ムシウタ - error code - 夢交差する特異点   作:道楽 遊戯

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原作 ム シ ウ タ 完 結
嬉しかったけど、淋しさを感じた最終巻。
すこぶる面白かったです。

流行れ、ムシウタ。もっと流行れ。

アニメ化はよ。

長く読み続けた感慨もおもしろさには勝てなかった。
寂寥感なんてぶっぱなす興奮と感動のクライマックス。
映像化して欲しい。

原作著者、岩井恭平先生とイラストレーター、るろお先生ムシウタ完走、本当にありがとうございます。



ー error code ー
error"花城摩理"


少女の名前は花城摩理。

花道の名家 花城家の一人娘であり、重い病気を患い長期に渡って病院生活を送っている。

長い入院生活、真っ白な病室で一人佇む少女はいつも孤独だ。

家族でさえ回復の見込みの薄い彼女の扱いに腫れ物を感じるような距離感が存在する。

学校の通学が叶わない身体の少女には、中学生に在席しても意味はなく、友達をつくることさえ出来はしない。

無情の孤独と死に蝕まれゆく病弱な身体。

 

そんな彼女には秘密があった。

 

それは世間で騒がれる、虫憑きであるということだ。

 

 

 

 

「摩理」

 

ふと、自分の名前を呼ぶ声に意識が戻される。

ここは華道の名家である花城家が用意させた、病室としては高価な調度品が並ぶ一室。

広く清潔な空間も、摩理にとっては孤独を増長させるものでしかなかった。

いつも死を怖れていた。

誰にも気に留められることもなく、ただ消えるだけの命。

孤独な彼女にとって、死とは最も身近で最も怖ろしいものだった。

 

誰も私を気にしてくれない。

誰も私を覚えていてくれない。

それが花城摩理の生涯だ。一体、花城摩理という少女が亡くなってしまった時、どれだけの人間がそれを気に止めてくれようか。

おそらく一人足りともいはしない。

そうなる可能性が高い境遇に、花城摩理はいた。

 

「もう摩理ったら、ボーっとしちゃってどうしたの?ひょっとして具合悪い?」

 

闘病生活に奪われる人生。

いつか孤独のままに、その生涯は終わってしまうのだと思っていた。

しかし目の前にはポニーテールの少女がいた。

自分のことを摩理と呼ぶ彼女は、花城摩理の在席する学校のクラスメートで、全く登校したことのない自分を気にかけてお見舞したことを切欠に、友達になってくれた少女である。

 

「アリス」

 

彼女の名を呼ぶ摩理の声は穏やかだ。

虫憑きでも、資産家の令嬢でも、患者でもなく親しい友達として接してくれる唯一無二の存在。

この時の摩理は虫憑きでも令嬢でも患者でもなく、年相応の少女としての一面が表立つ。

それでも、

 

「ねえ、アリス。私の夢、あなたに託していい?」

打ち明けることのない秘密を抱いて摩理は微笑む。

 

 

 

 

 

病室の一室にひとつの絵本が存在する。

タイトルを魔法の薬とつけられたその絵本の主人公は病に臥せるパトリシアという名前の少女だ。

 

死期の近い彼女に魔法使いが訪れて言う。

天使の薬を飲めば、大切な人を失う代わりにお前の病は治りいつまでも生きられる。

悪魔の薬を飲めば、お前はそのまま息絶える。だが大切な人がいつまでもお前のそばにいて慰めてくれる。

どちらを選ぶのか。

魔法使いはパトリシアに問う。

パトリシアは選ぶ。

 

悪魔の薬が欲しい。と

そうしたパトリシアは息絶え故人となり丘の上で大切な人に見守られる。

永遠に覚めることのない眠りについた彼女は寂しさとは無縁の存在となった。

死後もなお彼女の下へと訪れてくれる大切な人たちに見守られているのだから。

 

そしてその本を読んだ少女はこう願う。

 

ーー天使の薬が欲しい。と

 

 

「こんにちわ!」

突然の訪問だった。

「私は一之黒アリス」

「ごめんなさい。私、クラスメートの名前も顔もわからなくて......」

「うん。そうよね。だから、はじめまして」

「......はじめまして」

花城摩理とアリスの出会い。

突如訪ねてきた素性も知らない同級生アリス。

彼女は学園で席はあっても空席でしかない花城摩理へと訪れた来訪者であった。

当初はその無邪気な行動力と場の勢いに圧倒され、長く積み上げられた警戒心すら発揮することさえできず狼狽えていた摩理。

 

