スパイスこそ神だ。
聖四文字? 長腕? 雷霆? 信仰して欲しかったら肉の臭みを消してみろ!!
特に胡椒は素晴らしい。
どんな食材にも使えて塩と組み合わせれば大抵の食材は食えるようにしてくれる正に大いなる福音。
崇めたてよ黒きダイヤ、我らが尊きその誉れ高きその黒い輝きを!!
…つっても、四世紀前後のブリテンには無いんだけどな。
大航海時代のドレクだかドラゴンだがいう海賊が居てくれれば或いは…いや、インドに到達できる造船技術がないから居ても無理か。
そんなことを熟考しつつ付け合わせのジャガイモ…はないので代わりのアーティチョークを仕上げていく。
今日は珍しい事に食材に子羊が来たのでラム肉をメインに据えてみた。
しかし臭み消しに使えるのがハーブしかないからマトンよりマシとはいえ下処理にひたすら手間取らされたよ。
いやほんと、胡椒があればもっと楽だったのに。
「少しいいか料理長」
「ん?」
聞き覚えのある声に振り向けばそこに居たのはアルちゃんの直接の上司にして行く当てもなく放浪していた俺をキャメロットの厨房に招いてくれたサー・ケイであった。
「
最後に厨房で見たのはボーマンの手解きをしろって押し付けに来た時だったか?
騎士になりに来たらしく一年したら出ていったけど元気にやってるのかね?
「…少し、話を聞いてもらいたくてな」
なにやら言いにくそうにそう言うケイ。
「それは構わないが少し待てるか?
今手を抜くとポテトが不味くなっちまう」
そう言うとケイは分かったと言いアルちゃんがいつも使ってる椅子に腰かける。
そんな様子を尻目に俺は鍋の中の芋を素早く回して付け合わせの粉ふきいもを手早く完成させていく。
それを少量小皿に乗せ小さく切ったパセリ入りのバターを添えてケイに差し出す。
「これは?」
「っと、いつもアルちゃんに食わせてたからついな」
要らないか?と聞けばケイは食べるといい早速一口放り込む。
アルちゃんみたいにあまり表情は変わらないが舌鼓を打ってくれたので出来はまずまずと言うところか。
「で、話ってのは?」
「その前にだ、」
ケイはアーサー王の兄で騎士なのだから忙しいだろうと本題を訪ねるも、ケイはなにやら難しい顔をする。
「へい…じゃないアルがよく来ているらしいがどれぐらいの頻度なんだ?」
「ほぼ毎日だぞ」
「毎日だと…?」
そう言うと愕然とした様子で目を見開くケイ。
その後なにやら口の中で呟き始める。
う~む。やはり宜しくなかったか?
「示しが付かないってなら食わせるのは止めるぞ」
「…いや。来たら食わせてやってくれ」
「そうか」
なんだかんだでケイも自分の従者は可愛いらしいな。
まあ、俺としてもあれだけ旨そうに食べてくれる娘に食わせないってのは辛いからいいけどな。
「それはそれとして話ってのは?」
「ああ、それなんだがな…」
ぽつりぽつりと話し始めるケイ。
なんでも最近円卓の空気が悪いらしい。
理由はアーサー王の辣腕があまりに完璧過ぎるからだそうだ。
9を救うために一切の呵責も見せず1を切り捨てるその完璧な王の姿が一部に反感を抱かせ、王は王で完璧な王で有るためにそれらの反感を省みず、結果空気はどんどん悪くなる一方。
「特にトリスタンの野郎だよ!!」
アルコールは一切入っていない筈なんだがまるで酔っぱらいの愚痴吐きの如く出てくる出てくる鬱憤の数々。
「なぁにが『天秤に人は従わない』だ!!
陛下がどれだけ心を圧し殺して王足らんと振る舞ってるか知りもしないであの野郎は!?」
ガンッと力一杯テーブルを殴るケイ。
石のテーブルを一発で凹ますとかブリテンヤベエ。
まあ、恩もいっぱいあるしなんかアドバイスでもするか。
「なんならいっそ陛下に本音をぶちまけさせてみたらどうだ?」
「そんなことができるわけ無いだろ」
「素面ならな」
そう言って俺は宮廷魔術師なる胡散臭いイケメンにたのんで作った秘蔵の一品を差し出す。
「それは?」
「ウィスキーっていう、麦から作った強い酒だ」
差し出されたウィスキーのコルクを抜き瓶から漂う強烈な酒精に眉をしかめるケイ。
「嫌に強烈だな。それに煙臭いな」
「その煙臭さがいいんだよ。
馴れればその薫りが病み付きになるんだぜ」
信じられんとコルクを戻すケイに俺は言う。
「酒の席は無礼講ってな。
そいつでぐでんぐでんに酔わせて全員の腹の中をぶちまけさせてみたらどうだ?」
そう言うとケイは憮然とした様子で立ち上がった。
「……参考にさせてもらう」
そう言いウィスキーを手に厨房を出ていこうとするケイに俺は大事なことを言い忘れたと教える。
「そいつは軽く炙ったチーズを肴にすると更に美味いぞ」
翌日、朝食とは別に蜆のスープがあると言っておくと円卓の騎士全員からそっちを所望されたことを追記しておく。
因みにイギリスにウィスキーが登場するのは約千年後だったりする