ムシウタ - error code - 夢交差する特異点   作:道楽 遊戯

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分割は甘えと叫んでひたすら書き続けた三万五千字。
正直阿呆だと自分で思った。
分割した方がもっと早く投稿できたし編集とか手直し簡単だけど脳内会議ではこう可決されたのである。

四万字越えしたら分割すればいいじゃない。

よって永く苦しい戦いがあったとさ。
罵っていいですよ。


夢追跡する悪魔

最初からクライマックスってどう思いますか?

 

 

 

ワロス。どうしてこうなりやがった。

以上が私の心中です。お察しください。

 

 

 

イチはダイオウムカデと同化済み。私もいつでも動けるよう構えている。

その姿勢に一切の油断はない。

 

凄くお家帰りたいです。

弱気になりたくなるほど事態は切迫中だよ。

本来イチと私を合わせた戦力なら大抵の虫憑きを完封できると思う。

問題視する程の敵は指折り数える程しかいない。

そいつらが規格外過ぎるのだけど。

 

 

え?じゃあ今、余裕あるかって?

そんなもの全然ないっす。むしろ大ピンチだぜ。

 

 

冒頭の発言通り、私たちはクライマックスと名を呈した最悪の状況にいる。

災難だ。人生の佳境レベルで。

ちなみにこの事態の原因に心当たりある。

 

 

ミッコちゃんこと魅車八重子に嵌められた。

おまけに土師圭吾も関係していると見える。

主犯と便乗犯のお二人である。

とんだ雌狐と狸だ。

 

 

そこらの事情はおいおい語るとしよう。

所詮推測の域を出ない。

だけど絶対に謀られた。ちくしょー。

内心でぼやきながらも目の前の脅威から目を逸らせない。

 

 

黄色い雨合羽姿にホッケースティックを構え獰猛に笑う童顔の少女。

漆黒のコートを羽織り、顔を覆い隠すほどの大きさの無機質なゴーグルで逆立てた髪が悪魔めいた印象を醸し出す人物。

特別環境保全事務局が誇る最大戦力のお出ましである。

 

 

狂戦士の虫憑きの少女と、その相棒たる最強の虫憑きが、キノとイチに立ちはだかっていた。

 

 

 

 

 

 

都市というより町と呼んだ方が適している鴇沢町。

自然が多く残された環境は変化が緩やかであると同時に都市開発の遅れている町でもある。

特に代わり映えのない休日、イチは外を散策することにした。

目的はないが、暇をもて余し家に篭る気分ではなかった。

過疎化が進む田舎とは言え、繁華街にはそれなりの人並みと賑わいがある。

ただ出歩くにしても活気のある場所の方が暇潰しになると思い、繁華街の町並みにイチの脚を運ばれる。

 

 

 

円卓騎士団。

無銘でありながら異端であるこの組織は名称が決まり人員も確かなものになりつつある。

リーダーに抜擢されたイチは円卓騎士団一の実力者だ。

組織としての立場はキノが上役だが、実戦で面立つのはイチの役割になる。

これは当然の既決である。

他の組織の顔役も一号指定の実力者たちだ。

特環のかっこう、レジスタンスむしばねのリナ、身勝手な虫憑き集団のハルキヨ。

どいつもこいつも一癖や二癖ではおさまらない実力者ばかりだ。しかしイチならば彼らに引けをとらない。

 

上に立つことは、それだけで危険度が高まる。

組織の代表、リーダーと聞こえはいいが、戦闘で一番の矢面になるのだ。

それらを踏まえた上でイチはリーダーを請け負った。イチは仲間の代わりに戦闘の最前線に立つことに躊躇しない。

 

あれこれ策略を考え指示できるキノがリーダーになるべきと考えるかもしれないが、この組織をコントロールする為にキノがトップに立つ必要はない。

そもそもキノの方針によって創られた組織である。

相談役、補佐役、ブレイン、キノの役割は事欠かない。

リーダーであるイチがキノの意見を無視しないだろうし、組織体制はこれで問題なく機能する。

 

イチのリーダーの適性は十分ある。

判断力、決断力、統率力、何よりイチには虫憑きを惹き付けるカリスマがある。

心が折れると脆い虫憑きは士気に実力が影響されやすい。

戦況を動かすリーダーの役割はかなり重要だ。

イチの指揮下なら、それに従う虫憑きも実力を発揮できるとキノは確信している。

 

 

こうした事情を経て肩書きが円卓騎士団団長となったイチは目的もなく意味のない散歩に興じていた

 

 

 

 

 

イチの歩く先に、絵に描いたトラブルの渦中にいる少女が居た。

中学生くらいの可愛らしい女の子で、それに付き纏う二人組の少年たちが強引なナンパをして少女を困らせている。

見た手前、無視して放置するのも後味が悪い。

面倒に思いつつもイチは、その面倒事に首を突っ込むべく歩みを進める。

 

 

 

少女は慣れない状況に困惑していた。

見ず知らずと言ったら少女にとっては皮肉になるが、面識のない二人組の少年による強引気味なお誘いを上手く断れずにいた。

 

「だからさ。ちょっと俺たちと遊びに行かない」

「待っている人がいるので......」

「誰も来ないじゃん。大丈夫、俺たち紳士だからさ」

少女は、兄とも関わりのある大切な人物との待ち合わせを放棄して、この場から離れられず、次第に強弁になる二人組の対処をできずにいた。

そんな状況に介入者が現れる。

 

「オイ。女の子を困らせるな」

知らない声だ。少なくとも少女の知っている人物ではない。

それなのにーーー

 

「大クン?」

突如聞こえた声はなぜか知り合いの人物を連想させた。

 

 

「あぁ?なんだぁ?」

「その女から離れろ、迷惑してるだろ」

「男かよ。格好付けんな勘違い野郎。別に俺たち、お茶を誘ってるだけで悪いことしてないんだけど」

「そーそー。ちょっとお誘いの声かけただけだし」

まだ中学生くらいだろうに妙にませている少年たちである。

イチを逆に批難する二人組に内心苛立ったが顔に出さずに憮然と言い放つ。

 

「そうか。だが、そこの女は目が視えていない。おそらく盲目だ」

少女が息を呑む声が聞こえた。事実である。

少女は先天的にものを視ることが出来ず、目に光を写していなかった。

少年たちも今までナンパしていた相手が目が視えないことに気づかされ、驚きながらもイチを睨んだ。

 

「目の視えない障害を抱えた女の子を無理強いで連れ回すのは、この国の法律にどれだけ引っ掛かるんだろうな」

「チッ、行こうぜ」

「あーまた、ナンパ失敗かよ。だせぇ」

法なんてイチも知らない。ただの出任せである。

適当なことを然もしたり顔で騙れば、旗色を悪くした少年たちは去っていった。

 

 

「あ、あの」

「スマン、デリケートなことなのに勝手に盲目をだしに使った。悪かった」

少女と向き合うとイチはすぐさま謝罪した。

お節介ついでの言動は失礼にあたる内容だったと考えたイチは少女に詫びた。

障害を持ち出したことは盲目の少女にとって繊細な問題だったと深く頭を下げて謝る。

 

「ううん。助けてくれてありがとう」

目が見えない相手にも拘わらずわざわざ頭を下げた少年の気配を察した少女は感謝の言葉を送り笑顔を見せた。

長い髪を青色に輝かせ、やや下がり気味目尻を細め微笑む顔が可愛らしい。

しかし焦点が合っておらず目線にズレがある。

手に持っている細い杖の補助道具は目の見えない彼女の足取りを確かめる為に必要なものなのだろう。

 

「ただのお節介だ。最近はたちの悪い不良も多いらしい。待ち合わせみたいだが大丈夫か」

「うん。待ち合わせの時間より早く来すぎたの。でももうすぐだから大丈夫」

「そうか。しかし今は一人なのか?」

「えっと、ここまで連れ添ってくれた人は、お仕事があるから別れて今は一人だよ」

「なら君の待ち人が来るまで俺も待たせてもらおう。面倒は最後まで見ないと気が済まないタチでな」

「ごめんなさい」

「何故謝るんだ?」

「私が貴方に迷惑かけてしまっているから」

「ただのお節介って言っただろう。気にする必要ない。それに謝られるのは気分がよくない。そういう時には別の言葉を使うものだ」

「え。あ、うん。ありがとうだね。ウフフ」

「どうした?」

「ううん、笑ったりしてゴメンね。貴方が今待ち合わせしている人と同じ事を言うのだから、なんだか可笑しくて」

「変な事を言ったな。忘れてくれ」

突き放したような言い方をするのに、どこか不器用な優しさが垣間見えてしまうこの人は、いつも自分を手助けしてくれる少年とよく似ている。

その人の顔を見ることは叶わない少女だが、照れたようにぶっきらぼうな言い方をする少年に、益々可笑しくなって笑い声を上げてしまった。

 

 

 

目が視えない少女の話し相手として、イチは普段より口数多く話した。

学校のこと、恋人のこと、テレビや流行の映画など他愛のない日常的なことで会話を広げていた。

盲目という障害を抱えながらも屈託のない笑顔の少女は、誰からも好かれるような温かい人柄を感じさせる女の子だった。

 

「ーーーそれで、肉食戦隊ケモノマンのケモノポニー回だけはいつも見逃しているのが悔しくて仕方なくてだな。オイ、大丈夫か?顔色が悪い」

少女の顔色が青ざめている様子に気付いたイチ。少女の体調を尋ねているとイチに異変が起きた。

急激な脱力感に襲われ身体がぐらつく。

崩れそうな態勢を壁に手をつくことで持ち直す。

 

「っく、なんだ」

突然の事態に取り乱すことなく、状況の把握に頭をまわす。

この感覚には覚えがある。

夢を喰らわれた時に起きる虚脱感と同じだ。

自分の右肩にいつの間にか姿を顕したダイオウムカデが苦しみ、のたうち回っていた。

小さな火がダイオウムカデの体に纏わりついている。

火は染みのように広がりダイオウムカデを燃やすことなく苦しめていた。

まるで火がダイオウムカデやイチから夢を奪いとっているかのような感覚だ。

 

攻撃されている?虫憑きなのか。宿主は何処だ!?

イチは特殊型の虫憑きによる攻撃だと判断し宿主を探した。

異変はイチだけに起こり周囲に被害はない。

視認範囲に宿主らしき人物の姿なし。

ならば探し出すまでだ。と判断し、不調に苦しむ少女に目を向ける。

体調を崩した盲目の少女がぼんやりとしていた。

視力のない少女は異変に気付いていない。力のない呼吸だけを繰り返している。

 

「大丈夫か!?今、救急車の、手配......を......」

少女の容態が危険な状態であることを察したイチ。

しかし気が付いてしまった。イチの夢が削られるのと反比例するかのように、少女の青褪めた顔色に赤みが戻っていることに。

異変のきっかけが少女の不調と同時であったことに。

 

「まさか、お前......!」

そうでないで欲しい願望と疑念がイチの頭の中で渦巻く。

緩やかに調子を整えていく少女にあわせて、ダイオウムカデを苦しめていた火が消えてなくなる。

同時にイチの夢を削っていた現象がピタリと止んだ。

そして確信する。

 

この女が火の虫の宿主!?

