ムシウタ - error code - 夢交差する特異点   作:道楽 遊戯

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来月って言ったのは嘘になった。
兎詐欺した私は焦らすなんて芸当よりも早く上げることにしたぜ。

本来なら描いてる余裕ないけど、アレです。
描いてはいけないのに描きたくなる現象が、禁断症状となって気付いたら描いました。

普通に後悔している。だから公開する。


夢入り乱れる円舞曲

前回のあらすじ。

花城摩理はツンデレ。一之黒涙守さんと取引交渉。

うーん。間違っていないよね。

伝わるかな。伝わるといいね。

 

 

 

新勢力を円卓会がバックアップする件だけど、概ね成功だ。

制約はかなりあるけど。

一之黒涙守さんが円卓会会長とは言え実権を握れていないからね。

ようは一之黒涙守さん個人に直属している訳でなく円卓会そのものに属することになりました。

無償援助ではなく便利な虫憑きの下っぱをやらせて貰うことになります。

多分荒事とかボディーガードとして働くのではないかと予測。

 

政府が危険視するほど大規模な組織力をもつと問題なのであくまでも少数精鋭。

要らぬ衝突を避けるためメンバーの公開も必要かもしれない。

無論情報を与え過ぎないよう配慮しての公開となるが。

 

イチと私が自由に動けるように他にも虫憑きを引き込む予定だ。

なるべく強力でこちらが主導権を握れるようはな虫憑きが欲しい。

増えすぎても困るが少ないと自由に動けないのでいい駒を欲しています。

殲滅班に負けない部隊を創るぞと意気込む。

 

一之黒涙守。

若くして妻を亡くし娘を溺愛する青年。

そして虫の誕生に立ち会った円卓会会長。

不死の研究を支援していた円卓会が生んだ最悪の産物、虫を生んだ世界を見届けることしかできない男は何を思っていたのだろうか。

その背中は語らず背負いそして大きくも小さくも見えた。

キノを支援すると約束を交わしてもその胸の内を知ることはかなわない。

 

キノとは協力関係になる一之黒涙守。

円卓会の監視役に内側からキノが見張り場合によって動く。

円卓会のパトロンを得るのに必要な契約だ。否はない。

虫憑きの真相の鍵を隠し持つ円卓会が、金儲けの為にそれに手を出すことをキノは許さない。

それは虫憑きが得るべきものだ。

まだ時と条件が整っていないだけで虫憑きがかっ拐うものだ。

利害が完全に一致するキノは当然受ける条件。

 

円卓会のメンバーは一枚岩ではなく入会条件さえ得られれば会員になれる。選定基準がかなり厳しいけど。

入れ替えもそれなりにあるので古参のメンバーでなければ虫憑きの真相を知らないだろう。

彼らから資金援助を受けるにはそれ相応の利用価値を示さなければいけないので頑張って逆に利用してあげましょう。

 

最近何故か悪巧みが上手くなっている気がする。気のせいかな?

 

後ろ楯をGETしたのであとは流れに身を任せようと思います。そんなに策謀ばかりに動けるほど女狐してません。

原作知識をフル活用して十全尽くしてきたキノ。

それでも思い通りにいくとは思えない。失敗する要素は幾らでもある。

 

一之黒涙守と円卓会に取り入ることで派手に動いた。

これだけでもキノの動きを察知する人間がムシウタの世界に何人か居る。

魅車八重子、土師圭吾。

この二人にバレるのは時間の問題だろう。

こいつら早く人間辞めないかな。超怖過ぎるぜ。

 

世果埜春祈なんてお構い無しにちょっかい掛けて来そうだね。マジ勘弁して下さい。

かっこう、むしばねがどう動くか不明。

基本不干渉がいいんだけど。

 

厄介な始まりの三匹はアリア以外いずれ討伐する予定だけど、どうなるかね。

 

そして自身の虫。

今はイイ子ちゃんに宿主に力を貸す虫だが夢を喰らい尽くし反旗の時が来たら宿主の意向お構い無しに動きだし成虫化。

成虫化した虫は無指定の虫憑きだとしても、号指定の局員数名がかりの戦力が必要な位ヤバい。

敵としても厄介だが自己の虫が成虫化したら即死亡の現実にどう抗うか。

 

そんなこと虫憑きになるときに覚悟したことだ。

私の夢を虫ごときに喰らい尽くされて堪るか。生半可じゃないんだよ私たちの夢はな。

 

イチは負けない。私も負けない。

 

挫折なんてしない私たちの夢を、虫に喰われて終わるようなこと認めない。

 

