狼のモルモット   作:コアラの餌

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第4話

支部長室に呼び鈴が響き渡る。

 

「どうした」

「緊急事態だ。すぐ手術室まで来てくれ」

 

返事もしないまま受話器を置くと、ヨハネス・フォン・シックザールは書類から目を離し、急いで駆けつけた。

手術室の前では旧友が扉の窓から室内をのぞき込んでいる。

 

「ペイラー、どうかしたのか」

「ヨハン、見てくれ」

 

サカキに言われ、ヨハネスも手術室をのぞき込む。

中ではフェンリルに勤める医療関係者が一人の青年を取り囲み、手術の準備を進めていた。

右手に取り付けられた赤い腕輪から、青年がゴッドイーターであることは一目でわかる。

ベッドに横たえたその体には抉られた様な傷が複数あり、黒く焼け焦げた左腕からは血が滲み出していた。

ゴッドイーターの強靭な肉体でなければ先ず助からなかっただろう。

 

「荒神に襲われたらしい」

「偵察班の子だな。彼の偵察能力には私も一目置いていた。何故これほどの傷を…」

 

偵察班は荒神の偵察任務を主体としたゴッドイーターだ。

偵察任務の場合、仮に荒神に捕捉されても混戦の危険性を考慮して戦闘を避ける必要がある。

その点に関して、この青年は極東支部内でも非常に優秀であった。

他の偵察班が週単位で負傷する中、彼だけは年に十数回、軽傷を負う程度だった。

自分の下した評価と現実との齟齬にヨハネスは困惑する。

しかし、サカキの言葉が現状の理解へ導く。

 

「旧水力発電所付近でウロヴォロスに遭遇したと言っていた。極東支部に向かっている、とも」

 

聞くや否や、ヨハネスは頭を掻きむしる。

近年世界中での目撃証言が上がり始めた、天災にも等しい荒神。

駆り出されたゴッドイーターの殆どは年季に関わらず命を落としている。

 

「…なるほど。暫く見なかったが、また現れたか」

 

以前現れた際は当時の第一部隊が重傷を負いつつも、全員生き延びての討伐成功という快挙を成し遂げた。

しかし、一度成し得たからといって二度目も為せるとは限らない。

 

「ペイラー、この件については私が預かる」

「どうするつもりだい?」

 

サカキが尋ねるより早くその場を立ち去ると、ヨハネスは連絡を入れる。

 

「…本堂君、私だ。少し君の部下の力を借りたい」

 

 

 

 

 

「敵右側面にコア露出!」

 

オペレーターの指示に応じ、神田は即座に右手に回り込む。

大気に晒されたコア目掛けて捕食形態に切り替えると、神機は血飛沫を巻き上げながら荒々しくコアを抉り取った。

 

「沈黙を確認、周囲に荒神の反応なし。任務完了です」

 

二体のオウガテイルのコア摘出を終え、リーネの穏やかな声が仕事の終わりを告げる。

オウガテイルの亡骸を前に、神田の肩から一気に力が抜けた。

死亡率の高いこの業界では、初陣には大抵他のゴッドイーターが付き添う。

それをヒヨッ子がたった一人で乗り切ってみせたのだ。

十分に大金星と言える。

 

「リーネです、目標を達成しました。ヘリをお願いします」

 

リーネが帰投の準備をしていると、ノイズ交じりの男声が回線に割り込んだ。

 

「こちら本堂。お前ら今どこにいる?」

 

不躾だと咎めたい思いを飲み込んで、リーネがため息交じりで答える。

 

「教会の跡地から北西に2キロの地点です」

「支部長より特務が発令された。偵察班からウロヴォロス接近の報告が入ったらしい」

「ウロヴォロス?」

「…発生地不明の超大型荒神ですね」

 

山のように巨大な体をもつ荒神。

現在、ウロヴォロスの討伐成功事例は片手で足りるほどしか無い。

未だ情報も噂レベルのものしか集まっていなかった。

今回の報告も、極東を生き抜いてきた優秀な偵察班が満身創痍で上げたものだ。

本堂が小さく舌打つ。

 

「あいつ、厄介事をウチに押し付けてきやがった。およそ五分後にお前たちのいるエリア付近を通る。ウロヴォロスの進路を変え、できるだけ支部から遠ざけてほしい、とのことだ」

「そんな…」

 