イチはその事実に驚愕した。

人を見る目、観察眼のあるイチは少女の善良性を疑いないものと確信している。

短い時間のやり取りだけで判断を鈍らせる程、少女には人を惹き付けるられる人徳のようなものを感じた。

 

「お前が......」

「あれ?ごめんなさい。私なんだかぼーとしてたみたい。えっと、どうかしたの?」

「自覚......ないのか?」

「え?なんのこと?」

「いや、なんでもない......」

イチは愕然とした。

少女は気付いていない。体調悪化時に虫が暴走してイチに襲いかかったことだけではない。自分が虫憑きであることすら気付いていないのだ。

危険だと感じた。

無自覚に他人の夢を喰らう虫憑き。

始まりの三匹と同じ能力であり周囲に被害を与える。

 

しかしこの少女は善良な女の子だ。

身体が弱く、目がみえない障害を抱える少女。

経緯は不明。自覚のない虫憑き。力の制御できずに暴走する危険性が高い。

果たして彼女に自分が虫憑きだという事実を知らせていいものだろうか。

か弱すぎる少女に残酷な真実を突きつけるべきなのだろうか。

その事実に耐えられる保証がどこにもないのに。

考え込むイチを少女が不思議に思う。

 

「本当にどうかしたの?」

「ああ、先程ぼんやりしていだろう?顔色を悪くしていたからどうしようか悩んだだけだ。どこか身体が悪いのか?いつもどう対応している?」

イチは少女の処遇を決める為に情報を集めることにした。

放置するには危険、管理するには彼女はあまりにも無自覚過ぎる。

もしもの時は全てを話すつもりだ。

円卓騎士団に引き込み、虫の制御をさせる。

それが少女の為になるだろう。

公私を混ぜている訳ではない。

他人の夢を喰らう虫憑きの危険性を考慮してのことである。

少女を見極める為、さりげなさを装ってイチは尋問する。

 

話されたことは少女の処遇を決める重要な話である。

しかしそれは他愛のない話だった。

それらを聞き終えた後、イチは少女と関わらないことを決める。

 

彼女は護られている。

兄や同居人の女性、待ち合わせの少年。

聞いただけでもその人物らは事実を知っていて巧妙にそれを隠している。

兄と少年に至っては望んで少女の虫に夢を喰われている可能性もある。

少女はこの二人に元気を分け与えられていると言っていた。二人は少女に夢を喰われていることを黙認している。

聞き出せただけ範囲でも、それだけのことを知ることができた。

決断を下すには十分過ぎる内容である。

 

この少女を救うのはイチの役目ではない。

少女に事実を教えることは、少女を護ろうとした者の想いを踏みにじる行為だ。

本当に他愛のなく、日常的で、思い遣りがあって、優しさの溢れている少女の話。

少女が多くの人から愛されていることを知れるそんな話。

 

「私はいろんな人に助けて貰っている。お兄ちゃんや大クン、美樹さん」

「そうか。何かあってもその人たちに助けて貰えるなら心配ないな」

イチは同い年くらいの少年が、少女を見つけ駆け寄ってくるのを発見した。

少女の話から推測すると、少女を庇護する一人である少年。

人相は確認できないほど離れた距離だが確実にこちらを目指して歩んでいる。

後は彼に任せればいい、と思い少女から離れた。

 

「どうやらお前の待ち人が来たみたいだ。俺は失礼させて貰う」

「え?あ、待って」

「すまん。知り合いを見つけた。じゃあな」

ついでに自分の恋人を見つけた。

別行動と言われていたので今日は会えないと思っていたけど、多分隣の虫憑きの少女を感知して来たのだろう。

慌てた顔で余裕がないのは何故だろうか。

 

「キノ。どうかしたのか?」

「イチ。可愛い女の子と浮気現場は後で問い詰めるとして、今すぐここから離れるよ」

「誤解だ。弁解させろ。一体どうした」

「いいから行こう。浮気は赦さないからね」

「してないって」

キノに手を引かれてイチは去る。

入れ違いに顔に張った絆創膏以外特徴のない少年が少女の前に現れる。

 

「千莉、待たせてゴメン」

「あ、大クン」

土師千莉。

盲目であり特別環境保全事務局 東中央支部長 土師圭吾の妹である少女。

他者の夢を喰らう稀な虫憑き。

自分が虫憑きである事実を知らない女の子。

 

「千莉。どうかしたのか?」

「ううん。なんでもないよ大クン」

少女は知らない。

己が虫憑きである事実も、目の前の人物が虫憑きであることも。

薬屋大助。目立たない外見と裏腹に別の顔を隠す少年。

その正体、火種一号かっこうとしての素性を隠し鴇沢町に滞在していた。

 

 

 

 

キノです。ご無沙汰しております。

いきなりですが鴇沢町の活動を中止しなければならなくなりました。

現在このホームグラウンドである鴇沢町。なんと一号指定のかっこうが居やがるのです。

かっこうは東中央に所属しながら、短期的に他地方支部まで派遣任務をこなしている。鴇沢町も例外なくいつの間にか現れていました。

 

それは私たち円卓騎士団にとって不都合である。

いくら不干渉を約束している特環とはいえ不測の事態なんて幾らでもあり得る。下手に接触して衝突したら目も当てられない。

かっこうが中学一年に土師千莉と同居して鴇沢町に居るなんて知っていない。確かに原作知識によると土師千莉と薬屋大助は過去何度か同居している。だが時期については記載箇所どこだよ、ってレベルの細部な話で寝耳に水である。

よりによって土師千莉と今が同居時期だったとは。

お陰様で鴇沢町での活動は停止。うわーん。

 

次なる活動拠点の選択しよう。中央は現在摩理が虫憑きハントしてるし特環の本部の所在地だから無いとして、西か南で活動しようかな。

東と北はここから正反対に位置して遠いから却下。

強力な戦闘員が居ない西よりも閉鎖的な南の方が活動しやすそうだ。

厄介な戦闘要員であるかっこうみたいな上位局員に派遣されたら嫌だからね。

 

しかし何の変哲もない田舎町にとんだ人物が現れたものだ。

その原因のひとつ。

土師千莉。東中央支部 支部長 土師圭吾の妹。かっこうとの付き合いは長い。元はその兄である土師圭吾からの交友関係である。

かっこうの上司土師圭吾は厄介なお人である。

頭が切れ根回しが得意で、敵の行動を阻害する。

妨害が原因で円卓騎士団の活動を制限されれば厄介だ。

あの御仁は中央本部と公式に談合したその日に円卓騎士団の存在を嗅ぎ付けていただろう。

なので最初から支部長クラスに情報公開を認めている。

 

どうせバレるなら秘密にするより正体明かして少しでも警戒心を下げたい。

円卓騎士団には関わるな。是非とも知って頂きたい事だ。

バックに強力な権力者がいるので大抵のお堅い連中は煙に撒けるのだけど、どう見てもキナ臭くて怪しい。

やっぱ警戒されるだろうなー。

魅車ちゃんにイチの強さを隠さないければいけなくなっているし此処んとこ儘ならないなー。

 

そうそう。近況報告をひとつ。円卓会一名を蹴落としました。

これで円卓会の仕事の面倒が大きく減る。

いやーねぇー、虫憑きの扱い悪い奴だったんだけど、そいつに裏の仕事まわされたお蔭で出る出る。

大量の不祥事の数々。

情報集めて資金経路と人脈の把握に徹して今までスタンバってました。

期が熟すのを待ちに待った。そして時来たれり。

 

組織基盤の無事安定し節目を迎えた。

彼は最早用なしになったので、綺麗にご退場願った次第です。

遺された人脈、資金、情報については、私が掌握しているので有効活用させて貰っている。

色々黒いから話せないけど、私は泣く泣くイチとのランデブーを置いて暗躍しまくった。

被害を受けた円卓会の彼は突然の大打撃を受け没落。

円卓会メンバーに相応しい家柄とは言えなくなり会員から強制除名。可哀想な結末。叩けば出る埃が悪かったんだと思います。

良い子の皆には些末を教えてあげないぞ。

 

新しい会員は私が選出してあげました。

家柄なんて曖昧な選定条件なんて操作しやすくて助かります。

後釜なる人物は私の影響下にいる。

それなりの名家で、虫憑きの娘さんの保護をキノと取引したお人である。

円卓会メンバーとなり、人脈が広がった彼はキノの認知するコネも使い資産が増えた。Win-Winの関係を築けているので文句はないだろう。

円卓会の席に私の駒が座る。

これで円卓会の意見を内側から操作出来る。

まだ新参一人、だけど時間をかけて全部支配してみせる。

そして何の組織で、誰の組織かハッキリさせよう。

虫憑きの組織で、私たちの組織だ。

 

まあ、一之黒涙守さんが実権握れていたらこんな面倒踏まなくて済んだんだけどね。

意外と協力に関して消極的でもなければ積極的でもないんだよねー。

魅車八重子に警戒されて個人で動けないのか、それとも関わるべきでないと考えているのか不明。いまいち考えが読めないお人である。

涙守さんと複雑なのは協力関係だけでない。

娘さんを含めた人間関係で私の心は複雑だ。

 

 

一之黒亜梨子。

一之黒家直系の一人娘。花城摩理の本来唯一の親友。

彼女は虫憑きたちの運命を紡ぐ、重要な役割を担う。

 

虫憑きを救いたい。

 

その願いの為に彼女は自ら犠牲になるのだから。

 

キノはそれを黙認する。

 

己の為に。イチの為に。全ての虫憑きの為に。

 

だからこそ関わりあわないと決めているし、彼女の犠牲を無駄にしないつもりだ。

 

始まりの三匹のひとり、大食いエルビオレーネを倒す為に全力を尽くす。

 

それがキノが決めた花城摩理の親友に対する償い。

 

 

尤も一之黒涙守が娘を失うことを黙認することに代わりない。

だからこそキノはあの親子に対して複雑な心情をもつ。

キノが手を出す事すら烏滸がましい大役を果たす少女。

その犠牲に罪悪感とも無力感とも言えない感情になる。

考え過ぎないのが一番なのだろう。

 

彼女にしかできない役割は多い。

そのひとつがキノには出来なかった花城摩理を救うことなのだから。

 

 

 

花城摩理は一之黒亜梨子と出会い穏やかになった。

かつてハンターとして虫憑き狩りの日々を忘れ、一人の少女として過ごしている。

補習を受ける亜梨子の為に勉強を研修医の青年から教わり始めた。

夜を駆け出すことなく療養に専念し発作の痛みを和らげはする薬に頼ることなく身体の免疫機能そのものを高めようと努力した。

一之黒亜梨子は本当にいい影響を与えてくれていると思う。

このままずっと安らかな日々を亜梨子と共に過ごしてくれればいいと切に願う。

 

だけど運命とは残酷なのだ。

 

顔色よく体調も優れた日常のなかで、もしかしたらこのまま病気を完治して退院し亜梨子と幸せに生きれるかもしれない。

今までないほど優れた体調と回復していく摩理に先生は祝福の言葉と共に、夢が叶うんだよと摩理に言った。

はじめて花城摩理は一之黒亜梨子に頼み事をした。

彼女の夢が叶う希望に光が照されたところで絶望が待ち受ける。

 

定期検診の結果、心臓の機能は弱り果ていつ停止するかわからないと判断された。

手術を必要とする心臓とそれに耐えきれない弱りきった摩理の身体。

そしてひとつの結論が導かれる。

 

生きたい。その夢は

花城摩理の夢は叶わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中央の駅に着いた時から嫌な予感があった。

気のせいにするには違和感がある。

むしろ、その違和感が予感を与えていた。

 

これはどういうことだ。

虫憑きの反応を複数捉える。

特環による虫憑きの拘束作戦。結構近いけど鉢合わせする距離や場所でもない。迂回までして進路変更する程でもない。

目標の虫憑きは一人。平凡な虫憑きだ。

ただの無指定クラス同士の戦闘なら気にもしないが特環側は違う。

強い。多分上位局員で編成されている。

無駄のない洗練された動きと統率力。抵抗する虫憑きが翻弄されながら追い詰められている。捕獲されるのは時間の問題だ。

 

ただの戦闘班とは思えない。

ハンター対策の特別チームだろうか?

キノの原作知識では、摩理の虫憑き狩りに特環は殆ど関与しない筈だが実際は分からない。

中央本部はかっこうに対し、ハンターと特環が交戦した情報を隠していた。派手には動かないと予想していたが対策くらいしていたかもしれない。

自分で納得させる道理を作り上げてみるが不安は拭いされない。

キノを不安にさせられる明確な理由がある。今日に限って中央にイチに匹敵する戦力が集中し過ぎているからだ。

数ではなく個人の質で、だ。組織の熟練度ではなく実力でイチを倒しうる人材が中央に来て居る。

 

イチに引けを取らない強さの人物。この反応はディオレストイ。もしかしてあの人?

