Phantom of Fate   作:不知火新夜

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2日目-2

《予想通りだ、天音、セイバー。遠坂は虱潰しに、誰がマスターかを探している。まさかもう直ぐバレンタインデーなのにかこつけて、義理チョコを1人1人に配って来るとは思わなかったけどさ》

《成る程、それで素手などを差し出した際に令呪が刻まれているか、或いはその魔力を感知できるかを確認する、という算段ですか。手間はかかれど確実な手だ。大丈夫そうですか、シロウ?》

《大丈夫だ、問題ない。そう来ると読んで、左手に『仕込み』はしてあるし》

《そういえば士郎への本命チョコ、今年は何にしよう…》

 

学校へと到着した士郎を待っていたのは、袋一杯に詰められたチョコを1つ1つ、通りかかった人達に配っているというツインテールな同級生の少女――遠坂(とおさか)(りん)の姿であった。

昨夜に彼女のサーヴァントと共にいた所を目撃し、その場で銃声や炸裂音を響かせた士郎にとっては、その予想通りと言いたげな姿に思わず苦笑いが浮かびかけるも堪え、怪しまれないように彼女からチョコを素直に受け取った。

その際にちらちらと士郎の素肌が露出するであろう場所を気にしていた様だが、今の士郎は黒のロングコートを羽織り、両手には黒の手袋を付けた防寒態勢、そんなタイミングは無かった(尤も令呪が刻まれた左手は手袋で隠されているため、令呪を目視出来る筈も無いのだが)。

ならばと令呪から感じられる魔力の気配を探ろうとしていた様だが、それも士郎から感じられなかったらしい為に、何事もなく受け流された。

無論それは士郎による左手の『仕込み』の恩恵、それが恐らく上手く行ったであろう事を念話で、天音達に伝えていた。

 

《尤も、これで俺がマスターでは無い、と思わせたと判断するのは早計だな。引き続き警戒しておくよ》

《ええ、それが宜しいでしょう。其処に設置されているのがダミーとはいえライダーの宝具は凶悪その物、それが未だ健在な以上、先方の警戒心は凄まじい物があると思われますから》

《ベースはちょっとビター気味が良いかな…?》

《あの、アマネ?先程からどうしたのですか?》

《天音、バレンタインの事を気にしてくれるのは嬉しいけどさ、念話を切ってから考えよう、な?考えている事が駄々漏れだから》

《はっ!?私ったら何を…》

 

その際にバレンタインデーが近い事を、天音が聖杯戦争そっちのけで気にしていたが…

自分の事を此処まで想ってくれる事に嬉しさを覚えながらも、流石に念話の真っ最中に考える事かと少しばかり呆れた士郎のツッコミによってやっと、天音は我に返った。

 

《ともかく、引き続き天音達は家で待機してくれ。いざとなればセイバーを令呪で呼ぶ》

《了解ですが気を付けて下さい、シロウ。少しでも危機感を覚えたら私を呼ぶよう、お願いします》

《セイバーの言う通りだよ、士郎…》

 

天音とセイバー、2人の己を気遣う言葉を最後に念話は切断され、士郎は何時もの教室へと向かった。

 

------------

 

「ちょっと遅くなっちゃったな。遠坂もそろそろ動く頃かも知れないな…」

 

それから時は流れて放課後、さっさと帰ろうとしたが顔なじみである生徒会長からの「ちょっとした」頼み事をつい引き受けてしまい、それで思いのほか時間を潰されてしまった士郎、もう凛が動き出しているかも知れないと気を引き締めながら、家路につこうとした。

其処へ、

 

「あら、衛宮君?どうしたの、皆もう帰った中でまだ学校にいて」

 

当の凛が、士郎へと声をかけて来た。

 

「遠坂?ああ、ちょっと一成から頼まれ事があってさ、それで思いのほか時間を食っちゃったんだ。遠坂はどうしたんだ?」

 

突如の接触、しかし予想出来ていた事もあって平静を保ちながら、凛の問い掛けに応じた。

 

「ちょっと私も用事があってね。それにしても、おかしいと思わない?今は終わりのチャイムが鳴ってからほんの数十分、でも学校には私と貴方以外いないのよ?」

「そうなのか?」

(まさか…!)

