「ようこそ"シンリンカムイヒーロー事務所"へ。」
ただいま職場体験一日目。
到着した俺を歓迎してくれているのはこの事務所の所属ヒーロー"シンリンカムイ"だ。
新進気鋭の若手実力派ヒーローとして今人気急上昇中の次世代を担うと言われているヒーロー。(緑谷出久調べ)
人気ヒーローと一口に言っても様々な種類がある。
例えばNO.2ヒーロー"エンデヴァー"。
彼は最高の事件解決率を持つヒーローだ。
すなわち本来の"ヒーロー活動"において優秀な成績を残しているヒーローだと言える。
しかし、反面メディア出演等の所謂"副業"はCM出演程度でしかない。
・・・・・・要するに、人間的魅力ではなくヒーローとしての実力で人気を得ている、ということだ。
例えばシンリンカムイと同時期に活躍しだした"マウントレディ"。
彼女は「個性」の関係上二車線以上の大通りでしか活動できない。
そのせいもあり、事件解決率はなかなかと言ったところ。
しかし、その人気はシンリンカムイに勝るとも劣らないほどになっている。
―――そして彼女はとても見目麗しい。
・・・ぶっちゃけアイドル的人気が強い。
シンリンカムイはどちらかと言えば前者。
半生を追ったドキュメント番組から人気に火が付いたものの、ヒーローとしての実績で人気を得るタイプだ。
ま、そもそもアイドル的人気を学んでもしょうがないし・・・。
選ぶとしたらこういうのしかないよね。指名が来てた中で一番の有名どころだったし。
で、さっきから気になってはいたが・・・・・・。
「あら? 先見さんもご一緒だったのですね。」
「みたいだね。よろしく、塩崎ちゃん。」
塩崎茨。
かつて一佳から聞いた1-Bの実力者。
俺の天敵たる上鳴をトーナメントで瞬殺した女の子だ。
あと、めっちゃ素直。めっちゃ優しい。
初対面だと"騙しやすそうな子"だと思ったけど、なんかもう騙すのが申し訳なってくる。
もはや、将来詐欺にあわないか心配になってきた子だ。
「ああ、指名は二人分枠が設けられているんだ。」
正直言って知り合いがいるのは嬉しい。
これが物間とかだったら殴り合い必至だったが、塩崎ちゃんに文句があろうはずもない。
「二人とも来るのは珍しいらしいんだが・・・。仲良くやってくれ。」
「わかりました。プロの現場ではたとえどんな人とでも協力する必要がある、ということですね。」
言い方にトゲがある気がしますね!
その言い方だと嫌々俺と協力するみたいに聞こえますよ?
ちなみに、たぶんだが彼女に悪気はない。
素直に思ったことを言っているだけだ。
裏のない性格というか・・・。オブラートを切らしてるというか・・・。
「う、うむ。その通りだ。」
シンリンカムイも、そのストレートな言い様にちょっとびっくりしてる。
「既に教えられているかもしれないが、協調性というのはヒーロー活動において非常に重要な要素となる。強力なヴィランや組織的なヴィランは、オールマイトのようなトップヒーローでなければ一人で相手取れるものではない。そう言ったときはヒーロー同士の連携が必要になる。他人との連携に慣れておくに越したことはない。」
ヒーローが徒党を組んだヴィランには敵いませんって言うのもどうかと思うけどね。
ま、所詮は公務員だし? あんまり期待されても困る。
職業ヒーローと
「なるほど。非常にためになる話でした。ありがとうございます。」
しかしながら、本心はともかくとして、ヨイショを忘れないのが俺である。
ヒーローにだってコネくらい使えるでしょ。たぶん。
さあ、俺の事を気に入れ。
「早速だが、これから市内のパトロールへと向かう。二人ともコスチュームを着て付いて来てくれ。」
ふむ。あまりいい感触ではなかった。おだてられて喜ぶタイプではないようだ。
普通に礼儀正しくするくらいに切り替えよう。
「分りました。・・・塩崎ちゃん更衣室に行っていいよ。俺はここで着替えるんで。」
「ありがとうございます。では、失礼しますわ。」
塩崎ちゃんが更衣室に向かった後、俺の着替えはすぐに終わってしまい、手持ち無沙汰というか、気まずくなるのもどうかと思ったのでシンリンカムイに色々と聞いてみる。
「市内のパトロールというのは都心の方まで行くのですか?」
「いや、あくまで事務所付近の範囲だけだ。都心の方はヒーローが事務所を構えすぎてパトロールの意義がほとんど無くてな・・・。」
「たしかに犯罪率が高い分ヒーローの数も充実していますね。」
トップヒーローの事務所も多く建てられている。
オールマイトも確か六本木に事務所を持っていたはずだ。まあ、今は事務所付近よりも雄英付近で活動することの方が多いんじゃないかな。
「あと、ヒーローは基本的に自分の担当する地域で活動する。例外を除いて、他の地域で活動するには事前に申請をする必要がある。」
地域のヒーローが決まっている。
ということは、地域の犯罪率がヒーローとしての評価にも繋がるってことかな?
