今エンディングにほのぼのも救いはありません。
いつものほのぼのを求めるかたは数日以内に投稿できるはずの次回までお待ちください。
……やられた。
マーリンが言っていた抑止が殺しに来るとかいうのを俺は今身を以て理解させられていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
呼吸するだけで肺が軋み指一本動かすのにさえ全神経を使わなければならない程俺は衰弱している。
原因は疫病だ。それも致命的な。
そう言い切れる理由は自分の全身に浮かんだ斑点模様から。
膿疱が出ていないから天然痘ではないと信じたいが、どちらにしろ今のブリテンに疫病が蔓延したらサクソン人がなんていう暇もない。
「料理長」
「……ケイ………か…………?」
様子を見に来たのだろうか。
マズイ。思考さえ上手くまとまらなくなってきた。
とにかく、伝えないと。
「ケイ…俺が……死んだら、死体は……焼いてくれ……」
「何を…?」
「こいつは……死体を……媒介に……拡散する………病気かも…だから……」
「もう喋るな」
「聞け!
俺が死んだら、使ってた包丁は、ボーマンに…厨房の引き出しに、今までのレシピを、纏めて、ある」
「分かった」
必要な事はこれで全部言えたはず。
視界が狭まっている。
……クソッ、本当に死ぬみたいだ。
「頼む、アルちゃん、に、いい、嫁さんに……なれ……っ………て………」
つた……………………え…………………………て………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
…………………………
息を引き取った料理長の遺体をケイは使っていたシーツで包み一路アーサー王の元へと向かった。
「陛下、料理長が亡くなりました」
アーサー王、いやアルトリア・ペンドラゴンしかいない円卓の間でその報を聞き届けた彼女は両手を額に当て黙祷を捧げるとケイに尋ねた。
「料理長は何か言い残していったか?」
「……遺体から病が拡散する恐れがあるため焼いてくれと」
「……」
基督教に於いて遺体は約束された復活の日のため遺すこととされている。
それを焼くということはそれは復活に能わぬ罪人の烙印を押すのに等しい所業だ。
彼は多くを与えてくれた。
貧しい食料事情の中でそれでも手の込んだ繊細な食事を多く作り出し、ただ飢えを満たすだけの作業であった食事を明日への活力を生む日々の糧として与えてくれた。
責務に縛られ交わることは叶わぬはずだった円卓の騎士の軋轢の受け皿となり酒を供してその関係に修復の機会を与えてくれた。
なにより磨耗し擦りきれていた筈のアルトリアの少女としての心を『アルちゃん』と呼び可愛がることで救い上げ癒してくれた。
そんな返しきれない恩を与えてくれた者の遺体を焼くことを『アルトリア』の感情が嫌だと泣き叫ぶ。
だが、『アーサー王』は決断した。
「遺言通り遺体は焼却しろ」
民への懸念は残さない。
感情を切り捨て天秤として合理的であることを選ぶ。
「……御意」
そんな内なる葛藤を手に取るように分かった義兄もまた感情を切り捨てその命令に従う。
「料理長。私はブリテンを救います。
それが一時の凌ぎでしかなくとも、
そうしてブリテンの崩壊は加速を始める。
最初に恩義ある料理長の遺体を焼いたことに激怒したトリスタンがアーサー王を痛烈に詰り出奔。
トリスタンの出奔は修復の兆しを見せていた円卓に再び亀裂を生む。
その後短命の宿命を克服したモードレッドが料理長の訃報を聞きキャメロットに戻ると瞠目する事態が起きていた。
料理長の死後、アルトリアは自ら聖剣の鞘アヴァロンを手放しロンの槍を手に戦いに出るようになっていたためそれまでアヴァロンによって遮られていたロンの槍の魔力の影響で止まっていた肉体的成長が急激に進み見事な肢体をもつ美女へと成長していた。
だがしかしモードレッドが瞠目したのはそこではない。
アヴァロンの加護を捨てたアルトリアは急速にロンの槍の浸食を受け人の枠から外れかけていたのだ。
このままではアルトリアは人ですらないもっと恐ろしい
そうしないためにはもはや命を奪う以外手段はない。
故にモードレッドはアルトリアを人として終わらせるため己の宿命に殉じることを選んだ。
己の寿命を悟り発見した聖杯と共に天へと登ってしまったギャラハッドとの和解が叶わず悲嘆に暮れていたランスロットの不義を告発し円卓を分断。
モードレッドの真意に気付いたランスロットはアーサー王から与えられた去勢による助命の提案を拒絶しギネヴィア姫を連れフランスへと逃亡。
モードレッドは軍を率いて追撃を駆けるアルトリアの隙を狙いアーサー王への反感を抱く諸侯をアグラヴェインと共に纏め上げ反旗を翻す。
同時にモルガンの横槍を防ぐためガレスがモルガンの殺害を敢行。
料理長が残した包丁で心臓を刺しモルガンを殺害したがモルガンは死に際にガレスを呪い、ガレスはその呪いが原因でカムランの丘に辿り着く前に死んでしまう。
そして全ての布陣が揃い、モードレッドは反逆の騎士としてアーサー王とぶつかり合った。
反逆の旗印として倉から持ち出した選定の剣クラレントを手にアーサーへと斬りかかるモードレッド。
対し逆臣となったモードレッドを屠らんとロンの槍を振るうアルトリア。
本当なら神への領域に踏み込みかけたアルトリアにモードレッドが敵う筈がない。
しかしモードレッドは父との和解の可能性を与えてくれた料理長への恩義を果たすため文字通り死に物狂いで食らい付く。
そしてその執念は相討ちという形で勝利を掴み取った。
「どうして……こうなってしまったのだろうか?」
ベディヴィエールが聖剣の返還に向かい離れていく背中を見ながらアルトリアは悔恨する。
彼の人が今も居てくれていれば聖剣を抜いた日よりも前から確定していたブリテンの崩壊はもっと先へと引き延ばせたかもしれない。
だが、彼の人の死によりそれは砂上の夢と消え去り自分もまた無為に命を終えようとしている。
「…………すみません料理長。私は、やはり貴方の願いに背いてしまいます」
それがとても愚かだと理解している。
だけどアルトリアは手を伸ばさずにはいられなかった。
「我が怨讐の源よ、死後の全てを明け渡します。
だから、対価を私に寄越しなさい」
万能の杯を、かつての夢を取り戻したいとアーサー王は虚空に手を伸ばす。
そして全ては運命の夜へと回帰する。
少女は懐かしいかつてを取り戻すため呪われた杯を賭けた争いへと身を投じ、いずれ正義の味方に憧れる少年と出会うのだった。