散り行く花の勇者   作:オーダー・カオス

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第一エペイソディオン
「フルトゥーナ」


「はあっ!」

 

「おっと、それじゃダメだぞ?

 フルトゥーナ(・・・・・・)?」

 

 トロイアの王族の青年が同じく王族である年少の王子が繰り出した槍の刺突を難なく弾いた。

 

「てやぁ!」

 

「おっと、危ない」

 

 弾かれてもめげずにフルトゥーナと呼ばれた王子は再び突きを繰り出すもそれを兄は一瞬、焦りを見せるもすぐに余裕を取り戻した。

 兄はトロイアで最も優れた戦士であり周囲からも期待されている。そんな兄からすればフルトゥーナの槍の動きは予測できるものであったらしい。

 

「ほいっと!」

 

「あ……」

 

 稽古は兄がフルトゥーナの槍を弾き飛ばしたことで終わりを告げた。

 年齢差もあるが、既に兄の武人としての片鱗はトロイアの中でも煌いていた。フルトゥーナも槍の名手であったが兄には及ばなかった。

 後にこの兄はトロイア一の英雄と呼ばれることになるのである意味、仕様がないことである。

 

「ありがとうございました!

 ヘクトール兄上!」

 

 完全にいなされながらもフルトゥーナは長兄であるヘクトールに日課である稽古に付き合ったことに感謝の言葉を述べた。

 フルトゥーナにとっては一番上の兄にして、トロイア随一の武芸者としても既に名高いヘクトールは敬愛に値する人間である。

 故に毎日、父プリアモスの頼みもあるとは言え快く武芸の指導を受け入れるヘクトールのことをフルトゥーナは慕っていた。

 

「フルトゥーナは律儀だなぁ……

 ま、今回も中々いい突きだったぜ?」

 

 ヘクトールは子犬のようにも思える愛らしさを感じさせる笑顔のフルトゥーナの頭を撫でながらそう言った。

 

「い、いえ……私など……ヘクトール兄上と比べるとまだまだです……」

 

 雲の上の存在であり最も敬愛する武芸者である兄の称賛にフルトゥーナは身体をもじもじとしながら恥ずかしそうにした。

 既にトロイアでも、一、二を競う武芸者であるヘクトールに褒められることは父プリアモスに戦士として育てられているフルトゥーナにとっては最大の賛辞である。

 しかし、やはりまだ十二を過ぎただけもあり、子供心が残ることもあり羞恥を感じてしまった。

 

「いやいや、フルトゥーナが頑張ってくれるとお兄ちゃん、マジで大助かりだわ……

 頼もしい妹(・)がいると安心だ」

 

「あ、兄上……」

 

 ヘクトールは妹に対してそう言った。

 フルトゥーナは女でありながらも王子でもある。

 彼女が女であることを知るのはトロイアの王族の中でも限られた者だけであるが、この兄にして次のトロイアの王となる長兄はそれを知る限られた一人である。

 齢十二歳にして、幼いころから既にトロイア随一の武芸者であるヘクトールにフルトゥーナが鍛えられているのは、フルトゥーナが女であることを周囲に知られないためと、女でありながらも戦場に出ることを予言によって定められたフルトゥーナが戦場で膂力に劣る男たちに不覚を取られないためであった。

 ヘクトールを尊敬するフルトゥーナにとっては、予言の内容は聞かされていないが既に王女(・・)としての未練を断ち切ったこともあり、兄の妹扱いには少し反応が困ることであった。

 

「少なくとも、槍はまだまだ兄ちゃんの方が上だが、馬に関しては既に兄ちゃんよりは上だぞ?」

 

 兄はフルトゥーナの馬術の才能を褒める。

 それは決して、誇張でもなく事実であった。

 フルトゥーナは既に馬に至っては戦車を使うのではなく鞍のみで乗馬し馬上から走りながら的に当てる程に馬を乗りこなしている。

 フルトゥーナは馬に好かれている。

 フルトゥーナが厩(うまや)に来るだけで馬たちいななくほどである。

 さらには裸馬すらも乗りこなすときもあるほどだ。

 

「だけどな?あんまり無理すんなよ?

 この前も森で熊に会ってそれを倒したのはいいが……

 皆、心配してたんだぞ?」

 

「……はい、ごめんなさい……」

 

