円卓の料理人【本編完結】   作:サイキライカ

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いつものやり取り

俺「アサシンピックアップ爆死した……」

愉悦「アナスタシア引かないのか?」

愉悦「今の俺ならアナスタシア引ける自信があるぜ?」

俺「カドアナ派の俺としては擬似的にでもNTR展開は御免だ」

愉悦「ならば仕方ない」

愉悦「代わりに喰らえ」

フレンド召喚➡アンリ君

俺「……(白目)」


ちなみにまた長めです。


料理長と弟子

 私、ガレス。

 騎士(アイドル)を夢見る16歳。

 お兄様達も名を列ねる円卓の騎士(トップアイドル)になるため、母の反対を押し切って故郷オークニーを飛び出したんだけど、そこで待っていたのは意地悪なサー・ケイの嫌がらせだったの。

 兄の七光りなんて言われないよう身分を隠して騎士になろうとした私を、サー・ケイは騎士見習いじゃなくて厨房役助手としてなら雇ってやるなんて言ったのよ?

 だけど私負けない。

 ボーマン(白い手)なんてハラスメントめいた名前まで付けられたけど、私、絶対円卓の騎士(トップアイドル)になって魅せるんだから!!

 

 

 

 そう思っていた時期が私にもありました。

 

 

 

「ボーマン!!

 グレイビーソースはまだか!?」

「もう少し待って下さい!?」

「急げ!!」

「はい!!」

 

 料理長(本名不明)の指揮の下、本日のディナーを完成させるため持てる限りの全力を尽くす。

 騎士(アイドル)になる誓いはどうしたって?

 そんな暇があったら野菜の皮剥きをしてますよ!!

 なにせ、料理長はアーサー王と円卓の騎士全員分を同時に完成させなければならないため、一度作業が開始されたら気を緩める暇なんて無いんです。

 今回私が任されたのは、メインディッシュに使う肉汁で作るグレイビーソース。

 料理の要とも言える重要な作業を任され、私のやる気と緊張は最高潮に達しています。

 鍋を前に私は深呼吸をして意識を研ぎ澄ませる。

 料理長に急かされた通り予定時間を越えてしまっているけれど、だからといって焦ってはいけない。

 焦って小麦粉を一気にいれてしまえばダマ(・・)が出来てしまい、折角の鴨のローストが台無しになってしまう。

 定量の小麦粉を振るいながらとろみが出始めたソースが焦げ付かないよう混ぜ合わせ、そうして名前の由来でもある焦げ茶色に近付いてきたのを見計らって火から下ろし鍋を渡す。

 

「出来ました!!」

「おう」

 

 鍋を受け取った料理長はソースの色を確認すると匙で一掬いし舐めてから良しと頷いた。

 

「このまま仕上げに入る」

 

 それは手直しは必要ないと、料理長が認めてくれた証左。

 感極まって目頭が熱くなるけれど、まだ戦いは終わっていません。

 切り分けられたローストが己が主役だと主張する皿に見映えを意識した盛り付けを成す作業が残っています。

 それも、それぞれに許された誤差は銅貨一枚以下というとても神経を使う作業です。

 そうするのは、曰く、『円卓は対等を願っているのだから料理が不揃いになっては意味がない』からという彼の信念からだそうです。

 噂ではそんな鉄火場を見かねたさる宰相の指示で量もまばらに順繰りに提供した結果、それが誰の皿なのかということでいさかいが起き、最終的には殴りあいの末に聖剣が抜剣されるまでに至り円卓に罅が入ったから…なんていう話もありましたが、まあ流石にそれはないでしょう。

 現在円卓の席を埋める騎士は11人。

 常に全員がキャメロットに居るわけではありませんが、何人であろうと料理長は手を抜きませんし、私も気を緩めません。

 

「完成だ。

 持っていけ」

 

 料理長の声に従いそうして出来た8枚の皿が控えていた侍女達により運ばれていきます。

 

