幸せになる番(ごちうさ×Charlotte) 作:森永文太郎
朝、いつものように朝食の準備を終え、チノも既に起きてきており席についている。だというのに未だにあいつが起きてくる気配が一向にない。
仕方ないと有宇は席を立ち、三階のココアの部屋へと赴いた。
ココアに街を案内されてから数日、有宇は素を隠すことなく普通に過ごすようにした。それに伴い朝のココアの起こし方も変えた。
耳元で大きな音をたてたり、思い切り額にデコピンをしたりと、多少強引な起こし方に変えたのだ。普通に揺すったり声かけたりしてもあいつ起きないからな。
それに、街での一件以来、僕の素顔はココアに知られてしまったわけで、僕が作り上げた悲劇の美少年像は崩れてしまったしな。だから、もう前みたいにわざわざ気を使う必要もなくなったしな。
そうして無理矢理にでも叩き起こす方法に変えたのだが、あの女は懲りることなく、朝寝坊しまくってる。
それで今日もまた、いつものようにココアを起こしに行ったのである。
「おいココア、起きろ」
ココアの部屋の前に来ると、有宇はどうせ起きてないだろうとノックもなしに部屋に入る。
部屋に入ってみると、もう既にココアは起きており、すぐ目の前に立っていた。もっとも、目の前にいたココアの姿はいつもの寝間着姿ではなく、ピンクの下着姿だった。
「……え?」
「うおっ!?」
ココアが着替え中だったと知ると、有宇は慌ててすぐにドアを閉め部屋を出た。
「ゆっ有宇くん!?」
「おっ、お前なんで起きてんだよ!?」
「私だっていつも寝坊助じゃないもん!」
「いや、僕がここに来てから一度も自分から起きてるところ見たことないんだが……」
「だって春は暖かくてついつい」
「ついついってな……」
扉越しでも、あいつがヘラヘラ笑ってるのがわかる。
ったく、起こすこっちの身にもなれってもんだ。
「そっ、そもそも、有宇くんがいつも意地悪な起こし方するから怖くて目がさめちゃったんだよ!」
「人のせいにすんな!そもそも普通に起こしたら起きないだろお前!つか自分で起きろ!」
「う〜ん、あっ、じゃあチノちゃんみたいにお姉ちゃんって……」
「誰が呼ぶか」
「え〜」
「はぁ、とにかく起きたならさっさと着替えて降りてこい、チノはもう食べてるぞ」
「はぁ〜い」
ココアの返事を聞いて、有宇はそのまま下に降りていった。
ったく、朝から忙しないったらありゃしない。まぁ、これからは自分で起きてくれるというならそれに超したことはないがな。
……にしてもあいつ、意外に結構スタイルいいんだな。
普段は決して見ることのない、ピンクの下着姿に身を包んだココアを思い出し、ふとそんなことを思う有宇であった。
ココア達を送り出した後はいつも通りマスターと仕事をする。喫茶店の仕事にも慣れてきたもので、接客からレジ打ち、軽い料理や洗い物、もう大分手慣れたものだ。
そして時間はあっという間に過ぎていき、ココア達が帰ってくる時間になる。
普段はココア達が帰って来るまでの間が普段の有宇のシフトなのだが、いつもと違い今日は午後にもシフトが入ってる。つまり今日はココア達と働くことになっている。
先週もそうだったが、わざわざ僕が午後に入らなくても、ココア・チノ・リゼの三人がいるわけだし非効率的じゃないのかと以前からマスターに言ってるのだが、その辺は気にするなの一点張りで聞き入れてはもらえなかった。
こちらとしては寧ろ働きたくないのだが、店主であるマスターには逆らえないし、それに今後のためにも少しでも金は欲しいので渋々了承する。
◆◆◆◆◆
「……」
授業を終え、いつものようにラビットハウスにバイトとしてやって来たリゼは、着替えて戻ってくるや否や、呆然とじーっと有宇を見つめる。
「んだよ、なにジロジロ見てんだよ」
「いや……お前、この前とキャラ違いすぎだろ」
数日ぶりに会った有宇の態度が、この前と明らかに違っていた。
この前までの有宇は丁寧な口調、柔らかな物腰の好青年といった感じであった。しかし、今の有宇からはそんな様子の欠片も感じられなかったのだ。
リセはそんな有宇の態度の豹変にただただ驚いた。
「有宇が変わったとは聞いていたが、ここまで変わるとは思わなかったぞ」
「本当にすごい変わりようね」
「ちょっとびっくりね」
因みに何故か今日は、ここのバイトではない千夜とシャロも来ていた。そして、皆有宇の突然の豹変に驚きを隠せなかった。
しかしそんな中、ココアだけはこう言った。
「えへへ、でもこっちの有宇くんの方が私は好きだな〜」
「いや、まぁ素直でいることに越したことはないんだろうけど……」
そう言うと、リゼが何か言いたそうな眼で有宇を見つめる。
「何だその何か言いたげな目は。言っておくが僕なんかよりお前らの方がよっぽど人間性に問題があると思うぞ。正直僕から見てこの中でまともなのって、チノとシャロぐらいだろ」
「……本当にこの前と同じ人間とは思えないな」
有宇がリゼに毒づくと、シャロが
「ちょっとあんた、リゼ先輩に失礼じゃない!リゼ先輩はかっよくて頼りになるし、あんたなんかよりよっぽどまともよ!」
「ちょっ、シャロ!?褒めすぎだって!」
なんだ、やけにリゼのことを庇うな。
友達を馬鹿にされたから怒ったのかと思えばそういうわけでもなさそうだしな。
リゼを過剰に庇うシャロの態度に、有宇は疑念を抱く。
そういや以前も僕に好意を持ってるわけでもなさそうなのに、好きな人を聞いたりしてたっけ。
……なるほど、そういうことか。
「もしかしてお前、リゼのことが好きなのか?」
そう訊くとシャロの顔は真っ赤になり、図星だったのか慌て始めた。
「あらあら〜♪」
そして何故か傍らで千夜がニコニコしていた。
「な、何言ってんのよ!そりゃリゼ先輩は憧れの先輩だけど……べ、別にそういうのじゃないから!」
こういうのって百合って言うんだっけか。
てっきり普通の女子だとばかりに思ったのに、性癖の方に問題があったとは……。
まぁうさぎ恐怖症だったりカフェイン酔いするとかなんとかで前々から変なところはあったけどな。
「はぁ、これでまともなのはチノだけか……」
「はぁ!?どういうことよそれ!?」
「そのまんまの意味だ」
「はぁ!?なんなのよもう!!」
そんな感じで有宇とシャロがひと悶着している間に、リゼがずっと黙って様子を見ているチノに話しかける。
「……なぁチノ、こんな調子で一緒に暮らしてて大丈夫か?」
「はい、ココアさんに対しては以前より厳しくなりましたけど、そのおかげでココアさんが朝ちゃんと起きるようになったりしましたし、仕事も依然真面目にやってくださってますし、私としては特にこれといった問題はありませんよ」
