ムシウタ - error code - 夢交差する特異点 作:道楽 遊戯
待たせた皆さん、普通にスミマセンっしたー!
生来の苦労性である川波清太はため息を吐いた。
とある少年に惹かれ仲間入りしたものの、何だか予想外な事態に発展し振り回されていた。
虫憑きは特別環境保全事務局と呼ばれる政府組織、通称特環によって支配されている。
彼の組織は、日常に溶け込む不確かな脅威虫憑きを欠落者にして管理するか、仲間にして管理するかの方針で動いている。
そして、それに対抗する反抗組織。
虫憑きたちの脅かし支配する特環に仇なす組織。
最近になって徒党を組んだ虫憑きが組織化され纏まりつつある。
これから虫憑き同士の戦いはより苛烈なものと変化するだろう。
清太はこのいずれかの組織に属するか、あくまでフリーの一般人に溶け込むかのどちらかなると考えていた。
だが、その予想はどれも外れた。
新しい勢力。
それも虫憑きを根本から変える事を目的とした新勢力の結成。
そんな組織に清太は引き込まれた。
もはや常識という概念がどこかへ旅立ってしまったのではないかと時々考えてしまう。
リーダーは少年イチ、副リーダーはその彼女であるキノ。
リーダーの彼はともかく、副リーダーの彼女はかなりの曲者だ。
どこからともなく資産家からパトロンを得て、組織体制を整えた手腕にそれを実行する行動力、実質この組織の要であり方針である。
彼女がいなければ組織の運営も儘ならない。
謎が多く不審な少女だ。
そんでもってバカップル。人目を憚ることないバカップル。
わかりやすく甘えるキノに、さりげなく甘いリーダー。
苦味のある珈琲を飲んで、緩和しなければ甘さで噎せかえる雰囲気にやられてしまいそうだ。
色々と油断のできない彼らである。
意外といえば、この組織に属することで窮屈な虫憑き生活をおくることなくノビノビやれていることだろうか。
神経質とまではいかないが、行動を制限されることをしがらみに感じてしまう清太だ。
新しい組織に属することになったが、思いの外自分を殺さず、勝手ができてる気がする。
夢って案外叶えられるのかもしれない。
そういう希望を持たせる組織ではあるんだよな。
馴染んだ自分に苦笑を溢し、仕事をこなす。
「こちら。任務完了」
パトロンである円卓会に仕事を与えられている。
資産家たちには敵が多いようだ。
暴力関係のお仕事やってる強面たちが、呻きながら倒れている。
「ば、化け物」
「はいはい、おやすみ」
意識が残っていた一人を大鎌で殴った。
黒いことに手を染めている連中だ。その証拠に銃刀法違反の物が転がっている。
武装された集団を清太は一人で鎮圧した。
「どこぞの企業関係者か怨みをもった個人なのかは知らないけど。荒事に発展する金持ちの事情なんてものはしがらみが多くて面倒だな」
虫憑きでもない武装した一般人など畏れるに足りない。
以前に比べて虫を使うことに慣れた清太の力量は上がっている。
虫を出した時の動揺から戦闘不能に至るまで5分も掛からなかった。
余りにも一方的な戦いに拍子抜けした位だ。
「これより帰還。のついでに珈琲買っていこう」
大鎌をぐるりと回し、人が倒れる事務所を普段通りの足取りで去っていった。
「補助向きの私が一番駆り出されているなんてどういことなのよ」
文句を言いつつ仕事をこなすのは長瀬八千代。
ある日、少女に敗れ、勧誘された虫憑きだ。
最初は少女が警戒していた。
自分以上の実力者であるし、キツイことも言われた。
今は警戒するのが馬鹿らしくなるほどバカなカップルだと思い知らされている。
「内輪揉めを発展させて大事になったら取り押さえる。嫌な使い方ばかりだわ」
今やらせれているのは円卓会の仕事。
内部分裂している派閥争いに不祥事を起こさせて取り押さえ潰す自作自演の寸劇。
「あーあ。もう暴力沙汰になってる」
少女に誘われた組織で八千代はその能力を本来の目的とかけ外れた使い方ばかりしている。
お陰で能力の応用力は身に付けた。
皮肉だけどね。と自嘲する。
ここ最近は詐欺や犯罪に近い事に能力を使っている。
無論不満の限りだ。
私の力は誰かを元気づけるもので、誰かを貶めるものではない。
そう言って少女に詰め寄った記憶は新しい。
『まだこの組織の基盤が不十分なんだ。
取り敢えず、後少しで馬鹿してる一人を粛正して手頃でコチラの都合のいい駒と入れ替えるから我慢してね』
ぞっとする話だ。中学一年の少女に大人たちが踊らされ手玉にとられている。
この組織は少女の為の組織なのだ。雇用関係にあるパトロンすら支配して意のままに操ろうとしている。
結局、少女の手段に過ぎない組織の命令に従うことも、近いうちに少なくなるだろう。
「キノが何者なのか本気でわからないわ」
それだけの力をあの少女は持っている。