 

が、其処でふと凛が言った言葉に、士郎は警戒心を引き上げながらも、平静を装って聞き返す。

 

「ええ。だって…

 

私がそうしたのだから!」

 

その瞬間に凛の様子が、それまで柔和な様子で接していた凛の雰囲気が、一転した…!

 

「間違いだとしたら謝るわ、尤も覚えていないでしょうけど…!

Anfang(セット)…!」

 

目つきを鋭くし、敵意をむき出しにした凛の様子にも(表向きは)平静を崩さない士郎、そんな彼の様子など目もくれずに凛は左腕を構える、すると魔術回路を起動したと思われる詠唱と共に緑色に輝き出し、

 

(来るか…!)

 

指を士郎に向けて指すと共に、何かが凝縮され、それは漆黒の弾丸と化した。

それは寸分の狂いも無く士郎へと一直線へ飛び、

 

 

 

 

 

「『八咫鏡(アマテラス・ミラー)』!」

「うぐっ!?あ、あぁ、うぁ…!」

 

直撃した、発射した凛の腹部へと。

 

「まさか、俺なんかに目星を付けて来るとは思わなかったな。俺が聖杯戦争に参加しているマスターだと分からない様、仕込みはしていた筈なんだがな…」

「うぐ、あ、や、やっぱり、貴方が、マスター…!」

 

自らが士郎へ向けて放った筈の、漆黒の魔弾が何故か自分に帰って来て、腹部に直撃した事による衝撃で崩れ落ち、立ち上がるどころか首を動かすのすらやっとな状態に陥った凛、それでも尚失っていない戦意の表れか、折角の『仕込み』も空しく目を付けられた事への疑問を口にする士郎に顔を向け、呻きながらもそう呟いていた。

 

「どうやら最初から俺がそうだとヤマはっていた様だな、驚いたよ。だが、俺の実力も図らずに突進とは感心しないな。だからそうやって蹲る事になる」

 

そんな凛への、というよりまだ姿を見せぬ凛のサーヴァントへの警戒を怠る事無く、士郎は周囲を警戒しながらコートの内側に入れていた銃と、それ用のマガジンを取り出して装填、スライドを引き、セレクターレバーをセミオートに設定、何時でも発射出来る状態にした。

 

「じゅ、銃!?ま、まさか、昨日の、あれは…!」

「やっぱり昨日の夜、ランサーと戦いっていた赤い外套の男が遠坂のサーヴァントだったのか。ああ、銃声が響くから迂闊に撃てないだろう、なんて考えはしない方が良いぜ。コイツは特殊任務部隊向けカービンライフル『9A-91』、銃声なんて無縁の物、精々カメラのシャッター音位の作動音がする程度だ」

 

9A-91。

ソ連が健在だった頃に存在したデジニトクマッシ設計局が開発した、特殊部隊向けのアサルトカービンライフルである。

その特徴は何といってもサプレッサーの使用を前提として作られた9×39mm弾を使用している事、亜音速で発射される事から衝撃波(ソニックブーム)が発生しない為にサプレッサーとの相性は抜群、それでいて低い弾速を補う為に弾頭重量を重くして威力を高めた事で、今士郎が言った通り「カメラのシャッター音」程度の作動音しか鳴らない隠匿保持性を持ちながら、アサルトライフルに使われている中間弾薬に迫る程の威力を両立しているのだ。

そんな9×39mm弾を使用しているのは何も9A-91に限った話では無いが、その中でも9A-91は図抜けてコンパクトで、全世界に存在するアサルトカービンは勿論の事、サブマシンガンやPDW(個人防衛火器)と比較しても小さい方で、今の士郎みたいにコートの中に入れても違和感を覚えさせない位だ。

正に特殊部隊の任務に最適と言って良い、コンパクトウェポンである。

 

「さて、大人しくさえしていれば、命までは取ら…!」

 

それはともかく、凛が突っ伏し、自らはノーダメージで9A-91を構えている、そんな絶対的優位に立っている士郎が、警告と共に銃口を凛に向けようとした瞬間、何かを察知した彼がその場を飛び退いた。

次の瞬間には風切り音と共に、さっきまで士郎が立っていた場所を何かが通り過ぎ、それは凛を庇うかの様な場所へと止まった。

 

「無事か、凛?何やら窮地に立たされている様だが」

「う、うるさいわね、アーチャー、ちょっと、油断した、だけよ…!」

 

それは言うまでも無く、赤い外套を羽織った凛のサーヴァント――アーチャーだった。


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