その辺にいくらでもいるヒーローの地域はともかく、オールマイトとかの膝元で犯罪を犯す阿呆は・・・・・・?
なるほど、「存在そのものが"抑止力"」だったか。誰だか知らんが上手いこと言ったものだな。
おっと、塩崎ちゃんが出てきた。
「お待たせしました。」
「うむ。では行くぞ。」
シンリンカムイを先頭にパトロールへと向かう。
そうそう犯罪など起きるものではないし、真面目な人間を演じる一日になりそうだ。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「・・・・・・・・・フラグだったかー。まいったなー。」
「先見さん!? 呆けている場合ではありませんよ!」
さて、パトロールを始めておよそ2時間。
いい加減歩くのもダルくなってきたし、カムイさん(こう呼べって言われた)に提供する話題もなくなってきたころ。
「いやー、天下の雄英サマは違うね。こんな状況でも冷静なんだもんなあ?」
我々、割とピンチ。
目の前にいるのは一人の男。
派手な金髪に無駄に長い襟足。売れないホストみたいな格好だ。
―――異常なほど淀んだ目さえ見なければ、だが。
男の後ろにはもう一人、俺たちが追いかけてきた奴がいる。
「でもさあ、そういう態度取られるのは、・・・・・・・・・ムカつくんだよね。」
軽々と笑っていた雰囲気が一変する。
空気が粘ついたモノへと変質し、わずかに気温が下がったような気さえする。
男の身体が膨れ上がる。
骨格から変形していっている。瞳孔は縦に割れ、爪は鋭く、歯は牙と呼ぶのが相応しい。
変わり果てた男の姿は言うなれば獅子獣人。
男から放たれる圧力。これはUSJでも感じた、本当のヴィランの圧力。
・・・いや、今回の場合は捕食者の気配とか言うべきか?
塩崎ちゃんの頬を汗が伝う。
俺と違って、彼女はヴィランと対峙するのはこれが初めてのはず。
「ヘイヘイ。緊張しすぎはいいことねーぞ?」
塩崎ちゃんの肩に手を置きながら、彼女を落ち着かせる。
経験者として、あと男の子として、カッコ着けるくらいはしないとな。
―――彼女が胸に溜まった息を吐き出す。
「・・・ありがとうございます。」
「ん。気にすんな。」
もう落ち着いたか。優秀だな。
油断してくれる様子はない。「個性」を振り回すだけのチンピラでもない。
つまるところ、相手は一人前のヴィラン。対してこっちは半人前以下、
―――さて、何とかしないとな。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
事の始まりはこうだ。
はじめの方は穏やかだったパトロール。
流石は人気ヒーローだけあって、一緒に歩いていると注目されたり手を振られたりとなかなか楽しかった。
たまーに、写真撮られたりして塩崎ちゃんが恥ずかしそうにしたりもしてた。
俺は勿論それを見ながらご満悦ですよ。
カムイさんとしては街の人たちがヒーローの一挙一動を見ていること、ヒーローに対して向けられる期待の目だとかを体感してもらいたかったらしい。
しかし塩崎ちゃんは期待を感じることで気を引き締めるタイプ、俺は期待されることや注目されることが大好きなタイプなので全く問題は無かった。正直言って二人ともプレッシャーとは無縁だ。
カムイさんは割とプレッシャーとかを感じてしまうタイプらしく、地味に羨ましがられた。
後はヒーロー活動のルールを説明したり、給料の仕組みだったり、副業の話などプロの詳しい話を聞きながらのんびり歩いていた。
この時、パトロールはヒーローが姿を見せることで、犯罪への牽制と住民に安心感を与えることが目的。という話を聞いた時点で、俺のやる気はほぼ無くなっていた。3人で散歩してるくらいの気分だった。