「……ふぅ」

 

 本日の山場を越え、張り詰めていた緊張から解き放たれた私はつい力を抜いてしまいます。

 

「お疲れさんボーマン。

 賄いはどうする?」

 

 先程までの覇気がなくなり、独特な平たい顔に温厚さのみを残した料理長の言葉に私は即答します。

 

「先に片付けですよね?」

「よくわかってるじゃねえか」

 

 その答えに満足そうに笑うと僅かな残りを皿に移し鍋などの調理器具を洗い始める。

 

『安全で旨い料理が作れて三流。

 人に金を払ってでも食べたいと思わせて二流。

 その上で自分が振るう機材の管理がしっかり出来て初めて一流の端くれだ』

 

 そう彼は宣い、そう在れるよう日々努力しています。

 今でこそその信念に深い敬意を抱いていますが、聞いた当初は何故そこまで高い意識を持つ必要があるのか疑問に思いました。

 その理由を尋ねると、料理長はとても真剣な顔で答えました。

 

「いいかボーマン。

 俺達料理人の仕事ってのは飯を作ることじゃねえ。

 食べる人に食への不安を持たせないことが仕事なんだ。

 先に言っておくぞ。

 俺達料理人ってのは、王様や騎士なんかよりも簡単に人を殺せる仕事なんだ。

 それも刃物や毒なんか必要ねえ。

 肉の加熱時間を短くする。

 料理に使う食材の中に傷み過ぎた食材を混ぜ込む。

 たったそれだけのことで人間って生き物は食中毒で死んでしまうんだ。

 お前さんが厨房に立つことに不満があろうと構わねえ。

 だがな、人に物を食わせるって事を甘く考えているなら今すぐ出ていけ」

 

 そう嘯く料理長の威圧感は、御前試合に挑む円卓の騎士の覇気に何ら劣らぬ程に凄みがあるものでした。

 しかしすぐにそれが消え、次いで彼はこうとも言いました。

 

「それとだ。

 王様の食べる料理ってのは、例えるなら額縁みたいなものだと思っている」 

 

 脈絡の見えない言葉に当時の私は変な声を出してしまいましたが、料理長は気にしないまま続けました。

 

「王様ってのは国の象徴だろ?

 だったら王様の食べる物は王様とその国の『格』を量る指針のひとつとも言えるもんだ」

「豪華な食事が摂れるってことは国が裕福である証だ。

 実際のところはさておいてな」

 

 下手なことを言うと不味いことになると料理長は話を切り上げ私に尋ねました。

 

「例えばだ。

 ボーマンが国の偉い役職に居たとして、外交で他の国に行ったときに、その晩餐に手の込んだ旨い飯を振る舞う国と、煮ただけ焼いただけの肉をただドンと渡すだけの国だったら、ボーマンはどっちと仲良くしたいと思う?」

 

 その質問に私は当然前者だと答えました。

 

「それが額縁に例えた理由だ。

 どんな立派な絵だって額縁が貧相なら安く見られちまう。

 逆に大したこと無い絵だって立派な額縁に飾ってやればその絵が立派な絵だと思わせることが出来る。

 勿論うちの王様は立派な絵だがな。

 まあ、つまるところだ。俺達の仕事はアーサー王を更に立派に見せる仕事でもあるって訳だ」

 

 そう締めくくった料理長に私は当時申し訳なさでいっぱいになりました。

 料理なんて食べられればそれでいい。

 料理人なんて騎士に比べたらつまらない仕事だ。

 そんな軽い気持ちだった私に比べ、彼は国が栄えるため、自らが出来うる限りを尽くして王のために身を捧げていたのですから。

 立場は違えど彼の意志は騎士が本懐とする忠義の形そのもの。

 世間知らずも甚だしい己を叩き直す機会をくれたサー・ケイに私は深い感謝を抱きました。

 

 ……まあ、その半分ぐらいは私の先走りきった勘違いだったりしましたが。

 

