そのいち
炎が舞う。
焼き尽くさんばかりに燃え盛る炎を前に俺は手にした刃金を奮い立ち向かう。
敵は強大。対して味方は無し。
しかし恐れはない。
既に慣れたものだ。
幾度と繰り返した作業に一切の澱みもなく刃金は相手の身を裂き切り細かい肉片に切り分けるがそれではまだ足りないと判断。更に微塵に刻む。
そして刻んだ肉片を繰り返し捏ね回し解れないよう繋いで固めた肉塊を更に均等な大きさの13個の肉塊に分けると順番に炎で炙っていく。
そうして最後に焼いた肉塊を俺は抜き取り中まで火が通ったのを確かめてから俺は他の肉塊を取りだし終わりを告げる。
「メインディッシュのハンバーグ上がったぞ!!
冷めない内に持っていけ!!」
白い皿に盛り付けられた出来立てのハンバーグは侍女の手によりトレイに移され運ばれていく。
そうして俺の戦いは今日も終わりを告げた。
突然だがイギリス料理は不味い。 これは冗談とかではなくマジな話だ。
歴史的な背景とか食材的事情とか色々詳しいことは知らんが俺が知ってる理由は一言に尽きる。
あいつら旨味を片っ端から捨ててるからだよ。
肉は肉汁が無くなるまで焼く。
野菜は煮崩れて溶けるまで火を止めやしない。
あまつさえ魚から出た出し汁は塵扱い。
これでどうして美味い飯が作れるのか。
どうやっても無理。
まあ、だからこそ俺は今日まで生き延びられたのだけどな。
「料理長」
明日の朝飯はクラムチャウダーにしようかなと思いつつ下拵えに勤しんでいると俺を呼ぶ声がした。
「ん?」
聞き覚えがある声に振り向けばそこには一人の少女がいた。
「お、アルちゃんかい。
今日も食い足りなかったみたいだな」
そう言うと一房だけ髪が跳ねた金髪の少女は顔を赤くして俯く。
「…恥ずかしながら」
アルちゃんはケイの従者で度々(というか毎日)俺の戦場である厨房に飯を食いに来る。
俺の立場的には本当は宜しくないのだろうが、アレだ。不用意に猫に餌をやってしまい止めるタイミングを見失ってしまったパターンだ。
まあ、俺としてもイギリス人の舌で試食してもらえるからありがたいことはありがたいので構わないのだが。
そんなことを思いつつアルちゃんに焼き加減を確かめるのに使ったハンバーグを茹でたキャベツで巻いたものを渡す。
「はいよ。
今日はハンバーグのキャベツ巻きだ」
「おお…」
出した料理を前にアルちゃんは目を輝かせる。
しかしふと気付き俺に訪ねた。
「フォークはどちらに?」
「それは手掴みで食べるんだよ」
本当はパンで挟みたかったんだが生憎パンはまだ種が発酵しきっていないのでキャベツで代用してみたのだ。
アルちゃんは瞬巡するも食欲に負けキャベツ巻きを手で掴むとパクリと頬張った。
「っ……おぉ」
余程気に入ってくれたのかアルちゃんの目が星でも浮かべたかのようにキラキラ輝く。
「見た目は雑なのにこれは…流石円卓専属の料理長ですね」
「ありがとよ」
アルちゃんからの称賛に俺はそういえばロールキャベツはまだ試していないなと思いだしたので問うてみることにした。
「今度その肉の中に刻んだ野菜を混ぜ込んでスープで煮込んでみようと思っているんだがどうだろうか?」
「良いと思います!」
即答だよ。
「料理長のスープはいつも絶品なので肉の旨味を閉じ込めたこのキャベツ巻きが入るなら絶対誰も文句は言いません」
「そうかい」
素人に毛が生えた程度の俺の料理にそこまで言ってもらえるなら心配はいらなそうだな。
「因みにアルちゃんは牛乳でこってりさせたのと野菜と魚であっさりさせたのならどっちがいい?」
「それは……なんと難しい問題を………」
まるで軍議に挑んでいるかのように悩むアルちゃん。
そんな様子に俺は両方作ればいいかと明日の下拵えを再開する。
何の因果か平成の日本からアーサー王物語の世界に飛ばされた俺の日常である。