あどけない笑顔から見え隠れするトンデモな片鱗に恐怖することも少なくない。
「この組織。上手くやれるかしら」
それでも少女に従うのは彼女と交わした言葉が原因だ。
「よりによってあんな馬鹿で壮大で出鱈目な目標の応援をしろだなんて」
虫憑きを生まない世界をつくる。
こんなことを、一体誰が考え付くだろうか。虫憑きは自分の虫に怯え、特環に怯え、世界に怯える。
夢を抱いてもその夢を叶えようと努力することすら難しい環境の中、自分のことでも、夢のことでもなく、この世界の在り方に目がいくなんておかしい。
でも
「これから生まれる夢の為に頑張れ、か。
無茶ばかりの組織だわ、本当に」
夢をもつ全ての人間を元気づける希望となる。
そんな馬鹿な目的に賛同してしまったんだから同じ穴の狢とでも言うのかもしれない。
この世界の夢に希望はない。虫憑きが生まれ続ける限りそうなのだろう。
夢を抱くことを応援したい。
虫憑きになって、夢を必死に守る価値を知っている。
私自身がそれを望んでしまった以上もう後戻りなんてできない。
今の不満なんて目を瞑って本当の夢を実現させてやる。
「しかしお金持ってる連中なんて馬鹿ばかりね。
これだから、私たちに利用されるのよ」
人が良さそうな少女は腹黒い笑みを浮かべて嘲笑する。
キノのせいで多少すれてしまった女の子はどこかブラックだった。
嫌々ながら続けた能力で操る内に、達観を通り越して嘲笑を浮かべる少女は、特殊型の虫憑きに倣った歪んだ嗜好を身に付けてしまったようである。
その事に気付いたキノは、逞しくなったと笑いつつも冷や汗を隠して見なかったことにした。
割りと上手く馴染んでいる八千代であった。
路地裏には人を避けるかのように複雑な道を作っていた。
そんな場所を歩く人間は大抵後ろ暗い事情を抱えている。
今もまた路地裏には一人の人物が徘徊していた。
「ど、どうしよう......」
まだ小学生くらいの少女はおろおろと悩み狼狽えていた。
ボブカットのショートヘアーで目尻が下がり気味の内気そうな女の子である。
「どうしよう......」
言葉を繰り返し必死に頭を回す。
少女の悩みは極めて特殊だった。
相談したくても誰にも打ち明けられない、危険の孕んだ秘密である。
問題の解決に、自分で立ち向かわなければならない。
それは義務ではなく、少女自身の決意から決めたことだ。
それでも、少女は無力である。
「......よ、よし」
虫憑き。世間で知られている噂であるが、それが実在することを少女は知っている。
それを隠蔽する組織の存在についても知った。
ならば、と頭を回して策を弄する。
これが正しいとは思わない。だけど少女にはどうしてもそれをなさなければならなかった。
「わ、わたしは、虫憑きだ」
自分に言い聞かせるよう呟くと顔色が悪くなった。
これからすることに大きな不安がよぎる。
小動物のように縮こまりながら目尻の涙を拭う。
「うー、特環に接触しないと」
一般人の少女が無理をしようとする理由。
誰にも言えない、その理由の為に少女は動く。
臆病な少女の冒険が始まる。
「何なんだ。このふざけた貼り紙は?」
[虫憑き様→]と書かれた貼り紙は小学校の校門に貼り付けられていた。
珈琲を買った帰り道、清太はこの貼り紙を見つけた。
「悪戯か?たちの悪い」
悪戯にしては悪質である。
どんな思惑があるか知らないが、これだと色々厄介を招くに違いない。
虫憑きなんて堂々と書かれた貼り紙がどんなトラブルになるのか。
下手すれば特別環境保全事務局が動くかもしれない。
確認の為このたちの悪い貼り紙の主を探すことにした。
「なんだかトラブルの予感だ」
日も暮れはじめた小学校の校門をくぐると人気がない校舎が出迎えた。
そのまま学内を探索するも道中迷うことはない。何故ならご丁寧に貼り紙が案内してくれているからだ。
至る道すがらに貼られた紙は先導するかのように矢印が書かれて標識の役割を果たしていた。
「無駄に細かい手間を」
一つの教室の前で清太は立ち止まる。
右の扉には[特別環境保全事務局様]左の扉には[レジスタンス様]と書かれた貼り紙がある。
どちらも同じ教室の入り口だ。
「......」
ここまで来たらさすがに、虫憑きのトラブルだと察する。
なまじ馬鹿らしかっただけに嫌な予感がひしひしと伝わった。
清太は近くの[特別環境保全事務局]の扉から教室に入る。
ビクッと動いたのは小学校に相応しい見た目の女の子。
ボブカットの髪が似合っていて小動物みたいだった。
「......の、ノックくらいしてくださいよぅ」
見た目通り臆病そうだった。言葉の端が力なく小さい。
「君がこの貼り紙の主?」
清太は一応高校生なので小学生の女の子に威圧的にならないよう気をつける。
[虫憑き様→]と書かれた貼り紙を全部回収したのは清太の善意だ。