 特に、サー・ケイはただ私の白い手を見て『こいつが騎士になるとか無理だろ?』と当時人手が足りなそうだった料理長に宛がっただけでしたから。

 閑話休題

 調理器具を洗い終えた私に料理長が賄いを用意してくれました。

 

「今日は鴨のローストサンドだ」

 

 渡されたのは丸パンを横に切り、間に残った鴨のローストを挟んだ物と付け合わせのアーティチョークのマッシュでした。

 

「ありがとうございます料理長」

 

 パンといえば石のように固いものか溶いた小麦粉をただ焼いただけのものしか知らなかった私ですが、料理長が出すパンはどれも柔らかくふんわり香る麦の香ばしさが食欲をそそり、それだけでも何個も食べられそうだと思います。

 ふんわりしながらもしっかり触感のあるパンと間に挟まれた鴨肉の組み合わせはとても素晴らしく、更に鴨肉と一緒に乗せてあったグレイビーソースがアクセントになってとても美味しいです。

 そうしてこの世の至福を堪能していた私に、料理長は問いを向けました。

 

「ボーマン。

 この後畑に行くがお前さんはどうする?」

 

 その問いに槍の鍛練をと考えてすぐに破棄しました。

 騎士になりたいという夢は諦めていませんが、助手としていただいてまだ一年。

 まだまだ覚えるべき事は沢山あります。

 

「ご一緒してもいいですか?」

「人手があるのはありがてえし、別に構わねえがいいのか?」

「勿論です」

「分かった。

 荷車の準備をしているから食べたらいつものところな」

「ハイ」

 

 ローストサンドとマッシュを食べ終え使った皿を片付けてから私は野良着を羽織って料理長と合流します。

 

「よし、行くか」

 

 野良着に着替え、黒毛の立派な軍馬に荷車を繋いだ料理長と共に畑に向かいます。

 

「今日もいい天気だな」

 

 馬を引き暢気に空を見上げそう言う料理長。

 ですが、私はそんな余裕はありません。

 なにせ、料理長は全く気付いていませんが、荷車を引いているのがアーサー王の乗馬である『ラムレイ』なんですよ?

 料理長いわく、『アルちゃんが必要なら馬屋に居たら使っていい』と言われたそうですが、そもにしてアルちゃん=アーサー王とどうして知らないのかと突っ込みたいです。

 しかし蒸し風呂で席を共にした際に料理長に言わないよう、アルちゃんことアーサー王当人から釘を刺されている私には言えません。

 というより、この人料理に関しないと鈍すぎます。

 以前もサー・ケイにキャメロットで一番驚いたことは?と質問された際に、この人は『チビ助…じゃなかった、キャスパリーグが猫だったこと』なんて言ったんですよ?

 王城への感想とか、キャスパリーグが花の魔術師マーリンの使い魔だったことじゃなくて、キャスパリーグがどんな動物なのかが重要な辺り暢気すぎると思ったってバチは当たらないはずです。

 その事について聞いても料理長は『食わせたら危ない食物与えたら可哀想だろ』なんて真顔で言うし。

 いえ、それだけ食べるということに真剣な方だという事でもありますが、それにしたってもう少し周りを疑って生きるべきではないでしょうか?

 それについて本人は『騎士が下働きの料理人に嘘を吐く理由が思い付かんし、大事になるならそもそも関わらんだろ?』と、実に暢気な事を仰る始末。

 しかしそんな料理長ですが、厨房では肉の僅かな変色や野菜の色の異状も一切見逃したりはしません。

 本当に、料理中の鬼気迫る姿と重なら過ぎなのですが…。

 

「ビギー!!」

 

 思考に没していた私ですが、遠くから聞こえた鳴き声に意識を引き戻されました。

 

「今日も瓜助は元気だな」

 

 道の奥に広がる森の方から土煙を立てて迫る大きな魔猪を見遣り、嬉しそうにそう言う料理長。

 そうしている間に全長二メートル近い巨大な魔猪が料理長の目の前で急停止しました。

 

