円卓の料理人【本編完結】   作:サイキライカ

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作中にての話で一つ補足を。

肥溜めにより豊作となった理由は土地に栄養を与えただけでなく、結果として土地に神秘が多少なりとも追加されたからです。

ブリテン人が神秘側の存在であるなら、腹から出た糞尿にも神秘が含まれているだろうという考えから至ったものです。

後、全部ぶっ混んだので長めです。


料理人がキャメロットに向かう話・後(追記追加)

 キャメロットを発ち噂の男を探しに出たケイだが、十日を過ぎてなおその捜索は足取りを掴む段階で難航していた。

 その理由はケイが円卓の騎士であるからである。

 パーシヴァルやランスロットのように吟遊詩人が謡うような華やかな活躍はなくとも、円卓第三席の肩書きと風貌は小さな村にまでしっかり知れ渡っており、そんな彼がアーサー王への批判的な噂の原因である男を探しているという事実が足枷となり、男について話を聞こうにも村人は反意を抱いていると思われたくないと知らないの一点張りか、さもなくば消極的な協力しか得られなかったのだ。

 

「そら見たことか。

 お前の努力なんて、誰も理解していないじゃないか」

 

 これまでの情報から男は足跡を隠すためかアルトリアが苦渋の決断の下に潰さざるを選なかった廃村から廃村へと渡り歩いているのだろうと当たりをつけ、その中の一つを目指して通行がなくなり獣道化している森の街道を馬を引いて歩きながらケイは毒吐く。

 胸中を過るのは多くのモノへの怒り。

 ヴォーディガーン亡き後も征服欲から侵略を続けるサクソン人への。

 闘争心を満たすためだけに戦いを続けるピクト人への。

 保身と権力欲から表向き服従を示しながらも虎視眈々と反旗を伺う諸侯への。

 義妹の真相も知らず王を奉り盲目に従う騎士共への。

 勝手に期待して勝手に失望し目新しい希望にすがる民草への。

 一握りを見捨てなければ多くを失う枯れたブリテンへの。

 なにより、そんな中でどれだけ足掻こうと義妹の何一つさえ救えない己自身への怒り。

 なにもかもがケイを苛立たせ、そうでありながらも義妹のために決定的な事を起こせない己に辟易する。

 

「……?」

 

 と、それまで自分と馬の足音の他は風に揺れる枝葉の微かな風鳴り程度しか音が無かった森の中で、はっきりと異音と言い切れる音が耳に届く。

 それは何かが木にぶつかる音だ。

 

「獣の縄張り争い……いや、違うな」

 

 これまで戦場で培った戦闘勘がこの音がそうではないと告げる。

 魔獣の類いならいずれ討つ必要があると確かめに向かったケイは、そこで奇妙な光景に出くわした。

 

「さっさとくたばれ猪野郎!!??」

 

 それは泥塗れの男が聞いたことのない言葉を叫びながら紐のような何かで一メートルを越える魔猪の成獣を必死に宙吊りにしようとしている場面だった。

 周辺は血と汚物により凄まじい悪臭が立ち込め、見れば魔猪の体当たりを受けたらしい倒木が何本も散乱している。

 

「黄色い肌に平たい顔……奴が例の男か」

 

 外見の特徴から奴こそが探していた噂の男であるとケイは確信する。

 目的を問いただすためにも手を貸すべきかと思考していると、ケイは男が手にしている紐が生々しいピンク色をしており、更にそれが猪の尻から直接延びているのを見て、それが尻から引きずり出された腸であると気付く。

 魔猪は必死に逃げようと前脚を掻くも、引きずり出された腸のせいで殆ど脚に力が入らずその抵抗は風前の灯であった。

 

「ぐっ、ぎぎぎっ……」

 