注意だけに留めて、厄介事には関わらないつもりで話を進める。
「あ、あなたは特別環境保全事務局ですか?」
しかし、目の前のトラブルは厄介に巻き込む気満々である。期待に満ちた目で清太を見詰めた。
純粋な期待の目で見られた清太は答える。
「違うよ」
「え、えー!?」
見事に少女の期待を裏切った。
少女は驚きの声が教室に響く。
「で、ではレジスタンス?」
「違うよ」
「ええー!?」
またも少女の期待は裏切られる。
真面目そうな高校生くらいの少年はことごとく少女の期待を裏切り続ける。
「で、では何なんですかあなたは!?」
「君の方こそ何なんだい。
この貼り紙、悪ふざけにしてはやり過ぎだよ。
どういうつもりか知らないがもう止めなさい」
顔を真っ赤にして声を上げる少女に、注意する高校生。
構図としては正しく正論である。
「......悪ふざけじゃないもん」
「まだ言うのかい」
「でも、貼り紙を見付けてここに来た。
......あなたは虫憑きですよね」
まるでそうあって欲しい、嘆願するかのように見詰める少女に清太は溜め息を吐いた。
これは捕らわれたな、しがらみに。
諦めと共に関わる覚悟を決めて答えた。
「そうだね。そして君は?」
「わ、わたしは、小学五年生の竹内七歌です」
「俺は川波清太、高校二年」
不可思議な出会いから自己紹介をする二人。
「わ、わたしは、虫憑きなの」
いまいち要領の良くない不器用な少女は告白する。
「そして、わたしを虫憑きから助けて欲しいの」
少女が語り出す。
その内側にそっと隠していたもの解決して欲しくて。
話を纏めると少女、竹内七歌は悪質な虫憑きグループに目をつけられていた。
元々内気な少女は、素行の悪い不良に絡まれていた苛められていたが、その不良が虫憑きになったらしく、同じく虫憑きとなった七歌は目をつけられ欠落者にされそうになったとの話である。
予想外のヘビーな話かと思いきや、今までは七歌を庇う友達のお陰で大事には至ったことはないらしい。
実際嫌がらせの域を出ない中途半端な不良らしい。
虫憑きになって気が大きくなっているのだろうと七歌は語る。
「特環を頼って不良退治か。
その場合は君も拘束されていただろうけど」
「うー、で、でもこのままでは大変な目に遭いそうで」
「解決手段としては下策だよ。考えなしの行動と変わらない」
「うー」
唸る七歌は相談相手の指摘に涙目だ。
本当に虫憑きとしても人としても弱そうな少女だ。
「そ、それで結局あなたは何なんですか?」
「......虫憑きの平社員かな?」
「な、何ですかそれ?」
「それは置いといて。君の虫はどうなんだい?
稀少価値のある虫ならスカウトしてもいいんだけど、何の役にも立たない虫憑きを無償で保護なんて出来ないからなあ」
頭を掻いて問題点に悩む清太。
首を突っ込んだ以上、最後まで面倒をみたいが組織として役に立たない虫憑きを無闇に拾う訳にもいかない。
目的の為の組織に間違っても無償の保護なんて期待してはいけない。
それを認めたら組織が成り立たなくなる。
「わわわわたしの虫は、やや役に立たなくて、よよ弱くて見せられないものなんです」
「うん。全然期待してなかったけど。て言うか舌噛まない?」
呂律が酷いことになってる七歌を見てやるせなくなる清太。
七歌には悪いけど、不良の問題が片付いたら後は自分次第で頑張って貰うことになりそうだ。
「それでその不良は?」
「ち、中学生で圓藤緒里グループの末端とか言ってたけど、多分ただの不良だと思うの」
「......確か結構有名な不良が居たっけ」
「わ、わたしみたいな小学生狙いのこ、小物だから有名なのとは違うと思うの」
「君って結構毒舌だろ」
鴇沢町は若者の人口が減りつつある片田舎な地方だが、ギャングのような不良グループが存外する物騒な所でもある。
「うー、ほ、放課後になるとこの辺りを彷徨いているから迷惑なの。
さっさと通報したいけど、い、嫌がらせの域だから出来ないの」
「やっぱり毒舌だよこの子」
最近の小学生は容赦ない。案外神経太いじゃないかと疑う清太だった。
「よ、四人グループで確実に何人かは虫憑きで最近は危ないことになっているんだって」
「うん?君は狙われたんだろ?」
「そ、そそそうなの。
よ、弱い者虐めが好きみたいでわわ、わたしみたいな虫憑きを欠落者にするとかなんとか」
「ふーん」
弱者をいたぶる虫憑きなら容赦する必要ないな。
雇用するにも性格に難ありは受け入れない。
そういった虫憑きが野放しなのが問題だ。それを取り締まる特環の役割を初めて好意的に見れそうだ。
考え込む清太に七歌は嘆願する。
「お願いします清太さん。アイツらだけでも何とかしてください」
両手を祈るように合わせる小学生に、断れない性格の清太。
もとより事情を聞く前に覚悟したことだ。