それともう一人の大本命。

貴方は今、鴇沢町で女の子とひとつ屋根の下の筈では?

疑問を抱えたまま、イチと共に花城摩理の病院を歩く道中気づく。

 

無指定の虫憑きが精鋭クラスの特環チームから未だに逃げ延びている?

追い詰められた虫憑きが思わぬ力を発揮することだってある。

しかしキノの能力は相手の渦の力場がたいした反応を示していないと知覚できた。

特環チームも追い詰める寸前手を抜いて留めを刺さないように微妙な力加減をしているように感じた。

いたぶっているのと違う。

 

この場合何か別の意図がーーー

 

逃げ惑う虫憑きの逃走進路がこちらに変更され動き出した。

 

 

「ッッ、イチ!」

「どうしたキノ」

いきなり声を上げたキノに驚くイチ。説明する時間すらもどかしくてイチの手を取り走り出す。

 

「特環の精鋭がここに向かって来てる。今は接触は避けるように動こう。走って」

特環との不干渉の約束。そんなものを過信しない。

何時までも守られる約束なんて存在しないのだ。

精鋭部隊は虫憑きを誘導している。

追われる虫憑きは囮で、本当の狙いは私たち。

駅を降りるところからずっと監視されていた。

正攻法の手段では干渉できないからこそ、野良虫憑きを引き合わせ巻き込もうとしている。

 

「遂に動き出したな。ミッコちゃんめ」

憎むべき相手に心当たりあるのは素晴らしい。

心の中でフルボッコできる。

魅車八重子副本部長。

犯人の心当たりに貴女しか思い浮かばないのは私の想像力が低いからなのかな。

後で必ず報復してやる。

心の内で嫌がらせを誓いイチと走る。

 

 

 

今回の不意討ち、既に相手の術中に嵌まっているなら戦闘は避けられまい。

戦闘回避優先で考えるキノとは正反対に、イチは戦闘を覚悟していた。

 

「キノ。戦闘が避けられない場合は?」

「最悪、実力を隠して交戦、隙をついてまた逃走。相手の狙いは多分こっちの戦力把握。こうなったら徹底的に実力を隠して様子を見る。イチは身体のみ同化だけでの対応をお願い」

「了解」

狙いは円卓騎士団の戦力把握。

キノは今までよくやった方だと思う。

急造の組織を上手く纏めて基盤を安定させた。

その手腕は恐ろしいほど手際よかった。

特環が無視できない組織。手を出せない組織。

それらが瞬く間に力を付けているのだから。

 

 

 

今回の作戦どちらかと言うとあちら側の悪手。

この騒動は確実に円卓会に喧嘩を売る状況にある。

これは当然報復される。落ち度は完全にあっちにあるので言い訳は意味をなさない。

キノは特環の権力、財力、影響力を削ぐつもりだ。

これから低予算で活動する特環局員には同情しよう。

本当の気持ち?勿論、ざまぁだよ。

 

しかし向こうも形振り構わず攻撃する意思を見せたことに他ならない。

強気よりも無茶をしたのが本質の悪手であるが、此方にとっても厄介の種である。

落としどころを間違えば全面戦争になりかねない。

どんな形であれ報復はするが、本気で特環を相手に強姿勢に出過ぎると対立を深め問題になる。

 

現状で最も危険なのはイチの実力が知れ渡ることだ。

同化型の虫憑きが危険視されるのはわかっているが危険度まで教えてやる義理はない。

その実力が一号指定に達するなんて知られたら益々余計な干渉が増す。

 

「あ、ちくしょう、詰んだ。完全に包囲網ができてる。並大抵の手際じゃないぞ。予行練習とかしてたんじゃないだろうな」

「同化した状態で強行突破は?」

「相手に名目を与えそうで嫌だなー。こちら側の正当性を保つの為、能力行使は最終手段にしよう」

「キノ、おそらく戦闘になる」

「あーくそー、せめて監視のない場所に誘い出そう。円卓会の息がかかる敷地とか」

強行突破してもいいけど、向こうに有利な言い訳を与えたくない。

もし、こちらが強引な手段をとったとしよう。

そしたら向こうに付け入られる隙を与えこちらの正統性が失われる。

適当な理由をでっち上げて嬉々として襲いかかってくるに違いない。

戦闘行為の全責任を特環に詰問する予定なのだ。

下手に虫の能力を使って逃げ出さないのも、特環の言い分を後で与えないための手段だ。

 

それにキノは未だ平和的解決手段の模索をしている。

現状それができる可能性が難しくても。

驕りなのかもしれない。甘えなのかもしれない。

だけど下手すれば今日ここで

 

ーーー負けるかもしれない。

 

そんなのは嫌だ。敗北の未来を回避する。キノの頭の中でその事を考え続けた。

 

「駄目だ。追い付かれたや」

「ハアハア、はあ。な、んで特環がぁ」

「イチ。あれは囮の虫憑き。多分今から特環が追い付いて難癖つけてくるから」

汗だくになりながらも必死に逃げている虫憑きの男性。

私服姿だが高校生の年齢だと判断。分離型のコオロギの背に乗っているが精神的にも肉体的にも限界っぽい。

その囮を追う特環の精鋭たち。五人チームと見せかけ、二人ほど隠れている。

 

「目標が他の虫憑きと接触。緊急時の判断として対象全てを殲滅する」

「白々しい。まだ虫も出していないのにどうして虫憑きとわかるのかな?ひょっとして感知能力もちの虫憑きがいらっしゃる?」

「キノ。来るぞ」

「イチ、交戦の前に一応交渉から」

うん。予定調和のように攻撃しようとする特環精鋭部隊。緊急じゃなかったんかい。何の動揺もなく直ぐ様攻撃とかあり得なくない。

取り敢えず、作戦内容がどれだけ行き渡っているか調査しますか。

 

「あー、特別環境保全事務局に告ぐ。我々に攻撃することは特環に許される行為ではない」

「敵の言葉に惑わされるな」

「オホン、我々、円卓会は特環に融資する謂わばパトロン組織。特環が円卓会に攻撃することは禁止事項に値する。攻撃行動は全て処罰に値するものである。円卓会は特環に抗議する権利を持っている」

「なっ!?パトロン組織?」

「出鱈目だ!」

「繰り返す。円卓会に手を出すことは特環の規則上許されていない。これらの事項を確認次第速やかに撤退しろ」

建前とかの確認も必要な作業だ。

正統性、落とし所を測らせてもらいます。

動揺は半分以下。つまり半分以上がミッコの飼い狗たち。

でも知らない局員もいるっと。今回の作戦、ごり押し過ぎないか。

 

「我々にはその様な情報は知らされていない!よって敵の発言は虚偽だと判断する!局員は戦闘行動に移れ!」

「特環局員に告ぐー。虚偽判断は上司への連絡確認によって審議せよー。我々の正統性が判断できるー。その通信機能付きゴーグルはお飾りかー」

投げやりレベルの間延びした言葉で馬鹿にする。

真面目なやり取りをしていたが無駄になる確信が生まれた。

取り付く島がない。やらせって怖えー。

特環の精鋭部隊のリーダーと円卓会代表キノの言葉の応酬は一部の局員に混乱を与えた。

特環の罰則は厳しいとかのレベルじゃない。

何も知らない中央局員はその辺特に厳しいから余計に動けない。

だけど何人かの虫憑きが素早くキノたちを囲んでいた。お前ら、絶対ミッコの狗だろ。

 

「......こちらの通信は妨害されている。これでは貴様の言う確認作業は行えない。虚偽情報の可能性を考慮し戦闘を続行する」

「わーお。本当に白々しいわー。やっぱりヤル気らしい。こちらも防衛行動をとらざるを得ない」

「まどろっこしいなキノ。どうする?」

「逃げに徹するかなー。ヤバい奴が来る前に」

「逃がすな!各員戦闘行動に移れ!」

真面目に面倒臭い。何人かはこの作戦に疑問を抱いたようだけど、多数の意見に流されるのは仕方ないことか。

通信妨害云々は上層部の責任逃れとして、取り敢えず、形振り構わずこちらを攻撃したいのは分かったからさ。

マジで覚えとけよ特環。私の報復は半端ないぜ。

 

「置いてきぼりの俺にも教えろ!」

「あっ。まだ居たんだモブ」

「誰がモブだー!」

囮さんの虫憑きも、この場でずっと膠着していたらしい。

場の空気読まずにトッとと逃げればよかったのに。

コミカルな空気を介さず、イチが虫と同化した。

同化した顔にアイラインのタトゥーが引かれる。

 

「なっ!同化型だと!」

「遅い」

近くに迫った虫を強化した脚で蹴り上げるイチ。

小さなボールを蹴ったような軽さで飛び上がった虫は、その実轟音響かせる蹴りにより巨体の虫の体が罅割れていた。

同化型の強さを知る局員たちに僅かに動揺が走る。

 

「キノ。包囲網を突破する」

「一点突破で脱出したら円卓会の敷地に逃げ込もう」

「マジで何なのさ。お前ら」

「モブAも来るかい?」

「うるせえ。モブ言うんじゃねー」

巻き込まれ系不幸男子モブAが叫ぶ。

一連の不幸、円卓会と特環に巻き込まれた陰謀と知ったらモブAはどんな反応をしてくれるのかとS心が疼く。

オホン。まあ、いいや。折角の出会いだしスカウトするチャンスとしよう。

面接がてらの第一質問。

 

「モブ君の夢は何だい?」

「ああ?俺の夢は......」

巻き込まれた虫憑きが夢を語ろうとしたその時、割り込むように脚の長い虫がコオロギを貫いた。

男は目を見開きやがて支えを失うように倒れた。

欠落者になったようだ。あっさりと夢を失った虫憑きの姿にキノは怒った。

 

「会話の途中で邪魔するとは、無粋なことをする」

「油断するなキノ」

イチも既に武器なし、雷封じの縛りプレイ。

精鋭部隊も甘くはない。その気になれば一撃で虫を倒せる実力持ちがいる。

さりげに蹴り飛ばした虫もダメージ少なく上空を徘徊している。

敵の強さは本物だ。こちらの実力を隠してどこまでやれるか判らないがヤルしかない。

 

「確かに、手強い」

小さく呟き、拳を振るうイチ。

戦闘開始から数分まだ脱落者一人出せないのは流石特環の精鋭と言うべきところだ。

一人一人の虫憑きはイチに及ばない。

しかし、集団による連携がイチの一撃を狂わせ決定打を与えない。

今も宙で撹乱する虫を狙えば、壁に張り付く虫が糸を吐き出し妨害する。

キノは力を温存しながら回避に徹している。

局面を変える鍵はキノだ。

イチは精鋭の虫に囲まれながもキノの動きを待った。

 

まだ、アレは動いていない。

それがキノにとって希望的観測を与えている。

特環の精鋭は強い。実は少し押されている。

イチの縛りプレイが祟って数が減らない。おかげでこちらは消耗戦。

厄介なのは特環の高性能ゴーグル。通信機能だけでなく録画機能も搭載しており実力を隠す私たちの邪魔でしかない。

故に壊す。同時に、全部、打ち漏らさずに。

 

その後少し本気出して突破する。

だから悠長に時間稼いで、動きを捕捉しようとしているのだけど、人数多すぎ。

隠れている奴は動かないから楽なんだけど、イチの相手してる連中は動きが激しくて狙いが定まらない。

じり貧な状況を様子見しつつ虫の攻撃を避けていると、事態が急速に動きだした。

 

ーーー高速で動く反応あり。目的地はここだ。

 

「ねえ」

底冷えする怒りの声が辺りを震えさせる。

特環の精鋭が回避ばかりで危険度が低かったキノに目を向けた。

 