事の重大さを理解しきれていない神田に反し、リーネの顔は青ざめる。

情報もない。策もない。設備も人員も整っていない。おまけに経験も足りない。そんな状況でウロヴォロスを誘導する。

誘導するとなればウロヴォロスの注意を惹かなければならない。

当然、その巨体から繰り出される未知の攻撃をド素人の神田が一人で引き受けることになる。

まるで死刑宣告ではないか。

救われる命の数を考えれば新人の犠牲をとるのは、支部の長としては最良の判断である。

だが、それで納得できるほどリーネは薄情になりきれない。

同じく本堂とて部下を見殺しにするつもりは無かった。

 

「極東支部がどうなろうと知ったことじゃない。いいか、俺が優先するのはお前らだ。少しでも無理だと感じるなら断ってくれ」

「それは…特務の拒否は処罰の対象になります。私たちは…」

 

端末を抱くリーネの手が震える。

この特務は被害を最小限に抑えるための犠牲だ。

特務を拒み、万が一にも支部が瓦礫の山と化した場合、責任の大部分を問われるのは自分たちになる。

死人が出れば処罰も重い。

出された二つの選択肢には実質大きな差など無いように思われた。

そんな考えを本堂が改める。

 

「心配するな、責任は俺が取る」

「っ…、しかしそれでは本堂さんが」

「神田、お前はどうだ?」

「え?」

 

リーネが言い切るより早く、本堂はいつもの軽い調子で神田に問いかける。

良くも悪くも神田は事の重大さを理解しきれていない。

だからこそ、神田ならこの事態に関して率直な意見を言える。

 

「相手は恐ろしくデカい荒神だ。下手をしなくても死ぬ可能性が高い。お前はこの特務、死なずにやりきれそうか?」

 

できれば断ってほしい、そんな心理によって選び出された情報。

しかし、本堂の思惑とは裏腹に神田は迷うことなく首を縦に振る。

 

「やれます」

「死ぬかもしれないんですよ」

 

念を押すようにリーネが詰め寄る。

 

「それでもいいんですか?」

「死ぬつもりなんてないよ」

 

リーネの瞳に神田の笑顔が写り込む。

 

「決めたんだ。守るために闘おうって」

「っ…」

 

止めなければと口を開くが、言葉が続かない。

共に言葉を交わす中で、知らずのうちに目の前の青年をただのゴッドイーターではなく、一人の人間として見るようになった。

だが、これがゴッドイーターとしての正しい選択であることは、リーネもよくわかっている。

自分と年も変わらないだろうに、彼は他人を優先しなければならない立場にある。

唇を噛みしめ、血に汚れた神機へ視線を落とす。

もし私がゴッドイーターになっていたら、同じ決断を下せただろうか。

 

「…そうか、わかった」

 

一瞬の間を置いて、本堂は静かに、力強く語る。

 

「目標はウロヴォロス、支部遠方への誘導だ。絶対に生きて帰ってこい。いいな」

「了解」

 

応答する横顔を、リーネは心配した面持ちで見つめていた。

 

 

 

上空を旋回するヘリから通信が入る。

 

「12時方向、距離500」

 

開いた扉からはリーネの姿が確認できる。

大型以上の荒神を誘導するとなると、先ほどまでのようにリーネが定位置から指示を出すというわけにはいかない。

人間の足ではゴッドイーターと荒神の移動速度には追い付けない上、広範囲の攻撃に巻き込まれる危険性も高いからだ。

そのため、折衷案としてヘリからのオペレートに変更された。

本来なら撃ち落とされる可能性を危惧して取られることのない方法だが、今回は事態が事態なだけに支部長から異例として許可が下りた。

 

「12時方向、距離200」

 

リーネから告げられる距離が小さくなるにつれ、地面の揺れが大きくなる。

 

「こちらからウロヴォロスを確認。神田さん、見えますか?」

 

視線を上げると、黒い影が崩壊したビルから覗いている。

 

「あれか」

「今回は誘導が目的です。リーチの長い攻撃が予想されますので、くれぐれも近づきすぎないよう注意してください」

「わかった」

「10時方向、距離100、気を引き締めていきましょう」

 

裏道を抜けると両側を廃ビルに囲まれた大通りに出る。

左を向けば、周囲の建物をも超える巨体に視界を塞がれた。

ウロヴォロスは神田に背を向けたまま、通りに沿って地面を踏み鳴らしている。

幾方向にも伸びた触手状の脚は周囲の構造物、地形を削り、巨体に似合わぬ格子状の羽は大気と大地を揺れ動かす。

幸い、こちらに気付いている様子はない。

神田は銃口を触手に向けると、地鳴りの如き足音に負けぬ声量で。

 

「リーネ、オペレートよろしく!」

「お任せ下さい!」

 