「約束するよ。だけど不良は何とかした後は君次第だ」
「は、はい!」
清太の言葉に始めて七歌は顔を明るくした。
清太と臆病な少女七歌は約束を交わして別れた。
「で、なんで私が呼び出された訳?」
不機嫌な様子の少女は八千代である。
折角仕事をやり終えたのに極めて私情に走った清太に呼び出されてここにいた。
「まあ、悪いと思っているけど人助けと思って頼む」
「分離型はお人好しって言うのは本当ね。
余計な事に首を突っ込むのだから」
溜め息する八千代。シビアな意見持ち合わせる八千代には清太の事情は甘いと言わせるものだった。
とは言え八千代自身の夢もそういうものに反応してしまうものだった。
際限のない都合のいいお人好しにならない為にも線引きは必要だ。
「貸し一つで」
「ケーキを奢る」
「手を打ちましょう」
女の子は甘いもの好きだよな。しかも無駄に高いやつ。
給料も出る組織だから八千代は遠慮なく高級ブランドを請求するだろうと予想した。
少し自分の財布の中身が不憫に思う清太だった。
「それで、その女の子は?」
「ここで待ち合わせの筈だけど」
「せ、清太さーん!」
「来たみたい」
上擦った声を上げる少女は昨日会った竹内七歌である。
その隣に小学生にしては大柄な少年が居た。
「お、遅くなってすみません」
「構わないけど、隣の子は誰かな?」
「はじめまして、おれは早瀬タクミです」
「わ、わたしの友達で、い、いつも庇ってくれた親友です」
「......リア充か」
「な、なにか言いましたか清太さん?」
「何でもない。リーダーと副リーダーがバクハツしないかとか全然思っていない」
「そ、そうですか。べ、べつに思っていることとか聞いてないのですが。
そ、そこのお姉さんは誰ですか?」
目のハイライトが消えた清太に水を向ける七歌。
空気を読んで話を替えた。
「はじめまして七歌ちゃん。
私は清太さんとは同業者の長瀬八千代よ」
「わー。凄くお姉さんっぽい」
流石は相談役をこなす人望の高い八千代である。
人のいい笑顔を向けて、相手の目線に合わせた挨拶を自然にやってのけた。
七歌は理想的なお姉さんに出会えて感嘆した。
「そいつ結構腹黒いから気をつけ......痛っ」
「何か言ったかしら?清太?」
外面のいい微笑を浮かべつつも踵で清太の足を踏みつける八千代。
失言を悟った清太は黙って痛みに耐えた。
きちっり七歌たちには見えない所での犯行である。
一人耐える清太は辛い。
「それでどうして早瀬君がいるんだい?」
何気ない風を装い足のダメージを隠す清太。涙ぐましい見栄と努力である。
先ほどからの疑問を七歌に問う。
「おれが着いてきたんです。
虫憑きの話は今日聞きました」
「は、早瀬クン」
早瀬巧は真っ直ぐな少年だった。
どうも素行の悪い不良が絡んでいるのを自発的に助けに入る正義感溢れる少年らしい。
大柄な彼は人を圧迫するらしく不良に対抗できるらしい。
今日落ち着きのない七歌を見て、また不良のことで何かあったのではないかと不審に思い問い詰めた。
結果こうしてついてくる状況に至る。
「君は虫憑きが怖くないのか?」
疑問に思うのはその事だ。
カミングアウトした七歌にも驚きだがそれに怖じ気付くことのない早瀬も驚きだ。
「おれも虫憑きです」
しっかりと答えた早瀬の理由に納得した。虫憑きなら虫憑きを畏れる理由は少ない。
七歌はどこか不安そうに早瀬を見つめる。
「君も不良たちが虫憑きだと知っていたのかい?」
「いえ、七歌に言われるまで七歌自身が虫憑きであることも知らなかったです」
「それで一緒に来てどうする?」
「七歌を守ります。それはおれの役割ですから」
「ああ、そう」
短くで返答する清太。
最近の小中学生は進んでいるなー、とか思ったり思わなかったり。
「それでこれからどうするの?」
話を纏める八千代。どこかの公害じみたバカップルよりもこの少年少女のほうが数倍微笑ましい。
恋愛相談も受け持つ彼女は清太ほどカップルの害は少なかった。たまに胸焼けでイライラすることもあるが。
「た、確か今日襲ってくるとか言ってました」
「それはどこで聞いたの?」
「ま、ま前に襲われた時に偶々立ち聞いて」
「向こうからやってくるなら話が早い。迎え撃つ」
「私はあくまで補助に徹するわ。そこの子たちの守りも兼ねて後衛でね」
「大丈夫なんですか?」
「彼は素人の虫憑きに負けるほど柔ではない、任せておけばいいわ」
「おれの虫は目立つのであまり使いがってはよくないです」
「君も七歌君と一緒に下がっているんだ」
「私と一緒に七歌ちゃんを護りましょう」
「うー、は、早瀬クン」
「わかりました。七歌を護って下がっておきます」
「それでいい」
作戦と言うほどではないが役割を定めておくことで対処を確認し合う。
