僕は家から二駅離れた、地方の県庁所在地の駅前で人を待っていた。
表町商店街はシャッター通りと化しているが、取り敢えず駅ビルだけは賑わいが残っている。
春休み、部活の練習も無くなってヒマしている悪友といっしょに、駅ビルに接続しているシネコンに行く約束をした。そのシネコンは複合娯楽施設で、映画館のほかにゲーセンやカラオケ、飲食店やパチンコ屋まで入っている。
「ごめん、待ったか」
「待ったよ3分も。なんで同じ電車で来たはずなのに遅れるんだ」
遅れた理由は見ればわかる。片手に持ち帰り用の牛丼をぶら下げていた。
映画を見る予定を立てていた。ハリウッドの話題作で、今さらここでタイトルを言う必要がないくらい有名な映画だ。
券売機で30分後の上映回のチケットを買い、ポップコーンの香りが漂うホールを、悪友が牛丼を食べ終わるまでの間、映画グッズなんかをだらだらと眺めた。あいつが牛丼の器の底に残った米粒を掻き込みながら言った。
「男同士で映画なんて、悲しいな」
それは僕のセリフだ、と思っていると、悪友が突然黙り込んだ。
携帯電話の着信音。表示された発信者を見て表情がみるみる喜びに変わっていく。
「あ、もしもし。……ちゃん? そう、俺も今ヒマだったんだよ。
え! ……駅で映画を? 行く行く、大丈夫、偶然俺も近くの書店で参考書を選んでいたんだ」
ウソをつけ。お前が参考書を選んでいるところなんて、この2年間一度も見た事ないぞ。
悪友は購入したチケットを僕に押し付け、両手を合わせる。
わかったよこの展開。
「悪い、俺ここで別れるわ。別の映画を見る。
お前だけで楽しんでくれ。そのチケット、やるわ」
エラそうに言うけど念のため。その日は映画1000円の日だ。
実にウキウキとして去っていく悪友を眺め、僕は時計を見た。
まだ上映まで23分もあるじゃないか。どうするんだよ、これ。
パンフの立ち読みも白けたし、入れ替えまでまだ間がある。
僕はシネコン隣にあるゲーセンにいって、クレーンゲームなんかをぶらぶらと眺めることとした。
春休み、午前の早い時間だからそれほど人は多くない。
「あれ? ソードウルフにムラサメライガー」
思わず声に出していた。だって、クレーンゲームの函体の中に、ゾイドのフィギュア(厳密にはフィギュアじゃないけど)が積まれていたんだ。
パッケージには〝タイトー〟てあって、トミー製のものではない。
アニメも終わっていたし、ちょっと時期外れ。でも、地方のゲーセンだから、時期外れのプライズ商品も入荷してしまうんだろうな、などと考える。
クレーンゲームのアクリルの向こう側、僕は僕と同じようにゾイドを眺める制服姿の女の子を目にする。
ゾイドを見るなんて、珍しい女の子だな。
伏し目がちにムラサメライガーを見つめるその子を見て、また驚いた。
視線が合う。
「あっ……」
「あ、どうも……」
あの女の子だった。制服は駅の近くの、伝統校のいまどき珍しいセーラー服。先に気付いてくれたのは、彼女の方だった。
本当に、本当にごく自然に、僕たちは会話を交わしていた。アクリルの壁に顔を寄せ、彼女が告げた。
「ゾイド、まだこんな所に残っていたんですね」
「もう僕も買えなくなっちゃいました」
会話が弾む。彼女もきっと、あのおもちゃ屋が懐かしいんだ。
「お店がなくなって、もう会えないと思っていました」
え、なに。今なんて言ったの?
