狼のモルモット   作:コアラの餌

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第0話

蛍光灯に照らされた窓一つない無機質な空間。

室内に設けられた大きな円卓には、十数名の男性が各々苦虫を噛んだような表情で向かい合う。年も服装も異なる面々だが、どの人物も肩には狼の刺繍が施されていた。

 

「増え続ける荒神の被害に極東のゴッドイーターは救護が追い付いていない」

 

万物を捕食せしめる生物“荒神”の、最初の個体が確認されたのは決して遠い昔の話ではない。

当初は極々小さな単細胞生物としての発見であり、“オラクル細胞“と名付けられたそれがよもや人類の脅威になりうるものとは誰一人として考えなかった。

それが急速な進化と細胞同士の強靭な結合による巨大な肉体の形成によって他の種を脅かす地位を獲得。

今となっては人類とその英知の結晶を喰い散らかしながら地上を悠々闊歩するほどである。

恐ろしく強固な細胞結合により通常兵器が全く通じないこの生物を、いつしか人々は極東地方に伝わる八百万の神々になぞらえて“荒神”と呼ぶようになった。

 

当然、人類とて指を加えて蹂躙されている訳ではない。

荒神研究を進めていた企業“フェンリル”が開発した、荒神に立ち向かえる唯一の武器”神機”と、神機を扱える限られた人々”神機使い”またの名を”Godeater(ゴッドイーター)”。

既存の兵器では傷一つつけられなかった荒神にも、同じオラクル細胞によって構成された神機ならば有効な攻撃を加えることができた。

 

しかし、神機を用いて荒神の心臓であるコアを破壊、もしくは本体から引きはがしたとしても、オラクル細胞は霧散した後に再集結し、また別の荒神を生み出してしまう。

現在、荒神を完全に駆除する手段は存在せず、人類は辛うじて首の皮が繋がっている状態であった。

 

「極東からは早急に手を引くべきだ。ゴッドイーターの数にだって限りがある」

「どこの支部も喉から手が出るほど欲しい状況なのは変わらん。あんな島で見殺しにするくらいなら手を引いた方が賢いだろうな」

 

生物兵器である神機を扱えるのは、対象の神機が有するオラクル細胞と適合したゴッドイーターのみである。

仮に適合したゴッドイーター以外が神機を扱えば、神機は使用者を捕食しようと荒神の側面を剥きだしに襲い掛かる。

更に、ゴッドイーターは荒神との戦闘で命を落とす危険性が常に付きまとう。

増えるよりも減る方が早いゴッドイーターの存在は貴重であり、多いに越したことはない。

 

「ここんところマシな成果を出せていないってのに、支部と領土を荒神にプレゼントか。俺たちはいいかもしれんが、世間はどう思うかね」

 

フェンリルの庇護無しに荒神から身を守る術はない。

極東を見放すことは、そこに残された人々を荒神の餌にすることと同義だ。

当然、世間からのバッシングは避けられない。

 

「成果だと?新型の研究はどうなったんだ。適合者が見つかったと聞いていたが」

「現在運用試験を行っておりますが、適合率が非常に不安定です。実用段階とはとても…」

「頼みの綱もまだ未完成か」

 

希望の見えぬ現状を突きつけられ続け、一同口を結ぶ。

どこかで駄目だろうとわかりつつも頭と口を動かし続けたが、ついぞ出せるネタも尽きた。

暫し、場を沈黙が支配する。

 

「…やはり極東から引き上げる他あるまい。この際外聞よりも貴重な人材を優先すべきだ。フェンリルの関係者だけでも引き上げさせよう」

「逃げる連中はいいが、野良のマスコミは黙っちゃいない。民間人を見殺しにした、荒神に敗れた企業だなんだとクソみたいなレッテル張りが始まるぞ。今まで通りの支援は先ず集まらん」

 

世界の盟主たるフェンリルも、多くの支援を受けているからこそ活動ができている。

外部の有力者へのご機嫌とりは重要な問題だ。

多額の資金と物資を注ぎ込んで建設された支部を放棄し、多くの人間を見捨てた企業。

それに疑い無く支援できる人間など、どれほどいるだろうか。

 

