『そこにゾイドがある日常』   作:城元太

1 / 6


 そのおもちゃ屋が閉店すると知ったのは、まだ肌寒い1月末のころだった。

 県内に支店が四つある、けっこう大きなおもちゃ屋だったはずだ。でも、トイザラスの安売りや少子化、その他いろんな理由があって、一つ、また一つと閉店して、最後に残ったこの町の店も閉じることに決まったらしい。

 学校帰りにずっとゾイドの新製品発売を見てきたから、店が無くなるのはとても寂しかった。

 でも、何より寂しいのは、あの娘(こ)と会えなくなってしまうこと。

 あの優しい笑顔が見られなくなると思うと、僕は悲しくて悲しくてどうしようもなくなっていた。

 

                    ※

 

 

 ゾイドとの出会いは僕が小学校6年生になったときだ。アニメが始まった時は、ただ何となく見ていたけれど、雑誌に連載されていたフォトストーリーが楽しくてだんだん夢中になっていった。ちょっと背伸びをして、小説なんかに興味を持つ年頃だったんだと思う。

 ファンブックの1巻2巻を何度も読み返し、ストーリーの面白さとゾイドの活躍するジオラマに興奮して、そして発売される新製品をたくさん買った。

「いったいいくつ集めれば気が済むの!」

 たちまち僕の部屋はゾイドの箱であふれ、母親からはかなり嫌な顔をされた。

 実際、自分でもいい加減にしなければダメだとわかっていたけど、それでもやっぱりやめられないもので。たぶん大小50個ぐらいは集めたと思う。

 トイザラスや近所の大型ショッピングセンター、近所のプラモデル屋でも扱っていたからそこでも買ったけど、やっぱり一番買ったのは、あのおもちゃ屋だった。歩いて行くには遠いけれど、車や自転車ならすぐの距離にあって、子どもの頃からよく両親や祖父母におもちゃを買ってもらっていた。

 店の広さはだいたい普通のスーパーマーケットと同じくらい。ベビー用品や子供服も扱っていて、おもちゃ屋というよりは子供用品全般を扱う店と想像して欲しい。店長のこだわりなのか、妙にプラモコーナーが充実していた。

 トミーのゾイドショップに認定されていて、いろいろな限定品も扱っていた。妄想戦記シリーズや海外バージョン、驚いたのはコアボックスを店頭で売っていたことだ。予約を見送ったのを後悔していたけれど、結局目の前に現れた魅力的な標的を見過ごすことができず(そう、あのヨハン曹長のように)、なけなしの貯金をはたいてあの段ボール箱を買ってしまった。

 そのあと、母親にさんざん文句を言われたのは言うまでもない。

 

 普段の生活にゾイドが紛れ込むぐらい、大好きだった。

 大好きだったけれど、人は成長するのといっしょに、得るものと失っていくものがある。

 中学に進級すると、僕の身長は急に伸び始める。それに目をつけたバレー部の先輩に声をかけられ、深く考えもせずに入部した。練習は普通で、勉強もゾイド作りも普通にできた。中学時代を手短に説明するとそんな感じ。

 それなりの受験勉強をして中学を卒業し、僕は代わり映えしない地元の県立高校に通うようになった。入学直後に「女子バレー部の女の子とお近づきになれるぞ」の中学時代ライバル校の悪友のささやきに乗せられ、つい中学の感覚で男子バレー部に入部したのが間違いだった。

 うちの高校の男子バレー部は、毎年関東大会レベルまで勝ち進んでいる強豪で、そのぶん練習もキツく、連日ヘトヘトになって帰宅するはめになった。中学時代の練習量とは大違いで、女子バレー部員とお近づきどころか、放課後のデート(相手いないけど)の時間も取れないような日々が続く。

 毎月練習試合で県内県外に行ったり、逆に練習試合を申し込まれたり。ゴールデンウィークも全部練習と試合で潰れた。

 あっという間に迎えた夏のインターハイ。うちの高校は順当に県大会優勝、関東大会5位で、残念ながら全国大会出場権は逃した。引退する3年の涙を尻目に、捲土重来を誓って終了。で、これで、貴重な高校1年生の春夏を消費した。

 2学期にはいっても練習は続き、気付けば季節は秋になっていた。10月半ばを過ぎれば日はとっぷりと暮れ、下校時間が早まっても帰宅は夜道の自転車となる。

 少し遠回りすれば、あのおもちゃ屋は帰り道の途中だし、その気になればいつでも立ち寄ることはできたけど、入学以来ずっと行ってなかった。部活が厳しいこともあるし、なにより学校の勉強がある。

 数学と英語が苦手と言うのが致命的で、特に数学は定期テストで赤点ギリギリということも多かった。当然ゾイドに関わっている余裕も無く、それまでに買ったゾイドもほったらかしで、コアボックスの段ボールも埃(ほこり)をかぶっていた。

 11月の初め、朝飯を抜いて、弁当を1限目に早弁した。部活を終えて帰宅の途中、僕は激しい空腹に襲われた。

 いつもだったら昼休みに学校を抜け出し、コンビニに買い食いに出かけるのに、運悪く先生の立哨指導があって校門をくぐることができなかったこともある。午後の授業を空腹のまま居眠りもできずに過ごし、そしてハードな練習。

 腹の虫がグーグー鳴いて、帰宅後の夕食まで我慢できなかった。少し遠回りして牛丼屋に飛び込み、値下げ期間中の並盛り二杯を注文したいらげた。満たされた胃袋といっしょに家路につく途中に、あのおもちゃ屋の前を通りかかったんだ。

 おもちゃ屋は、窓にあざやかな色合いのポスターを輝かせ、変わらない姿で営業していた。懐かしさと疲れと気まぐれとが混じって、僕はそのおもちゃ屋に吸い込まれた。

「いらっしゃいませ」

 入口に店員さんがいたみたいだけれど、その時はほとんど気にしなかった。

 とても懐かしい感じがした。レジの後ろにさりげなく飾られたブレードライガーや、店員さんが作ったらしいガラスケースの中のウルトラザウルス、それにレオゲーター。時が止まっていたように、中学の頃と同じだった。

 店には独特の香りがあった。どんな香りかと聞かれると上手く答えられないんだけれど、とにかく独特なんだ。もしかするとプラモデル用の塗料の匂いかもしれないし、塩化ビニール製の幼児用遊具の匂いかもしれない。僕は少しだけ甘酸っぱい気持ちになって、さっそく店の中を見始めたんだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。