狼のモルモット   作:コアラの餌

4 / 5
※スマホで表示した際にスクロールがカクつくため、4/2まで第二話として公開していたものを、第二話と第三話に分割します。


第3話

輸送中のヘリの中、リーネは顔に冷汗を浮かべていた。

神田が心配した様子でリーネをのぞき込む。

 

「大丈夫?」

「…あんなものを出撃前に飲ませるだなんて、彼は私を殺そうとしているに違いありません」

 

うわ言の様に呟くリーネの口からはカレーの香りが漏れていた。

同乗するパイロットも何となく察するものがあったのか、深く問い詰めることなく操縦に徹している。

 

「あと一分で目的地に到着します」

 

神田は大型のアタッシュケースから身の丈を超える大きさの神機を取り出すと、普通の人間では持ち上げることすら敵わない重量のそれを軽々と肩に担ぎ上げる。

リーネも自らの頬を軽く叩き、ポシェットの中身を確認した後に小型端末を抱える。

ヘリは低空をホバリングしたまま扉を開いた。

 

「ご武運を」

 

騒音を凌ぐパイロットの大声を合図に二人はヘリを飛び出す。

 

 

 

劣化によって天然の吹き抜けをこしらえた教会に入ると、リーネは腰を下ろして端末を膝に乗せる。

 

「小型荒神が一体、この教会に近づいています。偵察班が周辺で目撃した荒神はオウガテイルのみとのことなので、恐らくこれがそうかと。私はここから指示を出します。その点を留意した立ち回りを」

「わかった」

 

外に出ようとしたところで神田が思い出したように振り返る。

 

「リーネはスタングレネード持ってきた?」

 

殺傷を目的とした従来の兵器は殆ど効果がない中、視覚と聴覚を一時的に麻痺させることを目的としているスタングレネードは荒神にも有効であった。

現在でも、荒神との戦闘から離脱する際や交戦時に隙を作る際に役立つとして、ゴッドイーターから重宝されている。

勿論、これは神機を持たない者でも使用することができるわけで、神田としては荒神から身を守る手段のないリーネには是非とも持っていてほしい一品だ。

だが、神田の心配をよそにリーネは差し出されたスタングレネードを付き返す。

 

「オウガテイルごとき、スタングレネードなんて要りません」

「そっか、でも沢山持ってきちゃったからいくつかここに置かせて」

 

断固として受け取らないという姿勢を見せるリーネの傍にスタングレネードを三つ置き、神田はそそくさとその場を立ち去った。

 

「…まったく、小型荒神に使うほど補給に余裕はないでしょうに」

 

愚痴を漏らしつつ、リーネはポシェットにそれらを押し込む。

 

 

 

教会を出てすぐに、耳に取り付けた通信機からリーネの声が聞こえる。

 

「三時方向、距離700、小型一体、周辺にその他の反応なし」

 

神田は神機を後方に構え、建物の物陰に隠れながら足音を立てないように移動する。

 

「九時方向、距離50、そこから目視できますか?」

「…いたよ、オウガテイルだ」

 

三分ほど移動を続けると、曲がり角にワゴン車ほどの荒神が姿を現した。

動物の頭蓋骨のような顔と錨状の巨大な尻尾をもつ、二足歩行の小型荒神だ。

小型と言えどその図体は人間よりも大きく、顎で噛みつかれようものなら上半身は丸呑みされること必至。

 

幸いまだこちらに気付いている様子はない。

神田はオウガテイルの死角に回り込みながら少しずつ距離を詰めていく。

 

残り10mほどまで近づいたところで、路地裏に身を潜め、神機を強く握りしめる。

直後、通信機から大声が上がる。

 

「興奮状態に移行!回避!」

 

咄嗟に一歩引くと同時に、神田がいた場所には巨大な針が突き刺さる。

オウガテイルの尻尾から射出されたものだ。

視線を上げれば、敵は威嚇をしながらこちらへ迫っていた。

道幅は狭く、横には壁が屹立している。

進めば荒神の口の中、退けば狭く長い通路。

 

「何をしているんですか!早く倒してください!」

 

迫る脅威に腰が退け、リーネの怒声もそっちのけに足は自然と路地へ向かう。

耳元でいろいろと騒がれるが、パニックに陥った神田の頭には何一つとして届いていなかった。

ただ、後ろから迫る足音だけは全身に響くほどに大きく聞こえてくる。

マズい、ヤバい、どうしよう。そんな何の解決にも繋がらない言葉ばかりが頭には浮かんでくる。

しかし、いつまでも逃げ続けることはできない。

眼前には立ち向かえと言わんばかりに壁が高くそびえ立っている。

 

「リーネ、行き止まりだよ!どうしよう!?」

 

振り向けばオウガテイルが涎をまき散らしながらにじり寄ってきている。

神田の足が恐怖に凍り付いた。

荒神ができる満面の笑みとは、恐らくこの顔を指すのだろう。

半ばあきらめ気味にそんなことすら考える。

 

だが、リーネは諦めていなかった。

 

「跳んでください!」

 

一瞬頭が混乱する。

飛ぶ、とは鳥の様に羽を広げて飛び立てということだろうか。

いやいやそんなわけがないだろう、と(かぶり)を振り、足を使って跳べということだと気づく。

 

そんなこんなとしているうちにオウガテイルとキスする五秒前。

それでも、足は震えて言うことを聞かない。

もう駄目だと目を瞑り、せめてもの反抗に両腕を前に突き出す。

 

しかし、神田のオペレーターは叫び続けた。

 

