円卓の料理人【本編完結】   作:サイキライカ

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最近シリアスアンドダークばっかりなので気楽な話でバランスを取りたくなりました。

後、今話の時系列はアルちゃんアヴァロンルートのモードレッド戴冠後数年以内になります。


料理人と包丁

 酒は百薬の長。万病の因とはよく言うが、実際の所飲み方一つでどちらにも転ぶというだけの話である。

 

「料理長。

 冷えた水を、それとミントをくれ」

 

 二日酔いに辛そうに頭を押さえそう頼むケイに、言われた通り浄水樽から絞った水を汲んで渡しながら俺は苦言を呈する。

 

「またか?

 最近飲み過ぎじゃないかケイ?」

 

 そう言うと、なんでか睨まれてしまった。

 

「お前のせいだろうが」

「……俺?」

 

 いや、なにかした記憶はあんまり無いんだが…?

 

「寝酒にウイスキーをいれると気がつけば何杯も傾けてしまうんだよ」

「完全に自業自得じゃねえか」

 

 最初にマーリンに頼みこんで作ってもらった蒸留窯で料理用に仕込んだウイスキーを渡したのは確かに俺だが、だからといって飲み過ぎを人のせいにすんなよ。

 因みにマーリンにもウィスキーを渡してみたら、「一緒に飲むと女の子ととても仲良くしやすくなった」と嬉しくない絶賛を頂いた。

 ともあれ、くれと言われたらホイホイやっちまう俺にも問題はあるのだろう。

 お陰で十分寝かせた樽も残り少なく、今のペースで渡していたら寝かしの足りない樽まで手を付けねばならなくなってしまう。

 

「最近はどこから嗅ぎつけたのかウイスキーを飲ませろと、野生のピクト人の首を持ってくる奴が居るし、何らかの対策を立てたほうがいいな」

「とんだホラーだな」

 

 げんなりするケイに素でそう言ってしまう。

 今は嫁さんと円卓を離れたトリスタンのお陰でピクト人による組織的な蛮行も少なくなったが、しかしそれでも散発的にピクト人の被害は発生し定期的に狩られている。

 そんな野良ピクト人(?)の首がウイスキーの引き換え券代わりって、ピクト人よりブリテンの方が蛮族思考に染まってないか?

 

「だったらいっそ、モードレッド陛下の金策にウイスキー工房を拡大するか?」

 

 今は俺が厨房仕事の合間に作っているだけだが、後世でイングランドはウイスキーのメッカになるんだし、少々フライングしても問題ないだろう。

 

「真面目にそれは考えている。

 しかし飲み慣れないと香りのクセと酒精がきついから拡大も慎重にしないと赤字がな…」

 

 ケイのぼやきに、ふと、違和感を覚え後回しにするのもと思い尋ねてみる。

 

「もしかしてだがなケイ。

 ウイスキーは水で割って飲むもんなんだが、まさかそのまま飲んでたのか?」

 

 そう尋ねるとケイが目を見開いた。

 

「…………」

「…………」

「…………先に言えよ」

「スマン」

 

 沈黙の後に反論するか考え、これは俺が悪かったと素直に謝る。

 

「ともあれ、ウイスキーにしなくても蒸留したアルコールにハーブを浸して薬酒にして売るって手もあるし、事業拡大は真面目にしていい…」

 

 直後、凄まじい衝撃が厨房を貫いた。

 

「怪我は無いか!?」

「ケイのお陰で大丈夫だ…」

 

 破壊された壁の破片がぶつかる既の所を、ケイが身を呈して庇ってくれたお陰でなんとかそう口に出来た。

 

「無事か料理長!!??」

 

 と、ぽっかり開いた壁の穴からモードレッドが飛び込んできた。

 粉塵の中を掻き分け安否を問う彼女に俺は無事を告げる。

 

「俺は大丈夫だが、何があったんだ?」

 

 そう応じると、緊張を解いた様子でモードレッドは息を吐く。

 

「済まない料理長。

 ガウェイン達がサッカーで熱くなり過ぎて蹴り飛ばしたボールが厨房に…」

「えぇ…?」

 

 サッカーで王城を破壊って…。

 

「ご無事ですか料理長!!」

「居たら返事をしてください!!」

 

 騒ぎを聞きつけたようで、アルちゃんとボーマンも厨房跡へとやってきてしまった。

 

「ああ。夕食は駄目になっちまったが俺は大丈夫だ!」

 

 無事を大声で告げると、収まり始めた粉塵の中で二人の安堵の息を吐く声が聞こえた。

 

「ともあれ、急いで飯を作り直「カシャン」ん?」

 

 一歩踏み出すと、何かが足にぶつかり金属音が成る。

 

「    」

 

 落ちた銀食器かとしゃがんで正体を確認した俺は、目にした()()に言葉を無くしてしまう。

 

「どうしたんですか料理…」

 