最後の最後まで夢を見続けてやるぜ。

 

 

 

終電に間に合わないから摩理ちゃんの病室にこっそり侵入してお泊まりしようとしたら同化して襲いかかってきた。

あれは完全にマジギレでしたね。

なんとか宥めてベッドにご一緒しようと努力しましたが無理でした。

 

ナースコールは反則でないですか。ぐすん。

 

 

 

 

 

何もかも煩わしい。

そんな感情を抱くようになったのは一体いつ頃だろうか。

家業が道場なんてやってるせいで当然のように道場を通わせられた。

母親はイイとこのご令嬢だったらしくエリート志向の気質の人で、息子である自分に勉学が出来るよう激しく結果を求めてきた。

俺は親に言われるがままにこなして結果だって出してきたつもりだ。

いつの間に道場の息子、跡取り、成績優秀、優等生、色んなレッテルが貼られていた。

その分、しがらみが煩わしくなった。

 

道場の息子としての自分。

跡取りとしての自分。

成績優秀な優等生としての自分。

 

毎日が窮屈だ。

強要されてく内にそうすることが当たり前となって不自由で窮屈な日々をどこか受け入れている自分が居る。

 

それでも、何のしがらみなんて無い自由に憧れた。

だから

 

「貴方の夢を聞かせて頂戴」

 

そんな誘惑の言葉に簡単に口を開いてしまった。

 

 

 

今日まで普通に過ごしてきた。

当たり前の習慣になった朝稽古を済ませ学校で友人たちに勉強を教えて道場の稽古と勉学を両立させていた。

ある日、サングラスをかけた女性の質問に応え、秘密を抱えるようになったがそれまでと変わらず過ごしていたのに。

 

「クソッ。なんだよ虫憑きって!」

悪態を吐いて必死に恐怖の感情を捨て去る。

暗く人通りの無い路地裏は荒い息の男に注目を集めることはなかった。

男は一般的な服装ながらきっちりアイロンがけされたパリッとしたシャツとシワの無いズボンから律儀さと几帳面さが窺える。

生真面目そうな顔立ちが今は焦りと恐怖で歪んでいた。

 

 

 

「特別環境保全事務局だ。これより虫憑きを欠落者にし、拘束する」

突如現れた黒ずくめの人間たちに囲まれ拘束されそうになった川波清太。

いきなりの事態に混乱し冷静さを失った。

 

特別環境保全事務局とは何か。欠落者とは何か。

虫憑きを管理する組織は巷でも噂として流れている。

しかし普段真面目な生活態度で過ごす清太は噂に疎く、与太噺にされる虫憑きの情報を知らない。

だが聞こえた内容は酷く物騒に聞こえ穏便に済むとは思えなかった。

何故特別環境保全事務局などと自称する組織が自分の前に現れたのかも問題だが一番の疑問はこうだ。

 

何故虫憑きであることがバレた。だ。

 

感知型の虫憑きの能力を清太は知らない。

取り巻く黒ずくめに対し清太は咄嗟に虫を出現させ包囲網を突破した。

これにより清太が虫憑きであることは明らかなものになった。

局員は清太を正式に攻撃対象と見なし、清太自身は逃げることに徹する羽目になる。

 

 

 

路地裏を移動し人目を避け行動する。

普段通りもしない細道は今の状況も相まって不気味な通り道に思えた。

不幸中の幸いに逃げ出す時に負傷を負わせた局員が感知型の索敵に特化した局員だったので捜すのに手こずっている。

清太に冷静な行動など一つもなかった。

いきなり現れた黒ずくめ共に怯え逃げる為に虫を使い、宛てもない逃避行動に走り出したに過ぎない。

 

虫憑きとはそういうものなのだ。

虫に憑かれ怯えながらそれを隠し、いざ正体を気付かれたら特環に追われ戦うか欠落者になるかのどちらかしかない。

戦うことを選んだ虫憑きは特環につくか反抗するかで身の振り方もかわる。

 

どちらを選んでも自由とはほど遠いものになるだろう。

 

しがらみを憎んだ清太にとって、これ程皮肉な結末はない。

自由を望んだだけなのに。

しがらみの無い生き方に憧れただけなのに。

どうしてそれを夢見ただけで、こんなにどうしようもない争いに巻き込まれないともいけないのか。

何かを恨まなければ理性すら保てない。

 

だが夢を見たことを原因とすらならば、夢を抱いた自分に後悔すればいいのか。

意味のない思考と後悔や絶望感に嘆き、虫憑き清太は宛てもなくさ迷う。

 

彼の通り行く路地裏の影に、巨大な鎌を担ぐ人影の姿があった。

 