本来なら、キノと清太、イチと八千代の組み合わせが適切である。特殊型に攻撃手段のあるキノと物理特化の清太。単独で強力なイチとそれを補助する八千代。だけどここにはいない人物を役割に組み込めない。
今回は清太の独断専行なので協力を求めず報告もしていない。
清太と八千代の組み合わせは、攻撃手段に不安な要素が潜んでいる物理特化と補助特化の組み合わせである。
特殊型相手だとじり貧になるかもしれない。
相手の虫を把握しきれてないので出たとこ勝負である。
相手が飛行できずに大鎌の間合い分のスペースがある建造物内での戦闘を計画した。
後は待ち伏せて対応するだけだ。
「欠落者にするって言ってもアイツ何処に居やがるんだ」
「ケッ、本当に虫憑きなら特環にやられているんじゃないか」
「アイツが虫憑きっていうのも最近の話だぜ。前々から気に入らなかったヤツだ。虫を殺していたぶってやろうぜ」
学校も終わり下校する生徒に入れ替わり素行の悪そうな学ランの中学生が現れた。
七歌が怯えるのを早瀬が手を握って励ました。
悪辣な会話内容に清太と八千代は眉をひそめて聞き入った。
「オイ居やがったぞ。知らない連中もいる」
「特環か?何にしろぶちのめす」
「ハッ!どうやら俺たちが来るとわかっていたみたいだが仲間呼んでどうにかなると思ってんのかコラァ」
不良たちが七歌たちを睨み付ける。
本格的にたちの悪い連中のようだ。かなり好戦的に挑発した。
「ひとまず場所を代えようか。予定通り旧校舎に誘き寄せよう」
「そ、そうしましょう」
「走って!」
まだ人が疎らにいる中、人気のない閉鎖された旧校舎に向かい走り出す。
不良たちも積極的に攻撃する意思を持ち七歌たちを追いかける。
一般の虫憑きたちの争いが火蓋を切ろうとしていた。
「何か恨まれるようなことでもしたのかい?執念深い連中だ」
「事あるごとにちょっかい出すのを咎めていましたから」
「逆恨みね」
「あ、あの人たち自分で問題起こして勝手に人を恨む、お馬鹿さんですの!」
「君は彼らの前では口を開かない方がいい。絶対怒らせるから」
「あら素直なのは美徳じゃない」
「だから君は腹ぐ、何でもありません」
睨まれて口を閉ざす清太。自分の周りの女の子って何だかなって思った。
広さのあるエントランスホールで立ち止まる。
「逃がさねえぞ」
「大人しく虫を殺されるんだな」
立ち止まる清太たちに追い付いた不良たち。
割りと勝手なことを宣いながら虫を出した。
四人グループの内二人は虫憑きのようだ。
中型犬くらいの黒ずんだバッタと高さ二メートル超えのゲンゴロウの分離型だ。
清太も大鎌を現し構えをとった。
「理不尽に虫を殺す虫憑きに容赦はしない。恨みはないがここで果てて貰おう」
「抜かしやがれ!」
黒ずんだバッタが弾丸のように迫るのを清太は大鎌を横に振るうことで弾いた。
追撃するゲンゴロウの巨体が体当たりが清太を肉薄するのを床に転がりながら薙ぎを腹下に刻む。反撃を受けたゲンゴロウはバランスを崩し倒れた。
「他愛ないな」
「そいつはどうかな」
二連攻撃と回避した清太の余裕をニヤリと嘲笑う不良たち。
転がる清太が体勢をなおしきる前に黒い弾丸のようなものが清太を襲う。
「くっ」
「せ、清太さん!」
七歌の悲鳴が聞こえた。不意討ち気味の攻撃を直感で大鎌を動かし盾にすることで防いだ。
他の虫憑きの可能性に虫を睨むと驚かされることになる。
ゲンゴロウの影に隠れていたのは初撃で防がれた筈の黒ずんだバッタだった。
「どういうことだ?」
ちらりと振り返ると弾かれたバッタは床にひっくり返って転がっている。
全く同じ姿の黒ずんだバッタだった。
バッタの同種の虫にしては似通い過ぎている。
虫は個人で見た目の特長も違う。虫は昆虫に似ているが実在のそれとは細部が異なり全く同じ姿の虫はこの世に存在しないとされている。
思わず虫憑きの不良たちを見ると空中に浮かぶ黒ずんだバッタが群れをなしているのが清太の目に写った。
「そうか。複数操作型の虫憑きか」
「はははは、ご名答だ」
顔を厳しくさせながら分析した。
分離型の虫憑きには複数の虫を操るタイプが存在する。
清太の装備型に並ぶ珍しい虫憑きだ。
黒ずんだバッタは
群生行動をとり草類を喰らい尽くす飛蝗現象を起こす虫と酷似して群れている。
「不味いわね」
八千代が状況を見て呟く。
相性としては最悪の部類だ。
一対一なら清太に分があるが多対一では分が悪い。飛蝗は誰が操作している虫憑きがわからないように不良グループ全員に飛び交っている。
「余所見してんじゃねーぞ」
「ぐおぅ」
不良の一人が叫んだ。傷ついたゲンゴロウの太い腕が清太を突き飛ばす。それでも大鎌で防いだのは流石だが重量に敗けて壁に叩きつけられた。
「お前らもだ!」
「ひぃっ」
「七歌!」
群れをなした飛蝗が弾丸となって七歌と早瀬に向かい飛び込んだ。
