あ、今回アルちゃん不在です。
この時代の糖分は貴重品ではある。
故に機会があれば糖分を含む樹液を出す木の確保や蜂の巣の探索に余念は欠かしていないがしかし安定供給には至っていない。
だがしかしここに至って俺は実現可能な大量確保の当てに気付いたのだ。
その希望は円卓が満場一致でクズオブクズと認めたマーリンである。
マーリンは歩くと何故か足跡から花が咲くため、だからこそひたすら歩かせ足元に咲いた花から蜜を蜂に回収させることで短期間で蜂蜜の大量確保が叶う筈なのだ。
問題はマーリンが咲かせた花の蜜が変な作用を含んでいないかという懸念と野生の蜂をどう手なずけるか。
「少しよろしいでしょうか?」
ここはやはり無難に養蜂に手を出すべきかと頭を巡らせていると円卓の中でも厨房では初見の人物の来訪があった。
「ギャラハッド?」
円卓の三大良心の登場に俺は首を傾げる。
こう言うのもどうかと思うが円卓の騎士がこの厨房に来ることはしょっちゅうだ。
ケイが愚痴を溢しに来たりランスロットがウィスキーをギンバイしに忍び込んだりアグラヴェインがブランデーを融通してくれと頼み込んできたりガウェインが料理とは名ばかりの野菜のマッシュに使う調味料を強奪していったり……
あれ? 円卓の騎士って騎士の中の騎士の筈だよな?
なんというか、これだけだとただのやんちゃな連中が集まる男子寮みたいなんだが……?
来たこと無いのってギャラハッド以外だとベディヴィエールとガレスとトリスタン……っと、いかんいかん。
「何かリクエストがあるのか?」
「いえ、そうではありません」
そう言うとギャラハッドは理由を述べた。
「私は今日を以て円卓を離れることになったのです。
ですからこれ迄の感謝を告げに来ました」
「本当なのか?」
「ええ」
随分急な話だな。
「理由を聞いてもいいか?」
「構いませんよ」
そう言うとギャラハッドは聖杯探索の任を承ったのだと教えてくれた。
「聖杯って、聖なる手榴弾か?」
「は? 手榴弾……?」
って、なんでよりにもよってモンティ・パイソンのネタを当人に振ったんだよ俺は?
「すまん。変なものと間違えた。
確かヨシュアが処刑前夜に水をワインに変えるのに使った杯だったか?」
「ええ。
その聖杯です」
さっきの間違いのせいで引き気味に頷くギャラハッドに内心謝りつつ俺は問う。
「少し待ってろ。
日持ちするものを幾つか見繕ってやるから」
「いえ。
私より陛下に供して下さい」
やんわりと断るギャラハッドだが俺は麻袋に出来の良かったベーコンとウィスキーに加えどうせだからとアグラヴェインがブランデーの対価にと置いていったとっておきの生姜に蜂蜜の瓶も袋に積め無理矢理押し付けた。
「いいから受け取れ。
お前が受け取らないなら全部捨てるぞ」
「……分かりました」
本気で言っていると理解してくれたギャラハッドは仕方なしに麻袋を受けとる。
「湯で割った蜂蜜に少量の生姜とウィスキーを垂らしてやれば身体を温めるだけじゃなく風邪薬の代わりにもなるから覚えておいてくれ」
医療の乏しいこの時代風邪一つで人の命が消し飛んでしまう。
中東には風土病も多いだろうからあって損は無い筈。
特に生姜は栽培が出来ない非常に貴重な品なので路銀に変えるという使い方も出来るだろう。
「これ程の手厚い施し…なんと礼をすれば」
「礼をと言うなら無事に帰ってきて俺の飯をまた食ってくれ。
料理人にとってはそれがなによりの礼だからな」
月刊サクソン人とか月刊ピクト人とか言いたくなる頻度で繰り返される戦争にいつの間にか姿を消した者も少なくない。
だからこそ、俺はみんなが少しでも生きていたいと思えるよううまい飯を作っているのだから。
「……分かりました。
必ず務めを果たし、また貴方の食事を戴きに戻ります」
ギャラハッドはそう微笑むと渡した麻袋を肩に背負い厨房を出ていった。
その背中を見届け俺は調理で残った屑肉の再利用の作業に向かう。
「しかし聖杯ね」
こんな世の中だから信仰が寄る辺になるのはわからなくもないが、聖人という名の生贄の使った物が何の役に立つのやら。
本当に奇跡があるなら砂糖と香辛料でブリテンを潤してみろ。
そんな無益なことを倩考えつつ挽いた屑肉にタイム他幾種かのハーブを混ぜ混んだ物を山羊の腸詰めにするのであった。