それから何時もの通りに学生としての日常を過ごし、家がお寺の生徒会長や、ワカメみたいな髪をした桜の兄、嘗て士郎が所属していた弓道部の女性部長等から頼まれ事を引き受ける、なんて事も無く家路についた士郎と零であったが、
「あちゃー、工具箱を学校に置いて来ちゃったよ。コンテンダーの手入れをしたかったんだけどな」
「珍しいな、士郎がそんなうっかりをするとか」
其処で士郎が学校に忘れ物を、愛用していた工具箱を置いて来てしまった事に気付いた。
因みに士郎が手入れしたがっているコンテンダーとは、アメリカの
まあそれ以前に何故、銃刀法等の法律によって銃火器の個人所持・使用が厳しく制限されている日本の、それも高校生である士郎がそんな物を所持しているのかと疑問に思うかも知れないが、それに関してはまたの機会に説明しよう。
然しながら今は夕飯の準備がある、という事で夕飯の後に工具箱を取りに行く事にした。
「それじゃあ、行って来るよ」
「ああ、士郎。此処最近、この辺り物騒だからな、気を付けろよ」
「行ってら、士郎…」
そして日もすっかり沈み、夕飯を食べ終えた士郎は、零と天音の見送りに応え、学校へと戻って行った。
念の為、工具箱を取りに行く序でに手入れしようと持ち出したコンテンダーと『愛用の刀』を装備して。
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「ふぅ、こんな感じで良いかな」
程無く学校に到着、自らが籍を置くクラスの教室で目的の工具箱を見つけた士郎は、その場でコンテンダーの手入れを始めた。
士郎が所有しているコンテンダーは、所有者である士郎の年齢と比べてかなりの年季物、故に汚れ等から手入れすべき箇所も散見され、作業する士郎の入れ込み様は、それはそれは凄まじい物だった。
「さて、テストを始めるか…!」
その手入れも数分の時を経てひと段落し、士郎はテストと称してとある動作を行った。
右手に持っていたコンテンダーの中折れ部分を開き、左手に持っていた7.62×51mmNato弾をコンテンダーのバレルに装填、そして開いていたコンテンダーを閉めた。
いうまでも無く、コンテンダーの弾丸装填である。
尚、今コンテンダーに装填した7.62×51mmNato弾は本来狙撃銃や機関銃、ガトリング砲等に使うべきフルロードの小銃弾であり、幾ら堅牢性の高いコンテンダーでも使用を想定していない(一回り大きい上位モデルの『アンコール』は想定した造りとなっている)、そんな弾を何故士郎がコンテンダーに使っているのか、そもそも銃だけではなく何故弾丸まで持っているのかと疑問は尽きないだろうが、それに関してもまたの機会に説明しよう。
「2秒か。まだまだ親父の壁は厚いなぁ」
装填に掛かった時間を確認した士郎、どうやら自分の目標には遠く及ばなかった様でため息をついていた。
ともあれこれで目的は済んだ、既に手入れされたコンテンダーと、その為に使った工具箱を片付け、家に戻るべく愛車のWR250Xを停めてある駐輪場へと向かおうとした。
が、
「な、何だよ、これ…!」
ふと聞こえて来た何か武器同士が激しくぶつかり合う様な音、その方向に振り向くと其処には、異様な光景が広がっていた。
青ずくめな恰好で赤い槍を構える男と、赤い外套を羽織って白黒の双剣を構える男、2人の男が己の武器で敵を討つべく刃を交え合う、何時の時代の決闘かとツッコミを入れたくなるであろう光景、だが実際にツッコめる者はほぼいないだろう。
何しろ余りにも速すぎる両者の立ち回り、剣撃、時折放たれる蹴撃…
『人間離れした』という表現すらも不十分な位の2人の決闘、士郎が視界でまともに捉えられるのは、一瞬の鍔迫り合い位の物であった。
その現実の何歩も先を行った光景を見る士郎の脳裏には、零が先程忠告した原因となっている、此処最近この冬木市において多発している怪事件の事が浮かんだ。
(まさか、アイツらが!)
