円卓の料理人【本編完結】   作:サイキライカ

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そのよん

 世の中理不尽は山のようにあるわけなんだが、いつも思う。

 

「どうしてこうなった」

 

 後はメインディッシュだけとしておいた料理が全部食い荒らされていた。

 これが野犬とかならまだ致し方なしと諦めもつく。

 仮にアルちゃんならケイに責任取らせることも出来る。

 しかしだ。

 

「ちちうえ~……」

 

 主犯とおぼしき者が見たこと無い女性騎士でしかも料理用のブランデーを幾つも空にして酔い潰れていた場合どうしたらいいのだろうか?

 

「とりあえず何とかするか」

 

 今からやり直すとなると時間が足りない。

 残る材料で出来る料理となると……

 

「パイか」

 

 下拵えさえ終わらせれば石窯オーブンでそれなりのものに出来る。

 

「すみません料理長、少し…」

 

 そして狙ったかのようなタイミングで現れるアルちゃんに俺はすかさず頼むことにした。

 

「アルちゃん、悪いがボーマン連れてきてくれ」

「え? え?」

「早くしてくれ! じゃないとディナーがオートミールだけになっちまう」

「分かりました!!」

 

 言うなりなんか足からジェット噴射して飛び出すアルちゃんを尻目に俺は寝かしに入れたばかりのパン生地を潰しバターを練り込んでいく。

 

「連れてきました!!」

「速いな!?」

 

 三分と経ってないぞ?

 まあ有難いからいいか。

 

「え、えっと、」

「床下の倉から熟成済みの牛肉三キロをサイコロカットに。

 そいつはそのままワインベースで煮込みにしてくれ」

「了解!」

 

 基礎からみっちり叩き込んだお陰で指示を出せば素早く動き始めるボーマン。

 

「私も何か手伝いますか?」

「じゃあそこの野菜を皮を剥いて厚みが均等になるよう薄くスライスしてくれ」

「分かりました」

「その前に手はしっかり洗えよ」

 

 早速ナイフを手に取るアルちゃんにそう釘を刺し仕上がったパイ生地に濡らした布巾を被せ乾かないようにしておく。

 瓶の中に作った石パンとエールのパン床に漬けておいたザワークラウトもどきは無事か確かめ大丈夫だったのを確認した俺は次いで薫製窯を開ける。

 

「こっちは駄目か」

 

 吊るしておいたソーセージがやはり残らず消えていることに嘆息するも即座に切り替えて二人の様子を確認する。

 ボーマンは心配するまでもなくハーブの瓶から適当な物を適量用いて煮込みの調整にいそしんでいる最中。

 あっちは大丈夫そうだが問題は…

 

「グスッ、どうしてこんな、涙が止まらないんですか?」

 

 案の定アルちゃんは玉葱を相手に目を真っ赤にして四苦八苦していた。

 慣れてない奴が玉葱を切るときは鼻を塞がないとああなってしまうんだが、切られた野菜もかなり不揃いだしどうやらアルちゃんは料理の経験はあまりないようだ。

 

「アルちゃん大丈夫か?」

「すみません料理長。

 手伝うと名乗り挙げておきながら」

「気にすんな。

 アルちゃんは十分役に立ってくれたよ。

 それに、なんでもかんでも一人で出来るなら他の人の手なんか必要ないんだからな」

 

 そう言うとアルちゃんは何故か辛そうに俯く。

 

「そう、ですよね……」

 

 あれ? 何か変なことを言ったか?

 

「兎に角だ。

 まずは鼻を噛んで玉葱の汁を洗……」

 

 そこまで言いかけたところで背中に氷柱を刺されたような寒気が走った。

 

「おまえか……?」

 

 振り向けば酔い潰れていた少女が虚ろな目で俺を睨んでいた。

 

「おまえが、ちちうえをなかせたのか?」

 

 赤ら顔で呂律が怪しいところから酔ってアルちゃんを誰かと見間違えているらしい。

 って、そんなことよりあの剣を振り回されたら一般人な俺じゃ一刀両断にされてしまう。

 

「モードレッド!!」

 

 突然アルちゃんがそう叫びロケットみたいな速さで少女を殴り付けた。

 まるで金属同士がぶつかったようなガゴンとか凄まじい音を発ててアルちゃんの拳が少女の頭を叩きそのまま石畳の床を破壊した。

 ……見た目は可愛い少女でもアルちゃんもケイと同じ騎士()なんだね。

 というかモードレッド?

 この少女が?

 

「ち、ちちうえ?」

「父上ではない。サー・ケイの従者アルだ」

 

 二人がなんか話しているようなんだが、なんでか二人と俺たちの間に凄まじい風が舞って会話の中身が聞こえない。

 にも関わらず食材その他に一切の被害が起きていないとか訳がわからないんだが。

 

「そ、その、あの、」

「今この場で私をアル以外の呼び方で呼んだら殺す。

 細かく説明すれば貴様の尻を聖剣の鞘にしてそのまま真名解放してやる。

 理解したな? ハイ以外の答えは即座に殺す。いいな?」

「え、なん」

「いいな?」

「……ハイ」

 

 話は終わったらしく涙目でカタカタ震えて女座りでへたりこむモードレッドを置き去りにアルちゃんが振り向く。

 

「ふう。やはり酔って錯乱していたようですね」

 

 そう俺を安心させるためにそう言うアルちゃん。

 見間違いだと思うんだがアルちゃんの目がさっきまで金色だった気がするんだが……聞かない方がいいな。

 

「まあ、落ち着いてくれたならいいか」

「料理長ってかなり呑気ですよね」

 

 ボーマンがなにか言ってるが気にしない。

 

「とりあえずパイの具が完成するまでまだ時間がかかるし軽いおやつでも作るか」

 

 なんでモードレッドが食材を食い荒らしたのか聞かないといけないし。


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