 

 

「見つけたぞ。こっちだ」

黒ずくめ、特環たちに見付かった清太。

クソッと悪態一つ溢して路地裏の道を走り進む。

建物に囲まれた道の角を曲がるとそこには他の黒ずくめが待ち構えていた。

 

「ここまでのようだな」

走る清太に遂に追い付いた四人の特環たち。

逃げ切れない袋小路に追い詰められ、未だ虫を出していない清太は緊張を募らせて身構える。

 

「横暴はそこまでだ特環ッ」

 

突如黒ずくめの局員たちとは違う六人の集団が現れた。

 

「特環だ。やっちまえっ」

集団は少年少女で構成された虫憑きのようだ。

全員が己の虫を従えさせ特環の虫を攻撃している。

特別環境保全事務局の反抗勢力である。

徒党を組んだ彼らはまだ基盤が脆く、同じ境遇に苦しむ虫憑きの寄せ集めでしかない。

 

清太は九死に一生を得た気持ちでこの集団にすがり付く。

 

「君たちも虫憑きなのか。特別環境保全事務局とかいう奴らに追われているんだ。頼む助けてくれ」

グループのリーダー格らしき男が清太に応えた。

 

「ああ。俺たちは特環に対抗する為に集まった仲間たちだ。あんたも特環に捕まりたくないなら俺らの仲間に入れ。助けてやるよ」

追い詰めらた清太に否の答えはない。

いきなり襲いかかってきた特別環境保全事務局よりはマトモに見えるこの集団の方がいくつか受け入れ易かった。

 

「っく、こちら戦闘第三班。目標の虫憑きと反抗勢力と思わしき集団が合流した。応援を頼む」

「させるかよ!」

虫憑き同士の戦いは熾烈を極めた。

分離型の虫は車サイズの大きさをもつ怪物そのもので、それらがぶつかり合う様はまだ一般人の感覚が抜け切らない清太にとってテレビやフィクションのような別世界のことに思えた。

巨体を誇るカナブンに、赤い模様が目立つ蜘蛛とハサミムシが体当たりをぶつけ、その隙にトドメを狙う虫を他の虫が牽制している。

酷くオカシナ風景だった。自分が虫憑きになっても未だ自覚の薄い清太には遠すぎて受け入れ難い現実だった。

数で圧倒していた反抗勢力の虫の一匹が大型のカナブンに吹き飛ばされる。

リーダー格の男のハサミムシだ。

 

「ガアアァ!畜生っ」

虫は足を吹き飛ばされ動けない。

狙いをハサミムシに定めたカナブンを足止めする為赤い模様の蜘蛛が攻勢にまわる。

それを完全に無視するかたちでカナブンはハサミムシに近き鋭い爪で突き刺した。

ハサミムシが悲鳴を上げ絶命した。

反抗勢力はリーダー格の男が倒されたことに動揺し特環たちは攻勢を覆す。

清太はそれに気をとられる余裕はなかった。

 

「なん......だ......?あんたどうしたんだよ。何で急に動かなくなっているんだよぉ」

先まで果敢に戦っていたリーダー格の男は今は表情を無くし、無気力どころか死んでいるのではないかと思えるほど、感情のない人形に成り果てていた。

 

「リーダーが欠落者になった。この場は退くぞ」

「逃がさん。あちらは混乱状態にある。今のうちに叩き潰すぞ」

飛び交う言葉の応酬から気になる単語を拾った。

 

「欠落者......。これが、そうなのか?じゃあ俺も虫を殺されてこうなるのか......?」

茫然と呟く清太は虫憑きの結末の非情さに力無く愕然とした。

 

多数の足音が戦闘の場に駆け寄る。

「我々は増援要請から派遣された。これより戦闘行動に入る」

更なる特環の加勢により拮抗は完璧に崩れた。

 

「このままじゃあ逃げられない」

「特環め!全員バラけて逃げるんだッ」

「それだと個別で囲まれておしまいよ!せめてここで何人か道連れにしてやる。リーダーの敵討ちよ」

悲壮感溢れる特攻を決意する反抗勢力たち。

 

そのなかの一人の少女が苦しみ出した。

 

「ううぁあああアア」

 

丸く膨らんだ艶のある胴体に赤い模様の蜘蛛。セアカゴケグモに酷似した虫が膨張し、より巨体に鋭角に凶悪に変化していく。

目の色が赤く染まり血のように冷酷な目付きに変わる。

 

「何だよ。これ......?」

悲鳴を上げた少女は地面に倒れ付し、仲間である反抗勢力たちも敵である特別環境保全事務局も動けずにいた。

 