「確か通信妨害がナントカって言ってたよね。なんで上層部に連絡いかないのに応援は来るの?」

動揺するのは魅車八重子の狗。と今まで身を隠していた精鋭も慌てているっぽい。

ああ、感知能力バレたや。失言、失言。

 

「予定変更。イチ、殲滅戦だよ。新しい敵戦力が来る前にコイツらを潰す」

ゴーグルの破壊だけで済ませるつもりだったのに余計なことしやがって。欠落者にするしかなくなったじゃないか。

内心の愚痴とは裏腹にキノは右腕を上空に向けた。

警戒体勢の精鋭たちがキノの動きに注目する。

 

「蒼渦連鎖」

瞬間、特環の特別製のゴーグルが蒼渦の螺旋により歪み破壊された。

イチも隙をついて局員のゴーグルを壊し、虫を叩き潰している。

うち漏らし残り、二人。

 

キノの蒼渦は最大展開数、四つが限界。

後方の局員を先に潰し、次に蒼の螺旋が残りの局員に牙を剥く。

ゴーグルの観測より速く動けたか自信はないけど。

データが送信されてる可能性も考え映らない順に壊した。

 

「どうしたキノ?何を焦る」

「......イチでも危険な相手がここに向かって来ている。精鋭と同時に相手取るのは危なすぎる。とにかく速やかに殲滅して撤退しよう」

事態が最悪に動いている。ゴーグルは壊したけど精鋭は殆ど無傷。キノの恐れる脅威が迫り展開は悪化している。

イチの指摘は正しい。私は今焦っている。

 

「そいつは花城摩理より強いのか?」

「いや。摩理よりは弱いけども」

「なら大丈夫だ。問題ない」

突然の質問によくわからずに答えを返すと頼りがいのある言葉が返って来た。少しだけ冷静さを取り戻す。

まだ取り返しのつかない状況ではない。

まだ挽回の余地はある。

それだけの事実確認で落ち着けた。本当イチは頼りになる。

だけどイチ、最強の摩理ちゃん基準にしたら駄目だから。

 

「さて。時間もないらしいから本気を出す。余り手こずらせてくれるなよ」

イチは不敵に宣言すると、武器をダイオウムカデと同化させ特環に向き直った。

精鋭部隊と本気のイチとキノがぶつかり合う。

 

 

 

 

 

中央に要請され戦闘要員として駆り出され夜を駆ける。戦力としてアイツがいるから俺がいなくても十分だと思ったが、アイツの性格の問題から抑え役に呼ばれたのかもしれない。

そう考えると溜め息が出た。

逃亡する虫憑きが手間取り合流した不確定な虫憑きとの戦闘している現場に向かう。

但し先見は連絡が付かず信号も途絶えているらしい。

ゴーグルが示している応援の要請に指定された最後の場所にたどり着く。

誰もいない敷地に、虫同士が暴れ回った破壊痕が残っている。

局員との信号が途絶えて時間が立った。場所が変わったか、もしかしたら全滅の可能性もある。

敵の危険度を高め、警戒し戦いの痕跡を追った。

程なくして見慣れた中央所属の白コートが倒れた現場に到着した。

 

「オイ」

声をかけるも反応がない。息はしているし意識もある。しかし目に意思を宿していない。欠落者だ。

辺りを探れば特環所属の部隊が何人も倒れていた。

皆一様にゴーグルが壊されいることに気付く。

かなりの戦闘力と用心深さが伺い知れる。

 

「ううっ」

意識がある呻き声がした。

消えかけの虫を従えている特環局員だ。

今にも倒れそうな満身創痍の局員に詰め寄り問いただす。

 

「何があった。敵は何処だ」

冷徹に見える対応に局員は目線を合わせる。消えようとする意識の中、男は伝える為に口を開いた。

 

「ば、化け物。同、化型の虫憑き、それと、」

「同化型だと!?」

息も絶え絶えの中央局員はそれだけ伝えると倒れこむ。力尽きて欠落者になったようだ。

局員が齎した情報に驚いたが呆けている時間もない。

すぐさま仲間に連絡を取り謎の同化型の虫憑きを追った。

 

 

 

 

 

「逃げ切れるかと期待したけど駄目かも」

「敵は?」

「今追って来てる。イチの脚より速い。しかも二手で挟み撃ち」

同化したイチの高機動に追い付けるヤバい奴ら。

絶対に追い付かれたくないけど無理って諦めが襲う。

撃退するしかない。

無理ゲーではないけどハード。

やる気出ねーよ。

夜空を飛ぶように走るイチにしがみつくキノは突然鳴り出したメロディーを聞き端末を取り出す。

 

『もしもし、生きてる?』

「オー。救世主だわ信也君。連絡どうした?」

『円卓会の発信器が途絶えて通信もジャミングされてたから回線の回復次第連絡した。救援いる?』

新しく加入した円卓騎士団のメンバー、特殊型虫憑き信也。

虫を暴走させ自滅しかけた所を保護した虫憑きだ。

戦闘要員ではない。

 

「緊急離脱に早瀬が必要だ。こちらに寄越せ。他は邪魔だ」

『げっ。団長』

「場所はわかるな。念のため八千代に強化して貰ってから来いと伝えろ」

『ら、ラジャー』

イチに苦手意識があるらしい。

返答がたどたどしい。

割と不躾なイチの命令に従う信也。

彼のエピソードはまた今度にして貰おう。

 

「待った。ジャミングされてたって虫の力?機械?」

『僕を誰だと思っているんだ。妨害に気が付いた後、機材を虫の力で破壊した』

「機械の方か。流石は特環のセキュリティに喧嘩を挑もうとしたクラッシャー様」

特環の通信妨害の真相がハッキリした。

信也の力は機械システムの破壊に特化したものだから妨害は何らかの機材によるものだと判明した。

だからどうしたと思うかもしれないけど、通信がまた妨害される可能性を知りたかった。

 

「じゃあクラッシャー様、この辺の防犯カメラを含めた映像記録の破壊よろしく」

『はあ、メンド、』

「バーイ」

優秀な部下を信じて連絡を切った。

ものぐさな彼の真面目な働きを頼りにしよう。

仲間のおかげでこの窮地の状況に希望ができたね。

円卓騎士団万歳。

複数の人員を運べる大きさと圧倒的なスピードを誇る早瀬君のハビロイトトンボなら雲の上まで逃げ込み追手を振り切ることができる。

撃退作戦から時間稼ぎの撤退戦に変更。難易度が幾らか減った。

 

「思った通り、逃げ切れなかったか」

真後ろで高層ビルを駆ける黒づくめの追手。

何で追い付かれたかは予想できてる。向こうもキノと同じ感知能力持ちがいる。そいつと長らく連携とってきた相方がいるのに、鬼ごっこし続けようなんて思わない。

一応目立たないという目標は続行中である。

戦闘になっても他の監視入らない場所で信也にゴーグル壊す作業をさせようと考えている。

奇しくもたどり着いた場所はイチと花城摩理との戦闘があった場所。

コンテナ置き場から距離の離れてない古びた倉庫に降り立つ。

イチから離れ、キノは円卓会製の警棒を取り出し待ち構える。

二つの影が間を開けず到着した。

さてさて挨拶を済ませようか。

 

私が脅威に感じる虫憑きの正体。

最強の称号一号指定を持つイチがいるのに安心できない相手なんて同じ一号指定の敵に決まっている。

しかも一人でなく、二人。

もう片方も一号指定なんてことはないが、その領域に片足突っ込んでいる実力者。

莫大な渦の波長が強大さを物語る。

雄々しく、激しい力場の根源。

瞬く間にに現れた最悪の敵。

 

「はじめまして、かっこう。それとあさぎさん」

黒のロングコートを羽織り銃を構える虫憑きは火種一号かっこう。その相方、雨合羽に身を包む少女が異種二号あさぎ。

最強最悪のコンビ、かっこうとあさぎたち二人組とキノたちは相対する。

 

 

 

 

 

思えば最初からこの任務は不振な点が多かった。

始まりは派遣中の東中央支部所属するかっこうに中央からの要請が来たことから始まる。

 

「やあ、かっこう。調子はどうだい」

「いきなり呼び出されて気分は最悪だ。一体何の要件だ、圭吾」

「気分が優れないなら体調管理を大事にするといい、かっこう。用件は中央本部から派遣要請のことだ」

かっこうと呼ばれた少年の悪態も青年は気にもせず軽口を添えて受け応える。

二十代前半の若さで支部長を勤めるかなりのやり手の青年とお互い長い付き合いをしている。

 

「中央の派遣任務だろ。短期の戦闘要員として。いつもは何も言わなかったのに、今回はどうした?」

「今回の任務は少しばかりキナ臭い。独断専行は極力控えた方がいいと忠告に呼び出したのさ。あくまで中央本部の指揮下と言う形で動けば問題ない」

「どういうつもりだ。圭吾」

予想外の言葉に驚くかっこうに対し、青年土師圭吾は軽薄に笑みを深くする。

 

「なんてことはない。もし問題が起こって責任問題になったら中央の要請だったことに収める必要がある。東中央はもとより君に責任を負わされることないようにね。彼女もふゆほたる騒動以降から現在、中央本部の指揮下にいる」

彼女とはあの破天荒な相方のことだろう。

実力は確かで強力な虫憑きが現れる度に特別チームを組まされてる。

中央本部と東中央支部は折り合いが悪く、お互いを反目している。

実際、勢力争いが水面下で起きていた。

狡猾な上司は取り引きをして牽制している事実をかっこうは知っている。

今回の任務、わざわざ裏であれこれお膳立てする目の前の上司の意図を自分なりに考えてみる。

 

「戦闘被害の責任か?そんなものたいして気にしなかった事だろ」

「確かに君やふゆほたるみたいな虫憑きが暴れれば被害は甚大だ。それをサポートし被害を最小限に留めることが特環の役割でもある。だけど今回は別件でね。まあ、責任というものはどんな時でも降りかかってくるものなのさ」

かっこうにとって土師圭吾の腹のうちなど理解出来ない。考えるのも無駄に思えて思考を放棄した。

性格に難あるが信頼はしている上司だ。

言われたことに従い任務を遂行するだけだ。

 

東中央支部 支部長 土師圭吾は様々な思惑を隠し、かっこうを送り出した。

 

 

 

 

 

敵を見失おうが、まだ手はある。

感知能力持ちの虫憑きに位置を探させればいいだけの話だ。

稀少な能力なので使える人物は限られてくるが今回は丁度適任がいる。

今、その相手と連絡を取っているところだ。

 

「戌子。目標の虫憑きは何処だ」

『今追ってるよ。取り敢えずボクの位置情報を目印にキミは早く追い掛けてきたまえー。それにしても相手は物凄いスピードだねー。ボク一人じゃあ、逃げら切れられる』

「そいつはおそらく同化型の虫憑きだ。特環の精鋭を潰している」

『それは楽しみだねー。精鋭より強く、しかもキミと同じ同化型と来ている。久々に手応えのある任務になりそうだ』

師子堂戌子。

異種二号指定のあさぎの異名をもち、戦士を自称する戦闘狂である。

彼女の悪癖に敵味方関係なく暴れ廻る闘争本能の塊のような衝動があり、自分も散々手を焼かされている。

歯止めの利かなくなった彼女と任務そっちのけで喧嘩して、肋骨を折られた記憶は新しい。

その時は彼女の武器をへし折り、引き分けに持ち越したのだが。

 

「油断するなよ、ワンコ」

『ワンコって呼ぶなっ。キミがその名を広めるから、最近ボクをそうやって呼ぶ連中がーーー』

途中で通信を切った。普段手を焼かされてる分、名前でからかうことくらいしないと割りに合わない。

ゴーグルから送られる信号で戌子の位置情報を探る。

凄まじい速度で移動している。

自分が追い付くには本気で走らなければならない。

自身の虫である、かっこう虫を呼び出し、同化と共に緑色のタトゥーのような紋様を浮かべた脚で地面を蹴った。

都会の空に薄い光の星が浮かぶ中、戦いに呑み込まれていく虫憑きたちが夜を飛び交った。

 

