契約詐欺おことわり! ~I Don't Need a Masic 作:皇緋那
目の前に強大な悪。壊された道路や建物、信号から見るに、目の前の怪物はいわゆる敵であった。周囲には自らのほか人影は無く、悲鳴も声援もない。それは果たして都合のいいことか、都合の悪いことか。ともかく、彼女は孤立していた。
たったひとりで、ボロボロになりながら戦う少女。防御力の無さそうなうえに動くには不利だろう衣装で飛んで回り、おもちゃの売られているようなステッキから魔法を放つ。通じている様子ではないが、少女は攻撃をやめようとは思わないらしい。さらなる追撃、流れる血を飛び散らせながら彼女は飛び込んでいく。
目先の怪物が動いた。飛び込んでくる獲物を好機と捉え、掴もうと腕を出した。だがそれは遅い。彼女には、速度がある。愚鈍な怪物の反応よりも速く、少女の魔法が炸裂する。構えられたステッキから、少女の勇ましい技名の宣言とともに必殺技が放たれる。
――休日、あるいは深夜にやっているような、変身ヒロインもの。魔法少女と呼ばれる少女たちが、命を賭けて人々を守る戦いに身を投じる物語。
人はそれを見て、何を抱くのだろう。可愛らしい彼女たちに対する好意か。あるいは、彼女たちに頑張ってほしいという応援か。ああなりたいという憧れか。悪を潰す様を見ることによる安心や清々しさか。人それぞれの感想というものがあると思う。なので、ここでは自分の感想を述べさせてもらおう。
私はこれを観て――『ああなりたくない』と思う。
エンディング曲にあわせてキャラクターのCGモデルが踊る映像を見たあとに、私はテレビの電源を切った。もう朝御飯は食べ終わったので、テレビの前に陣取る必要性も無くなっていたから。
私――『
テーブルに置いてあったパンの包装をぐしゃりと持って、まだまだ入っている牛乳パックとともに台所へ運んでいく。牛乳は冷蔵庫にしまって、パンの袋はゴミ箱に叩き込む。日常的な動作である。
「……はぁ。ゲームでもするか」
誰も聞いていない独り言を宙に吐き捨てて、私は自室へ戻る。勉強をしろと言われるだろうけれど、身にならないことをしてもしょうがない。ゲームを進め、戦略性だとかを鍛えた方が有益かもしれないじゃないか?というのは、私の持論だ。
「さて、何が途中だったっけ?」
自室に並べられているタイトルの多くは、すでにクリアしてしまったものだ。二週目をやり出すのも悪くはないけれど、途中で止まっているのも何本かあったはず。と、ふと、先程まで見ていた変身ヒロインものシリーズのゲームが出てきた。確か、これはまともにやっていなかった気がする。女児向けアニメのゲームのくせして、難易度がかなりキツかったような記憶もある。
「これにするかぁ」
ため息混じりにそれを手に取ると、ゲーム機も置いてあるベッドにどっかりと座った。向かいにある窓から朝の日差しが射し込んできて、すこし画面が見えづらいかもしれない。
カーテンを閉めるべく再度立ち上がり、私は窓のすぐそこに立って、軽く外を見る。平日の通りよりも、曜日が曜日であるため人はだんぜん少ない。隣の家の庭を覗いてみると、晴れた休日ということだけあって小さな子供が小型犬と走り回って遊んでいた。たしか、あの子は今年で小学生になるんだったか。
「っと、目的を忘れてた」
カーテンを閉めようと思っていたのに、外を眺めていてどうする。そう思って、窓のそばから一歩引く。そこから思いっきりカーテンを――
『待った!!』
――閉めようとしたところ、脳内に直接響くように声が聞こえてきた。私は思わず動作を止めて、あたりを見回す。
『外を見るウィン!そして窓を開けるウィン!』
可愛くもあるがなかなかに苛立ちを覚えるような声で、なにかがそう促してくる。従うしかないと外を見ると、窓の外には確かに見慣れないものがあった。
「……とり?」
それは鳥だった。ずいぶん普通の鳥とは異なってずんぐりした体型で、なんだかぬいぐるみのようだが、いちおう鳥らしい。この声の主はこいつなのだろうか。
『窓を開けてほしいウィン!』
