GOD EATER Reincarnation   作:人ちゅら

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お待たせしました。ビジョンクエスト編、開始です。
(ソウルハッカーズのビジョンクエストの設定そのままではありませんが)

今回ちょっと分かりにくいかなーとも思うので、次話と合わせて後日再編集するかもしれません。



#027 白昼夢(1)

 神機保管庫の片隅で、一人ボケっと座り込んだ新人ゴッドイーター・間薙シン。

 ふとした思いつきから、シンは宝重・万里の遠眼鏡を取り出すと、台座に収められた拳銃型神機を覗き込む。

 

 それが概念存在(アクマ)であるのなら、万里の遠眼鏡は必ずそのものの由来を、能力を暴くはずなのだ。このボルテクス界がどうであれ、オウガテイルは看破できたのだ。この宝重がガラクタになったわけではない、はずだ。

 

 

 だが、万里の遠眼鏡が見せた光景は、シンの見慣れたものとは大きく異なっていた……

 

 

*   *   *

 

 

+++【西暦二〇五八年 極東地区】+++

 

 

 ()()()の名はレイチェル・アダムス。

 フェンリル極東支部で、主に偵察任務を行うゴッドイーターだ。

 通常業務(ミッション)の一環として、今、()()()は贖罪の街に出撃していた。

 

 

 かつて横浜市と呼ばれ栄えた街は、今や贖罪の街と呼ばれる人類の悔恨の地であった。多数のアラガミを殲滅するため、カミを信じた人間たちを犠牲にしたこのエリアには、彼らの棺桶を思わせるアラガミ・コクーンメイデンがよく現れる。

 

 コクーンメイデンはアラガミの中でもユニークな存在だ。それは伝説の拷問道具(アイアンメイデン)よろしく簡素な人形のような姿をしていて、出現した場所から一歩も動かず、ただ獲物を待ち伏せする。そして不用心な生物が前面を通過するとレーザー(光線)を照射したり、あるいは背後から接近するとハリセンボンのように全方位に三メートル超の棘を伸ばして奇襲し、弱った獲物を溶解し吸収する。

 

 ドクター榊は「自己進化を行うアラガミとしては移動能力を持たないなど完成度の低さが顕著なため、もしかすると進化途中のサナギのようなものなのかも知れないが……」と前置きをした上で、「現状確認されているコクーンメイデンは、食虫植物の特性を発現したアラガミではないか」と分析していた。

 

 その分析が正しいかは知らないが、コクーンメイデンは放っておくと雑草のようにねずみ算的に増殖するため、ときおり間引かなければならない。完全に駆除しないのは、彼らが場のオラクル細胞を同型種(なかま)の増殖に消費することで、大型のアラガミ発生の予防になる、と予想されているからだ。

 

 

 そんなわけで、コクーンメイデンの調査と間引きは、専ら戦闘力の低い偵察班(わたしたち)の仕事となっている。

 

 ちなみに()()()の神機は拳銃型。長銃身の大ぶりなハンドガンを模したこの神機は、反動が大きくゴッドイーターの腕力でも連射には不向きだが、静止時の命中率は高く遠距離から狙撃に適しているため、コクーンメイデン相手ならば安全に対処できる。

 偵察班にとってコクーンメイデン相手のミッションは単なるルーチンワークであり、手軽なくせにアラガミ相手のため危険手当も出るという、ちょっとしたボーナスミッションだった。

 

 

 ……そう。

 今回のミッションも、予定通りであれば鼻歌交じりに片付けられるものだったはずだ。

 

 

 しかし今、()()()が対峙している危険は、そんなものではなかった。

 

 

『パターン識別……アラガミ・()()()()()! よくやった! 新型だ!』

 

 ナビの喜色に満ちた叫び声が、インカム越しに()()()の耳朶を叩いた。

 

 

 高層ビルだった瓦礫の山の上に、見たこともない巨大な四足獣型のアラガミが、王者のごとく屹立し、悠然とあたりを睥睨している。

 

 ナビゲータによれば、まだ基礎情報すら明らかではない新型のアラガミ。

 ユーラシア大陸南東エリアで発見されたが、同エリア支部に遭遇の一報を入れたゴッドイーター部隊は壊滅。後日辛うじて回収された被害者の遺体の一部(食べ残し)から、()()が雷撃を使うらしいことが予想され、同エリアに古くから伝わる神の武器の名――()()()()()本来の持ち主(インドラ)が聞いたらどんな顔をするのやら)――と命名された存在。

 

 ()()()も名前だけは知っていた。

 調査のため半月前に出撃した同僚は、未だにアナグラに帰投していない。

 

 できればさっさと帰投したいのだが、()()()()()()で、あいつは()調()()()()()だ。次にナビから来る指示は分かりきっている。「可能な限り情報を収集せよ(死んでこい)」だ。

 ああ、()()()()()()()()()()()()()()と空を仰ぎたくなった。

 

 だが、その予想は斜め下に裏切られた。

 

 

『レイチェル君。そいつは新型だ。しかもほとんど未調査の。この意味、分かるね?』

 

 

 ――この卑怯者(クズ)が……ッ!

