幸せになる番(ごちうさ×Charlotte) 作:森永文太郎
神北の提案を呑んだあの後、お互いまずは自分の夢の中に出てくる人物の手がかりを探して報告し合おうということになった。
しかし、残念ながら僕の方は調べようがなかった。何故なら、僕はこの学校から遠くには行けないからだ。
僕はこの学校から一定の距離離れると、何故か僕はこの学校に連れ戻されてしまう。そのため、夢の中に出てくる兄と思しき男を調べようにも、男の痕跡があるであろう叔父さんのいる実家に戻ることができないので調べようがないのだ。
叔父さんの家はここから大分遠くにあるし、実家どころか歩未と住んでいた中野のアパートも僕の行ける範囲外にあるため行くことができない。というか、行くどころか連絡を取ることすら何故かできないのだ。
なので僕の方はひたすら神北小毬の夢の男の手がかりを探すのを手伝うことしかできない。それでもまぁ一応、あの女の夢の兄のことが分かれば、僕の夢の男の正体にだって近づけるかもしれないし、何もやらないでいるよりはマシだろう。
正直、過去にタイムスリップするなんていう珍事に見舞われ、夢の男を探してるような状況では本来ないのだが、そっちの方は今すべきことは特にないし、まぁ、サブミッション的に夢の男の正体を調べてみてもいいだろう。そう思い有宇は神北小毬の夢に出てくる兄の調査をすることにした。
そして、有宇は早速屋上を出て学内の図書室へと赴いていた。図書館に着くと、普段ならまず立ち寄ることのない絵本コーナーにまっすぐ向かい、そこである本を必死に探した。
「くそっ、ないな……。まぁ、そう簡単には見つからんか」
有宇が探しに来たのは、神北小毬が夢で兄に読み聞かされたという鶏とひよこの絵本だ。そこに手がかりがあるとは限らないが、何かしらわかることがあるかもしれない。それこそ、その絵本を神北が読んだら何かしら思い出すかもしれない。そう思い図書館へと赴いたのであった。
しかし有宇なりに頑張って探してみたが見つからなかった。なにせ頼りになる情報が鶏とひよこが出てくるということと、悲しいお話ということだけ。タイトルも作者も何もわからないし、詳しい内容もわからない。見つけるのは至難の業と言えるだろう。
図書館の絵本コーナーには置いてなさそうだったが、誰か借りてるかもしれないと思った有宇が宇は、一応図書委員に聞いてみる。しかしそういう本は見た覚えがないとのことだった。
仕方ないので、今度は図書館のパソコンを使って調べてみる。『鶏 ひよこ 絵本』で調べてみる。幾つか候補が出てきたが、どれも悲しいという感じの話ではなかった。取り敢えずそれらの本の名前と作者名、出版名をまとめて印刷して、図書室を後にした。
◆◆◆◆◆
次の日、ここに来てちょうど一週間が経過した。午前で授業を終えた有宇は昨日調べたことを報告しようと思い、蒼士の誘いを断って神北がいるであろう屋上へと赴いた。既に神北は来ているようで、屋上に出るための窓が既に空いていた。
窓から屋上に出て、今回は屋上から見える景色に目もくれずに背後の給水塔にかけられた梯子を登る。登りきると、そこに神北小毬の姿はあった。しかしどこか様子がおかしい。
ぼーっと空中の何もない一点を見つめており、なんだかいつものこの女らしくない。
「なにぼーっとしてんだ」
取り敢えずそう声をかける。いつもなら「ふぇぇぇぇ!?」とか言って慌てそうなもんだが、特に慌てた様子も見せず「あっ……有宇くん」とこちらを見た。
「元気ないな。なんかあったのか?」
「うん……ちょっとね」
すると神北は顔を俯けながら、儚げな表情を浮かべる。そして一言呟く。
「……お兄ちゃん、いるかもしれない」
「えっ?」
そう言うと神北は、傍らに置いてあった手提げバッグから何かをを取り出す。それはホッチキスで止めてある市販の画用紙の束だった。表紙には絵の具で着色され、鉛筆で描かれた向かい合う鶏とひよこの絵。どう見ても自作の絵本であった。
そして神北はそれを有宇に手渡した。有宇はそれを軽くパラパラとページを捲りながら眺める。表紙だけではなく、他のページにもひよこと鶏の絵が描いてあるのが見える。
「絵本、見つかったんだ。昨日あの後お家に帰って、何か手がかりないか探したの。お母さん、そんな本ないって言ってたのに、物置の奥探してみたら他の本と一緒にダンボールに入ってた」
絵本を眺める有宇に神北はそう言った。そして更に神北はこう続ける。
「市販のじゃなかったんだ。表紙の右隅、見て」
言われた通り、有宇は表紙の右隅を見る。するとそこには『神北拓也』の文字が書かれていた。
まさか……本当に兄が実在したとでもいうのか。
「……父親や親戚の名前っていう可能性は」
有宇は少し動揺しながらもそう聞いた。