 フルトゥーナは前日、同年代の友人たちを逃がすために弓矢で応戦し熊を倒した。

 それを聞いて、父のプリアモスや母のヘカベー、ヘクトールを始めとした年長の兄妹たちは心配してしまい、普段飄々としているヘクトールでさえ叱るほどであった。

 ヘクトールはそんな勇ましいながらも危うさを見せる妹の姿に複雑さを覚える。

 既にヘクトールは政治家としても、軍略家としても、戦士としてもあらゆる才能を見せている。

 恐らく、トロイアに事があったらならば、誰もが彼を頼りにするだろう。

 だが、それ故にヘクトールは危惧している。

 もし自分の身に何かあればトロイアは揺らぐだろうと。

 父プリアモスは治世においては優れているが、戦時においては向いていない。

 故にトロイアを指揮するのは己だと考えてのことだった。

 それを考えて、ヘクトールは二つの保険を求めていた。

 一つはトロイアの総指揮官となり得る後継者の育成だった。

 万が一、己が討ち取られた時にトロイア全体を指揮する人物であった。

 精神的支柱ならば特段武勇に秀でなくてもいい。

 全体を見回せる視野さえあればいいとヘクトールは考えていた。

 そして、もう一つは己と肩を並べられるか、それ以上の武勇に秀でる将を見つけることであった。

 長兄は総指揮官である己が前線に出過ぎるのは危険だと考えていた。

 それは決して、臆病から来るのではない。

 トロイアの国民は誰もが己を頼りにしている。

 今現在でさえ、父プリアモスは己に助言を求めて来る時が多い。

 そんな己が死ねば国全体の士気が落ちると考えたのだ。

 特に己を誇りに思う父プリアモスと我が子に時として夫以上に愛情を見せる母ヘカベーは嘆くだろう。

 だからこそ、ヘクトールは己と攻めを分担できる勇将を求めたのだ。

 また、ヘクトールは仮に自らが先に死んだとしても後継者と勇将の双方が健在ならばトロイアは安泰だと考えてもいた。

 後継者は全体を、勇将が前線を指揮する。

 それだけで己の代わりを作らないでも済むと考えたのだ。

 フルトゥーナは後者であった。

 既にフルトゥーナの武芸の腕はトロイアでは、長兄である己や従弟であるアイネーアスに劣らないほどだ。

 さらにはフルトゥーナは幼いころから時折垣間見せる勇気と友人たちから慕われる将器が存在した。 

 彼女のマネをしようとして、誰もが裸馬に乗るほどだ。

 その影響でトロイアの軍馬の保有量は他国と比べても多くもないのに軍馬の戦力は明らかに上だ。

 ヘクトールは彼女こそがトロイアの矛たる存在だと確信していた。

 

 だがなぁ……

 妹がそんなことしなくちゃならんとは……

 

 ヘクトールは心の中で嘆いた。

 ヘクトールはフルトゥーナが戦士としての素質があり過ぎることが悲しかった。

 かつて、父プリアモスから気化された予言を耳にして、ヘクトールはフルトゥーナの王女としての予言を決して現実のものにはしないように戦士として一級品に育てようとした。

 仮令、予言通りに戦士としても育てても戦場で女がいれば、敵兵は容赦なく彼女を嬲るだろうと考え、何よりも下手に戦場に出て命を落とさないようにと心を殺して可愛い妹を鍛えてあげた。

 そもそも、彼女を騎兵としての才能を認めているのも戦車よりも圧倒的に機動力のある騎兵の方がすぐに逃げられると考えてのことだった。

 ヘクトールにとっては国全体が家族そのものであるが、その中でも本当の血のつながりがある王族たち、そして愛する者もまた命を賭しても守るべき存在である。

 だからこそ、自らの祖父の代に大英雄によって完膚なきまでに敗れたトロイアの過去を知ってどんな手段を使ってでもトロイアを守るつもりであった。

 トロイアはアカイア諸国にとっては交易の要所であった。

 何よりもトロイアは一度、大英雄によって敗れている。

 そのこともあってか、再びアカイアの国が攻めて来ることも考えられた。

 故に必ず、いずこかの欲に駆られた王が攻めて入る可能性を考えてヘクトールは軍略家としての才を伸ばした。

 いずれにせよヘクトールにとってはトロイアは家族なのである。

 同時に数多くいる妹たちや幼い弟たち、そして、既に婚約を交わしているアンドロマケは彼にとっては命に代えても守ろうとする存在なのである。

 だが、運命のイタズラとも言えるのか。

 自分にとって守りたいと思う存在の一人が己が求めるトロイアの矛であり、己が死地に向かわせなくてはならない勇者なのである。

 

 あ~あ……

 こりゃ、兄ちゃんが頑張ってニネミア(・・・・)を死なせないようにしないとな……

 

 ヘクトールは大切な妹の未来を考えて改めて誓った。

 妹は弟たちと比べると戦士としても、将としても明らかに強い。

 しかし、同時に妹は余りにも強すぎるのだ。

 前日の熊の件にしても、同年代の友人たちが熊に襲われたことで彼女は友人たちを逃がすために弓で注意を引いたのだ。

 友人たちが逃げ切るまで彼女は何度も弓で射かけるが、熊はしぶとく、いや、激昂してフルトゥーナのことを追いかけた。

 フルトゥーナは熊を倒すも、既に矢は尽きており、下手をしていれば命を落としていたのはフルトゥーナの方であった可能性があるのだ。

 フルトゥーナは他人のために自分を犠牲にしがちだ。

 それは戦場においても危険なことに他ならない。

 故にヘクトールは全体の指揮官としてフルトゥーナを心配し、仮に戦争があれば、フルトゥーナに頼り過ぎるのは危険だと考えたのだ。

 それは将としての判断もあるが、兄としての情もあった。

 

「よし、今日はここまで。

 カッサンドラも待ってんぞ?」

 

 ヘクトールはそう言ってフルトゥーナを急かした。

 

「はい!ありがとうございました!兄上!」

 

 それを聞いて、フルトゥーナは喜びを明らかにして無邪気に姉の下へと真っ先に向かった。

 

「……頼むぜ、カッサンドラ……

 ニネミアを思い止ませられるのはお前だけなんだから……」

 

 ヘクトールは妹に妹のことを託した。

 フルトゥーナは一つ上の姉であるカッサンドラを慕っている。

 ヘクトールはカッサンドラとの繋がりこそがフルトゥーナが無茶をすることを抑えられる唯一の手段だと考えていた。

 フルトゥーナにとってはカッサンドラの涙こそが最も見たくないものであるからだ。

 しかし、運命とは残酷な事か。

 それこそが花を咲かせる水であり、太陽であり、土であるとは。




ヘクトールおじさんはFateに出る前からかなり好きな英雄でした。
妻子に対する分かれとかあれ、イーリアス屈指の名場面です。
あれマジで泣きますからね。
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