『そこにゾイドがある日常』   作:城元太

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 店のレイアウトは変更されていて、ゾイドはプラモデルコーナーの隣の棚に移されていた。

「『ゾイドフューザーズ』?」

 店頭には新しいパッケージのゾイド達がずらりと並んでいた。

 新しいアニメシリーズが始まっていたことすら知らなかった。そのころの僕は、家で新聞も読まず、本屋での立ち読みもできず、テレビだって夕食を食べながら家族と見るドラマとニュースくらい。申し訳程度の定期試験勉強。それほど世間から遠く離れていた。

 15分ほど物色をして、僕が手にしたのは青いアロザウラーだった。治安局バージョンと書いてあるそれは、値引きされて980円(税込)。安い牛丼を食って浮かした弁当代が余っていた。

 アロザウラーは前々から欲しいと思っていたけど、前に一度再版されていた時に買い逃していた。

 僕は治安局アロザウラーを抱えてレジに並んだ。

「お待たせしました」

 軽く会釈をする店員を見る。ちょっと驚いた。

 レジには、僕と同じくらいの年齢の女性――いや、少女――が、立っていた。

 高校生くらいだから、アルバイトだろうか。でも、どちらかといえばプラモデルに力を入れているこのおもちゃ屋に、こんな若い女の子――少女?――が働いているのは意外だった。短く髪を束ね、白の薄手のセーターに水色のエプロンをかけて接客している。

 陽だまりの様な笑顔。〝営業スマイル〟と言ってしまえばそれまでだけど、秋の夕闇の中、レジに立つ彼女の姿は魅力的だった。たくし上げた袖からのぞく白い二の腕が、ほどよく丸みを帯びた頬と同じようにふわふわに見える。そして、思春期男子であればどうしても目が行ってしまうその胸元は、エプロンで強調されて結構大きかった。

 女の子の店員だからといって、恥ずかしくてうつむいてしまうほど僕はシャイではない。ごくごく自然を装って、アロザウラーをレジに置いた。

「980円になります」

 僕はお釣りを受け取り、店を後にする。自動ドアの向こう側、しばらくぼんやりと彼女の姿をちら見していた。そのままでは怪しまれるので、近くにあった自販機で買った缶ジュースを片手に、自転車にまたがって。

 なんか、素敵だな。

 それ以来僕は、週に一度必ずあのおもちゃ屋に通うようになっていた。

 

 とりあえず『ゾイドフューザーズ』は録画した。それをBGM代わりにして、数学の問題を夜遅くまで解いたりした。僕が知っているゾイドのストーリーとはかなり違っていて、前の『スラッシュゼロ』とのつながりもない。それでもゾイドが動くのは楽しいし、最終回にかけての盛り上がりはなかなかだった。

 ゾイドはやっぱり好きだった。でもそれと同じくらい、あのおもちゃ屋が好きになっていた。

 ゾイドが目的なのか、あの娘が目的なのか、多分その両方だろう。立ち寄るたび大型小型のゾイドを買ってきたものだから、部屋はまた、組み上げを待つゾイドの箱が積み上げられるようになっていった。

「また始まったの。もう卒業したと思っていたのに」

 それは僕も同じ気持ちだった。

 立ち寄った時いつも、彼女は店にいてくれた。

「ありがとうございました」

 そしてとても素敵な声であいさつしてくれる。僕だけのためじゃないってわかっているけれど、嬉しかった。

 彼女は、レジに立っていない時は品出しをしていて、何度かゾイドの棚を整理で隣に並んだこともある。屈んで整理をする彼女を見ながら「女の子って意外に小さいんだな」なんて思った記憶が。

 ゾイドの箱って、規格が統一されていそうに見えて、意外とサイズはバラバラなんだ。うまく並べようと思っても、なかなか上手に積めないことが多い。

 でも彼女は、そんなバラバラなサイズのゾイドの箱を隙間もなく見事に積み上げていた。

 働く姿は素敵だった。レジの後ろのブレードライガーは、むき出しだったのにいつも彼女がほこりをはらっていたからきれいなままだった。ウルトラザウルスが飾られたガラスケースも、よく彼女が拭いていた。

 気持ち、って、仕種に表れるにちがいない。

 ある時は、レジを済ませ、母親と一緒に店を出て行く幼稚園生くらいの女の子に、微笑みながら手を振っていた。女の子は、いわゆる魔女っ娘アニメの変身セットを買ってもらったらしいけれど、彼女はその女の子の喜ぶ様子を見て、本当に嬉しそうに手を振っていたんだ。きっと優しい娘なんだろう。

 彼女を見ていると、ついこっちまで優しい気持ちになってしまう。

 その日、僕がいつものようにゾイドの新製品を物色していた。「限定のブラキオトータス、4000円は高いよなあ」などと、箱を持ち上げて悩んでいた時だ。

 今さらだけど、僕の身長は高い。バレーをやるくらいだから、ゾイドが陳列されている棚の向こう側なんて普通に見渡すことができる。そこで、大きな三輪車の入った箱に手を伸ばしているお母さんと3歳くらいの男の子の姿が目に入った。

 子どもの身長で届かないのは当たり前だけど、お母さんが手を伸ばしてもギリギリで、下手をすれば箱が落ちてきてしまいそうだ。まわりを見渡しても脚立は見当たらないし、今日に限ってレジにお客さんが3人並んでいて彼女も対応ができない。

 見かねた僕はブラキオトータス(4000円は高いよ)を無造作に置き去り、手を伸ばしているお母さんの側に早足で近づいた。

「これ、取るんですよね」

 お母さんはちょっと驚いていたけれど、すぐに「ありがとうございます」と言ってうなずく。普段からバレー部でしごかれているから、ひと抱えある三輪車の箱を持つことなんて平気だ。

 僕は背伸びもしないで箱を取ると、それをそのまま抱えてレジまで持って行ってあげた。

「おにいちゃん、ありがとう」

 3歳くらいの男の子は、お母さんに促されてお礼を言ってくれた。

 僕も男の子に微笑みを返した。

「ありがとうございます」

 接客中の彼女は、申し訳なさそうに声をかけてくれた。

 僕は内心、やった、と思った。初めてつかんだ、彼女と会話するきっかけだったんだから。結局、レジからお母さんの停めている車まで、運んであげちゃった。

 それから店に戻ると、まだレジを打ち続けている彼女がもう一度あいさつしてくれた。

「申し訳ありません。お客様に、お手伝いしてもらってしまって」

「いいんですよ、当たり前のことをしただけです」

 使ってみたかったんだこのセリフ。

 で、ゾイドコーナーに戻って無造作に置いてしまったブラキオトータスを棚に返した(4000円は高いよ)。ちょっと欲しかった(4000円は高いって)。未練がましいったらありゃしない(4000円は高い)。

 

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