「いないんだ、親戚に拓也さんなんていう名前の人。お母さんにも聞いてみたの。けれど知らないの一点張りで何も答えてくれない。でもわかるんだ。お母さん、嘘ついてるって。きっと聞いちゃいけないことだったんだよね」
神北小毬の兄は……神北拓也は確かに存在した。こうしてその証拠が残っているのだから間違いない。だが、それを娘にひた隠しにしようとする母親。いなくなってしまった神北拓也。これはつまり……。
有宇はある最悪の想定に辿り着く。しかし、それと同時にその考えに行き着いてしまったことに恐怖を感じる。
「どうして私だけ何も覚えてないんだろう。なんで夢だけ見るんだろう。こんなの……おかしいよね。ねぇ、有宇くんはどうかな」
「僕は……」
わからない。何故あの人は夢の中だけに現れる。何故なにも覚えていない。そんなの僕が聞きたい。家族だというなら尚更、何故僕はあの人のことを覚えていないんだ。あの人は今……どこにいる。
もし、神北拓也が消えてしまった理由が僕の考えてる通りなら、あの人も今頃は……。
自分の想定が真実なら……。そう考えると有宇は戦々恐々とした。
「どこにいるんだろう……お兄ちゃん……」
もうこの世にはいない。一番納得がいき、一番あり得るであろう有宇の行き着いた想定。しかし、それをどこか認めたくない有宇はそれを口にはしなかった。
「……家出でもしたんじゃないか。僕も実家から勘当同然で出てきたし」
「ふぇ?そうなの?」
「まぁな。とにかく家出の線もあり得なくないということだ。だからいないことにされてる。よくある話だ」
「じゃあ、どこかに……いるのかな」
下手な希望を持たせてしまっただろうか。じゃあお前の兄は死んだとでも言うのか?
言えないし言いたくない。もし神北拓也が亡くなっているのであれば、それはつまり、同じく僕の夢に出てくるあの人も……ということになるかもしれないじゃないか。
有宇は一人、心の中で葛藤した。それは神北のためではなく、自分のため。夢の中のあの人はもう死んでいるかもしれないという可能性から目を逸らすための現実逃避。そのために有宇は、神北の兄がどこかで生きているかもしれないという温かな幻想を守ったのであった。
今回の絵本の発見により、神北小毬の夢に出てくる男が、神北拓也という実在した人物であることが判明した。その事自体は、思ったより早く事態が進展したということだし喜ばしいことだ。しかし、それと同時にそれ以上突き進んでしまっていいのかという不安も同時に生まれてしまった。
あの後、神北小毬に「まだ調査を続けるのか」と有宇は尋ねた。調査を続けた結果、知りたくなかった真実に行き着いてしまうかもしれない。それを危惧したからこその問いだった。
しかし、神北は調査を続けると言った。「お兄ちゃんのことが分かれば有宇くんの夢の中のお兄ちゃんのことだってわかるかもしれないでしょ?だったら私やるよ」と。
怖くないのか?お前の兄さんは死んだかもしれないんだぞ。そう言ってやりたかった。でもそんなのは当の本人が一番わかってることで、一番怖いはずだ。だから、僕は神北の返答にただ頷くだけだった。
得体のしれない不安が付き纏う中、それでも僕等は失くした真実を追い求めることを続けることにした。たとえそれが、隠された真実を暴いてしまうとしても……。
◆◆◆◆◆
次の日、日曜日であったが、あの屋上に有宇は赴いていた。昨日あの後神北に明日予定はないかと尋ねられ、練習もないし暇だと答えると、昼にまたここに集まろうと言われたのであった。
昨日のこともあり、神北小毬と会うのは少し気が重かったのだが……。
「ふぇ?あっ、有宇くんいらっしゃい。ホットケーキ食べる?」
屋上のいつもの場所にいた彼女はモグモグと口を動かしながら、美味そうにホットケーキにジャムを塗ったものを頬張っていた。心配して損した。
「……いただきます」
取り敢えず有宇は彼女の隣に腰を下ろし、ホットケーキの欠片が刺さっているプラスチックのフォークを彼女から戴く。
(……甘っ!!)
口にした途端、先程までの辛気臭い気分が吹き飛ぶ程の甘さが口の中全体に広がる。
甘すぎる!!なんだこれは!?ホットケーキに見せかけた砂糖の塊かと思うレベルの甘さだ!!こんな甘いもの、あの忌々しいピザソース以来だ……。
ホットケーキを口にした有宇は、ただただその甘さに驚嘆する。
別にホットケーキが苦手なわけじゃない。ていうか苦手ならわざわざ食わない。ただこのホットケーキが甘過ぎるのだ。
そういや以前、休みの日にココアパンケーキを作ってくれたときがあるが、あれは甘さ控えめで美味かった。まぁ、あれは僕が甘過ぎるのは苦手だからと僕に合わせて作ってくれたんだろうが、にしたってこのホットケーキは甘過ぎる。砂糖の分量間違えてないか?
