第十八話 戸塚の一族
「すぅ……はぁ」
リビングへの扉の前で、僕は自分を落ち着けるために深呼吸をする。かつてない程の緊張だ。家族相手にこんなに緊張するなんて思いもしなかった。けれどもし、僕の一族が幻想郷と関わりがあるというのなら、僕はまた一歩、八幡に近づける。八幡に会いに行くんだ。
そんな決意を抱いて、僕は母さんの待つリビングへと足を踏み入れた。
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「……母さん」
「……来たわね」
僕がリビングに入った時、母さんはいつものようにソファーでコーヒーを飲んでいた。けれどその顔は真剣そのもので、リラックスしているようにはとても見えない。
「さて、もう大体察しは付いてるけど、あなたから聞かせて?」
「うん……母さん。僕は───幻想郷に行かなきゃならない」
僕がそう言うと、母さんは静かに目を閉じる。瞬間、母さんの纏う雰囲気が劇的に変化した。そして本能的に悟る。母さんは、僕らの家系は、決して普通ではないと。何か大きな秘密があるのだと。
……もう、後戻りは出来ない。
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唐突に開いた母さんの眼は、鋭く僕を見据えていた。
「……彩加、あなたはいつ幻想郷の存在を知ったの?」
「……、……僕の親友が、幻想郷に行ってしまったんだ」
「そう。ならあなたはどうしてそれを覚えていられるのかしら?」
「覚えていられた訳じゃ無いんだ。ある日それを思い出した。そして部屋に女の人がいきなり現れて、親友は幻想郷に行ったと告げてきたんだ。だから、僕は……」
───どんな手を使ってでも、幻想郷に行く。
そう言外に告げる。
伝わったのかは分からないが、話の流れから考えても少なくとも母さんは幻想郷を知ってる。
「……そう。少し早いけど、あなたにも全てを教えましょう」
「!ありがとう!……これで、きっと」
「ああ、先に言っておくけど、私は幻想郷への行き方を知っている訳じゃ無いわ」
「え……」
「ただし、幻想郷の管理人には会える」
「……それって」
どういうこと、と聞く前に、母さんは何よりも分りやすく示してきた。
「こういうことよ」
『……また会ったわね。彩加君?』
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「突然ごめんなさいね、紫」
『まったくよ、彩乃』
今目の前に、あの日現れた女の人が居る。それも母さんが呼んだかのように現れた。……どういうことなんだろ。ちょっと頭が追いつかない。
「ま、こんな風に向こうの人を招く事が出来るの。相手に拒否されたら何も起こらないけど」
『それが彩乃の能力というわけね』
「え、えっと、あの……あの時僕の部屋に現れた人ですよね?」
『ええ。あの時は名乗りもしなかったわね。私は八雲紫。幻想郷の管理人をしてるわ。よろしくね』
「あ、は、はい!……えと、僕は戸塚彩加です。こちらこそよろしくお願いします」
それにしてもこの人何か透けてるんだけど……幽霊、とか?