「ちょっ、チノちゃん!?」
「そうか、ならいいけどさ。というかココアは二人より年上なんだからもうちょっとしっかりした方がいいぞ」
すると姉としての威厳を傷つけられたのか、ココアが反論する。
「でもでも、有宇くん朝起こす時に、耳元で大っきな音鳴らしたり、おでこに思いっ切りデコピンしたりするんだよ」
「いや、お前がちゃんと起きればいい話だろ。前からチノが頭悩ませてたぞ、ココアがなかなか起きないって」
「うっ……!確かにそうだけど。でもでも今日はちゃんといつもより早く起きたもん!あっ……//」
すると何故か急にココアは顔を赤らめる。
その様子に周りは首を傾げる。しかしその中で千夜だけが事情を知ってるのか、ニコニコとしている。
「あっそれ今朝話してたことよね。確か有宇くんに着替えみられちゃったのよね」
「「「え!?」」」
千夜のそのセリフによってその場の空気が凍りつき、一気に皆の視線が有宇に集まる。
周りの視線が痛い……。まずい、誤解を解かねば。
「いやいや誤解だって!そりゃ僕もノックせずに入ったのは悪かったけど、いつもみたいにまだ寝てると思ってたから。それにすぐドア閉めたからそんな見てないから!」
今ので誤解を説いて貰えればいいのだがと有宇が思っていると、一応皆今の弁解でそれなりに事情を察してくれたようだが、リゼがこう言う。
「まぁ、そんなことだろうとは思ったけど、女子の部屋に入るんだからノックぐらいしろよ」
「確かにそうだが、ココアはノックせずに僕の部屋に入ってくるのに理不尽だろ……」
しかし有宇のそんなささやかな反論は無視され、リゼが再びチノに聞く。
「で、チノはなんか有宇に意地悪されたりしてないか?」
「おい」
本人を前にしてそんなこと聞くなよ。別に気にしないが。
「いえ、別に特に何もありませんが」
「そうか……」
するとリゼはしばらく考え込み、有宇に向き直ると、何か言いにくそうにこちらを見る。
「ん、なんだよ」
「いや、その……有宇、気を悪くしないで聞いてほしいんだけど、お前ロリコンとかじゃ……」
「違う」
有宇は即座に否定した。
「あのなあ、単にチノはココアみたいに問題も起こさないし、唯一まともに話せる相手だから普通に接してるってだけで、別に幼女趣味はない!」
有宇はそのまま更にノンストップで続ける。
「そもそも小学生を恋愛対象に入れるわけ無いだろ。僕はお前らと違って常識ぐらい
ピキーン
なぜかまたその場の空気が凍りついた。
「ゆ、有宇くん……」
「なんだよ、なんか文句でもあんのか」
「文句っていうか……えっとね、チノちゃん今年で中学三年生なんだけど……」
「えっ……?」
それを聞いて一瞬思考停止する。
最初言ってる意味がわからなかったが、それからすぐに理解する。
「はぁぁぁぁぁ!?」
衝撃の事実に驚きを隠せず、有宇は思わず声を上げた。
「嘘だろ!?ていうか僕と一つ違い!?」
そして同時に、自分がさっき、おそらく言ってはいけないことを言ってしまったことを理解した。
恐る恐るチノの方を見ると……。
「……いいんです、どうせココアさん達と違って成長も遅いですし……」
いつの間にか端の方に移動しており、腕にここで飼われている毛玉うさぎ、ティッピーを抱えて一人でぶつぶつと話しかけていた。どうやら幼く見られたことが相当ショックだったようだ。
周りの視線が痛い……なんとか弁明を図らねば。
「いやいやいや、だって学校の制服があんなだし、てっきり小学生だと……」
正直チノのあの制服を見て最初は幼稚園の服のようなデザインだなと思ったのだが、流石にそこまで幼くはないだろうし、小学生ぐらいだろうと勝手に思っていたのだ。
すると、リゼが尋ねる。
「ていうかちゃんと自己紹介しなかったのかよ」
「いや、素がバレないよう必要最低限の会話しかしなかったしな……。確か自己紹介のときもマスターの娘ってことぐらいしか聞いてない……」
「チノもチノでちゃんと話さなかったのは悪いけど、お前がちゃんとコミュニケーション取ろうとしなかったツケだな」
その意見はもっともだが、今まで女にいい顔してたとはいえ、ろくに顔も名前も積極的に覚えようとしたことはなかったし、興味もなかったからそこまで聞こうとも思わなかったんだ。だから僕は悪くない。
しかし有宇のそんな言い分も通じるわけなく、ココアが有宇に言う。
「とにかく有宇くん、ちゃんとチノちゃんに謝って!」
まぁこの場を収めるためにはそれが一番手っ取り早いだろうな。
年下に頭を下げるのは正直癪なんだが仕方がない。
「えっと……チノ、悪かったな」
しかしチノはこちらを見向きもせず、毛玉うさぎを撫でながら答える。
「いえ……いいんです、私が小学生と間違われるくらいの見かけなのが悪いわけですし……」
だめだ、すっかりへそを曲げてしまってる。
しかし僕に怒ってるというよりは、自分の容姿が改めて幼く見えることを再認識してショックを隠せないといった感じだろうか。
するとリゼが有宇の肩をポンと叩き、慰みの言葉をかける。
「まぁ、放っとけば機嫌治すだろ。そう気を落とすな」
「いや、別に落ち込んではないけどな……」
ただ悪いことしたなと流石の有宇も少し反省した。
ていうかリゼ、お前のせいでもあるんだけどな。こいつも何気にチノをロリ扱いしてたし……。
その後、千夜とシャロはバイトがあるからと各々帰っていき、残った四人で仕事を始めた。
カラーン
ドアに掛けられたベルが鳴り、客が入る。
客は女子高生二人で、有宇はさっそく応対する。
「いらっしゃいませ、お客様二名様でよろしいですか?」
「あっはい……//」
「それではお席にご案内致します」
客二人を席に案内すると、二人にメニュー表を渡す。
「ご注文がお決まりになりましたらお声掛けください」
「はっはい……//」
有宇が去った後、「あの店員さんかっこいいね」とか、「結構好みかも」とか女子高生達が話しているのが聞こえる。
そんな様子を見てリゼが言う。
「お前、客相手だとああなんだな」
「あっ?前からそうだっただろ」
「いや、以前のお前だったら違和感なかったけど、今のお前だと違和感しかないんだが」
「知るか、文句があるならココアに言え。それに、これで客が僕目当てにリピーターになってくれれば客もこの店も幸せになれるだろ?まさしく幸せスパイラルじゃないか」
「幸せスパイラルって……。まぁ確かにそうなんだけど、なんか複雑な気持ちだ……」