「成虫化だ」

 

誰かがそう呟いた。それを皮切りに成虫化した虫が動き出す。

 

「戦闘第三班。反抗勢力の一人が成虫化した。我々だけでの対処は不可能だ。至急号指定級の増援を頼む!」

「アスナが倒れた。今まで成虫化の兆候なんて無かったのに」

「まだ息がある!完全な成虫化じゃない!今のうちに倒せばアスナだって......!」

敵味方関係なく取り乱した場にセアカゴケグモが暴れだす。

特別環境保全事務局は余裕のないやり取りで増援を要請し、反抗勢力は仲間内でもめ出している。

 

清太はこの時一番置いていかれている気がした。

欠落者の男はわかる。虫を殺された。

だから欠落者と言われる生きた人形に成り果てている。

少女は急に苦しみ出し虫が暴走を始めた。

訳がわからなかった。

聞き取れた単語から成虫化と呼ばれるものが関係していることはわかった。

そしてそれがこの場において一番の問題であることも。

 

「まだ完成な成虫化ではないようだ。局員全員でかかれば或いは!」

ハサミムシを倒したカナブンの虫が大きな爪を使い攻撃を開始した。

それに続こうと局員の虫が動き出す瞬間カナブンはセアカゴケグモの足の一撃で吹き飛んだ。

他の虫すら上回る大型の虫が石ころの様に撥ね飛ばされる光景は、何度目になるかわからない驚きの現象だった。

 

セアカゴケグモは赤い目を光らせ夢を食い尽くせていない宿主の少女を前に糸を吐き出し壁をつくり出していく。

実際に目撃した成虫化した虫の恐ろしさにその場の虫憑きは誰一人として何も出来なかった。

 

一人未知の現象に混乱したままの清太は反抗勢力の一人に声を掛けた。

「なあ。あのまま成虫化したらあの女の子はどうなるんだ?」

「......無理だ。こんなの俺たちにどうしようもないじゃないか」

茫然自失した男は洩らした言葉すら力無く消えていく。その様子を見咎めた清太は声を荒げる。

 

「おい!」

「成虫化した虫の宿主は死ぬ」

清太の表情が凍った。

 

「それが夢を食い尽くされた虫憑きの運命だ」

男は清太の様子を気にしてないように言葉を吐き出した。

 

男の言葉にショックを受けた清太はセアカゴケグモを見た。

三次元構造の複雑な不規則網の巣が少女を囲い侵入を防いでいる。

 

これからゆっくり宿主が夢を尽き果たすのを待つのだろう。

虫は宿主に都合のいい生き物ではない。

夢を食らう代わりに力を貸し与えているが夢を尽き果てる時、反旗を翻し宿主に牙を向く。

そして自立した行動を取り危険を撒き散らす。

 

「成虫化まで時間がない」

少女は元々引っ込み思案な性格の持ち主で日々の虫憑きとしての緊張と戦闘行為に精神を磨耗してきた。

ストレスフルな日常の精神的な歯止めとなっていたリーダーの男を目の前で失い遂には成虫化を迎えたのだった。

 

「上からの指示で今ここで成虫化する前に倒せと命令が出ている。撤退は許されていない」

特別環境保全事務局は政府組織として最も危険な成虫化した虫を殲滅目標とした。

しかし与えられた指示とは違い局員は目の前のセアカゴケグモにどう対処するか躊躇し何も出来ずにただ見ている。

 

「うおおオオオオ!」

反抗勢力の虫がセアカゴケグモに突っ込んだ。大型カナブンよりも巨大になったセアカゴケグモの爪を掻い潜り、少女を目指す。

 

「今やらないとアスナは死ぬんだ。どうせならここで仲間の為に戦ってやる」

仲間想いの少年に反抗勢力は全員で戦う覚悟を決めた。

セアカゴケグモの周りに虫が集まる。囲いながら波状攻撃を仕掛ける。

 

「成虫化する前に宿主を狙え。不完全なら虫ごと殺せるはずだ」

新たな指示で虫がセアカゴケグモが守る宿主を攻撃し始める。

蜘蛛の巣とセアカゴケグモ自身が防御し宿主を守った。

 

特別環境保全事務局の方針と反抗勢力の方針は決定的に食い違っていた。

一度戦闘を中断して共通の敵セアカゴケグモを前にしても両者は敵であることに違いない。

宿主を守る為セアカゴケグモを倒そうとするレジスタンスとセアカゴケグモを倒す為に宿主を殺そうとする特環に亀裂が走る。

 