しかし隣にいるこの女は平気そうに、寧ろ美味そうにこの砂糖の塊のようなパンケーキを頬張っていやがる。
「どうしたの?もしかして口に合わなかった?」
パンケーキを口に入れてから、固い表情で黙り込んでる有宇を心配して、神北が心配して声をかけた。
「あーえっと……そうだな、僕には少し甘過ぎる」
少しどころではないが、ただで食わせてもらってる身だしな。直接的に文句を言うことは避け、オブラートに包んで苦言を漏らす。
「ごめんね。私は甘いもの好きだから砂糖いっぱい入れちゃうんだけど、有宇くんは甘いの苦手か〜。今度から減らそっか」
「いや、僕のことは気にしなくていい。そもそも先輩のだしな。僕に合わせないで好きなもん食べててくれ」
人のもの貰っておいて流石にそれは申し訳ないし、そこまで僕はわがままではない。最も、その砂糖の塊はもう二度と食わんがな。
「ていうかそれ、部屋で作ってんのか?確か寮の部屋って火気厳禁じゃなかったか?」
有宇は入寮の際、寮長に言われたことを思い出した。確か火気厳禁と言っていたような気がしたのだが、女子寮は違うのだろうか……?
「うん、カセットコンロ持ち込んでることバレたら怒られちゃうんだよね。だから内緒なのです」
やっぱりか。こいつこの前二木に捕まったばっかだっていうのに懲りてねえな。
「この前の芝生のことといい、屋上への侵入といい、あんた結構アウトローだよな」
「アウトロー?」
「無法者、まぁ要は不良って意味だ」
「え〜私不良じゃないよ。でもルールを守ることより大事なことってあるよね」
「つまりホットケーキは校則より大事と」
「うん、そうなのです」
言い切りやがったよこの女。二木が聞いたらキレ散らかしそうなセリフだなおい。まぁ僕もどっちかというとルールを破る側の人間だし、人のこと言えないけどな。
すると、神北の傍らに置いてあるビニール袋からあの絵本が見えた。神北小毬の兄と思しき男、神北拓也の描いたあの絵本が。
いつものこのほのぼのとした平穏な空気を壊してしまうのは若干気が引けるが、神北拓也の真相を掴むために集まったわけだしな。まだその絵本についてまだよく知らないし、聞かないわけにはいかないよな。
「なぁ、そういえば昨日の本って今持ってるか?」
「……うん、あるよ」
そう答えると、神北はそのビニール袋からあの絵本を取り出し、有宇に手渡した。
有宇は絵本を受け取ると、それをじっと眺めた。
結構古いな。鉛筆の線が薄く掠れているし、絵の具の着色も色褪せている。紙も少し傷んでるし、白い筈の鶏も少し茶色く汚れている。
それから有宇はページを捲る。昨日はパラパラと適当に流し見してただけだし、内容も一応しっかりと見ていく。
内容はこうだ。卵を産んだ鶏は自分の産んだ卵のことを忘れる。そして卵から生まれたひよこは自分が卵であったことを忘れ、成長したひよこは鶏になり、今度は自分がひよこであったことを忘れる。あとはこの繰り返しだ。しかし最後のページで鶏は卵を見て思い出す。僕は卵だったんだって。
確かに神北の言う通り、読んだ後になんとも言えない寂しさが残る話だ。しかし正直読んでて意味がわからない。
この本は何が言いたいんだ。哲学的な内容というのはわかるが、何を伝えたいんだこの話は。覚えることに意味はないってことだろうか。しかし鶏は最後に自分が卵であったことを思い出してるしな……うーんわからん。
「よくわかんないよね。私もわからないんだ」
絵本を前に唸っている僕を見て、神北がそう言う。どうやら神北にもこの話の意味はわからないらしい。
なんにせよ、この話の意味がわかったところで神北拓也の手がかりになるかは微妙だし、もうこの絵本から得られる情報はないかもしれんな。そう思うと有宇は絵本を閉じた。
すると神北がホットケーキを食べ終えて、立ち上がり「う〜ん」と言いながら腰を伸ばす。それから神北は有宇に向け笑顔で言う。
「よし、じゃあお昼も食べたしそろそろ行こっか」
「えっ?行くってどこにだよ」
「どこって、老人ホームだよ。一緒にボランティアにレッツゴー!」
それを聞くと、有宇は一瞬思考停止する。そして……。
「……はぁぁぁぁ!?んなこと聞いてねえぞ!?」
すぐに我に返り、驚嘆の声を上げた。
「……あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてねぇよ!!ていうかまさか今日ここに来いって言ったのってそれかよ!!」
てっきり僕はまたここに集まって夢の男について話し合うものだとばかり……。ていうかボランティアってマジでどういうことだ!?