 丸々と太った魔猪は百キロを越えるだろう。

 下手な手出しは逆に窮地を招くと判断しケイは状況が変わるまで推移を見守ることを選ぶ。

 そうしている間にも泡を吹き悶える魔猪をそのまま窒息死させんと、男は歯を剥いて食い縛り顔を真っ赤にしながら必死に魔猪を吊るし続ける。

 そうして数分の時が経った頃には魔猪は抵抗を止め、口から舌を垂らし顔の穴という穴から汁を垂れ流し絶命した。

 魔猪の死を確信した男は手を離すと精魂尽きたのかそのまま仰向けに倒れ込んだ。

 

「な……なんとか………生き……のこれたか……」

 

 喘息を患っているようにぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返す男。

 好機と見たケイは鞘を手に男へと近づく。

 

「だ……誰かいるのか……?」

 

 目を開ける気力もないのか目を閉じたまま男はケイに尋ねる。

 

「貴様が噂の神の遣いか?」

「噂?」

 

 少しだけ体力が回復したのかふらふらの状態で上半身を起こすと、男はケイを見上げ不思議そうに問い返す。

 

「一体何の話だ?

 すまねえが、ここ暫くまともに人と話してなくてな。

 詳しく聞きたいんだが……」

 

 そう言葉を切ると男は仕留めた魔猪を示す。

 

「先にあっちを処理しちまっていいか?

 早くやっちまわねえと臭くて食えなくなっちまう」

 

 あんたにも振る舞うからよと小さく笑う男に、ケイは瞬巡してからここ暫くまともな食事をとっていなかった事を思い出し、解ったと頷いた。

 