「この人でなしが!特環の狗共は血も涙もねえのか!」

「我々は政府からの命令で動いている。あの化け物が街を暴れだす前に仕留めなければいけないのだ!」

罵倒と主張で場が荒れる。

宿主と完全に切り離されていないセアカゴケグモが防御に専念しているお蔭で被害はまだ少ない。

 

「宿主に攻撃を集中させろ。セアカゴケグモの身動きを封じ込め殲滅しろ」

「人の命をなんだと思っていやがる!絶対に殺させるな!アスナを守れ!」

両者は再びぶつかり合った。巨大なセアカゴケグモを前にして両者は牽制しあい争っている。

 

宿主への攻撃が薄まった隙をセアカゴケグモは見逃さない。

近くにいた虫を爪で砕き局員に向かって投げ飛ばす。

宿主の危険を察知した虫が軌道上に割り込んで防ぐも勢いを殺しきれず宿主もろとも押し飛ぶ。

セアカゴケグモを殺そうと奮起するレジスタンスはその背に噛みつき爪をたてるがダメージを受けた様子はない。

分厚い装甲のような甲殻が虫の攻撃を受け寄せさせない。

身体にまとわりつく虫を叩き潰す。

虫が死んで欠落者になった反抗勢力の男と女の子が倒れた。

 

セアカゴケグモの強さを前に抗争していた特環も反抗勢力も次々倒されていく。

争うどころではなくなった面々に対してセアカゴケグモは無情に攻撃を仕掛け虫を殺していく。

虫憑き同士の包囲網を完全に破壊し糸で絡めた宿主の女の子を抱え路地裏を去っていく。

 

清太はそれを見ていることだけしか出来なかった。

ふと足下を誰かに掴まれた。

反抗勢力の残された一人の少年だ。

側にいた虫が体液を撒き散らし、長く持たないことが清太にも窺えた。

 

「頼む......。アスナを......たすけて、くれ」

自らが欠落者に成り果てようとしているのに少年は仲間の女の子を案じた。

 

掴みかかれている清太は心臓の鼓動が止まるかのような気分にさせられた。

握りしめられたズボンから力無くし倒れゆく少年の眼差しが眼に焼き付いて離れない。

この場に居た虫憑きをことごとく葬ったセアカゴケグモを清太一人でどうしろと言うのだ。

そんな文句一つ思い浮かべることすら出来ない強い眼差し。

その場に居合わせただけの男にしか頼めなかっただけだと言い訳したい。

だけどあんな託すような目で清太を見詰めた時どうしようもない感情が清太を支配した。

 

しがらみだ。しがらみが清太を縛り始める。

 

父親に道場の跡取りとしてこれからも励むようにと言われた時

 

母親に標準の高い高校受験を薦められた時

 

そのどれもが及ばない、圧倒的な鎖が清太を縛りあげた。

 

逃げることは許さない。

 

あの目だけが清太一人の全てを支配した。

 

「何で俺はこんなにも不自由なんだ......」

路地裏を抜け出した先には改装中のアウトレットモールがある。

セアカゴケグモはそこに宿主と逃げ込んだ。

 

「畜生。俺を縛り上げたんだ。やってやるよ」

感情のない少年に向かって清太は言葉を残し路地裏を去っていった。

 

 

 

 

 

少し変わった街並みを見て少年は自分が過ごした時間との差違を発見していく。

改装中のアウトレットモールは多くの店が開店していないせいで人並みも多くない。

女性の悲鳴が上がった。

アウトレットモールの奥から人が逃げ出し騒いでいる。

 

「虫だー!虫憑きが出たぞー!」

パニックを起こした人たちが逃げ惑う中、男が虫という単語を叫びまだ何も知らない人たちに恐怖を伝染させていく。

 

「虫、嫌怖い」

「何で虫憑きなんかがこんなとこに出てくんだよ」

明確な恐怖の対象に畏れ逃げ出す人々たち。

一般的に知られている虫は怪物や化け物扱いされておりその存在は非公開で存在しないものと扱われ情報規制が敷かれている。

 

少年は逃げ出す人々の群れに加わらず開いている紳士服コーナーの店に入るとネクタイを手に取った。

彼はそのネクタイを片手で掴み、いつの間に腕に巻き付いたダイオウムカデの虫と同化させた。

 

 

 

 

 

人の悲鳴が聞こえる。

虫憑きや化け物という声が飛び交っている。

清太は歯を強く食い縛った。

これが虫憑きに対する人の正常な反応だ。

今までノウノウと日常に溶け込んだ振りをしても清太が虫憑きだとバレれば同じ反応が返ってくるだろう。

 

