私は……!」

 

 大分効いているな。まだまだ僕の演技力も捨てたもんじゃないな。

 にしても、さっきあれほど素の顔を晒したというのに、まだ僕がお前のような普通の女子にも関心を向ける二枚目男子だという幻想に縋りついているのか。哀れを通り越して最早滑稽だな。お前のことなど、今まで微塵も考えたことなどないのに。

 さて、もう今更この女が僕に対してどんな感情を向けるかなんて関係ない。()が出てくるまではとことん付き合ってもらうぞ。

 

「クラスのみんなも、美咲さんがこんな事する人だって知ったら悲しむだろうな。風紀委員の立場を利用して弱い者いじめしてたなんて知ったらね」

 

「お願い!クラスのみんなには……!」

 

 クラスメイトにバラすと言われると、美咲は必死の形相で有宇に懇願する。

 

「そりゃ僕もできればこんな事言いたくはないけどさぁ。僕が言わないことで同じように他の誰かが傷つくかもしれないからなぁ」

 

「違っ……違うの……」

 

 美咲の頬から大粒の涙が流れ落ち、声にもならない嗚咽を漏らした。そしてとうとう膝を地面に付き、手で顔を覆い隠してメソメソと泣き出してしまう。

 

「やめなさいっ!!」

 

 すると事態を見兼ねてか、先程まで沈黙を通していた二木佳奈多が口を開いた。

 

「そこまで追い詰める必要はない筈よ。これ以上続けると言うならこちらもそれなりの対応を……」

 

「それ以上追い詰める必要はない?笑わせんなよ。三枝葉留佳のことは無実の罪で追い詰めておいて、自分達の仲間のこととなると駄目ってか。それが学校の風紀を守る風紀委員長殿の考えか?あっ?」

 

「くっ……」

 

 二木佳奈多が悔しそうに言葉を詰まらせる。

 さて、やっと釣れたか。僕が用があるのは端から下っ端風紀委員共じゃない。お前だ、二木佳奈多。

 この場において風紀委員をまとめる責任者でありながらも沈黙を貫き、風紀委員を指導しきれず暴走を許し、そしておそらくそこに私怨を介在させて自らも三枝を追い詰めようとした張本人であろうお前を屈服させることでのみ、三枝の屈辱は果たされる。

 有宇はポケットに手を忍ばせ、()()を取り出しスイッチを入れる。

 

『……三枝葉留佳がさっき自販機から何本もジュースを取っていったのよ。それを見たって人が居て、こうして私達が駆けつけてきたのよ』

 

「なっ……!」

 

 有宇が取り出した物───ボイスレコーダーからは、先程までの三枝葉留佳の無罪を証明するまでの会話が流れたのだ。それに気付いた二木佳奈多を含む風紀委員達は一斉に顔を青ざめる。

 

「これを一般生徒が聞いたらどう思うだろうなぁ。間違いなく風紀委員の信用は地に落ちるだろうな」

 

 有宇は過去にタイムスリップしてからの最初の外出の際に電器店に寄ってこのボイスレコーダーを購入し、以後肌見放さず常備していた。

 味方のいない世界、身を守れるのは自分自身のみ。何が起こるかもわからないし、使えるものは使った方がいい。それに万が一僕の身に何か起きた時には、こいつは遺書代わりに声を残すことも出来るしな。

 そんな思いから有宇はここに来て、いの一番に防犯グッズの専門店に寄り、ボイスレコーダーを購入したのだ。因みに他にもスタンガンなどのグッズも今は手元にないが、一応購入し部屋に置いてある。

 

「……やめなさい」

 

 二木佳奈多は強気にそう言うものの、もう手がないことは目に見えている。もはや有宇に縋るしかないようだ。

 このままこいつをばら撒くのは簡単だ。だが僕は別に風紀委員を潰したいわけではない。飽くまでこいつらが権力を盾にしてきた時のための保険として録音しただけだ。

 だが、有効打になるなら使わなきゃ損だろう。

 

「音声をばら撒かれたくなかったら三枝に謝罪しろ。私達が悪かったです。許してくださいってな。委員の代表としてお前がやれ」

 