―――しかし、突然カムイさんの端末が鳴り出し、平和な時間は終わった。
俄かに表情を険しくするカムイさん。
端末を確認しようとする――― 前に凄まじい音が、そして悲鳴が聞こえてきた。
悲鳴が聞こえてきた方向にあるのは、銀行。
カムイさんが走り出す。俺たちも遅れまいとその後をついて行くと―――
「個性」を使った銀行強盗。
数人の男たちが金を鞄に突っ込んでいるところだ。
どうやら脅しの一環として、銀行の外から「個性」をぶち込んだ後で侵入したらしい。
おかげで通りに面したガラス窓は全部吹き飛んで、中にいた人たちは皆血まみれだ。窓際にいたであろう人に至っては、もはや助かるまい。
派手にやったものである。
後始末をする人にはご愁傷様というほかない。
「貴様等・・・!」
勿論、カムイさんが事態の鎮圧へ動いた。
「懲戒! 先制必縛・・・"ウルシ鎖牢"!!」
必殺技一発。
それだけで犯人共を全員制圧した。
デカいことをするくせに犯人たちはとんだ雑魚共で、ヴィランというよりチンピラだ。
そして、犯人たちにとっては残念なことだが、カムイさんの"先制必縛『ウルシ鎖牢』"はこういった現場では大活躍する。
近くで見てわかる事だが、腕の変形スピードや変形範囲が凄まじい。拘束、というより面制圧と呼ぶ方が相応しい。相手に不要なケガをさせる心配もないし、使い勝手のいい必殺技である。
人質を取る暇も与えられず、全員制圧・・・。
――したかと思えたが、裏口側から奴らの仲間らしき男が顔を出した。
おそらく一人で裏口でも見張っていたのだろう。
そいつは仲間を助けようともせず、一目散に逃げ出した。
良い逃げっぷりだなー、と思っていると。俺の横を何かが走り抜けて行った。
「待ちなさい!!」
なんと、塩崎ちゃんが一人で追いかけているではないか。
非常に険しい目をしている。現場に着いたときは血の気が引いた情けない顔をしてたのに。
しかし、それはマズイ。
俺達はヒーロー科だが、ヒーローの資格は持っていない。資格無所得者が「個性」を使用して他人に危害を加えるのは立派な犯罪行為だ。
カムイさんは犯人を捕まえているからすぐには動けない。だから自分がいく。・・・とでも、考えたのだろうか?
「なっ!? ・・・先見君! 塩崎さんを追いかけてくれ!」
「了解です!」
言われるまでもない。
ダッシュで追いかける。急げば塩崎ちゃんを追いぬけるだろう。
カムイさんの指示の意図は掴んでるつもりだ。
俺の「個性」はすでに二人には説明してある。俺ならば「個性」を使ったかどうかなど、第三者にばれるはずないというコトも理解しているはず。
他人に「個性」で危害を加えることは犯罪。
しかし、犯罪者を捕まえることは犯罪ではない。
そして、俺の「個性」使ったかどうかわからない。
つまり、俺が犯人を捕らえればオールオッケーだな!
しばらく塩崎ちゃんを追いかけると、人気のない・・・建設現場? のような所まで来た。
周囲から覗かれない様な場所。つまり、
で、そこには追い詰められた犯人と―――
明らかに、ヤバそうな奴がいた。
直感した。
アレは、USJで出会った死柄木と同じモノだ。
有り余る悪意が、隠すことない敵意が、
何かに不満があり過ぎて、何に不満があるかもわからなくなった奴だ。
その瞬間、神を呪った俺は悪くないと思う。
心底こう思ったものだ。
「(どんだけ運が悪いんだよ・・・。)」
「塩崎さんを追いかけてくれ!(ヴィランに手を出すのはヤメテ!)」
「了解です!(おk把握。ヴィランをボコしますね。)」
おお、人と人がわかりあうとは・・・かくも難しい・・・
被害状況の描写はマイルドな感じに、