危険を察知した八千代が飛蝗の軌道に割り込みように立ちふさがり虫を展開する。
音もなく広がる濃度の濃い緑色の煙が飛蝗たちを包み込む。
八千代の虫がミントの香りを醸し出し飛蝗を混乱させ軌道が曲がり壁へとぶつかり落ちた。
「させないわよ」
「邪魔しやがって!」
大型のゲンゴロウが脚音をたてて八千代に向かい走り出した。
飛び込む飛蝗を逸らすのに虫を使い続け動けない八千代には厳しい状況だが、そこに頼りになる相方が動いた。
「せいッ」
大鎌を担いで接近した清太の一瞬の攻撃が無警戒だったゲンゴロウの脚を切り落とした。
巨体のゲンゴロウが苦悶を上げ怯んだ。
この大きさの虫を切り刻むには時間が掛かりすぎる。
清太は八千代に声を掛けた。
「八千代ッ」
「わかっているわ!」
声を掛けられた八千代は応えるように戸惑うことなく虫を清太に使った。
ミントの香りをもつ緑色の煙が清太の大鎌を包む。
手に持つ清太の大鎌の力強い脈動が伝わる。
「とりゃあああ」
折り畳まれた節が解放され巨大な大鎌の腕となった清太の虫がゲンゴロウの大きく引き裂いた。
八千代の興奮作用の虫によって強化された大鎌が清太に振るわれるより速く自動に動き虫を刻む。
もぐように脚を引きちぎり、羽を裂いて、腹部を貫き、頭部を切り落とす。
大鎌の腕の凶刃にゲンゴロウはなす術なく倒された。
「ハァハァ、消耗酷いな。飛蝗の群なんとかできないのか」
「無理よ。数が多過ぎて全部をカバーなんてできない」
息切れ気味の清太は大鎌を戻し八千代の支援に回った。
飛蝗をいくつか刻み殺すも敵の猛威には少ない成果だ。
仲間の一人が倒されて怒りに染まる不良グループ。
徐々に八千代によってコントロールを乱された飛蝗も数の暴力に押し戻している。
「このままだとじり貧ね。虫憑き本人を攻撃した方が早いと判断するわ」
「......仕方ない。だけど誰が宿主かを絞り込まないと」
敵の対処法を決断する。
飛蝗の虫憑きが一番の脅威である。
数が分散している飛蝗を殺し尽くすのは骨が折れる労力だ。虫から宿主へと倒すべき目標を変更する清太たち。
残り不良は三人、三分の一で飛蝗の虫憑きである。
宿主がわからないリスクがある以上下手に動けない。
そこで八千代が決断する。
「私が防御に専念するわ。その間に宿主を倒して」
振り返れば後ろにいる七歌と早瀬がいる以上、八千代は動けない。清太が宿主を倒す確率に賭けて八千代は守りの体勢で虫を使う。そう決断した二人に早瀬が意見した。
「おれが防御に専念します。どうかその隙に清太さんと八千代さんで倒して下さい」
「だ、駄目だよぅ早瀬クン」
今まで護られていた早瀬。正直虫憑きの戦いに呑まれていたが、護られているだけの立場に歯痒くなっていた。
このままお荷物なのは早瀬にとって矜持にかかわる。
しかし七歌は反対した。現状の戦いで無力で非力な少女には早瀬の決断が不安しかなかった。
年長組も早瀬を心配したが切迫した状況にこの提案を受け入れるしかなかった。
「どうする?」
「対人に向いている能力の私なら敵を無力化できるわ」
「なるほど命までとらないで済むならありがたい。
俺も手足を切り落とす程度で済ませられるかな」
「えぐいわね。清太は右。私が左。早瀬君は防御ね」
「お願いします」
清太と八千代が駆け出す中で、早瀬は自身の虫を呼び出した。
先程のゲンゴロウより更に一回り大きいトンボが現れる。
その大きく伸びる羽はハビロイトトンボ呼ばれる虫に近似している。長い尾も羽も巨体さえも守り抜く為にあるかのように早瀬と七歌を包み込んだ。
「漸く虫を出したな」
黒ずんだ飛蝗がハビロイトトンボの身体に喰らい付く。
数十はくだらない数の飛蝗の群れがハビロイトトンボの身体を覆い浸くし、黒く染めたあげたかのように纏わりつき顎を突き立てた。
ハビロイトトンボが苦悶の悲鳴を上げ体液を撒き散らす。
宿主の早瀬も膝を着きながらも精神的ダメージを堪えている。
「ぐあああアアッ」
「早瀬クン!」
「だ、大丈夫だ。七歌はおれが護る」
「そ、そんなこと......」
後ろの早瀬と七歌は長く持たないと判断した清太と八千代の行動は速かった。
それぞれの人物目掛けて攻撃した。
八千代の狙いは当たり、緑色の煙を吸った不良の一人が錯乱して倒れる。
飛蝗は消えていない。
清太の大鎌の一撃が不良の前に現れた虫に阻害された。
飛蝗ではない。別の虫憑きである。
「八千代!残りの奴が飛蝗の宿主だ!」
「遅えよ!」
六匹の飛蝗が八千代に向かい飛来した。
清太は目前の虫憑きに手が離せない。
八千代も訓練に仕込まれた立ち回りで避けるも数が多過ぎた。
避け損ねた一匹の飛蝗の体当たりを右脇からまともにくらう。
悲鳴すらあがらない痛恨の一撃だった。
「八千代ッ!!」
比較的に小型の虫の体当たりとはいえ、転がるように飛ばされた八千代に追い撃ちの飛蝗が迫る。