「おはよう瓜助。

 数日見ない間にまたでっかくなってないか?」

「ブギィ!!」

「こらこら。

 ははは」

 

 頭を擦り付ける魔猪に料理長は口では嗜めながらも嬉しそうに好きにさせます。

 魔猪と言えばブリテンでも筆頭に数えられる害獣であり、手練れの騎士だって甘く見れば返り討ちにされかねない狂暴な魔獣です。

 そんな魔獣がまるで飼い豚のように親愛を示す、そんな光景を初めて見た時に正気を疑った私は悪くないですよね?

 

「瓜助、畑の野菜を収穫をしに来たんだが大丈夫か?」

「ピギー!」

 

 料理長の質問に大丈夫と言わんばかりに鳴き声を上げる瓜助。

 そのまま付いてこいと言うように料理長の前を歩き出しました。

 瓜助の案内のままに付いていく私達。

 ところで以前から思っていた事なんですが、瓜助は牝なのですからもっとそれっぽい名前は無かったのでしょうか?

 取り留めない事を考えつつ暫く歩くと、突然森が開け、そこにそれなりの規模の畑が広がりました。

 

「うんうん。

 瓜助のお陰でいい野菜が育ってくれてるぜ」

 

 畑の具合を確かめそう喜ぶ料理長。

 流石に魔猪は城内で飼えないと言われ、料理長は瓜助をキャメロットの近くの森に放しました。

 そうして料理長は飼えない代わりにと森の奥に畑を拓き、好きに食べていいと譲ったのですが、瓜助は畑に実った作物の半分だけにしか手を付けず、畑というよりこの森が瓜助の縄張りのため他の獣が食い荒らすこともなかったため、このまま腐らせるのも勿体ないと残りの半分はキャメロットで使う事になったそうです。

 料理長と二人がかりで蕪やキャベツにアーティチョークといった作物を収穫し、ラムレイで牽いてきた荷車に乗せていきます。

 そうして一時間ほど掛け十日分ほどになろうかという量を収穫し終えた料理長は、荷車に乗せてきた壺を持って畑を行ったり来たりしながら中身の白い粉を少しづつ撒いていきます。

 

「料理長、それは肥料……じゃないですよね?」

 

 料理長がブリテンに広めた肥料は前に来た際に撒いていました。

 アレは効能は確かですがやり過ぎても宜しくないと仰っていました。

 

「こいつは貝殻を砕いて粉にしたものと竈の灰を混ぜたものだ」

「灰は分かりますが、貝殻をですか?」

「貝殻は炭酸カルシウムっつう……まあ土質を農業に適するよう調整するために撒いてるんだよ」

 

 あ、私が理解できないと思って掻い摘みましたね?

 いいですよー。

 私は農民になるつもりはありませんから知らなくたって困りませんよーだ。

 ちょっとだけ不満を抱いていると瓜助が私の傍に近付き下履きの裾を噛んで何処かに案内しようとしました。

 

「料理長ー。

 ちょっと失礼します」

「ん?

 終わったら待ってるから焦らなくていいぞ」

「違います!!」

 

 御手洗いと勘違いするなんて流石に許せません。

 罰として秘蔵の蜂蜜飴を頂戴しても許されるぐらいですよこれは。

 邪智暴虐たる料理長への報復を誓い瓜助の案内するまま森の奥へと進みます。

 

「プギー!」

 

 少し進んだところで瓜助が何かを探す様子で辺りを嗅ぎ始め、やがて木の根本近くの土の前で鳴き声を上げました。

 

「ブギィ!」

「そこの土の下に何かあるの?」

「ビギィ!!」

 

 肯定するように前足で地面を掘る瓜助を信じ私は土を掘ってみます。

 すると、土の中から幾つかの黒い塊が出てきました。

 

「……茸?」

 