 蹲った形で動かなくなった俺を心配して覗き込んできたアルちゃんの声が途中で止まる。

 他の三人も同様に、その光景に言葉を無くしてしまった。

 

「包丁が…」

 

 落ちていたのは中程から真っ二つに折れてしまった俺の包丁(相棒)であった。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「これより略式処刑を開始する」

「ストップ!! ストーップ!!」

 

 中庭にケイとボーマンの二人掛かりで膝立ちに拘束されたガウェインを前に、裁判をすっ飛ばして斧を担ぐモードレッドにそう嘆願するが、怒り心頭といった具合のモードレッドは聞く耳を持たぬ様子で罪状を述べる。

 

「罪状。

 ガウェインのシュートによる王城キャメロットの偶発的破壊によって発生した料理長傷害未遂並びに料理長の宝具破壊。

 よって、処刑内容は料理長の故郷に罪人への沙汰として伝わる晒し首とする」

 

 というかなんで誰も止めないんだよ!!??

 

「料理長、お優しさは感銘の至りですが、罰は罰。

 アーサー前王もこの処刑は是非もなしと認めております」

「包丁一本に前王の片腕は釣り合いが取れてないだろ!?」

 

 止めようとする俺を引き留めるアルちゃんだが、脂汗を浮かばせながら必死に助けを求めて目を配らせるガウェインを見殺しにするのは無理である。

 

「とにかく一旦待ってくれ!!」

 

 包丁のために円卓の騎士の首が(物理的に)飛ぶなんて寝覚めが悪いどころの話では無いとそう必死に留まるよう訴えた結果、すったもんだありつつもなんとか一時保留をもぎ取る事に成功した。

 

「チッ、料理長に感謝しろよマヨゴリラ」

 

 斧を放り捨て口惜しいとばかりに昔のヤンチャっぷりを彷彿とさせる口の悪さで吐き捨てるモードレッド。

 普段ならギャラハッドが諌めるのだが、悲しい事にリチャードには処刑シーンはまだ早いとギャラハッドは息子を連れて避難中なので誰も止められない。

 その上で非常に悲しい事にギャラハッドも処刑肯定派に回ってしまっており、今現在ガウェインに手を差し伸べようとしているのが俺しかいないという。

 

「料理長、すぐに同じものを用意させましょう」

「いや、多分無理だ」

 

 そう言うアルちゃんに俺は言う。

 

包丁(コイツ)は故郷の『刀』と同じ製法で造られているから、ブリテンの鍛冶士じゃ難しいだろう」

 

 そう言いながら包丁を寄越した友人を思い出す。

 もう碌に顔も覚えちゃいないが、元気にしてるのかねえ?

 

「そんなに特殊な代物なのですか?」

「ああ」

 

 首を傾げるボーマンに、俺は包丁について語る。

 

「こいつは元々鍛冶屋の友人が、刀の製作に失敗したのを包丁として仕立て直した物なんだ。

 だからこいつと同じ物を造ろうってなら刀鍛冶の技術が必要になるんだよ」

 

 よくわかるよう、折れた包丁の断面を見せながら説明する。

 

「これ、包丁の素材に2つの鉄を使ってますね?」

 

 アルちゃんがそのことに真っ先に気付き、そうだと俺は頷く。

 

「流石に詳しくは知らないんだが、刀ってのは柔らかい『芯鉄』に硬い『玉鋼』を被せることで硬くしなやかな武器に仕立て上げるらしいんだ」

 

 そう教えていると、アルちゃんは何故か一筋汗を流す。

 

「料理長、失礼ですがこの包丁をよく見せてください」

「構わないぞ」

 

 気をつけてなと言いながら渡してやると、受け取ったアルちゃんは断面を舐めるようにじっくり見ながらダラダラと脂汗を流し始める。

 

「どうしたアル?」

「アルちゃん?」

「何だ何だ?」

 

 様子がおかしい事に首を傾げていると、アルちゃんは三人と首を突き合わせて俺には聞こえないように話しだす。

 

「料理長は鉄を二種類と言っていましたが、使われている鉄は二種類どころじゃありませんよ」

「えぇっ!?」

「よく見なさいガレス。

 真ん中の方は一枚ですが、外には4種以上の鉄が重ねてあるんです」

「一本の剣に何枚も鉄を重ねるなんて無駄が過ぎる」

「いえ。これは無駄ではなく耐久性を高めながら切れ味を高めるための工夫の結果でしょう。

 折れてしまった包丁でさえこれ程の物なのですから、ちゃんとした剣だったら手に入れるためなら交換として蔵の宝剣数本投げ渡してもいいと思います」

「え? じゃあ湖に返したエクスカリバーと交換でも良いってのか父上?」

「物次第では応じてもいいかと」

「え゛?」

「マルミアドワースと同じ条件で応じるのか…?