 

 

 

夜間の空を高速で移動する人影。

それは建物から建物へ、瞬間移動じみた速さで紫電を生じさせながら走る。

師子堂戌子は同化型のように身体を強化させる能力はない。特殊型の彼女は虫の力を応用し高速の移動を可能にしているに過ぎない。本来機動力を持たない特殊型の弱点を移動能力の高さで克服している。

戌子自身の戦闘力は一号指定と比べても遜色ない。かっこうとの格闘訓練では全戦全勝に持ち越す程だ。それでも彼女はかっこうに根底では勝てないと内心認めている。

理屈でない強さを秘めている一号指定の悪魔。その実力を信頼し認めている。

自身とかっこうの二人は間違いなく最強のタッグだ。

どんな相手だろうと負けたりしない。

精鋭を全滅させた強力な虫憑きの背を追って相棒の到着を待っていると程なくして自分に並び移動する黒い影が現れた。

 

「やあ、思ったより早かったねー」

連絡後から戌子に追い付くまでまだそんなに時間は経っていない。かなり急いでやって来たようである。

だがこれで敵を追い詰めることができる。

と、考えていたのに反して相手の動きが変わった。

距離を離そうとする逃げの走りから、まるでこちらを誘導するかのような落ち着いた動きに変化したのだ。

罠の可能性もあるが、どちらかと言えば観念して交戦する方向に切り替えたのだろう。

冷静な思考に基づく判断であるなら敵は益々脅威だ。

 

「どうやら相手もやる気になったらしい」

知らず知らずに歪んだ笑みを浮かべていた。

獰猛な狂戦士としての性が戦いを前にして溢れだす。

自身とは違い、冷酷な悪魔と謳われる相棒は敵を冷静に観察しながら相手の後を追う。

付かず離れずの距離を保ち、人気のない工業地帯にある倉庫にたどり着くと相手は動きを止めた。

続くように、黄色い雨合羽にホッケースティックを背負う少女と黒のロングコートの悪魔が降り立つ。

 

相手の顔が見れるように向かい合った状態となり、お互いの姿を観察する。

これまでずっとその脚で逃げていた同化型の少年。

マフラーで口許を隠し、厚手のコートに身を包む様から正確な容姿は掴めない。ただ長めの髪を赤い髪止めで後ろに一括りしており、小柄でもないのに華奢な印象のせいで性別が判断しにくい。

同化型に相応しく強化され紋様を浮かべる身体と、ムカデのような荒々しい大剣が、こちらに向けられている。

 

それとその少年に運ばれていた少女。パーカーを深く被った少女もまた容姿が判明しないが、健康的な柔らかな輪郭が少女らしさを表していた。

戌子の感知能力が彼女が虫憑きであることを感じ取っている。

そうでなくても、警棒を構える姿に敵対意思を伺い知るには十分である。

 

こちらも油断なく、ホッケースティックを構え応戦の姿勢をし相手の出方を見ると、少女が警戒を解くことなく、しかし惹き付けるように語りかけた。

 

「はじめまして、かっこう。それとあさぎさん」

 

星空の明かりさえない閉ざされた空間である倉庫の中、少女の声だけは暗闇に溶け込むことなく不思議な静けさをもって夜に響いた。

 

 

 

 

コミュニケーションは大事です。

つい先どっかの精鋭部隊との交渉に失敗したばかりだが、今回は違う。

最初から聞かん気で殺る気のミッコの狗たちと違い、こちらは幾らか話のわかるお方である。

冷静に判断材料を与え、敵対関係を解除させよう。

相互理解は大事だ。平和的解決をしようではないか。

そんな訳で挨拶の第一声。

 

「はじめまして、かっこう。それとあさぎさん」

 

初対面に対する丁寧な挨拶と親愛を示すかのような名前呼び。

完璧に警戒された。

無駄な足掻きでしたね。もう諦めます。

そもそも話が通じる云々も比較論であって、狂戦士であらせられる師子堂戌子がいる時点で交渉の話は詰んだ。

人選が嫌がらせの域で神懸かっている。

素晴らしい性根の悪さだ。

 

そして思い至る。

今回の事件。査定紛いの戦力把握にしては物騒過ぎる。

こちらをマジで潰そうと考えてるようにしか感じられない。

原因は私かな。

特環でも抗えない高過ぎる権力を実質支配している私に勘づいていやがった。

魅車八重子なら支配者である私を亡き者にした後、円卓会の権威を押さえ込むことが可能かもしれない。

そして一号指定の試験紙であるかっこうが送り込まれたことから別の思惑も伺い知れる。

もうひとつ勘づかれたのだ。

 

新たな一号指定が存在する可能性を。

円卓会のバックアップありきと言えども、時には暴走する虫憑きを抑え、仲間に引き込む手際のよさに強力な虫憑きを疑っているのだろう。

ならば今回の特環の精鋭とかっこうが送り込まれたことも説明がつく。

それこそ死ぬ程ヤバい戦力を送っても、無事に生き残れる不死を見つけ出したかったのだろう。

超迷惑。本気で喧嘩売る気なのか特環は。

それはこちらも不本意だからしないけど、舐められている事実と実力を隠すことの限界に焦燥する。

 

思った以上に早かった。

こんなに早くイチが一号指定と勘づかれるとは思わなかった。

今回の件でほぼ確実にイチの実力が疑われる。

一号指定の最有力候補になる。

一目見て一号指定に任命されたふゆほたると違い、何度か確証を得ようとするだろう。

その時間は余りにも短いと予想する。

 

そろそろ方針を決めようか。

長い思考は、覚悟の為の理論武装だ。

交渉で丸く収まる段階は当に過ぎた。戦うしかない。

かっこうたちには精鋭部隊と同じような主張はしない。その権威が意味をなさない以上円卓会の存在そのものを隠蔽するのだ。

かっこうには余計な知識を与えたくない。

円卓会には一之黒も関わるし、アレの存在もある。

かっこうがそれを知るのは早すぎる。

ハルキヨばりのよくわからない謎の秘密組織 円卓騎士団で話を通してやる。

 

「稀少な同化型の虫憑き、かっこうか。三匹目も厄介な虫憑きを生んでくれたものだね」

「三匹目だと」

「そうさ。君を虫憑きにした張本人、三匹目。当然面識あるし話も聞いたんだろう?」

「なに?まさか三匹目と直接会ったのか!?」

「ここにいる素敵な少年が見た通りの同化型でね。その反応、まるで三匹目を知らないみたいだけど。ああ、そうか。虫憑きに成り立ての頃は記憶が曖昧になるんだっけ。それなら覚えてないのも仕方ないね」

わざと情報を漏らし会話を誘導する。

原作知識もちとしては主人公かっこうの虫憑きになった経緯なんて知りすぎているけど、それを悟らせないように話を進めなければいけない。

この会話きちんと意味がある。

 

「始まりの三匹。謎の多い三匹目について知ってることを話して貰おうか」

かっこうが険しく睨みながらも詰問する。

フィッシュ。釣れた。

これで情報を持っている私たちを問答無用で欠落者にするよりも三匹目について聞き出そうとするはずだ。

お手柔らかに、手を抜けよ。かっこう。

 

「タダでは教えられない。聞かせて欲しければ力づくで聞き出しなよ。かっこう」

心にもない台詞で自らを鼓舞し啖呵を切った。

ダラダラ話し続けて分かりにくいタイミングの開戦よりは、戦いには相応しいだろう。

警棒を握り締める右手を湿らせる汗を誤魔化しながらも戦う姿勢は曲げることはできない。

 

これは夢を守る虫憑き同士の戦いなのだ。

 

 

 

「シッ」

放電と圧倒的速力による無慈悲な一閃。

初撃を狙ったのは、雨合羽の少女、師子堂戌子。

生粋の戦士である彼女は先程のやり取りに、一切の余計な思考を感じることなく敵を屠ることのみ行動する。

戦いの気配を察した獣の少女は口火を切ったばかりのキノを狙ったものの、紫電を纏うホッケースティックの一撃は空振りに終わった。

 

「これを避けるかー」

動いたのは、こちらも同じ。能力発動の前兆により行動を察したキノは後ろにイチに倒れ込むようにして身を預け、強化された脚で後方に飛び下がる。

 

一瞬の気の遅れが勝敗を決めかねない開幕の攻防。

両陣共に厳しい戦いを予感し身を引き締める。

 

「こわっ」

ちょっぴり締まらない人も居る。

 

「キノは後衛に居ろ。同化型のかっこうとホッケースティックの女。両者共に近接に強そうだ。キノと相性悪い」

「わかったよ。それと先の一撃、僅かに放電現象が起きていた。特殊型のあさぎは磁力を媒体にしている。

......気をつけてねイチ」

高速移動の原理は磁力の引っ張る力、反発力。都市ともなれば言わずに知れた金属に囲まれる環境だ。

鉄骨に含まれる金属の磁力を操り自身に磁気を帯びさせ移動している。その際起きる現象が放電である。

 

キノはイチの目を見て、意思を伝える。

この場で最も厄介な敵はかっこうよりも師子堂戌子の方。

キノの能力を同じ特殊型の彼女は防ぐ術を持っているし、イチの雷の能力も磁力を操る戌子と相性は悪い。

言葉の真の意図は、雷の能力使用禁止。

相性が悪いなら切り札を使わず隠し通す。

余念なく徹底した秘密主義。

キノの意図を読み取ったイチは武器を構えることで肯定した。

 

「戦闘中におしゃべりとは随分と余裕あるねー」

「ああ、余裕だ。多少近接が出来る見受けたが同化型と本気でやり合えるなんて本当に思っているのか?」

「それなら問題ないよ。同化型と近接戦なんてやり慣れてる」

「なら試してやろう」

イチと戌子がお互いの武器を打ち鳴らせる。

あのホッケースティックは特環が開発した特殊技術が使われているのだろうか。虫を易々切り裂ける大剣と打ち合えるとか反則だ。

次いでに言えば同化型の強化された身体能力に着いていける化け物っぷりも反則ではなかろうか。

ぶつかる度々衝撃波が起きる二人はマトモじゃないって。

 

「おっと」

踏み込む足音を聞き逃すことなく対応した。

かっこうだ。

私狙いか。弱い者苛めは止めにしようぜ。

くるりと両手を伸ばし、その場を踊るように身を放り換えし避ける。

かっこうは不殺の信念を持ち、虫を殺すのに躊躇しないけど宿主を殺すことはしない。

だから虫を出さない私を殺す気はない筈だが、手加減されているだろう拳は、テレビで見た闘牛を避わすよりも恐怖体験だった。

 

アレ喰らったら普通に死なない?

物騒な思考が過るも身体は行動していた。

 

くるり。またその場を回転し踊る。

キノの足下に群青に渦巻くサークルが現れる。

くるり。真っ直ぐ伸ばされた腕がネジを巻くようにサークルを掻き回す。

 

あからさまに狙われているけど、もしや足手まといだと思われてる?