 

~~~~

 

 

 そうして男に誘われるまま二人掛かりで血抜きをした魔猪を廃村へと持ち込むと、ケイは村の様子に奇妙な違和感を覚えた。

 人の気配は無いのは当たり前だが、それにしてはあちらこちらに保存食とおぼしき乾燥した植物が用意され、更にいくつもの樽や瓶が散見しているのだ。

 

「あの吊るしてある物は全部お前が作ったものか?」

「まあな。

 この辺は結構食える野菜があったんで当座の食料と、村で物々交換に使う分を溜め込ませてもらってんだ」

 

 そう言うも、吊るされたものの中にはケイが食したことのない雑草にしか見えない葉物や、明らかに食用とは思えない木の根なども含まれている。

 聞けば答えるだろうがケイはそれよりは気になるものを先に尋ねる。

 

「あの樽はなんだ?」

「あの樽は浄水用の樽で、あっちは保存食を浸けている樽だ」

 

 聞きなれない言葉だが何となく意味を理解し首をかしげる。

 

「浄水?

 井戸水を洗うのか?」

「この辺の土は森の中より痩せているからな。

 そういう土地は井戸水が病原菌の温床になっていることもあるから念のためな」

「その焦げている瓶は?」

「そっちのは炭焼きに使ってる瓶だ」

「炭?

 木の燃滓なんて何に使うんだ?」

 

 魔猪を木の台に置いてそう問うと、男は井戸から水を汲み先ず頭から被り汚れを濯ぎ、次いで魔猪の身体へと掛け汚物を洗い流しながら答える。

 

「炭は使い道が多いんだぞ?

 単純に燃料としても優秀だが、水の浄化もしてくれるんだ」

 

 証拠を見せてやるよと言うと男は浄水用と言っていた樽の横のコルクを抜いて中の水を手にした器に取る。

 

「この樽の中には砂と土と炭を順番に敷き詰めてある。

 中に水を入れると水が其々を通過する際に汚れが洗い落とされて綺麗になるって仕組みだ」

 

 そう言うと男は器の水を旨そうに飲み干す。

 

「あんたもどうだい?

 えっと……」

 

 もう一杯汲み差し出す男に毒気を抜かれかけている己に気づかないままケイは半信半疑で器を受けとる。

 

「ケイだ。

 お前こそ名を言え」

「あ~……」

 

 そう言うと男は困ったように頬を掻く。

 

「何を躊躇している貴様?

 まさか名乗れない身分だとでもいうのか?」

 

 枯れた村の井戸水とは思えない澄んだ水に内心驚きつつ、下手な態度を見せた瞬間切り捨てようと考えたケイをよそに男はそうじゃないんだと言う。

 

「名乗るのは構わねえんだが、多分聞こえねえぞ(・・・・・・)?」

「は?」

 

 何を言っているんだこいつは? と懐疑を向けるも男はいくつもの木桶と解体に使う道具を並べながら言う。

 

「俺の故郷の言葉はブリテン人には聞き取りづらいらしくてな。

 何人かにも自己紹介したんだが、誰一人として聞き取れなかったんだよ」

 

 そう言うと男は突然ケイに聞き取れない言葉を放つ。

 

「俺は日本人だ」

 

 その言葉を魔術師(メイガス)の魔術と警戒したケイが咄嗟に地を蹴り剣を抜くも、ただ身分を語っただけなので当然何も起こらない。

 

「……今のは?」

 

 困ったように顔を緩める男に警戒はそのまま問い質すも、男は仕様も無しと言う。

 

「今のが俺の故郷の言葉だ。

 ただどこの国の人間かを言っただけなんだが、今の反応から答えは聞くまでもないな」

 

 そう苦笑する男。

 一切警戒を解かないケイだが、しかしやはり何かが起きる気配もなく、しかも男がケイに構わず魔猪の解体を始めたため嘘ではないようだと剣を下ろす。

 毛を剃り落とし腹を裂いて手早く内臓を取り出すと其々を別個の木桶に移していく。

 

「捨てておくか?」

 

 手際の良さに感心しつつ手持ち無沙汰から桶を指しそう言うも、男はいやと言う。

 

「捨てる部位はねえ。

 全部使いきる」

「腸はともかく、猪の毛なんか喰えるのか?」

「流石にそいつは無理だが、毛は汚れを洗ってから火口に纏めるし、骨と皮はゼラチンを取ってから砕いて乾かして肥料の足しに使う」

「ゼラチン?」

「液体を固めてくれる物質だ。

 例えば、煮崩れるまで砂糖で煮た果物に暖かい内に混ぜれば汁が固まって独特の弾力があるゼリーって料理になる」

「………」

 

 それを聞いたケイから言葉が無くなる。

 それがどんなものなのか皆目見当も付かないが、少なくともそう語る男の目は適当を吐いて煙に撒こうとする者の目ではない。