 不思議な香りのする茸に首をかしげ、一番大きいものを取り出す私の横で瓜助が残りの茸にかぶり付き、あっという間に残りを食べ尽くされてしまいました。

 

「……もしかして、私に掘らせたかっただけ?」

「ブギィ」

 

 肯定とも否定とも付かない鳴き声を残し瓜助はさっさと来た道へと踵を返してしまいます。

 

「……なんか複雑です」

 

 してやられたような気持ちになり、モヤモヤしたものを抱えたまま茸を持って畑に戻ります。

 畑に戻ると帰り支度を終えた料理長が待っていました。

 

「大分掛かったみたいだが、何かあったのか?」

「瓜助に此れを掘らされました」

 

 そう言って茸を差し出すと、受け取った料理長はそれをよく観察してから目を見開いて驚きました。

 

「驚いたな。

 ブリテンにも自生してるってのは聞いていたが、実物を拝んだのは初めてだ」

「そんなに凄いものなんですか?」

 

 私にはただの黒い塊にしか見えません。

 

「こいつはトリュフつって、別名『黒いダイヤ』なんて呼ばれている代物だよ」

「ダイヤって……」

 

 仮にも王族ですからダイヤが希少な宝石だと言うぐらいは知ってます。

 しかしそれに例えられるなんて、俄には信じられません。

 

「このサイズなら……そうだな、卸す相手次第だが故郷だと銀貨十枚……いや、天然物だから金貨一枚は出しても買うって奴はいるだろう」

「金貨一枚!?」

 

 それ、私のお給料の何ヵ月分なんですか!?

 信じられない世界の感覚に呆然としてしまう私を尻目に料理長は瓜助を全力でかいぐります。

 

「お手柄だぞ瓜助。

 こんないいものを見つけるなんて凄いじゃないか」

「ブギィ!!」

 

 全身あまねく撫で回して感謝を表す料理長に法悦というように身を任せる瓜助。

 ……なんでしょう?

 物凄く負けた気がします。

 

「ボーマンもありがとうな。

 お陰でいつも以上に料理に気合いが入る」

「いえいえ。

 私は瓜助に付いていっただけですから」

 

 満面の笑みで感謝する料理長にさっきまでのもやもやが薄れ気分も良くなってきます。

 あれ? 私、こんな簡単な女でしたっけ?

 

「んじゃあまあ、早速トリュフに合うディナーを拵えなきゃな。

 生半可なもんは作れねえぞ」

 

 気合い十分と瓜助に別れを告げキャメロットへの帰途に就く料理長。

 

「じゃあね瓜助」

「プギー!!」

 

 私も瓜助にお別れを言って料理長を追いかけます。

 

「料理長、御褒美に蜂蜜飴を要求します」

「あれか?

 別に構わねえが、何だったらアーサー王と同じもん出してやるぞ?」

「いえ。

 それは私が騎士になれたときに取っておきます」

 

 それは何時になるかわかりませんが、暫くはこのままでいいと思います。

 

「そうかい。

 じゃあ、その時はアーサー王に出すものより豪勢なフルコースをご馳走してやるよ」

 

 勿論アーサー王には内緒でなと笑う料理長が可笑しくて、釣られて私も笑ってしまいました。

 

「やぁ。

 待っていたよ二人共」

 

 キャメロットに到着すると、何故か花の魔術師に出迎えられました。

 朗らかに笑っているマーリンですが、正直言うと私は彼が苦手です。

 初対面でいきなり口説かれたこともそうですが、マーリンは母モルガンに似ているからです。

 勿論容姿云々というものではなく、彼からは人とは違うナニカを感じるんです。

 最初は気付きませんでしたが、料理長と一緒に並ぶと、彼からは薄ら寒い感じがします。

 まるで人形に人を無理矢理詰めたような、自分でもよく分からないですが、そう表現するしかない違和感を感じるんです。

 

「待ってた?