 有宇は下衆な笑みを浮かべて二木佳奈多に謝罪を要求する。

 お前は断れないはずだ二木佳奈多。他の風紀委員があずかり知らぬところで委員長自らが先導して一般生徒に言い掛かりをつけ、無実の罪を擦り付けようとしたなんていう問題を起こしたら、もはや委員長を辞めるだけでは済まなくなるはずだからな。

 音声という物理的な証拠で残した以上、三枝葉留佳が問題児であっても、二木達の所業はそう簡単に許されるものでは無いはずだしな。

 そしてこの場にいる他三人もそうなれば当然糾弾される。自分だけならまだしもと考えても、自分を慕って付いてきた委員達に被害が及ぶとなれば、責任感ある風紀委員長であるお前に断るという選択肢は無いはずだ。

 

「下衆……!」

 

「誰が自己紹介しろっつった!謝罪しろって言ってんだよ聞こえないのか?それともなんだ、お前の新しい口癖か?ゲスゲスってか。ははっ、お前にピッタリだなぁ!」

 

 有宇が嘲笑いながらそう言うと、二木佳奈多はギリッと歯を噛み締め目を伏せる。そして更に有宇は続ける。

 

「大体お前ら爪が甘いんだよ。僕なら予め自販機にそこら辺のパイプとかで一発破損を入れてから、それを証拠だと言いがかりつけて三枝を退学に追い込んでやるのになぁ。他人を陥れるならすぐに論破されないように根回しするとかさぁ、もう少し頭使えよなぁ頭を。で、謝罪はまだか」

 

 有宇の催促を受けると、二木は顔を俯ける。有宇に対する憤り、三枝葉留佳に頭を下げる屈辱、自らの過ちに対する自己反省、それらの感情にもみくちゃにされながら葛藤する。しかし暫くしてようやく彼女は静かに口を開いた。

 

「……今回の件は私達に非があったのは認めます。ですが三枝葉留佳にも……」

 

「言い訳すんな。謝罪だけしろ。謝る気あんのか?」

 

 二木が弁解しようとするのを有宇はそう言って遮った。

 大方、自分達の非を認めつつも三枝にも責任があるとして、責任を逃れようとしたんだろうがそうはいかん。主導権はこちらにある。それを忘れるなよ。

 最後の抵抗すら認められず、そしてとうとう、二木は屈辱に体を震わせながらも、その頭を下げた。

 

「……私達が悪かったわ。ごめんなさい」

 

「初めからそう言えよな。で、三枝、どうする?」

 

「えっ?」

 

 三枝は話を振られると思わなかったようで、いきなり話を振られて戸惑う。

 

「えっ?じゃねえよ。被害受けたのはお前だろうが。許す許さないはお前が決めろ」

 

 有宇にそう言われると、三枝は風紀委員達を睨みながら沈黙する。二木佳奈多は眉を顰めながら目を閉じている。その様子は宛ら天命を待つかのようだ。他の風紀委員二人は飛鳥馬を慰めながらも、不安気な表情で三枝を見つめている。

 そしてしばらくしてから一度目を閉じ、その後三枝は口を開いた。

 

「別に私の無実が証明されたならもういいよ。信用されないはるちんにも非はあるし、心の広いはるちんは許してあげるのだーっ!」

 

 さっきまで暗い顔を浮かべていた三枝は、一変して普段の明るい調子でそう答えたのであった。

 その答えを聞くと、有宇は改めて風紀委員たちに向けて言う。

 

「良かったな許しが出て。三枝の温情に感謝しろよ。ほら、何ぼさっとしてんだ。もう用はないからとっとと消えろ」

 

「……行くわよ」

 

 二木佳奈多がそう言うと、風紀委員達は二木の背中を追うようにその場を離れる。

 

「あ、そうだ。ちょっと待て」

 

 すると有宇はまだ何か用があるのか、風紀委員達を呼び止める。そして二年の先輩風紀委員に肩に手を回され慰められ、未だに涙を流す飛鳥馬に近づいた。

 そして有宇は二年の風紀委員達から飛鳥馬を奪い取り、飛鳥馬の肩に手を回し、更にその耳元に声を落とす。

 