「老人ホームの人ってね、寂しがってる人多いんだ。だからね、お話ししたり、お掃除したりするのです。お話しすると私も楽しいし、老人ホームのお爺さんやお婆さんの寂しさも紛れる。まさに幸せスパイラルなのです」
「お前の御託なんぞどうでもいい。僕が聞きたいのはなんで僕がそんなことしなきゃならないんだ」
「え〜だって有宇くんにも幸せスパイラルを分けてあげたくて……」
「単にこき使える奴が欲しいだけだろ。それに僕はジジイ、ババアの相手なんざしても幸せになんかならん」
ラビットハウスにいたときも、お客の大半は午前シフトということもあり、ヒマな年寄りが殆どだった。勿論、接客業だし笑顔で丁寧に失礼無いように振る舞ったさ。だが表向きは笑顔であってもそれは飽くまで接客スマイルだし、実際のところ、老人は面倒な客が殆どで相手するのも嫌になる。
しかしそれは仕事だし、給料が貰えるからまだいい。だがこいつはボランティアと言った。つまり無償の奉仕をしろということだ。何故見返りもないのに僕がそんなことせにゃならんのだ。絶対に嫌だ。
「もう、有宇くん。そういうこと言うのはよくないんだよ」
ジジイ、ババアと言ったことが癇に障ったのか、そう言って神北は少し顔をしかめる。
「やりたくないことやらせるのはいいことなのかよ……とにかく僕は行かないからな」
「それは困るよ〜。もう職員室に有宇くんの分も、参加申し込みの用紙出しちゃったよ」
「はぁ!?なに勝手なことしてんだよ!!」
「だって、有宇くんならやってくれると思ったんだもん」
一言の相談もなしにこの女ぁ……。三枝と違って悪気もないから余計たちが悪い。
しかしまいったな。学校で正式に受理されたものをボイコットすると後々面倒なことになりかねないしな。できれば優等生キャラは保っていきたいし、こうなった以上は……。
「……わかった、行けばいいんだろ行けば」
渋々、有宇はボランティアに行くことを了承した。
まぁ、神北と信頼関係を築くいいきっかけだと思えばいいか。この女は人当たりの良さからリトルバスターズの他メンバーからも信頼厚そうだし、仲良くして損はないはずだしな。未来に帰るためだ。多少のことは我慢するか。
有宇がボランティアに行くことに了承すると、神北は「わぁ!ありがとう有宇くん!」と目をキラキラと輝かせながら喜んだ。そして屋上から降りて、有宇達はボランティアをする老人ホームへと向かった。
老人ホームへの道中、有宇は神北に尋ねる。
「なぁ、いつもこんなことしてんのか?」
「ふぇ?こんなことって?」
「ボランティアだよ。いつもやってんのか?」
「うん、他にも募金活動とか、ゴミ拾いとか。今回の老人ホームも前からよく行ってるんだ」
「それも幸せスパイラルか?」
「うん、誰かを幸せにすることは自分を幸せにすることなんですよ。ボランティアは幸せスパイラルにうってつけなのです」
まぁ、よくやるよ。そりゃ僕とて他人に恩を着せることはあるが、別にそのこと自体に幸せを感じているわけじゃない。恩を着せることで他人から自分がいい人間だと思われること、恩を着せることでいつか自分にそれが返ってくること、そのためにやってるに過ぎない。
自分の評判を上げる、何かお返しが貰える。そういった実益のある見返りがなければ他人への奉仕など誰がするものか。
老人ホームのジジイ、ババアに好かれてもなんとも思わんし、そいつらの評判なんぞになんの価値もない。それに奴等から貰える見返りなどたかが知れてる。僕に言わせりゃ内申点を上げること以外に、ボランティアに意味などないと思うが、まぁ価値観は人それぞれか。
神北のボランティアに対する考えからそんなことを思いつつ、程なくして有宇達は老人ホームへと到着した。
老人ホームは学校から離れた静かな住宅街の一角にあった。外観は学校や公民館のような感じの建物だ。
「こんにちは〜!」
神北が元気よく挨拶しながら老人ホームへと入っていく。有宇もその後ろをペコリと頭を下げて付いて行く。すると、ロビーにいたお年寄り達が一斉にこちらを振り向く。
「ああ、来た来た、小毬ちゃ〜ん!」
「おおっ、小毬ちゃんじゃないか!」
「みなさ〜ん、小毬ちゃん来ましたよ〜!」
そう言って老人達は次々と快く神北を向かい入れた。すると神北は後ろにいた有宇を前に押し出し、有宇を老人達に紹介する。
「今日は強力な助っ人を連れてきました〜」
すると老人達の視線が有宇に集まる。
「ほぉ、男の子かの〜」
「なに、小毬ちゃんに男じゃと!?」
「あら、可愛い顔してるじゃない」
「それに、なかなか男前ねぇ」