ばんばんと、窓を叩いて急かしてくるぬいぐるみ鳥。私はいま未知のものと遭遇しているようだ。この鳥が声の主だとして、どうして私の部屋に入ろうとしてきたのかとか疑問は湧いてくる。が、とりあえずこいつには伝えておかなければいけないことがあった。
「いや……この窓、開かないよ」
『ウィンっ!?』
◇
ぬいぐるみ鳥を玄関から迎え入れて、自室にまで連れてきた。いちおう客人なので飲み物は何がいいか確認したところ、案の定いらなかったらしい。私はクッションを出してきて、それに座るよう促す。
『ありがとうだウィン』
「どういたしまして。で、あなたは何者?」
早速本題を切り出してみることにした。すると鳥の目が輝いて、せっかく座っていたのに飛び上がると翼で私のことを指してきた。
『ボクの名前はウィンダー!フィンチ型妖精だウィン!』
この鳥の名前はウィンダー、らしい。なるほど。しゃべるぬいぐるみのような見た目なのだから、妖精でも不思議ではない。それに、このテレパシーのような声も納得が――
「いくかッ!」
私は思わず近くにあったテーブルを叩いた。いきなり妖精だとか言われて信じられるような年頃ではない。私、深依夢は中学二年生の14歳なのだ。確かにさっき見ていた番組のメインターゲットは妖精だの魔法少女だのを信じ憧れるような年齢層だろうが、私はそうではないのだ。
『ど、どうしたウィン?』
「なんでもない」
いきなりばんと音を立てられてびっくりしたらしく、ウィンダーはちょっと怯えていた。ちょっと、申し訳ない感じになる。
『キミの名前は?』
「熊根深依夢。呼ぶときは深依夢でお願い」
『わかったウィン、深依夢。』
「……えーと、その妖精さんがどうして私のところに?」
『きょうは、大事なお話があるんだウィン』
一転、目の前のぬいぐるみが真剣な表情になる。つられて私も真面目に耳を傾けて、自室に張り詰めた空気が漂う。
『実は――』
「実は?」
『キミには、魔法の才能があるんだウィン!』
「……は?」
私のまわりの雰囲気から、一気に真剣な部分が抜けていった。
実際、目の前でぬいぐるみが表情をころころ変え、動き、こうして話しかけてくるのだから、魔法がどうとかも事実なのかもしれない。もしかしたら、私がどこかで寝落ちしたのかもとも思うけれど、意識は明瞭で覚める気配もないこの世界は現実だ。
『あ、まだ受け止めきれないウィン?じゃあ説明するウィン!』
勝手にウィンダーは語り始めた。しかしウィンウィンうるさいな。家電かこいつは。
『……いま失礼なこと考えなかったかウィン?』
「うっ、い、いや、続けて」
『じゃあ続けるウィン』
――ウィンダー曰く。この世界には、あのアニメの変身ヒロインのように、魔法少女と呼ばれる超人少女がいるらしい。彼女たちはウィンダーのような妖精たちと契約し、変身能力を得る。変身すれば高い身体能力や治癒能力、多彩な魔法が手にはいる。それらをもらった代わりに、人助けに使う。といったことだとか。
『どうウィン?キミには、とっても上質な魔力が流れているウィン。ボクと契約すれば、きっと――』
「……契約なんてしないから」
それでも私は、そうはなりたくない。
才能。今まで、私と無縁だった言葉。スポーツでも、勉学でも、芸術でも、私には才能というものはなかった。唯一幸いだったのは、才能をまったく遺伝させてくれなかった両親だったが恵まれた容姿だけは私にくれたことだろうか。多少の失敗ならば可愛らしいで許される人生は、得手を見つけられない私には適していた……のかもしれない。
そんな私のところに飛び込んできた『魔法の才能』『上質な魔力』という言葉。人助けができるようになる、魅力的なことだ。けれど、私は魔法少女にはなりたくなかった。
『え?ど、どうしてだウィン?』
困惑するウィンダー。今までの魔法少女たちには、ここで断るような者は少なかったのか。ともかく、私は断る理由を妖精に告げる。
「……まともに説明もされていないのに、簡単になれない」
『説明ならしたウィン』
「じゃあ、魔法少女になったらどうやって魔法を維持するの?」
『健康……具体的には十分な食事と十分な睡眠、十分な運動だウィン』
