今日も今日とて料理を作る。
スープは鶏ガラで出汁を取ったコンソメにメインは荒巻にしておいた鱈のワイン蒸しである。
「明日は少し趣向を変えてみるか?」
卵には余裕分があるし豚肉を薄切りにしてピカタなんてどうだろう?
豚肉も良い感じに熟成が進んできたし悪くないだろう。
「やあ」
こうなると胡麻や醤油がないのが残念だな。
ナンプラーも試してはいるが気候が合わないのか中々提供に価する出来になってくれない。
あれば保存食にも幅が出るんだが。
「フォーウ」
不意に脛を擦る温かさと特徴的な鳴き声に俺は注意した。
「ふう、厨房に入っちゃ駄目だって言ったろキャスパリーグ。
胡桃やるから出ていってくれ」
「フォウ」
申し訳なさそうに耳を下げる犬ともリスとも見える不思議な生き物キャスパリーグに殻を割ったクルミをあげると、キャスパリーグはクルミを口に含むと外で食べるつもりらしくトテトテ足音をたてながら厨房を出ていってくれた。
本当に賢い子だな。
飼い主とはまるで違う。
「無視はそれなりに辛いんだけど?」
「嘘つけ」
そう言いながらちらりと見ればそこにはゆるふわおにいさんとか言われそうなイケメンが一人。
だがしかし中身は1日掛かりで灰汁抜きしても抜けないだろう灰汁の塊としか言えない屑である。
「何の用だマーリン。
相談なら他を当たれ」
こいつに善意など見せた日には一生後悔するレベルの災厄に見舞われる。
実際そうなった俺が言うんだから間違いない。
「いやいや。
ちょっと君に大事な話があったからさ」
そうにこやかに笑うマーリンだが、俺はその笑顔が胡散臭くしか見えない。
「片手間で良いなら聞くぞ」
今夜のディナーは恒例の対ピクト人との戦勝祝いなのだ。
暇人と遊んでいる暇など無い。
「君、遠からず死ぬよ」
「……」
正直どうでもいい話だった。
「話が終わりならさっさと帰ってくれ」
「驚かないんだね?」
「何を今さら」
春先に採っておいた菜の花を水で戻しつつ俺は言う。
「人間が死ぬのは当然だ。
今のブリテンの実状を鑑みれば俺は十分長生きできた」
少なくとも40年近く生きれたのだ。
ブリテンに来たのは30を過ぎてからだがそれだってひ弱な現代人には過酷な日々だった。
そんな俺より若い者が戦場で散っているのだから十分生きれたと言えるだろう。
もう話は終わりだと切り上げる俺に対しマーリンは構わず好き勝手に話を続ける。
なんでも俺が人理に悪影響を及ぼしたらしく早ければ数ヵ月以内に抑止が殺しに掛かるそうだ。
正直言う。意味がわからん。
人理とか抑止とか中二病か?
あ、花の魔術師(笑)だったか。
例え物語では高名な予言者だか賢者かであろうと俺にとってマーリンは塩以下の価値しかない。
残飯を出さないだけ感謝してほしいものだ。
「う~ん。
君からそんなに嫌われる理由が思い付かないんだけど?」
塩対応をしていたらマーリンは本気で分からないというふうにそう尋ねてきた。
無視してもよかったが俺ははっきり言ったほうが後々円卓のためになるかと思い直しその理由を言葉にした。
「気に入らないんだよ。
お前が、そんな傍観者みたいな目で俺達を眺めていることが」
そう俺はマーリンを正面から見据える。
「この国は終わっている。
腐って折れた屋台骨をアーサー王って鎖で固定して辛うじて嵐をやり過ごしているのがこの国の正体だ。
きっとアーサー王が後継者を選ばないのは次代に崩壊を引き継がせないためなんだと思うぐらいにこの国は死にきってる」
俺の言葉をどう捉えているかは分からないが、マーリンから笑みが消え無表情で俺を見ている。
「アーサー王だっていつか死ぬ。
そうなれば総崩れでこの国はサクソン人に更地にされるだろうが、それだってなんもかんも無くなったりしないんだ」
俺の知ってるブリテンの歴史では最後はサクソン人に支配され円卓の騎士達からさえ化物扱いされているピクト人も消え去る。
だけど、それでもブリテンに住む民は生き残った。
「人理がどうとか知ったことじゃないんだよ。
明日死ぬかも知れなくても、それでも皆今日を必死に生きている」
お前以外がな。
そう言うと俺はマーリンから視線を外した。
「俺はこの国の民じゃない。
だけどこの国の人達は俺が作った飯を旨いと言って笑ってくれた。
アーサー王は異邦の民の俺をお抱えの料理人として取り立ててくれたばかりか料理長って肩書きを与えて厨房の一切を取り仕切らせてくれた。
俺に出来ることはうまい飯を作ることだけだ。
もうすぐ死ぬってならそれで構わない。
俺は死ぬ寸前まで料理長として厨房に立ち続けるだけだ」
今度こそ話は終わりだと酒蒸しの具合を確かめに向かう。
「……もしも、君が死なずに済む方法があったとしたらどうする?」
「不老不死にでもなれってか?」
いい加減苛ついてきた俺はそう言うとマーリンは違うと言った。
「聖杯を使えば君は助かる。
聖杯はくべられた魔力を燃料にあらゆる願いを成就させる願望器だ。
君が最初に言っていた帰ることは叶わない故郷にだって」
「なあよ」
そうとう頭に来ているらしく自分でも驚くぐらい低い声が出た。
「その聖杯だったか?