すると先程の客がメニューを決めたようで、こちらに呼びかける。
「すいません、注文いいですか?」
「はい、只今参ります」
するとさっきまでゲスいことを言っていたはずの有宇は、リゼと話していたときとは打って変わって、笑顔で紳士的な態度で接客を始めた。
「リゼさん、チノ、キリマンジャロとオリジナルブレンドお願いします」
「……かしこまりました」
さっきまで呼び捨てで呼んでいたくせに、なんて変わりようだ。リゼはそんな不満を押し留めながらも仕事に集中した。
接客時と普段とのギャップはあったものの、有宇は仕事はちゃんと真面目にこなしていた。三人もまた、そんな有宇のギャップに戸惑いはしたものの、特に問題なくこの日は仕事を終える事ができた。
◆◆◆◆◆
次の日の午後、有宇がシフトを終えココア達が働く時間のラビットハウス────
「なぁチノ、有宇とは仲直りしたか?」
リゼは昨日のこともあり、一応機嫌は治ったかチノに尋ねた。
「な、仲直りって……!別に初めから怒ってません!……ですが小学生だと思われてたのはちょっとショックでした……」
ココアの話だと今朝も牛乳をたくさん飲んでいたというし、小学生と思われていたことがかなりショックだったらしい。
「まぁそれならいいけど、結局お前らちゃんと一緒に生活できてるのか?有宇のことだけど、仕事は……まぁ一応ちゃんとしてるけど、正直あまりいい性格してるとは思えないぞ」
実際皆の有宇の印象は、最初の頃よりも印象が一気に悪くなった。
皆のことを変人扱いし、早速シャロが有宇と言い争いになったりと、これで印象が良くなるはずなかった。
しかしココアが自信満々にこう言う。
「大丈夫だよ、きっとその内有宇くんのいいところも見つかるよ」
「あれを見てよくそんなこと言えるな?」
「リゼちゃん、何事も信じる気持ちだよ!それに上辺だけでも優しくできるんだし、きっと有宇くんにもどこか優しいところがあるはずだよ」
「いや、そうとは限らないだろ……にしてもまぁ、お前はいつも前向きだな」
ココアの言ってることはただの綺麗事だ。有宇が本当にそんな人間だという保証なんてどこにもない。
けど何故か、ココアが言うと本当にそう思えるのだから不思議なもんだよな。
「それがココアさんの数少ない良いところですからね」
「えへへ、チノちゃんに褒められちゃった」
「いや、別に褒められてはないと思うぞ」
「えっ!?」
リゼはとりあえずココアがそう言うので、有宇のことは再びしばらく様子を見ることにした。
◆◆◆◆◆
それから数日後の土曜日、この日は仕事がなかったので、有宇は久しぶりに外に出かけた。
最も外に出てもやることはないので、家にいる方がよっぽど堅実的なのだが、家にいるとココア達がうるさいので外に出ることにした。
幸いにも午前中はココアはシフトが入ってたので、あいつが仕事をしている間に出かけてきた。多分シフトが終わると途端にダル絡みされること間違いないしな。外に出て正解だろう。
しかし本当にやることがなく、結局は広場のベンチに座り、持ってきた本を読むことしかできなかった。
ちなみに今読んでいる本は、ココアがこの前貸してくれたものだ。何でも去年映画化された作品で、ココアが勧めた割になかなか読み応えがあった。
途中、正午も過ぎた頃、腹が減ったので、シャロが働いてるというフルールとかいう喫茶店で昼食をとってみたが、シャロはいなかった。
まあ、聞いた話だとここ以外にもバイトを幾つも掛け持ちしているらしいし、別に会いに来たわけでもないので構わないのだが。それに会ったところで喧嘩になること間違いないしな。会わないほうがむしろいいだろう。
店自体はハーブティーメインの喫茶店で、ケーキも美味しく、ハーブティーも店員が色々教えてくれたりしてくれたので、ハーブに詳しくなくても十分に楽しむことができる中々いい店だと思う。
昼食を食べ終え店を出ると、有宇は再び広場のベンチに戻り本を読み始めた。
本を読んでいると、鳥の声や子供の声が聞こえる。さっきは子供二人が「待てー!」と言いながら犬を追いかけていた。
この街の穏やかな雰囲気の中でこうしてゆっくりするのは、とても心地が良く心が安らいだ。東京の喧騒の中ではこの雰囲気は味わえないだろうしな。
そういえば元々この街の雰囲気を気に入ったから、ここに興味を持ったんだっけか。ここのところ仕事がずっと忙しかったし、他にも色々あったしな……たまにはこうしてゆっくり過ごすのも悪くない。
そうして街の雰囲気に心を和ませながら本を読んでいると、先程犬を追いかけ回していた子供二人が有宇の元にやって来た。そして、二人の内の一人、おさげ髪の少女が声をかける。
「すみません、この辺に腕時計とか落ちてませんでしたか……ゼイゼイ」
おさげの少女は走ってきたせいなのか、息を切らしていた。そしてもう一人の短髪の活発そうな少女も有宇に尋ねた。
「犬が咥えて持ってちゃって、どっかいっちゃったんだけど兄ちゃん見てない?」
「いや、見てないが」
因みに女性相手には素を隠し、紳士に応対する有宇だが、子供相手には素のままで接する。
理由は単純で、子供にカッコつけても仕方ないし意味もないからだ。
「ソウデスカ……」
「う〜ん、どうしよう……」
どうやらこの二人のどっちかが腕時計を落として、二人で探しているようだ。
犬が咥えて持ってったとか言ってたが、まぁ落とした時計を犬が持ってったとかそんなとこだろう。別に犬と遊んでいたわけではなかったようだな。
しかしそれが何だというのだ。そんなこと僕には関係ないし、一緒に探してとか面倒くさいことを言われる前に、この場はさっさと立ち去るに限る。
そして有宇は読んでいた本を閉じ、ベンチから立ち上がった。
「じゃあ僕は行くから」
「アッ、ハイ……どうもすみませんでした」
このまま立ち去れる……と思ったが、短髪の方の少女が不満そうに言う。
「え〜一緒に探してくれないの〜」
そら来た。確かに暇はしていたが、なぜ僕がわざわざお前らの失くし物を一緒に探さなくちゃならないんだ。
何か言ってやろうと思ったが、もう一人のおさげの方のガキが、短髪の方のガキを
「マヤちゃん、知らない人に無理言っちゃだめだよ」
「でもメグ……」
どうやらこっちのメグと呼ばれるおさげの方のガキはある程度常識があるようだ。
そしてメグと呼ばれる少女が有宇に頭を下げる。
「スミマセンお兄さん、大丈夫なので気にしないでください」
本当は大丈夫そうじゃないのはバレバレなのだが、そんなの知ったことじゃない。僕には関係ないしな。