「僕のこと、クラスの奴等にはくれぐれも喋べるなよ。もしバラしたらこの音声はばら撒かせてもらうし、音声を編集してお前らだけを悪人に仕立て上げることも出来るからな。先輩達に迷惑かけたくないよなぁ」

 

 そう言ってから、有宇は飛鳥馬から離れて理樹と三枝の元へと戻る。

 一方飛鳥馬美咲は恐怖で顔を強張らせていた。そんな飛鳥馬に二年の風紀委員二人が駆け寄り、「大丈夫?」「なんか言われたの?」と心配そうに声をかけていた。

 その様子を見て二木が有宇を後ろから睨みつけていたが、有宇は気付きもしなかった。それから風紀委員達は去っていた。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 風紀委員達が去った後、三人でグラウンドへ行く道すがら、理樹は羨望の眼差しを有宇に向けて言う。

 

「にしてもすごかったよ有宇、あの二木さん相手にたじろがずに向かっていくなんて。しかもちゃんと三枝さんの無実を証明するなんて」

 

「当然だ。この僕にかかればあんな女の相手、造作も無い」

 

 理樹が目を輝かせて褒めるものだから有宇もすっかり天狗になる。そんな自信過剰な反応に理樹も「あはは……」と若干苦笑いを浮かべる。

 

「でも本当に凄かった。まるで恭介みたいだった」

 

「恭介って、何故ここであの男の名が出てくる……」

 

 理樹に恭介みたいと言われたことが、有宇には若干気に入らなかった。

 

「だって恭介はいつも僕達の予想もつかないことをやってのけるんだ。きっと恭介がいたら、さっきの有宇みたいにあっという間に解決しちゃうと思ってさ」

 

「直枝さんはあの男を偉く評価してるんですね……」

 

「うん、昔から一緒だしね。それに、恭介は僕を救ってくれた。あの一番辛かった日々から……」

 

「辛かった日々?」

 

「理樹くんなんかあったの?」

 

 有宇が聞き返すと、さっきまで黙っていた三枝も気になったのか、二人して理樹にそう尋ねた。

 

「あはは、大したことじゃないんだけど……」

 

 そう言って理樹は立ち止まり、二人に語りだした。

 

 

 

 直枝さんの話によると、幼い頃、直枝さんとその両親は交通事故に巻き込まれたのだという。直枝さんの方はなんとか一命をとりとめたが、両親の方は亡くなられたらしい。

 それから直枝さんは親戚の家に預けられたが、両親を失ったショックから家の中に塞ぎ込んでしまったそうだ。そんな中、()()()が現れたのだという。

 そいつは強引にも、家にいた直枝さんの手を引いて連れ出しこう言った。『強敵が現れたんだ。君の力が必要なんだ』と。まさにこの時、今にまで続くリトルバスターズの初期メンバーが結成されたのだった。

 その敵と言うのはなんでも近所に巣を作っていた蜂のことだったらしい。なんか色々あったそうだが、最終的に真人ごと蜂を焼き殺したとかどうとか。……ほんと何故そうなった。

 それからその一件で地方新聞に華々しくデビューした彼等は、それからもずっとそうして過ごしてきたという。そして直枝さんもまた、その中で自分の抱えてきた両親を失った悲しみを忘れていたという。

 

「へぇ、人に歴史ありっていうけど、理樹くんにそんなことがあったんだ」

 

「うん、だから恭介たちには本当に感謝してる。今だって僕は恭介に助けられてばっかで、そして……今日は有宇に助けられた」

 

「理樹くん……?」

 

 三枝が理樹の様子がいつもと違うことを察する。

 そして理樹は自分の力不足を感じているのか、気が晴れない様子で少し頭を項垂れる。

 

「僕には取り敢えず場を収めようとお金を出すことしかできなかったから……」

 

 なんだ、直枝さん落ち込んでんのか?別に直枝さんが気にする必要なんて無いだろうに。元々はトラブルの種巻いた三枝と、権力利用して言い掛かりつけてきたあの風紀委員達のせいだろう。

