終わり無き孤独な幻想   作:カモシカ

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第十六話 異変はようやく解決する。

 ぶつけるのは膨大な『負』。一個人が操るには大きすぎるその力は、数多の人の死を貪ってきた妖怪桜さえも容易く喰らい尽くす。一片も残さぬように、ただ執拗に喰らい続ける。しかし強引に物理化させた負の力では、物理的に西行妖を消すことで精一杯だ。とても西行妖に宿ってしまった能力を消すことは出来ない。

 そして呪われた力を律する()が消えたことで、指向性を失った能力は次第に暴走を始める。まず最初に喰われるのは俺の命だ。そして俺の命を喰らい尽くせば、すぐに幻想郷に存在する全ての命を平らげるだろう。()()()()()()()、だが。

 

 そしてこれこそが八雲の作戦。呪われた力を防ぎうる最後の、そして無二の手段。もちろん八雲レベルの人外であれば、少しは犠牲が出るとしても食い止めることは十分に可能だ。だがこれは異変。妖怪が起こし、人間が解決するこの幻想郷(楽園)の歪なルール。余りにも不公平なそれはしかし、結果として人と人ならざる者の双方を近づけることとなった。戦いの中で芽生えるその絆は、確かに常識の通じないこの世界ならではのものである。けれど俺にとって、その繋がりと言うのは何よりも大きな意味を持つ。

 だからこそ俺は、この行いを自己犠牲だとは言わせない。

 

 俺はこれまでもこれからも、俺自身のためにしか、動けないだろうから。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

――『負界:幻負双終』

 

――『負撃:絶対絶命』

 

 

 

「……ちょ、ちょっと紫。い、一体どういうことなの」

「な、なんだよあれ。やばいってもんじゃねえぞ」

 

 紫のスキマに拉致されてから少し経った頃。私たちは信じられない光景を目にしていた。八幡が何かの呪文を口にした後、いきなり八幡を中心に黒い力が円形に広がり始めたのだ。それはやがて冥界全域を包み込み、それ自体を一つの術式としていた。規模は博麗大結界程ではないけれど、それでも一人の人間が制御するには大きすぎるし複雑すぎる。あれを展開するだけでも大妖怪程度の力量は必要だ。まあ紫なら涼しい顔をしてやりそうだけれど。

 だがそれにしても博麗の巫女でも無いただの人間が扱うには、それも最近幻想入りしたばかりの人間が扱うには負荷が大きすぎる術だ。今八幡の体と心には想像を絶する程の負荷が掛かっているだろう。だがしかし、それに見合うだけの効力をあの結界は確かに持っている。あの結界の中ならば、八幡の力は紫に迫るほどのものとなっているだろう。

 

「……そう、ね。聞いてくれるかしら。あの桜と、幽々子のこと。……そして、彼が何をしようとしているのかを」

 

 そうして紫から聞かされた話は、想像など出来る筈もない内容で。けれど、彼がしようとしていることは、何となく私にも分かった。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

『ウボァァァァォォォォ!』

 

 西行妖が消えたことで、西行妖に取り込まれて自我を失った霊達が、そして呪われた力を宿した西行妖の魂とでも言うべき何かが俺に襲いかかってくる。

 けれど、()()()()()()()()()()()()()俺がすべきは、西行妖を封印していた西行寺幽々子の肉体を解き放つこと。哀しき宿命を背負わされた少女に対する、せめてもの酬い。当然赤の他人も良いところである俺がすべきことでは無いのだが、俺自身西行寺と話せば何かが見えるような気がしているのだ。

 

「……うるせーな。さっさと失せやがれ」

 

 そして俺は自身の能力を体現すべく、『負を集積し、力に変換する』という概念それ自体を具現化させる。

 瞬間、俺を包んでいた黒い『負』が形と性質を変え、西行妖から解放された魂の発する『負』を喰らわんと迫る。

 ここからは俺と魂達の根比べだ。俺が負荷に耐えきれず倒れるのが先か、『負』を撒き散らす魂達が俺に喰われるのが先か。

 

 それからの攻防は熾烈を極めた。負を集積し、己の力へと変じる俺の能力は、既に集積するだけに留まらず、『負を操る』という域にまで達していた。

 八雲に言われた時はそれがどういう事なのかはわからなかったが、今となってはこの能力がどれだけ異常なのか何となく理解出来る。『負』という概念それ自体を意のままに操り、従える。それは『正』と『負』の二面が存在するこの世界の半分を手中に収めるようなもの。

 まだ俺はその域にまで達していないが、それでも自身の能力がどれだけ異常なのかは戦いの中で理解出来た。

 