そうして有宇は、さっさとその場から立ち去ろうと困る二人に背を向け歩き出した。
すると後ろの二人の会話が微かに聞こえる。
「どうしよっかマヤちゃん、全然見つからないね……」
「う〜ん、メグはもう帰っていいよ。元々私の不注意だし」
「でもマヤちゃん……大事にしてたんでしょ?」
「うん……でももういいよ、私はもう少し探してみるけど多分もう見つかんないし……」
どうやら失くした腕時計はマヤと呼ばれている方の少女の持ち物だったようだ。
まぁだからどうしたというんだ、ちゃんと管理しなかったお前が悪い。大体助ける義理もないしな。
「でもお兄さんから貰った時計なんでしょ? そんな大事なもの諦めちゃだめだよ!」
メグがそう口にした瞬間、有宇は足を止めた。
「ううん、別にそんな大したもんじゃないよ。さっきも言ったけど兄貴がなんかこの前新しい腕時計買ったから、それで前使ってたやつをくれたおさがりだし。別にそんな大事なやつじゃないよ……」
「デモ……」
振り返ってマヤの顔を見る。
笑ってはいるが、おそらく虚勢を張っているだけだ。本当は兄からのプレゼントは嬉しかったのだろう。だけど友達に迷惑をかけたくないから諦めるといったとこか。
『有宇お兄ちゃん、お誕生日おめでとうなのです!』
ふと昔の記憶が蘇る。
そういや歩未も毎年、欠かさず僕の誕生日を祝ってくれたな。少ない月の小遣いで、僕にプレゼントをくれたっけ。
最も歩未のプレゼントはどこかズレていて、僕の気に入るような物ではないことが殆どなのだが、どんなものでも歩未から貰えるというだけで十分嬉しかったな……。
実際家を離れた今も、歩未から貰ったプレゼントの中で唯一気に入ったのを一つ持ってきている。それを失くすなんてことは考えたくもない。
それはあのマヤとかいうガキも同じなんだろう。兄から貰ったから大事なのかまでは分からないが、兄のことを全く思ってないわけではないだろう。
すると有宇は、自分でもわざわざ厄介事に関わりに行くなんて馬鹿げてると思っていたはずなのに、気づけばマヤとメグの前に再び戻って来ていた。
「んっ?さっきの兄ちゃんどうしたの?」
「あーえっと、一緒に探してやるよ」
「「え!?」」
二人は有宇の言葉に声を合わせて驚いた。
「本当に探してくれんの?」
「勘違いするな、帰っても暇なだけだから、暇つぶしにちょうどよさそうと思ったからだ」
それを聞くと、マヤと呼ばれる方の少女がケタケタと笑い出した。
「あはは、兄ちゃんツンデレだね~」
イラッ
マヤの言葉に軽くイラついた有宇は、マヤの頬を両手で掴み、思い切り引っ張る。
「このクソガキ、舐めた口利けないようにしてやろうか」
「イタイイタイ、ゴメン、ごめんてば~」
マヤの頬から手を離す。痛そうに頬をさすっているが自業自得だ。
「……ったく、それで、腕時計を失くした経緯について詳しく聞かせろ。腕時計なんてそうそう失くすもんでもないだろ。犬に取られたとか言ってたが……」
「うん、そうそう。えっとね……」
そしてマヤは腕時計を失くした経緯について語り始めた。
「メグと一緒に外で遊んでて、それでメグに昨日兄貴からもらった腕時計を自慢してて……」
メグもマヤの説明に付け足すように入ってくる。
「うん、それでマヤちゃんが私にもつけさせてくれるって言って外したら……」
「犬が急に走ってきて、メグに渡そうとしたところを咥えて取ってっちゃったんだよ」
なるほど、腕時計を外したところを、犬に持って行かれたわけか。
「それで、犬を見失ったのか?」
「いえ、ワンちゃんはすぐに見つかったんですけど……」
「けど?」
「見つけたときにはもう腕時計を持ってなかったんだよ。だから今探してるんだけど見つからなくて……」
「犬の飼い主はどうした?まさか野良じゃないだろ」
そこら中に野良うさぎがいるこの街だが、野良犬までは流石に
「うん、もちろん野良じゃなかったよ。でも飼い主の人も犬が戻ってきた時にはもう咥えてなかったって」
「それでワンちゃんの飼い主さんも、今向こうの方で探してくれてるんです」
「そうか……道中は
「うん、途中で落とすかもって思って、途中で落とさないかちゃんと見ながら追いかけてたし、飼い主の人のとこに着いたあとも来た道戻って落としてないかちゃんと確認したよ。でも見つかんなかったんだよね」
「そうか……」
有宇はそれを聞いてその場で考え込んだ。
こいつ等は犬をすぐ見つけたと言った。すぐ見つけたということは、こいつらが犬を追っていったルートを犬も走っていったはずだし、他のところに犬が寄り道していた可能性はないとも言いきれないかもしれないが、可能性としては低いだろう。
それでいて飼い主の元に戻るまでの間、犬が時計を落とさないかチェックまでしていた。だが犬は腕時計を持ってなかったと飼い主は言ったわけだ。
……それっておかしくないか?
いや、確かにこいつらがどこまでちゃんとチェックして探していたかはわからないからなんともいえんが、もしこいつらの言ってる事が全くもってその通りなのだとしたら、それはおかしいだろう。
もし犬が飼い主のところに戻る道中で腕時計を落としていたのなら、そのすぐ後を追っていったこいつ等が見つけている筈だ。
指輪とか小さいものならならまだしも腕時計ほどの大きさなら、ましてちゃんと犬のすぐ後ろを追っていたのなら、道に落とした時点で気付けたはずだ。
なのに飼い主は腕時計はなかったと言った、それはつまり……。
「……腕時計がどこにあるかわかった」
「えっ本当!?」
「お兄さんすごい!」
「……多分」
「多分かよ!」
いや、流石に百パーセントとは言い切れないけど。
犬が落とした時計を見知らぬ第三者が拾ってしまった可能性もある。百パーセント僕の持論が正しいとは言いきれない。だが、仮に僕の答えが間違っていようとも、時計を取り返すことはできるはずだ。
すると有宇は、そういえばと疑問に思ったことを尋ねてみた。
「一応訊くがお前ら、飼い主が持ってるとは疑ったりしなかったのか?」
いくら飼い主が無いと言っても、少しは飼い主がパクる可能性を普通の人間なら考えるはずだ。
だがそれを聞くと、二人は不思議そうな顔をしている。
「えっなんで?」
「飼い主さん、持ってないって言ってましたよ?」
二人の答えを聞いて、有宇は「まじかよ……」と呆れ果てた。
「……はぁ」
「え?何そのため息」
「いや別に……」
ココアといいこいつ等といい、純粋というか何というか……なんだ、この街の人間は人を疑うということを知らないのか?