 やはりこの男が噂の神の遣いで間違いないと確信した。

 

「ピギー!?」

「フォウフォーウ!!」

 

 義妹のためにこの場で切り捨てようとケイが剣を握った直後、その意を挫くように二匹の獣の鳴き声が響く。

 

「…あ、瓜助とチビ助の事忘れてた」

 

 そう男が頬を引きつらせると、直後、森の方から土煙を発てて物凄い勢いで小さな魔猪と栗鼠にも見える白い毛並みの獣が男の方へと駆け寄り、そしてその勢いを手前で殺しきると二匹はまるでケイから男を庇うように間に立ち塞がり吠えた。

 

「キュウッ!! キャウ!!」

「プギャ!? ピギピギピギー!!」

 

 唐突に威嚇され、更には片方にはかなり見覚えがあるだけに固まるケイ。

 一方男は見知らぬ人間に警戒しているのだろうと二人を宥める。

 

「すまねえ二人とも。

 心配掛けたのは悪かったから落ち着いてくれ。

 ケイはそこの猪を運ぶのを手伝ってくれただけで悪いやつじゃねえよ」

「フォウ!!」

「ピギー!!」

 

 そう嗜める男を諫めるように二匹が鳴き声を上げる。

 

「参ったな…。

 俺以外の人を見てもこんなふうに興奮なんかしなかったんだが……」

 

 どうしたもんだかと困り果てる男を尻目にケイは内心で怒りを必死に堪えていた。

 

(キャスパリーグだと!?

 あの魔術師の差し金か!?)

 

 幻想種犇めくブリテンにあってもキャスパリーグと同じ姿をした存在は無く、そしてこの獣がキャスパリーグそのものであるならば、しかもこの男の裏にはあの五体を微塵に刻んでも飽きたらないマーリンが糸を引いていることになる。

 激昂しかけたケイだが、だが同時に疑問も浮かぶ。

 

(奴にしては余りに意図が見えない)

 

 ただの気まぐれの愉快犯的蛮行は多々あれど、しかし今回のはアーサー王に対してのダメージが余りに大きい。

 

「貴様、何が目的だ?」

 

 混迷を来す推測の数々に埒を明かすため、ケイは単刀直入に真意を問いただす。

 

「目的?」

「惚けるな。

 国に火種を撒き散らしておいて何処の領主の差し金だ?」

 

 突然剣呑な雰囲気を纏ったケイに困惑しつつも男は様子から正直に話す。

 

「何を勘違いしてんだがよく解らんが、俺の目的はキャメロットに居るっつうマーリンって魔術師に話を聞きたいだけなんだが……」

「あの屑に話だと?」

「屑……」

 

 つい本音を漏らすと、伝説に名高い賢人と期待していた男は表情をしょっぱくさせながら続きを言う。

 

「さっきも言ったが、俺の故郷は言葉も通じないぐらい遠い所にある国で、俺はそこに帰りたくてマーリンにその方法を知らないか聞きに行きたいんだよ」

「……」

 

 筋は通っているのだろう。

 だが、はいそうですかと信じるには男に関わる噂と、男の足元で牙を見せて唸り声を上げるキャスパリーグという存在は怪しすぎた。

 

「もしもだ。

 マーリンがお前の希望を叶えなかったらどうする?」

「………」

 

 そう言うと男は初めて口を噤んだ。

 そして両目を閉じ、深く悩むように眉間の皺を立ててから暫く立ち尽くすと、やがてふっと力を抜いた。

 

「そうしたら諦めるしかないさ」

「何?」

 

 意外な答えに虚を突かれたケイに男は言う。

 

「ブリテン1の魔術師にどうにもならねえってなら本当に手はないんだろう。

 だったらどっかの村にでも腰を落ち着けて静かに暮らすさ」

 

 そう言う男の顔には疲れたような笑みが浮いていた。

 

「………」

 

 それをどう受け止めるべきか迷うケイを尻目に男は魔猪の解体作業を再開する。

 

「まあなんにせよ、今はこの猪が最優先だ。

 貴重な肉が台無しになるのは勿体ねえ」

 

 話は終いだと解体作業を続ける男に、ケイはどうしても納得できず問いを投げる。

 

「簡単に諦めるのか?」

「簡単なわけねえだろ。

 だけどさ、希望ってのは必死になってでも目指すもんであって、そいつにただ縋っちまったらそれは奴隷と何が違うんだ?」

「…………」

「帰る希望があるうちはお天道さんに顔向けできないこと以外はなんでもやるさ。

 だが、無理なら無理ですっぱり諦めて他に出来ることをやる。

 運が良いことじゃあねえが、ブリテンにゃあ俺の知識が山程活かせる。

 そいつで誰かが救えるなら、それは俺にとって帰ることに負けないぐらいの救いになる」

 