緑色の煙が漂う。
ダメージを受けた八千代がすぐさま起き上がり勝手な方角にぶつかる飛蝗から逃げ出した。
「大丈夫なのか!?」
「虫の力を自分に使ったのは初めてよっ
アドレナリンで痛みを麻痺させてるけど後が恐いわね」
やや口調が荒い。自身を興奮させて痛みを上回る活動を可能にした八千代だが怪我を堪えて無理している事実は変わらない。
動揺して集中できていない清太は目の前の虫憑きを手間取っていた。
「七歌ッ!」
「きゃっ」
動けないハビロイトトンボの隙間から飛蝗の虫憑きである不良が七歌を掴みあげた。
事態が悪方向に進んだ。
今度の清太は動揺をみせず虫の攻撃を受け流し胴体に大鎌を深く突き刺した。
虫が絶命し宿主が欠落者となる。
「後はお前だけだ」
「大人しく投降するなら虫までは殺さないわよ」
「七歌を返せッ」
三者三様に飛蝗の虫憑きに立ちはだかる。
「うるせえ!こいつがどうなってもいいのか!」
「は、離して!」
腕の中で必死にもがく七歌を盾に不良は飛蝗を集める。
人質となった七歌に早瀬は動けないで様子を見ている。
「テメェらみたいな偽善者には虫酸が走んだよ」
「は、早瀬クンは偽善者じゃないもん。
ぎ、偽善って言うのは正義を語る悪だからアンタたちみたいな奴が語る正義こそ偽善だもん」
「なんだと、糞ガキ!」
「キャー、怒ったー」
「嗚呼やっぱり怒らせたか。あの子本当に素で毒舌なのか」
結構余裕あるんじゃないかと思わせる七歌の発言に感心した清太だった。
「やめろ!七歌を離せ!」
「ハッ、テメェは前から気に喰わなかった。虫を差し出せ!殺してやるよ」
「や、やめて!離してよ」
不良は早瀬を睨み付け怒声をあげた。
七歌は不良に抗うも抵抗空しく逃げ出せない。
「七歌!虫を出して!隙をつくれば後は俺たちでフォローする」
「わ、わわ私の虫は、虫は」
飛蝗の虫憑きはギョッとするのに対し七歌は焦りだした。
口をパクパクさせながら虫を出さずにいる。
清太は七歌の虫が酷く脆弱である可能性を知っている。
だけど状況打破するのに僅かな隙を必要とした。
虫を出さない七歌と不良に冷たい空気が流れる。
動きを待つ静寂の中、早瀬が口を開いた。
「もういい七歌」
その言葉にどんな意味があるのか。
早瀬の発言に空気が張り詰めた時、新たに静寂が破られた。
「
突如宙に蒼の螺旋が現れ、飛蝗を呑み込み数を減らす。
急激に数の減らされたことでダメージを受けた不良から七歌が脱け出したのを早瀬が抱き寄せる。
のんびりとした足取りで一人の少女が登場した。
「キノ!」
「ちぃーッス」
チャラけた挨拶の少女キノは場を掻き回した。
「新手かよ!」
新たな敵の出現に不良は飛蝗をどんどん出現させキノを襲う。
それに対してキノは右手を前に出して指を鳴らした。
「蒼渦
「ぎゃああ、何だよ畜生めがっ」
二つの渦が飛蝗を呑み込み削り減らしていく。
回転する螺旋は飛翔する飛蝗を強引に引き込み捻り潰す。
飛んで火に入る夏の虫を体現するが如く、群青のアリジゴクの巣は飛蝗を上限なく呑み干している。
「どうしてここに?」
「虫の感知能力。虫憑きと清太と八千代さんの気配を察して来たよ」
「あー、あちゃー」
「減俸ものだからね。お覚悟してちょー戴」
「私は巻き込まれただけの無関係だわ」
「セコいな君は!」
既に余裕を取り戻した面々が好き勝手雑談し始めた。
キノにして見たら知らないところで虫のトラブルに巻き込まれている清太と八千代が特環に狙われた可能性も考慮して駆け付けた労力に反省してもらいたいと思っている。
自分の場合はヘッドロックされたのだから罰則は必要だ。
嫌なことは皆で共有したいキノである。
無視されている不良が怒鳴った。
「畜生め!誰だテメェ」
「とある勢力の副長って所かなー」
惚けた返事のキノに不良は苛立った。
七歌と早瀬は突然現れたの人物に戸惑っている。
キノはそんな二人に気がついた。
「君が新しい候補かな?取り敢えず採用。
後で自己紹介してねー」
「貴女は一体?」
微笑んでいる少女に困惑する早瀬。
七歌がギュッと早瀬の服の袖を握りしめた。
「キノ君、彼女は」
「言わなくていいよ。先までのやりとりで事情は察したから」
不安げな七歌を案じた清太の発言を遮り、キノは七歌に振り向く。
その間も能力は常に展開されている。
蒼の渦を背景にする少女から視線を向けられた七歌は緊張に喉を鳴らした。
キノはそんな七歌にニッコリ笑って言った。
「君は虫憑きではないよね」
驚きの発言に清太と八千代は七歌を見た。
バレてしまった嘘。
ずっと無理をして怯えていた少女。
虫憑きでなく虫憑きに巻き込まれた事実。
小さな勇気で行動していた七歌は、俯き小さく頷いた。
少女は別に苛められていなかった。