それから有宇は二人に人差し指を向け、言い放った。
「いいかお前ら、今から人間ってやつがどれだけ信用ならないか見せてやる」
◆◆◆◆◆
その後マヤとメグに連れられ、広場を抜けたところにある川の上にかかる橋のところまで来ると、橋の上に犬の飼い主はいた。
見た目は僕と違い平凡な顔をしていて、歳は僕と同じくらいだろうか?見た感じ特別悪そうな奴ではない。
男は有宇達に気づくと声をかけてきた。
「あっ君たち、時計は見つかったかな……?」
「えっと、まだ見つかりません……」
メグがそう答えると、男は「そうか……」と言って肩を落とす。
「本当にすまない、うちの犬のせいで……」
「ううん、別に気にしてないって。犬がやったことだもん、仕方ないよ」
マヤがそう答えると、男の目線は有宇に向けられる。
「ところでそこの彼は?」
「えっとね、助っ人。名前はえっと……そういえばなんだっけ?」
そういや名乗ってなかったな。この前チノのことがあったばかりだっていうのに。
「乙坂だ。乙坂有宇」
「そうそう、有宇にぃ」
有宇にぃって……。
歩未以外に兄と呼ばれるのに若干の歯痒さを感じた。
すると男は申し訳なさそうに言う。
「そうか、君も悪いね、俺のせいで迷惑かけちゃって……」
僕が言うのもアレだが、いかにも善人面しやがって。
「ああ、全くだ。飼い犬の世話ぐらいちゃんとしろよな」
「ちょ、有宇にぃ!?」
マヤが止めようとするが、それを手で制する。
(いいから黙って見てろ)
すると飼い主は依然として申し訳なさそうに言う。
「いや、本当にそのとおりだ。申し訳ない」
しかしそんな態度を装ったところで、僕には通用しない。僕の予想通りなら、こいつは善人の皮を被ったコソ泥で、決して人の良い男などではない。今からそれを暴いてやる。
そして有宇は目を細め、声に少しドスを利かせて、男を責め立てるように言う。
「へぇ、本当に悪いって思ってんならさ、当然弁償とかはするんだろ?」
「えっ!?」
それを聞くと、男の顔が引きつる。
「当然だろ。あんたの犬のせいでこの子は大事な物を失くしたわけだ。腕時計なんて安いもんでもないんだし、飼い主が弁償するってのが筋だろ」
「いや、確かにその通りかもしれないけど……でも今お金がなくて……」
「あんた、歳は僕と同じくらいだよな。なら親にでも泣きつけばいいだろ。元々犬のせいなんだし、別にあんたが怒られることはないだろ」
「それは……」
ここでこのまま親に弁償させれば、この件はお互い損することなく片付く。
だが男は黙りこんだ。おそらくそれは、時計を盗んだ罪悪感から素直に頷けないのだろう。
そう、腕時計はこの男が盗ったのだ。僕はそう睨んでる。まぁ、特に証拠とかはないんだけどな。
だが仮に違ったとしても、このままこの男に弁償させればことはそれで済むしな。まぁ、その場合『兄貴』の腕時計は取り返せないことになるが、そうなったら仕方がないとマヤには諦めてもらおう。
さて、それじゃあ鎌をかけてみるか。
「まぁ、別に時計がちゃんと見つかれば、こっちも文句はないんだけどな……?」
そう言うと一瞬、男の視線が男の持つ犬のフンを入れるビニール袋に向いた。
そこか!!
その瞬間、有宇は自分の持つ特殊な力を使った。
有宇は視界に入った対象一人に五秒間乗り移ることのできるという不思議な力を持っている。俗に言う超能力というものだ。その力を使い、有宇は男に乗り移ったのだ。
そして男に乗り移った有宇は腕にかけられているビニール袋の中に手を入れる。すると中には
それを手にすると、それをマヤとメグに見えるように取り出した。そこには今まで捜していたものが見えるはずだ。
「あっ、私の腕時計!!」
「エーどうして!?」
まぁ、ざっとこんなもんか。
五秒経って意識が自分の体の中に戻る。
「いてっ……クソッ、またか」
意識が自分の体に戻ると、有宇の体はうつ伏せの状態で横たわっていた。
この能力、使うと自分の体が一切コントロールできなくなるから、体が無防備になるのは勿論のこと、立つ力を失った体はそのまま力なく倒れてしまうのだ。それで怪我してることも多い。
「あれ……今意識が……あれ!?ええっ!?嘘っ!?なんで!?」
一方、意識を取り戻した男は驚いていた。
まぁ自分の知らない間に自分の体が勝手に動いていたわけだし当然か。
正直この忌まわしい力はカンニングがバレたあのとき以来、二度と使うもんかと思っていたのだが、まさかこんなところで再び使うことになるとはな。
本当だったら場所を把握して、そこから素早くひったくるだけでよかったのだが、腕にかけている袋の中にあったため、素早くひったくれそうになかったのでこの方法を取った。
……あと、万が一僕の予想が外れてフンが入っていたら自分の手で取り出したくなかったというのもある。
そらから有宇は男を問い詰めた。
「で、その腕時計はなんだ。見つからなかったんじゃないのか」
流石のマヤとメグも男に疑いの眼差しを向けていた。
「えっ!?いやこれはその……犬のフンに混じってたのかな?あはは……」
「ふーん、あんたの犬は随分排泄するのが早いんだな。大体フンの中に混じってた割にはきれいだし、そもそも袋の中にフンなんて入ってないじゃないか」
袋には犬の糞を取るためのシャベルは入ってたが、フンは一欠片も入っていなかった。まだフンの処理をする前だったのだろう。
すると男は先程までの穏やかな態度から豹変し、口調を荒らげながら言う。
「なっ、なんだよ!俺がわざわざ犬を使ってこの子の時計を取ったって言うのか?んな曲芸じみたことできるわけ無いだろ!大体ポチだってこの通りなのによ!」
ちっ逆ギレかよ、面倒くせえな。
だが、男の言う通り実際飼い主の握る手綱の先でポチと呼ばれる犬が暴れていた。確かにとてもそんな芸当出来そうにない。
「まぁ、無理だろうな」
「だろ!だったら……」
「でも、だからこそフンを入れる袋なんかに入れたんだろ。犬が時計をパクってきたのは本当に
要は最初から盗み目的ではなく、この駄犬がマヤから盗み出したのは単なる偶然でしかなかったということだ。だが、犬の持ってきた時計が欲しくなったこの男は咄嗟に時計を袋の中に入れ、時計は見つからなかったことにし、自分のものにしようとしたということだ。
そして有宇がそう力説すると、図星なのか男は顔を引きつらせる。
「そ、そんなのお前の言い掛かりだ!」
「確かにこれはあくまで僕の推測の域を出ないが、事実としてお前はこの子達に嘘をつき、腕時計を隠し持っていた。これは代え難い事実だろ」
「うぐっ……クソッ……!」
もはやここまでだ。
まぁこういう輩が考えることは大体わかるさ。僕も似たようなもんだしな。いや、僕がやるとしたらもっと上手くやるだろうけど。
「大人しく時計を返せ、そうすれば僕もこのガキどももこれ以上何も言うつもりはない」
有宇がそう言うと、すると男は何を血迷ったのか、川の方を振り返り、腕時計を持った手を振り上げた。
「「あっ!?」」
アヤとメグが同時に叫ぶ。
させるか!!