 とはいえあれだな、直枝さんにはこれからも世話になると思うし、少し元気付けてやるか。こういうのはココアの領分だが、たまにはいいだろう。

 そう考えると有宇は理樹に向けて言う。

 

「別にいいんじゃないか」

 

「え?」

 

「それが直枝さんにとって最良であったならそれでいいじゃないかって。僕は他人の為に自分の金出すなんてまっぴらゴメンだから絶対しないだろうしさ。そういうことを咄嗟に他人の為にやってのける直枝さんの優しさは僕にはないものだし、それは直枝さんの強さだろ」

 

「有宇……」

 

 有宇がそう言うと、続いて三枝も理樹を元気付ける。

 

「私も、あそこで理樹くんが庇ってくれて嬉しかったよ。ありがとね、理樹くん」

 

「三枝さん……」

 

 それから有宇は更にこう続けた。

 

「それにあの場を収めるということを目的とするなら、直枝さんの方が正しい。穏便に、これ以上話を拗らせないようにするための妥協案としてはあれが最良だ」

 

 そう、事を荒立てずにあの場を収めるということを目的とするなら直枝さんの方法が本来一番いいのだ。向こうが意地を張る要因となったジュース代を支払うことで、これ以上の追求をする向こうの大義を失わせる。そうすることで穏便にあの場は解決できたわけだ。

 

「ならどうして有宇はわざわざ止めに入ったの?」

 

 どうして?最初はてっきりカツアゲされてるのかと勘違いしたからだったが、そうだな───

 有宇はニヤリと下衆な笑みを浮かべて答える。

 

「決まってる。僕が気に食わなかったからだ」

 

 金を払えばその場は収められるかもしれないが、それだと完全に三枝の無実を証明したことにはならないし、寧ろ半分認めたようなものだ。

 無実が無実として証明されることなく問題が片付いていき、当人だけが納得の行かないその結末の気持ち悪さを噛み締めていかねばならないのだ。味わったことがあるからわかる。そんなもの、認められるわけがなかった。

 だから例え穏便に片付くことがなくても、僕は三枝が本当に無実だというなら、その無実を証明したかったのだ。

 そして、それが証明できたと言うなら、言い掛かりを付け三枝を苦しめた奴等に仕返しをしてやりたかった。それは多分、三枝のためではなく、僕自身の自己満足のためだ。僕がやり返すことができなかった、僕を陥れた奴等に風紀委員達を重ねて、そいつ等にやり返した気でいたかったのかもしれない。我ながら本当に性格が悪いな。

 

「……そっか」

 

 理樹は有宇の答えを聞いて、穏やかな笑みを浮かべる。

 取り敢えずは元気付けられたであろうか。直枝さんにはこれからもできるだけ笑顔でいてもらいたい。この先のことを考えると、どうしてもそう考えてしまう。

 

「でもちょっとやり過ぎじゃないかな。二木さんや有宇の同級生の娘とか……」

 

「何が悪い。向こうが先にやってきたのを僕がやり返してやっただけさ。直枝さんは甘いんだよ。ああいうのはこっちが優しくしてれば付け上がってまた言い掛かりつけてくるだろうし、逆らう気を二度と起こさせないように徹底的に痛みつけてやった方がいいんだって」

 

「あはは、有宇は容赦ないね……」

 

 理樹が再び苦笑いを浮かべる。すると突然、三枝が有宇に尋ねた。

 

「ねぇ、そういえばなんで助けてくれたの?」

 

「は?何が」

 

「だって、最初は私のこと疑ってたのに、どうして信じてくれたのかなって。嘘だっていう可能性もあるのに……」

 

「なんだよ、疑ったことまだキレてたのかよ。仕方ないだろ、向こうがさも事実かのように言うからさ。まぁ、もう済んだことだし、いいだろ?」

 

「そうじゃなくて、どうしてあの時私がやってないって言ったのを信じてくれたの?嘘ついてたかもしんないじゃん」

 

 三枝の表情はいつの間にか真剣味を帯びていた。

 こいつ、何にそんなマジになってんだ。

 

「嘘ってなんだよ」

 