『ふふ、別に幽霊とかでは無いわよ。実体が無いのは今の私が分霊だから。本体の私は幻想郷に居るわ』
「?分霊?」
『ええ、妖力で作られた意思を持つ霊体……まあ、立体映像だと思ってくれれば良いわ』
「はぁ……」
霊体……何だかオカルトな話になってきた。まあそれを言ったら幻想郷自体がオカルトみたいなものなんだけどね。
「えっと、それで……八幡はどうなったんですか?」
『……特にこれと言って問題は無さそうよ。少なくとも今の所は』
「そう、ですか……よかった」
ほっと胸を撫で下ろす。直接会えないのは嫌だけど、それでも元気にやってるのなら、僕はそれだけで少し安心出来る。
『それで、彩乃。私をこのタイミングで呼んだという事は……』
「……ええ。彩加にも教えるつもりよ。予定よりは何年か早いけど」
『そう、次代の戸塚の能力は一体どんなものでしょうね?』
「もう、気が早いわよ」
『そんなこと無いわ。それに……ちょっと、私がどうこう出来る範囲から逃れる可能性が出てきた』
「な……!……そう、だからか」
「か、母さん?八雲さん?何言ってるの?」
何やら不穏な空気感じになってきた。何を話しているのかはまったく分からないけれど。
『ああ……そう言えば、貴方にも説明しなければならないわね』
そう言って、八雲さんが静かに微笑む。それは見るもの全てを魅了する魔性の笑みで。
けれど僕には、どうしようも無く不吉に思えた。
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『先ず、貴方達塚守が何なのかを説明しなければならないわね。幻想郷とは、現世から追われた神秘が集まる、人間と人外の理想郷。少なくとも建前上はそうなっているわ。ここまでは良い?』
「は、はい」
よろしい、と八雲さんが微笑む。
『でも、と言うか勿論、外の世界からは触れる事も見ることも感じることもできないようになっているの。そしてそれを可能にしているのが、博麗大結界と呼ばれる結界よ。
けれど幻想郷はそれなりに広いし、色々な理由があって完全に隔てる事が出来なかった。綻びが出来てしまったのね。
そしてその綻びこそが無縁塚。貴方達塚守の一族達が外の世界から守っている場所よ』
「えっ……と……?」
何だか混乱してきた。知らない言葉ばかり出でくるからいまいち理解できない。
『あら、少し詰め込み過ぎたかしら。……まあ要するに、
「はぁ……」
『まぁ、それが幻想郷の概要ね。そして本題はここからよ。彩乃も聞きなさい』
八雲さんの雰囲気が変わる。これまでのどこか胡散臭い感じから、真剣な空気に一瞬で変わってしまった。
『さて、この前幻想郷に一人の人間を招いたの。彩加君はよく知っている人間ね』
「八幡に、何かあったんですか!?」
『まあまあ落ちつきなさい。彼自身に異変があった訳じゃないの。寧ろ色んな人と過ごす内にいい方向に向かってる。貴方と引き合わせられる日も近いわ』
「ほ、本当ですか!?……よし!」
やった!これでちゃんと八幡と話せる。少し不安だけど、八幡とこれっきりになる方が嫌だ。後悔だけはしないようにしなきゃ。
『……ただ、問題なのは彼の能力よ。実を言うと彼の能力は人間程度が……いえ、例え大妖怪であっても持つ事など出来ない。例えその能力を持つ事が出来たとしても、正気で居る事など不可能よ。それも彼が意識せずとも発動するタイプだから厄介なのよね。だから外に居た時は私がその働きを抑制していたの。そのせいで幾つか弊害も出来てしまったから、そこについては申し訳ないと思うわ』
『彼の能力は【負を集積し、力に変換する程度の能力】と、【負を操る程度の能力】。ただ集積するだけだったはずなのに進化をし続けていた。私が意図的にその進化を遅らせているからこの程度で済んでいるけれど……』
『そして既に能力の一部が、私の制御下からはみ出し始めているの。たった数%ではあるけれど、何分元の能力が危険極まりないものだからね。今すぐ何か起きるとも思えないけれど、五年後十年後に何が起きるかまったく分からない。だから彩加君、貴方のようにまだ能力を自覚していない人間が必要なの。少しでも戦力が欲しい』
「紫、それは貴方が恐れる程に危険な物なのね?」
『……ええ、私の施した封印が解かれてしまったら、幻想郷はおろか外の世界さえも一日で滅ぼせるわね』
「……はぁ、あんたも苦労するわね」
『ええ、けれど彼が自分の能力を制御しきることが出来たなら、幻想郷は漸く完成する』
「そう……なら、何がなんでも消す訳には行かないわね」
そうやってまた僕を放って話していた二人が、急に僕のほうを向く。……な、なにかな。何か怖いんだけど。気迫が凄い。
『「彩加(君)、貴方今日から特訓ね」』
「…………へ?」