オイオイ。確かにこの中で一番弱いけど、戦えないお荷物に思われるのは心外だな。

特殊型は機動力もなくて使える力の範囲が限られるけど、私には関係ない。

 

アリジゴクは動かない。

ただ待つだけだ。

 

獲物が自らやって来るのを。

 

キノを中心としたアリジゴクの巣。

群青のサークルは渦巻き、周囲の物を引き寄せる。

勢いづいた一撃を躱されたかっこう。

戦闘に動き回る戌子。イチも例外ではない。

サークルは倉庫の商品、積もる埃、全部関係なく全てを巻き込んだ。

 

「特殊型か」

冷静な悪魔かっこう。引き寄せられたのほんの数メートルだけ。地面に拳を突っ込んで無理矢理引き寄せられるのを止めた。

戌子も磁力を操り金属に引っ付いて引力に抗っている。

そんなに簡単に攻略されたら堪らんね。

竜巻のような空間は歴戦のかっこうたちに通じない。

だけど自由に動けまい。中心に居る私は自由にサークルごと移動可能だが自ら近づく危険を犯したくない。

もう一人引力に抗いながらも攻撃手段をもつ人物が居る。

 

「かっこう!」

戌子の叫び声が響く。巻き上がる埃に隠れて忍び込む影がかっこうを捉える。

特殊繊維で防弾性、防刃性に優れるロングコートが身を守った。

ムカデそのものに刃を生やした不気味な姿の剣鞭がアリジゴクの空間を自在に蠢く。

イチの同化武器がかっこうを凪ぎ飛ばした。

イチ自身はその場を固定されながも剣鞭を振るう手つきに不自由はない。

タッグ戦なんだから私ばかりに気を取られるなんて迂闊だぜ。

キノの余裕はこれが最後だった。

 

私に突っ込んでくる女の子が物騒な件について。

その特殊型でも一刀両断可能なホッケースティックはマジ勘弁。

渦に触れさえすればダメージを与えられるが逆に壊されれば被ダメージを喰らう。

加速する戌子にそれを試すのは危険過ぎた。

 

「特殊型のキミにボクの一撃を受けられるかな」

「あーちょっと勘弁」

引力に引き込まれるのをものともせず、寧ろ加速しながら飛び込む戌子にサークルを解除し警棒を構える。

真鍮と特殊な金属を混ぜ合わせた円卓会製警棒は磁気を帯びない。

群青を纏う警棒はホッケースティックの衝撃を耐えたがキノ自身がその一撃に吹き飛ばされた。

 

「ぐえぇ」

可愛い悲鳴は絶対に上げないキノ。腕に襲った痛みが大き過ぎて、後方に避けて衝撃を和らげた意味があったのかわからなかった。

 

「キノ!」

イチの声が聞こえる。身を守った能力込みの警棒。しかし虫の耐久が低いキノは精神に少しダメージがあった。

つくづく使い勝手が悪い虫だ。と毒づく。

 

「蒼渦」

容赦なく追撃するホッケースティックの少女に反撃を試みる。

迫る蒼の螺旋を避けたり、様子見したり、臆すことなく一撃を振るう。

 

「ん?脆いねー」

蒼渦は一撃で掻き消された。キノにダメージを伴いながら。

割れた渦の中心にアリジゴクの脚が形を崩し溶けて消えた。

キノの能力と耐久の低さの因果関係。

空間との同調云々よりも致命的な問題がある。

虫の身体の一部を実体化させないと能力を使えないのが真実だ。

文字通り、虫を削る戦いは消耗を強いられる。

 

削られた虫のダメージがキノの精神を削る。

戦いの最中だと言うのにぼんやりとした。

 

獰猛な笑みの狂戦士が近づくことに何の感慨もない。

ただただそれが遅く感じられた。

キノは遅延した時間と静止した風景の中ゆっくり思考した。

 

あー。私の虫の一部が実体化するからダメージを余計に喰らうのか。

戌子スゲーなー。特殊型なのに同化型と遜色ない。

普通の特殊型がここまで動けるのは何でだっけー?

嗚呼。磁力応用しているからだ。

物質に直接作用する力は便利だよねー。

私の能力空間を媒体にした擬似ブラックホールは引力を操る真似事は出来ない。

巻き込んだ物を全て破壊するパワーが仇で邪魔なんだよねー。

 

迫り来るホッケースティックを見据えても思考は止まらない。

自身の破滅させる一刀が降り下ろされる。

その動きの完成さを見惚れた。

 

もし、

 

もしも、

 

引力を支配できたのならーーー。

 

無意識に伸ばしたキノの腕が群青の輝き、そして。

 

 

 

「退け」

キノの目前迫った戌子は反射的に離脱を選ぶ。

眼前のムカデの剣鞭が刃を突き立てるのを見て選択の正しさを認識した。

剣鞭の担い手、同化型のイチの接近を察し更なる攻撃を諦めた。

 

「大丈夫か?キノ!」

イチの背に守られながらキノは意識を取り戻した。

精神を削られて意識が朦朧としたらしい。

前後の記憶が曖昧だ。

イチの声で意識がハッキリした。

頭を軽く振って受け答える。

 

「少ししんどいけど、大丈夫」

「無理して前線に立つな。俺一人でやる」

「イチでも一人でなんとなる相手じゃないよ。向こうはまだ全力じゃない」

「なら援護だけを頼む。後ろに居てくれ」

「......私、足手まとい?」

「これから俺は全力でやる。向こうもセーブしたままやり合うのは止めのようだ。本気でくる」

「......わかった」

恐るべきことに同化型であるイチやかっこうはまだ本気を出してない。

以前、摩理とイチの戦闘はコンテナの敷地を更地に変動させる程凄まじかった。

広い倉庫と言えど所詮高校の体育館位の大きさだ。

同化型の戦場に狭すぎる倉庫がマトモに形を保っていることが手加減の証拠だ。

悔しい。だけど足を引っ張るわけにもいかない。

引き際を心得キノは一歩下がった。

戦士、師子堂戌子はホッケースティックを地面に立て能力を解放させている。

特殊型の領域支配能力が放電現象を起こしながらも広がっていく。

不死身のような耐久をもつ、かっこうはイチに受けたダメージを感じさせない姿で銃を構え立っていた。

異種二号局員あさぎと火種一号局員かっこうの二人組の戦いを知ることになる。

 

 

 

師子堂戌子は戦士である。

黄色の雨合羽に雨靴、ゴーグルを首に下げ、背負うホッケースティックと咥えた棒つきのアメ、その風変わりな姿は何処か旅人のように見える。

しかし彼女の本質はどこまでいっても戦士。

戦場を追い求め、駆け巡り、戦火を果たす、生粋にして歴戦、性分であり生き様の全ては戦士以外の何者でもありはしない。

 

そして戦士としての直感が彼女に囁く。

この場で確実に仕留めなければならない。と

 

この場で最大の脅威は少年であり、

この後の最大の脅威は少女である。と

 

戦士しての全神経が囁く。

あの少女を欠落者にせよ。

 

予感はただ一度追い詰めた時の一瞬の出来事によるもの。

最初は能力の使い方がちぐはぐな少女だと思った。

強力な引力。ブラックホールを思わせる程の力は脆くて弱い。

 

破壊を撒き散らした渦は、ホッケースティックで切り裂くと容易く消滅した。

その効果は宿主のダメージに変換される。

予想以上の手応え。

具現化した虫の脚そして媒体の感触。特殊型の少女の媒体は引力などではなく、空間に起因するもの。

少女は能力発動時、虫と空間の同調が激しく具現化し弱点を露出する特徴がある。

 

ちぐはぐだ。酷くムラがあり安定していない力。

成長の余地を残したその力。

 

一連の攻防、警棒での防御は弾かれ、攻撃は無効化され自身のダメージとして跳ね返り、数歩の距離に間合いを追い詰められる。

師子堂戌子は一切の容赦なく少女を倒すつもりだった。

狂戦士は戦いに熱中していた。

 

横合いの少年に邪魔され仕留めることにしくじろうとも戦闘にはよくあることだ。

 

もし師子堂戌子が失敗したとすれば、仕留められる筈の獲物にトドメの一刀を入れようとした時。

迫る一撃を呆然と眼前まで見開いていた少女が腕を伸ばしたと思ったらーーー口の端を吊り上げ笑った。

力場が乱れの観測、これまでにない強力な力の活性。

そして身の危険を感じ退くことを選らばされた。

 

戦士の少女は見誤った。

 

彼女は間違いなく脅威である。少女の怪物の片鱗を確かに垣間見た。

まだ成りかけなのだ。怪物の卵にして開花前の蕾。

孵化して花開く可能性を全身全霊で摘み取る必要がある。

 

ホッケースティックを立てた戌子は能力の全てを解放し目の色を変える。文字通りの意味に。

磁場とは引き合う力と反発する力の二種である。

充血する右目、鉄分濃度が増す左目。

その双眸はまさに狂戦士。

激しい紫電の塊を纏う少女は敵を殲滅する為に動き出す。

 

 

 

一号指定かっこう。彼程戦いに身を投げ出した虫憑きはいない。

その存在はひとつの抑止力であり絶大な畏怖の塊である。

彼程虫憑きを欠落者にした虫憑きはいない。

虫憑きが恐れる結末欠落者。

虫を殺され感情のない人形となり夢を失った虫憑き。

その末路を一人で多く築き上げた化け物。

 

憎まれ、嫌悪される存在。

誰も倒せない恐怖の存在。

だから虫憑きは彼に従い、服従する。

特別環境保全事務局の局員の殆どはかっこうを憎悪する。

彼のせいで従わされるのだ。

彼のせいで反抗は無意味なのだ。

 

圧倒的存在感、凶悪なる抑止力。

それがかっこうの意味である。

 

虫憑きの多くは知っている。

かっこうこそが最強の虫憑き。一号指定。

特別環境保全事務局の最高戦力だと。

 

 

イチの同化型武器ダイオウムカデの剣鞭を防いだ右腕のコートは荒らしい傷痕を残しつつもかっこうの身を守った。

身体強化されたとは言え生身であることは変わらない。

同じ同化型の一撃を傷一つで耐えられたのは優れた装備のお蔭であることに違いなかった。

同化は一時解除している。

 

「迂闊だったか」

同じ同化型との遭遇。そこから少女が語った三匹目の情報。かっこうはらしくもなく動揺していたらしい。

謎が多い三匹目は目撃情報一つありはしない。

そして自身を虫憑きにした張本人の情報を前にしてかっこうは歯を噛み締める。

どうして虫憑きに。そう考える虫憑きは少なくない。

自身の不幸を嘆く虫憑きの心情は大概それを考える。

かっこうもそれについて考えたことある。

答えが出た試しはない。

しかしその答えが今日分かるかもしれない。

 

「倒した後、全てを聞き出してやる」

情報を引き出すからと言って手を抜ける相手ではない。

かっこうがそうである様に現在確認されている同化型の全ては強力な虫憑きに指定されている。

生身の肉体を強化させる同化型は大抵の分離型の虫すら圧倒し強力である。

その同化型を前に力をセーブして戦うようでは勝てない。

拳銃を取り出し水平に構える。

 

「来い、かっこう」

緑色のかっこう虫が拳銃に降り立ち銃身に躯を沈めていく。触手が伸び銃から腕、全身へと目まぐるしく侵食し緑色と黒の鮮やかな色合いに染めた。

僅かに下がった拳銃を持ち直す。

完全にかっこう虫と同化した拳銃は銃口が虫の口器と化していた。

 

「全力で叩き潰す」

ゴーグルにより逆立てた髪と無機質なゴーグルのライトが何よりも悪魔めいた姿を連想させる。

同化し強化された肉体は人間よりも人外である悪魔のごとき性能を発揮するだろう。

火種一号局員かっこうは銃口を定め引き金をいつでも引けるよう構えていた。

 

 

 

 

イチはこれまでの圧倒的強者との戦闘が多かった。

始まりは大喰い。次点に花城摩理。

これ程の強敵を前に一度も臆したり逃げ出したりしたことはない。

何故か。その疑問は愚問に値する。

虫憑きだから。

夢は諦めで終わる。諦めない限り夢は終わらない。

絶対に夢を終わらせない。

戦い続ける理由なんてそれだけでいい。

 

「強いな」

認めなければいけない。敵の強さを。

異種二号局員あさぎですらイチと渡り合うのに十分。

拮抗どころか気を抜けばこちらが獲られ兼ねない強者。

火種一号局員かっこうは不意討ちによる一撃を受けて当然のように立ち上がった。

普通ならその一撃だけで戦闘不能にする威力を持っている。

戦闘服であるコートの強度もあるが受け堪えた肉体の耐久も生半可ではない。

摩理もそうだが同化型のタフネスは脅威的である。

 