「跳んで!神田さん!」

 

不意に目を見開くと、オウガテイルの後ろに銀髪の少女の姿があった。

足の硬直が一瞬にして解ける。

 

大きく顎を開くオウガテイルなど構うことなく、神田は地面を強く蹴り飛ばす。

体は周囲の建物をも越えそうな勢いで空中へ舞い上がった。

眼下で間抜けな荒神が空を噛むのを見送ると、神機を変形させ、脳天に銃口を向け。

 

一発、引き金を引く。

 

マズルフラッシュと共に吐き出された銃弾は強固な細胞結合を容易く断ち切り、荒神の頭を消し飛ばす。

 

「まだです!」

 

首から上を失って尚、オウガテイルの尻尾が神田へと向けられる。

咄嗟に再度神機を変形させ、盾を展開、針を装甲で弾き飛ばす。

顔を失い、闇雲に放たれる攻撃はオウガテイルに隙を生じさせた。

神田は着地するや否や、神機で無防備な胴体を一閃。

刀身は吸い込まれるように肉体を断ち切り、標本の如き鮮やかな断面と共に輝き放つコアを露出させた。

すかさず神機を真っ直ぐにコアへ向け、捕食形態へと切り替える。

刀身の根元から現れた黒い(あぎと)は、荒神の肉片を食らえば神機の能力上限を引き上げ、コアを食らえば神機内部に保管することができる。

顎は咆哮を上げながら断面に食らいつくと、オウガテイルの肉片諸共コアを喰い千切った。

 

「…オウガテイル、沈黙を確認しました」

 

リーネの呟くような声が、通信機を通さず耳に入る。

 

「ありがとう、助かったよ」

 

振り返りざまに笑顔を向ける神田とは裏腹に、リーネは眉を吊り上げ、耳を真っ赤にしていた。

 

「どうして闘わなかったんですか」

「…え?」

 

晴れて荒神を倒すことに成功し、お互いを称え合う流れを思い浮かべていた神田に、リーネの反応は予想外だった。

 

「どうして荒神から逃げたんですか?」

「…それは」

 

怖かったから、と言おうとするも、何故か口が開かない。

それを言っては駄目だと、何かが妨げている。

 

「ゴッドイーターが荒神から逃げたら、一体誰が私たちを守ってくれるんですか?」

 

リーネの目には涙が浮かんでいる。

神田は気付いた。

自分は今、ゴッドイーターとして一人の夢を汚してしまったのだと。

 

リーネが夢見て目指したゴッドイーターの理想像は、どんな逆境にも立ち向かう完全無欠の存在なのだろう。

いや、リーネに限った話ではない。

今現在のところ、人類を生き長らえさせているのはゴッドイーターの活躍によるものだ。

彼らを心の拠り所にしている人々も少なくない。

そんな頼るべき存在が、荒神を前に尻尾を巻いて逃げ出した。

その絶望たるや、計り知れないほどであるのは想像に難くない。

 

神田は神機を強く握り締める。

自分は今、ゴッドイーターなのだ。

 

「ごめん、リーネ。目が覚めたよ」

 

リーネは頭を振り、零れる涙を袖で拭う。

 

「謝罪なんて要りません。態度で示してください」

 

神田は力強く頷いた。

同じ間違いは犯さない。

 

生き延びるために逃げる姿勢はこれきりに。

守るために闘う姿勢を心掛けて。

 

 

 

二つ目のコア獲得のため、端末を頼りに二人は街中をうろつく。

未だモニターには荒神の反応は表れない。

探索の合間に、神田はそれとなく聞きておきたかったことを口にする。

 

「そういえば、なんでリーネはあの路地にいたの?」

 

予定では、リーネは旧教会に身を潜めているはずだったのだ。

彼女が路地にいなければ今頃自分は胃袋に収まっていたやもしれないので感謝はしているが、それはそれとしてやはり気になっていた。

 

「あなたが移動を開始した少し後に、同行した方がお役に立てると思い至り、後を追いかけたのです。荒神の重心移動や足の動きを目視できれば、ある程度の動作は予測できますから」

 

端末上では荒神は赤い点で表示される。

そこからわかる情報といえばせいぜい荒神の座標とバイタル程度だ。

通常、オペレーターはこの情報を伝達するだけで十分役割を果たしているが、リーネはそれだけでは納得がいかなかったようだ。

 

「でも、危なくないか?」

 

フェンリルの職員になったとしても、リーネがただの人間であることに変わりはない。

速度も持久力も荒神に劣らないゴッドイーターならまだしも、普通の人間が防壁の外を一人で歩き回るのは非常に危険だ。

 

「大丈夫ですよ。荒神の信号は端末に出ますから、近づかれたら遠ざかればいいだけの話です。偵察漏れでビーコンの取り付けられていない荒神と不意遭遇する可能性はありますが、それならゴッドイーターの傍にいた方が安全ですし、何よりこれがありますから」

 

リーナはポシェットを軽く叩いて見せた。

隙間からは神田の渡したスタングレネードが覗いている。

それでもやはり心配だ。

神田の微妙な表情に、リーネは少し考える素振りをする。

 

「そうですね…神田さんが一人前のゴッドイーターになれば、私も物陰に潜んで安心して端末を眺めるだけでよくなるかもしれません」

「一人前って、例えば?」

「極東ではヴァジュラを一人で倒せたら一人前らしいですよ」

 

リーネの顔に、悪戯っぽく笑みが浮かぶ。

 

「それまでは神田さんの御守りをさせてください」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。