俺はその日、運命と出会った。
月明かりに照らされたその青いドレスの上から甲冑を纏った少女の姿は、状況も忘れるぐらい幻想的な…
「「問おう、貴方が私のマスターか?……え?」」
鏡合わせのように全く同じ姿の二人の少女を、俺は生涯忘れないだろう。
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平行世界から同時に召喚されるという珍事に固まる間もなく襲撃してきたランサーをセイバーが退け、次いで現れた赤い外套のサーヴァントを情報を引き出すためアルトリアが半殺しにして拘束したところで、そのマスターが召喚者の知り合いだったため諸々の確認のため居間へと移動することにした。
「で、なんで同じ顔のサーヴァントが2体も居るわけなのかしら衞宮君?」
その名字を聞いた瞬間僅かにセイバーが反応したのを見たアルトリアはしかしすぐでの追及は控えておくことにした。
話によると、マスターとなった衞宮士郎は魔術使いであり、聖杯戦争の事は知らずセイバー達の召喚も偶然だったらしい。
「そう……で、そこの二人はどういうわけなのかしら?」
「恐らく正規の召喚ではなかったためにより起きたイレギュラーでしょう。
私とシロウのパスが正しく繋がっていないのもその辺りが原因かと」
「私も同意見ですね。
竜の心臓で必要魔力を供給していますから現界を維持するだけなら定期的に食事で代用していればしばらく問題ないでしょうが、何れどちらかに絞ってパスを繋ぎ直した方が良いでしょう」
そう言うとセイバーから叱りの声が飛ぶ。
「あまり迂闊に情報を漏らすべきではない」
「そちらこそ状況が見えていないのでは?」
「何?」
アルトリアの言葉に眉を寄せるセイバー。
「マスターはメイガスと言うにも未熟以前です。
下手にこちらの内情を秘匿して内々で処理しようとするより、他の正規のマスターの進退を握っている状況の内にマスターに正しい認識と状況改善の手段を持たせるのが最優先ではないですか?」
「……確かに」
後の展開までを視野にいれたアルトリアの意見にそう押し黙るセイバー。
「ちょっと待ってくれ!」
改めて話を続けようとしたが、そこに士郎が異議を唱える。
「俺はまだ聖杯戦争に参加するなんて言っていないぞ!?」
自分が殺し合いの場に参加する前提で話が進んでいることに反論する士郎。
それにアルトリアは軽くため息を吐いてそれを論ずる。
「貴方が聖杯戦争への参加を拒否したいのは分かりました。
ですが、現状を鑑みても貴方がこのまま辞するのは危険です」
「どういう意味なんだ?」
「理由は私達が召喚されたという事実です」
そう一拍を置き、アルトリアは言う。
「聖杯戦争への召喚の際、私は私を指定して召喚する意思を感じました。
おそらくこの家の何処かに私に由来を持つ何かが存在しています。
ミス・トオサカでしたか?」
「何よ?」
「英霊に纏わる遺物には金銭的な価値が付加されていませんか?」
「……そうよ。
英霊に纏わるアーティファクトは数億以上の値段で取り引きされるのが普通よ」
「数億だって!?」
桁の違う値段にそんなものが家にあったなんてとギョッとする士郎を尻目にアルトリアは問いを続ける。
「では、それらを強奪したいと思うような輩は少なくないですね?」
「……否定はしないわ」
アーチャーを狙って半殺しに留めた手際から、アルトリアがトップクラスの英霊だと悟った凛は誤魔化して不興を買うリスクを避け素直に肯定する。
「であれば、貴方がこの先魔術に関わらないとしても、その触媒を処理しておかなければ貴方と貴方の隣人の今後の身の安全は保証できない」
「だけどそれは…」
誰にも知られなければいいと言おうとする士郎に先じてアルトリアはだめ押しを言う。
「もう既にランサーのマスターに貴方の事は知られている。
これ以上に説明はいりますか?」
「……いや。大丈夫だ」
ランサーのマスターがどこに所属しているかは分からないが、だとしてもサーヴァントを召喚するだけの条件が士郎にはあると知られた時点で士郎に選択肢はなかったのだ。
「だけど殺し合いになんか参加しないぞ」
「それで構いません。
私は聖杯そのものを求めて参加したわけではありません。
マスターの身の安全が確実となるまでの間だけ契約を続けてくれれば結構です」
「待ちなさい!!」
そう言った所でセイバーが激昂した。
「お前は何のためにこの戦いに身を投じたというのだ?」
凄まじい怒気を放つセイバーにどうしてそこまで怒るのか理解できないアルトリアは素直に理由を語る。
「強いて一言で言うなら、現代の食事に惹かれたからですかね?」
「貴様!?」
「何をそんなに怒っているのですか?