今まで散々窮屈に感じていた日常。

それを投げ棄てて更に窮屈な非日常に飛び込まなければならない。

自身の夢とことごとく相反する現実に清太は悪感情しかない。

それでも清太はアウトレットモールに駆けつけた。

託された想いに縛られる自分を呪いつつもセアカゴケグモに辿り着いた。

 

アウトレットモールは巨大な蜘蛛の巣に支配されていた。巣の中心に捕らわれた宿主の女の子がいた。

清太は反抗勢力にアスナと呼ばれていた少女が、糸に雁字がらめになっているのを見て、自身もあんな風にしがらみに捕らわれている気分になった。

 

巣を作り上げていたセアカゴケグモが清太に気付き動き出す。

糸を伸ばし清太を封じ込めようとする。

 

黒い閃光がセアカゴケグモの糸を切り裂いた。

 

「しがらみが多いのにこれ以上何かに縛られるのは御免被る」

 

清太の虫は黒い大鎌の虫。装備型の珍しい虫である。

棘の付いた円盤状から伸びる鎌の形状がボクサーカマキリと同じ特徴を持っている。

 

セアカゴケグモに向かい糸を切り裂きながら捕らわれの少女を目指す。

まだ生きているのなら意識を取り戻して虫の制御が可能かもしれない。

清太がセアカゴケグモを倒すには荷が重過ぎる相手だった。宿主を奪われることを嫌うセアカゴケグモは清太に襲いかかる。

伸ばした足を大鎌で払うが硬い。逃げ出し時間を稼ぐ内に硬度が増していた。

 

清太は叫ぶ。

 

「君は虫憑きなんだろ!仲間が必死に助けようとしていたのにどうして諦めているんだ!」

硬い甲殻では弾かれるのなら関節を狙う。

大鎌が蜘蛛足を切り落とした。セアカゴケグモは苦悶の声をあげた。

 

「夢をこんな化け物に喰らい尽くされ死んでしまってもいいのかよ!夢があるなら虫なんかに負けるなよ!」

清太の習う道場は剣術の道場だ。

虫憑きとしての経験は浅くとも武器を振るう手付きに迷いはない。

セアカゴケグモは清太を脅威と見なし慎重に攻撃を重ねる。次々くる爪足の攻撃を武道で培った足捌きでかわす。

カウンターに袈裟斬りで反したものの手の痺れが否めない。

顔色を蒼白く染めている少女は目を瞑ったまま反応しない。

 

「夢があるなら叶えろよ!!」

少女に投げつけた言葉の意味を吟味することなく清太は蜘蛛の猛攻を耐えきる。

蜘蛛の巣に捕らえられていた少女がピクリと動いた。

セアカゴケグモの攻撃が一瞬遅くなった。反撃の隙を狙っていた清太にとって十分な隙だった。

 

「うおおおおお!」

大鎌を上段に構える。剣術の基本の素振りを思い出す。

その形状は大きく異なるも自分が扱う武器の特性は考慮されている。

頭上を遥かに越えた溜めは大きな振り幅を作り出した。

セアカゴケグモの目は赤色を揺らして清太を見詰めていた。

一歩踏み出す。地面を蹴りだしたところから始まった一刀の動作は滑らかにセアカゴケグモを縦一文字に切り裂いた。

 

「ギイイィィいい」

虫の絶叫に宿主の少女はビクリと身体を跳ねさせ動かなくなった。死んではいない。清太は反抗勢力の男の約束を果たした。

 

「これで俺はもう約束に縛らないぜ」

達成感と疲労に言葉を吐き出した清太。

無我夢中に叫んだ自分の言葉に自己嫌悪に陥った。

清太の夢は叶わない。

既に虫憑きとバレた身いずれ特別環境保全事務局に追われるだろう。諦めるな言っておいて自分は諦めている清太。

 

感傷に浸る清太にセアカゴケグモが赤い眼差しで動き出した。

完全な不意討ちだった。

虫の生命力を侮った清太の慢心が危険を犯した。

手から離れた大鎌を掴む前にセアカゴケグモの爪が早く届く。

 

執念染みた悪意に目を瞑ろうとした矢先セアカゴケグモは真っ二つに引き裂かれた。

 

「虫の暴走。違うな成虫化しかかった虫か」

 

現れた人物は赤褐色にオレンジと黒のラインが入ったの大剣でセアカゴケグモを切り裂き虫を一瞥した。

圧倒的強者の風貌を携え異様なムカデ剣を持つ人物。

長く伸びた髪と人形のように端整な顔付きで性別が分かりにくいが少年のようだ。少年の目が清太を捉える。

 