「そもそも何故こんな事態になったんだ。極東の被害は他の支部と同程度だっただろう」

「どうやら、世界中から多種多様の荒神が極東へ集まり始めたようです。引き上げるのなら早い方がいいですよ。直にあそこは荒神の楽園になる」

 

極東を捨て他支部の増強をとるか、極東を残し新型投入まで耐えるか、どちらも無視できないレベルのリスクが伴う。

大の大人がうんうんと野太い声で唸る中、白衣を纏った老人がぼそりと呟く。

 

「…様々な荒神が集まるというのは研究に好都合ではないか。新型とは別に、連中を満足させる成果が用意できるかもしれん」

 

囁くような独り言にもかかわらず、成果という言葉を誰も聞き逃しはしなかった。

出席者の瞳に小さな光が灯る。

 

「博打をうつのは好きではないが…これ以上の後退も許されない。最低でも新型発表の繋ぎくらいにはなる」

「荒神の研究ということは素材集めにゴッドイーターを使うのだろう?試験的に新型を入れたらどうだ。データが集まれば新型完成も近づく」

 

これならいけるな、よしこれでいこう、そんな賛同を示す声が各々漏れ出したところで、目を瞑っていた初老の男性がゆっくりと視線を上げ、徐に口を開く。

 

「よろしい、極東に集結する荒神の危険性調査と荒神研究を兼ねた部を立ち上げる。異議のある者は?」

 

会議室は肯定を示す静寂に包まれた。

 

「拠点は極東支部、危険性が高いと判断された場合は極東を放棄、部の存在は他言無用とする。では、次の議題に移ろう…」

 

こうして、緊急極東対策本部は発足した。

 

 

 

 

 

装飾一つない薄暗い廊下を、本堂宗二朗は早足に歩いていた。

 

「クソッ、忙しい時に限って呼び出しをかけやがる!上層部の連中は何を考えているんだ!」

 

普段は溢さない愚痴も、思わず口をついてしまう。

 

神機の整備士である本堂の働きは、戦場に立つ者の命運を左右する。

整備の見落とし一つでゴッドイーターが命を落とすと考えれば、本堂が就いている職業は非常に責任重大なものだ。

故に、運ばれてきた神機一つ一つに向き合い、整備に励め、というのが先人の教えであり、本堂もそれを信条としてきた。

 

しかし、それを理解している人間は同業を除くとなると極わずかだ。

本堂の上司も類に漏れず整備士の神経を逆なでるのが得意だった。

神機が担ぎ込まれる時間帯にズカズカと乗り込んできたかと思えば本堂に一言「今すぐ第三会議室に行け、上が御呼びだ」とだけ言い残し、慰労の言葉もなく立ち去ってしまった。

人手の少ない整備士は一人抜けるだけでもかなりの痛手となる。

今日の整備は間に合わない可能性が濃厚だ。そう考えるだけで焦燥感に駆られる。

 

それでも、仕事には立場が付きまとうのだから、感情を露わに怒鳴り込むというわけにはいかない。

本堂は第三会議室と書かれた扉の前に立つと、乱れた心と息を整えた。

 

「整備班、本堂です」

「入れ」

「失礼します」

 

お偉いさんとの話し方など心得ていないが、最低限の礼儀くらいには注意を払うべきか。

本堂はオイルで汚れた軍手をポケットに押しやると、ゆっくりとノブを回す。

 

扉の奥には髭を蓄えた男が一人、腕を後ろに組んで窓から外を見やっていた。

本堂含め多くの整備士は殆どの時間を整備室で過ごすために上下関係に疎い者が多い。

だが、目の前の人物が持つ貫禄は、一目で上に立つ人間だとわかるものだ。

 

「異動の話は聞いたか」

 

本堂は首を振る。

仕事上顔は広い方だが、今日の今日までそんな話は一度も耳にしていない。

 

「いいえ、異動とは?」

「本日より君には緊急極東対策本部危険度調査課を任せる。極東は君にも馴染みのある場所だろう」

「はい、十数年ほど前までは極東に勤めておりました」

「日本語が話せる人間もこの周辺の支部では君くらいだ。適任だろう」

 

荒神が表れる以前、地球上には七千近い数の言語が存在していた。

だが、荒神によって多くの民族が淘汰された現在では、使用されている言語となると二桁で収まるほどに激減している。

世界言語と呼ばれる英語とは異なり、極東支部周辺地域でしか使われない日本語を新たに学ぼうとする物好きもそうはいない。

 