偶々不良に絡まれたことがあり、少年に助けられたことがあるだけだ。
庇う少年は少女と仲良くなり妹のように大事にした。
少年はその後から不良に目をつけられ絡まれるようになった。
学校の目の前で待ち伏せなんてされていたが教師の前で大人しく引き下がる小心者たちだ。
しかし不良たちは段々と増長し荒れ始める。
良くない噂を聞いた七歌は最近は現れない不良を警戒した。
ある日偶然見つけた不良の溜まり場である路地裏でこっそりと隠れて様子を伺った。
話される内容は虫憑きに関する話と早瀬を標的とした報復紛いの計画。
七歌は焦りながらも話を聞いた。
すると、不良の一人が早瀬が虫憑きだと言った。
耳を疑う話だった。
自分の身近な人が世間では化け物扱いの虫憑きだと知らされたのである。
しかし恐怖したのは、化け物という事実でなく虫憑きと一般人として離ればなれになってしまうこと。
七歌は独自に動いた。
特別環境保全事務局かレジスタンスどちらでもいい。
とにかく早瀬を護る為に不良を始末して欲しかった。
だけど現れたのはどちらでもない清太。
これから話す事情に早瀬を巻き込みたくなくて嘘をついた。
狙われているのは早瀬ではなく七歌だと誤解されるように。早瀬という虫憑きが関わりを持たないように。
虫憑きだという嘘が虫憑きを巻き込んだ。
「でも予想外に早瀬君自身が虫憑きとして関わり、虫憑きの嘘を貫き通すことで関わりを辛うじて保ち続けたと。
弱い虫憑きなら護られるけど一般人なら遠ざけられるから」
以上が今回の真相である。
虫憑きと嘘までついて護ろうとしたのは七歌の方だった。
違和感と言えば、虫を一度も出していないしテンパるように噛んで嘘を重ねた少女の挙動不審を清太が思い返す。
「何だよ、畜生。そのガキが原因かよ」
「大人しく観念したら」
「誰が観念するか!」
キノの能力に封殺されている不良は攻撃を止め、自分の周りに飛蝗を集合させる。
小さな飛蝗が次々と姿を消し一匹の大きな黒ずんだ飛蝗が現れた。
「テメェだけでも道ずれだ」
肥大化した飛蝗が蒼渦に削りとられながらも飛翔を続け七歌に向かい押し寄せた。
せめてもの道ずれに選ばれた生け贄の少女。
思わぬ反撃に遅れて皆が動き出す。
万事休すかの事態の前に巨大な影が飛蝗を覆った。
「お前一人で地獄に行け!」
羽も食い潰され弱りきったハビロイトトンボ。
元々の強さも見た目程のものではなく無指定級の弱い虫である。
但しその重さは巨大に比例し超重量を誇った。
飛蝗を押し潰すハビロイトトンボによって不良の最後の足掻きが阻まれた。
飛蝗が無惨に潰され欠落者と成り果てた不良が静かに倒れ、迫る脅威に腰の抜けた七歌に向かい早瀬は手を貸した。
「立てるか七歌?」
「嘘ついててゴメンなさい」
「隠しててもわかったよ。七歌は嘘が下手だからな」
「早瀬クンはいつもわたしを護ってくれた。だ、だからわたしもって」
「わかっているよ。だから嘘をついてくれてありがとう。
君を護れて本当によかった」
「わ、わたしこそ、いつもありがとう。
早瀬クンに護られて本当に嬉しかった」
こうして少女と少年の虫憑きを巡る嘘の話が幕をとじる。
「まあ、機動力のある虫憑きが欲しかったし逃走手段に使えるかな、目立たなければだけど」
「隠蔽能力の虫憑きを確保できれば問題ないと思うんだが」
「そこまでするなら別の手段探したほうが手っ取り早い気もするけどね」
「どちらにしろ完全に下っぱ扱いになるわね。サイズの調整が可能なら円卓会の警護担当に回しましょう。一番楽で暇な役割だわ」
「あの」
勝手に処遇を決めるキノたちに早瀬が声を掛けた。
助けて貰った手前恩人にあたる人物の会話を遮り口を挟む。
「あなた方は一体何なんですか」
「んー、そうだね。そろそろ名称がないと不便だもんね」
「キノ?」
キノが思案する。まあ便宜上そのまま円卓会所属と名乗ってもいいけど味気ないので少し捻る。
殆どそのまんまだけどこれでいいやと一人納得した。
「私たちは、特別環境保全事務局でも、反抗勢力の虫憑きでもない新しい勢力」
一度区切り、息を整えた。
「円卓騎士団。これより始動する」
これが新しい虫憑きたちの始まりである。
ドヤァァァ
円卓騎士団
どう見ても中二病です。本当にありがとうございました。
ムシウタ作品によくあるミスリード頑張りました。
結構難産。最初に考えたオチは全員虫憑きとかミステリーに凝ろうとした素人が頭抱えたのが駄目でした。
夏だしホラー要素入れようとか何考えているんだ私。
感想に先読み能力高いお客様が多いから引っ掛けて騙そうとか思って書きました。
予想超えできる展開のネタ用意そこまで多くないし、時系列先だからまだ出せないので騙す方向性で頑張ったんです。
予想を外してやると熱くなり過ぎた私は夏風邪とか引きました。皆様は健康に気をつけて下さい。