「友達ができたみたいだね」

二度も摩理の病室に訪れるアリスを見て白衣の青年は言った。

そんな青年の言葉に背を向けて街に駆り出す摩理。

彼女は素直に喜ぶことはなかった。

 

どうせ飽きたら、来なくなるんだから。

長い孤独がただの同情だと決め付け、自ら動揺を隠す摩理。

しかし予想を裏切られる。

 

「......寝てるのかしら......起こしたらいけないわよね。でももしかしたら......」

病室の前でノックが響く。そしてかわされる挨拶。

 

「こんにちは!」

何度でも訪れる来訪者。

それどころかーー

 

「よかった。それじゃあ、また明日ね」

このように去り際には次の再会の約束が交わされているのだ。

そうして繰り返される日常に、孤独に怯える摩理の警戒心は消え失せていく。

裏表ないアリスの純粋な好意を、素直に受けとめることができるようになった時、摩理はようやく信じられるようになった。

 

年頃の少女として気取らない関係。

摩理にとってアリスは親友と呼べる者となった。

アリスもきっと摩理をそのように呼ぶだろう。

二人の相性はよかった。

アリスは勉強が苦手だったが摩理は勉強ができた。

それはアリスの課題を手伝うために摩理が病室で先生に教えを乞い必死に学んだ背景もある。のみこみが早く記憶力のある摩理はいつの間にか学力を追い抜き、アリスの課題をすらすらと解けた。

理性的で物事を深く考える摩理に対し、アリスは行動あるのみといった性格をしている。

そんな性格の違う二人は波長が合った。

 

 

 

アリア・ヴァレィにとり憑かれた人間、先生と呼ばれた研修医の青年は時間を見つけては摩理に色々な話をした。

その秘密を知った時から、彼は虫憑きについても様々なことを摩理に教えた。

虫、始まりの三匹の存在、薬屋大助という虫憑きの話、それから、彼女のこともーー。

そうして知った存在である少女。

摩理は、自分には関係しないと思っていた。

が、しかし物事は思い通りにはいかないこともある。

その例が目の前にあった。

 

「にーく、にっくにっく、なまにくぅー」

「なんなの、その血生臭い歌は......」

「これ?肉食戦隊のテーマソング。にーく、にっくにっく、すき焼きぃー」

「......」

「できた。完成、手編みマフラー。これで私とイチのカップル力はうなぎ登りです。私たちのラブが地球温暖化に貢献して皆様には申し訳ないですな。あっはっはっはー」

「騒がしいわよ、キノ。ここは病室」

摩理は呆れたため息を吐き出し、注意をする。

出来立てのマフラーをニヤニヤと眺めていた少女が、振り向いた。

 

「もう、摩理はそればっかだねー。久しぶりにお見舞い来たんだからテンション上げないと」

「追い出すわよ」

「サーセン」

「......」

反省の色が見えない。

病室のベッドから上体を起こしているだけの摩理だが、手が届いているなら、おしとやかな彼女でも物理的な手段をとりかねないほどの開き直りっぷりだ。

 

「まあまあ、だけど手編みとかすると女子力高い感じがしない?摩理もやってみなよ」

「作るのに手間取りそうだし、渡す相手がいないわ」

体調に波がある摩理にとって、いくら退屈で時間があっても長時間の作業は向いていない。

それに、この手の物は渡す相手がいてやるような趣味だと摩理は考えている。

どこぞのバカカップルのように。

 

「またまたー。先生がいるじゃない。それと最近できたって言う彼女とか」

「彼女っていうのは女性を指しての彼女よね。言っておくけどまた浮気だのなんだの騒いだら追い出すわよ」

「てへペロ!」

「......」

「怖ッ。マジご免なさい」

既に、一騒動したキノと摩理。会話からなんとなく察せるようにキノが馬鹿騒ぎしただけである。

反省の色がなかったキノも、さすがの摩理の剣幕に謝り倒した。

 

「......手編み、難しくないかしら?」

「おっ、興味ある?難しくを感じるなら、手作りアクセみたいな小物からチャレンジしてみようか?それなら、工程も短いし簡単だよ」

「うん。それなら、やってみたい」

意外と興味を持った摩理にキノは提案した。

摩理がその話に積極的に乗っかる。

それをキノは嬉しそうに笑う。

 

「摩理は変わったねー。......このまま、ずっとこうしていられたら......良いよね......」

最後の独白めいた呟きは、摩理の耳に残らず消えた。

 

 

 

 