老人達は口々に好き勝手言ってくれる。ある人は「小毬ちゃんの彼氏かい?」なんて聞いて神北を困らせていたりもした。その時神北は顔を赤らめながらも「もう、学校の後輩ですよ〜」と答えていた。
それから有宇も作り笑いを浮かべながらも老人達と軽く挨拶を交わす。そしてロビーにいた老人達との挨拶も程々に、ボランティアが始まった。
「じゃあ、有宇くんはお部屋の方回って、お掃除しながらお爺さんやお婆さんとお話ししてあげてね」
そう言って神北に箒とちりとりを渡される。
「僕一人でやるのかよ」
「ごめんね、私、二階の方とか他にもやらなきゃいけないから。でも何かあったらいつでも呼んでね」
そう言って神北はエレベーターの方へと向かっていってしまった。
仕方ない、ここまで来たからにはやるしかない。有宇は渋々一部屋ずつ回っていくことにした。
老人ってやつにも色々いる。寡黙な爺さん、世話焼きな婆さん、快く出迎えてくれる者もいれば、ムスッと何も言わず出迎える者もいる。中には痴呆が進んでるのか、話が噛み合わないような老人や、耳が遠くてろくに会話もできないような人もいる。
こうして改めて見てみると、ラビットハウスに来る老人の客は結構元気な人が多い。勿論この施設にもそういう人はいるが、大半が元気の無い生気を失ったような人であった。寝たきりの人も少なくない。
『老人ホームの人ってね、寂しがってる人多いんだ』
神北がそういやそんなこと言ってたな。寂しいというか何というか……。
この老人達はなんのために今を生きているのだろうか。ボランティアなどという偽善者が来ない限り誰にも相手にされず、きっと家族だってろくにここに来てくれやしないだろう。
元気な老人はまだいいが、中には喋ることすら儘ならず、下手すりゃ寝たきりの老人だっている。こう言っちゃあれだがまるで生きる屍だ。何十年も生きてきた最後がそんななんて、僕にはそれが寂しいというより、酷く惨めに感じた。そして、いつか自分もそうなるのではないかと思うと、少しばかり恐怖を覚える。
最も、僕の場合は割とマジでそんな歳まで生きられるのかって状況だがな。こんな変な形でタイムスリップしたり、家出して遠い街のカフェで働きながら居候したりで、将来どうなるかなんて幸先がまるで見えんしな。今はこの老人達の相手を適当にして部屋を掃除することに専念するか。
部屋もだいぶ回り終えたそんな最中、ロビーの方からなにやら歌声が聞こえる。神北の歌声だ。二階の方はもう終わったのだろうか。
歌っている歌は確か甘兎で聴いたことあるような……そう、『暴れ狼兎右衛門捕物帖』の主題歌って千夜が言っていたような気がする。
ていうかこの老人ホーム、カラオケなんて置いてあるのか。最近は色々あるな。にしてもやっぱ老人ばかりだから古い歌や演歌の方が喜ばれるのか。
気がつけば部屋にいた老人達も自由に動けぬ者を除けば殆どロビーの神北の歌声を聴きに出ていってしまった。
こりゃいい、人がいないと掃除がしやすいからな。今のうちにさっさと掃除を済ませるか。
そう考えると有宇は次々と無人となった部屋を掃除して回った。そして無人の部屋を掃除して回ると、最後に残った一部屋の前に立つ。
この部屋の住人はロビーの方には行かなかったようだが、寝たきりの人だろうか。まぁ、なんにせよこれで最後だ。さっさと終わらせるか。
そして有宇は最後の部屋のドアをノックし、一応声をかける。
「こんにちは。ボランティアの者です。お部屋の掃除に参りました」
返事はない。やはり寝たきりの老人だろうか。それとも単に寝てるだけか?ま、それならそれでそっと中に入って、さっさと終われせてしまえばいい。
そして有宇はドアノブを捻り、中へそっと音を建てずに入る。
「すみません、失礼しま……」
「なぁんじゃああああきさんはああああぁぁぁぁっ!!」
「うぉっ!?」
ドアを開けるなり、中にいた爺さんに大声で一括される。流石の有宇も少したじろぐ。
「なんじゃ、男か」
爺さんは有宇の姿を見るなり、一言そう呟く。
「いきなりなんなんだよ!!ったくうっせぇな……」
「なんじゃと?目上に対する言葉遣いがなっておらんな小僧」
「敬われたかったらそれなりの態度ってもんがあんだろ!!生憎、無駄に歳だけ食った枯れ木に敬う礼儀なんてもんは持ち合わせてないんでな僕は」
どうにも有宇にはこの老人を表面だけでも敬う気にはなれなかった。まず初対面の人間にいきなり怒声をあげて食ってかかるような非常識な人間に対して礼を尽くす気にはなれないしな。