 お前にそこまで言わせるなんて変態過ぎるだろ!」

 

 う〜ん。全然内容が聞こえないから何を話しているか分からないが、そろそろ話を進めないとガウェインの足が痺れて大惨事になっちまうと思うんだが…。

 

「おーい」

「っ、すみません料理長」

 

 呼び掛けると円陣を解いて包丁を返してくれた。

 

「ようは鍛冶屋の腕とかじゃなく、純粋に製法が特殊過ぎるから同じ物は無理だってのは理解してもらえたと思うんだが」

「そうだな。

 やっぱりガウェインは晒し首に」

「それは止めてくれ!!」

 

 再び斧を手にしたモードレッドにすがりつく勢いで待ったを頼む。

 

「兎に角、物なんていつかは壊れちまうもんで、この包丁の命日が偶々今日だっただけなんだ。

 だから、今回は俺に免じて処刑は許してやってくれ」

 

 埒が明かないと判断し、故郷の最終手段だと教えていた土下座で頼み込む。

 

「いや、しかしだなぁ…ああ、もう解ったから頭を上げてくれ料理長!!」

 

 必死の想いが通じてくれたようで、モードレッドは斧を兵士に片付けさせる。

 

「本当か?」

「ただし、無罪放免は他への示しがつかなくなっちまうから、代わりの罰を料理長が下してくれ」

 

 自棄だと言いたげにそう声を荒げるモードレッドに安堵しつつ、しかし今度は罰をと言われて困る。

 

「と言われてもな…マヨネーズ断ち半年とか?」

「ごふっ!!??」

 

 そう言った瞬間後ろでガウェインが血を吐いて倒れ付した。

 

「あんまりです料理長…せめて一週間で!!」

「全然反省してねえなテメエ!!」

 

 本気なのか笑いを取りに行ったのか分かり辛いガウェインの譲歩を求める叫びにモードレッドの蹴りが足を襲う。

 

「グハッ!!??

 止めて頂きたい陛下!?

 痺れた足に蹴りは昼間でも軽減できませんから!!??」

 

 多少ぐだぐだしてきた気配はするが、なんとか処刑は免れたようだ。

 

「領地の譲渡ぐらい言っても認められますよ?」

 

 良いんですか? と言うボーマンに俺は肩をすくめる。

 

「そういうのは心得が無いし、給金も多すぎるぐらい貰ってんだ。

 それに、さっきも言ったがいつかは包丁(相棒)も使えなくなるってのは分かってた事だし、いい機会だと思うさ」

 

 そう言って俺は折れた包丁を革のホルダーに差し込む。

 

「さ、くよくよしてても仕方ない。

 さっさと片付けて飯を作らねえと、育ち盛りのリチャード殿下がお腹空いたって愚図っちまう」

 

 そう言って俺は未だに続くガウェインの悲鳴を背中に厨房へと向かう。

 因みに下手人であるガウェインは後日ちゃんとした場を設けて謝罪をさせてもらえたので、公の形で正式に許す事に出来た。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 おまけというか後日談。

 

「ふむ。放っておいても問題無いんだろうけど、これは良くないね」

 

 折れた包丁が入ったホルダーを持ち、マーリンはごちる。

 

「フォウ!!」

「分かっているよキャスパリーグ。

 いくら僕が人でなしでも、彼が大事にしている思い出を無くす悲しみがわかる程度には成長しているんだから」

「フォウ…」

 

 しょんぼりしたふうに首を下げる白い獣にマーリンは感慨を覚えながらテクテクと歩く。

 

包丁(コレ)()()()()()みたいなものだから相性は悪いんだけど、まあ少しは冠位魔術師らしいところを見せてあげようじゃないか」

 

 そうにこやかに笑いながらマーリンはとある湖を目指す。

 

「まあ、結果として多少神秘が混ざってしまうだろうけど、『座』に認めさせる理由付けの足しになるだろうしみんな喜ぶはずさ」

「フォーウ!!」

 

 やっぱり分かってねぇこのクズ!! と言わんばかりにキャスパリーグの鳴き声が森の中に響いた。

 




 あ、本編ではふざけてるように見えますが、ガウェインは本気で後悔してて斬首もやむなしと思ってましたし、温情には心から感謝を感じてます。
 なので、ガウェインアンチ等という意識はありませんししているつもりは無いんですが、どうしてもやらかし要因になっちゃうんだよなぁ…。


 ここからは本編で語れなかった余録。

 料理長の友人。
 実家が金物屋の跡継ぎで、元々は長船派の鍛冶氏の家系で料理長とは幼馴染。
 戦後のゴタゴタで鍛冶氏としては絶えていたが、刀に興味を持ち打ってみたいと槌を手にした。
 包丁は刀鍛冶の失敗作を包丁に仕立て直した物で、友人の手探りながら古刀の技術が盛り込まれているためアルトリアが関心を寄せる程のマジモンの逸品。
 しかしながら料理長はそんなこととは知らないため切れ味が良いなぐらいしか思ってない。

 
 

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