俺は夢を見ている。何の根拠が在るわけでもなく、俺はそう確信した。
親に裏切られた記憶、何故かも分からず迫害され続けた日々、知らず知らずの内に他人の悪意を集め、その黒い欲望の捌け口として生きてきた日々。それらが次々と思い出される。
そんな中で、初めて触れた人の優しさ、暖かさ。そんなものは幻想だ、そいつらも裏切るのだ、と、常に予感はしていた。それでも、求めてしまったのだ。
それは恐らく、普通に生きてきた人間にとっては大したものでもない。
けれど俺は、その普通で大したことの無い物ですら、
だからだろうか、八雲が俺を幻想郷に招き入れたのは。
ここなら、俺は、きっと見つけられる。
……………………何言ってんだろうな。もう、終わるつもりだったのに。
そう言えば、向こうの奴等はどうしているのだろう。
俺が消えたことを嘆いてくれているのか。
戸塚辺りなら心配してくれそうだ。
小町は元気かな。
川崎や平塚先生は探してくれたりするのだろうか。
葉山達は……うん、まあいいや。
材木座は……これで完全なぼっちに逆戻り。ざまぁ。
奉仕部の二人は……まあ、俺が勝手に期待して、勝手に失望しただけだからな。俺が居なくなってせいせいしてるだろう。俺はそこに居られなかったが、あの二人ならお互いの『本物』になれるだろう。陰ながら応援してるぞ。
だから、これで良い。俺はこの幻想の地で、静かに、孤独に、生きて、それで……
死んでやる。
****
今日も、思い出せなかった。何か、大切なものが無くなってしまった。忘れてはいけないものを、忘れてしまった。そんな風に感じて、学校の友達に聞いてみたり、アルバムを引っ張り出してきたり。それでも見つからない。思い出せない。
……あはは。僕、何してるんだろ。完全に変な人の行動だよ。そもそも、何で何かを忘れてるって思うんだろう。うーん。あはは、分かんないや。こんなときは彼に聞けば、
……あれ?僕、誰に聞こうとしてるんだろう。僕が頼りにしてた人。うーん。誰だったっけ。忘れちゃいけないのに。僕が忘れちゃったら、きっと、凄く傷つくのに。
そう言えば、彼と撮ったプリクラがあったような。たしか、机の引き出しに……あったあった。えーと、僕がピースしてて……何で材木座君は僕の隣じゃなくて後ろに写ってるんだろう。こんな変な配置で撮ったっけ。もう一人、僕のとなりに誰か居た筈なのに。
あーもう!あとちょっとで思い出せそうなのにー!何で思い出せないんだよー!うー、もやもやする。
はぁ、テニスでもしてすっきりしてこよう。
…………ん?テニス、か。彼とも何回かしてた筈なんだけど……奉仕部の二人に聞いてみよっかな。
奉仕部?彼も確か奉仕部に居て、それで、僕が
『おっす』
……あ、
『よう、戸塚』
思い、出した。
彼は、僕の大事な親友は、
「八、幡」
八幡がどこに消えたのかは分からない。一度は忘れてしまったぼくに、親友を名乗る資格なんてないのかもしれない。けれど、
「……探さなきゃ」
『ごーかく』
「!?」
いきなり、女の人の声が聞こえた。ここは僕の部屋で、家族が入ってきたわけでもないのに。
『思い出したんでしょ。比企谷八幡のこと』
「八幡を、知ってるんですか!?」
そう聞いた途端、目の前に女の人が現れる。長い金髪を垂らして、扇子で口元を隠している。
「ええ。彼は、私と一緒に幻想郷に行ったの」
「八幡に、会わせてください!」
「……なぜ?」
「何でかは分からないけど、僕は八幡のこと忘れてて、だから、謝らないと」
「忘れていたのに、大切なの?」
「っ……はい」
女の人は僕を値踏みするように見ている。その視線は凄く鋭くて、でも逃げるわけにはいかない。八幡に謝って、許してもらわないと、僕は友達なんて名乗れない。
「……そう」
そしてその女の人はふっと、見惚れるほど優しい笑顔を浮かべる。
「なら、少し待ってなさい。その内、会わせてあげる」
「え、あ、あの!八幡は、無事なんですよね!?」
「ええ。少し気絶していたけど、もう回復したわ」
「そうですか……良かった」
八幡が無事だと分かると安心して、一気に体の力が抜ける。
「あ、そう言えば、何で僕は八幡のことを忘れてたんだろう……?」
「私が、こちらの世界に彼が居た痕跡を消したのよ」
「……え、どうしてそんなことを……?」
「何故って、いきなり人が一人消えたら色々と面倒なことになるでしょう」
「だからって……!」
「それに、彼を一度忘れさせれば、誰が本当に彼を大切に思っているかわかるでしょう。現にあなたは彼を思い出した。普通は私の術を破ることなんて不可能なのに」
女の人の言葉はよく理解できなかったけど、どうやら僕が八幡を思い出せたのは、僕が八幡を本当に大切に思っているかららしい。
「今はまだ、彼も色々と整理できていないことがあるの。何せ、一度自殺しようとしていたのだから」
八幡が、自殺しようとしていた……?そう聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
彼がそんなことをしようとしていた心当たりは……ある。詳しいことは話してくれなかったが、奉仕部の中で何かあったことは確実だ。
「彼が気持ちを整理できたら、あなたを彼に会わせてあげる」
「……分かりました」
確かに、彼は強いようでいてとても繊細だ。自殺しようとするほどのことがあったのなら、きっと整理する時間が必要だろう。
そう思い、僕は頷いた。
「それじゃあ、また会いましょう」
それを満足げに見届けると、女の人は僕の部屋に現れたときと同じように、黒い隙間に消えていった。