「だって私なんか信用ないし、遅刻ばっかするし、言うこと全部嘘だし……」

 

「自覚あんなら止めればいいだろ。ったく、本当に面倒くさい女だな」

 

「有宇」

 

 三枝に毒づく有宇を理樹が窘める。

 理樹に言われて仕方なく、「はぁ」とため息を吐いてから有宇は三枝の質問に答える。

 

「別にお前を信じたわけじゃない。ただ、お前らしくないと思っただけさ」

 

「私らしくないって……?」

 

 三枝が首を傾げる。

 

「お前ってさ、いつも何かやらかしても、犯人が自分だってわかるようにしてるだろ。そうじゃない時だって今朝みたいに自ら名乗り出てくるしさ。だってそうだろ、お前は誰かを揶揄いたいと思っても、嫌がらせがしたいわけじゃない。だろ?……まっ、僕から言わせりゃあまり変わらんがな」

 

 この女が悪戯をするのは、来ヶ谷の話を信じるのであれば、誰かに自分の存在を認めて欲しいという承認欲求からだ。自分を気にかけて欲しい、自分に興味を持って欲しい、たとえそれがマイナスイメージでも何でも。

 結果的にこの女は周りからの信頼?と呼んでいいのかわからんが、それなりに上手くやっていってるようだ。風紀委員のような真面目な奴等には嫌われてるが、まぁこの僕ですら、それこそ人当たりの良いココアのような奴ですら、全ての人間と仲良くすることはできない。自分のコミニティを作り上げただけでも御の字というもんだ。

 そして有宇は話を続ける。

 

「もし本当に風紀委員の言う通りであるならば、お前は自分がやったことを否定はしないだろうしな。そもそも、今回のジュースを盗むとか、そういうただ自分の利益だけを求める盗みという行為には走らないだろう。それはお前のポリシーに反する筈だからな。そうだろ?だって人知れず物を盗んだとこで誰も見ちゃいないんだし、誰も揶揄えないんだからお前にとってなんの意味もないはずだしな」

 

 もし今回の件の犯人が本当に三枝であるはずならば、こいつはいつものように名乗り出るはずなのだ。そんなあいつが今回は強く否定した。

 それに盗みという行為自体、こいつにはなんの意味もない筈なのだ。だって人知れずにものを盗んだところで誰も三枝を見てはくれないし、それこそ盗みなんてやったことを知られでもしたらせっかく周りと上手くやってきたのも全部台無しになる。

 つまり、三枝にはそもそも盗みを働く動機がないのだ。だから、三枝がやったとは僕には思えなかった。三枝をただの愉快犯としか考えてない風紀委員の連中にはわからないだろうがな。

 そして最後に有宇はこう言う。

 

「だから、別にお前自身を信じたわけじゃない。お前の悪戯にかける信念を信じてみただけさ。大体、迷惑はかけられた覚えはあるが、嘘をつかれた覚えはないしな。少なくとも僕は」

 

 有宇がそう言い終わると、三枝ただぼーっと立ち尽くしていた。そこに理樹が耳打ちする。

 

「色々言葉並べて言ってるけど、きっと有宇は三枝さんのこと信じてたんだよ。口は悪いけど優しい奴だからさ」

 

「……うん」

 

 理樹にそう言われると、三枝は瞼に涙を浮かべる。しかし、その顔は先程のような暗い顔じゃなく、笑顔が戻っている。

 

「……がとね、理樹くん、有宇くん」

 

「あ、なんか言ったか?」

 

 三枝の言った言葉が聞こえなかったのか、有宇が聞き返す。すると三枝は涙を腕で拭うと、今度は満面の笑みではっきりとこう返す。

 

「ありがとって言ったの♪」




今回のお話は、私がわざわざこのクソ長くなるであろうリトルバスターズ編を入れてでも書きたかったお話の一つになります。
リトルバスターズ編では今回のような下衆な有宇くんが結構出て来ると思います。ぶっちゃけ、下衆な有宇くんを書きたいが為にリトルバスターズ編を書き始めたまであります。
まだまたまリトルバスターズ編長いですが、どうかこれからも読んでいただけたらと思います

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