二人の言葉を皮切りに銃声が立て続けに鳴り響く。

一挙に吐き出された銃弾は、反動のブレによって各々分散しながら巨大な触手に命中。

噴き出された多量の血液が爆炎を赤く彩る。

一瞬の間を置いて、重低音の悲鳴が周囲を振動させ、足元の砂塵すらも巻き上げる。

ウロヴォロスはビルをなぎ倒しながら急速に向きを変えると、全身を揺らして神田に接近する。

すかさず神田も背を向けて全力で駆け出した。

巨体からして恐らく足は速い方ではない。一定以上の距離を保てば嬲り殺されることは無いはずだ。

 

「神田さん!」

 

通信機から上がる悲鳴。

突如、神田の周囲だけが暗くなる。

 

「なんだ?」

「直上!」

 

リーネの叫び声に釣られて空を見上げると、自分の真後ろにいるはずのウロヴォロスが巨大な影を落としながら上空から迫っていた。

信じがたい光景に一瞬呆然とする。

まさか、あの重量を持ちながらに跳躍し、一息で距離を詰めたのか。いや、この際理屈は後でいい。このままではペシャンコだ。

我に返ると神田は咄嗟に地面を蹴り飛ばし、転がる勢いで前方へ身を投げる。

直後、爆音と衝撃が不安定な身体を吹き飛ばした。

 

「防御!」

 

空中を漂う最中の指示に、最早脊髄反射にも近い速度で反応し、すぐさま盾を展開。

土煙を切り裂いて現れた触手の数々を寸前のところで受け止め、その反動が更に神田を吹き飛ばす。

 

「ブッ」

 

愛しの大地に接吻を交わし、やっとのことで地面に足をつく。

視界は揺らぎ、方向感覚も狂っているが、荒神の前で止まるのは自殺行為になる。

ウロヴォロスの姿を再認識すると、即座に反転して走り出した。

しかし、荒神は待ってはくれない。

 

「右に回避!」

 

ふらつく体で振り向いてみれば、ウロヴォロスの複眼が神々しく光っている。

全身から冷汗が噴き出した。

本能が危険だと知らせている。

泥だらけの体に鞭を打ち、再度全力で地面を蹴り飛ばす。

同時に、複眼からはレーザーが放たれ、神田の立っていた地面を瞬時に焼き尽くす。

 

「多芸なヤツめ」

「止まらないでください!」

 

思わず現状に対する理不尽さに突っ込みを入れたところで、リーネに現実に引き戻される。

何度転がったかもわからない地面を踏みしめると、もう一度走り出す。

前方ではヘリが高度を下げ、縄梯子を垂らして待機していた。

 

「これだけ注意を惹ければ十分です、離脱します!」

「了解!」

 

ウロヴォロスとヘリとの距離は十分に離れている。

少なくとも触手によって叩き落とされることはない。

神田は振り向きざま牽制代わりに残りの銃弾をばら撒くと、ビル群を一気に駆け抜ける。

あと少し、あと少しだ。

 

「神田さん、早く!」

 

リーネの声がウロヴォロスの咆哮でかき消される。

視線を後方に走らせれば、複眼がヘリの方へ向けられ、禍々しく輝いているのがわかる。

全力で駆けていた神田の脚が鈍る。

ヘリはレーザー射程圏内なのか。

仮に直撃すれば先ず助からない。

ゴッドイーターが何か手を打たねば。

 

「大丈夫です、早く!」

 

そんな心中を見通したかのように、リーネの声が背中を押す。

一瞬躊躇するも、その言葉を信じて神田は縄梯子に飛びついた。

待ってましたとばかりにヘリが急上昇。

揺られつ捻れつの縄梯子にしがみついていると、ヘリから小さな物体がウロヴォロスへ投げられるのが見えた。

 

「スタングレネード!」

 

合図で即座に目を閉じる。

直後、瞼越しに強烈な光が突き刺さった。

光が止んで視界が捉えたのは、巨体を伏したウロヴォロスの姿だ。

 

「距離800、大丈夫そうですね」

 

これだけ離れていれば長距離に有効なレーザーといえど命中する確率は大幅に下がる。

後は支部とは逆方向に飛び去るのをウロヴォロスに見せつけ、視界外の地点から帰投するのみ。

ゴッドイーターとオペレーターの出番はここまでだ。

 

「任務完了、帰りましょう」

 

梯子を上ると、リーネが疲弊しきった顔に笑顔を浮かべて待っていた。

 

「お帰りなさい」

 

何故だろうか。

服は血と泥にまみれ、体は痛くない部位を探すのが困難な程に疲弊している。

それでも、彼女を見ると自然と笑みが零れた。

 

「ただいま」

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