「弱らせたのはアンタか。随分と無様だな」

諦めようとした清太に少年は言い捨てる。

少年は清太が少女に叫んだ言葉に反して清太が諦めの境地にいたことを知っていた。

 

「お前は誰だ」

気押さられた少年に振り絞った言葉。

清太は虫憑きになって自分が弱いと思ったことは一度もなかった。目の前の少年を見る前までは。

 

「イチ」

少年の名乗りは簡潔したものだった。

イチと名乗った少年が何者かわからない清太。警戒に大鎌を取り寄せ身構える。

 

「特環の回線にあった成虫化した虫がそれならアンタが戦闘班を一つ潰した虫憑きか」

包囲網を突破したとき清太は特環の局員を返り討ちにしていた。

自力で包囲を突破した虫憑きである清太を特別環境保全事務局はかなり危険視して行動していた。

 

「お前っ特環か!」

握られたゴーグルが黒ずくめたちが着けていたものと同じだった。

清太は目前の少年を敵と見なし攻撃を開始した。大鎌が大剣にふさがれる。

 

「早とちりを。言っても聞かなそうだな」

イチはここに来る途中、特環の局員と戦闘にあった。

虫を殺し欠落者にした後、回線機能を持つゴーグルを奪い大まかな事情を知ったに過ぎない。

戦闘が続き軽い興奮状態の清太は特環に悪感情もあって攻撃した。

今更誤解を解くには隙がなくて危険である。

剣撃と大鎌がぶつかり合う。

セアカゴケグモを真っ二つにしたムカデは強力でも扱う人間は人である。剣術の跡取りとして技術で劣る考えはなく勝算があった。

 

「分離型の虫でも稀少な装備型の虫か。虫の強さだけでなく個人の強さに左右される虫ならば殺す必要もないか」

イチは分離型の強力な虫ならば殺す心算があった。

大喰いに敗れて改めてその能力の強大さを知ったイチ。

大喰いの能力に利用される厄介な虫は欠落者にするのが対処として適切と判断した。

 

「何を訳のわからないことを!」

実際優勢なのは清太の方である。大鎌が止まることなく連撃を放ちイチは守勢にまわっていた。

しかし底知れない目の前の相手に手を止めることができないのが清太の心情だ。

観察するかのように目を向けるイチに恐怖すら感じた。

 

「戦闘訓練を積んでいるのか。いい動きだ」

守勢だったイチから反撃が始まった。先程までの清太の動きを真似た連撃が清太を襲う。

イチは虫憑きとして強力だが戦闘慣れしていないし大剣の扱いだって知識も経験もない。同じ武器を扱う装備型の清太の戦い方に興味があった。

見よう見まねの参考で吸収し実践する胆力に清太は目を丸くする。

 

「出鱈目な奴め!」

技量差を埋めかえされそうになって思わず叫ぶ。長期戦を不利に感じ一気にトドメを刺すことにした。

剣術の戦い方から薙刀の戦い方に変更する。自在に操られる大鎌の動きに再び守勢になったイチ。

 

大鎌の一撃を避け一旦足を退こうと下がると同時に身の危険を感じた。

イチが吹き飛んだ。ショーウィンドウの硝子を割り店の奥に消えた。

避けたはずの大鎌は今まで折り畳まれた形状を伸ばしイチに横凪ぎを喰らわせた。

 

「自在に操る武器の恐ろしさと自在に形が変わる武器の恐ろしさはどうだ」

大鎌が横凪ぎを入れる瞬間、大剣が滑り込み防いだのを知っている。

警戒を高めたまま店に潜むイチに身構える。ムカデの大剣が飛来した。そう錯覚したのを防いだ後思い違いに気付いた。剣が伸びていた。大剣と思っていたそれは別の形状を持っているらしい。

 

「同じ質問を返そうか?」

奥からイチが現れる。硝子で切ったのか血が顔を伝っていた。

ムカデの剣を剣鞭に替えて清太を睨む。

 

「力の温存なんて考えるのは駄目だな。本気でいく」

清太には言葉の意味がわからなかった。

イチの持つムカデの剣鞭から黒とオレンジのラインが伸びイチを侵食していく。

宿主と完全に同化したイチが剣鞭を構えた。

 

「死ぬ気で防御しろ。文字通り死にたくなければ」

冷たい緊張が走った。大鎌で防げたのはまぐれに近い。

先と全く違う速度で剣鞭が清太に迫り、先と全く違う重さで清太を後方に吹き飛ばした。

虫憑きとして力の行使はそれだけで身を削る。

消耗を嫌ったイチが武器だけの同化で挑んだ戦いが怪我を生んだ勝負だった。

 