 そう言うと今度こそ言うことはないと男は黙って魔猪へと向かう。

 ケイは暫く魔猪を解体する男を黙って見続けたが、やがて肩の力を抜くと放置していた馬の世話に向かう。

 そうして日が暮れるまでお互いにやることをやり続けた後、ケイは男が仮の宿とする小屋の中で夕食を振る舞われた。

 

「今日は猪のモツ煮込みだ。

 味の方はそれなりの出来になったぜ」

 

 そう言ってケイに碗を差し出す。

 受け取った碗の中には、昼から煮込まれた魔猪の内臓がぶつ切りにされ、蕪や葱といった野菜と共に茶色い汁の中に浮いていた。

 

「……妙な匂いだな」

「味噌のことか?」

「味噌?」

「故郷の保存食の一つだ。

 豆や穀物を塩で浸けて発酵させた代物だ。

 そのまま湯で溶いて良し、肉や魚を浸けて干して良しの万能調味料の一つだ。

 考え方で言うなら乳の代わりに豆で作るチーズみたいな感じか?」

「そうか」

 

 チーズのようなものという説明に納得しケイは碗を傾けた。

 

「…………ハッ!?」

 

 汁を口にした瞬間、ケイは意識が飛ぶという奇妙な経験を味わった。

 見れば碗の中身はない。

 どういうことだと男を見れば、男は憐れみに満ちた優しい笑みを浮かべていた。

 

「お前さん、よっぽどひでえもん食ってたんだな……」

「は?」

 

 何を言っているんだと言う前に男は何があったのかを語る。

 

「ケイが汁を飲んだ瞬間、急に固まって、そしたらもの凄え勢いで碗を飲み干しちまったんだぞ」

「……馬鹿な」

 

 そんな記憶は無い。

 確かに腹の奥にずしりと熱が溜まっていることから煮込みを食べたのは確かだろうが、しかし記憶を失うほどの衝撃をただの食事で味わったのかと驚愕する。

 そんなケイに碗を寄越せと男は手を伸ばす。

 

「どうせ俺達だけじゃ食いきれねえんだ。

 何杯でも食ってくれ」

 

 そう促されケイはやや戸惑いながらも碗を渡す。

 そうしてよそられた二杯目の煮込みを改めて口にするケイ。

 

「これは……」

 

 まず初めに感じるのは強烈な塩気。

 しかし塩辛さは全くなく、むしろ独特の風味と相まってじんわりと舌を楽しませる。

 次いで野菜を噛んでみれば、汁を吸った野菜は噛むほどに野菜の旨味が味噌の風味と混ざりながら溢れ、野菜も舌で潰せるほど柔らかくほろほろと崩れあっさりと溶けてなくなる。

 そうして最後に魔猪の内臓。

 下処理をした者の腕の違いがはっきりわかるほど臭みが殆どなく、プリっとした噛みごたえはそのままに噛めば噛むほどに肉の旨味が口の中に広がっていく。

 

「……美味い」

 

 そこまで理解した後、ケイはここに冷えたエールがあれば最高だったと感想を遺し、考えることをやめた。

 長年のブリテンの食事により死にきった味覚が初めてというほどの美食に暴走を起こし、それに抗う術を持たぬケイはただ美味いと口にしながら煮込みを流し込む機械となり果てた。

 そんな様子に男も満ち足りたとばかりに頬を緩めてから自分の分へと手を伸ばす。

 そんな二人を少しだけ離れたところから眺めていた瓜助とキャスパリーグは互いに顔を見合わせ、そしてほぼ同時に彼が用意してくれた自分達の器へと食らいつく。

 

「……食い過ぎた」

 

 その後、あまりの美味さにキャパシティを越えてなお食べ続けたケイは、煮込みを食べ尽くすと食べ過ぎで身動きがとれなくなり藁敷きの床に転がった。

 

「満足いただけたようでなによりだ」

 

 空になった鍋を片付けた男は膨れた腹に苦しそうながらも満ち足りた様子のケイに満足しつつそう言うと暖炉が朝まで絶えぬよう炭を調整する。

 

「………」

 

 その背中を眺め、ケイは思う。

 

 ―――やはりこの男は危険だ。

 

 本人その者は無害でありはっきり言えば善人だ。

 これまでの話から後ろに貴族の気配も無い。

 だが、善良なる者の善意からの行動がいい結果ばかりを招くわけではない。

 寧ろその結果故に自分は男を危険視し、場合によっては切り捨てるつもりでいた。

 だが、それは惜しいと心から思う。

 しかしケイが今ここで男を見逃そうと、何れ男はアグラヴェインの手に掛かり尋問官としての手腕の限りを尽くされ凄惨な最期を遂げるのは見えている。

 それは余りに気に入らない(・・・・・・・・・)

 

「お前、マーリンに帰郷の手伝いを断られたら俺のところに来ないか?」