僕はムラサメライガーを見つめたまま、視線を戻せずにいた。ポケットを探り、チケットが二枚あるのを確かめる。
心臓が高鳴る。一世一代の賭けだ。
「あの、お時間ありますか」
ハモった。
目の前には、頬を少し赤らめた彼女と、ぎごちなくチケットを差し出す僕の左手がある。
彼女も少し驚いたようだ。
悪友との経緯を簡単に話すと、彼女はあの陽だまりの様な笑顔で微笑み、うなずいてくれた。
映画を見終わった後、二人はまるで何年も前からの友人が再会したみたいに、堰を切った様に話をした。
おもちゃ屋は不況で閉店したのではなく、廃業したということ。もう地域社会での役割を終えたと、御両親は考えたんだそうだ。
彼女は自分から進んで働いていた。バイト代も欲しいけれど、それ以上に将来接客業に就きたいと考えていたから(彼女の制服は、古くからある商業高校のものだ)。お客さんの気持ちになって働く、だからどの客がどんな商品を選ぶか、積極的に覚えようと常に努力していたんだ。
それとここからが大事。彼女がずっと前から僕のこと、気にかけていてくれていたんだっていうこと。
「だって汗の臭いがついたバレー部のウィンドブレーカーを着た大柄の高校生が、いつもゾイドを買いに来ていたら、覚えてしまいますよ」
屈託もなく笑う彼女を見て、悪友のかつての言葉を思い出す。
お前の言う通りだったよ。でも、それがよかったんだ。
「あなたは店内でいつも、お年寄りや小さな子どもの邪魔にならないようにさり気なく注意をしてくれていました。優しいひとなんだなあ、ってずっと思っていました」
そんなつもりは正直なかった。でも、きっと、高校生でおもちゃ屋に通っている、という後ろめたさが、謙虚な仕草となって現れていたのかもしれない。それにあの時、棚からおもちゃを取ってあげたのは事実だし。
「またお会いできればと、ずっと思っていました。私は英玲奈と言います。あの、お名前を、教えて頂けませんか」
少し控えめに、彼女は切り出した。夢みたいだった。この僕が、こんなシチュエーションに出くわすなんて。
それからはもう、幸せのジェットコースターに乗ったようだった。お互いに連絡先を交わし、次に会う約束をして、また遊びに行く予定まで立てていた。僕はまた、天にも昇る気分で、振り向いて手を振る彼女の姿を見つめていた。
僕らはその日から付き合いはじめた。
※
「ゾイドオリジナル、もう終わりかよ」
更新されたタカラトミーのサイトを見ながら僕は呟く。
引っ越したばかりのアパートは、梱包を解かれないままの段ボールが山積みとなっていた。業者の都合で、引っ越しの当日しかインターネットの接続ができないというので、まずは買ったばかりのパソコンをセットアップして、そのまま見入ってしまっていたのだ。
僕は高校を卒業し、東京の工業系の大学に合格、入学する。
そこでバレー部に入部し4年間熱心に活動をした。その大学のバレー部は、OBにⅤリーグ(現在のチャレンジリーグとプレミアリーグ)の選手を何人も排出していて、旧実業団系の企業にも多くの人脈があることまで調べてあったからだ。
もう僕は、人生の目標を決めていた。就職氷河期と言われる頃、必ず就職を勝ち取ると同時にバレーもやる。そして新しい生活の準備をするんだと。
しかし、スポーツと仕事を両立できる職場なんて簡単に見つかるものではなかった。大学を卒業した後、1年間はいわゆるフリーターをしながら、社会人のバレー練習に夜と土日に参加し、なんとかで食いつないだ。
翌年、バレーの練習で一緒になった人脈を辿り、何度か厳しい就職試験を潜り抜け、最後は遂に正社員待遇で、バレーも出来る会社に運良く就職を決めることができた。
僕はその夜、彼女に連絡を取った。
仕事上ネットの整備は必須だった。だから真っ先にパソコンを接続し、結果この始末。僕には整理整頓という行動に向いていないらしい。
何もかも新しい環境。
でも、変わらない物もある。
段ボールの山の中、彼女は梱包を解いて荷物の整理をし始めていた。
たくさんのゾイドの箱を見つめ、慣れた手つきで隙間なく、アパートの棚に見事に積み上げて行く。
「ホント、幾つ持って来れば気が済むのかしら」
ゾイドは全部持ち込んできた。だって、僕たちを繋いでくれた絆なのだから。
春の陽射しに舞う埃が、まるで花びらのようなピンク色に光って舞っていた。
今日からここで、僕たちの新しい生活が始まる。
そこにゾイドがある日常と共に。