 

アリスという友人を得た摩理は、無理して病室を抜け出すことを止めた。

無慈悲なまでの虫憑き狩りは、もう行われていない。

アリスと出会い、生きることはできる欠落者でも、夢を失い感情を失うことの恐ろしさは計り知れないと知ってしまった夜に、その罪を自覚してしまった。

それは元アリア・ヴァレィであり、虫憑きであるキノにはできなかったことだ。

常に死に怯えていた摩理は死と比べれば感情を失うことなど些細なものだと思っていた。

 

しかしアリスが摩理を変えた。

そして気づかせた。

感情を、夢を奪う行為に。

 

私が......彼らから、ぜんぶ奪った......?

 

摩理は知ってしまった事実に、がくがくと全身が震え、闇夜の路地を離れ、病室へと戻る。

動悸が激しく胸が苦しかった。

 

「はっ......はっ......っ!」

「摩理......?」

摩理の帰りを待っていた白衣の青年を無視し、ガラス瓶をわしづかむ。

 

「摩理!その薬は......!」

動悸をおさえる錠剤を無数にこぼし、それを一気に飲み下そうと手のひらを口へと運んだ。

群青の輝きがそれを阻んだ。

 

「はい。待ったー」

蒼く光る輝きは虫の力で病室に潜り込んだからであろう。

蒼いその手でおさえた摩理の手から薬を一つ残してガラス瓶に戻した。

 

「用法用量は守ろうか、摩理」

キノが掴む腕を乱暴に振り払うと薬を一息で飲み下してベッドに飛び込んだ。

 

「一体なにがあったんだ、摩理!」

動悸はおさまらず、青年の声も、キノの存在も無視して毛布を深くかぶり続けた。

眠れない、長い長い夜が続く。

 

 

 

「私......このまま、アリスといっしょにいていいのかな?」

多くの夢を奪いすぎたハンターとしての罪の意識が摩理を苦しめる。

摩理は夜を駆けることを止めたその時から、副作用の強い痛み止の錠剤を服用しないことで、体力すら元に戻り始めていた。

アリスが顔を輝かせて笑う傍ら、幸せを享受し、身体の調子もいい。

 

このままなら、もしかしたらーー。

 

「もし病気が治ったとして、幸せになってもいいのかな......?」

淡い期待と罪悪感に、唇を噛み締める摩理。

希望が生まれ期待する心に反した葛藤。

 

「摩理」

それに対し研修医の青年は表情をゆるめた。

 

「それが、君の夢だったんだろう?」

 

ハッとする摩理。

目からは涙が溢れ出す。

 

「叶う......の......?私の夢......本当に......?」

叶わないと夢みながら諦めていた、摩理の夢。

私は......生きたいーー。

望みが実現する。

夢みた理想が願いが叶う。

 

「ありがとう、先生」

はじめて青年を先生と呼び、礼を述べる摩理は先生に見守られながらも声を殺して泣いた。

 

 

 

 

「......ねえ、アリス」

摩理ははじめて入院生活で希望見出だしていた。

「リクエストがあるんだけど......いいかな?」

見舞いの品を断り続けた摩理がアリスに頼み事をした。

快く承諾するアリスは嬉しそうに引き受けてくれた。

そして注文の品は翌日アリスから摩理へと手渡される。

なにもかも順調だった。

けれどーー

 

「今日は遅かったのね、先生......」

「あ、ああ......」

時折、痛む胸の苦しさにーー

 

「ねえ、先生。顔が見えないわ。もっと近くに来て」

心優しい青年の違和感にーー

 

「今日は、昨日の定期検診の結果が出たはずだわ......」

聡明過ぎる彼女の直感にーー

 

「結果を教えて。ねえ、先生......」

いつまでも続く沈黙にーー

 

ーーすべてがまやかしだと気付かされた時に、夢は醒めてしまうのだ。

良好な健康状態。

そう思われていた摩理の身体は既に

手立ては残されていなかった。

 

ーー天使の薬を。

そう願う、摩理に天恵のような思いつきが走る。

そうすれば、摩理は死なない。

永遠に生き続けられる。

そんな滑稽で、恐ろしい内容をーー。

 

 

 

「先生」

「なんだい?」

金色に輝くリングのついた銀色のネックレス。

アリスに頼み手に入れた物が先生へと手渡った。

 

「これを僕に?」

「ええ。私から先生に、プレゼント」

嬉しそうに笑った先生だがすぐに辛そうに変わる。

 