「ガハッ。なんだよ。それは!」

「同じ装備型だとでも思ったか?俺は同化型の虫憑きだ」

「同化型?クソッ化け物め」

知識が圧倒的に足りていない清太には虫憑きの分類すら知り得ない。

しかし目の前の少年は成虫化した虫に負けず劣らずの化け物だと認識した。

 

「アンタは諦めてたんじゃないのか」

絶望を感じた清太にイチは投げ掛ける。

 

「大層なことをそこの女に言っていた割には諦めきった顔をして自分のことを悲観している」

欠落者になった少女は目を覚ますことなく横たわっている。その少女に激励とも叱咤ともとれる言葉をぶつけていたのは清太だ。

 

「俺はアンタが嫌いだ。自分で言った言葉を自分で嘘にしようとしている」

夢があるなら叶えろ。そう言った清太は夢を諦めている。

嘘と言うなら嘘になるだろう。

叶えられる夢ばかりじゃない。叶わない夢もある。

そうやって自分の夢を身限ったのは清太自身だ。

 

「お前に何がわかる!」

「知るか」

興味すらなく切って捨てられる。

 

「俺の夢はな。しがらみを絶ち切ることだ。生きていたらどんどんレッテル貼られて好き勝手出来なくなる。優等生?跡取り?クソったれだ!俺は自由にやりたい。それなのに虫憑きなんかになって夢が叶うか?叶わないに決まってんだろっ!!」

「知るか」

溜まっていた不満や怒りをイチにぶちまける。そしてイチもまた言葉を繰り返す。

イチは嫌悪よりも怒りを覚えていた。好き勝手言う虫憑きに怒りをぶつける。

 

「お前のことなど知らん。だから夢を叶えろ」

 

本当に簡単に言ってのけた。

 

「しがらみを絶ち切る。叶えろよそれぐらい。何勝手に諦めているんだ。虫憑きだから叶わない。誰が決めた。アンタか」

 

清太は言葉無く沈黙した。

 

「虫憑きになってまで抱いた夢なら諦めるな。諦める理由を自分で作るな。他人が作る理由ならぶち壊せ」

 

強烈な理論で清太の絶望を打ち崩していくイチ。しがらみなんて感じさせない夢見る虫憑きが吠えた。

 

「俺は夢を諦めない!誰にも否定させない!奪わせない!そして必ず叶える!絶対に!」

 

しがらみに捕らわれ続けた清太にとって少年の叫びは魂すら震わす神聖な言葉だった。

 

叶わないと思っていた自分の夢。

敵わないと思い知らされた少年の叫び。

 

感服の至りだった。

 

「俺の夢。叶うかな?」

 

思わず聞いてしまった清太。

 

「知るか。勝手に叶えろ」

 

不敵な少年イチはにべもなく返した。

 

少年の厳しい激励に、やっと張り詰めていた自分の作り出した下らないしがらみが絶ち切れてしまったように感じた。

 

 

 

戦闘が中断し言いたいことも吐き出して、イチはその場を去ろうとした。

 

「待ってくれ。君は特環ではないな。一体何者なんだ?」

冷静さを取り戻した清太にイチが攻撃の意志がないことでその正体に疑問を浮かべる。

 

「何者でもない。ただの虫憑きだ」

何かに所属していないイチはありのままの事実を語る。清太は思い違いに気付き微妙に頭が痛くなった。

 

「つまり、敵じゃなかったんだ。ゴメン」

勘違いで襲ったことに謝罪した。緊張状態での戦闘の連続で視野狭窄だったとしても中々問題だ。

イチは興味なさそうに手を振った。

 

「別に気にしてない」

声をかけるタイミングを誤った自覚がある。勘違いさせないよう配慮する要素はイチにも必要だった。

 

清太は覚悟した。

この一筋縄ではいかない少年に心惹かれ先行く様を見届けたくなった。自分の夢を叶えるのに最も近づくことができるのは少年にあると心から思った。

流され自己主張の少ない生き方をしてきた清太にとって珍しい自発的な行動に緊張する。

 

夢を抱いた虫憑きは夢を魅力する虫憑きに問うた。

 

「頼みがある。俺を君の仲間にしてくれないか」

 

見上げた顔にははっきりと嫌そうなイチの表情があった。

 

 

 

 




更新待ちした人は、前話の後書きを気にしないで下さい。
遅くなる詐欺ではなく、早くなる詐欺は暴走した妄想を抱えることが出来なかった私の落ち度です。

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