 珍しいこともあるもんだな?」

 

 そう評するのも然もありなん。

 なにせ彼はどんな状況だろうと、お構いなしにこちらにちょっかいを掛けてきましたから。

 それで料理を台無しにして料理長を怒りで表情が無くなるぐらい怒らせてからは作業中のみは何もしてこなくなりましたが、彼という存在は厄介事の火種というのが私達の共通認識です。

 

「そうかな?

 それよりもボーマン。

 君に耳寄りな話を持ってきたんだ」

「私にですか?」

 

 十中八九厄介事だと確信した私が身を固めるのに構わずマーリンはうんと頷きました。

 

「もう間もなく、さる貴婦人に仕える侍女が助けを求めてキャメロットを訪れるだろう。

 アーサー王は派兵を渋るだろうから君がそこで名乗りを上げてくるといい」

「え、でも……」

 

 胡散臭いことで有名なマーリンですが、少なくともアーサー王が絡んだ時に王の不利になるような嘘を吐く人物ではありません。

 だとしたらこれは本当に好機なのでしょう。

 

「どうしたんだい?

 君は騎士になりたくてキャメロットを訪れたんだろう?

 ならばこそ、この機会は逃すべきじゃない。

 もしこの機会を逃したら、君は一生騎士にはなれないだろうね」

 

 そう、笑みはそのままに一切の温度を感じられない瞳で私を崖から突き落とすような冷たい言葉を突き付ける花の魔術師。

 本心を言えば今すぐ飛び出したいと思いました。

 だけど、同時にまだ料理長の下で働きたいと願う私も確かにいます。

 二つの願いに立ち竦む私を、料理長が押し出してくれました。

 

「行ってこいボーマン」

「料理長…」

「お前さんはまだ若いんだ。

 人に憚らねえんなら、やりたいことは全部やっちまえ」

 

 そう莞爾と笑う料理長に私の胸は一杯になりました。

 

「はいっ!!」

 

 背中を押してくれたその笑顔に応えるため、なにより私は私の夢を叶えるため私は新しい一歩を踏み出しました。

 

 

~~~~

 

 

「……で、なんのつもりだマーリン?」

 

 ボーマンの姿が城内へと消えたのを見届け、料理長は胡乱げに見遣りながらそう尋ねる。

 そんな視線を向けられながらもマーリンはニコニコと笑ったまま朗らかに嘯く。

 

「今回は特に他意は無いさ。

 程々に厄介な案件を、皆が円満に解決できる人材に斡旋しただけだよ」

「……胡散臭え」

「相変わらず酷いな君は。

 まだあの事を根に持ってるのかい?」

 

 以前とある女性に粉を掛けたはいいが、一晩宜しくしてみたらあんまりにも重たい性格だった事が判り、面倒だからと幻覚で料理長と自分が入れ替わって見えるようにしたことを恨んでいるのかと問うも、料理長は違うと言った。

 

「そいつはケイが何とかしてくれたからもう終わってるよ」

「じゃあなんでだい?」

「……はぁ」

 

 溜め息を吐くと、料理長はマーリンを真っ直ぐ見据え告げた。

 

「お前さんは俺の飯を食っても全く喜んでねぇからだよ」

「………」

 

 その言葉に一瞬言葉を忘れるも、すぐにそれを否定する。

 

「嫌だなぁ。

 君の作る料理は本当に楽しみなんだよ?」

楽しみ(・・・)なだけか…」

 

 そういうマーリンに料理長は表情をやるせなそうにする。

 

「情けない話だ。

 お前さんには俺の料理は届いちゃいねえんだからな」

 

 そう言うと料理長はラムレイを引いてその場を後にする。

 

「………」

 

 彼のあの言葉と表情、それが何を意味するのか、たくさん集めた感情のどれもが答えにならず、マーリンはちいさく呟いた。

 

「君は怖いね。

 わからないことが怖いなんて、初めてだよ」




活動報告にお蔵入りを供養始めました

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