それに自ら自分を敬えだののたまう輩は好きになれん。そういうのは相手が年上を気遣かおうという親切心や敬意から成り立つもので、自らその権利を主張して威張り腐る輩ははっきりいって不快でしかない。
「ったく、生意気な小僧じゃのぅ。で、何用じゃ」
「掃除しに来た。すぐ終わるからあんたは大人しくしててくれ」
「ふん、必要ないわい。わしの世話をしていいのは……わしの連れだけじゃ……」
随分と時代錯誤な考えを持ってるなおい。それに連れって奥さんのことだよな。死別でもしたのだろうか。
しかし掃除をするなと言うなら別にそれでもいい……だが。
「いや、でも明らかに汚えだろこの部屋」
爺さんが読んだであろう雑誌や新聞、それにティッシュや紙くずまでが床やそこら中に散らかっている。施設の人間もこの爺さんに手を焼いて掃除してこなかったのだろうか。
「じゃかしぃわぁぁぁぁ!!いらんもんはいらん!!この小次郎、枯れても痩せても小僧に下から物を頼むほど落ちぶれちゃおらんわい!!」
小次郎と名乗る爺さんは強情にも掃除は必要ないと言い張る。
こっちも別に好きで掃除してるわけじゃないし、このまま出ていってもいいのだが、明らかに汚れているこの部屋を放置すれば何もしなかったことは明白。せっかくここまで順調にちゃんと掃除してきたのに、この一部屋を掃除しなかったがためにサボりだなんだと言われるのは心外だ。
「なら別に頼まんでいい。こっちもあんたのためにやってる訳じゃないしな。爺さんなら爺さんらしくそこで大人しく寝てろ」
そう言って有宇は床に散らばった雑誌とかをまとめていく。
「なんじゃ、逃げ出さんのか」
「先輩に無理やりボランティアに駆り出されてな。一応形だけでもちゃんとやっておかないとな。別にあんたの不利益になるようなことはないんだ。いいだろ?」
「あんたじゃなく、わしは小次郎じゃ」
「わかった、小次郎」
「"さん"を付けろ"さん"を!!ったく、これだから最近の若者は……」
「あーもう、うっせぇな。これだから年寄りは……」
そんなことをお互い言い争いながら、その間にも有宇は部屋の掃除をしっかりとこなしていった。
そして部屋の掃除を終えると、部屋はすっかりと綺麗になる。さっきまでベット付近の床が全然見えなかったが、今はチリ一つない床が綺麗に見え、部屋全体も前と比べれば全然見栄えがよくなった。
「ふん、落ち着かない部屋になったな」
「僕から言わせりゃあんなゴミ屋敷みたいな部屋の方が落ち着かねぇよ」
「こんなもん、一週間もすればまた元通りじゃわい」
「あっそ……」
ったく、とことんムカつく爺さんだ。頼まなくていいと言ったのは僕だが、少しぐらい感謝の一言があってもいいだろ。ほんと、こうはなりたくないもんだ。
依然、偉そうな小次郎の態度に有宇は若干腹を立てる。しかし、小次郎はさっきまでのムスッとした表情から一転、笑顔を向けて有宇に言う。
「よし、小僧。また掃除しに来い」
「……え?」
「『え?』じゃない。また掃除しをしに来いといったんじゃ」
小次郎の言葉に、有宇は呆気にとられる。
聞き間違えかと思ったが、どうやらそうじゃないらしい。
「なんだ、てっきりもう二度と来るなとでも言われんのかと……」
「なんだっていいじゃろ。年寄りの願いは聞き入れるものじゃ」
なんだ、いきなりデレ始めたぞ。年寄りのツンデレとか誰得だよ。
にしてもあれだな、この爺さんもなんだかんだ孤独なのかもな。この調子じゃ施設の人間とも馴染めてないんだろうし、家族だってろくに見舞いには来てないんだろう。僕みたいなのでも自分と臆せず話せる相手が欲しいってことなんだろう。
二度とくるかと言い残して去っていくつもりだったが、まぁそういうことなら少しは優しくしてやってもいいのかもな。
「まっ、気が向いたらな」
二度とくるかと比べたらオブラートに、有宇はそう言って小次郎の部屋を出た。部屋を出ると、ダンボールを抱えて小走りしている神北と鉢合わせる。カラオケは終わったのだろうか。
「あれ?有宇くん今そこの部屋から出た?」
「ん?そうだけど」
「へぇ、凄いね。私、ここに来てからこの部屋のお爺さんと一度もちゃんと話したことないよ。いっつも部屋に入ろうとするとコラーッて怒鳴られちゃって、それで怖くて逃げちゃうのです」
「あー僕もいきなり怒鳴られたな。まぁ、偏屈な爺さんだが根気強く相手してやればそうでもないぞ」
そうはいってもあまり相手にしたくない部類の爺さんではあるがな。まぁなんだかんだいって声がデカイだけだしな。二木の相手するよりかよっぽどマシだ。
「ふむふむ、なるほど。よ〜し、じゃあ私も頑張ってみよう」