 

 

 大型アラガミの情報は、いつだって十名以上のゴッドイーター(同胞)の生命と引き換えに得てきたものだ。普通に考えれば、たった一人放り込んだって大した情報は得られないだろう。それでも新型との遭遇そのものが非常に希少であるため、これを好機とし、わずかな可能性に賭けて、生きては帰れぬ命令せざるをえないのだ。

 

 フェンリル職員に情報不足の恐ろしさを知らない者はない。()()()も職員教育の中で繰り返し教えられてきたし、実戦に出れば知識の重要性は嫌というほど思い知らされるものだ。

 アラガミ出現初期には()()コクーンメイデンの自然増殖を放置して大量発生を許し、中米エリアの都市(ネスト)を放棄させられたことすらあったそうだ。コクーンメイデンは増殖することで互いの死角(背面)を補完し、やがて全方位をクロスファイアポイントとしてしまう。

 

 決死の命令をするのは誰だって嫌だろう。だが、それでも命令しなければならないのが指揮官の仕事である。とはいえ指揮官の最優先ミッションを除き、ほとんどのミッションはナビが指揮官代理とされている。

 ゴッドイーターは現場で力を尽くすが、重要な判断についてはナビが決断し、責任を持つ。それが通例である。なのに命令される側に提案させ、あくまで自分は現場の判断を尊重した(てい)を取り繕おうなどとは酷い責任転嫁、度し難い怠慢ではないか。

 

『レイチェル君、聞いているのか? ……おぃ』

 

 ()()()はインカムを握りつぶして放り捨てると、再びあの大型アラガミの様子を窺う。

 

 瓦礫の上に雄々しく屹立(きつりつ)する姿に、()()()はどこか神々しいもの、触れ得ざるものを思わせる風格を感じていた。

 

 

*   *   *

 

 

 それからヴァジュラと()()()の長い我慢比べが始まった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()、このわずかな遮蔽に隠れてヴァジュラを観察する。

 

 ネコ科の猛獣をベースに、頭部には硬質化した流木のように太く節くれだった角らしきものを、また顔の側面から顎にかけてはタテガミともヒゲともとれない毛を生やしている。

 口元から伸びる二本の長く鋭い牙によって口角が押し上げられ、まるで不敵に笑っているようにも見える面差しは恐ろしい。

 

 いかにも力の有りそうな太い四本の脚先には、大地をしっかりと踏みしめる大ぶりの足があり、それぞれがこれまた硬く鋭そうな四本の爪を備えている。あんなものが振るわれれば、人間は愚かゴッドイーターとてただでは済まないだろう。

 

 肩のあたりからは薄く柔らかい布のような部位が、腰のあたりまでを覆っている。あれはもしや翼か。だとするとあの巨体が飛行するのか。()()()はそんな悪夢を想像する。

 

 

 瓦礫の山の上で悠然と構えていたヴァジュラは、そんな()()()の視線に気付くこと無く、また周囲に生物の姿が見えなかったためか、退屈そうに腰を下ろし、寝そべっている。その姿はかつて記録映像で見た「トラ」とかいうネコ科の猛獣を思わせたが、恐ろしさばかりが前面に出ていてちっとも愛嬌が感じられない。

 

 ()()()は注意深く観察した情報を、まずは文字データの状態でアナグラに発信する。データ量の少ない文字情報は一回の発信時間が極めて短いため、電波を察知するアラガミにも発見されづらい利点がある。比較的安全が確保され、文章を作成する時間がとれる状況である場合の第一選択だ。

 

 続いて光学情報。写真を撮ることを考える。

 ただしこれにはファインダーを向ける必要があり、当然、太陽光が反射すればアラガミに察知される危険が伴う。これは慎重に行わなければならない。

 

 

 ヴァジュラのみならず他のアラガミにも気付かれないよう、物音を立てず、息を殺し……

 観察情報を可能な限り文字に起こして情報パッケージを幾つも作成しながら、じっと太陽の角度が変わるかヴァジュラが移動するまで待つ。

 

 

 それから約一時間。ヴァジュラは小動(こゆるぎ)もせず、()()()は逃げ出したくなる気持ちを堪えてじっとその遮蔽に隠れていた。

 

 アナグラに居れば、食事でも取りながら仲間とちょっと歓談(おしゃべり)するだけで過ぎてしまう一時間。しかし荒野に居れば、何度も運試しをしなければならないほどの長い時間だ。

 

 その一時間を、()()()は耐え忍んだ。

 照りつける太陽の熱にも、にじみ出る汗の不快感にも、強い緊張状態のせいでもよおした生理現象にも、もしかしたら今動いても気付かれないんじゃないかという慢心にも……そして今日に限って「()()()()()()()()()?」、「()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」、「()()()()神格(BOSS)()()()()()()()()()」などと無責任な提案(もうそう)を囁いてくる自分の脳みその声にすら抗って。

 

 そうしてようやくヴァジュラは動き出した。

 幸運にも()()()に背を向けるようにして、瓦礫の山の向こう側へと下っていくではないか。

 

 

 ――あとしばらくの辛抱だ。

 

 あの巨体が山陰に隠れたら、()()()もこのちっぽけな瓦礫の遮蔽から出て、作成した文字情報パッケージを発信しつつ、次の死角へと大急ぎで移動しなければならない。

 そのプランは何度も何度も脳内でシミュレーションしていた。

 

 そしてそれを実行に移そうとした。

 

 

 だが、()()()たちはまだ知らなかったのだ。

 

 自己進化を繰り返すアラガミという存在の本当の恐ろしさを。

 

 人間との戦いの中、彼らも学習するということを……

 




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(20180627)加筆修正
 一部ルビを加筆修正しました。

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