「魔法少女の人数は?多すぎるので減らす、とか言わないよね?」
『もちろん!むしろいつでも人材不足だウィン!』
「人材不足ってことは、減る要因もあるんでしょ?」
『それは――』
「人助けって?わざわざ魔法が必要になるような相手でもいるの?」
ここまでまくしたてれば、もう言わないだろうと思うところまで質問を投げ続けた。仮に相手がアニメ作品なんかをモデルにしたシステムで釣ろうとしてきているのなら、最近よく見る『魔法少女+理不尽』のジャンルの要素も濃いかもしれない。
それに、口ごもったのが『減る要因』の部分だった。これは、何かあるに違いない。例えば、人類外の敵だとか。
『魔法少女の仕事は、人を助けること……それは間違いないウィン』
それは間違いない、ということは。
『その相手は、ボクらがNCと呼んでいる生物。人を襲う、人類の敵だウィン』
私の予想通り、戦うべき敵がいた。あのアニメで少女と戦っていた怪物のような存在。
それならば、私は魔法少女などになるわけにはいかない。だって。
「……そう。じゃあ、ほかをあたって」
『そんな!深依夢が魔法少女になれば、もっと多くの人を!』
「みんながみんな、自分を犠牲にできるわけじゃないよ。少なくとも、私はね」
クッションの上で跳ねるウィンダーを尻目に、私は自室を出る。あんな話を聞かされた後だから、きっと外の空気を吸いたくなったんだと思う。かかっていた上着だけをばっと来て、まっすぐに玄関へと向かった。
◇
外は過ごしやすい陽気で、上着はあんまりいらなかったような気がした。晴れた空に、自分の気分は似つかわしくない気がして、ため息も圧し殺して歩き出す。爽やかに走っているお兄さんや、朝からはしゃいでいるちびっこたちとすれ違いながら、見慣れた道を通っていく。
『深依夢ー!』
背後から、妖精の声がする。振り向きたくない。関わりたくない。あんな見た目でも、超常の存在だ。これ以上巻き込まれれば、襲われてもおかしくない。
『待つウィン!せめて、もうすこし話を……』
「……。」
『深依夢、深依夢ってば!』
しつこく呼び止めてくるのを頑なに無視して、歩調を早めていく。不毛なおいかけっこを続けて気づけば、いつもなら自転車で来るような距離の川辺まで来てしまっていた。
『深依夢――?』
ふと、私は足を止めた。いつもなら、あまり見かけない光景があったから。
川辺に黒い人影がいくつか。確か、あれらは近所では有名な不良少年とかだっただろうか。彼らが取り囲んでいるのはひとりの女の子で、彼女のものらしい自転車が近くに倒されていた。綺麗な川辺の景色には似つかわしくない、嫌な光景だった。
『なにかあったウィン?』
「イナバ、なの?」
そんなもので立ち止まってしまったのは、取り囲まれている女の子のこと。彼女には見覚えがあって。深依夢に普通に話しかけてくる数少ない友人、『
『もしかして、お友だち?』
「そう、だけど……」
残念ながら、不良少年なんかと喧嘩が始まってしまえば、私はすぐに気絶させられてしまうだろう。見つかればその時点でまず逃げ切れない。相手が徒歩でも、私の走りよりずっと速いに決まっている。
端から私の選択は見なかったことにするに固定されていた。自分が巻き込まれるくらいなら、見捨てたほうがいい。私は彼らに背を向けて、さっさと引き返そうとする。
『ほんとにそれでいいウィン?』
構わない。問題を起こしたくないし、痛いのは嫌だ。
『お友だちだって一緒だウィン』
それは、そうだろう。人間誰だって、好きでもない人間に殴られたくなんかない。
『魔法少女になれば、簡単に勝てるウィンよ?』
そうかもしれない。けれど、彼女を助けるよりも道は過酷になる。こんな出来事で、命を簡単に投げ出せるものか。
『助けるか、見捨てるか。それは深依夢の自由ウィン』
……うるさいな。できないって、知ってるでしょ。
『今なら逃げ出せるし、お友だちもまだなにもされてない』
うるさい。うるさい。私じゃ駄目なんだ、どうせ私じゃあ。
『どう?契約するウィン?』
だから――
「黙ってよ!!」