死後に叶えたい願いがそれ以外にあるとでも?」
この時アルトリアは、この世界が料理長により改編された生前の悲願であったブリテンの穏やかな終焉が叶った時間軸の未来だと本気で思っており、まさか史実通りの悲劇的な最後を遂げた平行世界だとは思いもしていなかったのだ。
そしてセイバーもまた、アルトリアが自身と同じ結末を迎えていると信じきっており、その態度が王の責務を無責任に放棄しているように見えていた。
尤も、その擦れ違いはすぐに解決する。
「ブリテンの救済はどうなった!?」
「?
……モードレッドに託して完遂されたでしょう?」
「」
その瞬間セイバーはヴォーティガーンに殴られたような衝撃を受けた。
「モードレッドって……まさかアーサー王なの!?」
悲鳴に近い大声を上げる凜に逆にアルトリアは驚く。
「竜の心臓と言った時点で気付かれていたと思っていたんですが、少し早計でしたか」
「うぐっ!?」
無自覚にかましていたうっかりを暗に指摘され反論できず唸る凛。
同時に、どうしてアルトリアがそこまで触媒の在りかを気にしていたのかも納得した。
「しかしだ、どうやら私とそちらの私とで経験したブリテンの歴史は大部違うようですね?」
「でしょうね」
白目を剥いて呆けるセイバーに凜は仕方なしと言う。
因みに士郎は言いたいことは沢山あるが、状況があんまりすぎて取りあえず黙って様子を窺っていたりする。
「私達が知っているアーサー王の物語って言えば、ランスロットの不義から円卓は瓦解して、最期はモードレッドと相討ちになったってのが一般的よ」
「……それはまた」
料理長が知らずに解決していなければそうなっていただろうと容易に想像できたため、改めて料理長へと感謝を捧げるアルトリア。
「ということは、つまり『厨房の賢人』は此方には居なかったのですね」
「……誰ですかそれは?」
少しだけ回復したセイバーが尋ねたため居ないことが確定したと内心思いつつアルトリアは語る。
「円卓の不和の解決に一助していただいた恩人です。
彼のお陰でモードレッドは改心して王座を譲るに値する者になってくれました」
「」
その言葉に再び気を失うセイバー。
「えっと、因みにその厨房の賢人は他に何をしたんだ?」
「一番大きな事はブリテンの土壌改善に助言してくれたことですね」
「土壌?」
「はい。
当時のブリテンは神秘と人理の転換期にあり、只でさえ痩せていた土地は民の糊口を凌ぐ糧さえ取れぬほどに乾いていました」
痛ましい話に顔を歪める士郎。
同時に、正義の味方を目指している己としてアルトリアの語る『厨房の賢人』は自身の目指す答えの一端に居る気がした。
「ですが、彼に故郷の肥料の作り方を伝授してもらいそれも殆ど解決しました」
「待って」
色々限界が近いらしく王の仮面が剥がれかけた半泣きで制止するセイバー。
「フランスから土を入れても駄目だったのに、どうして神秘が薄れていた状態で土地が回復したんですか?」
「この話は姉から聞いたんですが、どうやらその肥料は神秘と人理の橋渡しをしていたようで、肥料を撒いた土地は神秘と人理が上手く混ざった状態になっていたそうです」
「」
「結果、土地は枯れないままに人理の時代へと移行しブリテンの神秘は緩やかに消えていきました」
「……もうやだ」
アーサー王の最大の悩みの一つが消えた世界があったことに喜ぶ以上に、自分のブリテンがそうでなかった悲しみに真っ白になるセイバー。
「マスター、可及的速やかに食事を用意していただけますか?」
「なんでさ?」
「こうなった時の私は、自棄になって聖剣を振り回すかひたすら鬱く引きこもるか無心でお腹を満たすかしないと正気に帰りませんので」
「それって」
「……私も通った道です」
その夜、士郎は冷蔵庫が空になるまでセイバーのために食事を作り続け、なぜか途中からアーチャーまでが食事を作るのに参加し、そしてあまりの惨状に凛は暫く敵対するのは止めようと誓ったのであった。
因みにロリブルマもとい待ち伏せしていたバーサーカーのマスターは待ち惚けの末に風邪を引いた。
続き?
セイバーが食べたので無いです(多分)