「えぇ?」

 

 突然の提案に驚く男にケイは言う。

 

「俺の主君は『それなりの』領地を持った大貴族で、俺も『それなりの』地位にある騎士だ。

 お前が持っている知識をより確実に多くに広めたいなら口利きしてやるがどうだ?」

 

 嘘は言っていない。

 アーサー王はブリテン内にアーサー王個人として『それなりの』領地を有しており、ケイも円卓の騎士という『それなりの』地位に居る。

 

「いや、しかし、いいのか?」

 

 躊躇いがちに男は問う。

 

「俺個人で出来ることなんかたかがしれてるし、知識を広めてくれるってのはありがたい話だが、それでお前さんやその領主がアーサー王に目を付けられたりしたら申し訳ねえんだが……」

 

 まるで見当外れな心配を、あろうことかアーサー王1の臣下とも言える円卓の騎士であるケイに嘯く男に、ケイはとうとう堪えきれなくなり笑いだしてしまった。

 

「アハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 腹を抱えて笑い出したケイに男はたじろぐ。

 

「な、何が可笑しいんだ?」 

「これが笑わずにいられるか。

 お前、こっちが功績から何から全部巻き上げようっていうのに、その盗人の心配をするとか本当に天の遣いか何かか?

 アハハハハハハ!?」

 

 そう笑うも男は憮然と唇を尖らせる。

 

「別に功績なんかたいして興味もねえし。

 俺は俺が作った飯を美味いと笑ってくれた方がよっぽどありがてえんだよ。

 第一だ、そいつは花の魔術師に断られたらって話だろ?」

「そうだったそうだった」

 

 漸く笑いが落ち着いてきたケイがそう言うと「全く」と男は溜め息を吐く。

 

「それと、帰れるって話になったら俺に教えられるものは全部教えてから帰るつもりだから、功績でもなんでも好きにしてくれ」

「……本気か?」

 

 どちらであっても残せるものは全部置いていくと宣う言葉に驚くケイ。

 しかし男は溜め息をもう一度吐いてからこう言った。

 

「それで誰かが救えるなら、それは俺にとっても救いだって言っただろ?」

 

 

 その後を多く語る必要はあるまい。

 

 男はケイに連れられ、そしてキャメロットの厨房で料理人として包丁を振るうようになった。

 

 それだけなのだから。




何で魔猪を吊るせたかと言うと完全に偶然です。

魔猪と遭遇する➡木に逃げる➡魔猪の体当たりで落ちる➡運よく魔猪に乗る➡混乱したあげく内臓抜けば殺せると尻から手を突っ込む➡魔猪が暴れて吹っ飛ばされる➡しかし腸を放さなかった➡吹っ飛ばされ枝に腸が引っ掛かる➡ケイが発見する場面という経緯でした。

吊るしてる最中に腸が千切れるとか先に内蔵が抜けるだろという突っ込みは勘弁してください。


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以下はみんなが気になってるだろう小咄です。







おまけ『キャスパリーグが居た理由』


マーリン「むぅ、神秘が妙に濃いから確かめに来たんだけど酷い臭いだねこれ」

マーリン「しかもこの辺だけ変に暖かいしなんなんだろ?」

村人「おいそこの兄ちゃん。その肥溜めはまだ寝かしてる最中だから、下手に近付くと病気にかかっちまうぞ」

マーリン「肥溜め?」

村人「便所から集めた糞を貯めて肥料に作り替える場所だ」

マーリン「……糞?」

 ズルッ

マーリン「え"?」⬅滑った

 ドボンッ!

マーリン「………」⬅肥溜めに落ちた

キャスパリーグ「(大爆笑)」

マーリン「くくく……。何処の誰か知らないけど、生まれて初めて本気の殺意を抱かせてくれてありがとう」

マーリン「行けキャスパリーグ!! 僕に変わってこの恨みを晴らしてくるんだ!!」

キャスパリーグ「本気の殺意を自分で晴らさないとかマジで屑www」

~暫くして~

マーリン「遅いなキャスパリーグの奴」

マーリン「何処かで女の子の尻でも追ってるんじゃ無いだろうな?」

料理人「なんだチビ助。この胡桃が食いたいんか? 今砕いてやるからちょっと待ってな」

キャスパリーグ「フォウフォウ!!(最初はおっさんなんてとか思ったけど、貴方になら倒されてもいい!!)」

マーリン「キャスパリーグ!!??」

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