「預ける部下は二名と少ない。相も変わらず人手不足でな。だが喜べ、内一名は貴重な新型だ」

 

本堂は己の耳を疑った。

 

「…申し訳ありません。今、新型と?」

「ああ、君の部下に新型を用意する」

 

現在使用されている神機は第一世代と呼ばれ、二つのタイプに分類できる。

 

一つは刀身と盾を持つ近接型、もう一つは銃身のみをもつ遠距離型だ。

近接型は盾で荒神からの攻撃を防ぐことができるが、近づかなければまともに戦闘を行えず、被弾のリスクも高い傾向にある。

対する遠距離型は荒神に肉薄せずとも攻撃することができるが、盾がない故に荒神からの攻撃は全て避けるほかなく、弾切れを引き起こせばただの的となるために近接型のサポートが必須である。

 

これらの弱点を克服したのが第二世代、新型と呼ばれている神機だ。

これは神機一つに刀身、盾、銃身を取り入れたもので、荒神の動きに合わせて戦うことができる他、幾つかの新機能を搭載しており、ゴッドイーターの生存率を高めるのではないかという期待が寄せられている。

 

しかし、臨機応変に対応するという高度な能力が求められるために、寧ろ死者が増えるだけだと危惧する声もある。

適合率も第一世代よりシビアとなり、適合者自体見つけ出すのが困難なはずだった。はずだったのだが。

 

「新型…もう実用段階まで来てたんですね」

 

先ほどまでの苛立ちはどこへやら、本堂は胸中密かに喜びを噛み締める。まさか自分の部下として新型が来るとは思いもしない。

聞けば新型の神機は刀身と銃身の形態を切り替えるために複雑な変形機構を組み込んでいると聞く。

整備士としては是非ともお目にかかりたい。

 

そんな本堂の興奮は、男の言葉で一瞬にして吹き消された。

 

「いや、今は試験的に運用しているだけだ。危険だと判断した場合直ぐに処分する」

 

処分。

要は失敗した場合、新型のゴッドイーターを殺すということ。

そうしなければならないほど危険な代物だということだ。

 

本堂は気付いた。自分は今、中々な厄介ごとを押し付けられているのかもしれないと。

 

「主に現在の極東における荒神の種類とその危険性の調査を行ってもらう。調査報告によっては極東の放棄も検討しているため、正確な調査を頼む。尤も、君がやるのは書類周りと部下への指示、後は新型の整備くらいか。おお、大事なことを言い忘れていたな。緊急極東対策本部の存在は秘するところであり、極東支部支部長とサカキ博士以外にはこの件に関すること一切の口外を禁ずる。聞いておきたいことはあるかね?」

 

男はあたかも簡単な仕事のように言ってのけるが、極東放棄と口外禁止で本堂の推測は確信に変わる。

間違いない、これはヤバい仕事だ。

素直に首を縦に振ろうものなら忽ち厄介ごとに巻き込まれる。下手すりゃ消されかねない。

フェンリルに長年勤めている本堂はこの会社が単なる人類の希望ではないことを知っていた。

フェンリルにとって都合の悪い人間は消えていた、なんて話も珍しいものではない。

 

上からの指示である以上は本堂に拒否する権利など残されているはずもないが、どうにかしてやんわりと拒否できないものかと、錆び付いた頭を必死に回転させる。

 

「私が抜けてはこの支部の神機整備が間に合わなくなると思われるのですが」

「君の後釜は既に用意してある。彼も君ほどとはいかないが、十分に優秀な整備士だ」

「新型の整備に関しては全くの素人なのですが」

「資料は用意しておいた。満足に新型の整備ができる者なぞ未だ何処にもおらんよ、安心したまえ」

 

本堂が即席で掘り出そうとした退路は男の微笑みと共に絶たれていく。

 

 

 

「他にはあるかね」

「…いいえ、思い残すことなく極東へ行けそうです」

「そうか、それは良かった」

 

結局、本堂には首を縦に振る以外の選択肢は残されていなかった。

 

「明日にはヘリが出る。別れは今日中に済ませておくといい。以上だ」

「…失礼しました」

 

本堂は肩を落としたままに軽く会釈をし、会議室を後にした。

 

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