有宇は再び能力を使い男に乗り移り、時計が川に投げられるのを阻止した。
さて、僕が被害を被ったわけじゃないし、面倒だからただで許してやってもいいと思っていたのだが、僕にこの力を二度も使わせやがって……。
男に対し怒りが湧き上がってきた有宇は時計を橋の欄干の上に置くと、男に乗り移ったまま欄干を乗り越し川へ飛び込んだ。
意識が自分の体に戻ると、川の方から男が何か言ってる声がした。そして横たわった体を起こし、欄干の側まで歩き、川で流されている男に向かって言う。
「はっ、大人しく時計を渡せばよかったのになぁ。この僕を手こずらせた天罰だ。そこで頭でも冷やしてろ」
ああ、すっきりした。
「メグ、なんか私達が悪役みたいな感じなんだけど……」
「ウン……ソウダネ……」
自分達の時計を盗んだ相手とはいえ、その相手に対する有宇の仕打ちを見て、マヤとメグが引いていた。
そんな二人を見て、有宇は本来の目的を思い出した。
欄干に置いた腕時計を手に取り、そのままマヤに歩み寄る。
「ほら、もう失くすなよ」
そう言って腕時計をマヤに手渡す。
「ったく、これに懲りたらもう少し人間を疑ってかか……」
有宇がそう言いかけたところで、マヤは満面の笑みを浮かべる。
「えへへ、ありがとう有宇にぃ!本当はすごく大事だったんだ!」
「……」
マヤのその笑顔を見て、有宇は再び昔の思い出が頭を過ぎった────
◆◆◆◆◆
『おお!これ、あゆの欲しかった天体撮影セットなのです!』
歩未の誕生日の日、前から欲しそうにしていた天体撮影セットなる物をプレゼントした。何でも望遠鏡につけて
ちなみに望遠鏡は既に昔おじさんが買ってくれたやつがあるので、そこは抜かりない。
『でもこれ高かったんじゃ……』
『僕がお前にプレゼントしたくて買ったんだ。だからそんなことは気にするな』
望遠鏡は家にあるからといえども、この撮影セット自体もかなりの値段で、月の少ない小遣いじゃ足りなかった。
でも歩未が雑誌で欲しそうにしてたからどうしても誕生日にあげたかった。なのでおじさんに無理言って来月の小遣いを借りて買ったのだった。
まぁそのおかげで一ヶ月間何も買えなかったのだが、歩未の喜ぶ顔のためなら惜しくない。
プレゼントを受け取ると、歩未は満面の笑みで貰ったプレゼントを抱きながらくるくる回って喜んだ。そしてそのまま有宇の方に向き直り、その天使のような笑みで微笑む。
『有宇お兄ちゃん、ありがとうなのです!』
◆◆◆◆◆
「有宇にい、有宇にぃってば」
「……ん、なんだ?」
「どうしたの? 急にボーッとして」
「いや、何でもない……」
昔のことが頭を過ぎった。こいつ等を見ていて、つい歩未のことを思い出してしまった。
歩未はこんなガキよりずっと可愛いし、こんなクソガキとは比べ物にならないっていうのに、いかんいかん。
そんなことを思っていると、さっきまでの不安そうな表情から一転、笑顔を取り戻したメグも有宇にお礼を言う。
「あの、お兄さん、本当にありがとうございます」
「言っただろ、お前らのためじゃない。だから別に気にするな」
「あはは、本当に有宇にぃはツンデレだな~」
ムカッ
イラッとしたので再びマヤの頬を引っ張る。
「お前はもう少し年上に対しての口の聞き方に気をつけろよなぁ!」
「イタイイタイ、痛いよ有宇にぃ~!」
しばらく引っ張ってから手を放すと、マヤは痛そうに頬をさすっている。
「イテテ、うう~もうちょっと手加減してよ有宇にぃ」
「僕に舐めた口利くからだ」
「もう、意地悪だな有宇にぃは……あ、そうだ!」
唐突に何か思い出したようで、マヤは目を輝かせながら有宇に聞く。
「そういえばさ、もしかして有宇にぃって超能力とか使えたりするの?」
ギグッ!
「な、なんのことだ……?」
「いやさ、さっき犬の飼い主の人が急に自分から時計出したり、川に飛び込んだりしたじゃん? いきなりあんなことするのっておかしいでしょ? で、あの時有宇にぃなんていうか、なんか力を使い果たしたって感じで倒れてたし。もしかしてあの間、有宇にぃは強大な超能力を使ってあの飼い主の人を操ってたのかなって」
しまった、緊急措置とはいえ流石に不自然だったか? かといって能力者であることをバラすわけにはいかないしな。
バレたことで何かあったらたまったもんじゃないし、何とかして誤魔化さなければ!
「マヤちゃん、いくら何でも超能力なんてありえないよ」
メグ、ナイスだ!
「え〜でも飼い主の人が川に落ちたとき、有宇にぃ天罰だーとかなんとか言ってたじゃん。てことは有宇にぃが何かしらやったってことでしょ?」
「ソッカ~そう言われると確かに〜」
くそ、このガキ変なところで鋭いな。しかしこのまま認めていいはずがない。
何か……何か言い訳できないか……そうだ!
「えっとだな……あれは催眠術だ」
「催眠術?」
「ああそうだ、催眠術であの男を操ってやったのさ。僕ほどの男になれば催眠術を使うことだって容易いものさ。ただ精神的に消耗するから力が抜けるんだよ」
一応超能力よりは現実的だしこれでどうだ!って流石にやっぱ無理があるよな……。
「へぇ、やっぱ有宇にぃってすげぇんだな!」
「お兄さんすご~い!」
「だ、だろ!」
信じるのか!?