飛んでいたウィンダーをひっつかんで、思いっきり地面に叩きつける。けれど私程度の力じゃあ妖精すら気絶させられないようで、地面にぶつかってもなおウィンダーは私の視界に現れた。
「み、深依夢ちゃん!?」
後ろでイナバの驚く声が聞こえた。急いで振り向くと、不良たちはこちらを睨んでいる。気づかれたんだ。しかも、うち1名はもう近くまで来ていて、私は足が震え出すのを感じていた。
「てめぇ、なんだ?うるせぇな」
確かに、いきなり叫んだのは私だ。うるさい、と言いに来るのは当然か。
「あの女のオトモダチか?」
私には、頷くこともできなかった。動けない。蛇に睨まれた蛙とはこのことだった。
「なんか言えよ、あぁ?」
声も出ないのに、無理を言わないでほしい。今すぐ帰らせてほしい。私は、私は、
次の瞬間、下腹部に衝撃が走った。痛みはすこし後になってから現れて、私の立つ力を奪っていく。不良の膝が突き刺さったのだった。声も出なかった喉を、朝御飯だったものが逆流してくるのを感じ、私はあわてて口をおさえて倒れこんだ。
「雑ッ魚、お話にならねぇじゃねぇか」
気持ち悪い。自分の胃液とまじった咀嚼済みのパンの味は最悪で、路上にぶちまけてしまいたいほど。見下してくる不良は、そんな私の顔をまじまじと見てくる。
「ふぅん?態度は気に入らねぇが、顔は上等だな。オトモダチと同じコト、してやるよ」
その言葉で、こいつらがイナバに絡んでいた理由を理解した。そして、成す術の無い自分を呪った。あまりに無力で、友達も助けられないし、見捨てることもできないし、あるのはおかしな意地だけ。
どうせ駄目なのなら、いっそのこと意識を手放してしまおうと目蓋を閉じる。脳裏には朝見ていた、敵を格好よく倒す少女の姿――
「おぐぅっ!?」
「なっ、てめぇ、なにしやがる!?」
ふと、耳に不良たちの悲鳴が飛び込んできた。何が起きたのかと目を空けると、目の前にいたはずの、腹を蹴ってきたひとりはこちらに背を向けて困惑した様子を見せていた。
「なんだ、あいつ……!」
足の間から辛うじて見えるのは、涙で滲んでいるさっきイナバがいた場所。さっきと違うのは、自転車と一緒に数人の人影が横たわっているのと――白いシルエットが見えたこと。
白いシルエットの何者かは、足元の草たちを蹴って翔んでいく。まるで、美しい猛禽類が獲物を見定めた時のように、純白が草原を飛行する。
「――はぁっ!」
鋭く、不良の首に彼女の脚が突き刺さる。綺麗に、情け容赦は無い一撃。たった一度の蹴りで気絶させられた不良少年は横に倒れて、動かなくなった。彼が倒れたお陰で白い少女の姿はよく見えるようになり、向こうも私の存在を認識した。
私は息のかわりに口まで来ていた吐瀉物を呑み込み、腹の痛みに苦しみながらもなんとか立ち上がる。そして冷たい視線で私を眺める彼女に、せめてお礼を言おうとした。が、相手が口を開く方が早かった。
「……ウィンダー。急に呼びつけておいてこれだけ?」
『そうだウィン。希望のある魔法少女のタマゴだし、見てられなくて』
「あっそ、じゃあ私は帰る。つまんない奴の相手させられたし」
私ではなく、彼女はウィンダーに話しかける。話が終わるとウィンダーにも興味がなくなったらしく、あくびをしながらぷいと別の場所を向いてしまった。
今行かれては、お礼のひとつも言えない。だから、勇気を振り絞り声を出そうとした。
「……ぅ、あの!」
「ん、なぁに?」
背中は向けたまま、首だけでこちらを向いた彼女。白の似合う綺麗な容貌で、まるでモデルさんのようだった。
「あ、ぁりがと、ございます」
「……貴女がウィンダーの言う才能がある、って奴?」
「へ?あ、ぇっと」
『そうだウィン。深依夢っていうウィン』
慌てているうちに、ウィンダーにさきに答えられてしまう。彼女はこれもまた興味なさげにふぅん、と言うと、首を前に戻した。
「そんな奴放っておけば?どうでもいいけど」
冷たい言葉を残し、純白の少女は去っていく。呆然とする深依夢と、その傍らで浮いている妖精が、黙って彼女を見送っていった。
【第一話
「契約なんてしないから」】