魔力を燃料にするとか言ってたが、
願いを叶える願望器?
この世はゲームじゃないんだ。
そんな都合の良い代物を使いたければそれ以上の対価が必要になるはず。
きっとそれは、絶望さえ枯れるような何かに違いない。
「それは……」
「そろそろ帰れ。
じゃないとお前のディナーだけガウェインに全部任せるぞ」
説明されてもそもそも理解できないかと思い直しそれ以上の言葉を封じる。
「……失礼するよ」
そう言い残しマーリンは厨房を出ていった。
「……はぁ」
いい年してなに熱くなってんだか?
こんな状態で仕上げても納得できる味にはならんな。
「料理長、今日のディナーのメニューを聞いてこいと陛下からお達しを受けたのですが…」
と、そこに入れ替わりアルちゃんが厨房に現れる。
「今日のメインは鱈の酒蒸しのベリーソース仕立てにコンソメスープにクルミパンだぞ」
マーリンのお陰でさっきまで立っていた気が目を輝かせるアルちゃんの姿に癒され、鎮まっていく。
「やはり料理長の料理は素晴らしい。
鍋から香る芳醇な香りだけで遠征で死にかけた味覚が甦ってくるようです」
まるで砂漠でオアシスを見付けたかのように歓喜するアルちゃん。
そんなに誉めたって大したもんは出せねえぞ?
「とりあえずいつものな」
そう言いつつ小皿にコンソメをよそいクルミパンを添えて出す。
「では、いただきます」
俺がやっていた手を合わせる所作の後スープを一掬いすると忽ち目が星になる。
「……ああ、生きててよかった」
本当に美味しそうにスープを噛み締めるアルちゃんに俺は一層頑張ろうと誓う。
しかしアルちゃんは何故か二口目に向かわず顔を伏せた。
「あの、料理長。
一つ質問してもよろしいですか?」
「どうした?」
何か苦手なものが入っていたか?
「もし、料理長がどんな願いも叶えられるとしたら何を願いますか?」
「……」
マーリンに続いてアルちゃんからまでそんな質問を喰らうとは。
今日は厄日か?
あまり気分は良くないが、アルちゃんの訴えるような目に俺は真剣に答えることにした。
「……敢えて言うならアルちゃん達にもっといろんな飯を食べさせたいから香辛料と砂糖が欲しいな」
「そうではなく、料理長自身の望みです」
アルちゃんは自分達にではなく自身のために願いをと言う。
とはいえさっきマーリンに言った通り俺の願いは最期まで厨房に立つことしかない。
……いや、もう一つあったな。
「そうだなぁ……」
しかし言うべきだろうか?
いや、これはもう言わねば終らない流れか。
「だったらアルちゃんの結婚式で厨房を任せてほしい」
「料理長……」
「もう四、五年もすればアルちゃんは絶対美人になる筈だからな。
そんなアルちゃんをアーサー王に出しているのにも負けない極上の料理とアルちゃんの背より高く積み上げたウェディングケーキで祝福したいっていうのが俺の願いだ」
マーリンの話が本当ならそれも叶わないらしいがな。
「……」
そう言うとアルちゃんは今にも泣きそうなぐらい悲しそうに俯いたが、すぐに顔を上げ笑顔で言った。
「そんなこと当然に決まってます。
見ていなさい。
すぐに背も胸も大きくなって料理長が嫉妬するような立派な騎士を婿にしてみせます」
「そいつは楽しみだ」
そんな日が来ることを心から願いながら俺は美味しそうにスープとパンを食べるアルちゃんを眺め続けた。
ここで分岐します
FateEND or trueEND
鍵はマーリン。