さっきあれほど人の言うことを真に受けるなと言ったばかりだっていうのに……。
だがまあ、所詮はガキだな。とりあえず誤魔化せたようだ。
ともかく、これで全部片付いたことだし、時間的にもいい時間だし帰るとするか。
「じゃあ僕は行くから」
するとマヤが再び呼び止める。
「あっ待ってよ有宇にぃ、お礼になんか奢るよ」
「奢る?何を?」
「友達の家が喫茶店でさ、そこで美味しいコーヒーをご馳走するよ」
「いらん、ガキに奢ってもらうほど僕は落ちぶれてない」
「え〜ただのお礼だよ」
「いい、それにコーヒーは飲み飽きてるしな。じゃあな」
そして有宇は、マヤに背を向け歩き出す。
「ブーつれないな〜。まぁいっか、じゃあね有宇にぃ!」
「お兄さんさようなら〜」
二人が手を振り有宇を見送る。
「今度会ったら一緒に遊ぼうな〜」
「ああ、そんな機会があればな」
多分そんな機会は二度と来ないだろうがな。ガキは好きじゃないし、もう関わることもないだろう。
そのままマヤ達と別れ、途中少し寄り道をしながら帰路に着いた。
◆◆◆◆◆
「ただいま」
そう言ってドアを開けると、ココアの声が返ってきた。
「おかえり、有宇くん!」
何故かもう午前でバイトを終えたはずのココアがテーブルに座っていた。
「ココア、お前今日午前中だけじゃなかったか?」
「え〜だって一人で部屋にいてもつまんないんだもん。だから今他にお客さんもいないしお客さんやってるの」
店にいたらこいつに振り回されることとなっていただろうし、出かけてて正解だったな。
さらにココアの向かいの席にリゼもいた。
「お帰り、邪魔してるぞ」
「なんでお前もいんだよ。揃いも揃って暇人ばかりだな」
「ムッ、私は受験勉強も兼ねてだ。まぁココア達と話してたからあまり進んでないけど……」
そう言うリゼの席には確かに勉強道具が置いてあった。
受験生だっていうのに、勉強にバイトとよくやるもんだ。元カンニング魔の僕から見たら考えられないな。
「大体暇人なのはお前もだろ。ここに来る前に広場のベンチで本読んでるの見たぞ」
……見られてたのかよ、全然気づかなかった。
「声かけようと思ったけど、お前そういうの嫌うと思って。それにずいぶん熱中して本読んでたみたいだし、邪魔しちゃ悪いと思ったからやめておいたよ」
別にそんな集中して読んでたわけではないが……まあ確かに結構面白かったが。
それを聞くと、ココアが嬉しそうに言う。
「おお、有宇くん呼んでくれたんだ~。面白かったでしょ青山さんの本」
「まぁお前のにしては面白かったな」
「え、それどういう意味!?」
ちなみに青山さんというのは、今回有宇がココアから借りた本の作者らしい。
なんでも知り合いとかで、この店にもよく来るらしいが、有宇はまだ一度も会ったことはない。
「ていうか有宇くん暇してたなら言ってよ〜。そしたら私とリゼちゃんで遊びに行けたじゃん」
「いや、そういうと思ったから出かけてたんだよ」
「も〜つれないな〜有宇くんは」
するとふとカウンター席に目が行き見てみると、チノと同じくらいの背丈の小さな客二人がチノと話していた。
なんだ、客いるじゃないかと思ったその時だった。その二人の客に妙な既視感を感じた。
あれ、あの二人……?
何か嫌な予感がした。
すると、チノがこちらに気づき声を掛けてきた。
「あっ乙坂さん、もう戻られていたんですね。お帰りなさい」
「あ、あぁ、ただいま……」
すると、
「ああぁぁぁぁぁ!!」
と突然カウンターで声があがる。
その声の主は先程別れたばかりの二人組のガキの一人、マヤだった。
「ア、お兄さんだ。また会いましたね」
もちろん隣の席にいたもう一人の客はメグだった。
「有宇にぃ!?有宇にぃがなんでここにいるの?」
「マヤちゃんメグちゃん、有宇くんのこと知ってるの?」
当然のようにココアが聞く。
「知ってるも何も、さっき私の腕時計取り返してくれた兄ちゃんって有宇にぃのことだよ!」
「「ええ!?」」
ココアとリゼの二人が大声出して驚いた。
そんな驚くことか?
「有宇くんすごいね!マヤちゃんから聞いたよ!名探偵みたいな名推理でマヤちゃんの腕時計を見つけてあげて、超能力と見誤る程の催眠術で犯人をやっつけたんだよね!」
「いや、それは……」
「そうだよ、さっきの有宇にぃの姿ココア達にも見せてやりたいよ。なぁメグ」
マヤに促されメグも頷く。
「ウン、本当にお兄さんかっこよかった〜」
「いや……だから」
さらにリゼまで話に入ってくる。
「へぇ有宇、なかなかやるじゃないか。見直したぞ」
「いや、だからあれは……」
何か弁明しようと思ったが、マヤが妹と重なって見えたから手伝ってやったなんて言いたくなかった。
あいつと歩未じゃ似ても似つかないし、あいつに妹を重ねたとか個人的に認めたくなかった。
てか何だ、変に褒められたせいかさっきから顔が熱い。
「おっ、なんだ照れてるのか?お前も可愛いとこあるじゃないか」
リゼに茶々を入れられる。
「別に照れてない!」
すると周りの連中もニヤニヤした下衆な笑みを浮かべている。
「クソッ……!なんなんだよ……」
気に食わないような態度を見せている有宇だったが、実はそこまで不機嫌だったわけではない。
普段なら周りから笑われるなんていうのは、有宇にとっては不愉快極まりないはずなのだが、繕った自分ではなく本当の自分を褒められたのは、満更でもなかった。
「で、今更だけどどうして有宇にぃがここにいるの?」
一通り有宇をおちょくり終わると、マヤが本当今更な事を聞いてきた。
「どうしても何も、先週からここで住み込みで働いてるんだよ。ていうか友達ってチノのことだったのか?」
「そうだよ」
「ソウデスヨ」
マヤとメグが答える。
二人ともチノ並に背が低いし、てっきり小学生だと思っていたのだが……ていうことはこいつらも僕と一つ差しかないのか!? この街の中学生、みんな幼すぎやしないか!?