「私が生きていた、もう一つの証拠......」

穏やかな笑顔の摩理は、気まぐれな来客の為の贈り物を先生へと預けてアリスを待った。

 

ーーそして、夢を託す。

 

 

 

 

「見つけ出して見せる......今夜こそ、絶対......」

死を宣告された摩理は、最後の虫憑き狩りに夜へ駆り出た。

不死の虫憑きと出会う為に。

もはや虫の力を行使し夢を喰われることに躊躇いなどなかった。

その日、複数の虫憑きと戦闘。

交戦し何匹もの虫を葬りそして包囲網から抜ける。

力尽きるその寸前、摩理は不死の虫憑きに出会った。

 

「不死の......虫憑き......」

「ほんとう......に......?」

ずっと探し続けた虫憑き。

ようやく出会えた虫憑きに摩理は呟く。

 

「あなたは......死ぬことがないの......?」

「ねえ、教えて......死なないってどんな気持ちなの......?生き続けられるあなたは、何を思うの?私は......私は......」

ーー私は天使の薬が欲しい。

「......夢の続きが......見たいの......」

問い続ける摩理に、不死の虫憑きは応えた。

それからいくつかの会話をし、迷いから醒めた。

 

「私は大切なものを......間違えて......」

「......行かなきゃ......」

最期の力を振り絞り立ち上がった。

そして歩き出す。

 

約束があるのだ。

 

それはーー

 

 

小さな病室に籠っていた一人の少女は大きな屋敷の屋根の上にいた。

心臓の鼓動も荒れ、息遣いも五月蝿さが増すばかり。

屋根の上で一人の少女を待ち続けたまま過去を振り返る。

 

先生に出会う、キノに出会う、イチに出会う、アリスに出会う。そんな日々の名残をーー。

 

いつのまにか呼吸や表情に落ち着きが戻ってきた。

しかし心臓の音は次第に弱まっていく。

それでも穏やかに微笑を浮かべたまま眼下を見下ろしていた。

屋敷の門が開き、中からあわただしく少女が飛び出てきた。

 

「こんにちは、アリス」

アリスは遅刻にならないよう、せわしく家を飛び出していく。

その背中を遠く見詰めながら、摩理はモルフォチョウに最後の夢を込めた。

 

ーーまた明日ね

 

いつも繰り返される約束を胸に、花束を抱えたまま走り出した少女を見守った。

やがて腕から力抜け生気が感じられなくなった。

そして、突如として青い輝きと共に現れた白衣の青年に包まれる。

慟哭が屋根に木霊した。

 

 

 

 

 

そこから、遠く離れない電柱の影に寄り掛かる少女。

その周りには不可思議な群青の光が軌跡を描いている。

不死とbug。その二種の虫憑きの会合の意味を知る少女は急いでその場に駆けつけた。

そして見届けた。

流れる涙は、まだ止まりそうにない。

 

さよなら、摩理。

 

ーーまたね。

 

彼女は花城摩理との再会を知っている。

だけど、今だけは。一人の虫憑きが亡くなった今だけは。涙を流していた。

キノの頬からこぼれゆく滴が、蒼色に染まって地面に堕ちる。

 

 

 

花城摩理は生涯の幕を閉じた。

しかし、それだけで終わる彼女の物語ではない。

彼女は夢をみる。

それは死してなお続く、夢の引き継ぎを。

受け継ぐは、約束を交わした普通の少女。

気丈な振る舞いに、けして手放そうとしない臆病さを隠した少女たちが夢の終わりを引き留めていく。

 

 

 

そして、

 

アリアの役割を果たし、一人の虫憑きを生み。

 

そのすべてを見守り続け終えた研修医の青年。

 

それでも未だ忘却の呪いも、アリアの眠りも訪れてこない。

 

彼が舞台を降りることはまだ許されていないのだ。

 

ーーその身の内に、アリア・ヴァレイ残しているが故に。

 

イレギュラー。bug。

 

狂う運命は、更なる運命を狂わせる。

 

彼が本当に忘れてしまうまでの物語を始めよう。

 




ハイパー言い訳タイム

二次創作って難しいですね。
原文丸写しにならないよう気を使い、地の文を変えながら、ダイジェストに短く内容を纏める。
この時、伏線やら心理的変化、話の流れを分かりやすく伝えるのは至難の技でした。
今回は原作介入ものとして、その流れと話を持ってきてちょくちょくオリジナルの話を混ぜているので、いつもと勝手が違い戸惑いました。
試験的な意味も含めて話全体は短いです。

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