 そして俺が纏う負は、俺に操られるがままに『負』を食らう。ただひたすらに、彼等の魂を解放するために。その過程で流れ込んで来る力は、俺自身の魂を、肉体を、精神を、傷つけ、癒し、書き換え、俺という存在を強固な物にして行く。

 強くなって行く感覚に快感を覚えることも無く、何も感じられない程の苦痛の中、『負』を喰らっていた。

 

『ギグルゥゥゥウエウォォオォオ!!!』

 

 最早一つに纏まる事すらままならないのか、散り散りになりながらも貪欲に俺を食らおうとする。

 それを迎え撃ち、喰らい、喰らわれ、そして──

 

『西行妖』は、この世から消滅した。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

『……て。ね……。……てば。……起きて!』

「あ……?」

 

 何やら声が聞こえ、それによって意識を覚醒させるとそこには一人の少女が居た。

 

「お前は……?」

『あら?覚えてない?一応あなたが助けてくれたんだけど』

 

 クスクスと笑いながら純粋な笑顔を向けてくるのは西行寺幽々子。ただし亡霊ではなく西行妖を封印したほうの西行寺幽々子だ。

 

「……いや、覚えてる。ちょっと疲れてただけだ」

『そう?大分無理してたみたいだから心配したのよ?私ごと消してくれても良かったのに』

「ふざけんなよ。お前を消しちまったら何のために体張ったか分かんねぇだろ」

 

 そう。俺がここまで無理したのは、幻想郷のためでも西行寺のためでも無い。俺のこの能力と、西行寺が得てしまった呪われた能力。その全く性質の違う二つの能力には、ただ一つ己の意思に関係なく他者を巻き込むという共通点がある。だからこそ、俺のこの漠然とした不安を解消ないし軽減する術を西行寺は持っているのではないかと思ったのだ。結局は自分のため。自己犠牲でも何でもない、ただのおぞましい欲望だ。

 

『ふーん、まあ良いけどね……それで?何か用があるんでしょ?』

「あー、まあ、あるにはある」

『ならさっさと済ましなさいな。長くは話せないもの』

 

 そういって微笑む西行寺は、既に存在自体が薄く消えかかっている。それもそうだ。彼女は所詮西行妖を縛る鎖にすぎなかった。魂の無い器だった彼女の意識は、西行妖の妖力によって維持されていただけなのだ。既に西行妖の木それ自体は消したし、西行妖に喰われ、自我を亡くしたまま養分となっていた魂達も解放した。ならば西行寺が消えるのも時間の問題だ。彼女の言う通り時間など端から残ってはいない。

 

「おう。なら聞かせて欲しい。―――――俺は、何なんだ?」

 

 それを聞いた西行寺は何故か困った顔になり、そしてため息を吐いた。そのため息一つにどれだけの思いが、葛藤が、情念が含まれているのだろうと思考する。もちろん答えなど出ない。出ないが、それでも考えずには居られない。他者のために、己の身を、魂を使うことの出来たというこの少女なら、何か教えてくれるのではないかと。

 

『……はぁ。全く、君はそれを聞くためにこんな無茶をしたの?』

「……あぁ」

『そう。けどごめんね。私には分からない。私は貴方では無いもの』

「そうか」

『えぇ。そうよ。だから考えなさい。自分が何をしたいのか、何のために生きるのか、それとも死ぬのか。それにあなたの力は、ただいたずらに奪うだけの力では無いでしょ?なら貴方が道を誤らない限り、貴方は護ることも出来るわよ』

「……そうか」

『えぇ。それとこれはアドバイス。案外何にも考えないで生きたいように生きるのが、一番楽しいわよ?』

「ははっ、そうかよ」

『ええ。貴方にもいずれ分かるときが来るわ』

「そうかい。……なら、そのときまで生きてみるわ」

 

 俺がそう答えたとき、既にほとんど消えていた西行寺の残滓が完全に消滅する。在るべき所へ還ったのだ。だが、俺の中には彼女が教えてくれた、今は未だ理解できない何かが眠っている。俺が俺で無くなっていき、肉体も魂も強化され、改編されていく日々は本当に訳が分からなくて、自分という存在さえ見失いそうだった。だが彼女は、彼女の言葉は、俺をもう少し生きてみても良いかなと思わせてくれた。理解は出来なくても、それが悪いものじゃないというのは、こんな俺にも分かった。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

『あぁあぁあぁ、なーに立ち直ってんの?『俺』?……まあ、そのお陰で外に出れそうだし良いんだけどよ。……さて、まずは消去された記憶の改竄からやってくかねーっと。ククク、面白いこと、出来そうだなぁ』

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