重い瞼をこじ開けると、見慣れね証明に視界を覆われる。
サカキの研究室にいたはずが、いつの間にか小ざっぱりとした部屋に変わっていた。
記憶を遡れば、目が覚めたら自分の部屋だとサカキが話していたのを思い出す。
覚醒しない頭を抱えながら新居を見回すと、テーブルの上に走り書きされた紙が置いてあるのに気が付く。
「10時にエントランスに来い」
端には大きく本堂の名前が書かれている。
テレビ台に置かれた時計は10時ちょうどを指していた。
メモの横に置かれている部屋鍵を引っ手繰るように掴むと、神田は部屋を飛び出した。
エントランスでは来賓の受付やゴッドイーターの出撃管理、その他情報伝達など、様々な業務が行われている。
そのため、このフロアは極東支部の中でも最も賑やかな場所である。
深夜に人恋しくなってもここに来れば話し相手には困らないだろう。
神田がエントランスにつくと、フロアの隅に設置されたソファにリーネを見つける。
だが、肝心の本堂は何処にも見当たらない。
「おはよう、リーネ」
「おはようございます」
リーネと同じ席につくも、リーネは一切神田へ視線を向けない。
「本堂さん見なかった?エントランスにいるってメモがあったんだけど」
「私も彼に呼び出されたのですが、まだのようですね」
「そ、そっか」
よほど嫌われているのか、返される言葉には機械音声のように感情が籠っていない。
リーネの素っ気ない態度に今後への不安ばかりが募っていく。
「お、二人とも早いな。関心関心」
流れかけた気まずい沈黙を遅れてやってきた本堂がぶち壊す。
この人がいれば少なくとも会話が途切れることは無いだろう。
神田は安堵のため息を漏らす。
「呼び出した当人が一番遅いとは、関心ですね」
リーネも悪態をつきつつ、雑誌を閉じて話に参加する姿勢を見せる。
「悪い悪い。まあこれ飲んで機嫌直してくれや」
言いながらテーブルに置かれたのは、冷やしカレードリンクのラベルが禍々しく輝く三つの缶。
「何ですかこれは」
能面のように表情を変えなかったリーネも頬が引き攣る。
「まあ騙されたと思って飲んでみろ、意外と旨いから」
本堂は缶を一つ手に取ると、プルタブを勢いよく引き上げて豪快に飲み干していく。
つられて神田も口にしてみるが、想像を絶する微妙さにすぐさまテーブルに放棄する。
神田の反応をしっかり確認したリーネは、テーブルに一つ残された缶から視線を逸らした。
「…私は後で飲むので。話を先に進めてください」
「ん、そうか?リーネはせっかちだなぁ」
本堂は残念そうに眉を顰めると、最後の缶をリーネの眼前へ押しやる。
リーネの表情が絶望へと切り替わった。
「お前らを集めたのは他でもない。早速だが今日から神田とリーネにはペアで動いてもらいたい」
本堂の視線に応えるように神田とリーネは頷く。
「最初の任務はオウガテイルのコア、二つ回収してきてくれ。コアは必須として、それ以外の部位も持ち帰れそうなら頼む。研究には素材が多くて困ることは無いらしいからな」
「あの…」
リーネが小さく手を挙げる。
「こんなに人の往来が激しい場所で仕事の話をしてしまっていいのですか。私たちの仕事は知られては不味いのでしょう?」
本堂は頭を掻きながら申し訳なさげに口を開く。
「言い方が悪かったな。俺たちが何のために荒神を狩るのかは知られたら不味いが、何の荒神を狩るのかは知られたところで大した問題にはならん。もとより、ここの受付から依頼を流してもらわんと出撃できんからな」
「そういうことでしたか」
「すまんすまん、カレードリンクもう一本奢るから許してくれ」
「結構です」
半ば食い気味にリーネに拒否され、少し落ち込む本堂。
気を取り直さんと小さく咳ばらいをし、リーネが再び問いかける。
「それで、私は何処から指示を出せばいいのでしょうか。極東支部の観測室を使用しても?」
「いや、ここの観測室は常に使用されている状況で俺たちが使えるような空きはないんだ。そこでサカキ博士にこんなものを用意してもらった」
本堂が腰のポシェットから小型の端末を取り出す。
「神田がつけてる腕輪の信号と偵察班が荒神に取り付けるビーコンの信号を受信し、モニターに映し出してくれる。支部の設備ほどいろんな操作はできないが、神田のバイタルと適合率くらいならこいつでも確認できるそうだ。ただ、演算能力が低くてな。ある程度発信源に近づかないと正確な距離を算出できないんだ。すまんが、リーネには神田と一緒に現地へ行ってもらって、物陰に隠れながらオペレートしてもらうことになる。やれるか?」
「断れるものなら断りますが、やらなくてはならないのでしょう?」
「そうだな、頼んだ」
リーネは端末を手に取ると、早速操作方法を確認する。
「神田は出撃前に神機の扱いを復習しておけ」
神機という言葉にリーネの手が一瞬止まる。が、何事もなかったように再び端末の操作に戻る。
「適合試験で扱えたからといって現場でも同じように扱えるとは限らない。手足を動かすのと同じ感覚で使えるよう、しっかりと体に馴染ませておけ」
「わかりました」
「二人とも」
改まった本堂の声色にリーネも手を止め、注意を向ける。
「本来荒神との戦闘ってのは、ゴッドイーターが複数人で闘い、オペレーターが観測室から指示を出して行うものだ。しかし、俺たちにはそんな人手も環境も用意されていない。ゴッドイーターが一人で闘い、オペレーターがその傍で指示を出すことになる。いいか、危険に陥ったら、互いにフォローし合うんだぞ。小型荒神だからって絶対に油断はするな」
本堂の真剣な眼差しに神田とリーネの身が引き締まる。
その表情に、本堂は満足げにはにかんだ。
「うし、無事に帰ってこいよ」
「はい」
返事が重なり、初めてリーネと息が揃ったことで幸先の良さを密かに感じ取る。
リーネも同じことを感じていたのか、不意に向けた視線が合った。
二人は胸を張り、出撃ゲートへと歩みを進める。
「リーネ、冷やしカレードリンク忘れてるぞー!」