正直これがこの街に来てから一番驚いたことかもしれない。
「はい、お二人とも私の学校の友達です。それより乙坂さん、お二人を助けてくださったようで、どうもありがとうございます」
チノが軽く頭を下げる。
「あ、いや別にそういうつもりじゃ……」
すると再び周りがニヤニヤし始めた。
「……もういいだろ」
ていうかまず、そもそもチノって友達いたんだな。
大人しくて口数少ないし、ずっと喫茶店で働いてるから友達いないのかと思ってた。
まぁ口に出したらまたいじけるだろうから言わないけどな。
「てことはチノが言ってた新しく入ったバイトって有宇にぃのことだったんだな」
そう言うとマヤはケタケタ笑い出す。
一応チノから僕のことは聞いていたようだな。
「大人しい兄ちゃんって聞いてたのに、今週になって急に豹変したとかチノが言うからどんな人なのかなって気になっててさ。メグと様子見に行こうかなって前から話してたんだよ」
「そういや僕が来てから二週間ぐらい経つけど、一度もお前らここに来たことないよな?」
「うん、行こうと思ってたんだけどチノがさ、新人を茶化しに来るのはやめろって」
そういうことか。
まぁお前らみたいなガキの相手は、バイトに少し慣れた今でも御免だがな。
するとマヤは握手を求めるようにこちらに手を差し出す。
「ま、ということで改めてよろしく有宇にぃ!暇なときは遊んでくれよな。メグも私も放課後は大体暇してるからさ」
「いや、別にお前らとよろしくするつもりは……」
すると急にココアが割って入り、僕とマヤの手を掴み、無理やり握手させる。
「……おい」
「ダメだよ有宇くん、ちゃんと仲良くしなきゃ。ついでに私とも改めてよろしく〜」
そう言ってマヤと繋いだ手を覆うように手を置く。
「アッ、じゃあわたしも〜」
とメグ。
「じゃあ私も」
とリゼ。
「ほら〜チノちゃんも」
ココアにそう促されるとチノも仕方なさそうに、
「はぁ、では私も」
と僕の上に手を重ねた。
少しガキを手助けしただけでこんなことになるとは……。
まぁ僕の株が上がる分には別にいいか……。
◆◆◆◆◆
その日の夜、夕食を終え、部屋で昼間の本の続きを読んでいる。
するとふと昼間のことを思い出し、机の中から小さなケースを取り出し、蓋を開ける。
中にはドッグタグが入っており、そこには有宇の名前が刻まれていた。
いつだったか僕の誕生日に歩未がくれたやつで、名前の他にも僕の生年月日や血液型が刻まれており、最後の行には、
〈お兄ちゃんお誕生日おめでとうなのです!〉
と刻まれていた。
あいつはおそらく今頃おじさんの家にいるんだろうな。
書き置きにもおじさんの家に行くよう書いたし、おじさんも僕が家を出たことを受けて歩未を家に引き戻したはずだしな。
昔、まだ僕らが幼い頃だった。突然両親が離婚した。理由は覚えていないが、父があの時母さんと何かを巡って言い争っていたことだけは覚えている。
最初に父が家を出て、そして僕等の母親もまた、無理矢理おじさんに僕等の親権を押し付け姿を
それまで僕は母さんの事が好きだった。優しい母さんが好きだった。いつも作ってくれるあの特製ピザソースで作るオムライスが好きだった。僕らを愛してくれた母さんが好きだった。
なのにあの日───あの人は僕等を捨てたんだ。
それまでの気持ちが嘘だったかのように僕はあの人を恨んだ。あの人を憎んだ。たとえこの先会う機会があっても、顔も見たくない程に。歩未はあの人を許したが、僕はとてもそんな気にはなれなかった。
それから僕等はおじさん夫婦の元に預けられた。おじさん夫婦はきっとかなり迷惑したに違いない。実際のところの経緯は覚えていないのだが、だからこそ僕等はおじさんの家から遠く離れたあの東京のボロアパートで仕送りだけを送ってもらい、二人で生活してきたんだ。
僕等もまたその方が気が楽だった。おじさん夫婦の元で居心地悪さを感じながら日々を過ごすくらいなら、別々に暮らして生活だけ支援してもらった方が楽だからな。
そんなわけだから、歩未が家に戻ることをきっとおじさんは快く思ってないだろう。今回のことで、歩未がおじさん夫婦にいじめられてないといいのだが……。
だがどっちにしろ今の僕じゃ助けにはいくことはできない。それに、僕が家に戻っていったところで、歩未が快く迎えてくれるなんてことないのだから……。
マヤとメグ、今日あの二人を助けたのは単に歩未と重なって見えたからというだけでなく、二人を助けて、置き去りにした歩未への罪滅ぼしをした気になりたかっただけなのかもしれない。
だとしたら、僕はなんとエゴイストなんだろう。だってそうだろ、誰かを助けているつもりが、結局は自分が罪の意識から解放されたかっただけで、本当は自分のことしか考えていなかったのだから……。
「有宇くん、お風呂空いたよ〜」
「うぉわっと……!」
すると、突然ココアがそう言ってノックもせず部屋に入って来た。
突然のことに驚き、手に持っていたドッグタグを落としそうになったが、何とかキャッチした。
「ん?何持ってるの?」
イラッ
無神経なココアにイラつき、昼間マヤにやったみたいにココアの頬を引っ張る。
「お前はいつになったらノックを覚えるんだよ!」
「いひゃいいひゃい、許ひて〜」
「……ったく」
ココアの頬から手を離す。
「これに懲りたら次からちゃんとノックをだな……」
「あっ、これドッグタグ?」
「人の話を聞け!」
「私も持ってるんだよ〜。去年リゼちゃんに貰ったの」
「ちょっと待ってて」と言うとココアは自分の部屋に戻り、しばらくしてまた僕の部屋に戻ってきて、そのドッグタグを見せつけてくる。
ドッグタグにはミニチュアの銃のストラップがついており、いかにもリゼらしいプレゼントだなといった感じだった。
「カッコイイでしょ!それにちっちゃくて可愛いし」
「いや、可愛くはないだろ」
可愛いというか明らかに物騒だろ。
「え〜そうかな〜。あっ有宇くんのはどんなやつなの?」
「別に普通のやつだよ。僕の名前とかが入ってるだけの」
そう言って、手に持つドッグタグをココアに見せる。
「ほほう、成る程。有宇くんらしくシンプルでイイね!」
「そうか、で、お前何しに来たんだ?」
「あ、そうそう、お風呂空いたから有宇くんどうぞ」
「ああ、風呂か。わかった」
「うん、それじゃあおやすみ〜」
そう言うとココアは部屋を出ようとしたが、出る間際にこちらを振り返る。
「そうそう有宇くん」
「なんだ」
「今日の有宇くん、ちょっとだけかっこよかったよ」
と言い残していった。
何を今更……僕がかっこいいなんて当然だろ。だけど、その言葉に温もりに似た温かさを感じたのは気のせいだろうか?
ココアのその一言は、罪悪感に駆られていた有宇の心の中を何度も反芻し、心の内に微かな温もりを残した。