「だが、それがどうした」

イチはどちらかと言えば一対多数に向いている。

もし電撃能力の使用解放すれば特環の精鋭を一人で五分以内に殲滅できる。

万能系戦闘スタイル。近接、中距離、遠距離。個人、複数、団体。攻守に優れ特殊型への攻撃手段も持ち得ている。

そして最も恐るべきは発展途上にあること。

まだ限界を迎えていない。

成長し強くなる同化型。

イチのギアが加速するのは後半からだ。

 

「そちらが本気ならこちらも本気を出すまで」

二人の敵。

その両者から生じる覇気は物理空間すら歪めるかのように周囲をビリビリと振動し震わせている。

イチはダイオウムカデの剣鞭を展開し蠢かせている。

地面と鎌刃の脚が擦れる度、火花を散らせ甲高い音を打ち鳴らす。

頭上高く柄を持つ腕を掲げる。

ダイオウムカデの剣鞭が鎌首がもたげ意思ある怪物のように両者を睨み付けた。

 

「名を知るがいい俺の敵。俺はイチ、お前たちの敵だ」

名乗り上げたイチはそれを宣誓に先陣を切った。

ぐるりと回すように振り回し連動するダイオウムカデの剣鞭が顎を開いて獲物を狙う。

最強クラス。

虫憑きたちの頂上戦が幕開いた。

 

 

 

虫憑きでも最強の一角に当てはまる三人の激突は静けさとは無縁な荒々しいものだった。

惜しみ無い力の放出は勿論、宿主の夢を虫に喰われ消耗するに他ならない。

だが彼らは当たり前のように出し惜しまない。

どれだけ宿主の精神と体力を削ろうとも省みない。

夢を終わらせないために、虫憑きたちは戦う。

 

キノの前に立ちダイオウムカデの剣鞭を広げて敵対するイチが一番の障害であった。

イチはかっこう同様の耐久の高さを持つ同化型。

壁役として申し分ない性能である。

それを打ち倒すとなるとかなりの労力を要する。

キノを後ろにすることで役割が安定した。

だがイチが二人の敵を相手取るに近いのも事実。

サポートするキノの特質も考慮すると援護攻撃も危険。それも栓のない話である。既に並みの虫憑きでは踏み入れることさえ不可能な戦域なのだから。

 

「ッッオオオ!」

同化して強化された腕。そのまま振り下ろされただけでも脅威なのに同化武器であるダイオウムカデの剣鞭によって振り下ろされる。

投擲フォームのように投げ出され剣鞭はその進路上にある物全てを引き裂きながら進む。

かっこうと戌子の両者は横に飛ぶことで回避した。

 

されど剣鞭の攻撃はそれで終わらない。

避けきったムカデを模した剣鞭は地面を跳ねると直角に折れ曲がり捕捉するように動いた。

仮にも同化型が扱う武器。

その動きが追尾機能を働こうがおかしくない。

 

狙われたのはこの中で唯一負傷を負ったかっこう。

粘液を垂らすムカデの大顎が迫る。

その様子は武器と言うより生物に近い。

鋭利な棘のある顎をかっこうは掴み捕る。

 

「うおおぉぉ」

足場を削りながら踏み堪える。その衝撃を例えるなら突進するトラックの動きを止めようとするものである。

噛み砕かんばかりの大顎に対しかっこうはその腕力で引き裂かんばかりに力を籠めて抗った。

 

「受け止めるか。ならば力比べだ」

その腕力もさながら猛烈な勢いで襲った剣鞭の突進を両足で踏みとどまる脚力、向上した身体能力の高さは流石である。

武器を押さえたかっこうと無防備なイチの好機を逃さない。

膠着する二人の同化型を置いて戌子は紫電を走らす。

 

「ハアああああ」

紫電を纏う戌子。自然界の法則を書き換えた磁場の歪みは放電を現象させる。

両目の色彩すら変化させる磁場の影響下、催眠効果のようにタガが外れていく戌子。

その膨大な磁場を秘めたホッケースティックを手に持ちムカデの剣鞭の担い手に攻めた。

パリィ。紫電が弾けた音と共に戌子は掻き消える。

初速すら誰にも目で追うことが敵わなかった。

 

「っがアアああああッッ!」

「ッォ」

瞬間移動のように目の前に現れた戌子。

イチは対応の判断を下す間もなく紫電のホッケースティックを受けた。

花城摩理の一撃を連想させる強力な攻撃だった。

後方に飛ばされつつ嘗ての強敵が思い出される。

そしてそれをマトモに受けたイチの肋骨は異常をきたしていた。

不自然な痛み。折れた可能性が高い。

戌子が放った衝撃で倉庫内に散らばる荷物が弾け飛んでいる。

また紫電が走る。今度のイチは冷静に対応した。

 

「速い。がそれがどうした」

攻撃が来るタイミング。紫電が弾け直行する戌子の動きを予想し事前行動する。

磁場の反発や引く力の応用は小回りが効くとは思えない。猪のような直線的弾道で動くなら避けるのも容易い。

予備動作に紫電が働くこともイチには優位な条件だ。

ダメージを隠し以前とは変わらない動きを意識して回避に専念する。

 

「ヒットアンドアウェイの攻撃。反撃されるのが怖いか。幾ら同化型の戦闘についてこれても生身の人間であることは代わりない」

スピードはイチを撹乱させるほど速い。

予備動作の予兆だけで攻略できるほど甘い相手ではなかった。

完全に回避できず、剣で防いでは折れた肋を痛め隙をつくり傷を増やしている。

がしかし、これまでの強敵の特異性を考えればまだまだやりようのある相手でしかない。

大喰いや花城摩理ほどの圧倒的実力差を戌子には感じなかった。

 

「そして眼の色彩すら変調させる力の行使、負担があるのだろう。おそらく長くは持つまい。お前では俺に勝てない」

電光の速度。紫電が嵐のように動くのに対しイチは静かに受け流し分析と攻略を同時に進めていた。

 

「なかなかの観察眼と分析力だねー」

「負け惜しみか」

「戦士であるなら負け惜しみはしない。ついでに言うならボクは一人じゃない。覚えておきたまえー」

暴風のような攻撃を中断し、肉薄していた戌子はイチから離れ上空に飛び下がる。

その背に隠れ入れ替わりるようにかっこうが姿を現す。

その腕に構えた拳銃が灼熱の業火を吹く。

火種一号として惜しみ無い破壊力を秘めた火球は障害を蒸発させる熱量を発しながらもイチを襲った。

巻き起こた爆炎によりイチの姿が埋もれる。

 

「やったか」

接近に特化した者同士の連携は難しい。

攻撃する戌子に混ざることよりも、ずっと力を溜めていた好機を狙い続けていた、かっこう。

渾身の攻撃は勝敗を決するには十分な威力だった。

 

「いや。避けられてるねー」

否定したのは感知能力のある戌子。

その能力が途絶えることない力場により敵の生存を知っている。

それに眼の端で捉えた光景がその事実を裏付けていた。

咄嗟の判断、既に負傷した状態での防御は危険、回避しかない。

戌子の連撃で守りに専念し踏みとどまる体勢のイチは、地面に突き刺さり弓形に折れ曲がる剣鞭を支柱に自分の体ごと引き寄せ移動させていた。

 

まるで蛇行するムカデのように。

 

晴れた爆炎。そこには誰もいない。

離れた場所に移動したイチが立っていた。

剣鞭の柄を確かめるように握り締め、ぽつりと呟く。

 

「反撃させて貰おうか」

追い詰められ窮地に立たされたばかりと思えない発言を当たり前のように言う。

肋骨の怪我がどんどん悪化するのを感じている。

体力的にもきつくなってきた。

虫の行使と消耗は激しく朦朧となる意識は眠気のようにだるい。

だけど諦めない。不屈の精神は今からでも敵を叩きのめすことを望んでいる。

 

今回の戦いで今までと違うことがひとつある。

自分の後ろにいるひとりの少女のことだ。

多少は意地を見せないとやられっ放しは格好悪い。

個人的な理由だが、イチにとってなによりもやる気が出る。

 

「俺たちは生き残る」

元来負けず嫌いのイチ。

ずっと戦っては強さを求め成長してきた。

最初に勝てない相手を知り上だけを見続けた。

 

「お前たちは倒す」

最終的目的。始まりの三匹。

その目的を前にしたら彼らは障害でしかない。

今ここで負けてやる訳にはいかないのだ。

 

「いくぞ!」

剣鞭から大剣となった武器を片手に二人の敵との距離を詰めた。

速力は戌子程ではない。

が人間では考えられない速力だ。

あっという間に近づいたイチをかっこうが迎え撃つ。

 

「同化型。お前や俺を虫憑きにした張本人、三匹目は何処にいる」

「フッ気になるか、かっこう。お前のことは知っている。三匹目から直接聞かされていたからな」

「お前!」

挑発なのだろうが本人すら知り得ない真相を隠し持つ敵に感情的になるかっこう。

リーチは大剣を持つイチに優位だ。

間合いを詰めた攻撃から逃れるように後方に下がる。

構わずイチは追い縋り斬りかかる。

 

「最強の称号一号指定。その程度か」

肋に一撃を受けダメージは確実に受けている筈のイチ。しかし同化型の化け物はそれをものともせず拮抗を作り出している。

絶望的なまでの不利な状況を生み出す実力者との戦いがイチを強くしていた。

 

「負傷は浅くない筈だ。まだそんなに動けるのか」

「かすり傷だ」

誰よりも戦闘経験豊富なかっこうが初めて戦う同化型。そのタフさに戦慄を覚える。

 

「戦闘経験豊富。読み合いは完全に上か」

凪ぎ払い、袈裟斬り、逆袈裟、清太から学んだ剣筋も人外の動きの同化型相手だと捉え難い。

時々剣の腹を拳で殴られ打ち返される。

ムカデの大顎構える突きを放ち壁を穿ったが、大きな動きの隙にかっこうは懐に入り拳を打ち出した。

 

「オオオォォ」

「フンッッッ」

イチは予定通り左手で受け止める。

轟、と肉がぶつかり合った音が二人の同化型から鳴った。衝撃音だけでどれほどの威力だったか察せられる。

受けきったイチは拳を掴まえたままかっこうを逃がさない。

 

「捕まえた。そのまま逃がさん」

「クッ」

突如後ろから破壊音が聞こえ、壁を貫いたままのムカデの剣鞭が顎を開けてかっこうに迫った。

ここまでの一連の流れはわざと隙を作ったイチの思い通りだった。

横合いから邪魔が入る。

 

「忘れて貰ったら困るねー」

ホッケースティックでムカデの頭部を殴り付けた戌子だ。

密着の意味を無くしたイチは行動を切り替えかっこうに蹴りを放つ。

きっちりガードされたが間合いを空けることに成功した。

 

「まだだ」

人数が固まっている今が広範囲狙える剣鞭の出番だ。

しなる剣鞭がズラリと刃を並べてかっこうと戌子を襲った。

しかしこの剣鞭の状態をかっこうたちは待っていた。

イチの剣鞭はその形状の長さから伸ばしきった後引き寄せる必要があり担い手に隙ができる。

一度大きく振りかぶるモーションも隙だらけだ。

 

「戌子!」

「任せたまえー」

自在に動く剣鞭をホッケースティックでぶつかり勢いを殺し、その間にかっこうがイチに肉薄する。

その連携は示し合わしたようなタイミングで行われ、イチを危険に晒す。

 

「させない!」

群青の渦が行く手を阻む。

キノの支援攻撃。かっこうはそれを介することなく突っ込み拳をそのまま破壊の螺旋に殴り付けた。

 

「邪魔だ!」

「なっ!?」

蒼渦と呼ばれている螺旋は攻撃性の高いものである。

生身の腕をぶちこんでタダで済まされるものではない。

事実かっこうの腕は引き裂かれたように血を噴射し肉を潰した。

だけどそれまでだ。掻き消された群青の輝きから現れたかっこうにイチは無防備に見える。キノの攻撃を無効にしイチに攻めいる好機を逃さなかった。

そうしてイチを前にしたかっこうが緑色の輝きを高めながら攻撃の為の一歩を踏みしめる。

 