有宇の話を聞いてやる気を出しなのか、神北は持っていたダンボールを床に置いて、小次郎の爺さんの部屋のドアノブを握った。そして意気揚々とドアを開ける。
「こんにち……」
「くぅおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
予想通り、神北がドアを開けて入った瞬間に小次郎爺さんの怒号が響き渡る。
「ひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
神北の方もよく伸びる叫び声を発して、床に置いたダンボールのことなど忘れて一目散に逃げて行った。まぁ、やはりこうなるか。
それから有宇は開きっぱなしのままになっているドアから再び小次郎の部屋の中へと入っていった。
「女子高生相手に何やってんだよ大人気ない」
「ふん、ワシは女子供は好かん」
やはりとんでもないジジイだな。女子供相手に大人気ない。
大体、子供はともかく、女には上っ面だけでも優しくしておくもんだ。怒鳴る癖といい、こいつはもう少し紳士な態度っていうのを学んだほうがいいな。
まぁ、逆にその歳で、子供はともかく女に執着してたらそれはそれでキモいだろうけどな。そう考えると寧ろこれぐらい硬派な方がいいのか?
「とにかく、頼むからあんまうちの神北先輩泣かせないでくれよ。あの人ピュアなんだから、あんたみたいな顔怖い爺さんに怒鳴られたら泣くって」
そしてまたこの施設に来るであろう神北のために、一応小次郎に注意を促しておく。
すると、それを聞いた小次郎はなにやら神妙な顔付きになった。
「神北……」
どうしたんだ。何か気に触ることでも言ったか?
すると小次郎はボソリと有宇に尋ねる。
「……あの小娘」
「は?」
「あの子娘の名前はなんていうんじゃ」
なんだいきなり。いい歳して神北に惚れ込んだか?そりゃ爺さん受けはいいようだが、歳の差ハンパないだろ。しかし、さっきも神北のカラオケには見向きもしなかった上に怒声で怖がらせてたしな。本当に一体何なんだ。
しかし別に隠すことでもないので素直に答える。
「小毬だよ。神北小毬先輩。僕より一つ上の野球のクラブの先輩だ」
「そうか……あの子が小毬じゃったか……」
それから小次郎はボソッと呟いた。
「……大きくなったのぉ」
「えっ……」
小次郎のその呟きは有宇を驚かせた。
大きくなった?なんだよそれ。それって……神北の小さい頃を知っているみたいじゃないか。
その疑問の答えはすぐに出た。小次郎が有宇に廊下の方を指指しながら言う。
「ワシの部屋の表札を見ろ」
有宇は小次郎に言われた通り廊下にかけられてるこの部屋の表札を見る。そこには────
〈神北小次郎〉
と書かれていた。
「ワシは……あの子の祖父じゃよ」
表札の前に立つ有宇に小次郎はそう答えた。
それを聞いて有宇の思考が一瞬止まる。それから色々と生じた疑問が溢れ出る。
「いやいやいや……え?あんたがあの人の爺さん?おかしいだろ、だったらなんであの人は自分の爺さんがこの老人ホームに来てることを知らないんだよ!?」
もし、小次郎が本当に小毬の祖父だというなら、何故家族である小毬が自分の祖父が自分の学校の近くの老人ホームにいることを知らない。
それにあの人は以前からもここには顔を出しているという。一度ならまだしも、何回もここに来ていて、何故何も知らないんだ。
「ワシから言ってあるんじゃ。あの子をワシに近づけさせるなと。じゃからあの子はワシのことなど知らん。ワシも昔会っただけで、ある一時を超えてからは顔も合わせておらん」
「どうしてそんなことを?」
有宇がそう聞き返すと、小次郎は黙り込んでしまう。要は話したくないってことか。まぁ、爺さんの事情なんてどうでもいいがな。
そして、小次郎はここにきて改めて有宇に尋ねる。
「お主……名前なんじゃったかな」
「有宇だ。乙坂有宇」
「ほぉ、平凡な名前じゃのぅ」
「ほっとけ」
そりゃ"ゆう"なんて名前はそこら中にいるが、漢字で"有宇"と書く奴はそうそういないっつうの。
そして小次郎は続けた。
「有宇、あの子を……ワシに近づけさせるな」
「それも、さっきの言えない理由ってやつかよ」
「余計な詮索はするでない」
そう言って小次郎は顔をしかめる。
小毬と小次郎、孫と祖父の関係っていうのは普通の一般家庭じゃ良好なのが普通だと思うが、一体この二人に昔何があったんだろうか。
そう思った瞬間、有宇はあることを思い出した。
そうだ、神北の過去で思い出したが、もしかしてこの爺さんなら神北拓也について何か知ってるんじゃないか?