その犯人である可能性が頭に浮かび、2人に対する恐れよりも怒りが勝ってコンテンダーを構えようとしたのが原因か、その2人の近くに見知った、というかこの穂群原学園で知らない人はいないと言って良い存在がいる事を認識したのが原因か、何が切っ掛けなのかは定かではないが、
「誰だ!」
「っ!」
その2人のうちの片方、青ずくめの男が士郎を捉えてしまった。
その視線を感じるや否や、士郎は飛び退く様に校舎へと引き返して行く。
だがその足は単に逃げる為だけでは無く、昇降口の物陰、柱の裏側…
青ずくめの男がいた校庭から距離を少しずつ離しながらも、何度か待ち伏せするかの様に隠れて身構える、いや実際に待ち伏せして襲撃を狙っていたであろうその姿からは、やはり士郎の心中に、先程の怒りがまだ残っているであろう事が伺えた。
だが、
「よお。追いかけっこは終わりだぜ」
「何っ!?」
向かって来るであろうと目測を立てていた方向を警戒していた士郎、だがその真逆、今の士郎の立ち位置から真後ろで聞こえて来た男の声に、その怒りも消え失せ、それは焦りへと変化する。
慌ててその方向へと振り向いた士郎だったが間に合わず、男が構えていた槍が士郎の心臓へと突き刺さる―――
「くっ!」
「ほぉ、今のを受け止めるとはな。人間にしちゃあ中々やるじゃねぇか、坊主」
寸前、左腰に挿していた刀を瞬時に抜刀し、左手で峰を握りつつ槍を抑え込む事で何とか攻撃を避ける事が出来た士郎だったが正に間一髪、改めて青ずくめの男の超人振りに恐れを抱かずにはいられなかった。
「だが、オラぁ!」
「ぐぁっ!?」
然し敵は士郎の様子など知った事ではない、己の槍の一撃を受け止めた事に感心しつつも自分のやる事は変わらないと言いたげな様子で槍を握る腕に更なる力を入れ、それを抑えていた刀を士郎ごと吹っ飛ばした。
とはいえ士郎もそれを想定しない筈は無かった、吹っ飛ばされた勢いで身体がスピンしながらも既に反撃の手段を打つべくその手は動いていた。
吹っ飛ばされたその瞬間に、峰を握っていた左手を離し、瞬時に左腰のホルスターに挿していたコンテンダーを抜き取り、右手で撃鉄を起こし、振り向きざまにその銃口を敵の顔面へと向ける…!
「はっ!無駄だ、俺に飛び道具は通じ―――」
「喰らえ!『
青ずくめの男が何か言っている様だが構う物か、士郎は覚悟を決め、照準を合わせて引き金を引いた。
それと共に甲高い銃声を伴って放たれる7.62×51mmNato弾、それは―――
「な、ぐぁっ!!??」
寸分の狙い違わず、男の右眼に直撃した。
炸裂音と共に飛び散る血漿と眼球の破片を見て、自分が放った弾丸は確かに敵に命中したのだと確信した士郎。
「ぐ、が、あ、て、てめぇ…!」
「あ、あの一撃を食らってまだ立っていられるのか、何となくそうじゃないかとは思っていたけど…!」
だがそれでも尚、激痛及び流れる血涙を押しとどめる為に右眼を抑えながらも、未だ健在な敵の姿に、士郎は警戒を新たにした。
無理もない、今しがた士郎がコンテンダーで放った7.62×51mmNato弾は、元々使用を想定していたアサルトライフルでの全自動射撃において、威力過剰による反動の大きさという弱点こそ抱えるも、それを抜きにすれば対人用途において十分な有効射程と殺傷能力を有した弾丸、それが人体において比較的柔らかい眼球に直撃したとなればそのまま貫通し脳へと到達、標的を即死させるのは明白だからだ。
その筈が見た所、男の眼球で弾丸が留まっているという状況、もはや目前の男は人の形をした化け物では無いのか?そんな考えが士郎の脳裏に過る。
となれば…!
「くそ、待ちやが―――」
「『
「ギャァァァァァァ!?」
改めて逃走を再開しようとする士郎と、それに追いすがろうとする青ずくめの男、次の瞬間、士郎の掛け声とともに男の右眼、正確には右眼を貫いていた弾丸が爆竹の様な甲高い炸裂音と共に爆発、余りの衝撃によって男は苦悶の声を上げながら倒れ伏し、それを確認した士郎は大急ぎで逃げて行った。
この時の出来事によって、これから待っているであろう『戦争』に士郎達は踏み込んでいくことになるのだが、今はまだ、それを知る者はいない…