「追い詰めたぞ。同化型」

窮地に見えたイチはその実余裕を崩していなかった。

接近する同化型に対しイチもまたオレンジと黒のラインを高めていた。

 

ムカデの頭部と尻尾の見分けは素人に難しい。

後退したり前進したりする姿はどちらも頭部であり、二つ頭をもつ二頭の生物を連想させる。

 

果たして、ムカデの剣鞭の先が頭部か、その担い手である身体強化されたイチが頭部なのか。

 

一つ言えるのは、かっこうは同化型との戦闘慣れしていないことだった。

 

「追い詰めただと。甘いな」

かっこうの攻撃は失敗した。

タイミング良く強化された脚で躱されたのである。

渾身のタイミングは十分な隙である。

イチの勢い合わせたカウンターの蹴りがかっこうを捉えた。

轟音。

 

「らあああアアぁぁ」

さらに引き寄せた剣鞭が暴龍の撹乱のようにかっこうと戌子に牙を向く。

天井を傷つけ、壁を穿ち、地面に亀裂を生み出す非公認一号指定級の破壊の嵐。

繊細な動きはなく、面や手数で捉えようとする大雑把かつ恐ろしい攻撃。

のたうつダイオウムカデの震動が倉庫を荒れ果てさせていく。

高速で動く戌子に回収されたかっこうであるが猛威を振る敵のはげしい攻撃から距離をとらざるを得なかった。

 

「イチ!時間だよ!」

そうこれまでの攻防も今の派手な攻撃も時間稼ぎに他ならない。後ろにさがっていたキノから合図が上がる。

キノ自身も能力により先程吉報に気づいたばかりだ。

次に気づいたのは感知能力を持つ戌子。

 

「まずい。敵のお、」

「黙っていろ」

地面を大きく両断させたダイオウムカデの攻撃に言葉を中断した戌子。

この場で唯一事態を把握出来ていないかっこうに悟られる前に成功させる。

 

「蒼渦最大展開!」

天井に現れた蒼渦が上空を破壊しライトや配線等を降らせる。

イチはキノを抱え天井に飛んだ。

そこには待ち望んだ助っ人がいた。

 

「キノさん!団長!」

開けた夜空に浮かぶ巨大な生き物。

早瀬タクミの分離型の虫、ハビロイトトンボである。

普段の状態とは違い力強く滾って飛んでいるのはミントの香りが香る長瀬八千代の能力によるものだ。

新たに二人の虫憑きを乗せた重さを感じさせず浮上させていく。

 

「助かった。サンクス、早瀬君」

「急いで出せ。相手は一号指定かっこうだ」

「ハイ!」

実直な少年はイチの指示に間髪入れず従う。

瓦礫となって落ちてくる天井から身を守り挙動を封じられていたかっこうたちはそれを見逃さない。

 

「逃がさん」

「しつこい」

やりと散々だったキノは救援により、それなりの余裕を持ち直していた。

 

「墜ちろ。蒼渦」

飛行能力のある虫に追い迫らんとするかっこうと戌子の二人。飛び上がった足元に超引力の螺旋が渦を巻く。

足場のない空中から地面に引き降ろされたかっこう。

磁力を利用する戌子は引力に抵抗し迫る。

 

「逃がさない。キミたちはこの場で始末する」

危険度はこれまで見てきた虫憑きで断トツである。

そのまま見逃せる筈がない。

なんとしても討ち取る。

紫電を広げ領域支配を最大まで広げていく。

噎せ返る程甘い蜜の匂いが広がる。

倉庫の外の風景が塗り替えられていく。

あさぎの名の通り、紫に光る大量のアサギマダラの蝶々が舞った花畑の景色が眼下にあった。

戌子が生み出した隔離空間が世界を閉ざす。

 

「いつまでもやられっぱなしだと思うなよ」

群青の世界が広がった。

天井に浮かぶ神秘的な空の螺旋。

闇夜をも染める暗く、輝かしい群青の輝きは全てを飲み込み、景色を再び歪めた。

螺旋はブラックホールと呼ばれる宇宙の空洞にも、銀河系と呼ばれる星々の光にも見えた。

その中で脚の傷付いたアリジゴクが姿を覗かせる。

戌子の領域の支配をしたキノにより夜空が戻る。

 

「ボクの支配領域を奪い返すだと!?」

驚愕する戌子。特殊型の支配能力が覆されたのだから無理もない。

本気で能力解放した反動で肉体を酷使していても、領域で作り出した隔離空間は簡単に打ち破れるものではないのだ。

 

「今のうちに!」

「りゃぁぁぁああああ」

再び上昇を開始するハビロイトトンボに向かって流星が下から飛んできた。

戌子がホッケースティックを投げ槍のように投擲してきたのである。

紫電を纏った流星は磁力による兵器レールガンと似た原理で襲ってきた。

狙いは逸れたのに余波だけで空気を揺らしハビロイトトンボの体勢を崩させた。

 

「っぐ、マジしつこいって、嘘......あれ、」

「キノ引っ込め」

かっこうを乗せた折れた鉄筋の金属塊を戌子が磁気を操り砲撃しようとしている。

馬鹿げ過ぎて発想すらしないことを難なく化け物たちは実践した。

 

「全力回避ーッッッ!!」

「掴まってください!!」

倉庫との距離は離れて小さく見えるのにその下で猛烈な阿呆をやらかす連中が見える距離なのが憎たらしい。

 

「来た」

イチの冷静な一言が突風の中しがみ付いて風を堪えるキノの耳に響いた。

轟。横から抜けていく巨大な塊を見届け顔を青くした。

やりやがった。と称賛とも罵倒とも言えない気持ちに陥った。

貼り付いていたかっこうは追い抜かした鉄塊の影から飛び降り、猛火を吹かせている拳銃を構えている。

標準を合わせ、荒れ狂う業火を回転させる拳銃の引き金を引いた。

 

イチが前に立ちダイオウムカデの剣鞭を展開させる。

 

キノたちを乗せるハビロイトトンボを含めた空の一体が爆音と共に緑色に燃える炎に包まれた。

 

 

 

今度こそ手応えありだ。

情報を引き出すことより脅威を逃すことを嫌ったかっこうは全力で殲滅行動をとった。

先程のやりとりで死んでも死なない強敵であると判断したかっこうは全力の攻撃で仕留めることを決めた。

死にはしない。その確信がどこで生まれたのかは定かでない。

落下する自身をどう着地させるか今更ながら考えつつも成果を確認していた。

 

空中で回避不可能な一撃の結末。

 

晴れた爆炎の炎の中からそれは飛び出した。

巨大な異形の生き物、ハビロイトトンボ。

その背に乗る救援の宿主と特殊型の少女。

そして受けきった同化型の少年イチ。

 

乗り出し落下するかっこうを睨み付けるイチ。

その手にもつダイオウムカデの剣鞭は幾つもの刃が折れていた。

高熱で紅くなり黒々とした煙を上げている。

武器を損壊したのだ。

宿主は確実影響を受けているだろう。

だがイチは不動に立ちかっこうを睨むのを止めない。

大剣に収納された武器を肩に担ぎ眼下を見下ろす。

 

「......」

無言のにらみ合いだった。とうに声の聴こえる範囲を離れている。

しかしイチは一歩前に出ると剣をかっこうに突き付けた。

 

次の瞬間、膨大な夢を注ぎ込まれたダイオウムカデの剣が一瞬に膨張し弾けたように元の形に復元する。

 

墜落の浮遊感にあるかっこうは僅かに目を見開きその姿を目に納めた。

 

言葉なく伝わる敵の思い。

負けはしない。

宣戦布告のような大胆不敵な態度。

その姿を最後に上空の雲を突け破る勢いで飛んでいくハビロイトトンボが消えていった。

 

 

 

「糞ッ!虚仮にしてくれやがって!」

男は毒づく。

円卓会元メンバーの男はいつの間にか自身の築いた富も地位も奪われていた。たった一人の十三の小娘に仕組まれて。

今や彼の手元に残るものに金や人や力などない。

 

「虫憑きはいいビジネスだったんだ。順風満帆だった。それをあの小娘が!」

虫憑きは儲かる。金の玩具を発見した。

そうやって躍進していたらおもわぬところから滑り落ちた。

金が離れて地位も人も去っていく。

そんな耐え難い事態に追い詰められた事情は身から出た錆、自業自得といえるものばかりだ。しかしそれらの後ろめたい事を隠す術は長けているつもりだった。

その管理能力を上回る掌握能力により手足がもがれるように貶められたのが現実なのだ。

 

「このままでは終わらせん。バブル、エンクロージャー、パラダイムシフト、円卓会の隠し持つ秘密。それにより私は再び返り咲くのだ」

男は崖っぷちに立たされて尚諦めが悪かった。

円卓会から掴んだ情報。

資産家たちの秘密倶楽部が金をばらまいて隠していたナニカを偶然知ることができた。

新たな情報が男に希望を与えた。

虫憑きの真相に迫る鍵。

元円卓会の男にとってその隠し玉は金のなる木だと確信している。

それが破滅の災厄と知らずに。

 

 

「ここだ。ここに私の返り咲く為のーーー」

男がたどり着いたのは小さな漁港だった。使われなくなってどれ程の月日が経っているのか、漁船もクレーンも時代から取り残された古い型のものが錆れている。

人気のない放置された場所に潮の香りだけが男を迎えた。

波打つ海に目もくれず目的の一番奥の倉庫に進んで行く。

 

「あった!これだ!」

鉄筋コンクリートの倉庫は古びた塗装が剥げ落ち錆が赤く染めていた。

男は興奮して倉庫に近づくと、コンクリートの壁に手を伸ばす。

再び栄光を己の手に収めるようとして。

 

「クリスティ!不届き者に誅罰を!」

突如低い男の叫び声が漁港に響く。

円卓会の男が驚いて振り向くとイブニングドレス姿の女性が現れ、美しいソプラノを奏でた。

暗黒のルージュをひいた唇が歌声を震わせる。

 

「アァァァアアーーー」

漆黒の貴婦人は地に足をつけることなく、宙に浮いていた。

脚がなく暗闇のドレスがはためき闇と同化している。

悲鳴のような歌声の中、鳥の羽毛のような黒いものが舞い降りた。

空中で静止したかとおもえば鋭い先端が男を向いてピタリと固定される。

そしてクリスティの羽は男の身体を弾丸のように撃ち抜いた。

 

「ーーーぐぷっ」

大量の血が男から溢れ、すぐにショック死に至る。

円卓会の抱える秘密を監視する番人、サザビィはそれを見届ける。

男の始末を終えたクリスティは歌声を止めた。

二人の虫憑きの見張り番は役目を果たし静かに倉庫にもたれ掛かる死体を片付ける。

男の末路は呆気ないものだった。

円卓会から踏み外した者の末路ではなく、虫憑きの真相に何の気構えのない人間が踏み込もうとした末路である。

男が倉庫に向かって掴もうとした手がだらしなく地面に垂れていた。

 

男の死体が背もたれした跡に小さな罅割れがあった。

ピシリと音をたてて倉庫に割れ目が覗いた。

コンクリートの壁から誰にも気付かれずにナニカが飛び出す。

その物体は形容し難い複雑怪奇な異形だった。

一言で表現するならば、それは眼である。

 

円卓会の隠し持つ鍵、α(アルファ)

世界に怒りと破壊を振り撒くαの呪いが溢れ出す。

 

 

 

 




待ってくれた方々、光栄過ぎて感無量です。
specialthanks 特別なありがとうです。
しかし三万五千字の文章は予想できなかったんじゃないでしょうか。
私自身が予想外でした。
一万字越えした辺りで次の更新余裕こいてたのにどんどん増量していく文章の恐怖。膨れ上がればこの結果です。
待たせて本当申し訳ない。
本編どころか一巻の過去編の途中に文庫丸々一冊の文章書いてる阿呆ですが皆様と完結までお付き合いできればなと調子のいいこと思っています。

では次の更新まで。

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