神北の夢の中に出てくる神北の兄さん……と思しき男。汚い絵本を残したことぐらいしかその手がかりがなかったが、この爺さんなら神北拓也の行方について知っているかもしれない。
そう考えると、早速有宇は小次郎に聞いてみることにした。
「なぁ爺さん、神北拓也って知ってるか?」
すると予想通りといえば予想通りだが、小次郎は再び神妙な顔つきになる。
「お主……どこでその名を」
「あんたの孫がよく話すんだよ。夢の中に兄さんが出てくるって。それで実家から夢に出てきた兄さんが作った絵本が出てきて本当にいるかもって」
「そんな話をお主は信じるのか?」
「まぁ、現物が出てきてるわけだしな。それに僕も似たような夢をよく見るからな。他人事には思えなかったからその兄さん探しを手伝ってやってるんだ。で、絵本に書いてあった神北拓也って男を今僕らは追っているってわけだ」
そう説明し終えると、小次郎は目を閉じ、そのまま黙り込んでしまった。
やはりこの家族は神北に何かを隠している。そう思わざるを得なかった。でも同時に違和感もある。それは───。
そしてしばらくして小次郎が口を開いた。
「お主は……どこまで知っている」
「何も。兄さんの名前が神北拓也で、その存在がお前ら家族に隠蔽されてるってことぐらいしか知らない。けど……まぁぶっちゃけ僕はもう神北拓也は死んでるんじゃないかって思ってるけど」
神北拓也が死んでいる。それは飽くまで僕自身の推測でしかなかった。
もしかしたらただなんか悪いことでも仕出かして勘当されて、家族からいなかったことにされてる。そんな可能性もあるのではないかとも思っていた。しかし……。
「お主の想像してる通りじゃ」
小次郎のその一言でその淡い幻想は容易に打ち砕かれた。神北拓也はもう……この世にはいない。
「小僧、この事、あの子には話さないでくれ」
「あっ、ああ、わかった」
話さないでくれと言われるまでもなく話すつもりなんかない。自分の家族の死、それもそれが大切な人なら尚更悲しいことだろう。神北がそれに耐えられるような人かって言われたら、そうではないだろう。
僕は人を傷つけることに躊躇がないと来ヶ谷に言われたが、別に不用意に無遠慮に傷つけることを良しとするわけではない。僕だってそれなりに配慮する。必要もないのに他人を傷つける程、僕は鬼畜な男ではない。
だから、この事は僕の胸の内に仕舞っておくべきことなんだ。できれば神北にも、兄さん探しはやめるように言ったほうがいいかもしれないな。
もう知りたいことは知れた。しかしまだ疑問が残る。
「なぁ、にしてもなんで神北先輩は兄さんのことを覚えてないんだ?それになぜわざわざ隠す必要がある。そりゃ悲しいことだけど、家族の死は普通知らせるもんだろ」
家族が死ぬこと。それは確かに悲しいことかもしれない。僕とて両親に対してはどうなろうが知ったことではないと思っているが、歩未が死んだらきっと気が狂うほど悲しむことだろう。
だがそれは隠すことなのか?家族の死は悲しいものであっても、それは乗り越えるべきものであるともいえる。人間いつかは死ぬのだから。
それに死んだことそのものも悲しいことではあるが、自分の家族の死を知らないことは、それ以上に悲しいことではないのだろうか。
そして一番聞きたいこと、神北と同じだから疑問に思える。なぜ神北は何も覚えてない。僕はそのわけを知りたい。僕自身が、夢に出てきたあの人のことを覚えてない理由もそこにあるのではないかとそう思っているから。
しかし小次郎はその問いには答えなかった。
「小僧、これ以上は関わるな」
小次郎は口を割らなかった。小次郎たち神北家が隠したいことはどうやらそこにあるらしい。
僕自身、一番知りたいところはそこなんだが、まぁもういいか。神北拓也の行方は掴めた。といっても、もう会うことはできないが。
「わかった。色々ありがとな」
「ふん、つまらん話をさせてくれるわ」
「まぁまぁ、こんな話をすることはおそらくもうないだろうさ。じゃあな爺さん」
「誰が爺さんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ワシはいつでも心は十代じゃ」とかなんとかその後もグチグチ言っていたが、有宇は無視して部屋を出た。
神北が置いていったダンボールを抱えながら廊下を歩く。その間にも有宇はさっきの小次郎との会話について考えていた。
神北拓也は死んでいた。なら、僕の夢に出てくるあの人ももしかしたら……。
神北にとって兄さんは……きっと大事な人だったのだろう。じゃあ僕の夢に出てくるあの人は?あの人は、僕にとっての何なんだろう……。